アルビオン本社の最上階にある会議室にカイトを始めとした主だったメンバーとHFRが今後の対応を検討していた。

「東南アジア諸国、中国、アメリカに対する無償援助が必要だろう」

カイトの発言に対し、事務を担当しているHFRが、

「しかしながら、援助に重きを置くと計画している艦隊増強に支障が出ます」

と反論する。彼らの机の前には、艦隊増強計画に関する書類が置かれていた。

彼らは今回の戦闘で木連軍に対して、自軍が著しく戦力が劣っていることを痛感し、自艦隊の増強を決意したのだ。

最初はそこまで大きな計画では無かったのだが、春日井の梃入れや統和機構本部の意向により一大整備計画と化したものだった。

「正規宙母を中核とした機動艦隊群。ユーチャリスU改、リアトリス改級戦艦、そして超弩級戦艦シルフィルム級等を中核とした

 戦艦群、さらにそれを護衛する巡航艦、駆逐艦。それに加え、相転移砲艦を始めとした特殊艦艇の建造。

 補給艦や工作艦と言った補助艦艇、のべ1000隻に昇る艦隊をわずか1年で建造する計画ですから物資にあまり余裕はありませんよ」

 1000隻に昇る大艦隊。それらはいずれも冥王星の工場と、火星に新設した工場で建造されることとなっている。

と言っても、それらの艦艇をすべてカイト達が運用するわけではなく、このうち750隻余りは軍に引き渡される予定だ。

また、軍に引き渡される戦艦の多くはリアトリス改級とユーチャリスU簡易量産型であり、性能的に史実のリアトリス級と

ユーチャリス級戦艦の改良型であった。ユーチャリスU簡易量産型の主砲はマイクロブラックホール砲に改装されており、無人艦

相手なら互角に戦えるものだ。(ワープ装置は取り外している)

これに対し、カイト達の艦隊に組み込まれるリアトリス改は艦首グラビティーブラストを外し、マイクロブラックホール砲に改装。

それに加え、特殊砲弾『穿』を発射する砲塔を連装四基、計八門を搭載し、新型の火器管制システムを積み込む。

 またユーチャリスU改も出力を大幅に強化し新装備を多数加えている。そして最大の目玉はシルフィルム級であろう。

この戦艦は統和機構でも最新鋭大型巡航艦に匹敵し、その火力は従来型戦艦に勝るとも劣らないと言わしめた品物である。

ナデシコAに搭載していた相転移砲の数十倍の破壊力を誇る主砲に加え、装甲も最新鋭のものを利用し防御力を飛躍的に上げている。

しかし、これは阿蘇級とほぼ同クラスであり、正面から砲撃戦に入れば勝利はものになるかは油断できない。

戦闘艦だけでなく、機動兵器も大幅に更新されることとなった。麗香もさすがに驚いたが、こちらに送られてくるのはその半数が

メタトロンを改装したものであり、のこりはブラックサレナ改を改修したものだった。

この改修によってブラックサレナ改は統和機構軍の現役機動兵器に匹敵する性能を持つこととなる。

これらの計画が完遂した暁には最盛期の連合宇宙軍を遥かに凌駕する、文字通り、最強の艦隊が生まれることになる。

だが増強した艦隊を隠しドックで整備することは不可能なので、密かに軍事拠点となる機動要塞『蓬莱島』の建設も始めている。

 無論、これだけの艦隊を民間企業が独自に運用することにはかなりの問題がでてくるので軍と協議する必要があるだろう。

その軍だが、一連の戦いにより宇宙軍は実に艦隊戦力の70%を失っており、残っているのはミスマル提督の第3艦隊と

辛うじて生き残った艦艇を纏めた第6艦隊、それに加え、旧式艦と補助艦艇を中核とした第8、9艦隊ぐらいしか残っていない。

しかも艦隊を補充しようにも、軍政や軍令を司っていた組織が壊滅しているので実質上、連合軍は瓦解している。

現在は艦隊の再建より組織の再建が急がれており、当分の間は組織だった行動はとれない。

おそらくは当分の間、無人艦と優人部隊、そして紅月と正面から戦うのは自分達になるというのがカイト達の見解だった。

「だが、このたびの戦いで被った被害は無視できない。

 これを急いで解決させないと、戦争は続けられない。何とかできないか?」

「1つだけ、策があります」

「なんだ?」

「クリムゾンを潰しその資産を援助に回すのです。クリムゾンは現在この混乱で弱体化しています。

 ここで攻勢をかければ一気に叩き潰すことが可能です」

だが、この意見に対し麗香が待ったをかけた。

「でもこちらも大分、混乱してるわ。攻勢を掛けられるような余裕はあるの?」

「あります。現在、コンピューターネットワークは大打撃を受けていますが、オセアニア方面のものは機能しています。

 本社のメインコンピューターを総動員し、攻勢を掛けます」

「可能なのか?」

「可能です」

「う〜ん」

カイトが唸り声を上げた時、正面の扉が開き一人の女性が入ってきて言う。

「面白そうね。私も参加できない?」

「・・・真澄ちゃん」

そこには、統和機構本部に召集されたはずの新城真澄の姿があった。




      時を紡ぐ者達 第20話



「くそ、なんと言うことをしてくれたんだ」

クリムゾン本社会長室では、1人の老人が怨嗟の声をあげていた。その老人の名はロバート・クリムゾン。

クリムゾングループ会長を務める人物である。

「全くです。おかげで我々もかなりの損害を被りました」

秘書官が彼に同意した。

確かに、クリムゾングループは今回の件でかなりの被害を出している。並大抵の企業だったら倒産しているだろう。

「ふん。まぁ他の企業、あの忌まわしいアルビオンやネルガルも当分、動けまい。

 連中よりはやく態勢を整えて、生き残っている地域の市場をとりこむ。準備は怠っていないだろうな?」

「勿論です」

「そうか、なら良い」

だが、その直後、とんでもない報告が入る。

『か、会長、大変です!!』

通信を寄越したのは彼の側近の1人だった。

「どうした?」

そのただならぬ様子に何かを察したのか、ロバート・クリムゾンは真剣な声で尋ねた。

だが、彼が冷静でいられたのは最初だけであった。

『我が社のネットワークが何者かのハッキングによって乗っ取られました!!』

「何!!?」

現代の企業は、コンピュータネットワークにより企業組織運営を行っている。

それらが完全に乗っ取られてとすれば、それは存亡の危機に陥る。

「馬鹿な!!。一体どうやって?」

だが、彼らの驚きはまだ終らなかった。

その数分後には、クリムゾン一族の保有する個人株式が一斉に売り払われたのだ。

しかも、株式市場は隕石による影響で軒並み暴落していた。これにより、クリムゾンの株は通常の数分の一で次々に売りに出された。

世界有数の規模を持つクリムゾングループの全株式の実に90%が次々に安値で放出されていく。

「とめるんだ!!」

「無理です!!」

そしてさらに驚愕する報告が訪れる。

それはクリムゾン一族が個人的に所有している株式以外の資産が流出しているとの報告だった。

「馬鹿な、私は判をおした覚えは無いぞ!!」

だが、確認の為に取り寄せた書類には確かに判が押されていた。

そして、破局は訪れる。

「会長、クリムゾングループに会社更正法が適用されました」

「・・・誰が申請をだした?」

「わかりません。ですが・・・」

「くそ、謎のハッカーか。仕方が無い木連に亡命するか」

 だが、この彼の意志はアルビオン側に筒抜けとなっており、彼らは先手を取ることを決定した。

オーストラリア近海を航行していたオセアニア方面軍の連合海軍艦隊に対しハッキングをし、完全に支配下に置いた。

そして、その艦隊から次々にミサイルを発射させた。目標はクリムゾングループ本社。

木連に連絡をとったその瞬間、300を越えるミサイルがクリムゾン本社やその周辺施設に襲いかかる。

「ミサイル多数接近!!」

クリムゾン本社周辺に展開していた私設軍が応戦しようとするが、ネットワークが破壊されまともに応戦できなかった。

300発の殆どが命中。その直後、轟音と閃光が辺りを包み、それが止んだ後には瓦礫の山しか残されていなかった。

ここにおいて、クリムゾングループは完全に崩壊することとなり、その市場はアルビオンが支配する所となった。



「真澄ちゃん、お疲れ様」

カイトはメインコンピュータルームにいる真澄に労いの言葉を掛けた。

「どうって事無い、と言いたいけど多少疲れているのも確かね」

「それにしても凄いハッキングの腕だ」

真澄のハッキングの腕はカイトの知る限り、星野ルリに匹敵するものであった。

「・・・ごめんなさい。ちょっと用事があるから席を外させてもらうわ」

真澄はそう言い残し部屋から出ていき暫く廊下を歩いていると、麗香と出会った。

「・・・どうだった?」

「・・・機構本部でのことなら心配無いわ。お咎め無しよ」

「そう。なら良いけど」

「心配してくれたの?」

悪戯っぽく言うと、麗香は冷静な声で言い返した。

「ライバルがいないと張り合いが無いわ」

「まぁ、そういうことにしておきましょうか」

「・・・どう、何か食べにいかない?」

「食堂で?」

「そう。いっそのことカイト君に作ってもらいましょうか」

「それは良いかも」

この後、二人のお願い攻撃によりカイトは彼らに特製ラーメンを作ることとなった。



 彼らが遅い昼食をとり終わった頃、アルビオン本社に二人の客人が訪れた。

「お久しぶりですね、水瀬提督、高町提督」

「はい。この度は協力ありがとうございました」

秋子はそう言って頭を下げる。士郎は無言で礼をする。

「せっかくの貴社の協力してもらったのに私達の力が足りず、作戦を失敗させてしまって申し訳ありません」

「今回の作戦の失敗は、両軍の戦力差が隔絶していたからです。両提督の責任ではありません」

「しかし」

「今は今後のことを考える方が先決です。このたびの訪問の目的は?」

「・・・はい。お尋ねしたいことがあるのです」

「尋ね事?」

「はい。貴方達が私達を軍の中核に据えるべく工作をしていると聞きまして、その真意を」

「そうだ。我々は敗軍の将。何故、その我々をわざわざ軍の中核に置こうとする?」

「・・・今回の戦闘で連合宇宙軍は物的、人的に壊滅的な被害を被っています。

 その中で数少ない生き残りであり、連合宇宙軍でも有数の能力を持っている御二方を中核に据えようと思うのは当たり前です」

「・・・それだけですか?」

「・・・御二方なら、木星蜥蜴、いや木連との講和にたどりつけられると思ったからです」

「貴方達は知っていたのですか?」

「はい。我々もそれなりに戦争終結の為、様々な工作をしてきたのですが」

「そうですか」

「現在、地球連合は大幅に不利な状況にあります。さすがにこの状況では講和は困難です」

さらりと言うカイト。だが、実際にはこの状況を作り出した原因は半分はカイトにあった。

木連の継戦能力の強化に一役かっているのは他ならぬ彼である。その上、木連を統べる立場である仁美と通じている。

表沙汰になれば国家反逆罪ものの事をやっているのだ。

「私としてはお二人には軍を率いてもらい、木連との和平が実現できる状況を作ってもらいたいのです」

「・・・それは過大な要求ですね」

「そうでしょうか。私としてはお二人にはそれが可能だと思っているのですが」

「それを我々に望むと言うならそれなりの支援をしてもらえるのだろうな?」

「勿論です。すでに連合軍に対する支援として、これだけの艦艇を建造中です」

カイトは艦隊整備計画についての書類の一部を見せた。

「こ、これは・・・。しかし、これだけの艦艇をどうやって?」

「それは秘密です。ですが、これらの艦艇は一年以内に完成する見込みです。あなた方には一年間は地球で木連軍を食い止めて

 貰いたい。無論、地上での戦闘に対する支援も行うつもりなのでご安心ください」

「何から何まで、すみません」

「いえ、困った時はお互い様ですから」

その後、2,3のやり取りがあった後、二人は会長室を後にした。



「嘘が上手いんですね」

会長室に入ってきた香織が言った。

「何度も盗み聞きをするなよ・・・俺は少なくとも100%の嘘を言ったわけじゃない」

「・・・まぁいいですけど」

「それより何のようだ?」

「いえ、如月さん見ませんでしたか?」

「いいや、見ていないが」

「そうですか」

「・・・なにか用事でも?」

「ええ、ちょっと」

「伝えておこうか?」

「いいえ、結構です。失礼しました」

そして、しばらくして食堂の方から蘭の叫び声が聞こえ、しばらくすると聞こえなくなった。

(・・・まさか)

カイトは前に香織に飲まされた酒を思い出した。

(・・・ひょっとして新作、とか言って飲ましたんじゃ)

カイトは様子を見に行くべきか、放って置くべきかしばし悩んだが・・・

(放って置く事にしよう)

やはり、自分の身の方が可愛かった。



そのころ、木連軍総司令部では、仁美が作戦会議を招集していた。

「これをご覧下さい」

真奈美がウインドウを出席者の全員の前にだした。

「これは」

「そう、この星の屑作戦の戦果とこちら側の被害の一覧です」

「残念ながら、今回の目標である北米基地へ直撃させることは出来ませんでした。よって我々は地球への直接侵攻を余儀なくされます」

これに南雲がすまなそうに謝罪する。

「申し訳ない。自分がもう少ししっかりしていれば」

これを仁美がさえぎる。

「あなたは良くやったわ、南雲大佐。別にそこまで謝ることではないわよ」

「は、はい」

彼女は、今回の作戦は成功と考えていた。だが、それを表には出さない。

「地球への直接侵攻に関する作戦だけど、まず制圧したジャブローに地上設置用のゲートを設置。

 そこを拠点に南米を制圧し、北米侵攻の拠点にする。また、壊滅状態の西欧に部隊を降下し制圧。

 ここに新たに基地を建設し、同地域とその周辺に対する侵攻拠点に。ちなみにこの2つの作戦は同時期に決行するわ」

「決行は何時ごろに?」 

「作戦開始は一ヶ月後。全軍は直ちに作戦準備に取りかかるように」

「「「「了解しました」」」」

仁美の命令を受け、出席者全員が仁美に敬礼する。かくして、木連は地球侵攻作戦に向けて準備を開始した。






 嵐が近づきつつあるのはある程度気付いていたものの、カイト達にはしばらく平穏の日々を送っていた(蘭を除いて)。

そうは言っても、被災した地域の援助だの、軍の立て直しだの、やることは山ほどあったが・・・

「被災した地域の被害は想像以上に深刻だな」

カイトは書類を前にため息をついていた。彼の前には山のような報告書が積まれいて、今にも崩れそうなものもある。

業務に関する書類は復帰した真澄と増強されたHFR達によってその多数が処理されているが、それでもさばききれないものや

カイト自身が見なければならないものは必然的にまわってくる。

「東南アジア諸国の中には無政府状態になり、武装難民が流出している国もある。

 それに加え油田が破壊されて原油が流出、海洋汚染も発生し、北米でも多数の汚染物質が海に流れて海洋汚染が深刻化。

 ヨーロッパの主要都市はほぼ壊滅状態。まぁイギリスやポーランドあたりは被害は比較的少ないけど」

真澄は冷静に詳しい被害状況を報告する。

「復旧には20年以上の歳月が掛かるわね。しかも平時で」

麗香がお手上げと言わんばかりに言う。

「戦争状態である以上、復旧作業に全力を挙げる訳にはいかない。当分は接収したクリムゾンの資産を援助の為に

 切り崩せば良いが、それでもいずれ限度が来る」

「連合政府も軍の立て直しに精一杯で、とても援助をまわすだけの力は無いわ」

「・・・艦隊の規模を縮小するのは?」

「真澄、それはちょっと難しいわ」

「しかし」

「彼らの戦力は想像以上よ。このままじゃ彼らと戦っても勝ち目は無いの。

 彼らとは密約を結んでいると言っても、あまりに連合が負け続ければ彼らの気が変わるとも限らない」

麗香の言葉の裏には、仁美を100%信用していないという彼女の心の内が表れていた。

「・・・」

「それに木連は必ず地上へ侵攻してくる。そうすればまた都市が破壊され、援助が必要になる。いたちごっこよ」

「こちらから先制すると言うのは?」

「我々に衛星軌道上に展開している艦隊を殲滅できるほどの戦力はない。出来るとしたら精々、ゲリラ戦程度だ」

蘭がこれに反対し。カイトも同調した。

「そう。どちらにせよ、反攻に移れるのは最短でも我々の艦艇が揃う半年後。それまでは地球本土で防戦に専念するしかない」

(そう上手くいくかしら)

カイトの意見に対し真澄は懐疑的だった。だが、それに答えるように麗香は言う。

「無論、あの仁美と言う女性はかなりのやり手のようだから、そうそう私達の思惑通りにことを押し進めるとは思って無いわ。

 でも、現時点では我々は対処療法に徹するしかない」

「そう」

「まぁ戦略方針を決めるのも重要だけど、今は被災地への援助が急務よ」

「そうだったな。物資の手配は?」

「一応済んでるけど、問題は輸送方法ね」

「何か問題が?」

「東南アジアの主だった飛行場や空港は軒並み機能してないし、湾口施設は壊滅状態。運びようがない。

 海洋ルート、航空ルートが使えないとすると、残りは」

「軍の輸送艦か」

「それも無理。ジャブローにかなりの数があったみたいでジャブローとともに失われて残っているのは需要の半数にも満たない。

 戦線の維持だけでも精一杯」

「・・・と言う事は」

「幸い、ユーチャリスU、フヨウ、リアトリス改1隻が改装工事前で残ってるから、輸送艦がわりに使えるわ」

「三隻の指揮は?」

「そうね。・・・蘭やってもらえる?」

「構わん(よし、これで奴と離れられる)」

蘭は心の中で万歳三唱をあげていたが・・・

「私も同行して良いですか?」

「香織ちゃんか・・・まぁ別に良い」

内心焦った蘭はカイトの台詞を遮るように言った。

「いやこの位は俺だけで十分だ。それに艦を全て輸送艦に使う以上、手持ちの戦力は多い方が良い」

「・・・それもそうか」



 かくして、蘭はこの輸送作戦の指揮を執るべく本社を後にした。蘭が去った後、真澄と麗香は会議室で話しをしていた。

「・・・本部はどうなってた?」

「本部は反統和機構組織に対する反攻作戦が実行されてる。私が本部を出ていくときにかなりの会戦が起きたみたいで」

 担当部門はおおわらわだったわ。まぁそれでも全体的には押してるみたい」

「そう」

「それと、姉さんの件に関してはお咎めなし。本部もまだまともな判断力があったってことね」

「でも、本部は何を考えているの?。これだけの艦隊の整備だと少なくとも戦争中である機構においてその出費は小さくないわ」

「さぁ?。私もそれは分からない。でも本部の中で何か暗闘があったみたいだけど」

「暗闘?」

「詳しいことは知らないけどね」

(何を考えているのかしら。戦争中にもかかわらず権力闘争なんて本部の連中は何を血迷っているの。

 ・・・新城准将が反乱を起したくなった理由がわかってきたわ)

「それに今回の艦隊整備計画はアトラスが承認して押し進めたらしいわ」

「・・・・・・」

「まぁ私達は今のところ、この世界での作業に全力を注ぎましょう」

「・・・そうね」



 麗香が会議室を後にしたとき、真澄は心の中で麗香に謝った。

(ごめんね、まだ真実を話すわけにはいかないの)

彼女は本部内部での暗闘の正体も、アトラスの真意も知っていた。彼女は本部内部でのやりとりを思い出していた。



 統和機構本部内某所。

「何故、彼女に真実を話した?」

アトラスは厳馬に尋ねた。

「娘は信用できます。それに我々の計画には1人でも多くの同士が必要です」

「・・・確かに少しずつ本部内部を『掃除』していると言ってもまだまだアホが多い。

 その点から見れば間違いなく、君の意見は正しい。だが、秘密を知る者が少ない方が良いというのも事実だ」

「彼女が秘密を外部に漏らすような人物だと思いますか?」

「物事には100%はない」

「しかし、物事にリスクは付き物です。掛け金を失うことを恐れていては何もできません」

「・・・まぁ今回は君の人物の鑑定を信じよう」

「ありがとうございます」

その後、アトラスに厳馬の後にいた真澄は尋ねた。

「私は何をすれば?」

「君は一回、天河アキトの干渉している世界に戻ってもらう。

 君は知らないだろうが、あの世界には最高法院の『錫』を務めている人物がいる」

「消せ、と?」

「いや、そこまではいかない。奴は利用させてもらう」

「・・・・・・」

「・・・かなり重要な任務だ。頼むぞ」

「了解しました」




「・・・錫か」







 数日後、東シナ海。

「平和だ・・・」

蘭はユーチャリスUの艦橋でそれなりの平和を満喫していた。

彼は今、ユーチャリスUを含め、3隻の戦闘艦と3隻の輸送艦の指揮を執っている。

連合軍は輸送艦を手配する余裕がなく、仕方なく火星軍のものをレンタルしたのだ。最初はユーチャリスUを含めた3隻だけで輸送する

つもりだったのだが、あまり積載物資が多すぎると非常時に上手く行動できないということと、元々戦闘艦であるため、余分なスペース

が少なく、多くの荷物を積めないことから輸送艦を手配したのだ。無論、戦闘艦3隻にもかなりの救援物資が積まれているが。

「まったくもって平和だ。香織がいないだけでここまで平和とは」

『苦労なされているんですね』

ユーチャリスのAIが気の毒そうに言った。

「あの女とであってから数年ろくなことが無かったからな」

『そこまで酷かったんですか?』

「俺にとってあの女は疫病神以外の何者でもない」

苦々しく言う蘭。彼は後日、このAIの記憶を見られるかもしれないことを考慮していないのだろうか。

恐らくは気の抜けたことに起因しているのだろうが、その緩みも長くは続かない。被災地が近くになるに連れ、東南アジア緒国の

被った被害、特に沿岸部への救援に全力を注がざるを得なくなったからだ。

彼はボランティアの人々や現地の機関と協力して活動を始めた。

「何もかも不足している、か」

蘭は現地の様子を直に見て言った。彼は様々な世界で多数の修羅場を見てきた強者であるのでそこまで動揺しない。

「まったく、周辺諸国はなんでこんなに動きが遅い。おかげで苦労するのはこちらだぞ」

そして彼は慣れない事務処理に頭を悩ますことになる。




 そのころ、アルビオン本社でも頭を抱える人物が複数存在した。

「参ったな、これが彼女の正体とは」

カイトはやっとのこと探り当てた仁美の正体に頭を抱えた。

「そうね、彼女があの新城准将だったとは」

麗香もこれには悩んだ。彼女はちらりと真澄を見る。

(動揺しているんじゃ・・・)

だが、真澄はさしたり動揺していなかった。少し汗を浮かべているが。

麗香は少し驚いた。多少は動揺すると思っていたからだ。

(落ちついているわね)

だが、ここでカイトが統和機構本部の動きを懸念するようなことを言う。

「しかし、このことがばれると不都合なことが起こるんじゃないか?

 彼女は反乱事件の中心人物、アトラスだって黙っていないんじゃないか?」

「確かに」

このことが本部に知られれば間違いなく討伐軍が派遣されるだろう。

反統和機構組織と戦いを繰り広げている現状では、即座に派遣されることはないだろうが、何かと行動が制限を受けかねない。

「しかしなんで彼女は、わざわざ表舞台に立っているんだ?。まるでみつけてくださいと言わんばかりの行動だ」

「さぁ。・・・ひょっとして偽者?」 

麗香の呟きに、HFRが言った。

「否定は出来ません」

「・・・でも例え彼女が偽者だとしても、本部は間違いなく介入してくるわ」

「それほどの重要人物なのか?」

「ええ。少なくとも一連の反乱事件の首謀者と本部は考えているからどんな情報でも欲しがってる」

「・・・不味いな」

「下手をしたら本部は木連ごと彼女を葬ってしまうかも」

「それは不味いな。・・・このことは本部にしたのか?」

カイトの問いにHFRは表情を変えずに答えた。

「いいえ。ですが一応、火星基地の春日井閣下には報告しておきました」

「そうか。・・・春日井さんと相談してみるか」





 その後、春日井とカイト達は一時間に及ぶ議論を繰り広げ、今後の方針を決定した。



 だがその数日後、この内密にしていた情報が最高法院そして統和機構本部に知られることとなる。





 ここ、豪勢な装飾が施された最高法院の会議室には12の人影があった。

「まさか、あのような場所にいようとは」

「だが、どうする?。我々の手持ちの札は私設軍だけだ。機構は戦線の維持に手一杯。とても彼女に挑める余力はない」

「彼女の軍事的才能は抜き出ている。巡洋艦1隻で、戦艦1個艦隊を殲滅することを余裕でやって抜けた人物だ。

 しかも、機構軍内部にも奴のシンパがうごめいている」

「下手に手を出せば、機構の分裂を招く。少なくともEOPが完全に達成されるまではそれは避けたい」

「しかも、近頃、謎の暗殺者が我々の部下を次々に襲撃している。ここにいる最高幹部こそ難を逃れてきたが」

「確か、断片的な情報では赤毛の少女だったと言うが」

「正体はまだ判らないのか」

何人かは苛立ったかのように言った。そして、最高法院の最高権力者である最高独裁総監を務める白髪の老人が発言する。

「・・・報告では、彼女は木連とやらの最高権力者に収まっているらしい。

 しかも配下には明かに高性能の兵器も確認されている。おそらくは奪った試作品や設計図を元手に作ったのだろう」

「機構内部にも協力者がいるということですな」

「そうだ。だが、我々が下手にでては薮蛇になりかねない。だが、幸いにかの世界には水原麗香、そして春日井、如月蘭と言った

 作戦部でも指折りのメンバーがいる。彼らの性格はともかく能力は一流だ。しかも機構は彼らにかなりの戦力をあたえるらしい」

「・・・逆に危険なのでは?」

「否定はしない。だが、彼らは少なくとも彼らに敵対している」

「ですが、後で手を結んでいるとの報告もあります」

「それを壊す手だてはいくらでもあろう。それに連中が油断したところを見計らって奇襲をかけることも出来る」

「・・・」

「ともかく、天河アキト達にがんばってもらおう。幸いにも錫がいる。彼らが馬鹿な行動を起そうとすれば

 すぐに気付ける。特に心配はないだろう」

「そうですな」

「今は赤毛の暗殺者の対策を練ろう」








 統和機構本部。

「彼らが気付いたか」

アトラスの呟きに、厳馬が答える。

「はい。しかし、ワルキューレ計画は順調です。彼女の時間稼ぎは一応の成功を収めました」

「だが油断は禁物だ」

「判っています」

「春日井に送る戦力は、戦艦16を中核とした艦隊。あの老人達も彼女がいると判れば文句はいわないだろう」

「はい。それと」

「・・・第2次支援計画か」

「はい。如何します?」

「判っているだろう?」

「・・・前倒しの準備は終了しています」

「・・・任せる」

「はい」






 カイト達の宇宙艦隊整備計画、春日井に対する増援、そして最高法院の介入。事態は急速に動き始める。

だが、これらの行動に先手を打つかのように仁美は動き始めた。

「全軍に布告。現時刻をもって地球侵攻作戦を開始する!!」

かくして戦争は新たな局面を迎える。





あとがき

 earthです。時を紡ぐ者達第20話お送りしました。

・・・クリムゾン倒産。やり方が悪かったかな?。

さて、最高法院も介入し始めますし、赤毛の暗殺者(ばればれ)も現れます。

それにしても1000隻か・・・我ながらとんでもない計画だなぁ〜(笑)。

まぁ、それぐらいしないと連合軍完敗してしまいそうですし。

それでは駄文にもかかわらず最後まで読んで下さってありがとうございました。

第21話でお会いしましょう。





代理人の感想

錫?

最高法院とやらのメンバーのコードネームでしょうか?

あるいは階級ごとに金属の名前で呼ばれてるとか・・・って、それは聖闘士(爆)。

 

 

・・・・・・しかし、無茶な潰しかたするな〜>クリムゾン

余計に社会混乱を引き起こすような気もするんですが(笑)。