「で、私にどうしろと?」
ある豪華な一室である女性が老人に尋ねた。
これに老人が小声で答える。
「・・・・・・」
「・・・何ともまぁ」
「・・・・・・」
「・・・答えはNoよ。私はあなたの権力維持に協力する義務は無いわ」
「・・・・・・」
「・・・そうね、まぁその程度の事は認めてあげるわ」
「・・・・・・」
「これで終り?」
「・・・・・・」
「それじゃあ失礼するわ」
彼女は光と共に消えた。
「・・・人にあらざる者が」
そう苦々しく言った老人も部屋を後にした。
時を紡ぐ者達 第25話
木星蜥蜴の猛攻ですっかり戦力の過半を消耗した地球連合軍は自軍の戦力の回復を待つ戦略を取っていた。
勿論、この消極的とも言える行動に連合議会は非難の声を挙げたが、連合軍総司令官九条大将は全く相手にしなかった。
「・・・相変らず、議会が煩いわね。全く選挙しか頭に無い連中は」
黒いバイザーを掛けた女性が連合軍総司令部の一室で面倒そうに呟いた。
この呟きを聞いた参謀の一人が苦笑しつつなだめるように言う。
「仕方ありませんよ。連中は政治力と金で動いているんですから」
「・・・全く衆愚政治の極みね」
「まぁ連中がぶつぶつ言ってくるのも分かりますが・・・」
その女性、九条大将の前の机の上には地球各地での連合軍の被害報告が書かれた書類があった。
「欧州方面軍、東南アジア方面軍、南米方面軍はほぼ壊滅。
衛星軌道の制宙権も奪われたまま。その上、アフリカも北半分は放棄せざるを得ないか」
「それに通商破壊が激化。海軍艦艇もかなり失われているとの報告もあります」
「全く・・・宇宙軍の再建状況は?」
「宇宙艦隊はすでにアルビオンから提供された艦艇は約100隻に昇り
ミスマル中将の第3艦隊、倉田佐祐理中将の第6艦隊に優先的に組み込まれています」
「宇宙軍の再建は最優先に」
「はい。・・・それと各地で隕石衝突の影響と思われる異常気象が報告されています」
「穀物生産に影響が?」
「はい。主だった穀倉地帯でかなりの被害が出ている模様です。
それに通商破壊のせいで日本やイギリスなどの無資源国は大きな経済的打撃を受けています」
「・・・連合の継戦能力はどの程度?」
「このままいけばあと二年と言ったところでしょう。それを越えれば間違い無く地球経済は破綻します」
「・・・一刻も速く戦争を終結させなければならないか」
「はい。ですが戦力の逐次投入は避けなければなりません」
「分かっているわ。アルビオンから提供される艦艇と現在、北米基地で建造している艦艇を
除けばもう連合には戦闘艦艇を作る余力はない」
彼女の言う通りだった。すでに連合は多くの主要都市を破壊され、著しく国力を失っている。
北米で建造した艦艇、そしてアルビオンから提供される艦艇が失われれば、再建する事は当分困難であった。
また経済的な問題もあるが、それ以上に深刻なのはこれまでの戦闘でただでさえ少ない優秀な高級軍人をほとんど失ってしまい、
残っているのは補給兵站を担当していた後方勤務の軍人や予備役、それに前線勤務に難ありと判断された軍人が殆どであることだ。
連合軍は辛うじて生き残った優秀な高級軍人の多くを特進させて軍は組織を維持しているが
これ以上、人材を失い続ければ軍は装備面だけでなく、人材面から崩壊してしまう危険性があった。
「そう言えばアルビオンの艦隊、大活躍したようね」
「はい。40隻程度の艦隊ですが、その戦力は宇宙軍の残存艦隊全てを遥かに凌駕しています」
「彼らには当分、欧州で活躍してもらわないと」
「欧州反攻作戦までの時間稼ぎですか」
「その通り。欧州方面軍残存部隊には、最大限彼らに協力するように伝えるように」
「はっ」
そのころ欧州方面軍臨時司令部の幕僚達は、残存戦力の少なさに頭を抱えていた。
「海軍は半個艦隊。空軍は戦闘機224機、攻撃機68機、爆撃機43機、その他132機、それに艦艇は戦艦2隻、小型艦6。
陸軍は6個師団しか残っていない」
「最悪だな。増援は来ないのか?」
「総司令部に増援を具申していますが、まだ返事は」
「と言う事は、やっぱりこちらの頼みの綱は第13独立艦隊だけということか」
聞き手に回っていたパウンドが初めてここで話に割りこむ。
「宇宙軍、いや半民間の艦隊に頼るような事はするな。放っておけ。我々は地上軍の軍人だぞ」
「はぁ(この頑固親父はまだそんなことを言うのか)」
多くの幕僚は内心で呆れ返った。
このあと、会議は何の結論も出さずに終幕する。
ちなみにこのパウンドの台詞は、即座にカイト達の耳に届いた。
「そんなことを・・・まったく彼の宇宙軍嫌いは筋金入りだな。
・・・それにしてもどうやってこんな台詞をはいたことが分かったんだい?」
全員が居る会議室でカイトが怪訝そうに聞いたが、麗香は淡々と答える。
「壁に耳あり、障子に目ありといったところ」
(・・・盗聴したのか)
これには近くに居た祐一が心中で汗を掻いて呟く。
「そのとおり。まぁ連合軍の防諜体制は大分ガタガタになっていたから、楽だったけどね」
麗香は祐一を見て言った。
「えっ・・・ひょっとして口に出してた?」
この祐一の問いに全員が頷く。
「あちゃ〜またやったか」
「祐一、ひょっとして癖か?」
蘭の尋ねに祐一は頭を掻きつつ頷く。
「そうなんだ。前居た職場でもこれで大分苦労したんだ」
「直したらどうですか?」
香織の言葉に祐一は首を振って答える。
「治らないから、癖って言うんだよ」
「「「「そうとは言わない」」」」
この全員の突込みを受けた祐一は「うぐぅ」と言って部屋の隅っこに蹲った。
「・・・いじけた提督は放っておいて会議を続けよう」
「そうですね」
そんな祐一を無視したカイトと香織の決定を受け、会議は何事も無かったように進む。
だが、会議が再会されてからわずか15分後、予期せぬ報告が会議室に飛び込む。
それは連合軍『ベルファスト』基地が謎の攻撃を浴びて消滅したとの報告だった。
そして、その数分後には欧州方面軍臨時司令部のあるロンドン基地消滅の方が飛び込む。
「一体、どういうことだ!?」
「・・・どうやら連中、ナナフシの改良型を多数配備したようね」
「射程は?」
「詳しい事は分からないわ。まぁここにいきなり撃ち込まれないことから極端には長くは無いみたい」
麗香の報告を受けたカイトは祐一に顔を向けて尋ねる。
「・・・祐一、連合軍の被害状況は?」
「陸軍3個師団は二つの基地もろとも消滅した。
空軍も主力は最も整備施設が整っていたベルファスト基地にあったからおそらく全滅状態だ」
「海軍の被害が比較的少ないのがせめてもの救いだ」
「だが欧州方面軍はこの攻撃で完全に止めをさされた。
これで欧州方面軍で残っているめぼしい戦力はイギリスで生き残った海軍の半個艦隊を除けば東欧の一部の部隊と、
地中海沿岸に辛うじて残っている部隊だけだ。空軍が壊滅した以上、制空権も失われる」
「不味いな」
このあとも、木連はナナフシによる砲撃を繰り返し、イギリス南部の主要都市は壊滅。
防御手段の無いこの攻撃にイギリス市民は恐慌をきたした。
都市と言う都市から人が消える。
中には自暴自棄になり、暴動を起こす人々もいた。
もはや秩序は完全に崩壊しつつあった。
無論、カイト達はこの攻撃に対して迎撃を行い、マイクロブラックホール弾を叩き落したが、
完全に防ぎきる事は出来なかった。
この欧州方面軍指揮系統の壊滅は速やかに連合軍総司令部に伝達された。
「現在、欧州方面軍は誰が指揮を執っている?」
九条は渋い顔で幕僚に尋ねた。
「現在、最上位の軍人は陸軍のモントゴメリー中将です。しかし、彼は」
「・・・保守派で石頭。おまけに縄張りにはうるさい、でしょう?」
「はい。それに陸軍も生き残っている部隊は多くが旧式装備の部隊ですから」
「海軍は?」
「フィリップス少将です」
「・・・欧州方面軍司令にはフィリップス少将に」
「少将を方面軍司令に?」
「中将に昇進させなさい。いい、事態は一刻を争うの」
「了解しました」
「・・・それと最高幕僚会議を召集する」
「わかりました」
連合軍総司令部内、会議室。
現在、連合軍を束ねる将帥達が一同に集った。九条大将は彼らを見渡すやいなや議題を言う。
「皆も知っていると思うけど、現在、欧州戦線は危機的状態にある。
この事態を打開する方策を練らなければならない、早急に」
「つまり、打開策の検討がこの会議の目的だと」
「その通り。何か意見は?」
だが、ここまで悪化してしまった欧州戦線を打開する手立てなど思い浮かばない。
宇宙軍は勿論、地上軍もこの数ヶ月の戦闘で多大な被害を受けており、とても余分な戦力はなかった。
「第13独立艦隊は?」
「驚くべきことだが何回かは迎撃に成功したらしい。だが敵の積極的な攻撃振りに手を焼いているようだ」
「民間人に任せているからでは?」
「彼らの実績も無視できまい。それに今、アルビオンと敵対することは出来ないことは知っているだろう?
「・・・かと言って」
「それに我々には、人員の余力は無いのだ」
「・・・ではどうします?」
ここで一人の将軍が発言する。
「私としてはイギリス本土の放棄も視野に居れるべきだと思います」
これには他の将帥達も声も出なかった。
「それはいくら何でも」
「私としては、要塞化を進めているアイスランドまで後退。
そこを来るべきヨーロッパ反攻作戦の拠点に置くべきだ思います」
「だが、英本土の放棄は議会が許すまい」
「民間人は出来うるかぎり避難させます。だいたいこのまま英本土を維持し続けたほうが
被害は多くなります。まぁすでにロンドン市は消滅、他の多くの都市も攻撃を受けている。
今では生き残っている人間のほうが少ないかもしれないがさっさと放棄したほうが良いでしょう」
雰囲気が剣呑になる寸前に一人の海軍少将が発言する。
「・・・第13独立艦隊に敵の新兵器の破壊を命じてはどうでしょう?」
「民間人の艦隊にイギリスの命運を委ねると言うのかね?」
宇宙軍の提督が睨むように言った。
「彼らは、連合軍総司令官直属の精鋭部隊です。彼らにはそれだけの能力はあるでしょう」
この海軍少将はカイトが失敗したら、責任を九条に被せる気だった。
宇宙軍出身、しかも彼ら(地上軍の将帥)よりはるかに年下で、女性。
頑固な一部の指揮官にとって見れば九条は目障り極る存在だった。
「・・・そうね。そう命じましょう」
そのあと、2、3の打ち合わせをした後、会議は終了した。
会議の終了後、室内には秋子、士郎、そして九条が残っていた。
「九条総司令・・・」
「水瀬大将、どうしたの?」
「何故、あの意見を取り入れたのですか?。失敗すれば」
「本気で言っているの?。彼らが勝てないかもしれないと?」
「私は勝てると思っています」
「だったらノープロブレム。何とかなるでしょう」
「・・・彼らを信頼しているんですね」
「信頼はしてる。信用はしてないけど」
そのあと、九条はさっさと会議室を後にした。
その数十分後、連合軍総司令部での決定が伝えられる。
「カイト、連合軍総司令部から出撃命令が」
「・・・祐一、連合軍のほかの部隊は?」
「単独で撃破しろだそうだ」
「・・・やはりか。麗香ちゃん、ナナフシの現在位置は?」
カイトは麗香を振り向いて尋ねた。
「ナナフシは、フランスのパリ郊外跡にある基地にいる様よ。
周辺は幾多の防衛陣地に守られているわ。地上には捕獲した連合陸軍の兵器が多数は位置されている。
対空陣地も充実してる。そのうえ、基地付近には強力な空間ジャミングが施されていてジャンプそしてワープによる
奇襲も不可能」
「難攻不落だな」
このあと、会話についていけなかった祐一にはワープ、そしてボソンジャンプについてある程度の解説が行われた。
「・・・う〜ん。と言う事は正面から行くしかないか」
「まぁブラックサレナUだったら突破は可能だと思うけど」
「でも、木連の欧州侵攻部隊、特にあの紅月とやらと戦うことになると難しいですね」
香織の意見に、麗香は答える。
「大丈夫、我に秘策あれよ」
このあとカイトと麗香の奮闘もあってか、短期間で全ての準備を完了させることが出来た。
「第1部隊出撃準備完了」
「第2部隊出撃準備完了」
「第3部隊出撃準備完了」
「作戦参加予定部隊、全部隊出撃準備完了」
ユーチャリスUの艦橋に、次々に出撃準備完了の報告が入った。
「カイト君、全艦隊出撃準備完了したわ」
カイトは目を瞑ったまま麗香の報告を聞いていた。
「・・・祐一、連合軍は何か言ってきたか?」
「いや、別に」
「そうか・・・。よし、作戦開始だ」
「了解」
各部隊は次々に軍港から極秘裏に出撃していく。
そのころ、木連軍、月基地司令部。
「副指令、緊急報告です」
「緊急?」
副官の様子に嫌な予感を覚えた真奈美は即座に問い返した。
「内容は?」
「イギリス本土の基地から天川艦隊が出撃した模様です」
「・・・そこまで緊急を要するものでは」
「いえ、この直後、欧州上空に配備していたすべての軍事衛星が破壊されました」
「すべて?」
「はい。またこの直後、衛星軌道に展開中のパトロール艦隊、ゲートが次々に連絡を断ちました」
木連は多数のゲートを衛星軌道に配置し、それを基点に地球連合宇宙軍の動きを封じていたが、そのゲートを
破壊されたということは封鎖網に大穴が開きかねないことを示している。たしかに緊急であった。
「・・・即座に予備の部隊を派遣するように。それと無人艦隊をフルに使って探しなさい」
「はっ、了解しました」
副官が急いで出ていく。
「・・・反攻作戦でも行うつもり?でも早過ぎる」
真奈美はこれを最初、本格的反攻かと考えはじめた。
確かに偵察衛星のみならずキラー衛星をはじめとする軍事衛星、それに各基地を破壊して回っているのだ。
大規模過ぎる。
しかし、木連の災厄はこんなものでは終らなかった。
派遣したはずの無人艦隊が次々に奇襲を受け壊滅。酷い物には衛星軌道を大きく離れた場所で航行していた輸送船団が
護衛艦もろとも壊滅。そのうえ輸送船が運んでいた物資まで奪われると言うおまけまで付いた。
「あきらかにこれは大規模な反撃なのでは」
真奈美は首を横に振る。
「残念ながらまだ判断できない。情報が少なすぎる」
「・・・・・・」
「偵察艦は?」
「すでに衛星軌道へ展開中です」
ここで再び緊急連絡が入る。
「副指令、派遣した偵察艦、並びに護衛艦が全滅した模様です」
「・・・くっ」
「かろうじて届いた偵察艦の報告では敵の数は30隻あまりとのことです」
「30隻・・・かなりの戦力ね。と言う事は未発見の敵は多くて10隻か」
「欧州方面軍に伝達しますか」
「そうして」
「それにしても連中は宇宙で何をするつもりなんだ」
「まったくだ」
参謀達は困惑した表情で話し合う。
「敵が宇宙に進出してきたということはイギリス本土に対する脅威が減る訳ではないと思うが・・・」
「・・・そんなことも分からない輩ではないだろう」
「では敵の狙いはどこにあるというのだ」
そんな事を言い合う参謀たちを見ながら真奈美は悩む。
彼らが小田原評定をしている間に戦況が大きく変化しようとしていた。
「作戦の第一段階は成功のようですね」
第二部隊旗艦の艦橋で香織は戦況図を見て呟いた。
『第2部隊、3個敵哨戒艦隊、ゲート2個を撃滅。また約20隻からなる輸送船団を撃滅した模様』
AIの報告を受け、香織は満足したように肯く。
「敵の宇宙軍は当分の間動けないから、予定通り第二段階に移行できそうですね。
各部隊に『金庫の鍵は我が掌中』を伝達」
『了解しました』
「『金庫の鍵は我が掌中』、入電」
「予定通りだな」
女性型HFRの報告を聞いた蘭は呟いた。
今回の作戦では第13独立艦隊は艦隊を3つに分けていた。
カイトの直轄部隊が第一部隊、そして香織率いる第2部隊、そして蘭が指揮する第3部隊である。
「宇宙では、第2部隊が大暴れしています。それに例の欺瞞情報を流すことにも成功しているようです」
「・・・地上の敵司令部には?」
「はい。電子作戦艦により周辺の敵通信網は完全に麻痺状態です」
「敵はこちらの主力が宇宙に居ると誤認させられたか」
そう、月基地に入ってきた報告、『敵は30隻あまり』と言うのは完全な欺瞞情報。
しかし、この時点でこの情報が欺瞞情報であることを見抜けた者は、木連には居なかった。
実際には第2部隊は11隻、戦艦2隻、双胴方戦闘母艦1隻、巡航艦2隻、駆逐艦5隻、電子作戦艦1隻に過ぎない。
実際の報告の三分の一程度の陣容でしかないのだ。
「よし、我が部隊も出撃する」
蘭の指揮する第3部隊は正規宙母2隻、巡航艦3隻、駆逐艦5隻、その他2隻から成る部隊であった。
木連欧州方面軍司令部では
「何、宇宙で?」
「はい、敵の主力部隊が宇宙で大規模な作戦行動を取っている模様です」
司令官は通信参謀に尋ねる。
「状況は?」
「こちらの宇宙軍部隊はかなりの被害を被っています。ですが、それ以後の情報は途絶しています」
「途絶だと?」
「はい、欧州上空全域で大規模なジャミングが行われているらしく、月基地と全く連絡が取れません」
「くそ」
「司令、これはチャンスなのでは?」
「チャンス?」
「はい、現在イギリス本土の戦力は残りカス程度の連合軍です。
敵の帰還前に陥落させるとはいきませんが、ゲートを設置できれば」
「ふむ、だが設置可能なゲートは2個しかないぞ」
「構いません。2個あれば十分でしょう」
「そうかな。それに本部からはイギリスに対しては通商破壊に専念するようにと言われているんだが」
だが、ここで思わぬ報告が入る。
「司令、大変です。司令部のコンピュータ内にウイルスが進入、各所で混乱が」
「何!?」
司令官は指令室に入るや否や状況を尋ねる。
「どうなっている?」
「はい。こいつは侵入するとすぐに仕事をしだし、終るとさっさと自動消滅するやっかいな品物でして」
オペレーターが弁明するが司令官は聞く耳を持たなかった。
「状況は?」
「ウイルスの駆除に手間取っています」
だが、彼らはまだ知らない。
カイト達が送りこんだウイルスに犯されたプログラムは虫食いを起すことを。
つまりこいつはバグ・ウイルス、しかも数式が大好きなやつだから、
コンピュータの計算機能が部分的に改竄され、とんでもない計算ミスをやらかすと言うとんでもない品物だった。
「ともかく復旧を急がせろ」
この大混乱により、英本土に近い地域でも警戒が等閑になる。
宇宙に敵の主力が居るという情報と相成って、木連軍は完全に油断していた。
だが、それに高い代償をもたらすとは次の瞬間まで誰も思っても居なかった。
ここキール軍港にはゲートを始め多くの施設が設置されている。
また比較的無傷で手に入れたドックを利用し、艦艇の整備補修すら行われている。
連合海軍や空軍の艦艇も多く鹵獲され、改修工事を受けていた。
だが、それらが前線に出る事は無かった。何故なら・・・。
「敵は完全に油断しているな」
ホワイトサレナのコクピットで蘭は呟く。
彼らは今、ECSを用いてレーダー網に探知される事無く、キール軍港に接近することに成功していた。
「隊長・・・」
「よし、全機攻撃開始!!」
ECSが次々に解除され、次々に機体が現れる。
「第三、五大隊はドックを。第二、四大隊は敵対空陣地を。第一大隊は俺に続け!!」
第三、五大隊はドックに収納されている艦艇を叩きにかかった。
ブラックサレナ改は次々にハンドガンやレールガン、対艦ミサイルを放つ。
放たれた砲弾やミサイルは次々にドックに収納されていた艦艇に命中する。
ドックに収納されている艦艇は次々に爆発炎上し、黒煙をはきだす。
中には動力部に直撃され、大爆発を起こす艦もあり、ドック施設もろとも吹き飛ぶものもあった。
「獲物には苦労しないな。第一大隊は俺に続け」
蘭率いる第一大隊は辛うじて反撃してきた防衛部隊をあっさりと殲滅。
彼らはすぐに設置されたゲートに取り付く。
「・・・チューリップに近い形状だな。改造したのか?」
『隊長、これよりゲートを破壊します』
「任せる」
数機のサレナがDFSを展開して突撃した。周辺の対空陣地はすでに沈黙しており何の妨害も受けない。
蘭が攻撃命令を与えて数秒後、ゲートは真っ二つになり大爆発を起こした。
この大爆発で周辺の施設はあっさり破壊され、基地機能はほぼ完全に麻痺することとなった。
対空陣地を破壊してまわった第二、四大隊は標的を周辺に設置してある燃料基地に変更する。
破壊の限りを尽くした彼等が撤退したのはゲートの破壊からわずか3分後であった。
周辺基地からは増援も駆けつけたが組織的行動がとれず各個撃破され、被害を拡大しただけに終わった。
「よし、『鍵は回った』を打電しろ」
この惨状は木連軍欧州方面軍司令部に即座に届けられる。
「何!?。キール基地が?」
「はい。敵機動兵器多数が来襲し、多数の艦艇、対空火器に加え、ゲートも破壊されました」
「くそ」
そうこう言っている間にもウイルス警報が司令部内に鳴り響いていた。
あまりの煩さに司令の血圧は上昇し続ける。
「周辺から増援として派遣した増援部隊も」
「おのれ、敵艦隊は?」
「未だに発見に至っていません」
「敵の主力は宇宙に居たのではないのか?。・・・え〜い偵察衛星が生きていればこんな事には」
「偵察部隊を派遣します。それと紅月第二艦隊が出撃許可を求めていますが」
「許可する。いいか何としても敵を見つけ出し殲滅しろ」
「了解しました」
「・・・それとさっさとこの警報を何とかしろ!!。うるさくてかなわん」
「はっ、直ちにそう命じます」
「それとあの発射を急がせろ、報復してやれ」
「了解しました」
彼らが反撃の準備を始めたころ、カイト率いる第一部隊はECSを用いて
木連軍の哨戒網を突破、敵陣深くに侵入していた。通常なら発見されてもおかしくは無いのだが蘭と香織
の攻撃、そしてウイルスにより索敵機能が大幅に減衰していたことから発見されずにいたのだ。
「・・・よし。ここまでくれば目的地はすぐそこだな」
「それは分からないわ。油断は大敵よ」
「そうだな」
カイトと麗香の会話に、祐一は割りこんだ。
「それにしても単に敵の霍乱、ただそのためにここまでやるとは」
「やるからには徹底しないと。叩ける時には徹底的に叩く」
彼らが目指した場所、それは木連軍欧州方面軍の最大の補給整備基地と化した嘗ての連合軍基地であった。
隕石落し、そしてマスドライバーの爆撃の影響を受けてもなお機能を維持する事の出来たこの基地は
木連の地上侵攻を受け、あっさりと陥落。
その後は木連によって基地は拡張され、欧州方面軍有数の拠点となっていたのだ。
ゲートも多数設置されており、その数は五つにもなる。
勿論、防御施設も充実しており、ハリネズミのような対空陣地が構築されている。
『敵基地に動きあり。バッタ、及び制空戦闘機が出撃し始めた模様』
カイト達の艦隊の接近に気付いた基地司令部はただちに迎撃にあたる。だが、
「遅いわ。全艦ECS解除。オールウエポンフリー!!」
ユーチャリスUとユーチャリス改級戦艦1隻から相転移砲が、リアトリス改からはマイクロブラックホール砲が
発射される。
奇襲攻撃に加え、次々に直撃を受けた基地は何の対応も取る事が出来ず、一瞬で壊滅してしまう。
「・・・よし、俺は今から出る。後は頼むよ」
「任せといて」
カイトが艦橋を出ていった後、麗香は呟くように言う。
「そして、『金庫は開かれた』か」
キール基地壊滅に続き、自軍(木連欧州方面軍)有数の軍事基地が壊滅したとの報に司令部は大混乱に陥った。
「紅月第二艦隊は何をしていたんだ」
「どうやら敵に出しぬかれた様です」
「くそ、紅月第二艦隊を急行させろ。月司令部との通信は?」
「未だに回復に至っていません」
「はやくしろ!!。それと報復としてイギリスの生き残っている主要都市を消滅させてやれ!!」
「了解しました」
だが、彼らが艦隊の行動に気を取られている内に、ナナフシに影が迫りつつあった。
紅月第二艦隊、旗艦。
中佐に昇進したアーレンは旗艦で一連のカイト達の行動について考えていた。
(・・・敵の狙いは何だ?。
ここにいたって、敵の主力が宇宙に居るというのはあきらかに間違いの情報だ。
恐らく、宇宙に居るのは報告にあった数の三分の一程度だろう。
敵にとって最大の敵はナナフシのはずだ。・・・ひょっとして全て陽動か?。
だとすると、敵の別働隊がナナフシに迫っている事になるな。だがあの要塞陣地を越えられるか?)
「まぁ良い」
「どうしました?」
「何でもない。敵艦隊の様子は?」
「最も内陸に侵入しているのは戦艦4を中核とする10隻余りの艦隊です。
それとキール軍港を壊滅に追い込んだ艦隊は、バルト海付近に集結していると思われます」
「戦艦4か。こちらは戦艦8を中核とする艦隊。しかも旗艦を含めて阿蘇級が2隻。
正面から殴り合えば負ける事は無いな」
「そうですが・・・」
「分かっている。敵のECSの性能は非常に高い。側面、背後から奇襲攻撃を受けかねない」
「はい」
「それから・・・ナナフシに到達するまでどのくらい掛かる?」
「はっ?」
「ワープを使わずにナナフシに到達するまでにかかる時間だ」
「え〜、最短で12分と思われます」
「そうか・・・(手遅れかもしれないな)」
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無い(ナナフシは破壊される可能性があるな)
司令部に『ナナフシ周辺の警戒を密にせよ』と打電しろ」
「・・・了解しました」
その直後、紅月第二艦隊は直ちにカイトの第一部隊を追撃すべく行動に移った。
だが、この時アーレンが予測したとおり、カイトを始め6機からなる特別攻撃隊がナナフシに迫りつつあった。
カイト率いる6機の攻撃部隊は、混乱の隙を突いて一気にナナフシを守る陣地に肉迫できた。
だが、要塞のような防衛陣地をみて立ち往生した。
「かなり要塞化しているな。これではジャミング装置まではたどり付けないか。
・・・仕方ない、やっぱりこれを使うか」
カイトはコクピットでそうつぶやくと、BS改にバズーカのようなものを構えさせる。
「全機、対ショック、対閃光用防御」
この命令後、数秒して各機から防御準備完了との報告が入る。
「・・・発射!!」
BS改から何かが放たれる。そして、それは数秒後、ジャミング装置があると思われる施設の付近で
巨大な火球と化した。
紅月第二艦隊旗艦。
「司令、ナナフシ付近で反物質反応が!!」
アーレンは敵の手段を厭わない攻撃に思わず舌打ちした。
「・・・連中め、大胆な事をする」
この反物質砲弾の爆発により、ナナフシ周辺の陣地、並びに警戒部隊は尽く沈黙した。
「よしいくぞ」
後はカイトの独壇場。ナナフシはDFSを用いたカイトによりあっさり破壊されてしまう。
「各部隊へ、『金庫は空っぽ』。繰り返す『金庫は空っぽ』」
このあとカイト達はワープを使い逃走しておおせた。
木連は追撃部隊を派遣したが、カイト達と一戦を交えるどころか、発見も出来ず完全な無駄骨に終った。
この日の欧州方面軍の惨敗は、ただちに仁美に届けられた。
「・・・完敗ね」
『申し訳ありません』
電話を通した真奈美の謝罪を聞いた仁美は尋ねる。
「今回失った兵力の補充は?」
『ナナフシを除いて、40%程は補充は完了しています』
「・・・そう」
そのあと数分の間やり取りをした後、仁美は電話を切り、別のところにかけた。
「山崎博士。夜天光Uのテストは終了した?」
『はい。かなり優秀な成績です』
「量産化の目処は?」
『一週間以内には量産できます。それと新型ワープ装置の開発も順調です』
「あなたの努力には感謝するわ」
『いえいえ、開発スタッフ全員の努力の賜物ですよ』
「ではスタッフにも何かボーナスがいるわね」
『そうですね。そちらの方が皆喜ぶと思います。
おおっと次の仕事があるので、ここらへんで失礼します』
電話が切れる。
「・・・さて、善後策を練るとしましょうか」
木連が敗戦処理を行っている頃、連合軍総司令部では祝杯があげられていた。
「おめでとうございます。九条総司令」
「ありがとう、水瀬大将」
「それにしても彼らには毎回驚かされます」
「確かに。でもあの力は戦時、しかも今のような危機的状況では頼りになるけど
平時においては危険極るものに他ならない」
「戦争終了後は解体するか、それとも軍に完全に吸収するかを?」
「まぁそれは実際に戦争が終ってからのことね。今は戦争に負けないようにしないと」
「・・・そうですね」
軍の首脳を務める彼らの苦悩はカイト達より重い。
後書き
今回、木連が初めて完敗に近い敗北を被りました。
今回失った兵力は国力の乏しい木連にとって少ない物ではなく、欧州戦線(西欧)は当分、膠着状態を余儀なくされるでしょう。
次に動きがあるのは太平洋。ついにKanon、とらハ3キャラ達の活躍が始まります。
・・・ついでにナデシコの出番も(笑)。
それでは駄文にもかかわらず、最後まで読んで下さってありがとうございました。
次回もお付き合いして頂けたら光栄です。
では。
代理人の個人的な感想
え〜〜と。
全体としての流れはともかく、エピソードの一つ一つの面白さが足りないように感じられます。
長編と言うのは全体を通した大きな話の流れが魅力なのは勿論ですが、
それを構成する部品である個々のエピソードが魅力的でなければ
読者を最後まで引きつけることは難しいでしょう。