ナナフシ戦の数日後、ネルガル本社ではある人物がネルガルの重役達と対峙していた。

「何と言った?」

「アルツハイマーですか、わずか数十秒前のことを忘れるとは・・・。

 まぁ良いでしょう。私はネルガルの株式の52%を掌握しています。

 よってネルガルは私の物です」

「馬鹿な!!」

「証拠を見せましょうか」

その人物の後には、次々に彼女の発言を裏付ける内容の情報が映し出される。

「お分かりになりましたか?」

「くっ!!。何が望みだ!?」

「・・・それは今から言います」

「・・・・・・」


 その数時間後、その人物はある所に電話をかけた。

「・・・私です。はい、ネルガルは私が掌握しました。

 ええ、新型機動兵器『ゲシュペンスト』、それとナデシコ改級戦艦の建造も」

『そうか・・・抜かるなよ』

「承知しています」

そのあと、いくつかのやり取りがあった後、電話が切られる。

「ナデシコか、史実における役割と比べたら・・・」

その人物は思わず苦笑いしたのち、己の職務に戻っていった。



 ほぼ同時刻、木連本国では作戦会議が開かれていた。

「知っての通り、地球侵攻作戦、欧州と南米の制圧はほぼ成功したわ。

 まぁイギリス本土を制圧できなかったのは残念だったけど・・・」

これにはウインドウを通じて参加している欧州方面軍司令官が苦々しい表情になる。

「南米の様子は?」

「ジャブロー基地を始め、制圧した基地の工廠の再稼動は順調です。

 これらをフル稼働させれば、かなりの生産力を確保できます」

「また本国のプラントの生産力も前年に比べ、30%増になっています」

そのあとも、幾つかの国内の情勢の報告を受ける。 

「国内問題はこのぐらいにしましょう。

 今後の戦略としては英本土は封鎖に専念。我が軍はこれより太平洋で攻勢に出ます」

そう言うと、仁美は後の地図に作戦の概要を映し出す。

「まず最初の侵攻先は、東アジア」

「東アジアですか?」

「主目的は、北京基地を始めとした主要基地を制圧し、同時に補助的な作戦として日本の主要都市を陥落させる事によって

 アジア方面の敵を一掃し、太平洋の制海権を奪取する足掛りを得ることです。

 また、この作戦のために新型の夜天光Uを多数配備しておきました」

「おお」

夜天光Uの性能を知っている人間は感嘆の声を挙げた。

「欧州戦線は当分、紅月が担当します。

 よって太平洋戦線は優人部隊が主力になります。頼みましたよ」

「了解しました」

そして数10分後、会議は終了する。

だが会議室には真奈美をはじめとする仁美の腹心達が残っていた。

「ネルガルの動きは?」

「錫が動きました。連中はナデシコ改級戦艦、それに機動兵器ゲシュペンストの製造を開始するそうです」

「・・・狙いは、ここか」

「恐らくは」

「・・・偽装工作は?」 

「順調です。それに加え、主要コロニー、及びプラント周辺に『結界』を設置。

 この防衛線を突破できるのは、機構軍最強の第7機動艦隊だけでしょう」

これには仁美も満足げに頷く。

「それとナデシコの件ですが・・・」

腹心の一人が耳打ちする。

「そう、じゃあその通りに」

彼らは来るべき事態に向けて着々と準備を整えつつあった。



      時を紡ぐ者達 第26話



 木連が太平洋への本格的侵攻を決定した頃、連合宇宙軍第6艦隊は猛訓練の真っ最中だった。

「第二、三小隊、動きが遅い!!。川原、もっとしっかり!!」

普段おっとりしている名雪が、気炎をあげる。

最も、気炎をあげるのは名雪ばかりではなく、

「三番艦突出しすぎ!!。五番艦、遅れているわよ!!」

「各機、V隊形にシフト・・・展開が遅いですね。あとで基礎訓練を命じますよ?」

「ぽんぽこたぬきさん。遅れてる」

参謀長の香里、それにパイロットの美汐や舞も部下に激をとばす。

だがこの連日の猛訓練には疲労困憊して倒れる兵士が続出。

無論、この事態において一番割を食うのは、医務室。

「お姉ちゃん、少し訓練は易しくした方が・・・」

この栞の提案に対し、栞の姉であり参謀長の美坂香里はにべもなく却下した。

「栞、私達の最大の急務は、戦力の回復なの。

 でも数だけが揃っても意味ないし、短に死傷者を増やすだけに終るわ」

「・・・つまり、兵士達の生還率を上げる為にこの猛訓練は続けなくてはならないと?」

「そう言うこと。それじゃあ今から会議があるから」



 そのあとも猛訓練が続けられる。

だが、一部の兵士の中にはこれに不満を抱く者も少なくなった。

「くそ、俺達を殺す気か!!」

「全くだ」

そう言った連中の怒りの矛先が、訓練の計画を練っている香里に向けられるのに

そう時間は掛からなかった。

「あのアマ、調子に乗りやがって」

「全くだ。あの女め、ひょっとして男に捨てられて自棄になってるんじゃないのか?」

「あははは、そうだな」

「その男の名前なんて言ったけ?」

「たしか、相沢祐一准将だったな」

「ふん、相沢一族か」

連合軍では、水瀬秋子、高町士郎などを中心とする派閥が幅を利かせているが

祐一の祖父も高名な軍人であり、戦前から大きな影響力を持っていた。

「玉の輿でも狙ってるのかね?」

このとき、彼らは気付いていなかった。

彼らの後ろには死神がいたことを。


 


「ふふふ、言いたい放題言ってくれるわね?」

「ひ!!」

「さぁお祈りの準備は?。部屋の隅でガタガタ震える準備は?」

「うろたえるな、相手は女一人だぞ!!」

「相手の力量も測れないの?。まぁ精々可愛がってあげるわ、ふふふ」

そう語る彼女の表情はまさしく修羅であったと、辛うじて息の有った兵の一人は語った。

この日、この兵の溜まり場に、人の悲鳴と、何かが折れる音が連続的に鳴り響いた。

近くに住んでいた軍人達は、その凄惨な声に萎縮してしまい、現場を訪れる事が出来なかったと言う。

何はともあれ、その場にいた兵士は成す術もなく叩きのめされ、翌日には艦首から全身骨折の状態で逆さづりにされていた。

「あれはやり過ぎじゃ・・・な、何でもないです」

「・・・あはは〜愚か者の末路ですね(汗)」

「・・・・・・(汗)」

早朝、逆さづりにされた兵士を見た、栞、佐祐理、そして舞は香里の視線を感じて汗を掻きつつ、言葉を濁した。

ちなみに、美汐と名雪はこの件を後で聞きいて次のようにに呟いたといわれている。

「明らかに軍規違反のような気がしますが・・・」

「香里には逆らわない方が身のためだお〜」

こうしてKanonでは平和な(?)ときが過ぎて行く。



 一方、トライガーでは、

「美由紀、そっちの機体はどうだ?」

「かなり使えるよ・・・それにしても、この機体があのときあれば」

「それを言ってもキリがないだろう」

「確かに恭ちゃんの言う通りだけど」

彼女の言う『あの時』とは星の屑作戦のときである。

あのとき多くの部下を失った恭也は美由紀の言うことももっともだと思ってはいる。

だが、

「過去は変えられない。

 昔の事を云々するより、今やらなければならないことに全力を傾けろ」

「は〜い」

美由紀が等閑な返事をして、格納庫から去っていく。

それを見ていた恭也に後から人影が迫る。

「忍か」

「忍かはないでしょ」

腰に来るまで長い黒髪を持つ美少女が少し怒ったように言った。

彼女の名前は月村忍。トライガーの整備班班長を務めている人物だ。

「まぁお疲れさま」

「ああ、それにしてもこの機体は凄いな」

「そりゃあ、私が腕によりをかけて改造したんだから」

「まぁな。・・・だが量産型サレナと呼ばれる機体もかなりの高性能と聞いたが?」

「うん。はっきり言って、技術的には五年は先にいってる品物だった」

「・・・そして、この機体の原型、ブラックサレナ改はさらに先の技術が注ぎ込まれているか」

「・・・」

忍は無言で頷いた。

「一体、彼らは何者なんだ?。

 宇宙での戦いといいヨーロッパでの戦いといい、民間企業が持っているような力ではないが」

恭也の疑問ももっともだった。

だが、それに対する答えは今はない。

「まぁ今は訓練に全力を注ぐしかないよ。

 いくら機体が優秀でも、パイロットが未熟だったら意味ないし」

「・・・それもそうだな」





 連日の猛訓練のおかげか、艦隊の錬度は急速に伸びていった。

そして、佐祐理がもうそろそろ実戦投入されると思い始めた頃、宇宙軍司令部から通信が入った。

『艦隊の錬度はどうですか?』

「大分、使いものになるようになりました。

 このくらいなら、あと一週間あれば実戦に投入できます」

この執務室の書類を見ながらの佐祐理の答えに、秋子は満足そうに頷く。

『そうですか・・・貴方達には感謝しています』

「いえ、そんな」

『・・・宇宙軍としては貴方の第6艦隊を含めて五個艦隊の再建が終わり次第、反攻作戦に取りかかるつもりです』

「そうですか。・・・地上軍は?」 

『海軍、空軍の再建はやや遅れ気味ですが、あと僅かで反攻に出られるそうです』

「・・・反撃は近いですね」

『はい。・・・それと宇宙艦隊司令部は第6艦隊に3日ほど休養を取らせようと思っています』

「休養ですか?」

『はい』

「・・・わかりました。寄港先は?」

『海鳴です』

「了解しました」

佐祐理は、参謀長の香里と副官の舞にこのことを伝達する。

『ひさしぶりに休養が取れそうね』

『・・・・・・・』

二人とも何気に嬉しそうな顔をした。

『それじゃあ、艦隊に伝達しとくわ』

「頼みます」




 こうして第6艦隊は、日本本土に向った。




「恭ちゃーん、今度の休暇一緒に買い物に行かない?」

「恭也は私とデートするの!」

「恭也君には静養してもらいます(私と一緒に)」

トライガーでは、美由紀、忍、それに軍医であるフィリス・矢沢が恭也を誘っていた。

三人とも、かなりのレベルの美少女であり、それに詰め寄られる恭也には嫉妬と羨望の視線が集中する。

「・・・3日もあるんだから」

「「「たった3日しかないの!!」」」

「・・・」

沈黙する恭也。よく見ると、額に汗が浮かんでいる。

「赤星・・・」

恭也は友人である赤星勇吾に助けを求める。だが。

「・・・」

首を横に振られるだけに終る。

そして、彼の目はこう言っている。

(覚悟を決めろ)

「くっ、恨むぞ」

 そう呟いた瞬間、彼女達の矛先が恭也に向く。

「恭ちゃん!!」

「恭也!!」

「恭也君!!」

「・・・はい」

「「「誰と付き合うの!?」」」

「・・・」

恭也は即答できなかった。

沈黙が食堂を覆う。

そのあまりの居心地の悪さに他の軍人たちはいそいそと出て行く。

「あ〜、その」

言葉を濁す恭也。一方で、三人娘は臨戦体制に入る。

美由紀はどこからか小太刀を取りだし、そして、忍は『力』を発動しつつある証拠に目を紅くし、

フィリスは、HGS能力を発動し始めた証拠に背中から光の翼を現出させる。

まさしく、一触即発。

この三人が全力でぶつかれば、この船は落ちる事間違いなしであろう。

だが、ここで神は彼を見捨ててはいなかったのか、思わぬ連絡が来る。

『高町恭也大佐、通信が入っています』

「(神の助けか)廻してくれ」

恭也は待ったと三人にジェスチャーで示すと、通信に出る。だが、ウインドウに現れたのは

『Hello、恭也元気にしてた?』

光の歌姫と呼ばれる歌手、フィアッセ・クリステラだった。

どうやら神は救いの手に画鋲を仕込んだようだ(笑)。

「フィ、フィアッセ!?」

思わず、声を挙げてしまう恭也。

「一体、何だ?」

『何って?。恭也、日本に来るんでしょう?。

 私ちょうど今、日本に居るから、その時付き合ってもらおうかなぁ〜と思って』

これには後に居た三人がくってかかる。

「ちょっとフィアッセ抜け駆けしないでよ!!」

「そうよ!!」

「そうです!!」

激化する言い合い。食堂の外にまで、声が聞こえてくる。

「赤星、フォローしないのか?」

「・・・奴ならあのぐらい、何とかできるさ」

「信頼しているんだな」

恭也のパイロット仲間である赤星はあっさり恭也を見捨てた。

それが彼を信頼しての事か、それとも面倒だからかは定かではない。



 まぁ何はともあれ、この言い争いで恭也は心身ともに疲れ果て、当分医務室でお世話になったらしい。



 このあと紆余曲折を経て、第6艦隊は日本に到着した。

「それでは、皆さん。休暇ですよ〜」

佐祐理の号令とともに、非番の軍人達は一斉に繁華街に乗り出していった。

その中には、あの恭也の姿もあった。

まぁまわりに数多くの美少女が居る光景は独り身の人間から嫉妬と羨望を集めてはいるが。


 だが、そんな彼らを見る怪しげな人物が居た。


「!!」


 恭也だけはその視線に気付き、その人物の居る方向を見つめる。

(・・・500m以上離れていると言うのに気付いたのか?)

その人物は思わず冷や汗を流す。



「どうしたんですか、恭也君?」

「フィリス先生、いえちょっと視線を感じたもので・・・。

 皆、ここから離れないか?」

「恭ちゃんがそう言うなら」

「良いよ」

彼らはそそくさと去っていった。

「さすがは、御神の剣士か・・・」

「鍋田班長、我々の任務は」

「分かっている」

望遠カメラで恭也達を見ていたのは一般市民に扮した木連の工作員達であった。

「・・・B班は?」

「『花火』の設置は完了したとのことです。それにしても決行日に艦隊が入港してくるとは」

「仕方あるまい・・・六連は?」

「侵入準備を整えているとの報告がはいっています」

「予定通りか」





 このやり取りが成されている頃、六連は海鳴病院の近くで待機していた。





「久しぶりだな」

恭也は海鳴病院の正面玄関に到着した時、ぽつりと呟く。

なぜ彼がここに居るかと言うと結局、恭也は三人全員と付き合うこととなり、
まずはフィリスとともに海鳴病院に来る事となったのだ。

ちなみに美由紀と忍は仲良く留守番である。

「そうですね」

二人にとって多くの思いでのあるこの病院を感慨深く見つめる。

「・・・そう言えば、ここにはナデシコ、でしたっけ?あの戦艦の一部の乗組員が入院していると聞きましたが」

「はい。トラウマを受けた乗組員の人や、かなりの重傷を受けた人が移送されて来ました」

元々この病院の医師だったフィリスはかなり事情に詳しいらしく、すらすらと答える。

「それがどうかしたんですか?」

「・・・いえ、別に。それよりどうして病院なんかに?」

艦を降りて真っ先に来たところが病院と言うのが、いくら異性交友が皆無の恭也としても不思議でたまらなかった。

「それは、その、お父さんと少し話があって、その、申し訳ないんですが」

「わかりました。俺はそこら辺で待っときますから、終ったら放送か何かで呼んでください」

恭也はそう言って少し微笑む。

その滅多に見ることの出来ないレアな表情に、フィリスは顔を真っ赤に染め数回首を縦に大きく振り、

駆け足で病院内に消えていった。

その突然のフィリスの行動に一瞬呆気に取られた恭也。

一体どうしたのかと首を捻りながら、ここにいても仕方が無いので、とりあえず病院内に入ることにした。

こんなことだから家族や周りから「朴念仁」とか「鈍感」とか言われるのだが、

当の本人はそこら辺が全くわかっていないのであった。




 ここであった多くの思いでを懐かしみながら歩いていると、向こうからやって来る少女に恭也の視線が止まった。

銀髪に金色の瞳と言うあまりに珍しい風貌の少女は、何をすると言う訳でもなく病院の中を歩いている。

しかし、恭也が視線を止めたのは決して風貌が珍しいからではない。

まるでこの世の絶望の全てを一瞬で受けたような、そんな顔をしていたからだ。

「・・・あの子は誰ですか?」

恭也は近くに居た看護婦さんに聞いてみた。

「彼女?。彼女は星野ルリさん。ほら、この前沈んだナデシコのオペレーターだったらしいわ」

恭也の顔が少し歪んだ。彼から見て彼女は自分の異母妹と対して年齢が変わらないように見える。

そんな幼い子供をあろうことか戦艦に乗せるなど、いくら非常時だからと言ってあまりに酷な話だ。

しかもナデシコの撃沈の際の惨劇の様子は少なからず恭也にも伝わっているが、

ルリの様子から思っていた以上に酷い物だったと改めて認識した。

「本当にあんな小さな子供を?」

「ええ」

「・・・精神を病んでいる・・・ですか」

「ええ、でも、彼女はまだ良い方よ。生存者のかなりの人が精神崩壊や発狂しているのに、

 彼女はほんの少しでも自我と呼べる物が残っているんだから」

この話を聞き、恭也は彼女に話しかけるかどうか悩んだ。

それは哀れみとか同情とかから来る物ではなく、多だ純粋に彼女を心配する気持ちからであった。

だが、ちょうどその時、爆発音と衝撃波が病院に襲いかかり、その直後悲鳴と警報が鳴り響いた。





 ちなみに爆発音が響く数分前。

「ここに妖精がいると?」

「はい」

「ふふふ、待っておれ妖精。我が今、助け出してやるぞ」

一人テンションを上げる隊長。その顔は普段以上にひく物があった。

「・・・隊長、時間です」

その言葉の直後、付近のビルから爆炎があがる。

悲鳴が周囲に響き渡る。

それと、前後するように、バッタやジョロと言った虫型兵器が多数出現。

市街地は一気にパニックとなった。






『長官、市街地に敵が』

緊急報告は、すぐに戦艦Kanonに入った。

「全艦艇、戦闘態勢にシフト!!。軍港近くに敵影は?」

『とくには』

「そうですか」

「佐祐理、何か変」

佐祐理も何処かおかしいと感じている。しかし情報があまりに少ない今、自分達に出来ることは――――

「・・・今は、目の前のことに対処しましょう」

辛くともただそれしかないのだ。



一方混乱した人達をかけ分けながら、ショッピング街の駆け抜けている3人の女性ががいた。

「もう、せっかくの休暇だったのにぃ〜!!」

「仕方ないでしょう」

「仕方ありませんよ」

ぶつぶつ文句を垂れる栞を香里と美汐がたしなめる。

「戦時なんだから。それより、今は艦に戻ることを優先するわよ」

「は〜い」

だが、そんなやり取りをしている中、一際高い悲鳴が聞こえた。

「きゃーーーーー!!」

「なに!?」

彼女達が視線を向けた先には、車の中で火達磨になってもがき苦しむ人がいた。

どうやら近くに居たバッタの攻撃で車が炎上したようだ。

「大変!あの人助けないと!」

医療班の人間として、助けに行こうとした栞を香里は引き止めた。

「どうして!」

「あれはもう手遅れよ。それにここには消火器なんてないんだから行ってもやれることなんて無いわ。

 そして私達が早く戦艦に戻って指揮を取らなければ、あの人のような人が大勢生まれる。

 ここまで言えば、もうわかるわよね?」

栞だって医療班とは言え軍籍に身を置く者として、そのくらいはわかる。

だが、例えそうだとしても、感情が納得しないのだ。

「・・・栞さん、行きましょう」

美汐が差し出した手を少し悩んだ末に掴むと、3人は再び走り出した。




 彼女達が意を決して母艦に向う一方、その炎上する車の近くで、呆然とたたずむ一人の青年が呆然と呟くように言った。

「ゆ、ユリカ・・・」

彼の名は葵ジュン。

機動戦艦ナデシコの副長であり、そして一応とはいえ、ミスマル・ユリカの許婚。

彼は自分の思い人が、燃え上がる車の中で死に行く様を、ただ見ているしかなかった。

そしてついにガソリンに引火したのか、車は爆発した。


「ユリカーーーーーーーーーーー!!」


ジュンは絶叫した。そして、慟哭の涙を流す。

同時に彼は自分の不甲斐無さ、そしてユリカの我侭を押えきれなかったことを悔やむ。

彼はやっと回復したユリカが外に出たいと駄々をこねた結果、付き添うことになったのだ。

客観的には、ユリカの自業自得の面もあるが、彼はその責任を非常に感じていた。

だが、涙を流しながら無差別に市民を虐殺する木星蜥蜴の虫型兵器を鬼のような形相で睨みつける。

「・・・よくも、よくも、よくもよくも」

怨嗟の言葉を吐きつづける。

そばで聞いてる者がいたら、身も凍るような思いに陥るような呪詛の言葉。

「僕は、いや俺は絶対に貴様らを許さない、絶対にだ!!」

瞳に、黒い炎を宿した青年は復讐を誓うのだった。





 新たな復讐鬼が生まれたころ、海鳴病院には多数の招かれざる客が侵入していた。

悲鳴と怒号、そして銃声が鳴り響く中、恭也は冷静な医師達と共に患者たちの避難誘導をする。

「この道を通れば安全ですから、落ちついて移動してください」

恭也は長くこの病院にお世話になっていた為に、ほぼ全てと言える通路を暗記していた。

それを活かし各通路に取り残されていた人々を、安全な場所へと導いていく。

その威風堂々とした態度に患者達は恭也を信頼し、素直に指示に従った。

「これで・・・全員か」

各階を一通り見まわった後、今現在一番安全と思われる道を通りながら下っていると、

あの少女、星野ルリが先ほど居た位置に蹲ったままで居るのが目に入った。

「何をしている。早く避難をするんだ!」

恭也はそう呼びかけるが、ルリはその場から一向に動こうとしない。

その様子から何処か怪我をして動けないと思い、彼女を抱きかかえて避難しようとするが、ルリはその手を振り払った。

「・・・どうして動こうとしない」

「私のことなんかほっとしてください」

「そんなこと出来るわけ無いだろう。ここもそう長くは持たない。早く移動しないと天井が落ちて潰されてしまう」

「それで良いです」

「・・・何故?」

「私、もうこの世界に未練なんてありませんから。死んでも別に良いです。

 だって死んだらアキトさんに会う事が出来るから・・・だから」

恭也に微笑むその顔は、目は虚ろで一体何処を見ているのかわからなく、頬は痩せこけていた。

もう何日も何も口にしていない事がわかるような顔が浮べる笑みに、恭也の胸は痛んだ。

彼女の言うアキトさんがどのような人物であったか、勿論恭也が知るはずが無い。

だが、自分が大切に思う人、それこそ自分の命より大切だと思える人が自分の下から永遠に去ってしまう

辛さや悲しみはよくわかる。自分だってその苦しみを何度も味わって来たのだから。

・・・しかし、いや、だからこそ彼女をこのままにしておく事など出来なかった。

恭也は強引に彼女を抱きかかえると、再び下を目指して走り始めた。

「いや、離して下さい。離して!!」

ルリは必死になって手足を動かし恭也から逃れようとする。

だが、体格差以上にその弱りきったその体では恭也の腕からは逃れる事は出来るはずもなく、

確実に安全な場所へと移動していた。

「お願いです、離して、死なせてください!」

「・・・死なせてなんて、軽軽しく言うものではない」

「別に良いじゃないですか!。私が死んでも貴方には関係が無いことでしょう!」

烈火の如く叫ぶルリ。しかし恭也はそれとは正反対の揺らぎの無い水面の様な落ち着いた声で―――

「関係無くは無い」

そう答える。その青年のあまりに落ち着いた声とルリに向けられた澄んだ目は彼女の炎を削る。

「俺は軍人だ。軍人は常に一般人を守る義務がある。それが例えどんな場面であったとしても変わりはしない」

迷うことなく言いきったこの青年にルリは驚ろきが隠せなかった。

ルリにとって軍人にはあまり良い感情を持ち合わせてはいない。

それは最初に出会った軍人が、自分の出世しか考えないような者だったことと、

軍籍に身を置いていた頃の経験から来る物があったからだ。

しかし、この青年はルリが今までに出会ったタイプに全く当てはまらない。

本人は軍人だからとは言っているが、それが建前にしか過ぎない事が何となくわかる。

彼を動かしている物、それは多分人が「信念」と呼んでいる物だろう。

自分の「信念」に従って動く彼のその姿に、一瞬アキトと姿が重なった。

まさか、彼以外にこんな生き方をするのような人物がいるとは、と思い思わず笑みがこぼれた。

「・・・そっちの方が良い」

「えっ、何がですか?」

「今の笑みの方がさっきよりも遥かに良い。君に合った綺麗な笑みだ」

そう言って恭也も笑みを浮べる。その笑みはアキトの様に太陽のような輝きこそは無いが、

月のように闇夜を優しく包みこむ様な感じがした。

「大切な人を失った悲しみは、例えどんなに時が経っても消える事は無い。

 でも、だからと言って簡単に死に選ぶ事は、俺は間違っていると思う。

 生き残った人は、死んでしまった者達の分も背負って生きて行く。

 それが死者の魂への、最大の慰めになると、俺は思う」

一語一句区切りながら、言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。

今まで多くの戦友を失ってきた恭也の言葉は、ルリに不思議な力がこもっている様に感じれた。

「でも、そう言った生き方って辛くありませんか?」

「・・・辛いさ。だが、これで報われる者が一人でもいるのなら、俺は甘んじてその道を進む」

「・・・強いんですね、貴方は」

「俺は強くなんて無いさ。ただ不器用だからこんな生き方しか出来ないだけだよ」

「それでも、立派ですよ」

ルリの賞賛に、顔を紅く染めつつ「ありがとう」とだけ言うと、走る速さを上げた。

階段を飛ばし飛ばしに降り、ようやく1階に到達した。

「君は、退院した後はどうするんだ?」

「・・・たぶんネルガルの研究室に戻されると思います」

「両親がそこにいるから?」

「いいえ、私がネルガルの所有物だからです。私はネルガルの研究者によって人工的に作り出された存在だから」

これにはさすがに恭也でも怒りを覚えた。

そんな人をまるで実験動物みたいに作り出す。そんな行為を許せるほど恭也は人でなしではない。

そして、今の言葉から彼女へ愛情をあたえるような人物が居ない事が推定された。

「・・・君を引取る為にはどうしたら良い」

「はい?」

「君を身柄を引取るにはどう言った手続きが必要なんだ?」

「えっ、それはアカ・・・ネルガルの会長と交渉しだいだと思います。でも、どうして?」

「君をネルガルに居さしたままだと、また戦艦に乗せられる事になる。

 そうなると、またこんな悲しい事が起きる可能性がある。俺は君をそんな目に合わせるのは嫌だ。

 俺の家は居候合わせて結構な女性が居る。多分君を快く迎えてくれるはずだ。

 だから、もし君さえ良ければ家に、家族にならないか?」

しどろもどろしながら言う恭也の姿に、また自然と笑みが出る。

「くすっ、まるで求婚みたいですね」

「なっ!いっ、いや、決してそう言う訳では」

顔を真っ赤に染めて、必死に言い訳を述べようとする恭也が面白く、遂に声もれてしまった。

「くすくす、わかりました。戦争が終ったらお世話になります」

「わかった。母さんに言って部屋を・・・」

恭也は突如言葉を切り、後に跳びずさる。何事かとルリが前を見ると

笠を被った男が数名通路を防ぐ様に立っていた。

ルリはその男達の真中に立つ男に見覚えがあった。

「・・・北辰」

「ほう、妖精が我を知っているとはな。

 まぁいい。そこの男、死にたくなければ妖精を渡せ、と言いたいところだがどうやら言っても無駄のようだな。

 それに貴様はなかなかの剛の者のようだ。ふふ、あの男を思い出させるな」

恭也は無言で重心を落し、構えを取る。

しかし今の恭也に小太刀は無い。あるのは特殊ワイヤーの鋼糸と上着に縫いこまれている数本の暗器のみ。

はたしてこれだけで彼の者達に勝てるかどうか、正直わからない。

気付かず内に恭也の額には玉の汗が浮かんでいた。

「ふふふ、徒手空拳で我と戦うと言うのか」

「ああ。彼女を渡す訳にはいか無いからな」

「愚かな」

「愚かかどうか、戦ってみないとわからないだろう」

「そうか、なら、始めよう」

北辰達も全員戦闘態勢をとる。

北辰+六連と高町恭也、両陣営でも指折りの実力者達の戦いが、今始まろうとしていた。





 後書き

 お久しぶり、earthです。

 時を紡ぐ者達第26話をお送りしました。

 ・・・ユリカ退場。そしてブラックジュン誕生(笑)。

 サイボーグガイ(?)と合わせて活躍してもらいましょう(爆)。

 それでは駄文にもかかわらず、最後まで読んで下さってありがとうございました。

 第27話もお付き合いして頂けたら光栄です。





管理人の感想

earthさんからの投稿です。

・・・いや、いきなりでしたね、ユリカ退場(汗)

ジュンも見事に黒く染まっちゃって。

でも、スペックに問題はないけど、最後の一歩を踏み切れないヤツだからな、コイツ(苦笑)

次の話は、北辰対恭也ですか・・・さて結果は如何に?