「秋子さんのところにも届いているんですか?」

「ええ。昨日届きました」

連合宇宙軍司令部の総司令官執務室で、士郎と秋子が昨日届いたアルビオンからの招待状――と言っても

香織の独断で出された招待状だが――について話し合っていた。

「それにしてもパーティー会場が戦闘艦艇の中とは・・・」

「何らかの意図があるのではないのでしょうか?」

「・・・と言うことは、他のところでは話せないようなことを話し合いたいということか」

別にそんな深い意図は無いのだが、2人は無意味に深読みしていた。

「私としては、さきの海鳴市の一件について聞きたいことがあったので丁度良い機会です」

「果して彼らが何かしら知っていても、素直に話すでしょうか?」

「勿論、彼らが素直に話すとはこれっぽちも思っていません。

 ですが、こちらにはあちらに効き得る可能性があるカードがあります」

「・・・あの星野ルリとかいう少女ですか?」

「はい。彼女は私の子飼いの部下の手により、極秘裏にある場所に保護しています。

 彼女を連れて行けば何かしら反応があるかもしれません」

「なるほど」

「それに、彼らも近頃何かと煩い連合議会に霹靂しているはずです。

 この議会の動きに対して何かしら工作を行う事を交渉の材料とします」

「可能なのですか?」

「勿論です。大抵の人はこれを見たら喜んでやってくれますよ」

秋子はどこからか謎ジャムの入ったビンを取り出して机の上に置いた。

謎ジャム、別名『ナイトメア オブ オレンジ』(命名:相沢祐一)。

「うお!!」

それ自体が発する異様な気配に、歴戦の戦士たる士郎ですら思わず後ろに跳んだ。

そんな士郎の動きをまったく気にせずに秋子は台詞を続ける。

「ですから安心して下さい」

「は、はい。あ、それとこのことをあまり表沙汰にすると煩いですから、

 表向きは前線視察とするつもりなのですが秋子さんはどう思います?」

「了承」

「即答ですか・・・まぁ良いです。

 それでは、あとは護衛の選出ですね」

「まぁ護衛のことはあとにしましょう。それより、一臣さんから何か情報は?」

一臣、正式には不破一臣と言う人物は現不破家当主であり、高町士郎の弟である。

この不破家は裏世界に精通しており、かつては暗殺、密偵などを家業としていた

今ではボディーガードの仕事に重点を置いているものの裏世界のパイプは相当のものがある。

彼らは海鳴の一件以降、アルビオンに対しての諜報活動を強化していた。

この諜報活動の一つが、不破家へアルビオンの調査を依頼する事だった。

「なかなか上手くいきません。恭也も独自に調べている様ですが有力な情報は・・・」

「そうですか・・・」

「ですが、恭也はアルビオン本社のメインコンピュータに一度侵入したことに成功したそうです」

「本当ですか!?」

「はい。友達の月村忍と言う女の子に協力してもらったおかげだそうです。

 それで内容なのですが・・・『統和機構』、それに『火星』、『木連』と言う言語が多く出てきたそうです」

「・・・統和機構ですか?。何かの組織の名前でしょうか?」

「わかりません。一臣もそんな組織は存在しないと言っています。ですが火星については」

「何か?」

「・・・火星にはまだ生存者がいる可能性があるらしいのです」

「火星に?」

「はい。アルビオンの通信記録には火星からのものと思われるものがあるそうです」

「彼らは火星の生き残りと連絡をとっているのでしょうか?」

「かもしれません。ですがこの会話の中にも統和機構と言う言葉があったそうです」

「・・・このパーティーは良い機会かもしれませんね」

「そうですね」






       時を紡ぐ者達 第30話





 連合宇宙軍司令部でそんな会話が交わされていたころ、

当のパーティーの主催者側のアルビオンの本社では。

「・・・第二親衛隊師団を?」

『そうだ。それに加え、ゲシュペンストに改造を施すなど、至れり尽せりの支援ぶりだ』

「やっぱり連中、彼女の許容範囲ぎりぎりの支援を行うわけか」

真澄はつめを噛んだ。

『それにしても、錫の手腕もかなりのものだよ。

 あの石頭揃いの、妖怪爺どもから連中が最も信頼する部隊を引き抜いたんだからな』

春日井は感嘆する様に言った。

親衛隊第二師団。そこは任務の達成率100%と言う驚異の数値を出している部隊だ。

規模こそは通常の師団より小さいものの、それをカバーして余りある質の兵であり、

またそれを指揮する人間も厳選された人物で、実戦経験も豊富である。

そして配備されている兵器も最新鋭の物であり、まさしく親衛隊最強の名に恥じない部隊だった。

『親衛隊最強の第二が居なくなればあちらの動きも取りやすくなる』

「火星の隠蔽工作はどうなっています?」

『火星のEOP関連施設は統和機構の最高機密事項だ。

 法院にも、まして錫にも気付かれてはいない。その点は安心してくれ』

「・・・EOPね」

真澄はうな垂れた。

『まだ気にしてるのか?』

「私はどうも賛成できないわ。

 自分達に都合が悪いからって勝手に世界をリセットすることが許されるような行為なの?」

『・・・確かに客観的に言えば問題だろう。だが我々も手段を選んでいる余裕は無いのだ』

「そうかしら・・・」

『やはり君は姉に似ているな。博美、いや仁美も最初はこの計画には賛成していなかった』

「そりゃそうよ。普通の人間だったらこんな計画に賛同なんかしないわ」

『・・・統和機構の力がいかに突出したものだとしても万能ではない。

 我々には同朋を助けなければならない義務がある』

「・・・だったら同胞以外の人間は機構にとっての価値は石ころ程度しかないということよ」

『否定はしない。我々は元々様々な理由でもとの世界を追放されたか、自主的に離れなければならなかった

 人間が集った組織を起源として拡大してきた。そんな人間達から言えば自分や同朋を否定し

 異世界に追いやった人間達はそれこそ憎むべき敵だろう』

「・・・」

『君も、姉もその異能が故に世界から放逐された。そうだろう?』

「まぁね」

彼女は自分の目に宿る邪眼と罵られてきた力を思い出す。

もっとも彼女の邪眼の力は、姉の仁美のように相手を精神的に完全に支配することはできない。

だが、それでも相手の心の内をおぼろげにだが見ることくらいは出来る。

「確かに、自分の心の中を探られるような人間が近くに居たら普通は嫌がるわよね・・・」

自嘲する真澄。

『・・・EOPの要たるシステムも計画通りに完成に近付ずつある。もはや後戻りはできない』

「彼は神にでもなるつもりかしら?」

『否定はしない。あのシステムは完成すれば、使い方によっては神にでも魔王にでもなりうるからな』

「使うのは人間。システムは所詮道具に過ぎない・・・」

ひとり呟く様に言うと、彼女は話題を変えた。

「報告があったと思うけど、本社からいくつかの機密情報が奪取されたわ」

『聞いている。だが、現時点でそんなに騒ぐ事ではないだろう?』


 連中、こちらの力が突出した事に警戒感をもってるから」

『だが連合軍だけでは勝ち目は無かろう?。だから我々が大規模な介入を行なっているんだ』

「・・・姉さんはこれからどうするつもりかしら?」

『恐らく太平洋で攻勢を掛けるだろう』

「・・・と言うことはネルガルが動くわね。ナデシコ級戦艦2隻、それに何隻かの新造艦も」

『親衛隊も、恐らくそれらの実力を見るだろう。まぁ精々彼らに過大評価させるために活躍してもらわなければ』

「舞台を整えておく必要があるわね。こちらの艦隊は側面からの支援に徹しましょうか。

 まぁシルフィルム級2隻、それにトサミズキ型宙母2隻が配備されるから全面攻勢をかけてきても

 太平洋においては防衛できる自信があるけど」

『まぁな。だが、この戦いはあくまでも連合軍とネルガルが自分の力で勝ったと思わせる事が重要だ。

 こちらが下手に介入すると薮蛇になりかねない』

「分かってるわよ。連合軍とネルガルには踊ってもらう。私達の掌の上でね」

『だが、人形が自ら意思を持ち、人形使いの糸を切ろうとしているぞ?』

「確かにこの世界の人間は能力が高い者が多い。でもそう簡単に糸を切られるほど私は馬鹿じゃないわ」

『油断するなよ』

「油断、いえ傲慢のツケはもう支払った。こちらも本気で行く」

彼女の双眸には決意がみなぎっている。

それに春日井が満足した後2、3のやり取りがなされたあと通信が切られる。

執務室でやや疲れ気味の春日井は時計を見て呟く。

「・・・彼らを待たせる訳にはいかんな」

そう言うと、疲労している体に鞭打って火星極冠遺跡の近くにある極秘の施設に向った。





 木連本国、紅月総司令部。

「・・・なるほど親衛隊第二師団が」

「予想どおりと言いたいところですがあの狂犬がくるとなると厄介ですね」

仁美をはじめとする紅月の主だった幹部が会議を開き、火星から齎された情報について協議していた。

「しかし、ワルキューレ計画は予想以上に進行している。

 機構軍の決起にさいしては、親衛隊最強の第二の不在は大きい」

「だが、連中のことだ。火星や冥王星からの補給物資を断とうとするのではないか?」

この疑問には仁美が答える。

「この世界では、彼女の意志が優先されるようになっている。

 いかに法院がやろうとしても彼女の同意が無ければ、それは不可能よ」

そう、世界においては演算ユニットのAIの彼女の意志こそが最優先される。

それに違反するものはすぐさま排除されるのだ。

ある意味、彼らは彼女の作ったゲーム盤の上で彼女のルールに従って行動しているに過ぎない。

そしてこの世界ではこの世界に最初に介入したカイトの意志によってなされた条約などは守る様に宣告されていた。

つまりこの宣告からいえば火星政府と木連の貿易を止めることは出来ないのだ。

仮に法院がどんなに貿易の中断を叫んだとしても。

そしてもう一つ。この世界においては法院、機構ともに独自の軍の投入は制限されている。

法院が親衛隊を使うのは、彼らの規模が正規軍に対して決して大きくないこと(質は別格だが)

により許されているのだ。

「まぁ今後の対策としては、親衛隊が向うであろう火星方面の哨戒の強化ね」

「地球戦線は縮小しないのでありますか?」

「欧州方面にいる主力級の部隊は第二艦隊のみ。これ以上縮小はできないわ」

「ですが、アーレンの艦隊にはすでに十分な艦艇があります。これ以上、欧州に艦艇を送るのは」

これには他の幹部も賛成する。

「そうです。当面における連合軍はすでに壊滅状態。南アフリカ、中央アジアに生き残っている部隊が集結しているだけですし、

 東南アジア方面軍も壊滅。中東はマスドライバーで叩きましたし、南米は完全にこちらがわの手にあります。

 北米方面軍と極東軍集団を含めた幾つかの集団以外にはそこまで気に掛けるような勢力は存在しません」

「そうです。この際兵力を撤退させることも重要です」

「仕方ないことよ・・・私達は法院に、アルビオンと地球連合が我々の兵力を釘付けにできると思わせなくちゃいけないんだから」

「・・・」

「全ては法院にアルビオンと地球連合の戦力を過大に評価させ、同時にこちらの戦力について過小評価させるため。

 私達のこの戦争における目的のひとつは『我々にとっての』敵対勢力の撃滅。

 そのためには前もって敵を計画に沿って誘導する必要がある」

「しかし、必要以上に地球戦線を拡大すれば、最終決戦以前に戦力が枯渇します」

「収支決算くらいはしている。
 現在地球に展開しているこちらの戦力は現時点の全兵力の二割程度。

 艦隊の増強計画が半分くらいしか達成できなかったとしても、第二艦隊に配備した艦艇数だったら補充できる」

(第二艦隊が無事に最終決戦に揃うとは思っていないけどね・・・。

 私は全滅しても構わないとまではいかないけど、第二艦隊の半数を失う事は折込済みよ)

仁美はその危険な考えは言わなかった。

「太平洋における作戦は優人部隊による作戦は任せてる。あとは結果次第ね」

「ですが、連中では連合軍に勝てるとは思えませんが・・・」

「まぁ互角以上には戦えるでしょう。連中もやっと合理的な考え方が出来るようになった訳だし」

「そうですか・・・」

「しかし連合軍を侮るのは危険では?」

「あら、これ以上地球に戦力を送り込むのを危険視したのはあなたじゃなかった?」

「いえ、私としては地球連合軍の北米基地を一気に壊滅させるべきかと考えます。

 その後に再び、アルビオンと調整をつけて戦争を操作すべきかと」

「つまり連合軍がこちらに戦略的な悪影響を与えかねないと?」

「はい。地球軍の本部を壊滅させ、その後戦線を縮小すべきです」

だが、この意見に反発する声も出る。

「北米侵攻ですか。しかし、それを行えば他のエリアが手薄になりますが?」

「その際には一時的に戦力を本国から回せばいい。第四艦隊と第二艦隊があれば簡単に北米基地を壊滅させられる」

「しかしそうなれば連合政府が降伏してくる可能性があるのでは?」 

「そうです。そうなれば今までの戦略は水泡と帰します」

「連中は降伏なんてしない。連中にはまだ本拠地となりうる基地がある。まぁ我々が故意に見逃しているだけだが・・・。

 それに南米基地も北米攻略にはもってこいの基地だ。使わない手はない」

「・・・・・・」

「それにだ。北米基地をかりに壊滅させられなくとしても敵に大打撃を与えられれば、こちらも時間を稼げる。

 閣下も、決戦は宇宙で行なうつもりなのでしょう?」

「・・・そうね。最終決戦は宇宙で行なうわ。そのためにも計画は練っている。

 でも、現時点で第四艦隊を地球に出すのはギャンブルね」

「戦争は掛け金なしにはできません」

「投入する必要の無いものに金を掛けるのは、どぶに捨てるのと同義よ。

 あなたに言われなくても、北米侵攻は選択肢のひとつ。

 でも個人的には私は連合軍を戦力を消耗させるのに南米を選ぶつもり」

「南米ですか?」

「地球圏に侵攻したのはあくまでも連合の力を削ぎ落とし長期戦に備えるため。

 まぁ今のところそれは上手くいっている、でも連合軍の再建も急ピッチ。

 このままだと遠からず、戦線は縮小せざるを得なくなる。ならばこちらが整えた舞台で戦わせる方が得策でしょう?」

「閣下は南米を地上における決戦場とお考えで?」

「一応ね。でもそれは悟られてはいけない。こちらが戦力を失いすぎ、南米に戦力を集中せざるを得なくなったと

 思わせなければならない。連合軍にも、法院にも、親衛隊にも」

「そして敵がこちらに対して油断したところを一気に・・・ですか?」

「それだけじゃない。まぁ南米での戦いの前に、いくつかのイベントをやっておかないと」

「・・・それが北米の侵攻ですか?」

「それもある。まぁ後は秘密」

にやりと笑いながら言う仁美。顔がなまじ整っているぶんだけ迫力がある。 

「・・・」

「それと来るべき南米決戦では精鋭部隊は正面で戦わせずにゲリラ戦に徹しさせる。

 正面に展開させるのは最新鋭艦じゃなくて、そのときには既に旧式化しているであろう無人艦艇。

 まぁ鹵獲した奴や、ジャブロー基地で生産した兵器も投入するでしょうけど、性能の面は数でカバーね」

「物量作戦ですか・・・」

「連中が如何に兵器の質を上げてもそれを扱うのは人間。

 兵器をいくら揃えることが出来ても優秀な指揮官と兵士を揃える事は難しい。

 ならソフトウエアである人間を消耗させれば良い話よ。そう心も体もね・・・」

ニヤリと笑う仁美。

『敵は殲滅せよ』

それが彼女の信条。

『敵は殲滅しなければらなない。徹底的に、容赦なく、二度とこちらに立ち向かってくるようなことがないように』

嘗て様々な戦場で徹底的な殲滅戦を展開し、一度の戦いで数十万という人命を奪い続け、若くして准将の地位を 

手に入れた知将は暗く笑う。また彼女は政略にも長けており、組織にとって害にしかならない無能を何人も政治的に抹殺した。

その経緯を多少なりとも知る幹部達は思わず背中に寒気を覚える。

彼らは心中で同じことを呟く。

『魔女の仇名はあながち間違いではないな・・・』

「目的を達するまでは地球連合軍を殲滅とまではしないけど・・・こちらに戦いを挑む事がどんなに高くつくかを彼らに

 教えてやるわ。そう、徹底的にね」

彼女を絶対に敵に回してはいけない。

幹部達は改めてそう思うと同時に、敵とされた勢力に哀れみを向けてしまった。




 そんな彼女の他人を圧倒する雰囲気は会議が終了しようとした時、終わりをつげた。

「仁美お姉ちゃん遊ぼ〜」

赤毛の少女が突如会議室に乱入。仁美に跳びついた。

「え?」

このことに目くじらを立てたのは、真奈美だ。

「ちょっと、今会議中よ。離れなさい!!」

「いや」

この簡素且つ明確な拒絶の答えに真奈美はボルテージをあげる。

「今は会議中よ。子供が出る幕じゃないの」

「枝織、子供じゃないよ」

「十分子供よ!!」

「まぁまぁ真奈美も落ちついて。枝織、どこで遊ぶの?」

優しげに問う仁美。

これには少し驚きつつも、真奈美は続ける。

「閣下も!!」

「北ちゃんも向こうで待ってるからはやくいこうよ」

「そう。真奈美あとは任せたわよ」

優しい笑顔でそう言うと、すたすたと仁美は出て行った。

残されたのは、憤然としている真奈美。

それに普段の冷徹な指揮官ぶりをかなぐり捨てた仁美へ驚きを隠しきれない紅月の幹部達だった。






 ちょうど仁美が危険な考えに耽っていたとき、第二艦隊司令部。

「ん?、何か寒気がしないか?」

何やら悪寒を覚えたアーレンが副官に尋ねていた。

「いえ、アーレン司令風邪ですか?」

「いや、何でも無い。

 アルビオンの艦隊はどうなっている、現状を知りたい」

副官はただちに書類を寄越す。

「ふむ、やはり防衛を固めているか」

「はい。それに連中は艦隊戦力の増強を優先的に進めています。 

 今月でもすでに10隻以上の新造艦が各所で確認されており、現在アジアと欧州に跨る航路で

 輸送船団の護衛の任務についていると思われます」

「まぁ島国であるイギリスの存続の為には通商路の維持が必要不可欠だ。

 地球連合軍は本土から撤退したがっているけどな」

「しかし、総司令部も守勢に回る様にとは随分弱気の姿勢ですね」

「まぁ総司令部にもそれなりの考えがあるんだろう」

「はぁ」

「だが、ただ黙っているだけと言うのは面白くないな」

「・・・何をなさるつもりですか?」

何やら嫌な予感を覚えた副官は顔を引きつらせながら尋ねた。

「こちらの母艦は?」

「ガルデニア型宙母が四隻。輸送船を改装した特設宙母が四隻。

 搭載している機数はガルデニア級四隻で576機。特設宙母が四隻合計で144機。

 四隻の戦艦に搭載している機体が72機です」

「かなりの数だな」

「この内有人機は、戦艦に搭載している72機だけです」

「・・・やはり、人的資源の乏しい我が軍では、これが限度か」

「しかし、有人機はその大半がアルテミスの改良型です。

 無人機もアルテミスと夜天光Uで占められており、かなりの戦力です」

「ふむ。だがこれだけの戦力をもってただ欧州に閉じ篭もっているのはつまらないな」

「こちらが側から打って出ると?」

「そうだ。守勢と行っても完全防御に徹しろとは言われていない。

 限定的な攻勢に転じても問題ないだろう。それに西欧の工場群は再建できたんだから」

「しかし、欧州方面軍司令官が許可しますか?」

「総司令部の許可があれば構わないだろう」

「・・・方面軍司令部の頭ごなしに上申するつもりですか?」

呆れたような顔をする副官。これに対してアーレンは心外なと言わんばかりの表情で言い返す。

「まさか、ちゃんと方面軍司令部を通じてだ」

このあとアーレンは欧州方面軍司令に直談判した挙句、様々な悶着を起こしながらも

仁美から作戦の許可をアーレン自身が裁可してもらうことを条件に

アーレンが今回の作戦の全権限を掌握することになった。





「なるほど・・・」

北斗と枝織の相手をしていた所為か、些かやつれた表情をしている仁美がアーレンの提案を聞いて肯いた。

「でも作戦が失敗すれば欧州の守りはガタガタになるわよ?」

『大丈夫です。万が一今作戦の参加兵力を全て失ったとしても残りの兵力だけで戦線は維持できます。

 まぁそれはあくまでも万が一です。まさか司令は、我々が完膚なきまでに敗北を喫するとお思いで?』

「・・・この戦いは完勝しても完敗しても不味い。そのことは分かっているわよね?」

『勿論です。現時点で第13艦隊が壊滅し、天河アキトが死亡すれば法院が介入する可能性がありますから』

それには頷く仁美。

「では何故攻勢を掛けようと?」

『第二師団の介入が行なわれようとしている現在、アルビオンの力を誇示しておく必要があります。

 彼らがある程度こちらと渡り合えることを証明しなければなりません。

 まぁナデシコにも言えることですが・・・彼らは太平洋で優人部隊と交戦しますので放っておきます』

「・・・だが、完敗もしくは完勝したときは?」

『それはありえないでしょう。それは閣下にもわかるはずです』

「そうね。あの水原なら多少兵力が少なくても戦えるでしょうし、あなたも簡単にはやられない。

 ふふふ、戦う相手をここまで信頼するなんて聞いたことないわね」

『確かに・・・戦争をしにいくのに何かしら相手に対する敵意が欠けていますね』

「まぁね。でも真の敵は別にあるわ」

『わかっています』

「・・・この作戦の実行を許可します。存分にやりなさい」

『ありがとうございます。それでは早速準備に取りかかります』

通信が切られる。

「・・・第二師団の介入もある。さてさてどうするべきかしらね?」

ひとり思考の海に沈む仁美。

(ああは言ったけど万が一、何かしらの干渉を受けて第二艦隊が壊滅させられるは不味い。

 ・・・予定を繰り上げて北アフリカは放棄。ロシア方面の戦線も縮小したほうがいいわね。

 黒海沿岸の鉱山と東欧の肥沃な土地、それに西欧の一部のみを確保しておきましょう。

 戦線を縮小させれば少ない兵力でも維持は出来るし・・・。

 北アフリカを奪還させて、連合軍の首脳に得点を与えてやるのも良いか。

 でもすべては今回の作戦が終わったあとね)

恐らく第二艦隊が完勝することはない。それが彼女、そしてアーレン自身の考えだった。

だが彼女はもっと別のことを見ていた。彼らの予想通りなら第二艦隊が仮に第13艦隊を撃破しても恐らく少なくない被害を被る。

それを理由に戦線を縮小する。勿論、敵に出血を強要しながらの後退戦術だ。

一部から反発もあるだろうが、彼女にとってもはや第二師団が介入してくる時点でイギリス本土を攻略する価値などどこにも無い。

それより紅月が多大な被害を被り戦線を縮小せざるを得なくなったと誤解させる事が出来る方が遥に有益だろう。





 そんな大西洋をめぐり新たな作戦が練られているころ。

パーティーを催すべく、準備を進めていたカイト達は招く芸人の選定に入っていた。

「やっぱり、イギリスの名門校《クリスティアソングスクール》じゃない?」

「そうだな。でも、イギリス本土はかなりの被害を受けているし、有名なメンバーいるのか?」

「大丈夫ってカイト君。私が調べたところ、イギリスにはまだ椎名ゆうひ、アイリーン・ノアと言った有名な人間がいるそうよ」

「へぇ。まだ疎開していなかったんだ」

「どちらかというと出来なかったと言ったほうが良いわね。

 大西洋は危険地帯だし、GPSも使えないから航空機もダイヤはかなり狂ってる」

「なるほど。で、呼ぶ芸人はそれくらいか」

「まぁね」

「・・・そう言えば、イギリス市民の様子は?」

「かなり不味いわね。この基地周辺の町にはそれなりの物資は届いているけど

 南部に近い街はやられ放題。木連がいかに守勢に回っているとしても通商破壊は激化。

 民間の輸送船舶は護衛無しにはまずここには辿り着けないでしょうね」

「う〜ん。連合軍は?」

「再建中。と言っても実際にはせめて衛星軌道の制宙権を奪還しなくちゃいけないから

 宇宙軍の再建が最優先ですすめられているわ」

「見殺しか・・・」

「議会も騒いでいるけどね。さすがの軍も偵察衛星や通信衛星なしには反攻作戦を行いたくは無いでしょう」

「それにしても、何で議会はこちらに文句を言ってくるんだ?。

 こっちは前線で連中を受けとめて、被害の拡大を食い止めていると言うのに」

「・・・どうやらネルガルが焚き付けているようなのよ」

「ネルガルが?」

「何気にうちの会社の関連施設の被害が少ない事をやりだまに挙げているみたいなのよ」

「・・・まぁ完全には否定できないが」

確かに、アルビオン関連施設は被害が少ない。

特に日本本社などは数回しか襲撃を受けておらず、どれも被害は少なかった。

「連中はうちが木星蜥蜴とつながっている証拠だ、何て言ってこちらに反逆罪を被せ様としているみたい」

「それは不味くないか?」

さすがのカイトも冷や汗を流す。

「まぁ証拠も不充分だし、星の屑作戦のときの活躍や、欧州戦線での功績もあってか

 そこまで大きな声ではないんだけどね。

 それでもこういう話をネタに絡んでくる連中も多いのよ」

「やれやれ、人の足を引っ張ってばかり。連中には戦争に勝つ気あるのか?」

「仕方ないわよ。実際に戦わない連中にとっては自分達の権力の維持と拡大が至高だしね」

「まったく」

カイトは嘆息する。

「それより問題は木連、というか彼女の動きね」

「どうかしたのか?」

「・・・何か変なのよ。この彼らの動きが」

「・・・」

「戦力を小出しにしているみたいだし、連中の攻撃に徹底性がない」

「講和を前提としているからじゃないのか?」

「そうじゃないと思う。各戦線でも木連の動きはあまり活発とは言えない。

 仮に連合軍に致命的ダメージを与えたいのならとっくに連合軍総司令部のある北米に全面侵攻しているわ」

彼らが怪しむほど、木連の動きは遅すぎた。

彼らの予想ではすでに他の地域への侵攻が行なわれているはずにも関わらず動きが無い。

「・・・彼女は、連合軍に勝つつもりがないのか?」

カイトは近頃の戦線の動きを思い出す。

(軍が疲弊している中東や南アフリカには侵攻していない。

 それに北米へのマスドライバーによる戦略爆撃もなりを潜めている。

 まるで連合軍の戦力の回復を待っているかのようだ。

 何故戦争を長引かせるようなまねを・・・長引けばその分、彼女のリスクも増すはずだ。)

カイトが現時点で和平が可能と考えているのは、彼女もまた自分の正体が暴かれるのを怖れているはずだと言う考えに基づいている。

統和機構が彼女の正体に気付けば必ず武力介入が行なわれると踏んでいる彼としては、魔女も地球連合と統和機構の二つと

戦う事態を避けるために、ある程度連合を叩けば停戦するだろうと読んでいたのだ。

もっとも彼女の目的が地球圏を支配する事なら木連ごと殲滅することも手だとは考えていたが、さすがに仲間である

真澄の姉を殺すのは気が引けるし、何より機構きっての名将ならそんな自殺行為はしないだろうと思っている。

しかし近頃はその考えが少しづつだが揺らぎ始めていた。

戦争においては敵の重心をつくこと、敵に立ち直る暇をあたえないことが重要になる。

最も、その重心がどこにあるのかは場合によって違う。

ある時は敵国の首都だったり、その国の軍隊だったり、時にその国の国民の思想だったりする。

この世界の地球連合の場合、恐らく重心は連合軍そのものだろう。

最も木連が攻勢限界点を超えていたのなら進撃が停滞しているのも肯けるが、少なくともその可能性は無いとカイトは考えていた。

このとき、カイトはふと気がつく。

(!!。戦争が長引く・・・彼女の真の目的はそれなのか?

 だったら何の為に?。戦争の長期化は木連にとっても利益にもならない。

 それに彼女が反逆者だとわかったら、機構軍から討伐隊が派遣されるかもしれないのに・・・)

「魔女とまで謳われた指揮官が戦争を長引かせるような真似をすると思うか?。

 戦争を長引かせれば戦力を消耗する一方だし、いざ機構軍が彼女に気付いて介入すれば一溜りも無いだろう」

カイトは彼らが戦力の回復どころか、増強を行っている事を知らない。

仮に知ったら、春日井に問い合わせるだろう。

この世界でもっとも情報収集能力があるのが彼なのだから。

最も彼が素直に教えるとは言わないだろうが・・・。

「時間稼ぎ?。まさか何か手があると?。それとも・・・」

麗香は黙りこむ。

「麗香ちゃん、機構の動きは?」

「機構本部は忙しいみたい。何か大きな作戦が行われるみたいで」

「機構はもう彼女の存在を知っているのか?」

「報告はしていないけど・・・仮に気付いているならもう部隊が派遣されているはず」

「・・・機構が討伐を控えることはあるのか?」

「よっぽど余裕が無かったら控えるでしょうね」

「・・・だが、彼女の価値を考えれば星の一つや二つは放棄しても、彼女をさきに叩くほうが

 まだ戦略的に正しい様な気がするが」

「だとしたら、戦略的によっぽど重要な拠点を巡って攻防をしているということね。

 仮に気付いていないのだとすれば、派遣されて居ないのも納得できる」

「だが、腑に落ちない事が多すぎる。機構にもさぐりを入れてみる必要があるな」

「・・・そうね。機構内部の動きも不自然なものがあるし、

 何やら良からぬことが企まれているかもしれないわね」

「このことは蘭や香織に言うか?」

「いえ。このことはふたりだけの秘密にしておきましょう」

「何故?」

「秘密を知るものが少ない方が秘密が守れて良いからよ。

 もし、機構が本当に何か私達にだまって何か良からぬことを企んでいるとしたら

 私達が何か探っているとわかったら、こちらに何かしかけてくるかもしれないから」

「・・・そうだな」

ここにいたり、カイトも真実に辿り着くべく動き始める。

だが、彼らの動きを嘲笑うような事態がその日の翌日に起った。



 木連艦隊が、突如大西洋に出撃したとの報告が舞いこんだのだ。

これに続きアジア方面で敵の大攻勢が開始され、各地で大規模な戦闘が行なわれているとの報告が入る。

カイト達はこの対応の為に集中せざるを得なくなった。



 大西洋上。木連艦隊

「ついに天川カイトとやらと戦うことになるのか・・・」

「楽しそうだね、北ちゃん」

「まぁな・・・さて楽しませてくれよ、天川カイト」

楽しそうに笑う北斗。

戦士としての彼女、いや彼は渇望していた、自分と互角に戦いうる人物を。

自分の渇きを満たす事の出きる人間を・・・。

仁美は目に適う人物だったが、命を賭して戦う事は出来ない。彼女の不満はそこにあった。

だが、あの男は違う。

これから始まるであろう死闘に思いをはせ、北斗は心底楽しそうだった。




 後書き

 こんにちはearthです。時を紡ぐ者達第30話お送りしました。

・・・ナデキャラがいない(苦笑)。まぁナデシコ発進は次回なので、そのときに。

さて太平洋、大西洋で同時に木連が動きます。

連合軍もそれなりに奮闘してもらいます。勿論ナデシコも(笑)。

それにやっと実現します。カイト(アキト)VS北斗。個人的には恭也VS北斗の一戦もはやく実現させたいですが・・・。

まぁそれはこの戦いが終わってからかな(汗)。

さて、それでは駄文にもかかわらず最後まで読んで下さってありがとうございました。

それとメールアドレスを変更し終わったので、メールが受け取れるようになりました。

感想、意見等を送って頂けたら光栄です。

では時を紡ぐ者達第31話でお会いしましょう。









管理人の感想

earthさんからの投稿です。

本当に出番無しですね、ナデシコキャラ(苦笑)

ルリも名前が出ただけですし。

各方面が真実を知ろうと動き出しました。

次回ではカイトと北斗の戦いもあるみたいですね。

どのような戦いになるんでしょうかね?