作者:EINGRAD.S.F
−またいつもの喧嘩が始まった。−
「アキトさん、帰ってきてください。もう復讐は済んだ筈です! 帰ってきてユリカさんを安心させて下さい」
<ダメだよルリちゃん。オレのこの手は罪の無い人達を巻き込んで血塗られている。もう、ユリカをこの手に抱く事は出来ないのさ>
「そんなっ…! でも、それでもアキトさんは帰ってくるべきです。第一、コロニーを爆破し民間人を巻きこんだのは火星の後継者じゃないですか! アキトさんは正しい事をしたんですよっ!?」
ナデシコBが「火星の後継者の乱」の後、地球圏最大のテロリストとして名高い天河アキト一党とその乗艦の拿捕、若しくは撃滅命令を受けて出撃してから既に2ヶ月が過ぎていた。
一度は地球圏最高の電子戦能力を持ったナデシコCに乗ったルリ艦長でしたが、その能力を上層部が制限したかったらしいと云う噂もあり、又、この様な軍としての正式な任務に民間人を乗りこませる訳にも行かない為に彼女はナデシコCから離れてこの艦に戻ってきました。
まあ、噂に聞くナデシコのクルー達を使って「トカゲ戦争」の時のように暴走されても困ると云う判断も有ったんでしょうが。
そう云う訳でこの2ヶ月間の間、ナデシコBは月〜火星〜アステロイド帯の探索を続けて何回もユーチャリスと接触する機会を得ていました。
ですが、いつも今回のようにルリ艦長が説得をし、天河アキトが遁走すると云う事を繰り返していた。
私はこのワンマンオペレーション実験艦、ナデシコBのオペレーターとして彼女と思兼のリンク効率と艦長に掛かるストレスなどを分析しています。
火星の後継者鎮圧の際に、この電子戦能力が突出したワンマンオペレーション艦の有効性を遺憾なく発揮させたルリ艦長のお陰で、今の仕事が如何に重要なものかを再認識させられました。
高度な集中力を求められるマシンチャイルドの負荷はいつも情報を分析している私には手に取るように分かった。
幾ら経験豊富だとは云え、まだ未成年の彼女にはきつい筈。
しかし、今日のルリ艦長の集中力とストレスの掛かり方は度を越している。
何か新しい作戦でも考えついたのだろうか?
<だがっ! オレは民間人が巻きこまれる事を承知で攻撃を掛けていた、所詮…、このオレには……どの道、オレに残された時間はそう多くない…。サヨナラだ>
「知ってます。イネスさんに訊きましたから…、身体の事」
<ふふ、火星の後継者達に投与されたナノマシーンのお陰でIFS強化人間としてのオレの能力は上がり、奴らを滅ぼす事が出来た…が、その分早く燃え尽きた…もう。復讐も遂げ、ユリカも助け、ルリちゃんも救えた。思い残す事はもう無いのさ>
「それは自分勝手な意見だと思いますっ! このままではユリカさんも救われません! アキトさんも汚名を被ったままになってしまいます」
<小さな事だ。ラピス、ジャンプ用意>
<ウン>
あぁら残念。
いつものパターンで逃走される訳ね。
? ルリ艦長の心拍数が上がってる。冷静な彼女も流石に焦るか。無理ないわね。
「ハーリーくん! ユーチャリスに対するハッキングはどうなったのですか!?」
「すみませぇん、弾かれちゃいましたぁ…」
あら、いつのまに指示を…。
「キム、マキビ・ハリの方はいつから?」
「どうやら最初から指示が行ってたみたい。ユーチャリスと接触してから直に始めてるわ」
「そう、ありがと」
「こうなったら…決めました。アキトさん、力づくでも貴方を止めます。例えどんな手段を用いても…」
下から見上げる彼女の表情は硬い、無理も無いけど。
−−だが、それだけではない事を私はこの時、知らなかった。
「高杉さん、ユーチャリスのジャンプフィールド形成を妨げるため、主砲で攻撃を! 少しくらいの損傷なら構いません」
「…うっ、了解。エステで出なくても良いんですか?」
「今はそのタイミングでは有りませんから。ハーリーくんは引き続きクラッキングを続行!」
「は、はいっ!」
彼女は矢継ぎ早やに指示を出し始めた。
この時点に於いても私達の役割は彼女達の分析であり、艦の運営に手を貸す事は無い。
と云うよりもこの時の為に私達はこの艦に乗りこんでいるのだから。
私は手元のCRTを見つめながらも時々は戦況に目を走らせた。
光を呑み込む黒い直線がナデシコBから発せられ、純白の戦艦に吸い込まれる。
グラビティーブラストがユーチャリスのディストーションフィールドに接触すると虹色の虹彩を発しながら弾かれた、しかし、最後の力押しに負けたのか突然ユーチャリスの船体の一部に閃光が走り、損傷を与えた様に見える。
「いよっし! 艦長、ユーチャリスのディストーションブレードに損傷を与えました。これでジャンプは出来ない筈です」
「さすが高杉さんですね。ではエステの方、出撃準備願います」
「りょ〜うかいっ!」
「ハーリーくんの方はどうですか?」
「グラビティーブラストの影響で通信が悪くて、もう少し待って下さぁい」
「いえ、そちらは良いですからユーチャリスのジャンプフィールドとディストーションフィールドをモニターして下さい。変化があったら直ぐに知らせるように」
「了解。え〜と取りあえず現在ユーチャリスのジャンプフィールドは消失しています。艦長、今度こそ拿捕出来ますよ!」
「はい、そうなると良いですね。ナデシコB前進します」
いよいよ佳境、でも、おかしい。何か見落としているような…あ、ルリ艦長の扱う情報量がいつもより多いんだ。
でも、今はそんな状況とは思えないけど。
「艦長! ユーチャリス加速始めました」
「くっ、悪あがきを! 捕獲アンカーを使用します。総員対衝撃防御!」
ユーチャリスが加速するとナデシコBも加速を開始した。
損傷を受けたらしいユーチャリスの加速は遅く、ナデシコBは直ぐに追いつき、アンカーを打ちこんだ。
その瞬間、重力制御が効いた艦内が大きく揺れる。
私も身体をシートに固定していなかったら投げ出される所だった。
緊張して状況を見守っていると高杉さんが慌てて戻ってきて艦長に報告するのが見えた。
「艦長、スーパーエステバリスなんですが、先ほどの衝撃でエネルギーブレードに損傷が出まして発進に時間が掛かります」
「……そうですか。わかりました。では私の補助を頼みます」
「了解」
ナデシコBは繋がれたアンカーを手繰り寄せ、暴れるユーチャリスに接近した。
だが、流石のマシンチャイルドが操艦するナデシコBでも暴れ馬のようなユーチャリスの動きは補足しきれなかったようで、船体を守るブレードの一部が接触した。
「艦長、右舷ディストーションブレード損傷。有効効率低下します」
「そうですか…了解です…さて。アキトさん? 通信お願いします」
そう云いながらルリ艦長は何故か悲しげな顔をしながら戦闘開始前に切った通信を入れた。
だが、向こうから聞こえて来た声は酷く慌てていた、その上、その内容も衝撃的な物だった。
<ルリちゃん! 早く離れろ。ユーチャリスのジャンプフィールドが暴走しているんだ。このままではランダムジャンプに巻きこまれるぞ!>
それを聞いた私達オペレーター一同と高杉さんの目がマキビ・ハリに集中した。
「そんなっ! ユーチャリスのジャンプフィールドは全然発生してませんよ! センサーにはなんにも」
「私がキャンセルして置きましたから」
その言葉に今度は全員の目がルリ艦長に注がれた。
「もう、嫌なんです。アキトさんがいなくなってしまうなんて…だったら、せめて最後は一緒に…」
あ、ダメだ。
あの目は本気、恋に心酔している女の目だ。
でもだからって私達まで巻き添えにする?! 普通!
逃げなきゃ! ディストーションフィールドが形成されない上にユーチャリスまで巻きこんだ今の状況では非ジャンパー体質のあたし達は…
「艦長! アンタ一体何考えてんだ。ハーリー! 急いでアンカーを切り離せっ!」
「あっ! ハイ!」
とにかく、私達は逃げ出そうと席を立った、脱出ポッドは艦橋の後部に有った筈!
慌てて駆け寄ると、「射出禁止」の文字が表示されていた。
何故っ!?
「無駄ですよ、ハーリーくんが私のプロテクトを破れるはずがありません」
「何故! そんな事を!」
「何故って、このままでは私のいない所でアキトさんは死んでしまいます、もしもアキトさんを連れかえってもテロリストとして即銃殺、そうでなくてもユリカさんの物。アタシのアキトさんにするにはこれしかないんです!」
「だったら人を巻きこむな! ひとりで勝手に逝けばいいだろう! 艦長、貴女には失望したぜ」
「フフ…フフフフ」
「チクショウ!」
突然メインクルーのいるブリッジ上部から軽い破裂音が聞こえて来た。
何事かと思って上を見ると、荒い息をついている高杉さんの、きれいに染めた金髪に入っている赤いメッシュが幾筋か増えていた。
マキビ・ハリは呆然とした様子でルリ艦長を凝視している。
そしてルリ艦長は…、艦橋の前方に突き出している艦長専用のウィンドウボールには力を失ったルリ艦長が、その身体から赤い血が滴っていた。
「ハーリー、急いでアンカーを!」
「艦長、艦長が。ルリさんが…ルリさんがぁ」
「チッ、おいっ! アキトさんよぉ! そっちでどうにかならないのか!」
<無理だな。暴走したジャンプフィールドが止まらない。どうやらルリちゃんが送り込んだウィルスの仕業らしいがな…ラピスも攻性防御を突破されて気絶している。復讐のため捨てて来た義理の娘に復讐された、か、オレにはふさわ・>
「ちっ、計画的犯行ってことかよ。どいつもこいつも勝手な事を! 所詮あいつらは軍人…じゃないって事だな。っ! おいっ! 早く脱出しろ!」
高杉さんが私達の姿を見て慌てて叫んだ。
でも、こちらにも都合って物が有って…脱出出来てたらとっくにしているわよ。
「ダメ! 何でか射出禁止が表示されてて!」
「なにっ!? そうか! ユーチャリスの位置が射出線上にあるのか! なんとかするから急いでポッドに入ってろ」
そう云って高杉さんは操艦を始めようとしたが…遅かった。
目の前に映る光景がブレる。
何時もならディストーションフィールドに守られて楽しむ余裕すら有るあの虹彩が、直接私の肉体に襲いかかる。
ジャンプ処理を施していない生体をジャンプ制御は認識できない、その為、周囲の無機物とも有機物とも境界がぼやけてしまうのだそうだ。
身体を包む制服が、溶けてゆく、肉体と溶けあう。
脚もとの床が底無し沼みたいにめり込んでゆく。
思わず抱き突いて来た同僚の腕が私の胸から飛びだしている。
いやだ、こんなの夢よ、たちの悪い夢よ、目が醒めれば私は暖かい布団の中に…いる…イ…イヤだよぉおお!
突然目に映っていた光景が真っ黒になった。そう、これは夢だ、人工的に見せられた、オレの見た悪夢だ。
暗転した光景が閉じると、ブラウン管に光りが点るように視界が開いた。
今の今まで味わっていた体験が、オレの息を荒くかき乱していた。
悪夢そのものとしか思えない体験だった。
あれのどこが電子の妖精だ、地球圏を救った救世主だ。
同盟の筆頭に立つあの女は魔女そのものだ。
「どうでした? バーチャルマシンで見た記録映像は? 新城さん」
聞きなれた山崎の声が聞こえ、ようやく冷静さを取り戻したオレは頭を覆っていたバーチャルマシンのヘルメットを取り外した。
冷や汗がべったりとついたそれは、異様な感触を与えている。
「ああ、これならば、統合軍に組みこまれた元木連の将校たちも我々火星の後継者の同志になるだろう。あの魔女の事を電子の妖精とか呼び慣わし神格化しているアララギ辺りでもな。記録で見た時にはそれほど感じなかったが、な」
「ハイ。私達が地球侵攻作戦の途中に見つけた漂流艦。ナデシコB。我々と同系列の技術を使っていた為、最初はほとんど重要視していませんでしたが、もしもあれを発見していなかったらと思うとゾッとしますよ」
「まったくだな。逆行者どもは歴史的な情報を知っていたが故に先手を打って和平の芽を作り、我々を排除しようとした。だが、あの艦のお陰で我々が助かったと云うわけだ」
まったく忌忌しい、奴らの口車に載せられた優人三羽烏どもが起こした熱血クーデター、その混乱の中、草壁中将の乗った「ゆめみづき」に黒い戦神が襲って来たのは、火星の後継者たる我々を暗殺するためだったと云うわけだ。
あの赤い髪のパイロットが食い止めねば我々の命運は既に尽きていた、今こうして雌伏の時を過ごしているのも…。
「山崎」
「はい? なんですか、新城さん」
「この記録だが、どこから取って来たのだ? 艦載コンピューターではないだろう」
「ああ、ハイハイハイ。これはですね本人の身体から取って来たものですよ」
「本人? 確か全員空間跳躍に耐えられず死亡していたと書いてあったが」
「ええ、艦橋後部に5、6人分の肉塊が固まってましてねぇ。生体跳躍がどのような影響を与えるかバラして行っていたら彼女、IFSを付けていたんですな、ナノマシンで出来た補助脳が見つかりましたんで情報を残しておいたんですよ」
山崎の奴は実に嬉しそうに喋る。
人類の未来の礎と成るべき実験だと云っては、生身のA級ジャンパーに生きているほうがおかしい人体実験を繰り返している男だ、やはりオレにはこいつは理解できんな。
だが、我々に必要な人材で有る事に違いない。
こうして、このデーターをバーチャルマシンで追体験した統合軍軍人の間に我々のシンパは増えていった。
和平派の元木連兵士達でも地球人どもの真相を知った者は現状に辟易していたからな。
奴らのアイドルで有る星野ルリでさえこの様な裏が有ったと知れれば、われらの理想こそ真なる希望の光であると気付くのは間違い無いのだ。
クーデター勃発の日まで遠くは無い。
だが、今のオレを突き動かしているのは実際のところ草壁中将の理想のためではなくなっている。
復讐だ。
可哀想なあの娘の為に。電子の魔女は必ず殺す。オレの手で。
<アイングラッドの後書き>
前々から逆行時巻きこまれた人ってどうなっているのかなと考えていて、この一週間で急速にまとまったので書いて見たのですが。
う〜ん、ダークだ。暗い、ここのところの私に掛かる応力が出て来てしまったようです。
決して私は新城擁護派ではないですしアンチルリ派でもないのですが、作品がこんな作風になってしまうのは…何故でしょう…。
ちなみに、「あの娘」はハーリーがサブロウタにイタズラされてた時にコロコロ笑ってた女性オペレーターを想定しています。
代理人の感想
ナイスッ!
目の付け所が○ャープです。(意味不明)
こう言う「穴」を突いてくる人は他にもいますけど、ここを深く突いてきたのは最初じゃないでしょうか。
後、時ナデとは背景が微妙に違うようですが、そこらへんはソースを読んで見てくださいな。