作者:EINGRAD.S.F
逆行者達の余波
この世界では平行と分岐、そして修正と云うパラダイムシフトを繰り返しつつ過去から未来へと続いている。
それを知るもの達によって失敗しては戻り事態の修正を図られた。
この歴史のキーポイントで脈絡の無い唐突な変化を見せる事があるのは、それが結果を知る或る者にとっての不利益を結果的に起こさせない様に原因を書き換えている事があるからだったりする。
古代火星人にとって単なる輸送手段でしかなかったボゾンジャンプの演算装置はそれを生み出した文明と異なる価値観を持つ人類文明によって、過去を変革する魔法の杖として使われている。
だが、過去の未来を知る者達はその力に溺れやすく、自分達がその当事者である事を忘れて自己の目的の為に容赦ない事を行う。
当人は良かれと思っての事なのであるが、これから起こりうる事実を知るだけにそれを知らない他人を低く見てしまいがちである。
周りにも見当たるかも知れない、その当人が過去にはまり今は飽きた趣味を他人がしているのを見て「まぁだそんな事をやっているのか、アフォ」とか言う人物が。
逆行者達がそんな心理に陥りがちなのは或る意味仕方がないのかも知れないが、それらファクターによって歴史は更なる上書きを積み重ねて行く。
西暦2196年、ネルガルが古代火星人の技術を独自に解析し建造を続けてきた機動戦艦ナデシコ。
佐世保秘密地下ドックに格納されているナデシコの艦橋では、遅刻してきた艦長であるミスマルユリカの言動に皆唖然としていた。
「皆さん私が艦長でぇ〜す、V!」
「「「ブイ??!」」」
散々人を待たせておいて脳天気に振る舞う世間知らずで配慮のない若い女性、それがブリッジ要員達が最初に抱いた彼女に対する感想であった。
勿論、マイナスポイント。
この場にいる人物は、それぞれが一度は社会に出てそれなりの評価を受けてきた人間ばかりである。
この様な幼稚なアプローチは呆れを誘うだけであった。
そんな評価を下されているとも知らずにユリカは笑顔を浮かべ続けている。
『これでみんなのハートをキャッチ♪』
ブリッジ要員の中で唯一の純粋培養である”筈”のマシンチャイルド、星野ルリはもっとも辛辣で直接的な言葉を吐いた。
「バカ・・・」(ハァ、やっぱりユリカさんですね)
呆れ返るブリッジ要員を余所にユリカは自己流の人心掌握術に満足しきっていた。
とはいえ、連合宇宙軍士官学校を首席で卒業した実力は伊達ではない。
直ぐに艦を掌握するべく行動を開始した。
「ジュンくん、お願いね♪」
「・・・ユリカ・・・少しは自分で動かないと」
「だってこう云った作業はユリカよりジュンくんの方が得意だし、適材適所。うん、ユリカはジュンくんの事、凄っごく信頼してるんだから」
「えっ、そう?!」
「そうそう、だからお願いね。ジュンくん」
ユリカは天真爛漫な笑顔でお願いをする、小さな頃からそれで苦労を掛けられているというのに彼は懲りずに発奮して発令を掛けようと口を開く。
それをブリッジ要員達、特にうら若い通信士のメグミ・レイナードと航海士のハルカ・ミナトは呆れた顔でそれを見ていた。
「うん、分かったよユリカ! 艦内の各部署に伝達、これより艦起動マニュアルに従ってマスターキーの起動を行います。事前チェックの確認を、以上です」
「了解、『これより艦起動マニュアルに従ってマスターキーの起動を行います。艦内各部署の皆さんは手順に従って事前チェックの確認をお願いします』」
ふたりの関係を見て呆れ果てていたメグミであったが、そこはプロ、艦内通信を開くと全艦放送でジュンの命令を伝える。
命令が伝わればシステムは動き出す。
艦長が来ればいつでも起動出来る様に事前チェックを行ってきたとは言え、勝手に命令を省略する訳にも行かない。
各部署は命令を実行に移すべく行動を開始しようとした、が、突然事態は動き始めた。
警報音がナデシコに備えられたスピーカーから響き渡ると同時にドック自体を揺るがす激しい振動が各員に襲い掛かった。
「何事だっ!」
動揺しているブリッジ要員を余所に従軍経験があるというゴートは直ぐに状況を把握するべく情報を求めた。
それに答えたのは最年少乗組員の星野ルリ、動揺する他のブリッジ要員を横目にIFSインターフェイスを煌めかせて艦のメインコンピューター『思兼』にアクセスする。
「地上部隊、木星蜥蜴のロボットと交戦中。敵総数、飛行型ロボットのバッタが100、地上戦用のジョロが100、以上です」
「むう、何故ここがばれたのだ?」
「そんな事は言っていても仕方がない事でしょうゴート君。艦長」
何やら色々と秘密を知っていそうなプロスペクターは敢えてそれを漏らさず、この場の責任者である艦長、ミスマル・ユリカに行動する様にし向けた。
「艦長としての初仕事です。よろしくお願いしますよ」
「はい、ユリカにドーンとお任せ下さい」
そう言うと彼女は豊かな胸に右手を叩き付けて意気込みを表した。
「なんか私、不安になってきました」
「同感」
そんなユリカを見てメグミとミナトは不安がる。
それとは別にゴートは手近なマイクを掴むと艦内に放送を始めた。
『現在、敵機動兵器と地上軍が交戦中、ブリッジ要員は直ちにブリッジに集合せよ。繰り返す、ブリッジ要員は直ちに戦闘艦橋に集合せよ』
艦内にゴートの冷静な放送が響く。
「あれ? まだ他にブリッジ要員ているんですか?」
メグミが疑問を口にする。すると思兼のオペレートをしていたルリが無表情にそれに答えた。
「戦闘前のブリーフィング時には艦載機であるエステバリスのパイロットが艦橋に招集され、戦闘の基本方針を説明されると有りますから」
「あ、そうなんだ。さっすがルリちゃん。良く知ってるぅ」
「私、少女ですから」
「? 」
さて、たったひとりナデシコに乗り込んでいたパイロットがブリッジにやってきた。
呼び出しを受けて速攻で駆けつけてきたらしく肩で息をしている。
但し、両肩を担いだ整備班の班長であるウリバタケ・セイヤと名もない整備員のふたりが、であるが。
当の本人であるエステバリス・パイロットは何故か足に重々しいギプスをはめており、ブリッジに入ってくる時にドアにぶつけた足の痛みに悶絶している。
取り敢えずそれを無視した提督が作戦会議の開始を指示する。
「現在の状況は?」
ユリカが口にすると何故かゴートが報告を始めた。
「敵の攻撃は我々の頭上に集中している」
「敵の目的はナデシコか」
相手の意図を正確に掴んだ提督がそう呟くと副提督ムネタケが勢いに乗って作戦を指示し始めた。
「そうと分かれば反撃よ!」
「どうやって?」
「ナデシコの対空砲火を真上に集中して焼き払うのよ」
実の所、砲艦に近い構造であるナデシコの砲撃は軸線上に固定されており、収束率の変更は効くが頭上への攻撃は不可能であった。
更に、元々連合宇宙軍々人のナデシコへの赴任は行われる予定ではなかった為に、彼らに社外秘であるナデシコの性能は説明されていなかった。
その為ムネタケは旧来の真っ当な戦艦に準じた判断を行ったのだが・・・。
だが結果として些か見当外れな指示となってしまったのである。
第一ここは地下ドックである、砲撃すれば最初に被害を受けるのはナデシコにのる自分達である、崩れ落ちるドッグの事を彼は考えなかったのだろうか。
それはともかく、ムネタケの指図を聞いたハルカは彼の言動に異論を唱えた。
「上にいる軍人さんとか、吹き飛ばすワケ?」
平和な社会に生まれ育ち、人命は地球より重いと教育されてきた彼女たちには絶滅寸前まで追い詰められて命からから生き延びた元火星駐留軍軍人の理論は人命を軽んじた問答無用な物に思えたのだ。
最低限のスペックしか教えて貰っていないとは言え今まで敵方しか持っていなかった超技術、真空からエネルギーを取り出す相転移エンジン、如何なる光学兵器をも跳ね返すディストーション・フィールド、旧来の光学兵器とは比較にならない破壊力を持つグラビティー・ブラストと、火星宙域で自分達第一艦隊火星方面軍を一方的に殲滅していった武装を持つこの戦艦の貴重さをムネタケは自分の想像以上に重要視していた。
だが、正面切って社会的な正論を吐かれればそれに反論出来るだけの気概もなく、思わず彼は狼狽えた。
「ど、どうせ全滅してるわ。民間人に被害を出すよりマシでしょ」
「でもそれって非人道的って言いません?」
連合宇宙軍が政府の指揮下にあるシビリアン・コントロールされた軍隊であるだけに交戦規定は非人道的戦闘を忌避する。
メグミの言葉によってやり場のない怒りに苛まれたムネタケは頭を掻きむしって悶えた。
「むきぃい〜っ!」
そんなムネタケの様子を尻目に、フクベ提督はユリカに意見を求める。
「艦長は何か意見はあるかね?」
「ハイ! 海底ゲートを抜けて一旦海上へ、その後浮上して敵を背後よりグラビティー・ブラストで殲滅します」
「そこでオレの出番さぁっ!」
ユリカが方針を述べると、両肩を整備班の人間に掲げられた戦闘班の男が雄叫びを挙げる。しかも無駄に熱いだけでなく、作戦上必要とされている事を推測し得るだけの能力があるらしい。
一見するとただの猪突猛進なゲキガンオタクにしか見えないが、ナデシコの人事採用ポイントである「性格はともかく、実力は一流」というのも伊達ではない様だ。
この男、ダイゴウジ・ガイこと山田二郎もやはり一流のパイロットである。
「オレ様のロボットが地上に出て囮となって時間を稼ぎ、制限時間ピッタリにおびき寄せ一気に必殺技でやっつける、カァ〜ッ! 燃えるシチュエーションだぁ! こんな芸当はヒーローにしか出来ないゼ。必殺技は博士に任せるからよ、しっかり頼むぜえ」
作戦目的と行動を理解したガイはサムズアップをかまして走り出そうとする、が、左肩を支えていたウリバタケが思わず突っ込む。
「オタク、骨折中だろ」
「し、しまったぁっ!」
興奮してアドレナリンが過剰分泌されていたせいか、すっかり左足の骨折の痛みを忘れていたガイであったが、痩せ我慢をして『これ位のケガじゃ、オレの熱いハートは消せないゼ』と飛び出そうとした。
が、一歩踏み出しただけで脳天まで痺れる酷い鈍痛にすっかり戦意を萎えさせてしまった。
幾ら人型戦闘機エステバリスの操縦方法がIFS(イメージ・フィードバック・システム)とは言え、いや、だからこそパイロットは体調を万全にしてエステバリスに搭乗すべきなのだ。
ユリカは囮を用いてバッタやジョロを一撃で殲滅する作戦を立てたが、それを聞いたムネタケが抗議の声を上げた。
「しかし、それじゃナデシコは海面から浮かび上がって、『敵に向かって』攻撃をしなければいけないのよ、アンタ分かってんの?!」
「ハイ、一網打尽でバッチリV! 間違いナシです」
「アンタ士官学校で何を教育されて来たのよっ! それじゃ」
「ムネタケ黙れ、彼女には考えがあるのだ。ここは艦長の作戦で行こう。これは命令だ」
「クッ・・・ハイ」
激昂するムネタケをフクベ提督は鋭い声で静止し、そして艦長の作戦を採用する事を命令する。
だが、ムネタケはフクベ提督の言葉が信じられなかった。彼らが火星で犯した過ちを、最大の禁忌をまた繰り返そうとしている事に気付いたからだ。
だが、軍人として命令された以上、それ以上の反論も口に出す事が躊躇われた。
「フクベ提督・・・アナタはまた繰り返すつもりなのですか・・・」
彼の呟きは誰の耳にも届くことなく消えた。
「しかし困りましたな。他に囮としてエステバリスで出撃出来る人間は〜」
「囮なら出てるわ」
プロスが心底困った口調でぼやくと、思兼から報告を受けたルリが口を開いた。
ナニッ!? と云った顔で全員がルリに注目する。
「現在エレベーターを上昇中・・・」
一方エレベーターの上にはエステバリスが一機待機していたが、そのアサルトピット内では、一人のボサボサ頭の青年が呆然とした表情で宙を眺めていた。
先程までは火星で地下に閉じこめられた時の記憶がフラッシュバックして、閉じこめられる事に恐怖しエステバリスを奪って逃亡しようとしていた彼、天河アキト。
しかし突然気を失ったかと思うと薄暗い光を讃えた凶悪な目つきで眼を開いた。
そこに居たのは、もはや先程までの状況に狼狽えるばかりの青年では無くなっていた。
「ここは・・・俺はユーチャリスでランダムジャンプして・・・それから・・・ハッ!? 目が見える、音が聞こえる、」
緊張した面持ちで固唾を飲み込む。
「味が有る・・・」
五感が戻っている事実にしばらく呆然としていたアキトだったが、目の前のウィンドウに現れたユリカの姿を見て目を見張った。
『あのぉ〜、どちらさまですかぁ?』
「ユリカ!」
『? どちらかでお会いしましたっけ?』
『ホラ、さっきトランクを拾って貰った・・・』
『あ、あ〜あ、さっきの私のパンツを持って顔を赤くしていた』
「違う、じゃなくてここは何処だ」
遙か昔の事をいきなり暴露されて慌てるアキトに静かな声でルリが答えた。
『ここは佐世保の地下ドック、ナデシコの進水式って所です』
開かれたウインドウに映し出された幼い頃のルリの顔とその言葉に、ようやくアキトは今がいつなのかを理解した。
『敵は初期型のバッタとジョロです、アキトさん』
「! まさか、キミはルリちゃんなのか?!」
『はい、やっと会えましたねアキトさん、では、言いたい事が山の様にあるので気を抜かないよう頑張って下さい』
ルリがアキトにしか分からない事を伝えている間にユリカはルリから聞いた『アキト』と云う聞き覚えのある名前に首を傾けていた。
『アキト・・・アキト・・・アキトォ〜・・・・・・分かったぁっ!』
過去の記憶に埋もれていた天河アキトの事を思い出したユリカは思わず大声を出してはしゃぎ出した。
『アキトッ! アキトなんでしょっ!』
「ああ・・・天河アキトだよ、ユリカ」
その異様なまでのはしゃぎっぷりに周りは唖然とする。
『誰なのユリカ?』
余りにも幼稚な態度のユリカを見てジュンは思わず質問する、すると返ってきた答えは彼の彼女に対する今までの献身を全く無にする様な言葉であった。
『アキトは私の王子様なのぉ』
『お、王子様ぁ?』
愕然とするジュン。
それじゃあボクは? と、思わず自らの存在意義に対して疑問をぶつけてしまうジュンであった。
「その割にはつい今の今まですっかり忘れられていた様だが?」
『えっとぉ・・・あははははは。大丈夫よアキト、アキトは私が大大だぁ〜い好きなんだもん』
それを聞いたアキトは唇の端を引きつらせる様に、嗤った。
残虐非道なテロリスト、プリンス・オブ・ダークネスの雰囲気そのままの、残酷なまでに冷たい態度でアキトはユリカに語り始める。
「フッ・・・残念ながら・・・オレはお前の好意を受け止められる様な」
『でも私にはアキトを囮に使うなんて事出来ない』
「人間じゃ・・・って、おいちょっと」
『でもでも、アキトは私の王子様なんだもんね』
「おいユリカ、暴走してないで」
『うん、分かってる。私が止めてもアキトの決意を変えられないって事位、女の勝手でどうこう言えないもんね』
「もしもぉ〜し」
『分かったわアキト、もうアナタの決心を止める事なんて出来ない。ナデシコと私達の命アナタに預けるっ』
「はぁ・・・もう・・・いい・・・」
アキトはすっかり蜥蜴大戦後のユリカに慣れてしまった所為か、初期状態の彼女の言動に疲れを覚え、思わず挫けてしまった。
アキトとユリカの会話の間もゴート・ホーリィが別のウィンドウで作戦概要を話していた、がとてもではないが伝わったようには思えない。
『作戦時間は10分間、とにかく敵を引きつけてくれ、健闘を祈る。以上だ』
ゴートが喋り終わると同時にエレベーターは地上へ出てきた。
ありがた迷惑な事に危険表示のパトランプが回転し、警告文が読み上げられていた為に、エステバリスが姿を現した時既にエレベーター周囲はジョロによって十重二十重に包囲が完了していた。
しかし、地上に到着したノーマル・エステバリスが無数のジョロ(木連製虫式無人戦闘機 女郎蜘蛛型)に取り囲まれたにも関わらず余裕綽々のアキトは接近戦で木星蜥蜴の無人兵器を屠って行く。
「ハァッハッハッハッハッハァッ!! 見える、感じるぞ、俺は、戻ってきたっ!!」
五感が戻り、少々ハイになっているアキトはエステを自分の手足の如く振り回し、当るを幸いにバッタバッタと敵を屠り始めた。
「(木連式柔)連天吠」
アキトはプリンス・オブ・ダークネスの時代に月臣元一朗から特訓を受けた木連式柔を使い、目に見えない打撃を繰り出して一瞬にして取り囲んでいた5基のジョロを破壊した。
続けて一歩踏み出し神速の蹴りで一撃、1基破壊、続いてまた1基、また1基と容赦なくジョロの破壊を続けた。
そしてその場に踏み留まり、周囲の敵を確実に排除する。
下手に抜け出せば味方を気にせず上空のバッタからミサイルの飽和攻撃を受けるのは確実、ならば接近戦で、と言うは易いが実行するには多大な技量が必要である。
だが、ユーチャリスにて孤独な戦いを続けてきたアキトにとっては児戯に等しく、片手間で足りる戦いだった。
まるで鬼神の様なアキトの暴れっぷりに、ブリッヂでその様子を見ていたプロスとゴート以外のブリッジ要員は息を呑む。
「味方・・・なのよね、彼」
「私、怖いです」
「アレが素人の戦い方? 莫迦な有り得ない」
「まるで野犬ね、血に飢えた餓狼よ」
「しかし、実力は本物だ」
「さっすがユリカの王子様、アキトって凄っごい強いんだ〜。うんうん」
一人を除いて畏怖すら覚える戦い方に艦橋は静まり返る。
そんな中、如何にも肉体派と言った強面のゴートは傍らに立つチョビ髭ベストのプロスにだけ聞こえるようにささやく。
「むぅ、・・・ミスター、まずいのでは無いか?」
「はぁ、参りましたな。IFSを付けていてもパイロットではない・・・と言うことですな」
「これでは・・・」
「ええ、最悪の事態を考えなくてはならないかも知れません・・・」
一方ナデシコでは、艦長のユリカが一刻も早くアキトを助けに行こうと皆を急かすが、アキトの腕前を知っているルリは規定通りの手順でドック出航を実施する。
結果、アキトは襲撃してきた木星蜥蜴の戦力の1/2に相当する100機余りを殲滅した時点で海岸線に到着、ナデシコは予定より早かったとは言え海面に浮かび上がるのに8分を要していた。
まだ余裕があったとは言え100機以上の敵戦力があった為にアキトはエステジャンプさせてナデシコ艦橋の上に着地させる。
しかし、ここで誤算が生じた。
前歴史ではエステはかなりのスピードでバッタとジョロの追撃を引き離しつつ空中へとジャンプ、結果としてエステを第一目標としていた地上にいたジョロはバッタと合体し空中へ移動した。
そうして上空へと誘導していた為にナデシコが海中から上昇し高度を稼いだ時点で木星蜥蜴の残存兵力は空中へとまんまと導かれたのだ。
その為、ナデシコが海上に浮上した時にバッタとジョロは同高度の二〇〇メートル上空か更に上空にいた為、難なくグラビティ・ブラストを放って全機撃破する事が出来たのである。
プロスとゴートが無印アキトの戦い方を見て「見事な囮ッぷりだ」と評価したのは伊達ではなかった。
が、腕に自信があった黒アキトことプリンス・オブ・ダークネスは地上で接近戦を演じた。
また今回はノーマル・エステがナデシコに着艦した時点で、追撃してきたジョロは第一目標をより脅威の大きいナデシコに変更した。
よって海面から浮かび上がったものの、高度20メートルの時点でナデシコの艦体に少数ながらもバッタ、ジョロが取り付き始めたのである。
艦橋の前面に取り付き、ガラスを破ったジョロがバルカン砲の銃身をブリッジ要員に向けて狙いを定めた。
「ヒィッ!!!」
「メグちゃん伏せてぇぇっっ!!!」
メグミは見た、彷徨っていた銃口がまるで自分を見つけたとでも云う様に定められるのを。
悲鳴も上げられずに硬直するメグミに向かってハルカは伏せろと叫ぶが、最早回転を始めたバルカン砲の前では逃げる間もあったであろうか。
だが歴史上になかった展開に焦ったアキトであったが、努めて冷静にそれらの排除を始めた為、メグミが血飛沫と化す運命から逃れられた。
しかし、アキトが次々と取り付こうとする敵機を次々と叩き落としているものの、敵本隊はどんどん近付いてくる。
そんな時であった、ルリが「敵が射程範囲内に全ている」事を報告したのは。
「敵、射程内にほぼ全部入ってる」
「目標、敵、ぜ、全部・・・っ!」
生の敵、自分を殺そうとする冷たい殺意に晒されたユリカは深く考えずにグラビティ・ブラストの発射を命令しようとする。
だがその背後の席に立つムネタケが必死になって押し止めようと金切り声を上げた。
「お待ちなさい艦長っ!」
しかし、自分達の生命が危険に晒されたブリッジ要員にとって、先程からヒステリックな様子しか見せていなかったムネタケは信頼に足る存在ではなく、結果として無視された。
「撃てぇッ!!」
ユリカの掛け声と共にナデシコの主砲であるグラビティ・ブラスト、重力波砲は設計通りの凄まじい破壊力を以てバッタとジョロ計100基余りを打ち砕いた。
この凄まじい戦果は地球側にとって快挙であり、連合軍が喉から欲しがる程の威力である・・・しかし。
シンと静まりかえった艦橋にオペレーターである星野ルリの報告が響いた。
「バッタ、ジョロとも残存ゼロ。地上軍の被害は甚大だが戦死者は5・・・」
誰もがブリッジから見える佐世保の街だった物を見て声を無くした。
「但し、射角の関係上、軍事施設より先の市街地はグラビティ・ブラストの直撃を受けて完全に破壊されました。射線上に有った合計6つの小中学校と併設された地下シェルターは全滅、想定される民間人の死傷者の数は最低でも一万を下らない物と思われます」
グラビティ・ブラストによって山ごと刳り貫かれた半島を見ればそれは理解出来た。
だが、改めて客観的にその数を告げられると、その被害の大きさに改めて絶望を感じた。
特に、火星に続いて地球でも民間人の大量虐殺を目の当たりにしてしまったムネタケは魂の抜け殻の様に脱力しながら譫言の様に言葉を漏らす。
「出鱈目よ、デタラメだわ。敵をやっつけたって民間人を見捨てちゃダメよ。敵が、敵が市街地近くにいるのにわざわざ海から市街地に向かって砲撃するなんて狂気の沙汰だもの、だから民間人を守る為じゃなく、利益を上げる為に戦う民間企業の戦艦なんて、覚悟も出来ていないのに戦場に出たって自分の身を守る為に被害を広げるばかりだって・・・何で分からないのよ・・・チクショウ・・・」
ナデシコは力無く佐世保の軍港へとその身を寄せた、だが寄港に反対する市民はなかった。反対する事の出来る市民がいないのだ。
アキトがナデシコに来る前にいた雪谷食堂店主の才蔵も消えた市民の中に含まれていた。
才蔵は空襲の中、震えているであろうアキトの事を最後まで気にしていながら消滅したのだ。
この様な被害を出したナデシコが放置される訳もなく、連合軍は直ちにナデシコを接収し、責任者である艦長のミスマル・ユリカの身柄を拘束。
後日銃殺刑に処される事になる。
「メグミさんは残念でしたけど、これで私とアキトさんの邪魔をする最大の障害はクリアー出来ましたね。うふふふふ」
逆行者である星野ルリは薄暗い笑みを浮かべた。
<アイングラッドの後書き>
うわっ、前よりもダーク・・・。
一応、前作の続きっぽいアイデアが頭に浮かんでしまった物で。
しかし、テレビ版の1話でグラビティー・ブラストを佐世保上空に向かって撃ってましたが大丈夫だったんですかね?
管理人の感想
アイングラッドさんからの投稿です。
うわぁ、容赦ないですねぇ(汗)
この後、ユリカ以外のクルーがどうなったのか凄く気になりますな。
責任はユリカがとったとしても、ナデシコに乗っていたという事実は何処までも付いてくるでしょうし。
・・・・・・・・・アキトとルリだけは職に困る事はないか(苦笑)