作者:EINGRAD.S.F
ボゾンジャンプという経過時間ゼロ移動・・・つまり時間移動技術が存在するこの世界では平行と分岐、そして修正と云うパラダイムシフトを繰り返しつつ過去から未来へと続いている。
それを知るもの達によって失敗しては戻り事態の修正を図られた。
この歴史のキーポイントで脈絡の無い唐突な変化を見せる事があるのは、それが結果を知る或る者にとっての不利益を結果的に起こさせない様に原因を書き換えている事があるからだったりする。
古代火星人にとって単なる輸送手段でしかなかったボゾンジャンプの演算装置はそれを生み出した文明と異なる価値観を持つ人類文明によって、過去を変革する魔法の杖として使われている。
だが、過去の未来を知る者達はその力に溺れやすく、自分達がその当事者である事を忘れて自己の目的の為に容赦ない事を行う。
当人は良かれと思っての事なのであるが、これから起こりうる事実を知るだけにそれを知らない他人を低く見てしまいがちである。
事態はこういう風に動く、だからこうしなければならない事は分かり切っているのに、この時代を生きる者はそうしようとしない。私の指示通り動けば良いのに勝手気ままに動き回ってそれをしない、焦れったい、だったら力尽くでもどうにかしなければならない、それが正しい正義の道なのだから。
逆行者達がそんな心理に陥りがちなのは或る意味仕方がないのかも知れないが、それらファクターによって歴史は更なる上書きを積み重ねて行く。
最初は幻聴かと思った。
『ねぇ今は2196年で良いのかな?』
いきなりコレである。
何の脈絡もない確認の声が聞こえてきたからてっきり逃避行動の一種なのかなと思ってしまった。
まあ、今の私の境遇からすれば逃避に走っても何の不思議もない、いや寧ろ自然だと思うし。
『ねえねえ、2196年で良いんだよねぇ?』
だから無視していたのだけど、無視したのを無視していつもまでも問い掛ける物だからつい根負けして言葉を返してしまった。
「そう2196年よ 今忙しいんだから静かにしていてっ!」
少しきつい口調で誰もいないのに声を上げてしまったので、変な目で見られてるのよきっと。ああっ、たぶん可哀想な人を見るみたいな目で私の事を見られてるんだ〜。
ユリカちょっとショック。
そうして落ち込む私にあの幻聴がまた聞こえてきた。
『そっか〜、じゃあイネスさんの実験は成功したんだ。流石イネスさん』
イネスさんて誰? 少なくとも連合宇宙軍の関係者には聞いた記憶が無いし〜、ナデシコに乗ってからも無かったし。これでも士官学校で首席を取る事が出来ただけあって私の記憶力は他の人よりも優れている、らしい・・・私は昔からこうだったから良く分からないけど・・・。
そう言う訳だから、私はイネスさんなんて言う人の事は知らない。火星時代にまで遡ってみても同じ。
『それじゃ、未来の悲劇を防ぐ為に・・・ゴメンね私』
何かそんなセリフを聞いた途端・・・激しい頭痛が私を襲った。
私の意識が、何かに乗っ取られて行く様な、記憶が無理矢理書き換えられていく見たいな、私が消え去っていくのを感じる。
『抵抗しないでっ! 未来の悲劇を回避する為には・・・こうするしかないの。私がアナタになってパンジーの乗組員さんやサツキミドリ2号の人達、火星の生き残りの人達が犠牲にならない様に、そして火星の後継者を。じゃないとアキトが、沢山の人が』
彼女がそう言う度に膨大な情報が流れ込んでくる・・・そして私が薄れて行くのを感じる。
確かにそれは悲劇だった・・・如何なる手を使っても防ぐ価値があるけど・・・やっぱりダメッ! 私は私らしく・・・ミスマル家の一人娘ではなく・・・私らしく、ユリカらしく生きたいからお父さまの手を離れて・・・「イヤッ! 私の中に入ってこないでぇっ!?」
私は一杯一杯になりつつも、私に入ってこようとする存在・・・半分以上同化し掛かってるけど・・・未来からイネスさんによって過去へと逆行してきた私が、私は、私に、よって・・・過去の私であるミスマルユリカの抵抗は少しずつ弱まってきた。
「イネスさんから抵抗はあるって聞いていたけど・・・キツイなぁ」
それはそうだろう、私だって理由があるからと言って理不尽に自分が消されなければならないって言われたら抵抗するもの、でも過去の私を消してでも私にはやるべき事があったのだ。
火星の後継者から解放された私の命は風前の灯火だった。それでもアキトが帰ってくるまではと頑張ったけど・・・ルリちゃんと一緒にどこかへとランダムジャンプしてしまったって聞いて、一気に病状は悪化し、脳死寸前にまで至ったらしい。
イネスさんは私を救う事の出来ない自分の実力に苦悩しながら最終手段として再度私を遺跡にリンクさせた。
既にこの時、私の肉体は限界を超えていた。
クローニング技術は未だに稚拙で、私には使えない。
代替手段としてイネスさんが最も高い確率として選んだのが再リンクさせる事。
だけど、火星の後継者の様に人間翻訳機として固定するのではなく、再度人間の肉体に宿らせる為、そう過去の私の肉体に精神のみを移植させようと言うのだ。
私が生きていく為には肉体だけではなくその生活環境すらも変えなければならない。
その為には歴史に未来の情報でメスを入れて、A級ジャンパーが火星の後継者によって拉致されない歴史にするしか根本的に解決が不可能だと言う事。
しかもたった一人で・・・、未来の歴史で夫となった天河アキトも、義理の娘の星野ルリちゃんもこの歴史にはいない訳で、たった一人の逆行者として私は孤独に戦わなければならない。
だから、過去の私には消滅して貰わなければならなかった。
イネスさんは完全私に吸収されるか、弾き出されるかと言っていた・・・けど、まだ私の中で過去の私は抵抗している。
『アナタが悲劇的なのは分かったけど私は私らしく最後まで自分は自分でいたいの。邪魔しないで』
「ごめんなさい・・・でも・・・イネスさんの理論では玉突きの様にアナタの心も少しだけだけど逆行出来るかも知れないって言ってたから・・・ごめんね・・・言い訳にしかならないけど・・・サヨナラ」
私は過去の私の心を繋ぐ絆を断ち切った。
遺跡とリンクしていた私は何故かこう云う精神的な制御が可能になっていた。マシンチャイルドみたいに・・・。
サヨナラ、昔の私。頑張って悲しい歴史を回避してみせるから・・・許して。
完全に身体を支配下に置いた私は身を捩ってみた。
けど、後ろ手に縛られた姿勢にあり身体が上手く動かせない。
よくよく観察してみると目隠しされていて目も見えない。
必死になって目隠しを外そうとして頭を振っていると優しそうな男の人の声が聞こえてきた。
「どうしたミスマルユリカ。何か不都合があるのか? 簡単な事なら聞くが?」
「あ、えーっとハハ。目隠し外して貰えます?」
私がそう言うと男の人は感心した様な溜め息を吐いた。
「そうか、分かった。君は恐怖に負けて戦闘中にミスを犯したが、意外に豪胆だったんだな。分かった、目隠しを外してあげよう」
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばんさ」
そういうとシュルシュルと音を立てて目隠しが外された。
「あ、あと出来れば手の方も自由にしてくれるとユリカ嬉しいんですけど」
「・・・流石にそれは出来んな・・・さて、そろそろ時間だ。覚悟は出来ているね?」
「はい?」
「よろしい。では気を楽にしていなさい、すぐに済むからね」
そう言うとオジサンはカツカツと軍靴を立てて儀礼的に足を上げ、前に並ぶ軍人さん達の列に戻っていった。
あ、窓の向こうにお父さまがいる。
何で泣いてるのかな?
「ではこれより刑を執行する」
オジサンがそういうと軍人さん達の小銃を持つ手に緊張が走った。
「全隊構えっ!」
掛け声と同時に銃口が全部私に向けられた。
「はい?」
「射てぇっ!!」
ぱん ぱん ぱんっ!
あ・・・つ、い。熱いよアキト・・・。
「莫迦者ッ! 躊躇うなっ! 長引かせるだけ彼女は苦しむのだぞっっ!! 貸せっ!!」
ぱんっ!
3人目の逆行者。
暗闇の中、私は13段の階段に進んでいる。
結局、「ミスマル家の娘としての私ではなく、私の意志で私らしく生きたい」と云う思いを貫徹する事になってしまった。
だが、私が選択し、行動した結果なのだから誰を怨めよう筈もない。
私の担当官には最終意志確認を済ませた。
もはや、運命は決している。
今の私のせめてもの願いは、最後の最後まで私らしくありたいという事だけだ。
目隠しされたまま手を引かれて少し明るい所に来た。
ここで私は刑に服す。
死刑が確定した後、その方法の選択は私の意志に委ねられた。
最も多くの死刑囚が選ぶのは睡眠薬入りの薬殺、少数が首吊りや電気椅子を選ぶ・・・けど、これは即死という訳ではないと聞くと直ぐに撤回するらしい。
変わり種は切腹だけど、介錯する人が居ないから・・・。
そして私が選んだのは銃殺だった。
この刑が処されるのは実に150年振りだそうで、ある意味ネルガルに感謝。
歴史上、刑法で死刑制度が廃止されたり復活したり、今は戦時中と言う事もあって死刑制度は有り。
艦長用の契約には、お葬式以外にも選択する事が出来たのだ。
ならば、史上最悪のバカ艦長にはこんな最後がふさわしい。
お父さまは政治力で終身刑に減刑して、戦後に行なわれるであろう恩赦に期待していたみたい。
でも、私はそれだけの事をしてしまった。罪は罰によって贖われなければならない。ならば、何も未練はないもの。
怖いよ、もう何も出来なくなる。
嫌だよ、素敵な友達と言葉を交わす事も出来ないし。
逃げたいよ、でも、私が殺した二万五千四百五十六名の人達と住む所を失い家族を殺され、自らも大怪我を負った佐世保周辺に住んでいた人達が見ている。
自分の命が惜しくて周りを見ずに命令を下したのは私、私が責任を取らなければ・・・非難の目がナデシコのクルーに向けられたら・・・死んでも死にきれない。
だから・・・。
私はもう逃げられない、何より自分が許さない、でも自殺する気はない、殺されたくない、でも逃げられないっ! ・・・・・・悲しい・・・・・・怖いよ・・・アキトォ・・・。
『・・・カ・・・ユリカ・・・ユリ・・・』
ジュンくんの声が聞こえる。
ここ何年も私をサポートしてくれた同い年の幼馴染みの男の子、私の大切なお友達。
『ユリカ、ユリカしっかりしなよ』
おかしいな、私は銃殺されて・・・されたっけ? 何か・・・未来がどうとか・・・
「ユリカしっかりっ、そろそろ海底トンネルを抜けるよ」
「へっ!? それって?」
「どうしたんだいユリカ、急にボウッとして。そろそろ地下ドックから海底トンネルを抜ける所じゃないか。しっかりしてよ、上じゃ囮のエステが待ってるんだよ」
「えっと・・・ああ・・・アキトが・・・だったよね?」
「大丈夫なのユリカ」
ジュンくんは不審気な顔で私の事を見ている。
「えっと、じゃあここは佐世保?」
「当たり前じゃないか。ナデシコが地下ドックで木星蜥蜴の襲撃を受けて、囮のエステバリスで引きつけてる間に脱出し、敵ロボット兵器を一網打尽にするって決めたのはユリカじゃないか」
「そっか・・・そう言う事なんだ。ウン分かった、作戦の変更を行います」
私の突然の宣言に艦橋内はざわめいた。根拠は、私の体験してきた記憶の中だけだけど・・・説明している隙は、無い。
恐らく敵はエステバリスが直前まで地上で戦っていた所為で海面スレスレにナデシコに取り付いてくる筈、敵の目標は今はエステバリスだけどより脅威度の大きいナデシコに変更してくる。そうすればエステバリスはアキトは大丈夫、けど艦橋が危険に晒されては拙い。
「いきなりどうしたのユリカ」
唐突な私の変化にジュンくんは戸惑っているみたい、でも時間がないの。ゴメンね。
「海面へと浮上すると同時に対空ミサイルを近接モードで射出、弾幕を張って敵を近寄せないで下さい」
「え、一体何を」
「復唱はっ!」
「あっ、うん。対空戦闘準備、対空ミサイルは近接モードで。タイミングは?」
「浮上したら直ぐにエステバリスに当てない様に。ミナトさん」
「はぁい、なに? 艦長」
航法担当のハルカ・ミナトさんが聞いてくる。
この人は大型宇宙船の限定解除から複葉機までのあらゆる運転免許とそれに見合った操縦技術を持っている。だからこんな事は彼女にしか頼めない。
「艦を海中で倒立し一気に一〇〇〇〇メートルまで上昇、インメルマンで上昇してくる敵戦闘機群の下まで一気に降下しグラビティー・ブラストを撃ち上げます」
「ふぅん、航行イメージはこんな感じ?」
そう言ってコミュニケに表示させたイメージ図に線が記入してあった。説明は受けたけどやっぱりコミュニケって便利なんだ。うんバッチリオッケー。
「ハイ、コレでお願いします」
「了解〜♪」
「ちょっと待ちなさいよ」
すると副提督が又金切り声を上げ始めた。
「そんな事したら艦の中が滅茶苦茶になっちゃうじゃない」
「大丈夫です、重力制御が効いてますし、ナデシコのメインコンピューターなら細かい制御もお手の物ですから。ルリちゃん」
「ハイッ」
私が声を掛けると何故か彼女は私の事を怯える様な目で見つめていた、だから私は安心できるようにニッコリと笑ってあげた。
「ルリちゃんは戦闘は初めてなんだから思兼の制御に専念していてね」
「ハ、ハイィッッ」『戦闘は初めてなんだから』ってもしかしてバレてる? 私が逆行者だって事が。
どうしたんだろう。こんなにビクついて、あっそうか、やっぱり初めての戦いで緊張しているんだね、うん。
あ、そうだ一応。
「ジュンくん、一応艦内に格闘戦を行う旨警報を出して置いて。ムネタケ中佐の疑念も以っともですから」
「了解」
「艦長・・・アンタ」
「ご安心下さい副提督、むざむざ民間人の犠牲を出すつもりはありません・・・敵の思惑には乗りませんからワタシ。ルリちゃんもそんなに緊張しないで、しっかりね」
「ハイ、ハイッッ」間違いない、絶対に確実にバレてる。
「もう、ハイは一回で良いんだよルリちゃん。そんなに緊張してると思わない失敗をしちゃうよ頑張ってね」
「・・・・・・・・・」
どうしたのかな? 顔色が凄く悪い・・・けど今は戦いに集中しなきゃ。
「それじゃあ艦を倒立させまぁす」
海底ゲートを抜けたナデシコがミナトさんが操作し、艦首を上に向けた。艦上部を佐世保に向けて、艦底を沖合に向けて。
流石ネルガル製の重力制御装置は完璧、前世紀の潜水艦でこんな事やったら大惨事だったもの。技術の進歩に感謝感謝。
「準備完了〜。機関出力は余裕あるし、こっちはいつでも大丈夫よ」
「了解、ナデシコ発進ですっ!」
鈍い軋み音と共に艦尾の核融合推進器が出力を上げたのが体感出来た。全速力で突進・・・と行きたいけど、海中でディストーションフィールドは展開出来ない、つまり気圏内ではディストーションフィールドを展開する事によって艦の剛性を補助するナデシコはそれ程スピードを出せない、けど却ってそこが狙い目。
浮上した直後、速度の遅いナデシコを認識して木星蜥蜴は目標をナデシコに変更する、残り少ないジョロと合体したバッタはこちらに向かってくるはず。
わざわざ地下ドック内に隠してあったナデシコを襲ったって事は間違いない、ナデシコを知っている木星連合が・・・って木星連合って一〇〇年前の月独立派の末裔で・・・クリムゾングループと結びついている・・・どうして私がこんな事知って・・・そうか逆行してきた私に弾き飛ばされた時自意識が融合し掛かっていたから知識が私にはあるんだ。
でも、それは後、今は目の前の事に集中、未来の私は百戦錬磨だったかも知れないけれど、私の初陣は今。
私は私らしくありたいの、だから。
「ナデシコ海面に到達っ!」
「対空ミサイル発射、ミナトさんっ」
「りょうかぁい」
ナデシコの巨大な艦影を見せつけながらついでに花火を上げて関心をこちらに向ける。これで木星蜥蜴はこちらに向かってくる。間違いない。
ディストーションフィールドを纏い、ゆっくりとした加速でナデシコは上昇を開始した。
「木星蜥蜴、追尾してきます。地上残存戦力はほとんど無い模様」
「分かりました、アキトには自衛戦闘以外の行動を禁じて下さい。せっかくこっちに引きつけられているのに関心が向こうに向かったら台無しだから」
「はい、分かりました」 アキトさんの実力ならこれ位の敵なんか相手じゃないのに。やっぱりばれていないのかな? 分からない、このユリカさんが素なのか、未来からの逆行者なのか
「ミナトさん、敵が近すぎない様に、離れない様に」
「分かってるわよ艦長。心配しないで、要するに珍走族の先頭車輌みたいなモノよね」
「あはは、言えてますね」
と言う訳で付かず離れず敵を引きつけてナデシコは垂直に上昇して行く。
「高度一万」
「ナデシコ急速回頭、水平にぃ〜OK、急速降下っ」
ナデシコはこの巨体からは信じられない様な捻りを加えながらスピードを殺さず急速に方向転換を二度続けて急降下に入った。
重力制御が進んでもやはり重力圏内では重力を利用したインメルマンターン等の古典的マニューバーが有効に働く、勿論艦内重力については一定方向に固定、いつかの・・・そう、火星重力圏内に突入した時の様に壁が床になったりなどする筈がない。
方向転換の際は追尾側に有利になる、予想針路に対してショートカットが効くから、でもその少ないタイミングをディストーションフィールドで防御し、敵の下にまわる。
「敵戦闘群天頂方向に引き離しました」
「了解ミナトさん、針路そのまま、艦首を敵戦闘群に向けて回頭を」
「分かった」
ディストーションフィールドで包まれているナデシコは進行方向に艦首が向いていなくても真っ直ぐ飛ぶ事は可能、加速は艦尾の核融合炉及び相転移エンジンの推進器を使用するので難しいけど。
と言う訳で古典的大気圏突入用宇宙機の様にバリュートを付けたみたいに艦尾を下にしてナデシコは急降下しながら軸線を敵に向けた。
「こんなもんでどう?」
「ハイ、OKです、グラビティ・ブラスト発射っ!」
ナデシコ両舷に付けられたディストーションブレードの間に空間の歪みが生じ、前方に向けて黒い奔流が放たれた。
それは敵戦闘群を呑み込み、蒼空へと消えて行く。
「ナデシコ現位置に一時固定、その後佐世保に帰港しエステバリスを回収します。宜しいですね」
今まで黙って見てくれてていたネルガルの会計係さんのプロスさんに訊いてみる。
「ハイ、最良の結果を出して頂きネルガルとしても大変にありがたいものです。さすがですな艦長」
「いえ、それほどでもないですよ〜」
なんだかんだ言ってもネルガルの意向には逆らえない、今のところは。
そうこうしている内にナデシコは佐世保に戻った。
すると佐世保市民の皆がナデシコに向かって手を振って歓迎していた。
前は私が殺してしまった佐世保の皆が・・・嬉しい。
後で聞いた話だが、私達は丁度払暁に戦闘を開始した、そんな時間帯だったが流石に大規模な戦闘だった為、市民は皆飛び起きて戦闘の様子を眺めていたそうだ。
地上は夜、つまり地平線の陰に隠れ日の光が当たっていない場所であるが、戦闘が行われた高空は太陽と地球の位置から一歩早く地平線から昇った太陽の光を浴びる事となる。
だから彼らの頭上でナデシコは白い船体を輝かせ、そして連合軍が惨敗し続けてきた敵を打ち砕いた。
ネルガルのスキャパレリプロジェクトによって建造されたナデシコシリーズは戦い方によっては神にも悪魔にもなれる、いや、なってしまう。
その両方を体験してしまった私は最良の選択をし続けなければならない。
PS.
「あ、艦長」
一時間後、プロスさんから抗議の電報と計画の変更が伝えられた。
「先程サツキミドリ2号から連絡がありまして」
「はあ」
「実は先程撃ったグラビティ・ブラストなんですが・・・ビッグバリアーを突き抜けてサツキミドリ2号まで届いてしまったようで・・・」
「え゛っ・・・」
「いやいや、射程距離外だったので人的被害は出ていないのですが、港湾施設が使用不能でナデシコに積み込むはずだった補給物資がコンテナ毎持ってかれたと言う事なので、慣熟航行の後の予定に少々変更が出てきました。それからエステバリスパイロット3名は地球で合流する事になりました、勿論0G戦フレームも一緒に搬入されます」
「なるほど・・・因みに」
「ハイなんでしょう」
「どうして宇宙で必要になる0G戦フレームを宇宙で補給する必要があったのですか? 途中で襲撃を受けたら困ると思うのですが」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ビッグバリアまでは第6防衛ライン・成層圏スクラムジェット戦闘機隊、そこから先は第3防衛ライン・デルフィニウム隊に護衛して貰える様に連合宇宙軍に要請してありますので、やはり政府筋とは仲良くしておかなければいけませんからね、ハイ」
「もしも、ナデシコ内部で軍人さん達がクーデターを起こした時は・・・どうします?」
「理由が」
「理由なら、先程私達が木星蜥蜴を撃破した事で示したと思いますが・・・」
「成る程・・・わかりました、そちらは私とゴート君で対処しておきましょう。艦長は慣熟航行の方をみっちりとお願いします」
「はい、了解しました」
PS2.
佐世保に戻るとアキトの乗ったエステバリスを回収した。
私は幼い頃から会っていないと言う気持ちと、新婚旅行で拉致されて以来会っていないと言う記憶の両方からいてもたってもいられず格納庫へと走った。
「あ、ユリカ、引き継ぎを・・・」
「ジュンくんよろしくネー」
「ええ・・・はあ」
格納庫に戻るとアキトはルリちゃんと何やら話し込んでいた。
はあ、やっぱりアキトだ、ツンツン頭で優しげな顔立ちで、私の王子様!
「アキトアキトアキトーッ」
もうもうもうもうっ思わず抱きつきって感じで抱きついていった。
「アキトだ、アキト、久し振りだね。元気だった!? ユリカはもうずーっと会いたかったんだぞ」
「そうか・・・オレもそうだったよ、ユリカ・・・」
「ほえっ? 何かアキト雰囲気変わったね」
アキトが浮かべた笑みは、何か凄く重々しいモノだった。むー、久し振りにユリカに会ったって言うのに。
「そうか? いろいろ・・・色々あったからな」
やはりネクラな笑いを浮かべてアキトがそう言った、もしかして・・・分かった。
「ふーん、ハッ・・・もしかして変なモノ食べたんじゃないのアキト! ポンポン痛くないぃ?」
「イヤそうじゃなくてな」
「もー、アキトったら食いしん坊なんだから。あ、そうそう此処の料理長さんて凄く美味しい料理作るんだって。一緒に行かない?」
「行かない。オレはもう料理は作れないからな」
「おやおや、コックさんが料理を作れないとは・・・コレは困りましたな」
プロスさん登場。って言いたくなる位凝った出方。だっていきなりスポットライトを浴びながら床から出てくるんだもの、ちょっとビックリ。
「プロスか」
「はい、プロスですよ。天河アキトさん、アナタはコックとして契約なさってますから、コックさんです。見習いですがね」
「契約更新をしてくれないかな? オレの腕前は見てくれたと思うが」
「ああ、はい、確かに単独でジョロを75機、バッタを25機撃破、大したものです。何処かで戦闘訓練でも?」
「フッ、まあそんな所だな」
「でもダメです。アナタはコックさん。ほら、契約書もありますしね」
「契約は破棄だ」
「ほう・・・違約金は、あるのですかな?」
「ウッ・・・いや無いが・・・パイロットに専念した方が良いと思うぞ」
「うーん、先程の戦いを見せて貰って感じたのですが、アナタは血に酔ってますね、復讐・・・ですかな?」
「なっ・・・いや違う」
「戦闘パイロット、特に宇宙戦闘は常に冷静である必要があります。あのような戦いではとてもじゃありませんが戦いを任せられません。ナデシコのパイロットとしては不適格だと判断しました」
「なにぃっ」
「作戦目的を理解していましたか? あのままで行けば、木星蜥蜴を低高度で迎撃しなければならなかったのですよ? もしも艦長が機転を利かさなければ佐世保の街ごと・・・まあ、そこまでは行かないとしても少なくない被害を出していたはずです。そうなればネルガルの評判はガタ落ち。そんなアナタにパイロットを任せるなんてとてもとても・・・違いますか?」
「あれはたまたま・・・」
「偶々でも巡り合わせでも一回そうした実績を作ってしまったという事実だけで充分なのですよ。天河アキトさん、アナタはコックさんです。もしもパイロットになりたいなら基礎から教えますからその旨を庶務担当に申し出て下さいね」
「庶務担当って」
「私です。ではコックさんは食堂へどうぞ」
ガックリと肩を落としたアキトは重い足取りでエレベーターへ向かう。うう、アキト可哀想、そ、そうだわ。ここは恋人であるユリカが慰めなくては。
「アキトー」
って走り出したら襟首を掴まれた。
「コックさんは食堂、艦長はブリッジへどうぞ」
「でもアキトが」
「ブリッジにお急ぎ下さいね、艦長っ!!」
「・・・はぁ〜い」
ううぅ〜、あきとぉ〜。
<アイングラッドの後書き>
と言う訳で続きが出来てしまいました。自分のホームページの更新も進んでいないというのに。最低ですね(断言)。
TXT入力はPDAで出来るものなので・・・。
それはそうとして何かとんでも無い設定で話が続いてしまいました。
一度起こった事実も後であっさりと覆されてしまうのでは・・・タイムスリップ物の王道ではありますが。
さて、2度目の上書きで佐世保を破壊しなくなった為に、この時系列のユリカは不幸を繰り返さずに済みました。だがこれが最後の逆行者とは思えません、きっと第四第五の逆行者が・・・。
因みに最初の上書き世界の続きは♪♪♪さんが書いてくれるそうなので楽しみです。
ではでは。
代理人の感想
む、なんか妙に八方丸く収まってしまってますな(爆)。
逆行ルリさえ変な悪巧みをしなければこのまま大団円かも。
でもそうは行かないんだろうなぁ(苦笑)。