機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第十八話[特訓の成果、そして目指すは月]
「みなさん、地球を目前に大変申し訳ないのですが・・・」
言葉通り地球を目前に控えたブリッジ内で、プロスが艦内全体に放送をかける。
「本社よりの命令で、急遽ナデシコは月面へと艦を向けることとなりました。」
「命令とは、地球と連絡が取れたということですか?」
「おそらく、月面に連合軍が展開しているおかげでしょうね。中継機ってとこかしら。」
ジュンの疑問に、イネスが割ってはいる。
おそらくナデシコに木星軍の後ろをとらせ、軍に恩を売るためだろう。
ナデシコが地球を出るだけで連合軍に与えた被害はデルフィニウムやビックバリアなど小さくない。
「ルリ、月までは後どれくらい掛かる?」
「船速を最大にすれば半日でつけますが、現状のままではさらに半日掛かります。」
「奇襲をするなら、早いほうが良い。俺は直ぐにでも向かうことを推す。艦長はどう思う?」
「コクトさんの言うとおりですが、我々は一ヶ月もの間実戦から離れていましたし。」
「大丈夫だよ、ジュン君。確かに実戦じゃなかったけど、私たちあんなにがんばったじゃない。」
ジュンが迷いを見せるが、ユリカの言葉と笑顔に背を押される。
たしかに三週間もの間、毎日俺達はシミュレーション内で訓練を続けていた。
まだ甘い所はあるがジュンにユリカ、パイロットたちは十分に腕を上げてきている。
「ナデシコはこれより船速を最大にし、木製蜥蜴の背後を取ります。パイロットは常に三人は待機状態で、ルリちゃんとラピスちゃんは警戒を常に行ってください。」
「船速最大へ、ラピラピ道案内よろしく。」
「航路は出しておくけど、解らなくなったら言って。」
「それじゃあジュン君、私も先に休憩とっておくから後で交代に来るね。」
「解ったよ、ユリカ。」
ユリカがジュンに告げるとにやけてアキトに声を掛けようとするが、アキトが顔を向けたのは俺。
「コクト兄さん、ちょっと話があるんだ。」
その真剣な顔によほどの話だろうと思い、頷き俺とアキトはシミュレーションルームへと向かった。
「正直に、答えて欲しいんだ。コクト兄さんから見て、俺の腕は上がってる?」
パイロットの中で、一番成績が悪いのはアキトだ。
素質は一番あるとは思う、訓練中動きそのものは悪くないのだが一向に成績があがらない。
「上がっているはずだ。事実シミュレーションで、お前は撃墜されるまでの時間の平均が一番高い。」
それは事実なのだが、俺とトキアに攻撃があたった事が一度も無い。
他の皆は訓練中、撃墜することは無くても攻撃を当ててはいる。
「ならなんで、攻撃が当たらないのかな?」
「ちょっと待て、トキアなら客観的にこういうことを考えられる。」
俺はアキトを制すると、コミュニケでトキアを呼び出した。
「そんなことで、呼び出したのかよ。」
説明を受けたトキアの第一声は、つまらないことで呼び出されたといった感じだった。
「そんなことって、俺だけ成果が出てなくて焦ってるんだよ。」
「わかったよ。シミュレーション内容変えてやるから、やってみろ。これが一番解りやすいから。」
しぶしぶアキトがシュミレーター内に入っていくと、トキアはシュミレーターの設定をいじりだす。
どうやらエステバリス同士を戦わせるのではなく、無人機を敵として想定するようだ。
「いいかアキト、これから百機の無人機がお前を襲うから勝て、できるから。」
「ちょ・・百機なんて、勝てるわけ無いだろ。」
「問答無用、行け。」
トキアが強制的に、シミュレーションを作動させる。
状況は既に百機の無人機にアキトが囲まれており、ピンチから始まった。
アキトはまず自機を動かし的になることを避けると、一番数の少ない包囲の薄い場所を突っ切った。
「なかなかの判断だ。」
「訓練でアレだけやったから、それなりに見えてこないと。」
包囲を抜けたアキトは振り向くと、二丁のライフルを構え確実に数を減らしていく。
だが数に任せて無人機が押し寄せてくるとライフルをいさぎよく捨て、イミディエットナイフを構え無人機を切り捨てていく。
「訓練時よりよっぽど動きがいいが、何故訓練中にこれだけの動きをしない?」
「しないんじゃなくて、出来ないんだろ。シミュレーションって解っててもためらってるんだよ、俺達を攻撃することを。」
また俺は、わかっていなかったということか。
以前にもこんな情けない気持ちになったな。
俺がそんなこと考えている間も、アキトは無人機を確実に落としていった。
【コクト兄さん、急いで格納庫に向かってください。】
シュミレーターのビジョンを見ていると、慌てた様子のルリがウィンドウを開いてくる。
【敵はナデシコが、火星を出た事を知っていたみたいです。前方に三隻だけですが、戦艦と無人機多数発見です。】
「艦長の判断は、どうなっている?」
【奇襲でなくてもこのまま行けば挟み撃ちができるということで、作戦は続行だそうです。】
「解った。直ぐにアキトと、トキアもつれて出撃する。」
「三隻か・・俺達は、補助に回ってみるか?」
「月の前に、丁度良い腕試しだ。」
俺は先ほどまで考えていたことを頭のすみに押しやり、アキトとトキアを連れて格納庫へ向かった。
【俺とコクトはナデシコを護る事以外しないから、考えてやってみな。】
パイロットは全員出撃したが、俺とトキアは一定以上近づいてきた敵だけをライフルで狙い打つ。
これだけ相手戦力が少ない戦いは珍しいが、皆が自分の力を実感するにはちょうど良い。
【ヤマダ機とスバル機は前へ、戦艦を狙ってください。アマノ機、マキ機、アキト機はその援護。】
ジュンの命令で、それぞれが位置につく。
いくら戦艦を狙えといわれても、直ぐに近づくようなことはしない。まずは隙ができるまでむやみに突っ込まず、確実に無人機の数を減らしている。
戦闘に入りすぐにグラビティブラストをチャージしてはいるが、使うようなことはないだろう。
【ヤマダ、どっちが多く落とすか賭けないか?】
【無人機じゃ、数えるのがめんどくせえ。手っ取り早く、戦艦の数で勝負だ。】
二人は両手にイミディエットナイフを握り近づく無人機全てを切りつけていたが、話が決まると二人同時に左右に別れ行動を起す。
群がっていた無人機を大きくかわすと、その場を三人に任せて飛び立つ。
【勝手だなぁ、二人とも。】
【余裕は必要だよ、アキト君。防戦だけなら、私たちだけで十分だし。】
【そういうこと、さっさと片づけて目指すはお月様。】
スバルとヤマダが敵の中央から退いたことで気にせず撃てるのか、三人の撃墜速度が上がる。
そして戦艦に取り付こうとした二人は可能な限り無人機を無視すると、イミディエットナイフを突き出し戦艦のフィールドに突っ込んでいく。
【一番手は貰ったぜ、ヤマダ!】
【そいつは、こっちもだ!】
ズゴォォォガアァァァン!
戦艦二隻は慌ててフィールドを強化しようとするが、間に合わずにフィールドを破られ轟沈していく。
【思った以上に、やるようになってるじゃん。今回は、いらなかったみたいだね。】
「まだ、解らない。最後の戦艦は既にグラビティブラストのチャージを止め、フィールドを強化している。」
【ヤマダ機にスバル機、最後の戦艦はすでにフィールドが強化されている。これから送る場所から、二機同時にフィールドを突き破れ。】
【【了解!】】
ジュンから入った通信に、賭けの事を遠くに追いやって二人は返事をする。
指示された場所は、ちょうど二人が直線状になるようにフィールドに突っ込める点。
同時に二点に衝撃が加えられると、強化されたはずのフィールドが破られ早くも3隻目が沈みだす。
ドゥオオォォォァァァン
【ちっ・・命令だから仕方ねえけど、同点かよ。】
【同点だったら、サドンデスだろ。後は無人機相手だ。】
そう言うとヤマダとスバルはアキト達と挟み込むように、無人機を追い詰めていく。
十分に及第点だ。命令を最優先させたことも評価できる。
【コクト君とトキアちゃんは、先に戻ってていいよ。私たちで十分だし。】
【エースの二人は、体力を温存ね。月じゃ頼りにしてるわ。】
【それじゃあ、お言葉に甘えて戻るかコクト。】
【そうだな、本番までまだ三時間はある。】
俺とトキアは、言われるままに格納庫へと自機を向けた。
ブリッジへ着くと戦闘は既に終わっており、機体の回収にはいっていた。
「自分の力が実感できたか、艦長?」
「僕の力じゃないですよ。みんなの力が、それにさっきの戦艦の挟み撃ちはユリカのアイディアです。」
「そんなことないよ、ジュン君ちゃんとやれてたもん。皆もそう思うよね?」
「そうそう、昔の副艦長よりはぜんぜ良いよねぇ。」
「もー、ミナトさんのいじわる〜。」
ユリカが頬を膨らませたことで、ブリッジに笑いが訪れる。
月の大艦隊にまで今と同じようにはできないだろうが、なんとかなるだろう。
「プロス、月にいる両軍の戦力はわからないのか?」
「先日の情報なのでもはや古いですが、連合軍はアリウムを筆頭に出してきたことからかなり本気で月奪還を狙っているのでしょう。木星蜥蜴は、チューリップが二十隻、戦艦は二百を越えています。」
「アリウムか・・」
「自分が鍛えた部隊だろ、心配ないって。」
トキアが俺の背中を叩いてくる。
確かに心配だが、信頼もしている。だてに一年間もの間、一緒に戦っていたわけじゃない。
「それじゃあ、月に着くまでちょっとブリッジクルーも休憩入れようぜ。ここには俺がいるから、一時間程度でも休憩してこいよ。」
「休憩って、トキアさんはどうするんですか?」
「出撃前にしてたし、さっきもろくに戦わなかったから平気だよ。」
「ルリとラピスだけではない、月に着いたら休んでる暇もない。トキアの言うとおり、みんな少しだけ休んでおけ。」
俺の言葉にみんなこんな時に休んではいられないという顔をするが、無理にでも休ませなければ月では今までのように早期決戦は望めない。
「コクトさんの言うとおりです。休める時に休むのも、仕事です。」
ジュンにも促されたことで、皆が席を立ち始めた。
「撃墜数は戦艦に向かっていた分ヤマダとリョーコが少し少なめだけど、大体同じような撃墜数だな。」
「それはいいが、体のほうはどうだ?」
「前にも言ったけど、自覚症状はないからね。死ぬかどうか疑い始めてるよ。」
ブリッジに二人っきりになったことで、気になっていたことをストレートに聞く。
本当にそうならどんなに良いことか、俺はともかく二人には幸せになって欲しかったのに・・・
「それにまだ、宣告された時間は二年あるんだ。それまでには全て終わらせるさ。」
そう言って眼を細めたトキアの顔には、固い決意が見えた。
だが本当にそれでいいのか?戦って戦い続けて、戦いが終わった時に死ぬ。
自分以外の奴がそうしていることを見て、初めてその凄惨さがわかる。
「あの頃より、確実にみんな強くなってきてる。」
「ああ、ただの無人兵器にやられることは間違ってもないが、このまま勝てるか。」
「勝てるさ、一応ネルガルの機密の一部だから今まで見せなかったけど、これが今ネルガルで研究されている。」
トキアが見せたのは八ヵ月後にようやく完成するはずの予定だった、コスモスやカキツバタの設計図。
ここにあるということは、出航前には設計図だけでも既に出来ていたということか。
それにこっちの設計図はエステバリスのようだが、少し外見が異なっている。
「こっちのナデシコシリーズは知ってるだろうけど、こっちのエステバリスが俺の切り札だよ。」
そこにはこう書かれていた、システム ドーリスと。
「お久しぶりですわ、隊長。お帰りなさいませ。」
月を争いぶつかる、木星蜥蜴と連合軍
その場には、地球最強のエステバリス部隊[アリウム]の姿が
久しぶりに会うことで、胸に想いを膨らませる紫之森
彼女を見てコクトの心はどう動いていくのか
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[ナデシコ参戦、第一次月面会戦]
〜あとがき〜
トキアって暗くなったり明るくなったり、一番裏表を使い分けてる人だ。えなりんです。
今回はみんながこれぐらいは余裕で強くなりましたよ的お話でした。
アキトも一応初心者脱出。これ以上強くなっていくかはお楽しみという事で。
今回は前回投稿を忘れていたので、一挙二話です。十九話に続きます。
2003年10月31日(木)、えなりん。
代理人の感想
ん〜〜〜。
黒アキトが自分を客観的に見たこと以外はさほどイベントも無いというか。
後「シュミレーション」じゃなくて「シミュレーション」です。
間違ってる人多いので気をつけてくださいね。