機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十三話[崩壊の序曲、引き金は破壊の力]
ドゴオォォォォァァァン
遠くから現れた十一機のエステバリスは、おそらく以前トキアに見せられた設計図の完成形。
知識では知っているつもりだったが、これほどの性能だとは思ってもいなかった。
俺ですら・・援護に入る隙が無い。
ズゴァァァァォォオン
「ヤマダ、スバル下がれ。ドーリスに巻き込まれたら、無駄死にだぞ。」
【何なんだよ、アレは。チームワークとかそういうのじゃない、完璧すぎる。】
【・・強さの、次元が違う。】
【良いから、下がれ!】
目の前で羽虫のごとく落とされていく無人機のみならず、戦艦を見て呆然とする二人の手をとり、無理やりナデシコのいる位置まで下がらせる。
ドーリスは完璧だった。一糸乱れぬ陣形、お互いを補い合い高い攻撃力を保有する。
【コクトさん、アレは一体・・・トキアちゃん、なんですか?】
「アレは、トキアが発案したシステムだ。指揮官機から、複数のエステバリスを同時に操作するシステム。」
ジュンからの通信に、手早く答えてやる。おそらく誰がと言う疑問は、ブリッジだけが持っていたものじゃない。
ドゴォォオオァン
ドーリスが参戦してから二十分。四隻目のチューリップが落とされる。
だが、ナデシコに向かってくる敵がゼロになったわけじゃない。
「艦長、呆けている暇は無いぞ。東の包囲網があいている、そこからナデシコを撤退させろ。」
【でもそうしたら、トキアちゃんが・・・】
「ナデシコがここにいたら、トキアの邪魔になる。一時撤退だ!」
【・・わかりました。ミナトさんナデシコを東から撤退させてください、パイロット各員は向かってくる敵だけに対処してください。】
【コクト兄さん、トキアさんを置いていくんですか!】
【言ったはずだ。ここにナデシコがいては、トキアの邪魔になると。】
トキアが来るまで、ナデシコも全くの無傷だったわけじゃない。トキアが作ったチャンスを逃すわけには行かない。
俺はセイヤさんにラピッドライフルを射出してもらうと、それを手に近づく無人機を撃っていく。
ドーリスの猛攻はいまだ止まらず、すべての機体が無傷のまま敵を落としていっている。
【コクト君。】
敵を落としていると、イネスから秘匿で通信が入る。
【一時後退はかまわないけど、敵を全滅させたらすぐにトキアちゃんを回収しなさい。おそらく、帰ってくるだけの力は残ってないはずよ。】
「どういうことだ?」
【ドーリスはまだ試験も済ましてないのよ、そこにどんな副作用があるか・・それにあの子の体のこと、知らないわけじゃないでしょ?】
「イネスこそ、知っていたのか?」
【なんとなく、だけどね・・・頼んだわよ。】
通信が切れると、トキアの操るドーリスへと目を向ける。
集中しているのか、しなけらば操れないのか、トキアへの通信は一切がはじかれる。
「艦長、包囲網を抜け距離をとったら、そこから反撃を始めろ。ヤマダ、エステ隊の指揮は任せる。」
【任せるって、コクトはどうするんだ?】
「俺はここに残る。事情は後で話す、早く行け!」
【りょ、了解です。トキアちゃんの事、頼みます。】
ナデシコが包囲網を抜け一定距離離れるのを見送ると、俺は向かってくる敵を掃討し始める。
不安と混乱が広がるナデシコに不用意な発言などできない。
トキアを無事に回収するには、俺まで離れるわけには行かなかった。
敵五十六%の破壊を確認。
・・・・・引き続き四十四%の敵、排除。
「四、五、六番機、左手に展開敵を足止めしつつ七、八番機でチューリップを排除。」
「了解、排除します。」
四、五、六番機を十時方向仰角プラス二十度に展開。四番機はそのまま戦艦を排除。五、六番機は無人機を排除。
・・五十機・・・百機・・・・二百四十五機の無人機を排除。
戦艦の排除成功。直ちに七、八番機をチューリップへ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チューリップの排除完了。
九番機、十番機がナデシコの守護を終え、帰還。
「次の命令を、どうぞ。」
「九、十番機を隊列に組み込み、残りのチューリップ五隻を排除。」
「了解、すべて排除します。」
一、二、三番機を十二時方向に展開。四、五、六番機を六時方向に展開。
・・・・二百・・・四百・・・・・・八百十二機の無人機を排除。戦艦二十隻排除。
七、八番機を十時方向のチューリップへ。九、十番機を七時方向のチューリップへ。
・・・・・・・・・・・七、八番機排除完了。九、十番機も排除完了。
一、二、三、四、五、六番機無人機をさらに千二百一機排除。戦艦三十一隻排除。
敵八二%の排除を確認。
「どうやら、ナデシコも無事のようですね。後は、彼らだけでも大丈夫でしょう。」
「敵は今だ現存、排除を続行します。」
全機敵を排除、繰り返す全機敵を排除。
「トキア、何をしているのですか!貴方はシステムの一部になることを拒んだのでしょう、しっかり自分を持ちなさい!」
「敵は排除・・排除。」
「トキア!」
排除・・・排除・・・・・・・・・・
「・・・・・うっ・・・俺は。」
「もう、敵はほとんど戦力を残していません。システムをとめなさい。」
「わりぃ、何がなんだかわからなくなって、助かったよ。」
「私は、私の思うとおりにしただけです。それにほら、お迎えが来ました。」
【大丈夫か、トキア?】
ウィンドウで、コクトが話しかけてきていた。
システムの一部になることを拒んで、結局なりかけて・・・何やってるんだ、俺は。
それにしても遺跡のやつ、俺を止めたりしてどういうつもりだ?
「なんとか・・・ただもう、力残ってないから残りのチューリップは頼むわ。」
【わかっている。ナデシコに帰ったらすぐにイネスのところに行け。格納庫に待機しているはずだ。】
「わかったよ。」
意識を持ったまま、何とかドーリスを連れてナデシコに向かう。
「なぁ・・私の思うとおりってどういうことだ?」
「それについては、後日貴方にお話します。それより今は、体のことを考えなさい。」
それっきり遺跡は黙ってしまい、俺は体に鞭打って何とかナデシコまでたどり着いた。
ドーリスをナデシコ内に持ち込むと、待っていたのはイネスとセイヤさん。
セイヤさんは見たことの無い技術に、興味を抱いているだけだろうが・・イネスはちょっと怒ってるっぽい。
「無茶をしたものね、トキアちゃん。」
「・・・必要だったから、使ったまで・・だ。」
「なんだこれは、アサルトピットがねえじゃねえか。誰が乗ってたんだ!」
「ウリバタケさん、邪魔よ。」
「はぅ!」
ドーリスを見ていて騒いでいたセイヤさんを、注射器一本で黙らせるイネス。
「イネス、後頼む。もう・・立ってる事もできそうに・・・無い。」
「そうでしょうね。試験もしてない機体に乗って・・ただし目が覚めたら覚悟しておきなさい、エリナが色々と問い詰めてくるわよ。もちろん、私もね。」
イネスがにやりと笑ったのを見たのが最後で、俺は意識を失った。
気がついたのか、それとも夢なのか、俺がいたのは真っ白で何も無い空間。
「ここは、前にも着たことが。」
「ここは貴方の深い意識の底。以前貴方が昏睡状態の時も、私が貴方をここから連れ出しました。」
振り向いたその先にいたのは、少女の姿をとった遺跡。
意識の底の割には、我ながら殺風景なところだな。
「貴方は再び、昏睡状態に入りました。今度も外には出れますが・・今後、ドーリスを使うのはやめなさい。」
「なんでだ?」
「アレは危険すぎます。現に貴方は昏睡状態となり、それ以上にアレは貴方をシステムそのものとします。」
「はは・・言ってることが、バラバラだなお前は。」
無性におかしくて、声を出して笑ってしまう。
そうだよ、最初にそう言ってきたのは誰だよ。他でもない。
「お前がシステムの一部になれって言ってきたんじゃないか!」
「・・・それは、否定しません。」
相変わらず何の感情もこもっていない声だが、それでも遺跡が目を伏せたような気がした。
「ですが、私はずっと貴方を見て考えていました。貴方が言った、生きるという意味。それを私は知りたい、その為には私はもっと貴方の姿を見る必要があります。」
「お前・・すっげぇ、我侭だぞそれ。」
「かまいません。私は私の思うままに、するだけです。」
「それが我侭だってんだけど・・まあいいや。」
馬鹿らしくなって先ほどの怒りが、四散してなくなってしまった。
遺跡のことはもういい、それよりこれからのことを考えなければならない。
ボソンジャンプのこと、今回のナデシコを包囲したチューリップのこと、そして戦争のこと。
「んじゃ、俺もう起きるわ。」
「かまいませんが、できるならナデシコに私の居場所を作って欲しいのですが。」
「それも、お前の思うままにか?」
「生きるという事を知るには、比較対象がいりますから。」
最後に見た遺跡の顔は、少し笑っていたようにも見えたが・・たぶん気のせいだ。
目を覚ますと多分医務室のベッドなんだろうけど、お腹の辺りが重い。
ルリちゃんとラピスが椅子に座ったまま、もたれかかって寝ている。
「そっとしておいてあげなさい。さっきまでずっと、起きてたんだから。」
「イネスか・・アレからどれくらいたった?それに、あの後どうなった?」
「貴方は、丸一日寝てたわ。そして貴方が気を失った後、運良く、軍が現れたわ。」
「運、良く・・ね。」
イネスもただ運が良かったとは思ってない口ぶりだ。
大方反撃の力がそろいつつある軍は、ナデシコを疎ましく思い始めたのだろう。
単独で火星に行き、帰ってきた戦艦。
軍のことより世論はナデシコを注目しているため、汚点でも作りたかったのだろう。
戦争はあくまで軍がヒーローでなければ、次期に民衆の矛先が軍に向かってしまうから。
「ナデシコも無傷じゃなかったから、一度ネルガルに戻ることになったわ。それまでに、色々と言い訳考えておくことね。」
「エリナにか・・・それより、頼みがあるんだけど。」
「私に、なにかしら?」
「ドーリスのすべての資料と、現物を処分する手伝いをして欲しい。」
遺跡が使うなと言ってたけど、俺もよほどのことが無い限りアレはもう使いたくない。
システムの一部となりすべてを破壊するだけの人形、正直今思い出すと体に震えがくる。
俺がうかつだった。アレは人の超えてはいけない一線を超えてしまってる。
「本当に、貴方はそれでいいの?」
「ああ、かまわない。」
「データは、貴方のほうが消しなさい。慣れてるでしょ?現物はウリバタケさんにでも渡して、普通のエステに戻してもらいましょう。」
満足のいく答えをもらうと、ルリちゃんとラピスを起こさないようにそっとベッドから起きる。
さらに二人をベッドに寝かせ、布団をかけてやる。
「二人が起きたら、俺が目を覚ましたこと伝えておいてよ。」
「かまわないけど・・何処へ行くつもり?」
「たぶん、ブリッジかな?」
あいまいな答えを返すと、医務室を出る。
向かった先はブリッジなどではなく、ナデシコ内で一番使われる頻度の少ない洗面所。
「ゴホッゴフゥ・・うぇ・・・・気持ちわりぃ」
口の中に広がる胃液の味と、血特有の鉄の味。それらが混ざって第三の酷い味が出来上がる。
水道の水を最大で出し続け、すぐに流しきってしまう。エステ酔いや、ドーリスの後遺症なんかじゃない。
この感じは以前にも感じたことがある。体からすべての力が抜けていくこの感覚。
「本当に・・死ぬんだな、俺は。」
「まだ死ぬまでには、一年以上も時間があります。」
「そういう問題でもねえけど、死ぬってわかってるほど嫌なものはねえな。」
袖口で軽く口元を拭いつつ、胸元のネックレス・・遺跡へと言葉を返す。
「強者も弱者も、人は等しく死ぬものです。」
「お前のそういうところ、直したほうがいいぞ。生きるって事を知りたかったら・・・」
「善処します。何故、医務室を出たのですか?そこでなら、多少の治療はできますが。」
「万が一にも、二人には知られたくないんだよ・・・」
自分が死ぬのはもちろん怖い。けど、それ以上にあの二人がそのことで悩む姿は見たくない。
「なあ、今すぐ人間の姿とれるか?」
俺の言葉に何の疑問も持たずに、すぐさま遺跡の少女がきらめきとともに姿を現す。
遺跡の中であった時と、さっき意識の中で会ってこれで三回目。
触れられるのか・・そんな簡単な疑問も浮かばず、現れた遺跡を引き寄せ、抱きしめる。
「少しの間、我慢してくれ。」
「震えて・・いるのですか?」
「怖いんだよ。未来ではすべての希望を捨てて戦った、でも今度は希望を持って戦った、幸せになれるかもしれないって。」
少しでも希望を持ったせいで、考え方に甘えが出るシビアになりきれない。
誰かのため、ナデシコのみんなのために戦うのはいい。でも、みんなが幸せになって俺一人が取り残されて・・消えていく。
そう、消えるんだ。辛い過去は忘れるもの。
それが普通なんだ、悪くない。でも・・・・いつか、みんなは俺を忘れていく。
「私は、どうすればいのですか?」
何の打算もない、純粋な問いかけ。
「少しだけでいい・・このままで、いさせてくれ。」
戻ってきて誰かに弱みを見せたの、はこれが二回目。
俺はしばらくの間、遺跡の胸をかり泣いた。
「ルインです、よろしく。」
ついにネルガルにボソンジャンプの実態が明かされる
エリナやイネスはどう動いていくのか
今度こそアカツキは、無視されずに意見を口に出来るのか
そしてトキアの連れてきた少女の今後の行動とは?
次回機動戦艦ナデシコースリーピース
[ナデシコ修理中、つまり休暇中]
〜あとがき〜
なんと言うか・・・こいつは凄い威力だぜ!みたいな表現って難しいですね。えなりんです。
システム・ドーリスはこれでお役御免。強さのインフレ失敗です。
あと、十七話の「トマトジュース=血」事件は、本当にトマトジュース飲んでただけです。
つまり、今回がトキアの初吐血!いやいや・・・喜ぶ事でもないですけど。
こういう著者と読者の誤解って文章力不足から来るんでしょうね。一人称だからってのもあるでしょうが、精進です。
それでは、次回はちゃんとした役目のあるオリキャラの(前からいたけど)登場です。お待ちください。
2003年11月10日(月)、えなりん。
代理人の感想
なぬ、これで終りですかドーリス!
・・・・・何か最終回あたりで敵として出てきそうな気がわじゃわじゃとするんですが(笑)。