機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第四十七話[覚醒、白き抑制者]
『いやあぁぁぁ!!トキア、トキア!』
『コクト君!誰か、誰かコクト君を!』
『嘘だ・・嘘だろ、こんな簡単に・・・死ぬわけねえ!』
『コクトにぃ!トキア!!』
『・・嘘、だって・・・後でって。』
聞こえる。
みんなの叫びが、電子的な情報と化して頭に流れ込んでくる。
愛するものを目の前で失った叫びが、大切な仲間を救えなかった叫びが。
みんなの叫びが、聞こえる。
「ユーチャリス、それにシャクヤク。聞こえていたらエステバリスを回収し、遺跡の内部に退避しろ。失いたくなければ戦うな!」
【その機動兵器に乗っているのはテンカワ・・・なのか?】
「そうだ。はやく退避しろ。」
ジュンの問いに短く答えるが、大切な人を殺され、それで退けるはずが無い。
例えそれが、どんなに愚かな選択であっても。
【退くなどで来ませんわ。隊長が・・・コクトさんが!】
【そうだ。コクトも、トキアも殺されたんだ!】
奇麗な顔を歪ませ叫ぶ静音さん、憎しみを全身に纏わせるヤマダ。
「「今は退くんだ静音。ヤマダ、すぐに熱くなるのがお前の悪いくせだと言ったはずだ!」」
俺の口から別の、コクト兄さんと俺の声が重なるように出る。
【そのお声は・・・隊長?】
敵を前に悠長に話など出来ない。ユーチャリスとシャクヤク二隻に通信をつなげる。
「「ルイン、俺はまだここにいる。泣いている暇があるなら、今は退くんだ。ジュン、冷静に現状を考え最善の行動をとれ」」
原理も理由も知らない。ただ、コクト兄さんとトキアが今俺という器の中にいる。
とてもいつものような迅速な行動とはいえなかったが、それも仕方が無い。
ゆっくりと二つの戦艦は動き出し、多重フィールドに守られる遺跡へと降りていった。
そして俺は、赤天丸の北辰とシステムドーリスに操られる少年を前にする。
トキアが破れたのは、両軍に伝わっているはずだ。時間が無い。
「まとめて相手をしてやる・・・来い!」
【いまさら貴様が出てこようと、状況は変わらぬ。】
さもつまらぬそうに言う北辰。少年はただ、目を血走らせ震えていた。
声にならぬ叫びだったが、確かに少年の声が聞こえた。
十機ものドーリスが、俺と北辰どちらにもかまわず攻めてくる。
人並みはずれたスピードに完璧な陣形を売りにするドーリスだが、搭乗者がただの子供のせいかその性能は全く生かされていなかった。
「一つ、二つ!」
向かってくる五機のうち、すれ違いざまにグラビティカノンを撃ち込む。
体は鍛えられていないはずなのに、まるであの頃の俺のように、自分そのものであるようにブラックサレナを操る。
北辰も同様に、向かってくるドーリスを確実に落としていく。
「いくら性能がよくても、所詮は子供か。」
ドーリスを相手にするだけ無駄だ。
自らを守るすべも知らない子供が操る隊長機へと、一気に距離を縮める。
コックピットから覗く顔は、確かに子供だった。
死にたくなければ、失いたくなければ、戦わなければいいんだ。
例えそれが強制されたことでも・・
「俺は、コクト兄さんほど甘くない!」
グラビティカノンのロック先は、ドーリス隊長機のコックピット。
寸分たがわず発射された弾はコックピットを貫き、ドーリスをただの鉄の人形へと戻した。
そのまま大地へと落ちていき、砕けた。
【どうやら、貴様も我を楽しませるだけの資格はあるようだな。】
まるで新しいおもちゃを見つけたような、喜びにあふれた声。
「悪いが、リクエストには応えられそうに無い。死ね。」
同時に上空へと羽ばたく、赤と黒の両機。
俺はすぐにグラビティカノンを捨てると、格闘用のブラックサレナの両腕を出す。
たしかに、前回は紙一重の差で俺の勝ちだった。
しかし今なら、無傷のブラックサレナと俺。トキアと戦い、所々傷ついた赤天丸と北辰。
結果は見えている。だが、奴には奴にふさわしい死に方をしてもらう。
俺の体中に浮かび上がったのは、ナノマシンの紋様。
【来ないのなら、こちらから行くぞ。テンカワ アキト!】
おそらく、先ほどのオーバーロードのせいだろう。スピードが、がた落ちだ。
向かってくる赤天丸を避けもせず、ただ受け止める。
「北辰、お前は選択を誤った。俺が隊長機をおとしている間に逃げるべきだった。」
【まだだ、まだ我は負けておらぬ!】
負け惜しみではなく、本気だ。
自分が負けるなど、かけらも思っていない。だから罠にも気づかない。
赤天丸の手を離すと、再度警告する。
「決着なら、お前の機体が直ってからでも遅くない。退け、北辰。」
【くっ・・これは退却ではない。一時勝負を預けておくぞ、テンカワ アキト。】
ボソンジャンプの体勢に入ったのか、ボース粒子の光が集まりだす。
そっと距離をとる。ボース粒子の光が収束しはじける一歩手前、赤天丸から別の光が集約し弾けた。
爆発四散する赤天丸。ボース粒子が最大にまで収束すると、爆発するようにハッキングしておいたのだ。
北辰より先にドーリスの相手をし、わざわざ逃げるように促したのはハッキング対策をしのぐための時間稼ぎ。
自らの手で自らの命を絶つ。外道には、似合いの末路だ。
「後は、本当の意味での後始末か。」
火星の大地に散らばる鉄くずを後に、俺は皆が待つ遺跡の最深部へとジャンプした。
この時わずかに遺跡の遺産により優勢を保っていた木星軍が、地球軍を破り火星へと降下してきていた。
「アキトー!!大丈夫何処か痛くない?いきなり居なくなって、心配したんだから。」
「おわ!」
ブラックサレナを降りると、待ち構えていたように抱きついてくるユリカ。
ごめんというと、あっさり許してくれる。
「あれ?アキトなんだか背が伸びて・・・あー!!アキトの髪が、トキアちゃんみたいに銀になってる!」
言われて初めて気づいた。
あの時ジュンが、テンカワなのかと聞いたのはそういうわけか。
ユリカを押しのけて立ち上がると、ルリちゃんとラピスが走りよってくる。
「アキト兄さん・・・トキアさんは?」
「コクトにぃがいない。」
「おいで、二人とも。」
二人の姿が見えないことで、実感が曖昧になっているのだろう。
それでも涙を流す妹二人を抱きしめる。
もし、俺の考えが正しければ・・・・哀しい夢は、夢のままでいいんだ。
抱きしめたまま、そっと二人を眠らせる。
「それで一体全体、なにがどうなってるんだい?こちらとしては、説明して欲しいんだけど。えっと・・」
俺が二人を眠らせた頃合いを見計らって、アカツキがくちびを切る。
「アキトでいいさアカツキ。説明してやるよ。コクト、アキト、トキアにまつわる話。」
つまらない話だけどなと付け加えると、シャクヤクを降り遺跡内部へと移動したクルー全員に目を向ける。
それぞれの目には、憎しみ、諦め、恐怖・・・様々な感情がみてとれる。
希望を抱いているものは少ない。
「もう一つの世界の話。その世界でナデシコに乗ったテンカワは、たった一人だった。」
「一人?僕達は、トキア君とコクト君とアキト君の三人が、ボソンジャンプしてきたって聞いてるけど。」
「三人じゃない。ボソンジャンプしたのは、テンカワ アキトただ一人。」
意味がわからないという顔をするものが大半だ。
それも仕方が無い。つまらないけど、長い話なんだ。
ぽつり、ぽつりと話し出す。
ナデシコに乗ったこと。戦争の中での激しく、でも楽しかった日々。
戦争が終わってからの、ユリカとルリちゃんと俺での三人の生活。
新婚旅行のフライトでの事故死。
その後の復讐の始まり・・・そして、終わり。
「ちょっと待ってよ、アキト君。コクト君やトキア君は、いつ出てくるの?」
待ちきれずじれた感じのミナトさん。
ミナトさんだけじゃない。コクトとトキアに好意をもつもの、全員だ。
「出てこないよ。元々、テンカワ コクト、トキアなんて人間存在しないんだ。」
「存在しないって、いないってどういうことだ?」
「コクト、トキアの本当の名前は、アキト。三人が三人とも、テンカワ アキトその人なんです。」
ヤマダの疑問の声に応えたのは、ルインちゃんだ。どこにいってたのか・・
「遺跡を少し調べてきました。電子の皇帝と黒の執行者の死・・・すでに事態は、完全に私の手を離れてしまいましたから。」
「また、新しい単語が出てきましたね。」
「う〜、わけわかんないよ。」
神妙な顔をしつつ、必至に内容を噛み砕くジュンに、頭を抱えるユキナちゃん。
まあ、説明してるのは気持ちの整理つけるためにしてるようなものだから、別に理解しなくてもいいんだけどね。
「さっき北辰って奴に復讐したところまでは話したでしょ。その後俺は、ラピスをエリナに任せてブラックサレナで宇宙を遊泳した。生きる意味を見失って、自棄になってたんだ。」
今は辛い現実を忘れ眠るラピスの頭を撫でてやる。
エリナはラピスと俺を見比べてから、自らの知りえない可能性にこめかみを抑える。
「その時に、不思議な声が俺を呼んだんだ。そして俺は、ナデシコに乗る前にボソンジャンプし、その時三人にわかれた。」
ユリカを愛し、ルリちゃんを家族と見て、仲間を大切にするテンカワ アキト。
ユリカを救えなかったことを後悔し、ルリちゃんの気持ちに気づき、仲間を大切にするテンカワ アキト。
ユリカを憎み、ルリちゃんを求め、仲間を大切にするテンカワ アキト。
自分で事実を確認するように口にする。
「それぞれがアキト、コクト、トキアになった。でもそこには、また別の意味もあった。」
「それが電子の皇帝とか黒の執行者?」
ユリカの言葉を、さらにルインが続ける。
「トキアが電子の皇帝として世のコンピューター全てを掌握し、コクトが黒の執行者として皇帝に歯向かうものを倒す剣に、アキトが白の抑制者として皇帝を守る盾に。そうすることで、遺跡の悪用は起こらない予定でした。」
「ここで一番重要なのは一番最初にそれを知ったトキアが、コクト兄さんと俺を巻き込まないように一人で動き始めたこと。」
「トキアは・・我侭でしたから。」
「結局、テンカワ アキトはどんな姿形になっても、テンカワ アキトだったんだ。誰かに頼ることを知らず。自分一人で、何でも出来ると思ってる。」
その結果がまたこれなんだけどねと付け加えておく。
コクト兄さんだけは、最後の最後で気付けたみたいだけど。俺も、まだ気付けていない。
知ってはいても、実行できなければ同じだ。
ふと、はるか遺跡上空を見上げると、遺跡内に立てこもった俺たちに投降するように、木星軍の草壁が自ら演説していた。
「それで現状を皆に確認させて、アキト君はどうするつもりなの?」
「ん〜、アイちゃんの言う事ももっとも。それでさ、俺遺跡壊そうって思ってるんだ。」
そう呼ばれても意味がわからなかったアイちゃんだけではなく、遺跡を壊すことにみんなが驚く。
なんだっけか、タイムパラドックスだっけ?
遺跡をなくせば全て無かったことに、戦争の理由もなく・・・・皆平和に。
ってわけにも行かないだろうけど。今の現状よりはマシだよ。
まあ、遺跡自身のルインちゃんがどうなるかわからないけど・・チラッと見たら、表面上はいつもどおり淡々としていた。
みんなで、遺跡の前へぞろぞろと大移動。
ルリちゃんとラピスは未だ眠ったまま、ミナトさんとメグミさんに預けてある。
具体的にどうやるのか。間違っても相転移エンジンの暴走による自爆なんかじゃない。
そんなの自爆する前が怖いじゃないか。正解は、俺が遺跡に取り込まれて内部から。
「ねえアキト、本当に大丈夫なの?」
この場合成功するかじゃなくて、次の世界でも会えるかってこと。
「大丈夫だよユリカ。ナデシコの・・今はシャクヤクだけど、クルーは皆強い縁があるんだ。絶対次の世界でも、兄妹だったり、近所の人だったり。何かしら繋がりがあるよ。」
ユリカだけじゃなく、皆に向かって宣言する。
確信があるわけじゃないけど、それに近い自信はある。
「なんか・・妙にハイテンションっていうか、明るいわねアキト君。」
「トキアとコクト兄さんとアキトが、ごちゃごちゃに混ざってるからね。トキアが濃くでてるのかも。」
「遺跡を開きますよ。」
ミナトさんに答えてあげると、横からルインちゃんが言ってくる。
「結局、私が遺跡だとは、最後まで話しませんでしたね。」
「元がなんであれ仲間・・・それでいいじゃん。」
「そうですね。」
小声には小声で返して、開いた遺跡へと歩みを進める。
多分これが正解なんだと思う。それがたとえ、俺の中だけのことであっても。
誰も戦ったりしない。・・でも、悲しまないかといえば、同義ではない。
「さよならです、トキア。」
口付けの後に放たれた言葉は、二人をわかつ永遠の別れの言葉
どちらも望まぬ別れに涙を流す
どうしようもないとわかっていても、抗うのが人なのなら
ルインは間違いなく、人であった
最終話機動戦艦ナデシコースリーピースー
[新しい世界のはじまり]
〜あとがき〜
トキアとコクトを殺された、まわりの悲しみの表現が足らないのではないでしょうか。えなりんです。
今回のお話で一番言いたかったのは、
「結局、テンカワ アキトはどんな姿形になっても、テンカワ アキトだったんだ。誰かに頼ることを知らず。自分一人で、何でも出来ると思ってる。」
ずばり、これです。
コクトもそうですが特にトキア、何かを変えたければ仲間を集めるべきだったんですよ。
アカツキたちネルガルですら、協力者ではあっても仲間ではなかった。
過剰な力を持ってしまった故と言うのも、少しはありそうですが。
結局、結末はこんな風になってしまいました。ラストひとやま、お待ちください。
2004年1月20日(火)、えなりん。
管理人の感想
えなりんさんからの投稿です。
う〜ん、見事に自分が言いたい事を最後まで書きましたね。
その精神力には脱帽です。
私自身、まだ自分の書いている物語で全てを書けていませんからね(苦笑)
しかし、最後の最後は遺跡の破壊ですか・・・
う〜ん、このラストは今まで読んだ事が無いパターンですね。
最終話、楽しみにして待っています!!