ピピピピピ―――――
毛布から伸びた手が鳴り続けるアラームを止める。
テンカワ・アキトの朝は早い。
食堂の朝の仕込みをしないといけないということもあるのだが、日頃の習慣から起床の時間になると身体が起きてしまうようになっていた。
「ふぁ〜〜朝か……」
アキトは欠伸を噛み殺しながら上半身を起こした。
いつもと同じ朝だがアキトはどことなくむずがゆいようなもどかしいような不思議な違和感を憶えていた。
「……………?」
まだ完全に開ききっていない目で部屋の中を見回す。
その時、アキトの視界の端に見慣れないモノが飛び込んできた。
黒い毛に包まれた紐のようなモノ
それが布団の端から覗いているのである。
「こ、これ…は…まさか……」
天啓の如くアキトの脳裏にある考えが閃いた。
寝起きの頭に立ち込めていた霧が急速に晴れてゆく。
恐る恐る両手で頭を触ってみる。
「!?」
アキトの顔から音を立てて血の気が引いていく。
「は、生えてる………?!(汗)」
寝癖が付いたアキトの頭には一対のネコみみがピョコンと鎮座していたのであった。
機動戦艦ナデシコSS すとれいきゃっと
「あ!おはようございます!!アキトさん(はぁと)」
「あ、ああ…おはよう、サユリちゃん」
アキトよりも一足早く厨房で朝の仕込みを始めていたホウメイガールズのリーダー格であるテラサキ・サユリにアキトはぎこちない笑顔と共に挨拶を返す。
ナデシコの食堂の朝の仕込みは当番制であり、今日の当番はアキトとサユリの二人という訳なのである。
あの後、アキトは洗面台で顔を洗い身支度を整えるといまだに眠っているラピスを起こさないように部屋を出ると朝の仕込みのために厨房を訪れていた。
ネコみみは帽子で、尻尾はゆったりとした大きめのズボンに押し込む事で誤魔化している。
因みにネコみみも尻尾も神経がつながっているらしく引っ張れば痛いし、尻尾の方は自由に動かす事が出来た。
幸いというべきかどうかは意見が分かれるところではあるが。
「どうしたんですか?アキトさん」
「い、いや、何でもないんだ、さあ、急がないと皆が来ちゃうよ」
「?」
小首を傾げながらも食器の用意を始めたサユリに胸をなでおろしアキトも包丁を振い始めるのであった。
トトトトトトトトトトトトトトト………
厨房にキャベツを刻む音が流れる。
「♪〜♪〜♪」
アキトも調子が出てきたのか包丁の音にあわせてつま先で床をたたきリズムをとっている。
「さてっと……これでよしっと」
一足早くひと通りの準備を終えたサユリがアキトの方を振り返る。
流石はアキトさんね。いい音させてるわ(はぁと)。
もし、アキトさんと結婚したら…こんなふうにふたりで仲良くご飯の用意をするのね(はぁと)…
そして…あ〜んなことやこ〜んなこともしたりして…あまつさえ…きゃあ〜〜〜〜〜もう、わたしったら〜〜〜(はぁと)
どうやら、妄想の真っ最中らしく身体をクネクネさせている、その姿はちょっと笑える。
ふとその時妄想中のサユリは自分の目に不思議なものが映っていることに気が付いた。
………え?
ズボンから何時の間にかはみ出していた尻尾が、アキトのキャベツを刻むリズムに合わせてピョコピョコ動いているのである、それはまるで踊っているようにも見える。
どうやら、アキトは気がついてないらしくテキパキと作業を続けている。
サユリは静かに近づき跪いた。目の前にはクネクネと踊っている尻尾がある。
冷静に自分の目から入ってくる情報を整理する。
な、なにかしらコレ……男の人のおしりにはこんなものが生えているの?
前にだったら生えてるの知ったけど……
あ、実際に見たことがあるわけじゃないのよ!でも……アキトさんのだったら私……
きゃあ〜何てこといわせるのよ〜作者のエッチ!!!
……どうやら錯乱しているらしい。
おちつくのよ!サユリ!!!きっとオモチャに違いないわ!!きっとそうよ!!!
何とか結論が出たらしく、ひとりで何度も頷くと、その目の前で今だ動く尻尾をおもむろに両手でギュッっと握った。
「ひゃうっ?!」
アキトは妙な声を上げビクンと背中を反らした。
背中を反らした拍子に帽子もずれネコみみも顔をのぞかせる。
「あ!!いや!!これは、その!!!」
アキトが慌てて手で隠そうとするが手遅れである。
「………!!!」
思わず頭を抱え込むアキト――しっかりとネコみみの方も押さえている――しかし予想された悲鳴は無かった。
ゆっくりと目を開ける。
そこには思考が着いていかなかったサユリが固まっている姿が……
この時、アキトは固まったままのサユリを見ながらこれからどうしようかなどと考えていたのだった。
「それでどうしたんですか?その…みみと尻尾」
あれから暫くして再起動を果たしたサユリはアキトに向かいあうように椅子に座っていた。
うっすらと頬が染まっている所を見るとどうやらさわってみたいらしい、視線もパタパタと動いてる尻尾を追いかけている。
「心当たりはないんですか?」
「それなんだけどね……昨日はアリサちゃんとリョーコちゃんのトレーニングに付き合って、それからラピスが風邪気味だったんで医務室に……」
アキトの声が途切れる、そして思わずサユリと顔を見合わせると引きつった笑顔をお互いに浮かべる。
この時ふたりの脳裏にはひとりの白衣の裾をひるがえしながら微笑む片手に注射器がよく似合う美女の姿が浮かんでいたのはいうまでもないだろう。
「で、でも似合ってますよ」
アキトが頭を抱えてしまったのでサユリが慌ててフォローを入れる。
フォローといえるかは少々疑問なのだが。
「はあ〜それじゃオレ行くから……」
そう言うと心なしかグッタリしたアキトは厨房から出て行ってしまった。
アキトの頭に鎮座するネコみみも主人の気分を表すように元気なく垂れている。
アキトを見送ったサユリはホゥとため息をつく。
「アキトさんにネコみみ……かわいい……」(ポッ)
そういうとおもむろにコミニュケを操作し始めるのであった。
「なんだかあつい……」
あの後アキトはいつもの日課であるトレーニングのためにシュミレータールームを訪れていたのだがいつもの元気はなくグッタリとしている。
周囲に気を配る気力さえ残ってないのかピクリとも動かない。
そして、そのアキトをうかがう人影が………
「リョーコさん、あの情報は本当でしょうか?」
「そんなのオレに分かるかよ……でも、確かに帽子を被ってるな」
出入口から室内を覗き込むようにナデシコ女性陣が鈴なりになっている。わざわざ顔だけを出してるところを見ると本人たちは隠れてるつもりらしい。
まあ、傍から見ればバレバレなのだが……
「アキトのネコさんスタイルかぁ〜きっとかわいいんだろうな〜」
「艦長〜抜け駆けはなしです!!」
「そうです!!メグミさんのいうとおりですよ!!」
「ぶう〜〜〜」
メグミ、サラの通信士コンビにつっこまれてユリカが頬を膨らませる。
「本当なの?サユリ」
「あ〜信じてないのぉ!!」
「アキトさんのネコみみか……早く見てみたいな〜」
「大体サユリばっかりズルイよ〜」
「そうよ!そうよ!」
「それにしてもドクターはどうしたのかしら?」
「そんなことより、こうしていても仕方ありません……いきましょう!!」
「そうだね、ルリ!!」
ルリの言葉に一同力強く頷くと素早くアキトの周囲を囲む。
アキトはグッタリとテーブルに突っ伏したまま反応がない。
「「「「「「「「「「「「「「アキト(さん)(君)」」」」」」」」」」」」」」
「みゃ?!」
「「「「「「「「「「「「「「へっ?!」」」」」」」」」」」」」」
「ど、どうしたんですか?アキトさん」
「どうしたの〜アキトォ〜」
ルリとユリカが心配そうに声をかけるがアキト本人は不思議そうに彼女たちを見上げている。
「ふみゃあ?」
「な、何か変ですよ?」
「顔も真っ赤ですし」
「ど、どうしたんでしょう」
「悪い病気じゃないよね」
「で、でも何か可愛い……」
女性陣がおろおろうろたえるなか、プシュっという音と共に白衣を翻しながらイネスがさっそうと現れる。
イネスは豊かな胸を誇るように背を反らすとお得意の台詞を形のよい唇に乗せた。
「説明しましょう!」
「どうしよう姉さん」
「落ち着くのよ、レイナ。こんな時こそ落ち着くべきなのよ!!」
「ね、ねこ?!」
「やあん、なんか可愛い!!」
……聞こえなかったらしい。
「…」
「………」
あっ……こめかみに血管が……
「せ・つ・め・いしましょう!!!(怒)」
「ハイ………」
「オホン…まずアキト君の状態だけど…これは!!……」
「これは?!!」
「発情期よ」
「………」
「……………」
「は、はつじょうき?」
一同が呆然とするなかひとりイネスのみが実に満足げである。
「そ、それじゃアキトさんのネコみみと尻尾はどうしたんですか?」
いち早く復帰を果たしたルリがイネスに訪ねる。
「うふふふ……それは……これよ!!」
そう言うとイネスは白衣のポケットからおもむろに一本のアンプルを取り出した。
アンプルには何のラベルも貼られていない、つまりイネス・フレサンジュのオリジナルということである。
「ナノマシンの技術を応用して作ったイネス・フレサンジュ特製アンプル!!名付けて『メタモくん』よ!!!」
安直なネーミングだと誰もが思ったのだがイネスが怖いので何もいわない。
「そ、それって副作用とかはないんですか?」
レイナのもっともな質問にイネスは心外とばかりに眉をひそめる。
「あら、私が未来の旦那様にそんな副作用があるものを使う訳ないじゃない♪協力者もいたし臨床実験は十分にしてあるわよ♪♪」
はたして協力者の単語が何を意味しているのか、一同の脳裏に注射を打たれる某医務室の主の姿が浮かんだのは言うまでもない。
「けどよ何でそんなもん作ろうなんて思ったんだ?」
「それは簡単よ」
自分の発明をそんなもの呼ばわりされて一瞬不機嫌そうな顔をしたイネスだったがリョーコの質問にはサラリと返す。
「アキト君のネコみみが見たかったから(はぁと)」
「マッドね」
「マッドだったのね」
「やっぱりマッドでしたか」
「マッド……」
「何か言ったかしら?」
「……………」
「え〜と、あの…そう!協力者の方には副作用は出なかったんですか?」
気まずい沈黙に身の危険を感じたメグミが少々強引に話題を変えようとする。
「出たわよ、アキト君よりももっとヒドイやつが」
イネスはそこでいったん言葉を切るとニヤリと笑う。
「聞きたい?(ニヤリ)」
「ええっとお、聞きたいような聞きたくないような……」
その笑顔に引きながらもユリカがおずおずと口を開く。
「そお?じゃあいいわね」
元々話す気はなかったのかイネスはそれついてアッサリと打ち切ってしまった。
「ハーリーィィ!!オレはオレはあああああ」
「ちょ、ちょっと。ヤマダさん何なんですか!!その変な尻尾は!!!」
「オレの名前は!!ダイゴウジィィィ!!!」
「ヒイィィ!!ヤマダさんが剥けていくううう!!!」
「イマこそおおアイとゆウジョうおユウきのなのもトにいぃ!!ガっタいダアア!!!」
「ヤマダさん。いや、ガイさん本能に負けちゃダメです!!もっと気を強くもって…ウワアアアアアア!!!…」
「はあありいいい!!!」
何処からともなく悲鳴が聞こえてきたようだが全員あえて無視した。
だってハーリーだし……
オホンっと一つ咳払いをすると全員を見渡しながらイネスが口を開く。
「それで、アキト君の事なんだけど責任を取って私が面倒を見ようと思うの、ホラ、私だったらいざという時にも対処できるでしょう」
頬が薄っすらと赤く染まっている。
「だ、ダメです!アキトさんのお世話は私がします!!」
イネスの宣言にアリサが噛み付く。
「あら、でも何か副作用が出たとき貴方じゃ対処できないでしょう」
「そ、それは」
イネスの反論にアリサが黙る。
「ちょっと、待ってください!イネスさんはさっき副作用は心配ないっていってましたよね」(ニヤリ)
メグミが鬼の首を取ったようにニヤリと笑う。
「クッ!!」
イネスが舌打ちするのを見て、今度はエリナが口を開く。
「とりあえず、アキト君は私が……」
「あれえ、姉さん。動物は苦手じゃなかったっけ」(ニヤリ)
「くっ!レイナ!!余計な事を!!」
キンジョウ姉妹がお互いに火花を散らす中、次はホウメイガールズが歌うように宣言する。
「なら」
「私達」
「ホウメイガールズが」
「アキトさんの面倒を見ま〜す♪」
「人手もありますし♪」
「あらダメよ、厨房に動物を入れたらホウメイさんに怒られるわよお」(ニヤリ)
サラがニヤリと笑う。
すでにアキトはあくまでもネコ扱いになっているのが哀れである。
「しょーがねーなあ、じゃあアキトはオレが……」
いかにも仕方ないといった口調のリョーコだが言葉とは裏腹に頬が赤く染まっている。
「ダメです。リョーコさんの部屋には他にもヒカルさんとイズミさんがいるじゃないですか」
ルリが冷たい声で却下する。
「やっぱり、アキトと同室の私がアキトのお世話をするべきね!!」
「ダメよ、ラピスちゃん。まだ子供なんだから」(ニヤリ)
「そうそう、ここは私達に任せておいて」(ニヤリ)
「ぶう〜〜〜〜〜」
メグミ&サラの謀略コンビの挟撃にあいラピスが頬を膨らませる。
「それじゃ!!やっぱり私がアキトに手料理を」
「それだけはダメ(です)(よ)(だ)!!!!!」
「ふみいぃぃなんで〜〜〜?」
「それではこうしましょう」
このままでは決着が付かないと判断したのかルリが一同を見渡しながら提案する。
「アキトさんが元に戻るまで順番でという事でどうでしょう?
順番はくじ引きお互いに恨みっこなしといことで……」
「しかたないわね……いいわよ」
流石に埒があかないと考えたのかイネスも渋々と賛同する。他の全員も頷く。
「アキト君もい・い・わ・よ・ね(はぁと)………あらっ?」
イネスがそこに突っ伏しているはずのアキトに振り返る、だがそこにはインスタントコーヒーを啜るアキツキ・ナガレの姿があるだけでアキトの姿は何処にも無い。
「やあ,ドクター。ドクターも飲むか、い………?」
アカツキがいつもの調子でイネスを誘うがそのイネスがただならぬ気配を発しているのに気が付いたのか声が段々小さくなる。
「アカツキ君……アキト君を見かけなかったかしら(怒)」
イネスの右手に注射器が光っていることに気が付いたアカツキは大人しく出入口の方を指差す。
「それはどれくらい前のことですか(憤怒)」
口調だけは穏やかなのだが何処から持ってきたものかサラの手には妙に凸凹した消火器が……
「5分位前かな……ハ、ハハハ……」
乾いた笑いを返すアカツキ。
「ちいっ!!このままだとアキト君が誰かに拾われてしまう可能性があるわ!!急いで捕獲しないと!!!」
「そうですね、他の女性クルーに拾われてしまう前に見つけなくては!!」
「とりあえずは休戦です!!!」
「おおーーー!!!」
何処から取り出したものか巨大網や巨大ねこじゃらしを構えた女性陣がトレーニングルームを飛び出していく。
後には半ば放心したアカツキが残された。
「た、助かった………(滝涙)」
なおナデシコ全域に展開された「アキねこ捕獲作戦」はミナトの部屋で撫でてもらって気持ちよく丸まって眠っていたアキトが発見されるまで様々な場所で余波を巻き起こしながら繰り広げられる事になる。
因みにアキトのネコみみと尻尾は暫くして元に戻ったのだが、それから暫くの間まるでネコのような仕草をするテンカワ・アキト氏の姿が見られたとか……
それはまあ、また別の話である。
――某日某所
「これが例のアンプルね………」
暗くてよく分からないが声からすると声の主は女性らしい、その人物の掌に乗っているのは紛れもなく『メタモくん』である。
「ハイ……彼女は快く提供してくれました……まあ代わりにレポートを渡すとの条件付ですが……」
「それぐらいは何てことないわ……それより飛厘……」
「わかっています……舞歌様」
白衣を着た美人――優華部隊の説明お姉さんこと飛厘が手元のパネルを操作する。
そこに映し出された映像を見て舞歌はニッコリと微笑んだ。
そこには燃えるような真紅の髪をポニーテールに束ねた小柄な女性が映っている。
「ウフフフ……ほくちゃんのネコみみスタイル……楽しみねぇ(はあと)」
木連軍優華部隊総司令官東舞歌。彼女は自分の趣味の為なら手段を選ばない人物だった。
のちに起こった事件は優華部隊の間では「ほくちゃんの乱」とまで呼ばれる大騒動となるのだがこれもまた別の話である。
楽屋にて――
おかしいですねぇ…今回のゲストには医務室の主にして脅威の体組織を持つ男、現代医学の礎たるヤマダ・ジロウさんこと芸名ダイゴウジ・ガイさんを呼んだはずなんですが……
ズルッベシャ……
おやっ?どうやら到着したようですね……
な、なんでしょう?!紫色に水玉模様のワニの尻尾が生えたようなナマモノが歩いてきます!!!
「グルウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
ヒイッ!!何かしゃべってるぅぅ!!!
「オれのおォぉなああまええわあぁぁ!!!」
あ、あのブットイ眉毛はもしかして……
「レえええッツ、げきガいんんンン!!!」
ぬおおおおおお!!!よるなあああぁぁ!!!うきゃあああああああああああああ!!!
プツッ
ザー
『ピンポンパンポ〜ン♪唐突ですが現場からの映像が途絶えましたのでこれにて終了とさせていただきます♪最後までお読みくださり本当にありがとうございました♪』
管理人の感想
encyclopediaさんからの投稿です!!
猫ですか?(苦笑)
どちらかと言うと、ルリちゃんに投薬して欲しかったですね〜(笑)
・・・そうか、アキトに懐くから危険を感じたんだな、イネスさんは(爆)
でも北斗の猫化・・・
すっごく気紛れで攻撃的なネコになりそうだ(笑)
それでは、encyclopediaさん投稿有難うございました!!
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