2月14日――
それは女性が男性にチョコレートを贈ると共にその胸に秘めた切ない想いを伝える特別な日。
その起源は中世ヨーロッパにまでさかのぼると言う。
この名前の由来だが中世ヨーロッパの十字軍において兵士達が何年も続く遠征の寂しさと疲労からその土地の女性と恋に落ち次々に脱走するという出来事が起こったらしい、それを重く見た時のローマ法王が兵士達に対して遠征地の女性との恋愛を禁止するという無茶苦茶な命令を下したのである、バレンタインの名前はこの命令に異議を唱え処刑された一人の司祭の名前に端を発しているという。
兎にも角にも、この日が迫るにつれ世の多くの男どもはその日に贈られるであろう戦果を想像しては一喜一憂し、女性達は意中の男性に想いを伝えようと胸を熱く焦がす………
そして、これはその内の一人の少しだけ不器用な女の子の物語である………
新世紀最初のバレンタインを祝して、機動戦艦ナデシコSS
お〜ぎでんじゅ!!
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ…
厨房で一人の少女がボウルの中身を撹拌する作業に勤しんでいた。
ボリュームのありそうな赤く長い髪を三角巾で包み、フリルをふんだんに使った可愛らしい純白のエプロンが非常に良く似合っている。
「……………こんなものか?」
少女はリズム良く掻き混ぜていた手を止めると泡だて器を眼の高さ辺りにまで持ち上げる、程よく溶けたチョコレートは泡だて器とボウルとをつなぐ極上の絹糸のようななめらかな橋を作る、少女はそれを見ながら不思議そうに小さく呟いた。
彼女はどこか納得がいかないといった顔をしているが、ボウルの中のチョコレートはトロリと固過ぎることも逆に柔ら過ぎもせずなかなか良い感じに仕上がっているようである。
『片想いの相手にお手製のチョコレートを贈ろうと奮闘する女の子』この構図はさして珍しいものではないはずである、にもかかわらず彼女を少しでも知る者がこの場に居合わせたら恐らくは自分は夢の世界にいるのではと自ら自分の頬を抓ることだろう。
彼女の名前は北斗。『真紅の羅刹』のふたつ名を持つ木連軍最強の武人にして、そのふたつ名に相応しい深紅に染めたあげた愛機ダリアを駆る木連軍最高のエステバリスライダーである。
どのようなことがあって彼女がこのような乙女チックなことをしているのか?
ことの次第は数時間前にさかのぼる――
「罵煉詫韻?」
「そ♪聞いたことはないかしら?」
燃えるような真紅の髪の少女のみょ〜に画数の多い漢字を使った台詞に木連軍優華部隊司令官東舞歌は微笑みながらデスクの上で組んでいた手を組みなおした。
「いや、初耳だ…新兵器の名前か?」
訝しげな表情で北斗は舞歌の顔を見返す。
当然というべきか北斗にはこの手の一般知識が見事なくらいにスコーンと抜け落ちている、それは訓練訓練訓練と武術の修練に明け暮れた幼年期を過ごし、最近までは世間とは隔絶された座敷牢に幽閉されていた為であり仕方がないことであった。
座敷牢でも必要最低限の学習は施していたようであるが何にしてもあのどこぞの真っ暗なダンジョンの底で、素っ裸になって怪物の首を刎ねている方が似合いそうな爬虫類系暗殺根暗親父が、バレンタインのような乙女チックなものを教えるはずもない。
「違うわよぉ♪バレンタインっていうのはね、女の子だけが使うことができる言わば究極の奥義なの!!」
「何?!究極の奥義だと!!」
奥義の二文字によほど興味を引かれたのか、思わず目の色を変える北斗に、舞歌は内心でニヤリと、まるで悪者のような笑いを浮かべる、もちろん顔にはそんなことおくびにもださない、ここらは流石と言うところである。
「そ〜よぉ♪女性だけが使うことができる究極の奥義…これをくらえばどんな男だってメロメロなの♪」
「そんな技があったとは………」
よっぽど驚いたのか、舞歌の口調が妙に楽しそうになっていることに北斗は全く気が付いていない。
「驚くのはまだ早いわ、この奥義はここにいるメンバー全員が習得しているのよ」
「な、何?!そ、そうなのか?」
因みにこの部屋には舞歌の他に零夜を除いた優華部隊全員が顔を揃えている。
「今日呼んだのはね、貴女にもこの奥義を会得してもらおうとおもったからなの♪」
「ホントか?!」
舞歌の言葉に瞳を輝かせる北斗。
「ええ、本当よ♪それじゃあ京子、万葉、飛厘、百華、三姫、お願いね♪」
「もちろん!!」
「お任せください!!」
「北斗様には!!」
「しっかりと!!」
「会得して頂きます!!」
舞歌は五人に囲まれ連れられて行く北斗を見送ると、唯一人この場に残った千紗に意味深な微笑を向けた。
「零夜の方は大丈夫?」
「………ええ、ちゃんと見張りもつけてあります」
舞歌の言葉に見て千紗が少し間を置いて答える、その声にはどこか疲れたような呆れたような響きがある。
「そ?なら、万全ね♪あの子には悪いけどこんな楽しそうなイベント……もとい、こんな貴重な経験はあの子に取って必要不可欠な経験だもの♪」
殊更、真面目な顔をしてそんなことをのたまう上官を見て、千紗は疲れたように大きなため息をひとついた。
「それに…舞歌様…いいんですかぁ?あんなことおっしゃって……」
「あらぁ♪嘘はついてないわよ♪」
美貌の司令官はそう言うと有能だが少々お堅い副官に向ってチシャ猫の笑いを向ける。
「貴女の方はいいのかしら♪」
「は?」
舞歌の言葉に、何のことですかと言わんばかりの顔をする千紗。
「いいのかなあ?白鳥君にあげなくてぇ(はぁと)」
「!!」
「このままじゃ、あのナデシコの女の子に取られちゃったりしてぇ〜♪」
「あ、あの!き、急用を思い出しました!失礼します!!」
顔を真っ赤に染めて小走りに部屋を飛び出して行く千紗の姿を、まるで年の離れた妹を見るような優しい目で追いかけながら、ニコニコと微笑む舞歌であった。
ハートの形をした型に程よくとろけたチョコを流し込み、それを冷凍庫に入れて待つこと一時間ほど――
「むっ……もう、いいのか?」
北斗はそういいながら冷凍庫の中から、チョコを流し込んだ鋳型を取り出してみる。
チョコはすっかり固まっているらしく、北斗が指で突ついてみると綺麗に鋳型から外れた。
「………後は包めばいいのか?」
ハートの形に固まったチョコを片手に持ったまま、北斗は色々な材料やなんかが置かれたテーブルに広げられた一枚の紙――京子達が書いたアンチョコ、分かりやすいように可愛いイラスト入り――を覗き込んだ。
「……ホワイトチョコでメッセージ……面倒なものだな……」
口ではナンノカンノと言いながらイソイソと手を動かす北斗である。
2月14日。
あま〜い予感を感じさせる、バレンタインデー当日、地球連合最強の戦艦ナデシコの艦内は緊張に包まれていた。この物語の主人公のひとりである大量確実の黒尽くめの青年も、朝からナデシコ女性陣の猛烈なアタックに目を白黒させていたのだが、そのあま〜い雰囲気を吹き飛ばすように警報が鳴り響いたのである。
「敵機確認しました。これは……ダリアです!!」
ナデシコでオペレータを務めるルリが、少し緊張した声で情報を伝える。
「アキトさん、気をつけてください」
「大丈夫だよ、ルリちゃん」
既に漆黒の巨人に乗り込んだアキトは、心配そうな顔をするルリ達に、安心させるように片手を振って笑って見せる。
「ブローディア出る」
アキトの声に反応して漆黒の機体が飛び立つ、奇妙なことにダリアはナデシコから少々離れた宙域でブローディアが来ても何の構えもとることなくそのまま留まっている。
「どうした?北斗?おまえらしくないな?」
いつもと異なる反応を見せる北斗に違和感を感じたアキトはダリアに向って通信を入れた、直ぐにコミュニケが開きそこに少々凛々しい顔つきをした赤い髪の美少女が映し出される、だが今日の彼女はどことなくモジモジしている、いつもは睨む様にアキトの瞳を見据えている彼女の視線が今日は微妙にずれているのである。
「別に今日は戦いに来たわけじゃない」
「??」
北斗の意外な言葉にアキトが首を傾げる。
「こ、こいつを……その……おまえにな……」
「本当にどうしたんだ?北斗?」
妙に歯切れの悪い北斗に不思議そうな顔で問い返すアキト。
「い、いいから受け取れ!!」
そう言うとダリアはブローディアに向って何かを打ち出した。
「……取り敢えず回収してくれ、ディア」
「オッケ〜♪アキト兄♪」
空間を漂うソレを、取り敢えずは回収しようとするアキトの指示に、ブローディアのAIディアが鈴を転がしたような声で答える。
多少、手間取りながらもソレをなんとかコックピットに運び入れる。
「一体なんだ……?」
ソレは楕円型の所謂カプセルのようであり、手動でも開くように取っ手が付けられていた。
「いいから、開けろ!!」
アキトがカプセルを持ったまま両手で持て余しているのを見て、じれたのか北斗が大声で怒鳴る。
こころなしか頬がうっすらとピンクに染まっているのは気のせいだろうか。
「あ、ああ……」
なんとか開いたカプセルの中からは少々いびつなからも綺麗な包装紙に包まれたチョコレートが出てくる、それを見て思わず口をポカンと開けてしまうアキト。
「ばれんたいんだぞ」
何故か胸を張るように言う北斗、それを見てアキトが口を開く。
「………北斗…バレンタインが何なのか知ってるのか?」
「お前を倒す究極奥義だ」
何の躊躇もなくキッパリと答える北斗。
それを聞いたアキトは顔を伏せる、そして肩が細かく震え出した。
「ん?な、なんだ?おい!どうした、テンカワ!!」
それを見て北斗は不信そうに眉を顰める。そして、等々耐え切れなくなったのかアキトが弾ける様に笑い出した。
「プッ!!アハハハハハハハハ!!そっか、確かに究極の奥義だもんな!!」
「な!何が可笑しい!!こら!!テンカワ!!!」
「あ、ああ、悪いな北斗。うん、確かに究極の奥義だよ北斗」
よっぽど可笑しかったのか、アキトは涙の浮かんだ目尻をこすると、本当に嬉しそうな笑顔を北斗に見せた、アキトの笑顔を見て北斗は耳までも真っ赤にする。
「あ…と、とにかく渡したからな!!」
北斗はそれだけ言うと、ダリアを反転させてあっという間に飛び去ってしまった。
あまりの早業に呆気に取られていたアキトだったが、北斗の飛び去った方を見ながら静かに微笑むとそっと呟いた。
「確かに究極の奥義だよ…北斗……」
さて、あのチョコにどんなメッセージが書かれているのか?
それを受け取った彼が如何するのか?
それはまた別の物語……………
――――これはそう、少しだけ不器用なひとりの女の子の物語である。
因みに、この会話を通信で聞いていた某同盟の乙女達のアタックが、よりいっそう激しくなったのは言うまでもないことである。
その頃――
「………はっ!ここは?こうしちゃいられないわ!!
私にはほくちゃんを俗世間の魔の手から守るとういう崇高かつ重大な使命が……
コラ!!そこの!!早くここから出しなさい!!(怒)」
「………舞歌様、座敷牢の彼女が目を覚ましましたが…ハイ…ハイ、了解しました」
「開けない気ね!!開けない気なのねぇ!!(憤怒)
そうなの?!貴方はほくちゃんを手垢にまみれまくった愚かなる習慣から守るという崇高かつ重大な使命を貴方は妨害する気なのねぇぇぇ!!!」
「………あの〜〜舞歌様?(汗)
………どうも彼女の様子がおかしいのですが…へ?正常?………はあ、そうですか………ハイ、分かりました」
「オォ〜ホッホッホッホッホ。なんぴとたりとも私の行く手を遮る事などできはしないのよぉぉ!!」
「ま、舞歌様!!彼女が何処からか釘バットを取り出して檻を乱打し……え、ええ?!そ、そんなぁ!!」
「待っててねえ〜〜ほくちゃん!!今、零夜がそこに行くからねえぇぇ!!!
でえもぉ……その前にそこのヤツ!!待ってなさい!!今、ボコにしてあげるわ!!!(激怒)」
「ま、舞歌様……ど、如何しましょう……え!!死守ってそんな……あぁ!!切らないでくださいぃぃ!!舞歌様ぁぁ!!!(怯)」
「オッ〜ホッホッホッホォ。待ってなさいねえ!!!」
「ヒイイイイイイイイ〜〜〜檻が破られるぅぅ〜〜〜(号泣)」
『残念ながら、ここから先はあまりにも過激な映像のためお見せすることはできません、最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました』
ああ〜〜間に合いませんでした……
どうも久しぶりの投稿になります、encyclopediaです。
多くのSS作家達が頭をひねるバレンタイン、私も!と思い立ち10日ぐらいから書いてみたのですが、情けないことに遅刻してしまいました……
そんな訳で数日遅れのバレンタインモノになりますが……皆様ど〜か温かい目でよろしくお願いいたします!!
因み文中で使ったバレンタインの起源ですが、デタラメではないと思うのですが正直私も詳しいことは分っていません。そこで、もしバレンタインデーについての詳しい由来なんかをご存知という方がいたらぜひ教えてください。
最後に拙い文章ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。
管理人の感想
encyclopediaさんからの投稿です!!
ふ、ふふふf、こうきましたか(笑)
しかし、encyclopediaさんは北斗がお気に入りなんですね〜
でも、料理できたのか・・・北斗よ?
枝織なら・・・いや、こっちの方がヤバイか(汗)
でも、う〜〜〜ん、原作者も悩む設定だ(苦笑)
それでは、encyclopediaさん投稿有難うございました!!
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