ちくしょう!このオレ様こんなメにあってるのは全てあいつの所為だ!!
あいつは物陰からジッと俺達の様子を常に窺っている。
獲物を狙う猛獣のごとく気配を絶ち、息を潜めてこちらの隙を狙ってる。
ヤツらは近寄ってくる、速やかに、音もなく、黒い一陣の風のように。
はっ!?ヤツが近づくのを感じる、災厄をともなってここへとやって来るのを!!
来るなら来い!女の形をした災厄どもよ!オレは戦うゾ!!このオレのサンクチュアリを守るために!!

                                       
あるひとりの技術屋の日記より

機動戦艦ナデシコSS

ぶらっくすふぃあー

encyclopedia

 

AM10:36格納庫――
格納庫では今日も大勢の整備士達が忙しく動き回りそれぞれの仕事に勤しんでいる。
整備班の紅一点、レイナ・キンジョウ・ウォンも他の同僚達と同様、エステバリスの整備に余念がない。

「ふう……」

レイナは大きく息を吐くと、額に浮き出た汗を首にかけていたタオルでぬぐい、今まで自分がいじっていた鋼鉄の騎士を見上げた。
格納庫の照明を浴び、取り換えられたばかりで傷ひとつない鋼鉄の騎士の勇姿が光を反射する。

「うんうん♪男前になったヨ♪」

ジックリと眺めて満足そうにひとつ頷くレイナ。

格納庫に勇壮に立ち並ぶパイロットごとそれぞれのカラーに、美しく染め上げられたエステバリス達、それはレイナが子供の頃読んだ、中世の騎士黄金時代をモチーフにした絵本の挿絵、黒衣を纏った王に忠誠を誓う騎士達を思い出させる。

ひとしきり眺めた後で、レイナは背筋を思いっきり伸ばした。

「うう〜〜ん、っとぉ……」

長い時間、同じ姿勢でいたためにカチコチになっていた関節が程好くほぐれていくのが分かる。

周囲を見回せば相変わらず、沢山の整備士達が忙しそうに動き回っている。

忙しいけれど、平和な時間。

「さって!もうひとガンバリしようかな?」

再び、作業に戻ろうとした、その時だった。

カサカサ……

物陰からの微かな物音。

「え?何か聞こえた?!」

不思議そうに辺りを見回すレイナ。

そして視線はゆっくりと動き、積み重ねられた幾つかの小型のダンボールのひとつに視線をとめる。

「き、気のせいよね?たぶん……」

そろそろとダンボールに手を伸ばす、するとそこには――





カサカサカサカサ……





「い」





「いっやあああああああああ!!!!!」






「ど、どうしたんだい、レイナちゃん?!」

「何か起こったんだい?!レイナさん?!!」

悲鳴を上げつづけるレイナに何事かと整備班の面々が駆け寄って来る。

「いやいやいやいやいやあああああ!!!!!」

だが、完全にパニックのレイナは相変わらず首を振って叫ぶばかり。
もし、彼女の髪がもう少々あったならば、おそらく見事なぐらい水平に波打っているに違いない。

「お、おい!本当にどうしたんだい?レイナちゃん……」

埒があかないと整備班のひとりが、未だ錯乱状態のレイナを正気づかせようと肩に手をかけようとした、その瞬間。

ヒュン……

風を切る音がして。

ドゴォン!

次に鈍い音が……

「ふべらあ?!!」

整備員の身体は水平方向に吹っ飛び様子を窺ってた他数人も巻き込む。

「ぬおっ!!ミウラが空を飛んだ!?」
「うわあぁぁぁ?!レ、レイナちゃんが巨大なスパナでミウラをぉぉぉ?!!」
「お、落ちつくんだ!!レイナちゃん!!!」
「俺のこともブッてくれぇ!!」

巨大なスパナをめっぽうやたら振りまわし続けるレイナを、遠巻きに窺っていた整備班の男どもが何とか正気づかせようと口々に呼びかけた。

ジロリ……

血走ったレイナの視線が格納庫の隅で怯える哀れな生贄達を捉える。

「うふ、ふふふ、うふふふふふふ………」

乱れた前髪の所為で表情はハッキリと分からないが、どうやら笑っているらしく、その口から不気味な笑い声が漏れる。

「ヤバイぞ、あの目は……」
「兎に角、皆で一斉に飛びかかれば……」
「やるしかないか……」
「素敵だ……
(ぽっ)

ゆっくりと歩を進めるレイナを横目で窺いながら、一瞬のアイコンタクトを決める男ども。

「いくぞ!!みんな!!」

「「「おう!!」」」×残り全員

漢には喩え負けると分かっていても戦わなければならない時がある――

竹ひごを握り締め、強大な魔王に挑む勇猛にして勇敢なる勇者達。

「身のほど知らずがぁぁぁぁぁ!!!!!」(爆)



この日…ナデシコ整備班は…出航から初めて…その業務を完全に停止した……

 

 

AM11:16厨房――
昼食の下準備で慌ただしい厨房で料理長であるリュウ・ホウメイと調理師助手兼ウェイトレスのホウメイガールズが忙しく働いている。
野菜を刻む包丁の音がリズム良く響き、火にかけられている寸胴から、食欲をそそる匂いが立ち昇り鼻腔を刺激している。

カサカサ……

「あれえ?!」

本日のメインのひとつらしいシチューを、焦げ付かせない様に掻き混ぜていたホウメイガールズのひとりサトウ・ミカコが何かに気が付いて声を上げる。

「……やだ!!『クロダさん』よ!!」

まじまじと見詰めてそれが何だか気が付いたミカコが悲鳴を上げる。

「いやあ!!ホント!?」
「ど、どこにいるの!?」
「ミカコ!!ほら殺虫剤!!」
「ホラ!そこそっちに行ったわ!」
「嘘ぉ!!」
「きゃあ!!」

パリンゴガンベシャアパリリピキイクワンガコォンドカァンガッシャアン

おたまが宙を飛び、皿が砕け、煮込みかけのシチューが入った寸胴がひっくり返る。
厨房は蜂の巣を突ついたような大騒ぎ。

『クロダさん』とは飲食店などでの隠語のひとつで、ある昆虫を指す言葉なのだが……

数分が経ち、何とか冷静さを取り戻した彼女達は自分達の手でもたらしたこの惨状に揃って肩を落とした。

「やっぱり、ナデシコにもいたんだ…私ここに来て初めて見た」
「私も…ほんと何処から紛れ込んだのかしら……」
「一匹いたらその三十倍でしょう?憂鬱だわ……」
「はあ、宇宙にまで来てねえ……」
「こればっかりは仕方ないのかなあ……」

ノロノロと後片付けをしながらブツブツと愚痴を言い合う五人。

「あれ、ホウメイさんは?」

その時、割れた皿の破片で比較的大きいものを拾い集めていたミズハラ・ジュンコが彼女の姿がないのに気が付いた。
ナデシコでも頼れる大人であり自分達の直接の上司である彼女が見えないことに、それぞれ後片付けに励んでいた、他の四人もお互いに顔を見合わせる。

考えて見れば彼女が昼食前のこの大事な時に、ドタバタと騒ぎ続ける自分達をそのままにして置くのは余りにもおかしい。
そう思っていた時、入り口から俯き加減でそのホウメイ自身が入ってくる。

「あの…ホウメイさん……?」

他の四人に無言で促されリーダー格のテラサキ・サユリがおずおずと声をかける。

「………」

返事はない。

見れば俯いてる所為で表情は見えないが、その両肩が小刻みに震えている。

うわぁ…やっぱり、ホウメイさん怒ってるのかなあ……

助けを求めるように後ろを振り返ると、他の四人が身振り手振りでもう一度聞くようにサインを送っている。

ううっ…こんな時ばっかりズルイよぉ…みんな……

女の友情は結構もろい。

「あ、あの…ホウメイさん……?」

心の中で友情のあり方について考えながら、もう一度、声をかけるサユリ。

緊張に耳が痛いほどの静寂がその場を支配した、その時――

 

 

カサカサカサカサ……





「やだあ!!またあ!!」

ウエムラ・エリが壁に這いずる『クロダさん』を見つけて悲鳴を上げた。

瞬間。

ホウメイの右手に大口径の拳銃が一瞬で現われる。

「え、え?ホウメイさ……キャア!!」

ドンドンドンドンドンドンドンドン!!!

突然響き渡る銃声に驚き、サユリは両耳を抑えてしゃがみ込む。

チャリチャリチャリーーン

床にバラバラと零れ落ちた薬莢が甲高い澄んだ音をたてる。

「ちい!!仕留め損なったかい!!」

悔しげに吐き捨てるホウメイ。

「あ、あの…ホ、ホウメイさん……?」

背後の四人から突っつかれ、三度サユリが泣きそうな顔で声をかける。

「サユリぃ……」

普段の快活で優しさを内包した普段の声とは違い、地の奥底から響いてくるような底響きする声。

「ひゃい!!」

ホウメイと目が合い、サユリはうわずった声で返事をしてしまう。

「エリぃ……」
「ハイッ!!」
「ミカコぉ……」
「ふぁい!!」
「ハルミぃ……」
「は、はい!!」
「ジュンコぉ……」
「あい!!」

続けて呼ばれ次々と返事をする四人。
その背筋は訓練された兵士のごとくピシッと伸び切っている。

「今日は休業だよ…やらなきゃいけないことができたからねぇ……」

ニタリと笑うホウメイ。

「で、でも、お昼まで……ヒィ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!!!」

タナカ・ハルミが途中まで口にするも、ホウメイと目が合った途端あやまりたおす。

暫く何かを考えていたが不意にホウメイが口を開いた。

「そうだねえ……
じゃあ、仕方ない、ここはあんた達に任せるとしようかねぇ……」

仕方ないとばかりに溜め息をつく。

安堵の為、ホウメイには分からないようホッと息を吐く五人。

兎に角、この場から離れたいと考えていたサユリが出入り口に小走りに駆け寄りながら言う。

「そ、それじゃあ、早速、行ってきます」

「ん?何処に行くつもりだい?」

そんなサユリを見てホウメイが不審そうな顔をする。

「あ、あの、ほら、プロスさんとかに許可とか貰わないといけませんし」
「そ、そうですよ、一応ナデシコって戦艦ですし」
「うんうん、それに何か道具が積んであるかも!!」
「ジュンコあったまい〜〜い!!有るよ、きっとぉ!!」

すかさずフォローを入れる四人。

女の友情復活(笑)

「それもそうだね…頼んだよ……」

「「「「「ハイ!!!」」」」」

返事と共に、文字通り飛び出して行く。

そして最後にサユリが厨房から出て行こうとした時だった。

「ああ、サユリ、ちょっと待ちな」

ホウメイによって呼びとめられた。再び固まるサユリ、今回は既に仲間の援護もない。

ゴキュリ……

そして、クルリと振り向いて。

「な、何ですかぁ?ホウメイさん?」

内心の動揺を必死で隠し表面のみは笑顔で対応するサユリ、多少引き攣ってるのが内心を表していると言える。

「……これを持っておいき」

ホウメイに渡された、やけに冷たくてズシッと重量感のあるものに泣きたくなる。

「いいかい、こいつはピンを抜いて五秒で……ボンッ!だからねぇ心して使うんだよぉ……」

「………(コクコク)」

取り敢えず、見ないようにして仕舞い込むことにする。

「……いきな」

「はいぃぃぃ(泣)!!!」

全力疾走で飛び出して行く。

「ふっ…私もまだまだ青いねえ……」

再び静寂が戻ってきた厨房で、シニカルな微笑を浮かべたホウメイがひとり呟くのであった。

 

 

AM11:47トレーニングルーム――

「どりゃあぁぁぁ!!!いっけえ、ゲキガンフレアーァァァ!!!」

シミュレーターのモニターの中でヤマダ
「オレの名前はダイゴウジ・ガイだあぁぁぁ!!!」ジロウの操るピンクのカラーリングの巨人が宙返りを決めながら周囲のバッタを打ち落とす。

何で『フレアーァァァ!!!』なのかは不明だ、気にしてはいけない、アレな人間の頭の中身など誰も察することなど不可能なのである。

「こらぁ!そこぉアレってのは何だ!アレってのは!!」

筆者に話しかけるんじゃない、この熱血馬鹿。

「何やってんだぁ?アイツ?さっきからひとりで」

一足早く休憩に入っていたスバル・リョーコが、背もたれのない簡易ソファに腰掛けながらスポーツドリンク片手に訝しげな顔をする。

「まあまあ、いつもの発作だよ、きっと」

「だって、ヤマダ君だもんね〜〜」

「発作…発作…う〜〜ん……」

訓練中のヤマダを除けば唯一の男である、ロンゲことアカツキ・ナガレが肩を竦め、アマノ・ヒカルが楽しそうに同意する、マキ・イズミは何時ものようにダジャレを言おうとするが思いつかなかったのか唸ってる。
他の面々も無言で肯き賛同の意を示す。
これだけでこの男が普段からどのように思われてるのか分かると言うものであろう。

「さて、もういっちょいくか!」

もうひと頑張りとばかりに、缶に少し残っていたジュースを飲み干したリョーコが空き缶をゴミ箱に投げ込みながら勢いをつけて立ち上がる。
他のメンツもそんなリョーコを見て、ヤレヤレと立ち上がったその時だった――

カサカサ……

「やだ『油虫』じゃないですか?あれ?」

ナデシコの百合姫、イツキ・カザマが素っ頓狂な声を出す。

「誰が百合ですか!!私は先輩が好きなだけで至ってノーマルですっ!!」

世間様はそう言うのを一般的にはノーマルとは言わん。

「『油虫』?何ですか、それ?」

何の事だか分からない白銀の戦乙女ことアリサ・ファー・ハーテッドが小首を傾げる。

因みに『油虫』とはあの表面のてかりからついた呼び名らしいが……

「あそこですよ!ほらっ!」

イツキの指がヤマダの後頭部を指す。そこには。





カサカサカサカサ……





「「「きゃあぁあぁあぁあああぁぁ!!!!?」」」

リョーコ、ヒカル、アリサの咽喉よりナデシコ全体に響き渡るほどの絶叫が迸る。
三人対してイツキ、イズミの両名は静かなものである。

「私、虫は平気なんです」

サイですか…もうひとりは……?

「ゴキ…ゴキ…ゴキげんいかがぁなんつって……プッ!クスクス」

大丈夫のようですね……(汗)

当の本人は余程興奮しているのか、それとも集中しているのか全く気が付いてない。

ドゴォォン!!

流石に驚いて操縦でもミスったのかモニターのエステバリスが爆発する。

「ちくしょう!!ミスッちまったぜ!!」

悪態をつきながらヤマ
「オレの名前はダイゴウジ・ガイだ!!」…熱血馬鹿がシートから立ち上がる。

そして、身を寄せあっている三人の姿を見て呆れたような顔をする。

「そういやあ、さっきから何を叫んでたんだよ?」

元凶は今だ馬鹿の後頭部である。

「ヤ、ヤマダ君?」

「俺の名前は……」

「ああ!すまない、ダイゴウジ・ガイ君、その…なんだ…そう違和感は感じないかい、そう後頭部辺りに……」

流石に見かねたアカツキが声をかけるが。

「別に」

折角のアカツキの心遣いも馬鹿には通じなかったらしい、何事だと言わんばかりの顔で首を傾げる。
よっぽど居心地が良いのか、あれの動く気配はない。

「「「………!!!」」」

三人がそれぞれ『来るな!!』とばかりに両手を振りまわしてジェスチャーを送る、どうやら言葉にならないらしく必死の形相である。

「ハハハハハ…何やってるんだ?おまえら」

しかし、そこはこの男そんなことに気がつくはずもない。

むやみやたら爽やかな笑顔を浮かべたまま女性陣へ一歩踏み出した、その瞬間。

「『来るな!!』ってさっきから言ってんだろうが!!こぉのくされ馬鹿!!」

言ってない。

ぐしゃあ!!!

馬鹿の顔面に身の詰まったジュースの缶がめり込ん…イヤ、突き刺さった。
崩れ落ちるヤマダ
「オ、オレの名前は…だいごーじ……(ガクッ)」…熱血馬鹿……

彼にかくも過酷な運命をもたらした黒光りするタフなヤツは無傷で傍らのアカツキの足元へ……

それを目で追う三人。アカツキと目が合う。

「ま、まってくれ、三人とも落ちつくんだ…ホラ、こいつも直ぐどっかに…ホラッ!アッチに行け!ホラッ!!」

しかし、そんなアカツキを嘲笑うかのようにそいつは動こうとしない。

無言で簡易ソファを持ち上げるリョーコ。

「ま、待ってくれ、リョーコ君」

灰皿と一体になったタイプのゴミ箱を大上段に振りかぶるはアリサ。

「れ、冷静になるんだ、そんなものはそこに置いて、ねっ!」

観葉植物を鷲掴みのヒカル。

「ほ、ほら!イズミ君!それにイツキ君も何か言ってくれ!!」

痛ましそうな視線を向けながらも無言で頭を振るイツキに、両手でパンパンと拍手を打つイズミ。

 

そして――



「くたばれえェェ!!」
「来ないでェェ!!」
「いやあァァ!!」




ドオォン!!ガシャァァン!!ドゴォォン!!

 

「ご愁傷様です……」「ナンマイダーチーン」

 

 

PM12:28ブリッジ――

「それで、この結果なの……」

エリナ・キンジョウ・ウォンが頭を振る。
彼女の手には、この午前中での一連の騒ぎの被害報告がまとめられた書類の束が握られている。

「整備班壊滅、厨房での発砲騒ぎ、トレーニングルーム半壊……
はぁ〜〜レイナあなた昔からゴキブリとか苦手だったもんねえ……」

報告書のページを捲りながら呆れたように溜め息をつくエリナ。

「あ、あ〜〜!!そんなこと言ってぇ!!
姉さんだって、前にお風呂場にゴキブリが出た時なんか、裸で飛び出してきたことあったじゃない!!!」

発覚!!妹の口から明かされる姉の真実(笑)
会長秘書エリナさん、やり手と評判の彼女の日常は、意外にへっぽこなのかもしれない。

「ちょ、ちょっと、レイナこんなとこで言わなくても」

顔を真っ赤にするエリナ、してやったりのレイナ。どうやら姉妹対決は痛み分けと言った所か。

「オ、オホン、と、兎に角、ミスタープロスがこの場にいなくて幸いだったわ」

もしいたら血管をブッちぎって、大説教大会の真っ最中であろう。
彼は補給物資などの書類に不備が出たとかでゴートをお供にネルガル本社である、まことに持ってご苦労なことである。

「それでこんな召集をかけた訳ね」

ハルカ・ミナトがブリッジを見まわしながら言う。

ブリッジにはネルガル本社のプロスペクターとゴート、医務室に回収されたアカツキとヤマダ、それに何故かウリバタケを除いた主要なメンバーが全員顔を揃えている。

「対策会議と言う訳ですね」

「まあね」

冷静そのものホシノ・ルリにエリナが軽く肩を竦める。

「そんなの簡単よ」

こともなげに言ったのは、『ナデシコの明日を科学する』マッドサイエンティスト、イネス・フレサンジュ女史。

「そんなのこれを散布すればイチコロよ」

そう言ってポケットから取り出したのは、掌に乗るほどのサイズの茶色の小瓶。

「そ、それはなんですか?イネスさん?
見間違いじゃなければ、ラベルに髑髏マークが書いてあるよ〜に見えるんですが……」

比較的常識人テンカワ・アキトが至極常識的な疑問を口にする。
勿論、見間違いなどではない。

「ウフフフフ……良く聞いてくれたわ、アキト君。
これぞイネス・フレサンジュ特製殺虫剤『じぇのさいどS』よ!!!」

小瓶を掲げ高らかに誇るかのようにイネス。その姿は色んな意味で素晴らしい。

それにしても物凄く気になる名前だ。
それに関しては、どうやら他の面々も同意見らしい。

「これはね、ナノマシン技術を応用して、この私が完成させた超強力な殺虫剤なの!
これを散布さえすれば、その日からほぼ一週間、その領域に踏み込んだ全ての生き物の生命活動を約三十分間後に確実に停止させるわ!!」

実に生き生きと説明を続けるイネス、対称的に他のメンツの顔色は真っ青である。

「その上、死んだ死骸からは、キッカリ三日間、ある特殊な電磁波を半径1mにわたって放出し周囲の生物を死滅させてしまうと言う優れもの!!
おかげで巣に潜んだままのゴキブリ達も全滅させることができるってぇ寸法よ!!」

そのようなものを一般に生物兵器や化学兵器と呼ぶ。
そう言えば、最近のテレビで流れているコマーシャルの製品は兵器化が進んでると感じているのは私だけだろうか?

「これを使えば即解決間違いなし!!さあ、どうよ!?」

いや、どうと言われても……(汗)

「却下ァーー!!」×全員

まっ、当然かな。

 

「さ、さあ、ほ、他に良い名案はないかしら?」

微妙に顔色が悪いエリナさん、イネスさんは例の小瓶を没収されて部屋の隅で「の」の字を書いている。

「でもさあ、ナデシコだって広いんだしさ、そこらへんはどうするのかな?」

ハルカ・ミナトの意見に一堂顔を見合わせる。
確かに、どれほど効き目がある殺虫剤を使ってもそこにいなければ無意味である。

「それもそうですよねぇ、大体ゴキブリってすばしっこいし」

ミナトの意見にメグミ・レイナードが同意すれば。

「そうそう!その上、しぶとくってね!」

サラ・ファー・ハーテッドも嫌悪の表情で、それに続く。

「すばしっこくて…しぶとくって……?
それって、
ハーリーと同じだね♪

桃色の妖精ラピス・ラズリの無邪気な一言が炸裂した(爆)

「うわああああああああああああああ――ん!!!(本泣)」

マキビ・ハリ退場(笑)

「で、どうします?」

何事もなかったかのように話を進めるルリ。

「う〜〜ん、巣が何処にあるか分かるんならいいんだけど……」

エリナも気にしてないようだ、哀れだなハーリー。

「どうせ僕なんてえええええええええええええええ!!!!!(滝涙)」

「ああ、それなら分かりますよ」

「へ?」

エリナの言葉にルリがアッサリと答えた。

「オモイカネ、お願いします」

『OK、ルリ』

大きなウィンドウにナデシコ全体の構造図が映し出される。
騒ぎの起こった食堂や厨房、格納庫、トレーニングルームはおろか、一般に人が訪れないエンジンルーム、様々なパーツが仕舞われている倉庫、そしてクルーのプライベートルームまで細部に至るまでの詳細な図面である。

「オモイカネ、それじゃあマークキングをお願い」

『了解、じゃあ、赤い点であらわすからネ』

オモイカネのカラフルなウィンドウが消えると、同時に図面に赤い点が無数に表示され始める。

「うわあ……」

そう呟いたのは誰だったのか。
画面の至る所を赤い点が覆っていく、今回の騒動の起こった三ヵ所にもマーキングがされる。

『しゅ〜〜りょ〜〜』

オモイカネが終了を知らせるウィンドウを表示するころには、多くの部分が真っ赤に染まっていた。

「やだあ!!こんなにイッパイ!!」

メグミが心底イヤそうな悲鳴をあげる。

「ありがとう、オモイカネ。
取り敢えず、これがこの一週間でゴキブリが表れた場所ということになります」

オモイカネを労いながら、あくまでも冷静なルリ。

「ほえ〜〜でも、凄いよねぇ、こんな事まで分かるんだぁ」

ルリの淡々とした説明に、これまで珍しく静かだったナデシコ艦長ミスマル・ユリカが感心しきったように言った。

「でもルリルリ、これって大変だったんじゃない?」

画面を見上げていたミナトがルリに気遣いの言葉をかけた。

「いえ、アキトさん専用サーチシステムを流用したのでそれほど大したことはありませんでした」

サラリと言ってのける電子の妖精、部屋の隅っこではアキトが「俺のプライベートって……」などとのたまいながら滝のごとく涙を流してる。

「でも、これじゃあ、どうしようもないんじゃないの?」

図面を見ながらサラ、確かに赤のマークはナデシコの全体に渡っており本格的に駆除するつもりならかなりの人手、お金それに時間を割かなくてはならないだろう。

「ええっ!!そんなぁ……」
「困りますよぅ……」
「なんとしても」
「あいつらを退治しないと」
「ホウメイさんに怒られちゃいますぅ」

ホウメイガールズの五人がかわるがわる悲鳴を上げる。

取り敢えずホウメイに渡されたブツはアキトの元にある。
サユリに涙目で渡された時、アキトは唯一の常識人もナデシコクルーであったことを思い知ったと言う。

「いえ、ここを見てください」

図面の一点を矢印のアイコンで指し示す。

「おそらく、ここが発生源だと思われます」

ルリの答えに皆が顔を見合わせる。

「その根拠は?」

自信有りげなルリの態度にエリナが疑問をぶつける。

「まずは位置です、これを見てください」

図面が今までよりも大きいものに切り替わる。

「ああっ!!」

それを見て驚くメグミ。

それもそのはず、なんと図面の赤い点が多少歪だが、矢印で指し示された個所を中心に円を書くようにして広がっているではないか。

「他にも、ここで一番多く見かけられてますし、なによりどうやら最初に目撃されたのはここのようです」

ルリがオペレータシートのモニターに表示されたデータを見ながら言う。

「そしてなにより、この部屋の使用者がナデシコの清掃サービスを利用した形跡は出航して以来一度もありません」

「…決まりかしら?」

エリナが全員の顔を見渡しながら言う。

「オモイカネもここの可能性が最も高いと言っています」

『89.7%だよ〜』

オモイカネもカラフルなウィンドウを開いて見せる。

「それでその使用者って?そこって居住区域だよね?」

目を瞑って思い出すようにミナト。

「通称『瓜畑秘密研究所』…使用者はナデシコ整備班長のウリバタケさん、その人です」

有り得ないことではない、いや、それどころか十分に考えられることである。
趣味人のウリバタケの自室には本人曰く、貴重なプレミアものの様々なプラモデルやアニメのキャラクターの人形、加えて用途不明の発明品と言った、数々の機械が所狭しと並べられている、そんな自室に他人を入れるはずがない。

『ウフフフフフ……』

不意に不気味な笑い声が辺りに流れる。

「な、何?」

うろたえ声の聞こえた方を振りかえるミナト。
そこにはあったのは、瘴気とでも言うのかそれとも鬼気と言うのか、至極ダークなオーラを纏ったレイナ達の姿。

「そう…そうなんだ……」

ヤケに平板な声のレイナ。

「責任は取るべきだよネ?ウリピー?」

眼鏡を不気味に光らせるヒカル。

「打ち首だな……」
「いえ、串刺しです……」

リョーコとアリサが至極ブッそうなことをおっしゃっている。

「フフフフフ…ちょうどいいじゃないですか」
「あそこは某組織の避難所になってるみたいでもあるし」
「切り離した上で宇宙にポイかな」
「一石二鳥ですネ」
「いいえ一石三鳥よ、何たって幹部のひとりも合法的に処分できるんだから」

なかなかに過激なホウメイガールズ。



『ウフフ…
アーッハッハッハッハッハッハ……』

 

その妙に晴れやかな笑い声はそれから暫く虚ろに響き続けるのであった。



因みに――
「いいのかい?アオイ副長、止めないで……」
「いいんですよ、オオサキ提督、どうせ言ったって聞きやしませんから(泣)」
「ほほう?君もようやくその境地にまで達したか……」
「ええ…随分と回り道をしましたが……」
「まあ、お茶もう一杯いるかい?」
「あ、すいません」
ブリッジの片隅で仲良くお茶をすするふたりであった。

 

 

暫くして落ちつきを取り戻したクルー一堂は、ブリッジから問題のウリバタケのプライベートルームこと『瓜畑秘密研究所』に向っていた。

「何?あれ……」

一堂の先頭に立っていたエリナが立ち止まる。

「もしかして、バリケードなんでしょうか……?」

直ぐ後ろにいたメグミが訝しげに眉を顰める。

見れば確かに、ドアの直前に進行を妨げるようにダンボールや、鉄くず、木片を組み上げられた即席の柵で作られたバリケードのようなものができ上がっているではないか。

「誰がこんなことしたのかな?」

ユリカが爪先立ちになって、バリケードの向こう側を覗き込みながら言った時だった。

『ハーハッハッハッハッハァ!!!聞けえぃ!聞くのだぁ!!皆の衆!!』

突然、響き渡るダミ声。

ドアが開きウリバタケが姿を表わす、その手に握られているのは拡声器。

「事情は盗聴させてもらい既に知っている!!
されどここは、我等が組織誓いの地、諸悪の根源の滅殺を幾多の兄弟と共に血の涙を流して誓い合った、言わば
聖地」

その目をクワッっと見開く。

「悪いが、なんぴとたりとも荒らされる訳にはいかぁん!!!(ビシッ)」

ウリバタケは呆然とするエリナ達を尻目に高らかに宣言してのける。

急ごしらえの柵を挟んで睨み合うウリバタケvsナデシコ女性陣。

「そう…そうなんだ……(怒)」

幽鬼のごときレイナの声が静かに、だが自棄にハッキリと響いた。

「クスクス…交渉は決裂ってことだよね…ウリピー?……(怒)」

眼鏡を怪しく光らせながらヒカル。

「へ?…こ、交渉って?………」

まごつくウリバタケ。

「だって、私達をこれ以上通さないつもりなんですもんね?(怒)」

「それってつまりはゴキの味方になるってことだもんなぁ(怒)」

ラピスから借り受けたのか赤い槍と抜き身の日本刀をそれぞれ構えるアリサとリョーコ。

「いや…ちょ、ちょっと待ってください、おふたりとも……(汗)」

自分がどんな立場に置かれているのか何となく察するウリバタケ、その顔色は既に真っ青。

「愚かですね……(怒)」
「よりにもよって私達の敵に……(怒)」
「すなわち、ゴキブリの味方になるとは……(怒)」
「愚か者の極みです(怒)」
「人間失格ですね(怒)」

何時になく冷たい視線のホウメイガールズ。

「………(汗々)」

ウリバタケの顔色がみるみるうちに紙のように白くなる。

一発触発の極限状態。

あわれ、ウリバタケの命運が尽きるかと思われたその時だった。

「……それぐらいにしておきませんか?」

運命の神様はまだ彼を見捨てていなかった。

進み出てくる電子の妖精。

「要はゴキブリさえ駆除できればいいんですから」

ルリの冷静な言葉に『地獄に仏』とばかりに思わず伏し拝むウリバタケ。

「え〜〜でもぉ……」

不満そうなレイナ。

「大丈夫ですよ、レイナさん、お仕置きは後ほどゆっくりとすればいいんですから(ニヤリ)」

「それもそうだね(ニヤリ)」

ニヤリと微笑むルリにレイナもニヤリ。

地獄で仏様と出会っても助けてくれるとは限らない。

ウリバタケがこれから自分の身に降りかかるであろう過酷な運命の予感に気持ちの悪い汗を滝のように流していたその時だった。





カサカサカサカサ……





「うわあ!!」     「きゃあ!!」
「いやあ!!」     「また、出たぁ!!」
「ヤダ〜ァ!!」     「ひぃ〜〜ん!!」

さっきまでの勢いは何処へいったのやら口々に悲鳴を上げる女性陣。





カサカサカサ…
ブブブブブブブブブブゥ〜ン

 

 

「いっやあ〜〜!!!」    「と、飛んだぁ?!」
     「こっちこないでえ!!!」
「気持ち悪ぅいぃぃ!!!」     「いやいやいやいやいぃやぁぁ〜〜!!!」
            「え〜〜ん、アキトさぁん!!!」

宙を飛ぶたった一匹の黒いそいつに女性陣が一斉に逃げ散っていく。
その素早さはまさに雲の子を散らすかのごとく。

「へ?あ、あのっ?」

いや、全員ではない日頃の運動不足が祟ったのかルリひとりが残される。

「ああっ!!ルリルリ?!」

残されたルリに気づきミナトが叫んだ。

そして――








ぴとっ(はぁと)









「い」

「『い』?」

「いやあああああああああ!!!!」

ナデシコに今日一番の絶叫が木霊したのであった。

 

 

 

「『ナデシコに今日一番の絶叫が木霊したのであった。』」

プツッと言う音をたてて、映像が途切れる。

「……これで終わりなんですか?」

『そ、そうだよ、ルリ(汗)』

瑠璃色の髪と金色の瞳の少女が、さっきまで映っていたモニターを見ながら少々拍子抜けしたように言った。

あの後、ルリが気づいたのは医務室のベットの上でだった。
自分の気絶していた間に何があったのか気になったルリだが、誰に聞いても乾いた笑いではぐらかされてしまい本当のことが分からない、それなら最後の手段とオモイカネと艦内記録をチェックしていたのだが……

「……何か隠していませんか?」

『え?何のことかな(汗々)』

うろたえまくるオモイカネ。その心情を表わしているかのようにウィンドウにデフォルメされた大粒の汗が一筋。

「居住ブロックの一部分、ウリバタケさんの個室のあった辺りがキレイになくなってるんですが……」

『不思議なこともあるんだねぇ(汗々々)』

「ウリバタケさん本人もこの一週間ほど姿が見えないんですが……」

『さあ?どうしたんだろうねぇ(汗々々々)』

「……オモイカネ?」

『ああっ!!システムに重大なエラーが生じたみたい、これから自己診断プログラムを走らせま〜〜す、それじゃまたねルリ』

「あ!オモイカネ!オモイカネ!……もう、仕方ないですね……
それにしてもあの後、私が気絶してから何があったんでしょうか?
最近、私に対して奇妙な視線を感じますし、ミナトさんにでも聞いて見ましょうか?」

「お待ち下さい」のウィンドウを表示したままフリーズ状態に入ってしまったオモイカネに、ルリが軽い溜め息をつく。
そして、ルリは仕方ないとばかりに席を立つと、ブリッジを出て行った。

『ゴメンネ…ルリ…でも……』

一旦消えたモニターに光りが戻る。

そこには、微笑を浮かべたままジタバタする中年男の頭を鷲掴みに、その細腕で引きずって行く瑠璃色の少女が。

彼の名前はオモイカネ…恐らく世界で唯一心配りができるコンピューターである……

 

 

どうも久しぶりのencyclopediaです。
今回もだらだらと長くなってしまいました、反省がないですね……(泣)
全員出演させるのは難しい、ユリカが出てないですねぇ力不足ですね完全に。
これ以上、長くなるとなんなので……
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
では!

 

 

代理人の感想

 

いや、例によって突っ込み所満載な話ですね(爆)。

今回は遂にホウメイさんまで壊れてるし。

で、今日の一言。

 

地獄で仏様と出会っても助けてくれるとは限らない。

 

いや、そーゆーのを「仏様」とは言わないと思います(笑)。