アキトがひなた荘に帰ったのは、午後4時半頃。

 おやつを食べるには時間が過ぎているので、毒入り団子は夜に食べることになった。

「今回のお土産はコレだよ」

 と言って取り出したとき、周りの視線が妙に痛かったが、コレが名物だと通した。

 なお、その時にスゥが

「食べてもえーな〜〜」

 と言って略奪したときに、見事にアタリを引いた。

 異様に辛い料理だらけのスゥの母国。

 当然、スゥの『辛い』という感覚は、我々のそれとは随分かけ離れている。

 TVチャンピオンの『辛い王選手権』に出ても、知識問題は定かではないが、実技だけならば楽々とチャンピオンになれる。

 そのスゥが、ノックアウトされた。

 唇を真っ赤に腫らして。

 そのタラコ唇から炎をブワァーっと、吹き出した。

 それは、唐辛子とカラシの、辛さの質の違いから来るものなのだろうか?

 それとも・・・・・・・・・?

 ・・・・・・。

 まあ、ともかくとして。

 そんなわけで、安心して毒入り団子でのお茶が出来るわけだ。

 そして今、アキトはあれから一時間以上経ってもまだ唇を腫らしたスゥのため、冷涼系の味わいのする夕食を用意していた。

 ・・・・・・・・・。

 というか、冷やし中華だが。

 ・・・・・・・・・。

 夕飯に冷やし中華?

 なにか、微妙なものがある。








蒸気王国の王女

Presented By E.T 

Fifth Story:日向市の事件 〜Nighat OfMurderer〜










「お兄ちゃーん、何か手伝うこと、ない?」

 フィーリアが、麺を茹でているアキトの所に来た。

「う〜〜ん・・・と」

 数秒考え込み、

「それじゃあ、そこのお皿を並べてくれるかな。

 それが終わったら、食卓を拭いてきてくれる?」

「はい!」

 トテテ、と流し台の脇にあるテーブルの元に駆け寄り、重ねて置いてある皿を並べた。

 それから、流し台にある布巾を水に濡らし、絞って、またトテテと隣の部屋に駆けていく。

 そこで、アキトを見張っている素子と鉢合わせして、位置的に、フィーリアには邪魔だったので、

「ちょっとおばさん、邪魔よ」

 ・・・・・・・・・・・・。

 怖い物知らずとは、まさにこの事。

 しかも、なぜ「おばさん」を強調して言うかな、この娘は?

「私はおばさんなどと呼ばれる年ではなーーいいっっ!!」

 素子が怒鳴るが、そうすると今度は、

ぐす・・・・・・うぇーーーん、お兄ちゃぁーーん

 素子がいじめるよぉーーっ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・。



イイ性格してるね、この娘。





 隣でキュウリを刻んでいたしのぶちゃんの動きが、止まっていた。

 ちょうど、「ちょっとおばさん、邪魔よ」とフィーリアが言ったときあたりからだ。

 麺は今茹で上がったが、まだ錦糸卵とキュウリが用意できていない。

「(しのぶちゃん、どうしたんだろ?

  いつもなら、もう刻み終わっててもおかしくないのに)」

 ふと、なぜか妙に疲れ、窶れていたのを思い出す。

 一応今は肌の張りも戻っているが、野菜などを刻み始めたときは、ストレス性の肌荒れで、ガサガサだった。

 理由は言わずとも知れようが、女心に関しては恐竜並に、もしかしたらそれ以下に鈍いアキト。

 「おばさん」だの「おばさんじゃない」だのと言い合っていたことが原因だとは、夢にも思わなかった。










 ツルツル〜〜
        ムグムグ・・・ムグムグ・・・
                ゴックン

「ンまいッ!」

 まだ唇がおかしい(汗)スゥが、嬉しそうに言った。

 やはり、冷涼感あふれる(なんだかなー・・・)冷やし中華。

 今のスゥには最適だったようだ。

 ちなみに、冷やし中華の具は刻んだキュウリ、チャーシュー、トマト、錦糸卵。

 かけたタレは、テンカワ特製の、ホウメイ仕込みのタレ・改だ。

 ゴマ風味で、微かにカラシの刺激がある。

 それがまた、少し縮れた麺と絡み、絶妙の割合で舌を刺激する。

 口の中が少々やばいスゥでも、その刺激はかえって冷涼感を与える。



 暫くの間、全員が無心に冷やし中華を食べた。

 ・・・・・・フィーリアだけは、どうやらナイフ、フォーク、スプーンが主流の辺りに住んでいたらしく、食べるのに苦労していた。

 それに見かねた素子がフォークを持ってきてやり、それと『おばさんと呼ばないこと』を条件に取り引きしたりしていた。

 関西圏の人々は皆商売人なのだろうか?(汗)


 ねぇ、某管理人さん?(謎爆)


 ちなみに、フィーリアは渋々とだが、その取引に応じた。















 その日の夜遅くだった。

「はぁはぁはぁはぁ・・・・・・」

 スーツ姿の若い女性が、必死になって無機質なビルの森を駆けていた。

 お気に入りの、赤いハイヒール。

 今履いているそれを、これほど恨めしく思ったことはなかった。

 暗がりを抜け出し、人通りの多い道に出ようとするが、それは叶わない。

「ひっ?!」

 目の前に現れた人影に、女性は慌ててきた道を戻る。

 先程から、一体コレを何回繰り返しただろう?

 女性は、ここ日向市が地元で、土地勘はかなりのもの。

 だが、彼女には、ここがどこだか分からなくなっていた。



 会社の残業で帰りが遅くなった彼女は、急ぎ足で家を目指していた。

 煌々と輝く満月が、妙に恐ろしく感じたのを覚えている。

 マンションまで後数分という所に来たとき、ふと人の気配を感じて目を十字路の右、行き止まりになっている方に向けた。

 そこには薄汚いトレンチコートを着、鹿撃ち帽を目深にかぶった男がいた。

 手には、何かが滴り落ちる、輝く物体。

 足元には、地面をぐっしょりと濡らす倒れた人影。

 ちらつく電灯が、暫しの間輝きを灯し、安定した。

 滴り落ちる液体と、地面を濡らす物は血痕。

 そして、彼女は気が付いた。

 人影は、トレンチコートの男にナイフか何か刃物で刺され、倒れているのだと。

「・・・・・・・・・!!」

 彼女は、本当に恐ろしいものを見たとき、ドラマや漫画のように悲鳴をあげることが出来ないことを知った。

 男が、ニヤリと唇の端を歪めた。

「クックック・・・・・・

 見たなぁ・・・・・・、オレの、狩りの現場を・・・・・・」

 その顔は、鹿撃ち帽に隠されて見えなかった。

 だが、それが故に、その唇を歪めた顔が、心の底からの恐怖を呼び覚ますものに見えた。

 ・・・・・・実際には、その鹿撃ち帽に隠された目を見ていれば、逃げることも叶わなかっただろう。

 常軌を逸し、爛々と輝く瞳を見たならば。

 幸いにも、女性にはその瞳が見えなかった。

 いや、これ以降のことを考えると、不幸であったかも知れない。

 女性は、声もあげられないままに駆けだした。

 男は呟く。

「そうだ・・・・・・逃げろ・・・・・・。

 獲物は、逃げてこそ獲物なんだから・・・・・・」




 男は、一種の殺人中毒者だった。

 生身で、陸戦部隊の最前線で戦っていた兵士。

 バッタを、個人用の高振動ブレードで何機となく撃破した男。

 撃墜数は、二桁代後半にも達した。

 彼は、バッタを撃墜していくうちに、一つのことを思うようになった。

 それは、「人間を切って、刺してみたい」。

 その想いを、この満月が解き放ってしまったのかも知れない。

 Lunatic(ルナティック)ーーー それは、『狂気』という言葉。

 月は、人を狂わせるものなのかもしれないーーー










 ふと、女性の足が止まった。

 気が付くと、元いた場所、トレンチコートの男を見付けた場所に戻ってきていた。

 振り返ると、そこにはトレンチコートの男。

「Game is over....」

 静かに呟き、手に持ったナイフを月明かりに翳した。

 女性は少しずつ後退り・・・・・・

「・・・・・・!!」

 絶望の壁に突き当たる。

 もう、コレ以上下がることはできない。

 後出来ることは、叫んで、人を呼ぶことと、それから出来る限り抵抗をすることの二つのみ。

 だが、前者は出来るものならばもうしている。

 しかし、まるで声帯が無くなってしまったかのように、声が出ることはなかった。

 それが、前線を知らない者が、戦場を、それも最前線を回ってきた者の殺気に当てられた結果。

 後者は、無謀その物。

 女性の柔腕で、兵士上がりの人間にする抵抗など、抵抗の内にも入らない。

 つまり・・・・・・・・・。

 結局、彼女には、もう何をすることも出来ないのだ。


 男が振り上げた刃が、月明かりを映し出し、輝いた。

 女性は、それを場違いにも『キレイだ』と思った。

 そしてーーー

ーーーザシュッ 



 鮮血がしぶいた。

 女性は、痛みを感じる間もなく、死への旅路に旅立っていた。










後書き

 ちょっと、僕としては今までにない話を書いてみました。

 ・・・・・・とか言いつつ、「蒸気王国の王女」のプロット段階から、この話は考えていましたが。

 問題は、上手く表現できているかどうかですね。

 何しろ、この手のハードな話は経験無いにも等しいので。

 例の郵便料金不足で戻ってきてしまった(涙)小説と、それから『THE AVENGER』の12話ぐらいですかね。

 ハード系は。


 それでは、この辺で。

 

 

 

 

管理人の感想

 

>ねぇ、某管理人さん?(謎爆)

 

少なくとも私ではないですね〜

だって、知人なら絶対そう言いますよ、採算の合わない事ばかりしてますから(苦笑)

代理人は・・・関東の人か(爆)

 

しかし、後半はまるで違う展開でしたね。

ハードな話は、ある程度経験を積めば大丈夫ですよ。

人によると、ダークな話は難しいらしいけど。

 

では、E.Tさん、投稿有り難う御座いました!!