男が酷薄な笑みを浮かべた。
フィーリアは無意識に後退り、階段の段差に足を取られて、転んでしまった。
白いサマードレスの裾がめくり上がり、成熟と未成熟の狭間に位置する太股が見えた。
その太股は、白い輝きを放ち、見るもの全てを虜にせずにはいられない美しさ。
男が、よれよれのトレンチコートを右に、左にと揺らしながら近付いてくる。
ナイフは、太陽が雲に隠れたために光り輝いてはいない。
だが、逆にその鈍い銀色が、フィーリアの恐怖心を募らせた。
転んでもなお後退ろうとしたが、体が思うように動いてくれない。
まるで鉛の塊になってしまったかのように、体が重かった。
手をほんの少し上げて後ろに動かすだけで、小高い山に登るほどの疲労を感じる。
男はすぐに追いついてきた。
そしてーーー
男はフィーリアに覆い被さり、左手で彼女の両腕を頭上に押しつけ、右手を魅惑的な太股に這わせ始めた。
再び懐に仕舞われたナイフが、微かに少女の肌に触れた。
蒸気王国の王女
Presented By E.T
Eighth Story: 風の行方〜MurdererGoes
.... 〜
アキトの体感時間で、20秒が経過した。
その時、ひなた荘へ続く階段の中程にいた。
男性がフィーリアに覆い被さり、その太股に手を這わせているのが見えた。
アキトは問答無用で、男を殴り飛ばした。
手加減はしていたが、男は階段脇の草村に飛び込み、そこに生えている木に追突した。
そこで、彼はスタンド“ラーンスロット”の能力、『ザ・ワールド』を解除した。
自分と、同じ能力を持つ者以外の時を止める能力。
それが、『ザ・ワールド』。
嘗て、『DIO(ディオ)』という者が得たスタンド能力に因んで、時を止める能力は『ザ・ワールド』と呼ばれるようになった。
アキトの能力は“アーサー”。
『完璧なる知覚』と『コピー』の能力を持つスタンド。
彼は、“ザ・ワールド”の能力を持つ“スタープラチナ”というスタンドをコピーしていた。
つまり、彼は時を止めることが出来るのだ。
・・・・・・時を止めている間に起こったことは、時が動き出したとき、効果を発揮する。
時を止めた間に相手を殴れば、相手は殴られたことを知らないまま、その衝撃を、ダメージを受ける。
もしも殺せば、自分が死んだ、死ぬ、という事実を知らないまま、死んでいくことになる。
この殺人鬼も、それと同じことになった。
「ーーー ?!」
何が起きたのか判らず、突然襲ってきた痛みに悪態を付く。
腹が痛む。
後頭部と背中も痛む。
腹を脇からアキトに殴られ、木に後頭部と背中を打ち付けたのだ。
「何だって言うんだ、一体?」
・・・・・・もしかしたら、それは彼が初めて見せた、人間らしさだったのかも知れない。
アキトは、フィーリアの前に立つとその男に声をかけた。
「おい、貴様・・・・・・。
一体この子に何をしていた?」
底冷えのする声。
テツヤや北辰といった相手に出した、狂気の寸前までに膨れあがった殺気を含んだ、冷たい声。
一応は歴戦の勇者である殺人鬼も、『漆黒の戦神』とは格が、桁が違った。
いや、格や桁などと言う言葉では表すことは出来ない。
それほどまでの『差』があるのだ。
殺人鬼は、小さな声で呻くことしかできなかった。
先程のフィーリアと同じように、動きたくとも体が動かないのだ。
月の加護を、狂気を得た彼にも、そのことが判っているのだ。
所詮魔獣ふぜいでは、闇と戦とを司る魔神の前には、無力な小動物に過ぎないことを。
・・・・・・・・・・・・・・・。
だが内なる狂気が膨れ上がり、ヒトの、ケモノ・・・・・・動物としての本能をも消し去った。
すなわち、相手と自分の差を感じる能力を。
それは、『例え魔獣風情たろうとも、最強の神々の1柱を屠ることが出来る』という考えを持つことになった。
「うがああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ケモノの雄叫びを上げながら、殺人鬼は右手のナイフを閃かせた。
銀の煌めきは、確かにアキトを切り裂いていた。
だが、彼は傷一つ無い。
目にも止まらぬ速さで回避し、回避前と同じ位置に、同じ格好で立ったのだ。
「・・・・・・・・・正気を失ったか・・・・・・?
仕方がない、一度寝てもらうぞ」
言うなり、彼は男の首筋に手刀をいれた。
ーーー トンッ
やけに軽い音がし、男の意識は闇の底に沈んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
再び彼の意識が戻るのは、十数分後のことだった。
ひなた荘玄関近くの居間、そのソファーの上に1人の男が横たえられていた。
その横には1人の青年と、青年に抱きかかえられるように1人の少女が座っていた。
「ーーー !!」
ソファーに寝かされていた男は突如目を覚ました。
そうするなり、懐に手を突っ込んだ。
・・・・・・ナイフの感触は、全くなかった。
殺気にも似た何かを込めた視線を感じ、そちらを見た。
そこには、眼鏡をかけた、少し童顔の青年がいた。
青年は『浦島 アキト』と名乗っている。
だが、男はその青年の本名を知っていた。
「『漆黒の』・・・・・・・・・」
そこで一旦言葉を切り、
「・・・・・・『戦神』・・・・・・」
「え? オレを知ってるの?」
アキトが訊ねると、男は小さな声で喋り始めた。
「・・・・・・オレは久我山 雅和(クガヤマ
マサカズ)。
連合軍に所属していた、『元』伍長だ。
アンタが『MoonNight』に所属し、西欧中を回っていたときに一度会ったことがある」
「そうか」と相づちをいれ、先を促す。
「それでクガヤマさん、何であんなコトを?」
「・・・・・・・・・・・・」
額に手を当て、首を振った。
「分かんねぇ。
いつからだったか分かンねえけど、オレはオレじゃなくなっちまった。
バッタ共を壊しまくって、気が付いたら、『壊す』ンじゃなくて、『殺して』みたくなってた。
自分では気が付かない振りをしていたけどな。
・・・・・・でも、戦争が終わって、オレは軍から放り出された。
それ以外の生き方を知らないオレだ、生活に・・・・・・社会に、少しずつ鬱積するモノを感じていった」
手を額からはなし、だらしなくブランとぶら下げた。
それから顔を心持ち上方に向け、話を続ける。
「・・・・・・月が満月になるごとに、自分の中の狂気が膨れ上がるのを感じた。
そして昨晩、その狂気と、心の底の殺人衝動とが入り混じり、人を殺した。
喉を刺し、胸を刺し、腹を刺し、足を刺した。
その感触は、まだ手に残っている」
淡々と語るマサカズ。
昨晩から自らの意識の主導権を奪い取った狂気。
今は追い払われているソレが、再び舞い戻って来ぬように、出来る限り感情を遠ざけようとしているのだ。
「それで・・・・・・お前は、どうしたい?
その罪を償うつもりなら、出来る限り手を貸そう。
そのつもりがなければ、オレが家族を殺された人たちの前に、お前を連れて行く」
アキトの言葉と、声の冷たさに、その腕の中にいたフィーリアが不安そうに、
「お、お兄ちゃん・・・・・・?」
その微かに可憐な唇から漏れた言葉にアキトは軽く微笑み、
「大丈夫だよ、フィーリアちゃん」
一度言葉を区切り、マサカズの瞳を見つめながら言った。
「この人は罪を償うつもりでいるみたいだから」
アキトの言葉に、マサカズは頷いた。
「ああ・・・・・・。
償う方法は幾つもある・・・・・・、そうだよな?」
力強く頷くアキト。
それには、自らの行動という裏打ちがあった。
「そう・・・・・・、償う方法はいくらでもあるんだ。
だから、オレは今からそれをする。
・・・・・・・・・また狂気に支配されない内に。
じゃあ、世話になった。
・・・手伝いはいらないさ」
そう言い残し、彼は居間から出ていった。
・・・・・・マサカズが出て行ってから数十秒経ち、
「・・・・・・お兄ちゃん?」
フィーリアの呼び掛けに、軽く微笑みを浮かべた。
「大丈夫。 きっと、ね。
あの目は、覚悟をした目だよ。
例え行く手に何が在ろうとも、一つのことをやり遂げることを覚悟した、ね。
だから・・・・・・、大丈夫さ」
「いや、大丈夫ではない」
・・・突如、声が聞こえた。
(・・・・・・アーサー?)
「うむ、我だ。 主よ」
(何が大丈夫じゃないんだい?)
アキトが心の中で、アーサーに声をかける。
「あの男、死ぬつもりだ」
「何ぃーーッ??!!!」
その唐突すぎる言葉に、アキトは叫び声をあげた。
「ふぇ?」
フィーリアにはアーサーの言葉は聞こえないため、アキトの突然の奇行に首を傾げた。
「フィーリアちゃん、急ぐよ〜〜!!」
アキトは有無を言わさずして、フィーリアの腕を掴むと走り始めた。
「償い・・・・・・、か」
マサカズは1人ごこちた。
「・・・・・・オレはバカだから、償いの方法なんかこれしか思いつかない。
本当に地獄があるんだったら・・・・・・。
永劫に苦しみを受け続ける無限地獄へオレを・・・・・・・・・」
ひなた荘は、小高い丘の上にあった。
敷地内には、崖さえもある。
狂気に身を委ねていたとはいえ、その間の記憶もある。
フィーリアを追いかけひなた荘の周りを回ったときに、その崖の位地も覚えた。
彼は、其処から飛び降りるつもりでいた。
自ら語ったように、彼にはそれ以外の償いの方法は考えつかなかった。
いや、考えつきはしたが、それは自分には出来ないことだった。
かといって、『漆黒の戦神』の手を煩わせるわけにはいかない。
だから、自分だけで実行が可能な、死をもって罪を償う方法を選んだのだ。
やがて、崖の前に来た。
「済まない、オレが殺した人たち・・・・・・。
自己満足かもしれないが、オレはこの命をもって、その罪を購おう・・・・・・・・・」
そしてーーー
飛び降りた。
「ちぃッ、遅かったか!」
アキトがフィーリアを棚引かせながら(オイ、ちょいと待たンかい!)駆け付けたとき。
ちょうどマサカズが崖から身を投げたところだった。
「(ボールス、ACT.2!)」
アキトは、杜王町で得た能力の一つ、エコーズを使った。
エコーズはACT.1、ACT.2、ACT.3と、三段階ある。
ACT.1は文字を何かに貼り付ける。
すると、貼り付けられたその言葉を繰り返し、幾度も幾度も音にする。
ACT.3は会話能力を持つが、ボールズにはない。
ACT.3の能力は、ものを重くすること。
近付けば近付くほど、その物体の重量は増していく。
そして今アキトが使う、ACT.2。
その能力は、ACT.1と同じで、文字をものに貼り付けること。
だが、ACT.1とは違い、その文字に触れない限り、効果は起こらない。
文字は効果音限定で、その文字に触れると、効果音が起こる現象を引き起こす。
例えば、『ジュワアアァァァァ』と、何かが燃える音を貼り付ければ、触れたものは熱せられ、燃える。
ACT.1とACT.2の射程は広く、ここからマサカズの落下地点まで、十分に射程範囲内だった。
アキトが書いた文字は、『フワっ』。
マサカズが地面に落ちた。
だが、予想と違い、地面は固くなかった。
いや、固くないどころの話ではない。
とても軟らかく、優しくその体を包み込み、落下の衝撃を全て吸収した。
「何が・・・・・・、どうなっているんだ?」
キツネにつままれたような表情というのか。
そんな顔で、呆然と呟いた。
「きゃあーーっ!」
ーーー ッタ
そのマサカズの隣に、フィーリアを抱いたアキトが着地した。
彼も、マサカズの後を追って崖を飛び降りたのだ。
「・・・・・・俺の知り合いになったからには、そう簡単に死ぬことは許さない。
どうしても、それ以外に償いの方法を思いつかないのだったら・・・・・・・・・」
言いながら、アキトは手を彼の額に当てた。
「(・・・・・・アーサー)」
「承知」
・・・・・・もしも、この場にスタンド使いがいたならば、アキトの手が輝いていたことに気が付いただろう。
それは、スタンド能力の発現の印だったーーー
その頃の佐ゼミ
「あーあ、やっぱり、いくらアイツだからって、三十分で往復なんて無理だったわね」
なるが言うと、白井と灰谷が
「う〜ん、でも、アキトならできそうな気もしたんだけどねー」
「そうそう、なんて言うの?
『オレに不可能はない』って感じ?」
「それで失敗したら世話無いわ」
後書き
ふう、これでMurder編は終了です。
それと・・・・・・,さっそくだけど、いきなり『E.Tの陣(第2期)』、挫折しそうです。
理由は、僕が高校生だから。
いやぁ、二期制のウチの高校では、来週中間テストなんですよねぇ。
はっはっは、『大言壮語』とはよく言ったもんだ。
ここ3、4日頑張って、書き溜めでもしておくかな・・・・・・?
「いやー、ゴメンゴメン。
いろいろ向こうでゴタゴタあってさー、思ったより時間掛かっちゃった」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「? どうしたの」
アキトは、あれから頑張って5分ほどで佐ゼミに戻った。
当然、弁当はきちんと持った。
なお、結局40分ほどである。
そして上記の第一声。
なる、白井、灰谷は固まる以外、何も出来ることはなかった。
ただ、内心、
(((コイツ、ヤッパ人間じゃねぇ!!)))
所在無さげに佇む、白いトレンチコートの男。
初夏にトレンチコートを着る男は、周囲の奇異の視線を集めていた。
男は、自分のことは名前以外、全てが判らなかった。
どんな理由があったのかは判らない。
しかし、確実に言えることがあった。
全てを失った理由だ。
それは、贖罪のため。
重い・・・・・・重い罪を購うため、全てを失うという苦しみを受けたのだ。
街灯に寄り掛かり・・・・・・久我山
雅和は蒼天を見上げた。
空に懸かる雲は、彼の罪の象徴。
その雲を晴らせるか晴らせないかは、自由なる風となった、自分次第。
碧風となりて・・・・・・いつしか、内なる雲を吹き晴らさんーーー
その日が来ることをーーー この蒼天に願わん・・・・・・・・・
管理人の感想
こういうオチですか〜
でも、被害者側からすれば、何も問題は解決してないと思いますけど?(汗)
事件自体、このままだと迷宮入り扱いになると思いますし(大汗)
その辺のフォローが欲しかったですね。
しかし・・・どうやって記憶を消したんだろう?
なんだか凄く実用性の高い能力ですよね。
もう、犯罪行為のしたい放題って感じ?(爆)
もはや非常識だけですまない存在になりつつあるな、この主人公(汗)
では、E.Tさん。
投稿有り難うございました!!