Act.0 別れ

 静かな・・・・・・


 とても静かな空間。


 白衣を着た男が、一人の小さなーーー 3歳くらいの子供と手を繋いでいる。


 男は、茫然と、ベットの上に横たわる女性を見つめていた。


 女性の顔は、見えない。


 白い布が覆い隠しているからだ。


「ねえお父さん、お母さん、どうしちゃったの?」


「アキト・・・・・・お母さんは・・・・・・・・・

 そう、寝てるんだ。

 二度と目覚めることのない、永遠の眠り・・・・・・」


 どこか、美しささえ感じる、詩的な表現。


 だが、その言葉に生気というモノは感じられなかった。


 受け入れられない現実を、何とかして受け入れようとしている。


 そんな雰囲気が、彼を包んでいる。


 男の子ーーー天河 明人は、そんな男の雰囲気を感じ取ったのか、

 それとも「母親が二度と目覚めることがない」と言う言葉に反応したのかは分からないが、

 最初は愚図り、そして、獣のような喚き声とともに、感情をそのまま言葉にし、泣いた。


「いやだー!お母さん、お母さん!起きてよ!起きてよぉーー!!

 ねぇ、寝てるだけなんでしょ!ねえ!起きてよ!お願いだよ、お母さーん!」


「アキト!」


「ねぇ、お母さん!お母さん!お母さんってば!!」


「アキト!

 駄目なんだ・・・・・・駄目なんだよ!

 明奈・・・・・・お母さんは、何をやってももう目が覚めないんだ!」


 男ーーー天河 和人はアキトを抱きしめながら、泣いた。

 
「うわ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー・・・・・・」
 

 アキトも、父親の胸に顔を埋め、もう一度、激しい嗚咽を漏らした。





 この時、天河 明人は3歳の誕生日を目前にしていた。




















「ねえねえ、お母さん」


 黒髪の、利発そうな少女が、少女に良く似た、傍らに立つ女性に声を掛ける。


「なに、ミナト?」


「・・・・・・お父さんとお兄ちゃんと、どうして別れなくちゃいけないの」


 少女は、自分の質問の答えを知っていた。


 それでも尚、問い掛けずにはいられないのだ。


 そして、返ってきた答えはある意味、予想通りのモノだった。


「お母さんもお父さんも、一緒にいることに疲れちゃったの。

 だから・・・・・・・・・」


「だから、『リコン』したの?」


「・・・・・・・・・。」


 一瞬の沈黙、後、


「ええ、そうよ・・・・・・。

 ・・・・・・ミナトは・・・寂しい?」


「・・・うん。

 お父さんやお兄ちゃんに会えなくなるの、寂しいよ」


「ごめんね、ミナト・・・・・・」


 ミナトの母、ハルカ ミナミは、ミナトに抱きついた。


「ゴメンね・・・ゴメンね・・・ゴメンね、ミナト・・・・・・・・・」


 そして・・・・・・涙を流しながら、言葉を紡ぐ。


 ゴォォォーー…… ガタンっ ガタンっ… ガタタン、ガタン……
 

 ハルカ親娘が建っていたホームに、電車が来た。


 シャトルの発射場がある、成田宙港行きの電車が・・・・・・・・・





 ハルカ ミナト。この時、6歳だった。















 そしてーーー5年の月日が経つ。













機動戦艦ナデシコif
AnotherNADESICO
プロローグ 「邂逅」














 2186年3月4日(日)















Act.1 お買い物に行こう

「アキト」


「なに、父さん」


 8歳になったばかりのアキトが、カズトの言葉に答える。


「すまないが、今日も遅くなりそうなんだ・・・・・・

 夕飯は一人で大丈夫か?

 出前を取っても構わないが・・・・・・」


「ううん、いいよ。

 夕御飯くらいだったら、自分で作れるから。

 もちろん、昼ご飯もだけど」


「お隣のユリカちゃんが、お昼、食べに来てと言っていたよ?」


「うっ・・・・・・謹んで御辞退させていただきます。ペコリ(お辞儀)」


「・・・・・・アキト、お前幾つだ」


「え? 6日前に8歳になったばかりだよ」


「だよなぁ」


「うん」


「・・・・・・・・・。

 いや、それにしては難しい言葉を知っているな、アキトは」


「えへへ・・・それほどでも・・・・・・」


「ははは、それじゃアキト、行ってきます」


「行ってらっしゃい、お父さん」


 ここのところ、毎日のように繰り返される会話。


 カズトは、アキナが死んだことを忘れようとするかのように、仕事ーーー 何かの研究、としかアキトは知らなかったーーー にしか目を向けなくなった。


 アキトは、ほとんど構ってもらうこともなく、孤独だった。


 皮肉にも、その孤独を埋めたのは、3年半前、遂にカズトが過労で倒れたときだった。


 ただの過労で、命に別状は全くなかったのだが、アキナは過労で倒れ、免疫力が低下したところにウィルスに感染し、その病気で死んだ。


 アキトは、父・カズトが、母・アキナと同じように死んでしまうかもしれないと思った。


 カズトはその時初めて、アキトが自分と同じように苦しみ、悲しみ、孤独でいることに気が付いたのだ。


 彼の悪口は言う無かれ。


 自分のことで精一杯だったのだから、それも仕方がない。


 そして、その頃カズトは、アキトが起きるよりも前に家を出、アキトが寝た後に帰る。


 そんな生活をしていた。


 研究所に泊まることもしばしば。


 その時に比べれば、今はどれだけ親子の会話があることだろう。


 朝が早いのは同じだが、それでもアキトと朝食を共にし、どんなに遅くとも・・・・・・アキトが寝る少し前には帰ってくるのだから。


 ・・・・・・たまに・・・・・・本当に、たまに、帰ってこないこともあるが、その時はちゃんとそう、連絡してくる。





 今日は日曜日。


 お隣に住む、幼馴染みの御統ユリカ(どーいう漢字なのかは不明)とカグヤ・オニキリマル(こちらも漢字が不明)がまとわりついて来るであろう日だ。


 どうやって今日一日を逃げ切ろうかと考えるアキトだったが、一つの重大な事実に気が付いた。


「あっ、そうだ、お醤油切らしてたんだ!

 買いに行かなくっちゃ!」


 ・・・・・・・・・主夫、アキト。


 この時8歳だった・・・・・・。















 両親が離婚し、ミナトは母親の実家、火星のユートピアコロニーに住んでいた。


 家は、裕福な部類に入る。


 今年で50になる祖父が、ネルガルの重役だったためだ。


「おーい、ミナトー」


 従姉妹のハルカ・ミサオが、和風住宅の、庭に面した板張りの廊下を歩いていた。


「なーに、ミサオー」


 ミサオの目の前にあるドアが開き、ミナトが顔を出した。

          あてが
 そこが、ミナトに宛われた部屋だった。


「今日さ、スーパーで特売があるんだけど、一緒に行かない?」


 ミサオは、12歳だった。


 ミナトと同学年の、一歳差。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「ねえねえ」


「まぁ、別にいいけどさー、ミサオ、オバンくさいよ」


「あははは、気にしない気にしない。

 私は気にしないし」


「いや、あなたが気にしなくても、私が気にするから」


「あはははは、まあいいじゃない」


「ははは、まあいっかぁ」


 こうして、2人は近所のスーパーに買い物に行くことになった。















 もし「運命」というモノがあるのなら・・・・・・















Act.2 出会い

「♪♪♪♪」


 アキトはとてもルンルンだった。


 何故なら、近所のスーパーが偶然にも、ちょうど醤油の特売日だったからだ。


 普段は1000円する醤油(結構な高級品)を使っているのだが、今日は醤油類は全品2割引だったからだ。


「おーし、発見!」


「ちょっと、ミサオー、置いてかないでよー」


 醤油を手にしたアキトの側で、小学5、6年くらいの少女が、双子と見間違うくらいによく似た少女を手招きしている。


「全くもう、遅いよ、ミナトは」


「・・・・・・100m走小学生・女子部門の、コロニー記録保持者が何を言う」


「あははは、気にしちゃダメだってば♪

 私は気にしてないし♪」


「だからぁ、私は気にするんだってばっ」


(100m走小学生・女子部門のコロニー記録保持者?

 なんかー、学校で聞いたり見たりした覚えがあるな、そういえば)


 アキトは、2ヶ月ほど前に行われた陸上競技のコロニー大会が行われ、

 アキトが通う小学校から出場した人が、優秀な成績を収めたので、どーたらこーたらと、

 校長・教頭が長ったらしい話しをし、表彰状を一人の少女に渡したりしたことを思い出した。


(え〜と、確か『ハルカ・ミサオ』さんだったっけかな?

 でも、隣の子は誰だろう?

 よく似てるけど、ハルカさんは一人っ子だ、って聞いたし・・・)


 その情報は、自分に五月蠅く付きまとう2人の少女から聞いたものだ。


(そういえば、ユリカとカグヤちゃんが言ってたっけ。

 ハルカさんの従姉妹も、うちの学校に通ってる、って)


 一旦思考を止め、頭をポリポリと掻く。


(ま、僕には関係ないことか)


 そんなことを思い、その姿を主夫(笑)へと変える。


(えーと、他に何か買う物はないかな・・・・・・?)


 とりあえず他の調味料の棚の所に移動しようとしたとき、


「あっ」


 ドテッ
 

「・・・・・・おーい、生きてるかーい、ミサオー」


「あ・・・あう、ぅ・・・・・・・・・(涙目)」


 何がどうなったのかは分からないが、ミサオが転んだようだ。


 彼女が抱えていた醤油のボトルが、アキトの足下まで転がってくる。


「・・・・・・」


 それを拾い上げ、ミサオの側に立つ少女の所まで持っていく。


「はい」


「あら、ありがとう」


「いえ、別に・・・・・・」


 少女は、アキトの持つカゴの中を見て、一言言った。


「あら、お使い?

 小さいのに、偉いのね」


「・・・・・・・・・これでも、主夫業を営んでるんですが」



 自分で言うのか、オイ



「そうなの、ごめんなさいね」


「ミナトぉぉぉ、手を貸してよ〜〜〜」


 相変わらず涙目のミサオが、アキトの目の前にいる少女に呼びかけた。


「コラ、こんなに小さいのに主夫やってる男の子がいるのに、12歳のあなたが人の手を借りないと立てないなんて情けないぞ」


「・・・・・・・・・小さい、って言って欲しくないんですけど・・・・・・」


 アキトが小声で突っ込むが、ミナトは気付かなかった。


 ミサオが、「あうぅ〜〜」とか言いながら立ち上がった。


「お醤油、ありがとうね。

 私はハルカ・ミサオ。

 こっちは従姉妹のハルカ・ミナト。

 あなたの名前は?」


 立ち上がり、ミナトから醤油を受け取るなりミサオが言った。


「あ、アキト・・・・・・。

 テンカワ アキト・・・・・・です」


「そう、よろしくね、アキト君」


 ミナトが手を差し出しながら、そう言った。


「よろしくぅ♪」


 ミサオが、何故かは分からないが楽しそうに、言った。


「は、はぁ・・・・・・」


 アキトは困惑し、どう返事をすればいいのか分からなかった。


「ほら」


 ミナトが、差し出した右手を揺する。


「え?え?え?」


 アキトは「?」の海に呑み込まれた。


「まったく、恥をかかせないでよね」


 そう言いながらミナトはアキトの右手に手を伸ばした。


 そして、握る。




















 もしこの世に「運命」というモノがあるのなら、この日常の何気ない一コマは「運命」に他ならなかった。




















オリキャラ紹介(その1)


天河 和人(テンカワ カズト) ♂

 ○アキトの父親。

 ○設定でどういう名前だったのかは知らない。

 ○ネルガルの科学者。

 ○現在の研究はやっぱりボソンジャンプ。

   だけど、他にももう二つあったり・・・・・・

   それは本編をお楽しみに。

 ○妻に死なれ、一人息子を省みず研究にかまけてた(過去形)バカ。

 ○容姿はアニメの回想時に準ずる。


天河 明奈(テンカワ アキナ) ♀

 ○アキトの母親。

 ○カズトとは、熱烈な恋愛の末に結婚。

   職場結婚だった。

 ○ネルガルの科学者。

 ○研究内容はカズトと同じ。

   というか、カズトの補佐(カズトは研究主任)だった。

 ○過労で倒れ、病にかかり、亡くなる。

 ○本編では回想で出演する予定。

   ただし、あくまで「予定」である。

 ○容姿はアニメの回想時に準ずる。


遙 美波(ハルカ ミナミ) ♀

 ○ミナトの母親。

 ○ナデシコ本編での名前は不明。

 ○名前が出てきていないが、出演予定が一応あるミナトの父親「佐伯優(サエキ スグル)」の妻。

   なお、息子の名前は「佐伯 雅弥(サエキ マサヤ)」という。

   彼にも一応出演予定がある。

   これもまた、「予定」でしかないが。

 ○スグルとは離婚し、現在実家に住んでいる。

 ○父親に頼み、ネルガルに就職。

 ○一応経済的には自立している。

  ・・・・・・朝食や夕食は家族みんなで食べており、その食費は父親が出していたりするが。

 ○ミナト(21歳ver)の髪を黒くし、少し白髪を混ぜて、ちょっと老けさせた感じ。


ミナトの祖父
 ○本名「遙 秀雅(ハルカ ヒデマサ)」

 ○ミナトの母方の祖父。

 ○ネルガルの重役。

 ○馬鹿な重役共の中で、最もまともな人物。

 ○親バカで、祖父バカ。

   だからと言って、コウイチロウを思い浮かべてはいけない。

   それよりも、「ああっ 女神さまっ」に出てきた矢間野 里子(ヤマノサトコ)の父親(名前は不明)だ。

   彼を、もうちょっと柔和な顔つきにした感じ。


遙 美紗緒(ハルカ ミサオ)

 ○ミナミの兄の娘。

   ちなみに、父と母の名前は未定。

 ○ミナトと仲がよい。

 ○運動神経は抜群だが、頭は決して良くない。

   ・・・・・・というか、むしろお馬鹿。

   学校の成績(5段階評価)は、体育と家庭科以外全て2。

   1がないだけ、まだましか・・・・・・

 ○容姿はミナトとほとんど同じ。

   だが、いつもにこにこと笑っており、目はキツネ目になっている。

   あと、胸がもうちょっとある。

   ・・・・・・その変わりウエストも少しあったり・・・・・・・・・















 裏切り者(?)の手記
 
 オレは、組織を裏切ってしまったかもしれない。

 そんなことは無いと自分に言い聞かせるが、そうと誤解されても仕方がないようなことをやってしまった。

 爆弾やウィルスが送られてきてもおかしくはない。

 だけど・・・オレは・・・・・・・・・