Act.0 イネス=フレサンジュは12歳

 『月招』の看板。

 その脇に階段がある。

 昨日は、そこをバーかカラオケか何かだと思った。

 10人、全員が。

 だが。

 ラーメン屋『幸薄』の店主によれば、そこが目的地の火星資料館の入り口だという。


「・・・・・・・・・。

 何でこんな所に入り口があるのよ・・・・・・」


 はるかの呟きに、9人がさもありんと頷く。


「とりあえず、こうしてても空しいし、さっさと入りましょ」


 レイの音頭で、火星資料館入り口の階段を下りた。

 階段は急角度で、天井は低く、ほんとに場末の地下バーやカラオケみたいだった。

 ドアも似たようなもので、安っちいアルミ合金の小さなドア。

 塗装もされず、銀色のまま。

 少々厚くなった部分で二分されており、上側は磨りガラスが張ってあった。

 その磨りガラスには、セロハンテープで


『火星資料館入り口』


 と書かれた紙が貼ってある。


『・・・・・・・・・・・・・・・』


 それを見た10人の間に、痛い沈黙。

 10人の様子に業を煮やしたかのように、ドアが開いた。


「ちょっと、何時までボーっと突っ立ってる気?」


 中から様子を見ていて、そう言いながら現れたのは、12、3歳の少女だった。

 あどけないが、どこかシャープな、ビジネスウーマンライクな顔立ち。

 明るい金髪は、薄暗い蛍光灯に照らされ、微かに輝いている。

 瞳は、全てを見通すかのような冷たい鋭さを持つ、エメラルドグリーン。

 その少女の名は・・・・・・


「いっ、イネスさん?!」

「何でこんな所に?!」


 イネス=フレサンジュという。


「久しぶりね、アキト君、ミナトさん。

 それからイツキさん、レイさん、ジュウゾウ君、ミサオさん」


 以前に会ったときと少しも変わらない、陶然とした笑み。

 その中には、悪戯に成功して喜ぶ子供のような雰囲気が混ざっていた。








機動戦艦ナデシコif 
AnotherNADESICO

第12話 『引継』










Act.1 イネス博士と遊ぼう

「な、何でイネスさんがここに?」


 アキトが驚きを隠せずに訊くと、


「イネスは火星資料館の館長さんなんだぞ、えっへン!」


 と、胸を反らして言ってくれた。

 ミナトとはるかが、自己主張するその胸を見て、思わず視線を落とした。


「・・・・・・館長って、イネスさんまだ12でしょ?」


 と言うイツキに、『チッチッチ』と某トレージャーハンターのように首と指を振る。


「忘れたの?私は、もう飛び級でいくつか大学を卒業している才媛なのよ」


 『才媛』に妙に力を込めて言うが、普通は自分でそんなことを言いはしない。


「まあ、そんな些細なことはおいといて、入るんならさっさと入りなさい。

 じゃないと、料金二倍にするわよ?」


 ・・・・・・などと言われれば、入らないわけにはいかない。

 外は太陽から離れた火星とはいえ、夏だけに暑かった。

 しかし、資料館館内は冷房が効いているらしく、涼しかった。

 後で聴いた話、冷房自体の設定温度は割と高めらしいが、扇風機を併用しているため、かなり効果が高いとか。

 ついでに扇風機の前に水をおいているため、湿度もそこそこをキープしているらしい。










Act.2 6月3日(日)

 6月3日(日)といえば、思い出すのはアキト、ミナト、イツキ、ミサオの、レイとの第一次遭遇である。

 しかし、6月3日という日には、他にも2つのことがあったのだ。

 一つは、カズトとミナミの四十九日明け。

 この事自体に、もう一つの要因があった。

 もう一つは、イネス=フレサンジュの、テンカワ家来襲である。





        ぴ〜んぽ〜〜ん


 コミカルな音を立て、玄関のチャイムが鳴った。

 ミナトが「はーーい」と言いながら、出た。


「どちらさまですかー?」


        がちゃッ


 ドアを開けると、そこには自分と大して変わらないであろう年齢の、金髪の少女がいた。

 なぜか白衣を着た少女の瞳は、その年齢にしては厳しいものだった。


「え、と・・・・・・どちら様ですか?」


 と、もう一度訊くと。


「私はイネス=フレサンジュ。

 テンカワ カズト博士の同僚よ」



「・・・・・・・・・は?」





 ミナトが固まった。










「ミナト遅いねー」

「本当ね、お客さんと何かあったのかしら?」


 ずずッ、とミルクティーを啜るレイ。

 『このアイスミルクティー、美味しいな』とか思いつつ、顔を玄関のある方へと向けた。










Act.2 プロジェクツ

「・・・・・・なに、疑っているの?」


 イネスが、固まって動かなくなったミナトに声を掛ける。


「え、う、うん。

 よく分かんないけど、お義父さんすごい難しい研究してたんでしょ?

 それをあなたもやってるなんて・・・・・・」

「つまり、証拠を見せろ、と言うわけね。

 なら、これでどう?」


 懐に手を入れると、名刺を取り出して見せた。


『ネルガル ユートピアコロニー支部 第3研究室室長

        イネス=フレサンジュ』


 とあった。

 祖父がネルガル関係者なため、その名刺を見たことがある。

 イネスが差し出した名刺は、紙もその構成も、祖父のものと全く同じだった。

 ロゴマークも、寸分違わない。

 ーーー つまり、本物。


「これで信じてもらえたかしら?」

「え・・・え、ええ、まあ・・・・・・。

 ・・・でも、なんで家に?」


 不思議そうに首を傾げて訊くと、


「テンカワ博士が主任を務めていたプロジェクトの引き継ぎよ。

 本当は5月には引き継ぐはずだったんだけど、流石にね・・・・・・

 私が無理言って、四十九日が明けるまで待ってたのよ。

 ・・・・・・それで、今日はその四十九日明けでしょ?

 そう言うコトよ」


 納得して頷き、


「・・・・・・って、あれ?

 その研究の資料って、研究所の方じゃなくてウチに?」

「テンカワ博士が、家族との時間のために仕事、家に持って帰ってまで家に戻ってたから。

 そうなれば、必然と資料や書類はこの家にあるワケよ」


 「ふ〜〜ん、成る程」と呟きながら、再び頷いた。


「とまあ、そういうワケだから、家に上がらせてもらうわよ」


 ミナトの返事も聞かず、イネスはさっさと上がり込んでしまった。


「えーと、博士の部屋はどっちかしら?」


 呟きながら、勝手に家の中を歩き回る。


「ここかしら」


 上がって右側すぐの部屋に入る。

 見事に、そこはカズトの書斎だった。

 赤を基調とした鮮やかなカーペットが敷かれている、書籍だらけの部屋。

 天井は一階の天井ではなく、二階の天井だった。

 この部屋はこの部屋と、独立して二階建てになっているのだ。

 正確に言えば、ロフトであるが。

 そのロフトにも、所狭しと本棚が並べてあり、それら全てが埋まっている。

 しかもそれだけでは足りなかったらしく、部屋の奥に置かれた執務机の上や脇にも、乱雑に積まれていた。


「・・・・・・・・・・・・」


 イネスはツカツカと執務机に歩み寄ると、その引き出しを開け放った。

 そこには、3つのA4サイズの茶封筒。

 おもむろに、そのうちの一つの口を開け、中身を取り出す。

 何十枚もの紙。

 それをイネスは真剣な眼差しで一番上の書類を見つめた。


『・・・・・・BJとルインの関係は、おそらくルインがBJの制御をしている、と言うものだろう。

 しかし、BJ、ルイン共にまだ謎が多く、一概にそうとは言い切れない。

 しかも、“H”で見つかったルインは端末でしかないようで、BJの詳しいことは分からない。

 もしかしたら詳しいことも分かるかも知れないが、今のところ現行のシステムとの相違点が多すぎ、解析が終わっていない。

 結局詳しいデータがない可能性もある。

 だが、一つ言えるのは現段階の技術でBJの謎を解き明かすことは出来ないと言うことだ。

 出きるかもしれないが、その謎を解決する糸口が見つからない限り、不可能なことは確実である。

 ともかく、一刻も早いルインの解析が必要である・・・・・・』


 小難しい言葉が、細かい字で細々と綴られている。


「・・・・・・間違いないわね。

 こっちの2つも確認しておきましょうか」


 『BJ』と書かれた封筒に、今見ていた書類を戻し、今度は『LC』と書かれた茶封筒から書類を取り出した。


『・・・・・・“O”で見つかった異星人の宇宙船技術の一部が解明された。

 解析されたデータによると、エンジンは真空を相転移させることによってエネルギーを取り出す、半永久機関であることが判明。

 また、主砲にエネルギーを重力波に変換して放つ兵器が搭載されていたことも判明。

 現行の技術で、これを防ぐことは不可能。

 現在我々が保有する兵器での攻撃も、擬似的に空間の位相を変化させる彼らの防御シールドの前には無意味である。

 有質量攻撃には弱いようではあるが、一撃でシールドを貫くことは出来ず、戦艦級のレールカノン十数発が必要と思われる。

 これらの詳しい説明は以下の資料に・・・・・・』


 続いて、『ND』という茶封筒。


『・・・・・・“LC”の利用について、火星以降の外惑星有人探査などが上げられる。

 これは、“LS”に使用されていたエンジン(以下“E”)の出力が大きい。

 “LS”から得たデータによれば、現行の最高発電力を持つ第3世代型核融合発電の数倍〜数十倍という出力。

 これに重力制御の技術を応用し、より高性能の慣性中和装置を完成させれば、理論上三週間で地球−火星間の往復が可能。

 疑似空間位相変化の防御シールド(以下“ディストーションフィールド(DF)”)により、艦体の安全も確保される。

 隕石群も、余程巨大、又は濃密でない限り、有質量には弱いとはいえ、“DF”を貫くことは出来ないはずだ。

 それらも、重力波を束ねて放つ兵器(以下“グラビティブラスト(GB)”)を用いて破砕することにより、無力化が可能。

 問題は飲食料であるが、プラントを改良すれば、半年ほどは一艦だけでの行動も可能なはずである。

 これらの技術を使用し、一隻の艦を建造されることが決定した。

 実験艦“ナデシコ”については、以降の資料を参照・・・・・・』


「・・・・・・この資料で間違いないようね」


 3つの茶封筒を懐に入れ、少女は白衣を翻らせてつい今さっき通った道を後戻りした。

 書斎の入り口で、ぼへーっと自分を見つめる少女に、


「それじゃ、邪魔したわね」


 と言い去り帰ろうとしたところ、


「義姉さん? 一体さっきからどうしたの」


 と言いながら、アキトが姿を現した。










Act.3 イネス博士と愉快な仲間達

「アキト君、ミナト先輩どうしたの?」

「何かトラブルでも?」

「どうした、ミナトー?」


 イツキと、敵性体と、ミサオが続いて姿を現した。

 ジュウゾウも煎餅を口にくわえ、顔を見せている。


「・・・・・・・・・(ぽりっ)」


 そこはかとなく幸せそうである。


「ううん、別に何でもないの。

 お義父さんの研究の引き継ぎで、資料を取りに来たんだって」


 イネスを手で指し示しながら、ミナトが四人の質問に答えた。


「あ、そうなんだ。

 ・・・・・・僕はテンカワ アキト。

 あなたは?」

「私はイネス=フレサンジュ。

 テンカワ博士の同僚よ」

「イネス・・・・・・フレサンジュ?

 そういえば、同僚に12歳の超天才児がいる、って言ってたなぁ・・・・・・」


 とアキトは呟いた。

 ミサオは意味無く「アハハハハ」と笑った。

 イツキは頭が良い人間にコンプレックスを抱いている(テストは毎回、いわゆる赤点スレスレ)ので、ジト目で見つめた。

 レイは特に何も考えていなさそうな笑顔を浮かべたまま。

 ジュウゾウは数奇な人生を生きている少女に、驚嘆の視線を向けた。


「(俺ぐらいの歳で兵士をしている人間もいれば、学者をしている人間もいるのか・・・・・・

  人生・・・・・・奥が深い・・・・・・・・・)」










「・・・・・・・・・それが、どうしてこんな所にいるんですか?」


 イツキがジト目でイネスに問うと、


「ま、人生いろいろよ」


 と答えた。


「はい、それじゃあ入館料、1人150円ね」










オリジナル設定 (その2)

 火星の通貨単位は、日本円。

 理由は、入植者の数が一番多かったのが日本人だったからだ。

 なお、次点はアメリカで、その次が中国、そしてヨーロッパ各国と続く。

 割合を見ればユーロ圏の『ヨーロッパ』が一番多いのだが、通貨価値は日本円の方が大きかったため、結局日本円に。










後書き

 まず最初に、『湊はるか』は別人28号さんの許可の元出演しています。


 今回は旅行中にもかかわらず、過去のお話でした。

 元から予定していたこととはいえ、やっぱりちょっと強引だったかなー、とか思ったり。

 それと、今回はいろいろと出てきましたね。

 前に『この話は、テレビの方のストーリーに入るの?』と言うメールを頂いたのですが、安心してください。

 今話を見れば分かるとおり、ちゃんと入ります。

 ただ、問題はいつになったらそこまで話が進むのか、その一点に尽きます。



 それでは。




追伸

>別人28号さん

 う〜〜ん、僕としてはツッコミどころはガイではなく、火星資料館の場所だと思ったんだけどなぁ・・・・・・

 それとも、ツッコミ忘れですか?




 今度こそ、それでは。


コメント代理人 別人28号のコメント


まさか イネスが火星資料館の館長だったとは・・・

これは予想外でしたねぇ 趣味でやってるのでしょうか?

・・・ハッ! 実は更に地下があってそこはイネス研究所とか!?


『ネルガル ユートピアコロニー支部第3研究室室長 イネス=フレサンジュ』

・・・12才で室長・・・部下、ちゃんとついてくるんでしょうか?

ともかく、館長ってのはカンペキ趣味という事ですね

なんか危険な実験バレて クビになってたとすれば話は別ですが




資料館が地下にあるってのはたいしたツっこみ所ではないでしょう

ただ単に寂れてるって演出だと思ってました


イネスが館長だとすれば 別の演出の可能性もあって怖いですが・・・