Dは座っていた。

 襦袢のような物を着、滝に打たれながら。

 もう三時間以上。

 因みに、滝はやはり寮の庭園にある。

 なお、高さは20mを越えている・・・・・・

 心なしか頭が削れているように見えるのは気のせいだろうか?

 しかしDは今もなお精神集中を続けていた。

 宏美に聞いた話を頭の中で何度も何度もリフレインさせながら・・・・・・

 

 

「あなたは特殊な血を引く家系に生まれたの」





「紫苑が炎を放つのを見たでしょ?

 あなたにはアレと同じ事が出来るんだ」





「あなたには修行をして貰うから。

 今、僕たちには少しでも多くの力が必要だから・・・」





「A-10を潰すために・・・・・・」





「それも、ただ数が多いだけじゃダメ。

 彼らのそのほとんどは、大部分が私たちよりも劣るけど、“力”を持っています」





「そう、少数精鋭でないといけません」





「あなたの“力”が覚醒さえすれば、僕たちの戦いはずっと楽になるんだ」





「彼らの目的は人類の根絶」





「彼らは言います。
       ほし
 『この惑星にコロニーが墜ちてくる。我々の行いは、人類を安楽死させることなのだ』・・・と」





「(・・・・・・一体宏美さんは何を考えているんだ?俺に“力”がある?

 あんな?人外の?

 大体こんな事して、ンな力が付くのか?)」

 とか考えていたら、いつの間にか背後にいた宏美に叩かれた。

 ビシィっ!
 
 と。

「でっ!

 何するんだ!」
              たつの
「D、あなたは昔の龍之と同じですね。

 修行に身が入ってません」

「龍之ちゃんと同じ?

 あんなにまじめにやってるぞ?」

「ええ、今は」

 宏美はクスリと笑って、話を続けた。

「でも、ここに来たばっかりの頃は、あれで、かなり修行時に雑念が混ざってたんですよ。

 ふふ・・・、今日は、そのことでもお話ししましょうか・・・・・・?」




機動戦艦ナデシコ
TWIN DE アキト
サイドストーリー第一部〜蜥蜴戦争前夜〜
 


第壱話 二年前の『六月の出来事』





 その日の夜、東京は季節外れの嵐に見舞われていた。
 
 ズガアアァァァァァアアアンッ ! !
 
 雷鳴が轟く。
 
 ズザアアァァァァァァアアアッ ! !
                       じだ
 激しい雨音が耳朶を打つ。



 そして暗い部屋の中、二人の人間が向き合っていた。

「・・・突然だが、明日、転校生が来ることになったよ」

「転校生? 随分とまあ、季節外れですね」

「まあ、そう言うな。
              てんのうじ
 彼女の名は“天皇寺 龍之”」

「天皇寺?」

「うむ。

 おそらく、お前の考えている“天皇寺”だ。
  はちけじゅうさんけ
 八家十三家が一家の、そしてお前の幼馴染みのいる、な」
                                            かあ       みしげ
「・・・そういえばお爺様、今、連絡が取れるのは私たち神楽家、お義母様の神重家を除いた十九家のうち、何家なのですか?」
     みさき  あまみ               ふみつき
「・・・神崎、天神、天皇寺、文月の四家だけだ」

「たったのそれだけ・・・・・・ですか」

「うむ。
           かんご      かすみ
 それはそうとな、寛吾殿、霞殿からお前に折り入って頼みがあるというのだが・・・・・・『うん』と言ってくれるな?」

「内容によりますね」

「そう言わずに」

「やっぱり内容次第ですよ」

「そんなこと言ってくれるな、我が愛しき孫よ」

「契約はまず内容を確認してから、と言うじゃありませんか」

「・・・ふぅ・・・・・・

 寛吾殿、霞殿からの頼みというのは、『龍之と結婚してくれ』、ということだ。簡潔に言えば、な」

「結婚、って、人生最大の賭じゃないですか。

 それを確認せずに返事を貰うつもりだったのですか?

 ・・・まったくお爺様は・・・・・・」

「それで返事は?」

「保留、としか答えられません。

 龍之ちゃんのことは、僕は何も知らないも同然なんですよ?

 最後にあったのは龍之ちゃんが5歳の時なんですから」

「それもそうじゃの」

 そう言って、男は笑った。

「それではお爺様、話しも終わったようですので、これで失礼します」

「・・・お休み、我が孫よ」

 

 

「・・・・・・とまあ、そんなことがありまして、龍之が次の日に、御神楽学園に来たわけです」

「ふ〜ん」





「・・・ここが・・・・・・私が今日から住む地、か」

 営団でない私営のの地下鉄の駅『御神楽学園前』で降り、地上に出た女性は眩しい朝日に顔をしかめながらそう呟いた。

 彼女の髪は漆黒。

 腰まで届くその黒髪を高い位置で結っている。

 服は特に気を遣っている様子もなく、真っ白の半袖シャツに真っ青なジーパン。

 だが、それでも彼女は芸術家が作り上げたかのような美しさを誇っていた。

 ただ・・・・・・石造りの芸術、そのほんの少しの冷たさまでもを、彼女は持っていた。

「あなたが天皇寺 龍之ちゃん?」

 いきなり、横から声を掛けられた。

 声の持ち主は眼鏡をかけた、蒼く美しい髪を持った人物。

 そこら辺のアイドルやタレントなどよりも数倍、いや、それ以上美しい。

 そして、その脇には猫科の動物を抱えた淡い紫色の髪の少女が居た。

 龍之はその声の持ち主を知らなかった。

「誰だ、お前は」

 手に持っていた長い袋から何時でも木刀を取り出せるようにする龍之。

「僕は神楽 宏美。

 寛吾さん・・・君の父さんから聞いてない?」

「そんな話は聞いていない」

 それを聞き、溜息を付く宏美。

「まったく寛吾さんは・・・・・・

 まあとにかく、僕は『御神楽(御神楽学園は普通、略されてこう呼ばれる)』までの道案内だから、後ろ付いてきて。

 あ、それとこっちは辰巳 理樹。

 御神楽の初等部の生徒だよ」

 一歩前に出る理樹。

「・・・・・・私、辰巳 理樹。

 よろしく。

 この子はシャール」

 この子というのは理樹が抱えている金茶の毛に黒の斑点の猫科の動物のことだ。

 宏美は理樹の自己紹介が終わると、龍之に背を向けさっさと歩き始めた。

 理樹もまた、シャールを頭の上に載せ、宏美の後について歩き始めた。

 後には完全に毒気を抜かれた龍之だけが残った。

 

 数分歩くと妙に古めかしい純和風の門が見えてきた。

「ここが・・・・・・御神楽学園?」

「いえ、ここは御神楽の寮。

 御神楽はとりあえず荷物を置いて、寮の人たちに挨拶をしてからね」

 そう言って微笑む宏美。

「はあ・・・・・・」

「・・・ひーちゃん、みんなを呼んで来る。

 食堂に集まるように言えばいいよね」

「うん。

 頼んだよ、理樹ちゃん」

「・・・うん」

 理樹はそう言うとシャールを腕に抱え直し、門の奥へと駆けていった。

「それじゃ食堂でみんなを待ってようね。

 寮の案内は今する?それとも御神楽を見てからにする?」

「・・・どっちでもいい」

「そう?

 別に後でいいか。

 じゃあ食堂に行こっか」

 

 二人が食堂に行き数分すると二人の少女が入ってきた。

 二人は双子なのか、顔立ちがよく似ていた。

 二人とも髪は茶色で、ウェーブがかったセミロング。

 ただ、二人の纏う雰囲気がかなり違う。

 ジーパンに黒いT−シャツという、龍之のようにファッションに無頓着というのではなく、ラフな格好をした、顔立ちの少々きつい女性が龍之に声を掛けた。

「よお、龍之。

 理樹から話は聞いたよ。

 オレは岸 沙代。

 よろしくな」

「(・・・・・・綺麗な女性だが・・・この言葉遣いはどうにかならないのか?)

 よろしくお願いします」

 内心思っていることをおくびにも出さず挨拶をする龍之。

「姉さん、女性がそんな言葉遣いをするものじゃないと何回言えば分かるんですか?」

 ロングスカートに落ち着いたクリーム色のシャツを着た女性が沙代にそう言った。

「別にオレの勝手だろ。

 それに沙和、お前みたいに陰険なのより遥かにましだと思うぜ」

 どうやら沙代に話し掛けた女性の名前は“沙和”というらしい。

「ふぅ、姉さんには困ったものだわ・・・・・・

 龍之さん、私は姉さん・・・沙代の双子の妹の沙和と言います。

 龍之さんのクラスメイトになります。

 よろしくお願いしますね」

 そう言うと沙和はペコッとお辞儀をした。

「どうもご丁寧に」

 つられて龍之もお辞儀をする。

 ガチャッ

 ドアが開き、いわゆる“緑の黒髪”という表現がよくあう、とても美しい光沢を持った腰まで届く長髪の女性が食堂に入ってきた。

 彼女はどことなくほんわかとした空気を周りにまき散らしていた。

 赤いフレアスカートに白いタンクトップという、少々子供じみた服を着ているが、その雰囲気は十分に大人の女性。

「あなたが天皇寺 龍之さん?

 私はこの寮の寮長をやらせてもらっている、奥田 瞳。

 御神楽の高等部の三年よ」

 

 次に食堂に来たのは、赤いチャイナ服姿の二人の女性。

 一人はお団子ヘアー、もう一人はダブルお団子ヘアー。

 髪の色は漆黒。

「わたしは、すーれいほーネ。

 出身は中国は福建省ネ。

 名前を漢字で書くと“石”に“麗しい”“宝”ヨ」

 お団子ヘアーの女性がそう言った。

 もう一人は、

「私は石 美宝(スー メイホー)といいます。

 麗宝の双子の妹で、御神楽の二年です。

 よろしくね」

 と、麗宝とは違って、流暢な日本語でそう言った。

 

 そして、次々とこの寮の住人が食堂に来、龍之に挨拶する。

 

 最後に食堂に来たのは金髪の、寝間着のような服を着た7、8歳くらいの女の子と理樹だった。

 そして、理樹は少女を支えている。

「わたし、さら=でぃーにる。

 みかぐらしょうとうぶのさんねんせいです。

 よろしくおねがいします」

 サラは、熱でもあるのか顔が赤かった。

「サラちゃん、無理しなくていいんだよ?」

「ううん、ひろみさん、わたしだいじょうぶだよ」

 さっきからふらふらとしていて、とても大丈夫そうには見えない。

「・・・サラは“力”が大きすぎて体が付いていけないから、いつもこうなの。

 時々、お兄さんのオドワルドさんが来て、発作を押さえてくれるけど・・・・・・」

 そう言い、サラを支え直す理樹。

「“力”? それは一体・・・?」

「え・・・・・・?」 ×その場にいた全員

 一瞬の沈黙。

「またまたぁ、とぼけちゃって」

 誰かがそう言ったが、龍之は“力”が何なのか、全く分からなかった。

 

 

「“力”って?」

「昨日あなたに説明した“力”のことです」

「ああ、アレか。

 しっかし・・・実際に見てなきゃ信じられないぞ?

 この、表現的には“科学万能の時代”に、“魔法”の存在だなんて」

「まぁ、皆さんそう言いますね」

「ところで、結局“魔法”について説明を受けてないんだが・・・・・・」

「それじゃあ説明しますね。

 まず、“ルーン”というのは人の魂、精神、肉体の持つ力の総合計だと思ってまず間違い有りません。

 ・・・・・・厳密に言えば、少々違うんですけど。

 それで、“ルーン”の絶対量には、とりあえず8段階のランク分けがしてあります。

 ランクE:ルーンの絶対量が少なすぎて健康に悪影響を与えているもの。

 ランクD:ほとんどの人間がこれにあたり、魔法は一切合切使えない。

 ランクC:初級魔法が使える可能性がある。

 ランクB:中級魔法が使える可能性がある。

 ランクA:上級魔法が使える可能性がある。
                                                         のりと
 ランクS:上級魔法を扱え、いわゆる超能力・・・・・・正確に言えば“無声術”、つまり呪文・祝詞を必要としない魔法を使える可能
       性がある。

 ランクSS:最上級魔法を使える可能性があり、“無声術”で中級魔法を操れる可能性がある。

        だけど、体が出来ていないと、体に悪影響があります。

 ランクSSS:最上級魔法を扱え、“無声術”により上級魔法を扱える。
 
          ただ、これに属するのは“八家”と呼ばれる家の当主ぐらいの者だけ」

「何でだ?

 それに“八家”とは?」

「八家というのは・・・・・・そうですね。D、あなたは“魂”というモノを信じますか?」

「(そーいや、さっきも『“ルーン”は魂と精神と肉体の力の総計だ』って言ってたっけかな)

 まぁ、否定はしないね。有ると言い切りもしないけど」

 宏美は、Dの言葉に頷くと話を再会した。

「八家というのは、神・・・・・・正確には“竜王”という、神より一ランク上の存在の魂を持っているんです。

 精神は魂の力ほとんど比例関係ですから、八家の人間の“ルーン”の絶対量は、非常に大きくなるわけです。

 さて、本題の魔法とは何か、ですが、魔法とは、ルーンを、神や精霊などに力を借りて制御し、形にすることです。

 尤も、形にするといっても、有形、無形など、様々ですが・・・・・・

 それと、力を借りる際に、自分の精神力を糧とするので、ある程度以上は使うことが出来ませんし、自らの精神力で抑えきれないほど強力な力は、暴走してしまいます。

 ただ、自分のモノを他の者の力で制御する分、威力に限界があるのが問題点。

 だけど、八家の人間ほどのルーンが有れば、ルーンそれ自体の力で、ルーンを制御することが可能。

 そして、魔法は、力を借りた神、精霊、借りた量によって同じ魔法でも威力、成功率が変わってきます。

 当然、その神や精霊の司るモノによって、使える魔法が決まります。

 更に、その成功・不成功の根元的なモノは、意志力です。

 魂の力でも精神の力でも、ましてや肉体的な力でもありません。

 意志の力こそが、根元的な魔法の成功・不成功の鍵を握っているんです。

 それともう一つ。

 肉体的な強さは、魔法を制御しても、それが大きい力なら大きい力なほど、肉体に負担がかかるから、やっぱり大切です。

 まぁ、こんな所かな・・・・・・

 さて、それで、さっきの話の続きだけど、その時の龍之は、その“力”のことだと思わなかったそうです。
          と う
 ・・・何でも、お義父様が、御神楽について何も話していなかったそうで・・・・・・」

「? 御神楽について?」

「ええ、そうです。

 まぁ、その話はまた後ほどということで・・・・・・・・・」

 

 

「・・・・・・ここが・・・・・・御神楽学園・・・・・・・・・」

 龍之の茫然自失とした声。

「そうだよ」

「・・・ここが御神楽だって言った」

 宏美と理樹の落ち着いた声。

 どことなく理樹の声には哀れみさえ感じる。

「・・・・・・・・・信じ・・・られない・・・・・・」

 再び龍之の呆然とした声。

 だが、それはしょうがないと言うものだ。
 
 なぜなら。
 
 御神楽学園の敷地は、1000坪越えているのだ。見えている所だけで。
 
 これで驚愕しない人間は、多分、いない。

 いてたまるか、という気もするが。

 まあ、そんなわけで、龍之は呆然としているのだ。

「・・・何時までボーっとしてるの」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・龍之?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・おーい、龍之ー」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・ふぅ(溜息)

 行け、シャール」

 理樹の声に反応し、彼女の腕の中で気持ちよさそうに寝ていたシャールが、その腕から跳んだ。

 そして・・・・・・・・・
 
 ばりっ!べりぃっ!
 
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁあああ ! ! !」
 
 龍之の顔にシャールの爪痕が出来た。
 
「な、な、な、何をするんだ、このバカ猫 ! !」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 龍之の声など気付かないかのようにペロペロと爪を舐めるシャール。

 けしかけた理樹も無視している。

 宏美だけがあたふたとしている。

 手を口に当て、土煙を巻き上げながら辺りをばたばた駆け回っているのだ。マンガチックに、二等身で。

 でもって。

「どーしようどーしようどーしよう。

 寛吾さんに、霞さんに合わす顔がないよぉ〜〜」

 と、叫んでいる。錯乱している。かなりヤバイ。

 が、

「・・・シャール」

 という理樹の一声と共に、再びシャールが動いた。

 今度は宏美の方に向かって。
 
 かぷっ(はぁと)
 
 そして宏美の頭に噛み付いた。
 
「ぎゃああああああああああああ ! ! ! !」
 
 龍之にも勝る大きさの絶叫。

 のどは大丈夫なのだろうか?

 ちょっと心配だ。

 ・・・尤も、いらぬ心配なのだが。いつものことだから。

 宏美を見た龍之は、退いた。思いっ切り。

 そりゃそーである。

 頭を猫に噛まれ、あまりの痛さにバタバタ走り回っている(龍之主観)のだから。
 
「理樹 ! こう言うことしちゃダメだって何回言ったら分かるの ! ?」
 
「・・・何回言われてもやるときはやる」

「・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」

「・・・・・・・・・・・・・・・(な、なんて子供だ!)」

 理樹の返答に、思わずそんなことを考える龍之。

「・・・シャール、もういいよ」

 理樹のその言葉で、やっと今の今まで宏美の頭に噛み付いていたシャールが離れた。
 
「あー、痛かった・・・」
 
 そんなことを呟いて、何事もなかったかのように、

「じゃ、今度は校舎の中を案内するね」

「は、はい」

 ・・・というワケで、三人と一匹は日直の教師しかいない校舎へと入っていった。

 

 

 ここで、校舎の配置などを説明(「説明?私を呼ぶのは何処の誰?」)しておこう。

 まず、正門は南にあり、その他に通用門などが北、東、西のそれぞれにある。

 校舎の配置は四角形で、それぞれが渡り廊下、三階、五階で繋がっている。

 その真ん中にはかなり広い中庭があり、昼休みともなれば、かなりの生徒がそこでお弁当を広げる。

 しかも、天然の芝が広がり、なおかついい感じで陰を作る木も幾つか生えている。

 更に、風が入り込まないような地形の筈なのに、風通しもいい感じ(謎)。

 さて、校舎の次はその他の施設の配置だが、まず校舎の南が冬季校庭。

 その名の通り、冬季にしか使われない。

 校舎の北は夏期校庭。

 やはり、夏期にしか使われない。

 校舎の東には体育館や部室棟、剣道場や柔道場、弓道場など。

 そして、庭園。

 西にはドデーンと林が広がり、夏には小学生が入り込んでクワガタムシやら何やらを捕りに来る。

 ・・・因みに、その林の入り口付近には、何故かコンクリート製のちっちゃな建物があり、そこの鉄製の扉を開けると、延々と階段が続いている。

 何処に続くのかは・・・・・・秘密である。

 そのうち出てくるし。

 

 

 宏美達は今、龍之が入ることになる、南校舎の二階、1−1の教室前にいた。

「ここが龍之ちゃんが勉強することになる1年1組の教室だよ」

「そんなこと言われなくても分かる」

「それもそうだね。

 えーと、後説明することは・・・・・・ごそごそ(カンニングペーパーを見る)・・・ふむふむ・・・・・・ごそごそ(カンニングペーパーをしまう)・・・あそこのTVは、毎週月曜日に理事長・・・お爺様が放送で朝会をやるから、まじめに見てね。

 あ、全教室に監視カメラなんか設置してるから、まじめに見てなかったりすると、後で呼び出されるから気を付けてね」

「監視カメラが?」

「・・・こないだ、沙代が理事長室に呼び出された」

「ほ・・・本当に?」

「・・・嘘言ってどうするの?」

「(確かに・・・・・・)」

「とりあえず、龍之ちゃんの席は明日、先生から聞いてね。

 じゃ、次はそれぞれの教科の部屋を・・・・・・・・・」



 そして、三人と一匹は校舎を全て見て回った。



 寮に戻ると、もうすでにお昼の時間だった。

 寮の玄関口に、何かいい匂いが漂っている。

「ヒロミ、もどてくるのおそいヨ。

 わらしがお昼、つくておいたネー」

「姉さんは摘み食いしてただけでしょ」

「のんのん、ちがうヨ、めいほー。

 つまみぐいじゃなくてあじみ、ネ」

「似たようなものです。姉さんの場合は」

「またく、ふたごの妹とは思えないいいようネ」

 ・・・などと言い合いながらも、麗宝・美宝の姉妹が玄関で宏美達を出迎えた。

「それで、結局誰がお昼ご飯を作ってくれたの?」

「・・・いつもの通り、沙代が作ったんじゃない?」

「沙代さんが ! ?」

「沙代ちゃんは、ああ見えて料理が得意なんだよ。

 下手な料理屋に行くよりも、沙代ちゃんに作ってもらった方がいいね」

「・・・人は見かけじゃない。

 ・・・そういう言葉、知ってるでしょ?龍之」

「ああ、まあ。

 だが、あの人が・・・・・・やはり信じ難いものが」

 そらまあ、な。

 あんなワイルドな方が、そんな上手な料理を作れるだなんて普通は思わないわな。

 だが、それは事実で・・・・・・

「おいヒロミ。

 帰ってきたんだったらさっさと食堂に来い。

 飯、冷めちまうだろ」

 と、何故かお玉を持ち、エプロンを着た沙代が五人と一匹の前に姿を現した。

 エプロンからは、作った料理の移り香がした。

「(ま・・・・・・まさか本当のことだとは・・・・・・・・・)」

 龍之は驚愕した。

 人は見かけじゃない。確かにその通りだが・・・・・・いくら何でもこれはギャップが激しすぎた。

 

 食堂に行き、沙代が作った昼食を食べ、龍之は思った。

「(・・・・・・おい・・・しかった・・・・・・)」

 半ば放心している。

 それほどまでに、沙代の料理の腕はすばらしかったのだ。

 だが、その料理を作った沙代が言った。

「うーん、やっぱヒロミみてーな美味い料理は作れねーや」

「本当ね、姉さん。

 宏美様の料理と比べれば、姉さんの料理なんてゴミみたいなものね」

「(ゴミ ! ? あれでゴミ ! ? )」

 龍之は更に驚愕した。

 沙代と沙和のその言葉に。

「あんだと ! ?

 文句あるなら食うんじゃねえ!」

「文句ありますけど、食べなかったら栄養失調になってしまいますから」

「てっめ〜、っざけんのもいい加減にしやがれ!」

「ふざけてなんかいませんよ?

 ただ思ったことを正直に言っているだけで」

「(・・・・・・自己紹介の時沙代さんが“陰険”って言ってたワケ、分かったような気がする・・・・・・・・・)」





「・・・・・・・・・宏美さん、一つ訊いていいですか?」

「なに?」

「一体何時になったら、龍之さんが修行に身が入ってなかった、って言う話になるんです?」

「安心してください。 次に話そうと思っていたことですから」

 

 

 何だかんだで時間が過ぎ(夕飯に宏美の作った料理を食べて龍之の時が止まったりもした)、今は草木も眠る丑三つ時。

 突如、管理人室の布団で寝ていた宏美は目を覚ました。

「・・・・・・朝の修行の用意をしなくっちゃ」

 布団から出ると、衣擦れの音すら立てずに胴着、袴に着替え、布団を畳む。

 完全に気配を消して寮を出、裏の方にある“修行の場”と呼ばれる、締縄が塞ぐ洞窟の入り口へと向かう。

 そこからは、いわゆる“霊能力者”と言われるような、“力”の持ち主ならば(それが事実なら、だが)、感じぬはずがないほど強い“力”が渦巻いていた。

 しかも、よほど締縄の封印は強力なのか、洞窟の入り口付近で渦巻く“力”は、一歩洞窟から出れば全く感じられなかった。

「さーてと、週に一度の“修行の場”。・・・龍之ちゃん、いきなりこの修行に着いてこれるかなー」

 そんなことを呟き、締縄に手をかけた。

 それと同時に縄が輝き始め・・・・・・

 唐突に。

 弾け、消えた。

 だが、それは“力”を持つ者しか見ることの出来ない“ルーン”の輝き。

 故に、誰もその光に気付くことはなかった。

 そして、光が消えたと同時に縄が外れた。

「さーてと、みんなの朝御飯作らなきゃ」

 そう言うと宏美は、

「ふん、ふふん、ふ〜ん♪」

 鼻歌を歌いながら寮へと引き返していった。





「おっ〜ぅい、朝だよ〜」

 寮に戻ってちょっと時間を潰し、5時半頃に寮で眠る生徒を一人一人(中には相部屋の者もいるが)を起こしている最中だ。

「あ、はい、おはようございます、宏美さん」

「ヒロミ、『よいあさ!』ネ」

 今、宏美が起こしに来たのは麗宝、美宝だ。

 因みに『よいあさ』は『グッドモーニング』のことである。

 ただ単に完全な直訳をしただけ。

 それだけのことである。



「おっ〜ぅい、朝だよ〜」

 次に宏美が起こしに来たのは龍之(彼女は一人部屋だ)。

 しかし・・・・・・

「・・・あれ?いない?」

 何故かにこやかな顔でそう言う宏美。

「・・・・・・・・・まあ、いいか」

 そして宏美は次の部屋へと向かった。





「・・・・・・それで、龍之は結局、その日の朝の修行をさぼったわけです」

「なるほどね〜。

 ・・・・・・ところで宏美さん、龍之ちゃんが、その修行のことを知らなかった、なんてオチじゃないよね?」

「・・・・・・・・・・・・何で分かったんですか?」

「・・・・・・・・・・・・本当なんかい」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 二人がしばし無言でいると、そこに緑がかった黒髪の少女が現れた。

「何やってるのー?」

「あ、穂(すい)。

 D。 Dは穂とは会ってなかったよね?」

「ああ、初対面だ」

「それじゃ紹介するね。
 みしげ
 神重 穂。僕の腹違いの妹だよ」

「初めましてー。神重 穂ですー。

 よろしくお願いしますー」

「Dだ。本名は言えん。

 こちらこそよろしく」

 と、互いに自己紹介をする。

「あ、そういえばD。
                     こ  こ
 穂が、龍之が来て暫くしてから御神楽に来たんですけど、その時にも一波乱有ったんですよ」





 龍之の朝修行のさぼりはその後二週間ほど続いた。

 修行があることを知らなかったのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

 ついでに、たださぼっていたわけではなく、彼女は一人で修行をしていた。

 そして、龍之はその二週間のうちに御神楽学園の秘密・・・・・・即ち、優れた退魔師の育成を目的として建てられた学校である、ということを知った。

 それ以来彼女はしっかりと朝修行に出るようになった。



 そしてある、六月も終わりに近付いた日(第3日曜日)の深夜・・・・・・

 宏美が寝ていたら電話がかかってきた。

 宏美はパッと起き上がって電話に出る。

「はい、神楽 宏美ですが、どなた様でしょうか」

『あー、宏美か?』

「その声はお父様?」

『あーそうだ。お前の愛するお父様だよー』

「はいはい、おふざけはそこまでにして、何の用ですか」

『うむ。単刀直入に言おう。

 穂が御神楽学園へ行くと言って聞かない。

 というわけだから、明日穂が行くからな』

「・・・・・・転入・・・・・・で、ですか?」
          と  う
『ああ、そうだ。義父さんからの許可はもらってるから。

 そう言うわけだ。じゃっ』

「・・・・・・何でうちの家族って、みんな唐突なんだろう・・・・・・」

 宏美の呟きが風の中に消える・・・・・・・・・





 今日は月曜日。

 朝の修行を“修行の場”にて行い、みんな寮に戻り、宏美の作った朝御飯を食していたときだった。

「あ、そうだ。忘れるところだった。

 今日、僕の妹が来るんで、よろしく」

「宏美さんの妹?」

「うん。神重 穂。

 名字が違うのは、まぁ気にしないでね。

 ただ単に穂は、父さんが再婚・・・それも婿入りしてからできた子なだけだから」



 そんなワケで、(なぜか)横断幕まで作って穂の歓迎の用意をする住人達。

 しかも、驚かせようとして隠れている。

 彼女達は、逆に穂に驚かされることを知らない・・・・・・・・・




              はるおみ
 宏美の父親:神重 春臣が宏美に予告したのとほぼ変わらない時刻に、一人の少女が近付いてきた。

 手にはおそらく地図であろう紙を持ち、俯いてそれを見ながら。
 
「えーと、ここがそこだから、こっちでいいんだよね」
 
 そんなことをぶちぶち呟きながら顔を上げて・・・・・・・・・

 宏美を見付ける。

 そして、声を上げながら駆け寄った。

 その声は・・・・・・・・・


  ・ ・
 それの予兆というべきモノは確かにあった。

 誰にお風呂に誘われても一緒に入りはしなかった。

 部屋に入ったとき、着替え中だと、面白いくらい慌てた。

 だけど・・・・・・だからって・・・・・・・・・


 
「お兄ちゃーーんっ!!」
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・だった。

 その言葉を聞いた瞬間、御神楽学園女子寮・・・・・・通称『弁天寮』の住人は固まった。

 さらに、

「やあ、穂。久しぶり。体悪くしたりしてなかった?」

 などと、「お兄ちゃん」という言葉を否定しないもんだから、絶対零度の空間が、(理樹以外の)寮の住人の所に訪れた。

 だが、理樹は平然と「・・・知らなかったの?」などとのたまった。

 しかし、その他の住人からすればバナナで釘が打てます、の世界だ。

 もしかしたらバラの花びらでも出来るかもしれない。

 更に宏美の所に駆け寄った穂がぎゅっと抱きつくもんだから、かちんこちんに凍った住人達に無数のヒビが入った。

 しかも穂が宏美と頬ずりなんかして、おかげで住人達は砕け散った。



 ・・・・・・・・・・・・・住人達が再生するまでに個人差もあったが、二、三時間以上かかった。





「・・・・・・・・・・・・・・・(呆然と宏美を見つめる)」

「? 何か僕の顔に付いてますか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・(まだ見つめる)」

「だから何なんです?」

「・・・・・・・・・・・・・・・宏美さん、あなた・・・・・・男だったんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・あなたも僕を女だと思ってたんですか」

「ああ(即答)」

「あ・・・はは、はははははははは(虚ろな、乾いた笑い)」

「やっぱり、お兄ちゃんは女に見られるんだねー」

「はは、ははははははははは・・・・・・・・・・・・・(反論できない・・・・・・)」 ←女に見られるような心当たりがありすぎる





 その時龍之は苛々していた。
  にかみ
 “神鬼流退魔術”を受け継ぐ天王寺家の第二子にして長女、天皇寺 龍之。彼女は男性が大ッキライだからだ。

 ・・・・・・・・・・・・・だからといって女色の趣味、というワケではない。

 彼女の退魔術の流派“神鬼流”は、伝統的に男性しか、後継者にはなれなかった。

 つまり、彼女は家を継げないのだ。

 自分よりも実力がない兄が家を継ぐ・・・・・・

 彼女にはそれが耐えられなかった。

 だから彼女は男性が嫌いになった。

 男性恐怖症と間違えられてもおかしくないぐらいに嫌悪していた。

 その彼女が、東京に出てきて最も親しくなった人が男性だったのだ。

 女性だと信じていたのに。

 弁天寮の庭園、その池に架かる橋の上でボーっとしていた龍之の側に沙代が近付いてきた。

「おい、龍之」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 沙代が声を掛けるが、龍之は無言のままだった。

 彼女は、沙代のことに気が付いていなかったのだ。

「おい、龍之!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「おいってば!」

「あっ・・・・・・何ですか、沙代さん」

「龍之、お前どうしたんだ?

 さっきっからボーっとしてるけど」

「いえ、何でもありません」

「そうは見えねぇぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・話したくねぇんだったら別にいいけどよ、やっぱ宏美のことか?」

 あんな性格だが、やはり沙代も女性だ。

 そう言う機微にはけっこう鋭い。

「はい・・・そうです・・・・・・・・・」

「そっか・・・・・・やっぱ、みんなそうなんだな・・・・・・・・・」

「・・・みんな?」

「ああ。俺もそうだから。
  こ   こ
 御神楽に来てから5年ちょっと経ったけど・・・・・・・・・ずっと、宏美のこと女だと思ってたからな。

 正直言って・・・・・・どう付き合っていいか分からねえ」

「・・・・・・そういえば、前と全く変わらないのは理樹と麗宝さんだけですね」

「・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 沈黙が二人を包む・・・・・・・・・





「ふっ・・・・・・これからが大変でしたよ」

「・・・例えば?」

「あのねー、お兄ーちゃんが前みたいに朝起こしに来ると、トラップが仕掛けられたりしたんだよー」

「それに引っ掛かるような僕じゃないけどね」

「嘘吐き。ほとんど全部引っ掛かってたくせに」

「それは言わない約束でしょ、おとっつぁん」

「ほっきゅん、おにーちゃんのおとーさんじゃないよー」

 ・・・・・・ほっきゅんとは、神重 穂が自分のことを指して言う名前だ。

 因みに、彼女はこの言葉を極々真面目に言っている。

 穂は、天然なのだ。

 某艦長とタメが張れるぐらいの。

 もしかしたら、それ以上かもしれない。

「・・・それからどうなったんだ?」

「え? まあ、いろいろと有って、ほとんど元通りの関係になりましたよ。

 幸運なことに」

「? ほとんど?」

「ええ、“ほとんど”、です。

 二年前の7月。それが今までここで生活していた中で、一番楽しくもあり、苦しくもあり、大変でした・・・・・・

 そう、二年前の6月の出来事。
  ・ ・
 それがありましたから、“完全に”じゃないんですよりも。

 人生を共にする配偶者を手に入れたのが、その時です」
 
「え ! ! 宏美さん、結婚してたの!?」
 
「・・・してますけど、それが何か?」

「いや、信じらんなくて。

 それはそうと結婚相手は?」

「? 分からないんですか?

 だったら、まあその話とかはまた今度の機会に・・・・・・・・・」

 

 

 本星への報告書 TDA−S1−1

 ふっ・・・・・・やっと終わった。前回の投稿から二週間かかった。

 いろいろと忙しくて時間がとれなかったのも事実だが、見直し、書き直しなどを含め、これにかかった時間は10時間を遥かに超えた。


 あ、それと、このサイドストーリーでは次回予告は割愛させていただきますんでよろしく。


 さて、今度は何を書こうか。

 サイドストーリー第一部第二話?

 浦島 アキトぶらり旅 in 杜王町?

 MみINなATとO MENU2?

 ナデひな一発劇場3?

 「漆黒の戦神」アナザー?

 どうしたものか・・・・・・
本星への報告書 TDA−S1−1 終

 

 

 

 

代理人の感想

 

とりあえず沙和女史、嫌いなキャラNo.1に決定。

食べ物を、それも人様の作った食事をゴミ呼ばわりとは何様のつもりだ。