「はぁッ!」

「せやッ!」

 Dと紫苑の裂帛する気合いがぶつかり合った。

 2人は20メートルほど離れたところで相対していたが、一瞬にしてその距離がゼロになる。

 お互いに無手の、手加減無しの勝負だ。

 紫苑が、右肩を前に突進する。

 まるで抜刀するかのように、左手で押さえた右手を振り抜いた。

 流派八竜の無手技の一つ、『抜(バツ)』である。

 誰にでも出来るような技であるが、『抜』と呼ばれるようになるには、尋常ならざるスピードと威力でなくてはならない。

 スピードは、まさしく抜刀術その物。

 それも、一般に『達人』と呼ばれる人間の抜刀以上。

 『神業』と呼ばれるような領域。

 威力は、固い玄武岩をスッパリと断つほど。

 金剛石(ダイヤモンド)を断った者もいたという。

 それだけのスピードと威力にするには、人間には不可能。

 神の御霊を持つ八家の人間だからこそ、可能な御業だ。

 対するDも、右肩を前に出し、サウスポースタイルで紫苑に向かう。

 紫苑の『抜』に対し、左手の掌底を下から入れる。

「ちぃっ!」

 掌底は手刀の腹に入り、その軌道を変えた。

 胸を狙った手刀は遥かDの頭上を行く。

 『抜』は元々一撃必殺。

 躱されたならば、大きな隙が出来るのは必死。

 そして、Dもその隙を見逃すような素人ではない。

 顔の前あたりにある左手と右手を組み、紫苑の鳩尾を目掛けて肘を振り下ろす。

 八退魔術の一つ、“神無(カムナン)”のカウンター技『払い抜(はらいばつ)・壱式』だ。

 名の示すとおり、抜刀技に対するカウンター。

 しかも、別に対抜刀専用というわけでもない。

 『払い抜』系列の技は、飛び道具系攻撃以外の全てに対応する。

 だが、紫苑もただの人間ではない。

 『抜』の反動に任せて半回転しながら左手を突き出し、掌底で肘を払う。

 その衝撃で体制を立て直た。

 それと同時に振り上げることとなった右手を、拳を少し変形させ、親指・人差し指・中指を突き出した形にし、振り下ろした。

 『抜』と同じく玄武岩をも貫くその一撃、『穿(セン)』がDのコメカミを強襲する。

「くっ」

 首を傾けそれを掠る程度に抑え、組んでいた両手を外すと紫苑の掌底の反動を上手く使い、体勢を変える。

 上手いこと体勢を入れ換えた彼は、紫苑の腕を掴むと一本背負いをかけた。

 それもただの一本背負いではなく、自分も一緒に跳んだ。

「ぐああっ!!」

 地面に叩き付けられた紫苑の上に、掴んでいた手を放し、再び手を組んだDがのし掛かる。

 組んだ手は、肘鉄の威力を高めるため。

 肘は、見事に紫苑の鳩尾に決まった。

「そこまで!」

 2人の試合の審判をしていた宏美が、そこで止めた。



 バイザー、黒マント着用のまま、小綺麗な庭園を見渡せる縁側に座り、茶を飲むD。

 その隣には、少し憮然とした表情の紫苑と、それを慰める恋人の文月薫。

 それから、シャールを頭に乗っけた着物姿の少女、理樹に、宏美、龍之。

「腕を上げましたね、Dさん」

「・・・まあな。

 宏美さんにしごかれりゃ、誰だって強くなるさ」

「でも、お前の成長速度は異常だ」

 一言、昨日まではなんとか勝っていた紫苑が言うと、薫が

「Dさんは神影(みかげ)の血筋なんだから」

 と、慰める。

 神影と神光は、八家の中でも抜きん出て潜在能力が高い。

 それは、この世界を守護せし神々、八竜王が関係する。

 光竜王と闇竜王の二柱の神は、他の六柱の神に比べ、能力が高い。

 この宇宙の基本原理の一つは『対』。

 対となることで、+と−のエネルギーは差し引きゼロとなることで、上限、下限というものを撤廃することが出来る。

 それ故に、光を司る光竜王、闇を司る闇竜王は強大無比な力を持つ。

 前にも記したとおり、八家の真児(マナコ)は八竜王の御霊の欠片を有する。

 より強大な力を持つ神の魂を持つ神光家、神影家の人間は、それだけ有する力が高くなるのだ。

 ・・・・・・例え傍系の影児(カゲコ)たろうとも、六家の真児に勝るとも劣らない力を持つこともある。

 その、流石に希有な例の一例が、Dだった。

「はぁ・・・・・・」

 分かっちゃいるけどねー、とでも言うかのように、右手をひらひらとさせる。

 その紫苑に、理樹が心無い一言。

「・・・・・・紫苑も、真面目に修練してればまだDに負けないはずだった」

「ぐっ」

「まったく、理樹の言うとおりですよ、紫苑さん。

 穂(スイ)ちゃんと互角だなんて、年上として恥ずかしいとは思いませんか?」

「ぷっ、クスクス・・・・・・」

 呻く紫苑に追い打ちをかけるかのような龍之の言葉と、薫の押し殺した笑い声。

 2人の言葉が事実なだけに、紫苑は反論することが出来なかった。








機動戦艦ナデシコ
TWIN DE アキト
サイドストーリー第一部〜蜥蜴戦争前夜〜

第四話 『魔なる者』へ捧ぐ鎮魂歌(うた)










同時刻京都府某所

「オンキリキリバサラ、オンバサラ

 オンキリキリバサラ、ウンハッタ

 オンキリキリバサラ・・・・・・・・・」

 冷たい碧色の瞳の、短く刈り込んだ金髪の男。

 右手と左手で印を組み、不可思議な呪文を唱えている。

 怜悧な双眸が見つめる先には、禍々しい気配を発散する岩があった。

 岩は、その巨大さ、壮麗さなどから、岩よりも『巌』と呼んだ方がしっくりとくる。

 その巌には、古めかしい綱が結ばれていた。

 優に数百年はそこに縛り付けられたままになっているように見えるその綱は、“魔”を封印する締縄だった。

「オンキリキリバサラ、オンバサラ

 オンキリキリバサラ、ウンハッタ」

 次第に声高となり、白面にうっすらと汗が浮かび始める。

 そして、精神の内奥に高まる気合いを爆発させた。

「オンキリキリバサラ、オンバサラ
 
 オンキリキリバサラ、ウンハッタ!!


 轟ッ!!


 一陣の風が吹くと同時に、締縄が切れた。

 たちまち辺りに暗雲が立ちこめ、凄まじい稲光が起こり始めた。

 辺りの草木からガサガサと音がし、木々からは鳥が飛び立った。

 カラスは不吉に啼き喚き、その声を聴いた者に不安を与えずにはいなかった。

 草木から、生気が消え始めた。

 空気は、ネットリと肌に絡みつく嫌なものになってきた。

 まるで、気体ではなく液体の中にいるかのように、体が重く感じるだろう。

 それは、巌から噴出した、あまりに濃密な瘴気のためだった。

「ククックックック・・・・・・

 黄泉還ったか・・・・・・、封印されし鬼よ」

 暗い愉悦に浸った笑顔。

 それが グラフェレス=バーグマンの喜悦の顔だった。

「羅生門の鬼・・・・・・・・・

 吸血鬼“ブラッディ”よりも多少は弱いが、力だけならばこちらの方が上だ。

 おまけに、コイツは純粋な、魔物の中の魔物。 鬼の中の鬼。

 明人(あきひと)ぉ・・・・・・・・・

 あの時は、よくも俺に恥をかかせてくれたな・・・・・・?
                 ・ ・ ・
 その罪、テメェとテメェのだった女によく似た女の命で償いな。

 流石のテメェでも、鬼になんか敵いやしねぇだろう。

 鬼殺しの力も、剣を持ってなんかいやしねぇんだから・・・・・・」

 羅生門の鬼。

 藤原 綱に腕を落とされた、最も有名な鬼の一つ。

 彼は後日落とされた腕を奪い返したが、その後封印された。

 封印された地が、この京都にある森の巌の下。

 霊的に外界と隔絶された空間を作り出す締縄を喪失した今、その剛力を持ってすればこの巌など大した物ではない。

 鬼殺しの力と剣。

 魔族として、魔を統べる魔王よりも3、4級ほどしか下ではない鬼達。

 その鬼達を滅ぼすには、“鬼殺しの力”と呼ばれる特殊な力・・・精神、魂の固有振動を必要とする。

 精神、魂の固有振動が、人としてのパーソナリティーを形成する。

 その振動パターン次第で、人は、色々な力を得ることがある。

 その一つが“鬼殺し”。

 名前の通り、鬼を滅ぼすための力。

 神話として語り継がれる、鬼を始めとする、純魔族を滅ぼした者達。

 彼らは、その力を持っていた。

 もしくは、“鬼殺し”の力を与えられた武器を有していた。

 “鬼殺し”の武器は霊器の中でも『一級』品の、数少ないものだけ。

 ・・・・・・なぜその力が無ければ鬼を、鬼を始めとする純魔族を滅ぼすことが出来ないのかは分かってはいない。

 しかし、それは純然たる事実であった。

 ねじ曲げようのない真実。

 彼は数年間大神 明人(オオミ アキヒト)の元で部下をしていた。

 アキヒトが“鬼殺し”の力を持っていないことを確信していた。

 だから、鬼を用いれば、アキヒトを・・・・・・殺すことが出来る。

 そのことを考え、彼は嗤った。

「ヒャハハハハハハハハ・・・・・・」

 嗤いながら懐に両手を入れ、5枚ずつ何かの札を手に取った。

 それを見計らったかのように、巌が割れ、全長5メートルほどの、赤銅色の肌をした巨人が現れた。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 とても、この世に生きる生命体が出せるとは思えない雄叫び。

 それを、この巨人があげた。

「鬼よ、我が意に従えッ!」

 合わせて10枚の札を投げつけた。

 札は吸い込まれるように鬼の体の各所に張り付いた。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 鬼は再び雄叫びをあげ、札の力に耐えようとした。

 しかし、強力な『操魔』の札10枚の力には耐えきれなかった。

 『操魔の札』は、その名の通り魔物を操るための札だ。

 今グラフが使った札は、自意識が並の魔物よりも強い人間をも操ることが出来る。

 人間以上の自意識の強さを誇る鬼族にも、その札の10枚は耐えられるものではないのだ。

「そうだ・・・・・・、それでいい。

 ククッ・・・・・・・・・

 最初の命令だ。

 コイツを・・・・・・、大神 明人を殺してこいッ!」

 思念でアキヒトの居場所を、顔を、精神と魂の波動パターンを教えた。

 羅生門の鬼は、それに低い唸り声で答えると、消えた。

「ヒャハハハハハ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・!!!

 グラフは、狂ったかのように嗤い続けた。





 ・・・・・・いつしか、森の中には小なりとはいえ、生命が戻ってきていた。










同時刻再び弁天寮

 突然、宏美と紫苑、龍之、薫が西の空を見上げた。

「? どうした」

 Dに訊かれ、理樹が答えた。

「・・・・・・いま、西の方で大きな魔が封印から解き放たれた。

 かなりの力を持つ、鬼。

 真っ直ぐ、ここを目指しているみたい」

「ふ〜〜ん、“鬼”、ね・・・・・・」

 Dも、西の空を見上げた。

 何とはなしに、嫌な気配を感じた。










同時刻、東京、アパート『黒金荘』203号室

「どうしたの、裕太君?」

 晶(アキラ)が、UNOをやっている最中にいきなり明後日の方向を向いた裕太に声を掛けた。

「・・・・・・いや、何でもない」

「何でもない、ってツラじゃねーぜ?」

「本当に何でもないさ、真(シン)」

「お前の言うことは、たまに全く信用できないことがある」

 同じくUNOをやっていた友人、真の言葉に答えると、霧人(キリト)が言ってきた。

 神無月 裕太の言動は、いつも説得力、信用性に満ちている。

 しかし、時として表情とそれが全く食い違うことがある。

 その時には、確実に何か隠し事をしていた。

 それは、裕太の命に関わることすら有った。

 例えば、それは先々月。

 その日、彼らの前に3人の男が現れた。

 彼らは裕太に『付いてこい』と言い、勝手に歩き始めた。

 裕太は、それに従い彼らの後を追った。

 晶、真、天乃、霧人、沙奈、甲、真琴といった友人達が彼を止めたにもかかわらず、

「何でもないさ、すぐ終わる」

 しかし、とても『何でもない』という雰囲気ではなかった。

 心配した晶達が彼の後を付けると、ビルの森の中にあった小さな空き地でケンカを始めた。

 いや、それはケンカなどと言う生半可なものではなかった。

 ーーー 戦闘。

 その言葉が、最も正しかった。

 3人の内の2人は銃を、1人はナイフをを持って、裕太に襲いかかったのだ。

 対する裕太は素手。

 その戦闘はすぐに終わった。

 銃声が一発鳴り響いたときに、晶と天乃が悲鳴をあげたのだ。

 3人は人間とはとても思えない跳躍力で周りのビルの屋上に飛び上がり、逃走した。

 その時に『何でもない』と言ったときの表情。

 それは、今『何でもない』と言ったときと、全く同じ顔だったのだ。

 それで今の言葉を信用できるわけがない。

 霧人は、暗にそう言ったのだ。

 それが事実であるが故に、裕太には何も言うことはできなかった。










2日後午前5時半、雲取山山中

「(ここはどこ?

  なぜ俺はこんな所にいる?

  誰か、誰か教えてくれ・・・・・・・・・)」

 Dは心の中、ひとりごこちた。

 理由は簡単。

 辺りを見回せば木、木、木、木。

 東京都で一番高い山、雲取山の山中であった。

 ここにいる理由は分かっていた。

 だが、心の中でも愚痴らずにはいられなかった。

「(ああ・・・・・・理由は分かっているさ。

  場所も、雲取山とかいう山だってコトも。

  でも・・・・・・・・・鬼を待ち伏せ?

  なぜそれで俺が連れてこられる?

  御神楽は、妖魔調伏のために作られたんだろ?

  だったら、なぜそれに部外者の俺がーーッ?!)」

 ・・・・・・Dの心の叫びは無視する。

 ふと、西の空を見上げる宏美達の目がきつくなった。

 西の空から、凄まじい速度で黒雲が広がってくる。

 禍々しい気配を多分に孕んだソレは、雷を纏い、近付いてくる。

 よくよく目を凝らしてみてみると、その暗雲の中心には、赤銅色の肌の巨人がいた。

 巨人の額には角があり、全身毛むくじゃら、手には恐ろしいまでに鋭い爪。

 ・・・・・・羅生門の鬼、その鬼(ヒト)である。

「・・・・・・沙和」

「はい」

 宏美に声を掛けられた沙和が、弓に矢をつがえた。

 霊弓、鷲翼と鷲嘴である。

 弓を引き、一点に集中し、狙いを付ける。

 その凄まじい集中力により、一瞬を永遠へと引き延ばす。

 自分と、的。

 心と的が一つになる。

 全身に溢れる霊力を練り上げ、矢と弓に込める。

 いわゆる『霊能力者(本物)』ならば、彼女と、弓矢が蒼く輝いて見えただろう。

 それは、ルーンの輝き。

 中級魔族を滅ぼすことが可能な、上級霊器の放つ輝き。

 ・・・・・・だが、羅生門の鬼は中級ではなく上級魔族。

 例え一見滅ぼしたように見えても、彼を滅することは出来ない。

 彼を滅するためには『鬼殺しの力』か、その力を持つ武器、即ち『超上級霊器』が必要となる。

 そのことを、彼女は知っていた。

 だが、それが何だというのだ?

 最初から自分が鬼を滅ぼすことなど出来ないと思っている。

 自分は、その手伝いが出来ればいいのだ。

 弓矢が纏う輝きが、段々に強くなる。

「行きますっ!」

 そして、矢を放つ。


 ヴァシュゥゥゥゥン


 不思議な音を立て、蒼い輝きに包まれたまま、蒼い尾を後ろに残し、矢が飛び立った。

 途中、一段と輝きが増し、暗雲に突入する。

 矢が過ぎ去った所は、まるで切り裂いたかのように鋭角に雲が消えていた。

 暗雲の中心に、金色の輝きが灯った。

 その金色の輝きに矢がぶつかり、押し合い圧し合いを始めた。

 金色の輝きは、鬼が放つルーンの輝き。

 鬼が張った結界が、矢を止めたのだ。

「・・・・・・Dさん、あなたは何で自分がここに連れてこられたのか、疑問に思っていますね」

「ああ、当然だろう」

 宏美の言葉に頷くと、彼は頷き返し、

「ここに連れてきたのは、Dさんに術を使ってみてほしかったからです。

 術を教えていなかったのは、向こうでは八家の人間、それが影児だったとしても、の力が巨大すぎるからです。

 ですが、ここならば魔力の無制限解放や暴走が起こらない限り大丈夫です。

 ・・・・・・この符を」

 宏美に渡された札を見、Dはいぶかしんだ。

「『邪光矢(ジャコウシ)』の術です。

 神影の術の一つ、『邪光矢』。

 全てを貫く、黒き光の矢を放つ術」

「これを使ってみろというのか?

 だが、俺には使い方が分からないぞ」

 というと、宏美は微笑みながら言った。

「大丈夫ですよ。

 あなたに氣を練ることは教えたでしょう?」

「ああ、そうだな」

 木連式には、氣の概念があった。

 それにより、基本も出来ていた。

 後は、それを発展させればいいだけだった。

「氣を練ったら、それを符に込めてください。

 それが一番最初にやることです」

「・・・・・・分かった、やってみよう」

 答えるなり、目を閉じて氣を練り始めた。

 基本は出来ていると言っても、それは荒削りだった。

 荒っぽく練った氣では発動しなかったり、呪符が暴走すると宏美が続けたので、丁寧に、時間をかけて氣を練った。

 氣を練り、符に込め終わったときには、蒼い輝きは完全に消え去り、辺りは雲に覆われていた。

 そして、鬼はDのほぼ真上にいた。

「じゃ・・・・・・、いってみるか。

 みんな、どいてくれ!!」

 宏美を残し、龍之、薫、沙和、沙代、瞳、麗宝(レイホウ)、美宝(メイホウ)、理樹らが下がった。

 ・・・・・・紫苑、穂は前に記したとおりの理由で戦うことは出来なく、御神楽の護りのため、向こうに残っていた。

「行けッ、『邪光矢』!!」

 Dが呪符を投げ放った。

 符は一直線に鬼を目指し飛び、いつしか黒の光に包まれていた。

「・・・・・・とりあえずは、成功」

 小さく理樹が呟いた。

「まさか・・・・・・一回目で成功させるとは思わなかったぜ」

 汚い言葉遣いで言うのは、沙代。

 先程矢を放った沙和の双子の姉だ。

「まあ・・・・・・素晴らしい練氣ですね」

 と、瞳。

 練氣は、氣を呪符に練り込む作業のことだ。

 込めた氣が同量の場合、その作業が細かく、精緻であるほどに威力が高い。

 Dの練氣は時間をかけただけあり、細かく、精緻で、そして大量の氣を練り込んでいた。

 黒い閃光は暗雲に大穴を穿った。

 鬼はそれの接近に気が付いた時点で先程に倍する力の結界を張った。

 だが、閃光はいともあっさりと金の輝きを打ち破り、鬼に襲いかかった。

「グアアァァァァァァァァァァァアアア!!!」

 黒は強大な力を持って、鬼の体を潰しにかかった。

 荒れ狂う力に、指先は押しつぶされ、目からは紫色の体液が流れ出た。

「ただ力があるだけじゃなくて、制御能力も一級・・・・・・・・・。

 ・・・・・・八家の真児並みね、Dさん」

 薫は、恋人の前世を思いながら言った。

 生命は転生する。

 薫は、その中の一つを覚えていた。

 詳しい年代は分からないが、それは中国だった。

 その時、彼女の名は薫(チャオ)と言った。

 チャオは、とある辺鄙な村で、1人の男性と出会った。

 その男性の名は紫苑(ツァイイェン)。

 神崎 紫苑の前世である。

 ツァイイェンは、神崎の影児だった。

 彼の力は十三家を上回るほどだが、それでも八家には遠く及ばなかった。

 制御力は、十三家並み。

 ・・・・・・もっとも、それだけの力が有れば、八家十三家などの超絶的な力の持ち主が絡んでこなければ、1人で世界を征服することも可能である。

「紫苑・・・・・・お願いだから、もっと真面目に修練しようね?

 じゃないと、解封しても負けるようになる日は近いわよ・・・・・・」

 少し涙目になる薫。

「ヤッタ?!」

 麗宝の言葉に、美宝が答える。

「いえ、まだよ。 姉さん」

 その言葉通り、黒い閃光が消え去った後には鬼がいた。

 爪や指先など、体の末端部に大きなダメージが見受けられるが、彼は生きていた。

 そして、金色の瞳を爛々と輝かせていた。

 その瞳には、蒼白い怒りの炎が燃えさかっている。

 だが、彼が復讐を果たす機会は、永遠に訪れることはなかった。

 それは・・・・・・・・・

「グギャアアアァァァァァァァァァアア!!!」

 断末魔の悲鳴。

 羅生門の鬼の、その隆々とした胸から、鈍色の槍が生えていた。





数秒前

 雲取山山中を駆ける裕太の目の前に、黒い光の柱が立っていた。

 その圧倒的な力の奔流の中心に、鬼がいることが分かった。

 そして、その鬼は、このルーンの嵐の中、耐え抜くであろうコトも。

 だから、彼は鬼にとどめを刺す用意をした。

 首に掛ける鎖を引き出すと、その先に付いた鉄(てつ)色の珠を外した。

「・・・・・・金珠(キンジュ)よ、全てを貫く天空の槍となれ」

 彼の言葉に反応しブルリと震え、一瞬のうちのその姿を珠から槍へと変じた。

 何の装飾もない、実用一点張りの槍。

 見る者が見れば、その中に実用美を見出したかも知れない。

 それは、『金珠』と呼ばれる、人の身にして最上級魔族、魔王と戦うための八つの霊器の一つ。

 所有者の意志に従い、その姿を変える。

 望めば剣となり、槍となり、そして斧となる。

 また、鎧や盾にも、二振りの刀にもなる。

 この霊珠(レイジュ)は、八家に一つずつ伝わるもの。

 その霊珠が持つ波動は、『鬼殺しの力』の波動とは違う。

 そして、裕太がコレを持っていることを知っている者は、今は誰もいない。

 兄弟はおらず、両親も、金珠のことを話した少女“神無月 晶”も死んだ。


 黒の閃光が消えた。

 元部下、グラフが放った刺客の姿が見えた。

「・・・・・・貫けッ!」

 槍を投げ放った。

 音速を遥かに超える速度で、風を切り裂きながら飛ぶ。

 そしてーーー 狙い違わず、鬼の胸を貫いた。

「グギャアアアァァァァァァァァァアア!!!」

 断末魔の悲鳴をあげ、鬼はその姿を徐々に変じた。



 この場にいた誰もが、その光景に見入った。

 鬼の体の端末部が光の粒子となり、天空に昇る。

 厚い暗雲が断ち割れ、その向こうから朝日が覗いた。

 茜色の空、山の端から日が昇る。

 その陽の前に淡い光の粒子が立ち上る。

 恐ろしいほどに、幻想的な光景だった。

 鬼の体の半ばが光へと変わり、消えていった。

 それが、上級魔族の死に様。

 邪悪なる者の死は、美しい。

 生前が邪悪なるが故に、壮麗なる故に、その滅びの様は美しい。

 生きている内も、そして死んでからも人心を惑わす。

 それが、上級魔族の死なのだ。



 やがて、鬼の姿は消え去った。

 その時には、空は茜色ではなくなっていた。

 抜けるような蒼天が広がり、上空を見上げると、微かな金色の残光が揺れる。

 陽光に煌めきながら、支えるものが無くなった槍が落ちてきた。

「金珠よ、我が手の内に戻れ」

 裕太が呟いた瞬間、鉄(てつ)色の槍が消えた。

 だが、それと全く同時に、彼の手の中に槍が現れた。

「グラフ・・・・・・、お前、甘めぇンだよ。

 俺を殺す気なら、魔王やそれに次ぐぐらいのヤツをもってきやがれ」

 それだけ呟くと、彼は静かに去っていった。





「・・・Dさん、素晴らしい符術でした。

 有り体に言って、完璧です。

 符術は魔法の基本中の基本。

 これが出来たからには、後は応用発展だけ。

 それは向こうでも十分に出来ますね」

「・・・・・・そうなのか?」

 自分ではよく分からないと続ける。

「っンれにしても・・・・・・」

「私たち、一体何しにここまで出張ったのかしら?」

 岸姉妹がぼやく。

「マア、ケガニンがダレもデナカッタんだから、イイジャナイノ」

「んー、それもそうよね」

 と、石(スー)姉妹。

「それでは、帰りましょうか」

 瞳が言い、9人は歩き始めた。

 Dだけは、体の向きを変えただけ。

 それから朝日を見上げ、呟いた。

「イツキ、ラピス・・・・・・ナデシコのみんな・・・・・・元気にしているか」

 そこで一旦言葉を切り、

「俺は・・・・・・元気にしている。

 だが・・・・・・もしかしたら失格人間になるかも知れない・・・・・・・・・」

 その呟きを聞く者は、周りの草木だけだった。

 








 本星への報告書 TDA−S1−4

 ご無沙汰のTDAです。

 いやあ、試験がすぐなのに、スランプ中のTDAを仕上げてしまいました。

 この、Dの術者としての目覚めの話。

 前からネタは出来ていたのに、どうも上手く書けなかった。

 書いては消し、書いては消し・・・・・・

 そしてやっと出来たのがコレ。

 皆さん、久しぶりのTDAはどうだったでしょうか?

 「The AVENGER」や「蒸気王国の王女」、そして「ANOTHER NADESICO」ばっか書いてたもんだから、アキト(D)の言葉がちょっと変かも?


 それでは、この辺で。
本星への報告書 TDA−S1−4 終

 

 

 

代理人の感想

大丈夫、人間失格は元からです(核爆)。

 

 

それはそれとして・・・・名前が覚えきれない(爆)

一遍に出されると「その他大勢」と言う感じでさっぱりわからないんですよね〜。