そもそもの戦争の原因、古代火星人の遺跡をランダムジャンプで宇宙のどっかに投げ捨てた。

 これがつまるところ、地球−木連の戦争終結の切っ掛けである。

 そして遺跡を投棄した機動戦艦ナデシコのクルーは、ネルガル会長アカツキ・ナガレやその秘書エリナ・キンジョウ・ウォンを始めとする一部クルーを除いて、全員一箇所に集められて軍の監視下で生活していた。

 この住居は連合宇宙軍サセボ基地資材管理倉庫Dを、三軒隣の寝言が聞こえそうな程薄い壁で仕切っただけの、四畳半一間だけの家と呼ぶのもおこがましい簡易住居である。

 そんな状況から、この倉庫内の住居群は、通称『ナデシコ長屋』などと呼ばれているのであった。











機動戦艦ナデシコ
ルリAからBへの物語? 〜プロス裁き〜












 ナデシコ長屋での生活は、おおよそ半年続いた。

 抑留生活が始まって半年後、久しぶりに顔を見せたアカツキが、ついに地球と木連との間に休戦条約が結ばれるという話を持ってきたのだ。

 彼の話によれば、その予定は今年の秋。そしてそれに伴い、またボソンジャンプ演算ユニットのことを世に明かすわけにも行かないため、ナデシコクルーは抑留半年でお咎め無し、ということだ。

 ナデシコクルーが軍属であっても軍人でない、という事情もあるし、元ナデシコ艦長ミスマル・ユリカの父親であるミスマル・コウイチロウが働きかけたという事情もある。前者はともかく後者は完全に公私混同なのだが。

 もちろん当分は監視付きの生活を送らざるを得ないし、守秘義務は漏らせば一生幽閉だとか銃殺刑になりかねないほど重いとか、完全解放といかないのは致し方がない。

 クルーの処遇はまあそんなわけでせいぜい問題となったのは再就職先と住居だが、それはまあネルガルが援助したため大した問題もない。

 基本的にはナデシコに乗る前の職場に復帰したり同系統の他の職場に転職している。

 ナデシコに乗る直前に職場をクビにされたテンカワ・アキトだけが問題だったと言えばその通りだが、彼は四畳半のバス・トイレ共同、キッチン有りで最寄り駅から自転車で二十分、築四十年オーバーというボロボロの安アパートを見つけ、廃材からウリバタケ・セイヤが組み上げた屋台を引くことにしたのでまあ問題ないだろう。


「とまあ、この通りクルーの大半は進退が決まっています」


 アカツキにクルーの今後について説明しているのは、クリーム色のシャツに赤いベストに身を包んだチョビ髭眼鏡のおじさん、プロスペクターその人である。


「大半、ということはまだ決まっていないクルーもいるって言うことだね」

「はい、その通りです。彼らは今受け入れ先を探しているところですが……一人、どうしようもない者もいまして」

「どうしようもない?」


 ナデシコのクルーは性格はともかく腕だけは一流だ。超一流と言っても過言ではない。

 それなのに進退が決められないクルーがいる?


「一体それは誰なんだい? テンカワ君ですら開店資金を少し融通するけど、屋台を引くことで決着してるのに」


 友人としてそれはどうだと言いたくなるような物言いだが、実際ナデシコクルーの中で誰が一番凡人かというとそれはアキトである。

 最初は素人だった彼も、ナデシコでの戦いを経てエステバリス乗りとして一流の端っこには手をかけられる程度の腕になっている。だからネルガルでテストパイロットとか軍でパイロットになるとか言う選択肢も渡されたが、拒否している。

 だがそれ以外はと言うと、実際取り柄がない。確かに料理の腕は、リュウ・ホウメイという凄腕料理人に鍛えられ、元師匠であるユキタニ・サイゾウからも及第点はもらっているとはいえ、店を開けるほどではない。

 ならば以前の店に戻るか新しい店を出すかするホウメイに着いていくという選択肢もあったのだが、屋台を引いて一人で修行するという答えを出したのは彼自身だった。


「テンカワさんは大成されますよ。ラーメンだけならホウメイさんも認める腕前です。
 それに彼はまだ若い。腕が上がるのはこれからです」


 と雇い主の言葉に苦笑しながら答え、今度は溜め息を吐いた。


「進退が決まらないのは、ルリさんです」

「ルリ君?」

 ホシノ・ルリ。ナデシコのオペレーターで、遺伝子操作によって生み出されたIFS強化体質マシンチャイルド

 IFS方式のコンピュータに限らず、プログラムを中心に英才教育を受けた彼女は、コンピュータの扱いなら右に出る者のいないコンピュータの申し子だ。後には電子の妖精とまで言われる腕と容姿の持ち主である。


「彼女が再就職できないって……と言うか、考えてみれば当たり前か」


 彼女の年齢は十三。まだ中学生になったばかりの筈の年齢だ。

 この年での就労は、はっきり言って法律違反である。これが罷り通っていたのはネルガルという企業の政府や軍に対する影響力、戦時体制という情勢、対外的にはルリはナデシコのマスコットガールで、仕事は基本的に無いことになっていた。という事情が為である。


「となると、やっぱり彼女は誰かが引き取るって言うことになるのかな?」

「そうなりますねえ。で、引取先なんですが、実はこちらから引き取り手を捜そうとする前に皆さんが引き取りたいと申し出ておりまして……その選定が、なかなか」


 アカツキはプロスペクターがそう言いながら表示した引き取り手として立候補したクルーのデータを覗き込む。

 今度はアカツキが苦笑する側だった。


「クルーのほとんどじゃないか。それでプロス君の説得で身を引いたのはこのうちどれくらいいるんだい?」

「ざっと八割と言うところでしょうか。まだ数十人単位で残っていますよ」

「なるほどねえ。それでプロス君は誰が彼女を引き取るのが一番いいと思っているんだい?」


 アカツキの質問に考え込む様子もなく、プロスペクターは即答した。


「経済的に裕福で、ルリさんの安全を守れるだけの後ろ盾のある人物……ですな」

「となると、なんだかんだでプロス君も候補だねぇ。
 ところでモノは相談だけど、僕も立候補していいかな?」

「出直してきて下さい」


 アカツキの冗談は冷たい視線で切り捨てられた。




















 アカツキの来訪から五日間ほど経ったある日。

 今日も今日とてプロスペクターは溜め息を吐いていた。

 ルリの引き取り手が、まだ決まらないのだ。

 あの手この手でなだめ、理性で解き、感情に訴え、ほとんどの引き取り手に辞退させた。

 だが、まだ二人。二人辞退しないのだ。

 二人が辞退してくれさえすれば、どうとでもなる。

 先日アカツキに伝えた条件に合致する人間は何人かいるし、辞退してくれればその一人が世話をすることで纏まっている。


「はあ……ユリカさんもミナトさんも、テコでも動きそうにありませんからなあ。どうすれば穏便に辞退していただけるのでしょうか」

「あっれぇ、プロスさん何頭抱えてるのぉ?」


 電算室に籠もりがちなプロスペクターの補助は、毎日ホウメイガールズが行ってくれている。

 今も書類の整理をしてくれているが、お団子ヘアーもどきのミカコが書類の束を抱えながら話しかけてきた。


「いえ、相変わらずユリカさんとミナトさんが引いて下さらなくて、何かいいアイディアはないかと様々な判決例を調べているのですが、なかなか良い方法が無くて」

「ふ〜ん……大変なんだね」


 古今東西、様々な判決例をオモイカネに調べさせて表示させているのだが、それをひょいと覗き込もうとしたところで、ミカコは足を滑らせて転んだ。


「うきゃっ?!」


 そしてプロスペクターを巻き込み倒れ、その衝撃でコンピュータを変に操作してしまった。


「あいたたた……」

「プロスさんごめんねー」


 腰や尻など、打ち付けた場所をさすりながら二人は身を起こした。

 ミカコにぶつかられた時、端末に触れてしまったことを自覚していたプロスペクターは変な操作がされていないかウィンドウを覗き込み確認しようとした。

 乱舞するウィンドウの一つには、着物姿の女性二人が一人の少女の腕を引っ張り合う姿が映し出されていた。


「これは……!」


 そして彼は、天啓を得たのである。




















「えー、それでは、ルリさんの養育権をかけた勝負を行いたいと思います」


 ナデシコ長屋での生活も、今日で終わる。

 新生活が始まる、この門出の日に、もう一つの門出も決定されようとしていた。


「養育者候補は二人。元ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカと元ナデシコ操舵士、ハルカ・ミナトです」

「アキトー、応援してねー!」


 マイクを片手に決戦する二人の紹介をするプロスペクターに、自分の勝利を疑わず、満面の笑みで手を振るユリカ。

 ユリカの決戦相手であるミナトの方はと言うと、無言でユリカを見つめ、そのミナトに白鳥ユキナが「ガンバレ、ミナトさーん!」と応援している。


「お二人には、ルリさんを両側から思いっきり腕を引っ張りあっていただきます。
 先に手を離した方の負け、勝った方が養育権を得るという、シンプルな勝負です」


 ユリカとミナトの間に立つルリは、そんなプロスペクターの言葉を聞いても顔色一つ変えない。

 内心腕が抜けないだろうか、とか考えているかもしれないが、外で見ている分にはわかるような変化はない。

 ちなみにルリはどちらが勝とうと、誰に養育されることになろうと、すぐに着いていけるよう、荷物はトランク一つにまとめ、旅装姿である。


「では、お二人とも、用意して下さい。
 用意は良いですか? では、いきますよ。
 よーい、始めッ!


 そのかけ声とともに二人は思いっきりルリの腕を引っ張った。

 いや、正確にはミナトは最初躊躇したのだが、ユリカが遠慮無く引っ張ったのを見て負けてなるかと思いっきり力を入れたのだ。

 押し合い圧し合いならぬ引き合いは、数十秒続いた。

 両側から引っ張られ、顔をわずかに歪めていただけだったルリだが、しばらく引っ張り合いが続く内に「うっ」と声が漏れた。

 「漏らした」と言うより、「漏れてしまった」という風だが、だからこそ耐え難い苦痛であることがわかる。

 ユリカはそれでも気にせず引っ張り続けたが、ミナトには出来なかった。

 ルリが傷みを訴えているのになお傷みを強制するなど、出来るはずもない。

 だからミナトは手を離した。


「やったぁー! アキト、勝ったよ、勝ったよアキトぉーっ!」


 ミナトが手を離したことですぽんと腕の中に収まったルリを抱きかかえながら、ユリカは喝采を上げる。

 決着が着いたのを見て、プロスペクターは勝敗を告げた。


「えぇー、ルリさんの腕を離したので、ミナトさんは負け、です」

「なっ、なんでよ、普通こういうのって手を離した方が勝ちじゃないの?!」


 その採決にミナトが抗議するが、ユリカが、


「でもでも、プロスさんは先に離したら負けっていってたから、やっぱりユリカの勝ちだよ」

「ユリカさんの言うとおり、先に手を離したミナトさんは負けです、はい」


 納得のいかない様子のミナトだが、さらに抗議を続ける前に、プロスペクターが言葉を続けた。


「ですが、痛いと声を上げているのに引っ張り続けたユリカさんが養育者として相応しいかというと、首を捻らざるを得ないのもまた事実」

「えぇ?! ユリカが勝ったのに、何それ!?」

「いえ、先に離したら負けと言いましたが、離さなかった方が勝ちとは申してはおりません。
 まあそういうわけで、この勝負、勝者無し。
 ということで……










 ルリさんは私が責任を持って養育しますッッッ!!!」










「「「「な、なッんじゃそりゃァーーーッッ?!?!」」」」









 どこまでも吸い込まれそうな青空に、大声が木霊する。

 ルリはそっと溜め息を吐き、ぼそっと呟いた。


「ナデシコを離れても、変わらないんですね。ほーんと、バカばっか」


 その頬がかすかに笑みを形作っていたのに気付いたのは、げんなりと肩を落とし、ルリの方を見やっていたユキナだけであった。




















あとがき
 言い訳はしない。
 ついカッとなってやった。反省は一切無いッ!

 単に思いつきのネタ。
 ありがちだけど探してみても見かけないので、ひょっとしたらこういうネタは、これで、ナデシコでは初めてなのかもしれない。

 では、また次の作品でお会いしましょう。







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代理人の感想

あははは、こーゆー落ちか。

腕を引っ張って引き取り先を決めるのは原作どおりですが、最後で落したのがいい感じの一発ネタでした。






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