目の前に戒めから解き放たれた妻がいる
周りにはかつての仲間が集まり、皆嬉しそうに笑っている
自分もそこへ向かおうとする―――
だが
足が動かない
足元を見ると
血まみれた幾つもの手が自分の足を掴んでいる
若い男の手
子供の手
老人の手
女性の手
老若男女幾つもの手――
四方八方から手が生え、自分を拘束する
背後から声が聞こえる
「復讐人よ・・・貴様もすでに我と同じし外道・・もはや人道には戻れぬ身」
殺したはずの怨敵の声が回りに響く
光と共に遠ざかっていく妻とかつての仲間達
周りの手が自分を暗闇へと引きずり込んでいく
「貴様に光を浴びる資格なし・・・」
怨敵の声が先程より大きく響く
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず叫ぶ
しかし手の力は衰えない
もはや光は欠片も見えなかった
拒むモノ
目が覚める
目の前には無機質な壁が見える
現実・・・・全てを終えた現実・・・・
いつもの夢だった
全ては夢・・救いの無い夢・・・・
思わず呟く
「せめて最後に、救いが欲しいな・・」
しかし、その呟きは虚無へと流れていった
自分の目の前に一本の太いワイヤーが垂れている
思わず上を見る
幾人もの自分がいた
幾人もの女性に囲まれている自分
木星で活躍している自分
パイロット仲間であった女性と談笑している自分
義娘と同じ視線で付き合っている自分
今以上に血で手を染めている自分
再び怨敵と対峙する自分
―――いろいろな自分
怒り
悲しみ
笑み
狂気
いろいろな表情
希望なき今
全てが輝いて見えた
未来ある自分達・・・・
思わず目の前の鉄製の蜘蛛の糸を掴み這い上がろうとする
怨敵の声も血塗れの手も無い
ただ後ろにあったのは
―――悲しそうな妻の顔だった
「アキト・・ナデシコCが接近中・・」
無機質な声が現実へと引き戻した
いつもとは違う夢
何かの意味があるのだろうか?
ブラックサレナとユーチャリス
対峙するナデシコC
「アキトさん!戻ってきてください!」
義娘の声が鳴り響く
何時もの光景
一度は帰ろうかとも思った
しかしその日から
怨敵と血塗れた手との
毎晩の逢瀬が始まった
「すまない・・俺は帰れない。」
いつもの答え
「そんなこと言っている場合じゃありません!」
いつもの調子・・・ではなかった
義娘が言葉を続ける
「ユリカさんがもう危ないんです!いつまで―――」
その言葉の先はもう聞こえなかった
ユリカガアブナイ?
イマシメハトケタノデハ?
オレノイノチダケジャシニガミハミチタリナイノカ?
スクイハナイノカ?
「だから・・早く戻ってきてください!」
今すぐにでも戻りたい
許されるのか?
自分に資格はあるのか?
この手で妻の最後を見取る資格はあるのか?
長いのか
短いのか
不明な時が流れた
口から言葉を紡ぎ出す
「ラピス・・ジャンプの準備を。」
「わかった。」
「!テンカワさん!?」
「すまないルリちゃん・・俺にはユリカと会う資格は無い・・君の知っているテンカワアキトは死んだ。」
抱きしめたい
笑顔を見たい
しかし会えない
すでにこの手で妻は抱けない
抱いてはいけないような気もする
死は見とれない
自らかした愚かな十字架
「逃がしません!」
当たり前だが義娘は納得してくれなかった
直後、ユーチャリスへと幾本ものアンカーが打ち込まれた
「!」
ワイヤーによって結ばれたナデシコCとユーチャリス
その太いワイヤーは夢で見た、蜘蛛の糸に酷似していた
光の世界
悲しそうな妻の顔
頭の中で先ほどの夢がオーバーラップする
「アキト!このままだとジャンプフィールドが暴走する・・・ダメ!このままだとランダムジャンプに・・」
目の前に提示された二本の道
大きく分かれた二つの道・・・
ブラックサレナが両手のハンドカノンをワイヤーに放つ
いくつかのワイヤーは断ち切れたが、まだ幾本かは残っている
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
気迫と共にぎりぎりの所まで機体を寄せ、胸部のバルカンを乱射した
無数の弾が残りのワイヤーを全て断ち切った
死期の近い自分にしては奇跡的な動きだった
「ラピス!ジャンプフィールドは!?」
「大丈夫、何とか安定した。これならばランダムジャンプの可能性は0.56%」
安堵と共に機体をユーチャリスへと寄せて行く
「アキトさん・・・」
ふと見ると義娘が涙を流しながらこちらを見つめていた
「ルリちゃん・・ユリカのそばに俺の代わりに居てやってくれ、そして伝言を頼む・・」
「伝言ですか?」
「俺も多分すぐにそっちに行く、あの世で・・会おう。」
別れの一言を残し、ユーチャリスはジャンプした―――
また今日も夢を見た
天上の世界
輝いている自分達がいた
目の前にワイヤーが垂れている
しかしもはやそれを登る気は無かった
後ろを振り返る
暗闇の中、寂しそうな顔をした妻が居た
ためらわずそちらへ向かっていく
深い闇の底で
妻を抱きしめる
ただそれだけ――――
自分の目から涙がこぼれていた
妻の目からも同じように
天上の光はもはや見えない
しかし
遠くのまばゆい光よりも
近くの温もりの方が今の自分にはありがたかった
一ヵ月後、小高い丘の上に小さい十字架が立てられた
十字架には
A&Y
これだけ書いてあった
十字架は倒れることなく立ち続ける
未来永劫・・・永遠に・・・・・・・・・・・
〜完〜
後書き
何書いてんだろう俺?一つ言えるのは、これ別に逆行否定じゃありません。ただこの世界のアキトは近き終結を選択しただけです。
あと逆行のキーアイテムをワイヤーに仮定したのは蜘蛛の糸のイメージに使い易かったからです、別に深い意味はありません。
それではまたお会いしましょう。
代理人の感想
ん・・・・・・・・・・・それもまたよし、かな。