鎌の一閃が首を狩り、唸りをあげる鉄腕は対象の四肢を砕く。
ここは地獄、現世に現れし地獄。
その中央で踊るは死神。
木星の英雄の仮面を被りし死神。
三軍神参上!!
第十二話
目的はクリムゾンが所有する軍事研究所への潜入。
最初はストレートにフェンスを乗り越えて潜入して犬に追いかけられてエライ事になった。
ならば搦め手から攻める、珍しく慣れない下調べなんぞして数少ない出入り業者である新聞屋に狙いをつけた。
現に今の自分の格好は早朝寝ぼけ眼の配達員を襲撃して奪い取った物、しかしこんな事ならば襲撃なんぞしなければ良かった、これではパンツ一丁で草むらに転がる男が報われない。
目の前にあるのは警備員詰め所、秘密施設には付物の厳重なゲート。
しかしその施設の意味は既に死していた。
施設の周りに張り巡らされた監視カメラの中枢であるモニターは本体ごと真っ二つに切断され、施設の番人である警備員はそれぞれ無残な死に様を競っていた。
頭を失い首の切断面から血を吹き続ける、下半身を粉微塵に砕かれ苦悶の形相を浮かべる、四肢を切断され芋虫のように地面に這いつくばる。
既にここは秩序を守る為の建物では無く、悪趣味な死の博覧会の会場と化していた。
「クソ……一体どんな化け物が出やがった? ホッケーマスクかエルム街か、はたまたキョアック星人か」
値踏みするように凄惨な光景を見やる大島、その瞳には僅かに怯えの色が見えた。
嘆息し少し距離が離れた所にある巨大な建物を見やる。
白で包まれたいかにも施設らしいカラーリングの建物、清廉潔白の色である白。
しかし今はそのカラーリングは似合わない。
あえて当て嵌めるなら赤、地獄に相応しいどす黒い血のような赤が似合う。
地下深くで眠る巨大な鋼の虫。
その前に居るは死神。
黒いマントを翻し虫へと近づいていく。
「はい、そこまで」
空洞の入り口から聞こえる女の声。
引き止めるのは片目の女、手に構えたリボルバーの標準は少し離れた死神の背を正確に狙っている。
「その巨大バッタになんの用があるかは知らないけど。アンタやりすぎ。警備員や研究員だけでなく偶然居合わせたクリーニング屋まで殺すなんてねえ? 貴方の目的は何? 殺戮? それとも強奪? 」
死神は答えない、銃口を突きつけられている事など意にも介さぬように悠然と歩を進める。
ターン……
直後に響く銃声、その弾は死神の踵ギリギリの床を見事に撃ち抜いていた。
「せめてこちらを振り向いてくださるかしら? あんまり舐めたマネしてたら頭打ち抜きますわよ? ねえ、テンカワ=アキトさん? 」
スラングと丁寧語が混じった奇妙な言葉、だがその裏に隠されたのは強烈な怒り、目の前の殺戮者に対する強烈な怒り。
なお彼女自身はテンカワ=アキトと言う存在を情報でしか聞いたことが無い。
曰く黒いマントに身を包み
曰く人類の規格外の力を持つ
曰くクリムゾンに怨念を抱く
クリムゾンの研究施設での人知の範疇を超えた虐殺の執行者は黒マント。
こんな奇妙な符号の一致は殆ど無い、彼は今はナデシコに乗っていることになっているが人知を超えた黒マントなんて愉快な人間は彼以外に聞いたことが無い。
そもそも名前などには元々意味が無い、彼女にはここまで好き勝手にやり散らかされて大人しく出来るほどの聖人ではないのだから、結局は頭を撃ち貫くのだから。
彼女の殺気を本能で感じ取ったのかゆっくりと振り向く死神、黒い衣により隠されていた顔が徐々に姿を現す。
「……な!? あ、貴方……」
思わず素に戻る女性の口調、死神の顔は驚きと滑稽さをふくんだ道化だった。
女性の驚きなど気にせずに奔る死神、奔りながら象徴である大鎌を取り出し女性の首を狙う。
深い地下空間に再び銃声が響いた。
「えーとこっちが食堂であっちが……よっしゃ! ここだ! 」
目の前にある火災報知器を強く押す大島、直後機械音と共に火災報知器が引っ込み地下へと続く階段が現れる。
「ビンゴ!! いやー警備室にも誰も居ないから楽だったなあ、尤も幾ら楽でも死体をかき分けてデーター捜すのは胃にキタが」
少し憂鬱な表情で辺りを見やる、その周りは詰め所と同レベルの地獄絵図。
白い廊下は血で塗りたくられ、匂いは腐れた死臭が支配。
無垢な子供を放り込めば確実に人生を踏み外す光景が辺りに広がっていた。
自分も狂ったオブジェクトの仲間に入らぬ為に気を張りながらゆっくりと体を滑らせ階段へ入ろうとする大島、しかし予想外の事態はその時おきた。
「ちっ!なんて強さ……ってええ!? 」
凄まじい速度で階段から飛び出してくる人影、ルチャドーラーもあわやと言う勢いで階段を覗いていた大島の腹へ人間魚雷をぶち込む。
「ぐおはあ!! 」
大島の口から噴出す悲鳴。
もつれあい壁へとぶつかる両者、壁が衝撃で少し揺れた。
「な、なんで人が……」
「……黒木、お前しばらく見ないうちにすれ違いざまの人間にトペコンヒーロをかますクセでも生まれたのか? 」
「大島!! 」
一気に飛び退く隻眼の女性こと黒木、その顔はいかにも厄介な人間に会ったと言うようななんとも微妙な顔だ。
「な、なんでここに……」
「ははは、ココに隠されている巨大バッタをぶっ壊すために決まってるじゃないか」
ストレートな回答、飯を共にした学生時代とあまりに変わらないその姿に軽い頭痛を覚える。
「どうした? 頭が痛いのか? 」
「なんでもない……」
そんな和んだ空気を振りほどくかの用に地下から響く機械音。
「……忘れてた」
言うや否や全力で廊下を駆け出す黒木。
「お、おい……」
いきなりの行動に戸惑い動けない大島、正直なところ人間魚雷の威力のせいで腹に力が入らず立ち上がれないらしい。
「もたもたしてると死ぬわよ!! 」
「へ?」
刹那、床を突き破り姿を現す鋭い鉄爪、その突き破った位置はつい先程まで階段を覗き込んでいた位置だった。
「ちょっと待てーーーー!! 」
腹の痛みなどなんのその、人智を超えた勢いで起き上がり黒木を追いかける大島。
その直後、大島が寝ていた場所を鉄爪が貫いた。
「なんじゃこりゃぁぁぁ!」
「地下に居た巨大バッタが暴れてるんじゃない!?」
全力で並走しながら廊下を駆け抜ける二人、その後を追うように鉄爪が廊下を順繰りに貫いていく。
「なんで暴れてる! つーかこの惨劇は! そもそもなんでお前無事なんだ! 」
「クリムゾンが巨大バッタ拾って動かそうと思ったけど動かなくて木星出身の私がアドバイザーで呼ばれて遅刻して出勤したらこんな事になってて犯人捜して地下に行ったら犯人見つけたんだけどコッチがやられてボロボロにやられて逃げてきた! OK? 」
長い台詞をやけっぱちな勢いで喋る黒木、ここまで喋ってスピードが落ちていないのはある意味神業だ。
「なんとなく理解はしました!! しかしアレですよ、こんなB級ホラー映画のやけっぱちなワンシーンみたいな事やらかしたのは誰ですか!? 」
「馬鹿! つうか変態! あんな仮面正気で被れる奴は絶対居ない!! 」
廊下の突き当たりの閉められた窓めがけ飛び込む、飛び散るガラスの破片が場に不相応に美しい。
そして二人が建物を脱出した直後、轟音と共に建物が崩れ巨大バッタが地下から頭を表した。
「チッ……おい黒木! お前の愛機は何処に!? 」
「少し離れた格納庫……ここからじゃ5分はかかる」
絶望感にとらわれた表情で巨大バッタを見つめる黒木、せめてエステや神皇機があるならともかく白兵戦ではまず確実にこの怪獣に勝てない。
「わかった、お前は走れ 俺がくい止める! 」
「まさか素手で!? 」
「んなわけ無いだろうが! 来い! リュウジンンンンンンン!!」
パチィン……
指先を高く上げ景気良く指を鳴らす、すると大島の背後にボソンジャンプの黒い光が生まれ、中から最強のゲキガンガーであるドラゴンガンガーを模した機体リュウジンが現れた。
「ふっ、こんな事もあろうかと短距離ボソンジャンプを利用した機体召還機能を付けて置いた。これってヒーローっぽくねえ? 」
「知るか。じゃあここは頼んでいいのね? 」
「こんな状況じゃ舞歌寄りだのクリムゾンの社員だの関係無いだろ? はよ行け同級生」
言うや否や懐から取り出した鋲で長い鎖を作り出し搭乗口に投げつけスルスルと登っていく、下からそれを望む形になった黒木は少し考え込んでから口を開いた。
「……わかった。ただ一言、この一件の犯人は……とんでもない」
そして後ろを見ずに駆け出していく黒木、それをモニターで見やって大島が溜息と共に呟く。
「あいにくとんでもない奴とは地球に来てから腐るほど会ってるんでな。なにさ昂氣って? あんな事出来る奴が二人も居る時点で誰が出ても驚かないってーの」
スイッチを全て入れることにより光るリュウジンの眼、研究所の残骸から巨大バッタがその体を完全に這い出したのは同時だった。
対峙する両者、口火の一発を悩むかのようにその動きは止まる。
「バッタか、まあ木星兵器の中じゃあ最弱、いくらでっかくなっても所詮は……ってなんじゃありゃぁぁぁぁぁぁ!?」
冷静な独り言が一気に某ジーパンの断末魔ばりに気合の入ったシャウトに変わる。
その驚きの原因となったモノは、バッタの頭の脇に片手で掴まりじっとこちらを見ていた。
長く黒いマントに黒装束の姿は古来伝統の死神の姿を思い出させる、これで顔が白髑髏だったなら完全な死神だ。
しかしその顔は白髑髏でもホッケーマスクでもはたまたケロイド状の顔でもなく――
ゲキガンガーだった。
木星の聖典であるゲキガンガー3の主人公メカであるゲキガンガー、それを完全に模した仮面を被る男が睨む様にこちらを見つめている。
「た、確かにとんでもねーなあオイ! ガンガーマスク、違うな。ゲキガン仮面、だせえな。マスク・ザ・ガンガー、せめてコレか? 」
目の前の怪人に命名し一人納得する、あんな面白い存在絶対誰か見ていたら噂になってる。
しかし噂になっていない、という事はアレを見た人間は自分が初(正確には虐殺の対象者となった人々や黒木の方が先だが)の筈だ。
ならば名前をつける資格は自分にある。
……図太さが一つのウリのこの男も色々衝撃的な事態に直面し結構テンパっているようだ。
そのテンパりの火種が開いた片手でリュウジンを指差す。
するとバッタの背が開き、内部から飛行型の無数のバッタが湧き出てくる。
無数のバッタ達はミサイルと同じ様に目標であるリュウジンに向かい突撃してきた。
「何ィ!? 」
慌てて両腕を固めガードの姿勢に入るが、バッタ達はリュウジンのディストーションフィールドを突き破り本体へと突っ込んできた。
怒涛の突撃によりリュウジンの体は傷つき、幾体かのバッタは爆発しそれなりの衝撃を与える。
「コイツ……もしかして巨大昆虫兵器シリーズ屈指の強敵か?」
大島の動揺等気にもせず再び指を上げるマスク・ザ・ガンガー、再びバッタの背が開く。
放たれるバッタの特攻攻撃、しかしバッタ達はその体に届く事無く爆発していった。
リュウジンの両手に握られるのは巨大な鎖、一瞬で創り上げた鎖を縦横無尽に振る事により一瞬で無数のバッタを散らせる。
「ま、強敵といえど所詮は虫!
このままちゃっちゃとお逝きなさい! 」
巨大バッタ本体へと振り下ろされる鉄鎖の双鞭、回避能力を持たないバッタの中枢部であり今回の事件の根源でもある男が居座る頭へと振り下ろされる。
バッタは動かない、あまんじてその一撃を受け入れる気で居るわけでは無いだろうがバッタ自身には手段も無い。
だが、もう一つのターゲットである男は動いた。
ガンガーのマントから取り出される大鎌、その一閃が振るわれた瞬間バッタに向かっていた鎖は全て寸断される。
「マジか!? 人間が兵器サイズの鎖をぶった切るか普通!?」
人智を超えた動作から生まれた動揺の隙を突き再び巨大バッタより放たれる無数のバッタ、しかし今回は先程とは違いバッタの色が朱に塗られている。
鎖が断ち切られ無防備なリュウジンへと襲い掛かる朱バッタ、先程の特攻バッタとは違いリュウジンの体へと張り付いていく。
あっというまに全身を覆われるリュウジンの体、直後無数の朱バッタから電撃が放たれた。
周囲に轟く雷音、徐々に崩れ落ち膝を付く巨体。
そのまま地面へと倒れ伏してしまう、何かを求めるように差し出された右腕は哀れさを妙にかもし出す。
敗残した最強の巨人へと襲い掛かる巨大バッタ、その鉄の顔に変化は無いが気のせいか恍惚を感じてるように見えた。
ピクリとも動かないリュウジン、その活動を完全に絶たんと巨大バッタの牙と爪がその体へと襲い掛かる。
ついに一寸の距離へと近づく両者、バッタの脇に張り付くガンガーが哂ったかに見えた刹那――
「ロケットパーンチ!! 」
大島の叫び声と共に撃ち出される右腕、その拳は獲物に向かい牙を突き立てようとしていたバッタの顔面に強烈な一撃を与える。
「もう一丁! 」
左の拳もそれに追従する様に飛ばす、その一撃はバッタの顔面半分を削り取った。
「! 」
その衝撃で振り落とされるガンガー、まっ逆さまに地面に落ちるが冷静に空中で黒マントを振るう。
直後、その姿は幽霊のように掻き消えてしまった。
「え? 嘘? マジ? せっかくここで『俺の機体には電撃は効かねえんだ!! 』とでも叫んで勢いでバッタとガンガーセットで大往生……まあいいかバッタだけでも」
むくりと何事も無かったかのように立ち上がるリュウジン、そして戻ってきた右拳を構える。
ウォォォォォォォォォォ……
聞こえてくる竜の啼き声、リュウジンの体が胎動し張り付いていたバッタが次々と爆発していく。
リュウジンの右拳が電撃を放ち唸りを上げたのと巨大バッタが体勢を立て直したのは同時だった。
「ドラゴンフレアー!! 」
放たれる右のストレート、その一撃は巨大バッタの体を貫きその巨躯に巨大な風穴を開けた。
体の三分の二を削り取られ崩れ落ちるバッタ。
キュィィィィィィィィ……
悲鳴のような声を上げる巨大バッタであったモノ、間もなくその体は爆発四散した。
「……あんな強烈な内蔵武器があったなんて。まあ確かに鎖を振り回すだけならエステの方が使い易いとは思ってたけど、ああいうバケモノ相手には内蔵兵器の方が相性いいしねー」
少し戦場から離れた格納庫で今の戦闘結果を分析する黒木。
「反クリムゾンの舞歌の手元には最強の一角ダリアが元々居るし……まずい、クリムゾンにはアレと張り合える手駒が無い」
苦虫を噛み潰すように咥えていた煙草を噛み切る。
白兵戦ではブーステッドマンが投入されクリムゾンは優位へと立ったが、機体とそれに付くパイロットの能力不足は今だ解消されてない。
「今のところパイロットで立ち向かえるのは私だけ。いや無理か、今の専用機はブラックサレナのコピー機、発展型のブローディアやダリアには到底」
及ばない
最後の一言を心の中で反芻し、己の無力さに悔しくなる。
「どうにかしないとね。変態マスクマンの調査に事後報告にどうもあのバッタもきな臭いし……忙しい忙しいっと」
今日は戦う事の無かった自身の愛機に火を入れその場を飛び去る。
その迷彩色の機体の飛び方には一切迷いが無かった。
「夢が明日を呼んでいる♪ 魂の叫びさレッツゴーパッション!! 」
景気良い歌声が響くナデシコの廊下、その中央を堂々と闊歩するのは熱血馬鹿の代名詞が誰よりも似合う男ダイゴウジ=ガイ。
「いつの日か……っておお!? 」
何かを見つけ駆け寄るガイ、その眼は子供が玩具を見つけたかのように輝いている。
「おおお……すげえ精巧だなオイ。ウリバタケ製か!? ちょっと貸してくれよソレ! 」
ぺたぺたと目の前の男の仮面を触りまくる。
宇宙を航行するナデシコの艦内、そこに居たのは先程地上で消えた筈のマスク・ザ・ガンガーだった――
あとがき
大島「久々すぎて後書きで着ていた衣装をどこかへやってしまいました、大島です」
ふじい「妄想戦士復活にセラス覚醒と最近アワーズが凄まじく熱いです、ふじいです」
大島「しかしあれですよ、久々ですねーこのSS」
ふじい「そうですなあ、半年振り……あやうく存在を忘れるところでした」
大島「忘れるなよ普通に」
ふじい「しょうがないじゃないですか、引越しに職探しに友人との共同制作のHP運営と忙し過ぎました」
大島「こちらはまだ連載中なのにあっちの月姫長編は完結一歩前というのが理不尽に思える今日この頃。それはそれとして物語に変なの出てきましたよ」
ふじい「ああ、仮面の御方」
大島「奴の行動からすると次回はVSナデシコ陣営になりそうだが」
ふじい「そうだねえ」
大島「俺ら地球よね」
ふじい「当然」
大島「ナデシコ宇宙だよなあ。俺らの出番は? 」
ふじい「……ではまた次回にラスタヴィーニャ♪」
大島「はっはっは、ないのかいコンチクショー!! 」
(緞帳が下り幕、幕の向こうからは果て無き殴り合いの音)
代理人の感想
うーむ、丁度半年振り。
お懐かしゅうございます(笑)。
それはともかく、出てきました強烈なのが。
こともあろうにゲキガンガーマスクの殺人鬼!
いやー、良くも悪くもインパクト十分(笑)。
あれだ、案外製作者の魂が封じられていて倒されるとその相手を乗っ取って生き長らえるとか。
でもガイに倒されると(馬鹿だから)乗っ取れずに本物のゲキガンガーマスクになってしまうとか。
無いとは思いますが。