第一話 テンカワ・ユリカ『復帰』
俺の目の前には一人の少女と女性が座っている。少女の方は銀色に見える髪を二つに縛っている。女性のほうは、ベッドの上からその大きな瞳に少女を写していた。
「もう、退院できるんですか、ユリカさん?」
少女が女性に話しかけた。ユリカさんは顔に満面の笑顔を作りながら、少女にVサインをし・・・・
「もう全然オッケー!!またナデシコの艦長になってアキトを探します!!」
「あ、それ無理です」
即答。瞬間、ユリカさんはVサインをして満面の笑みを浮かべたまま硬直した。
・・・・・生きてるか?
見た感じ呼吸もしてないようだけど。
「な・・・・な・・ななな何でかな?」
何とか冷静さを保ってるな・・・。
「シャトルの事故でテンカワ・ユリカは死亡したとされました。よって、軍籍は抹消されています。つまり、軍人でないユリカさんがナデシコCの艦長になることは不可能です」
・・・・パタ
あ、倒れた。・・・・本当にコロニー襲撃犯の女房か?
「艦長、そろそろ本題に入って説明したほうがいいと思いますよ」
これ以上いぢめるとユリカさんが気の毒だしな。
「そうですね。私達ナデシコCはコロニー襲撃犯であるテンカワ・アキトを逮捕するように決定が下されました。ユリカさんの軍籍は今週中には元に戻りますから、安心して私の補佐をしてくださいね?」
「ちょっと待って!私って事故に遭う前の階級は中佐だよ!!」
「私は今、大佐です」
轟沈。
「アキトは愛する私のためなら出てきてくれるかも!!」
「だったらユリカさんを置いていかなかったのでは?」
ああ、ハートをグラビティブラストで貫かれたな。それとも処理されてない奴が跳躍したかのごとく消滅したかな?見た限り真っ白だけど。
「ひどいよぉシュウさ〜〜〜ん!ルリちゃんがいぢめるぅぅぅ!!」
だからって俺にすがらないでほしいな・・・。
「大丈夫ですよ、ユリカさん。冗談ですから」
まあ、俺にいえるのはこれくらいだろうな。
「な〜んだ、よかった!」
「まあ、冗談はおいといて、ユリカさんの軍籍が回復するまでに
ナデシコCから磁石の同極のごとく逃げ
ゴキブリ並のしぶとさで我々の包囲網を脱し
今もまた私達の話を盗聴している元大関スケコマシを
捕獲しに行きます」
・・・・・・・・。
電子の妖精を敵にまわしちゃあ、いけないな。
ピピピピ
艦長のコミュニケが鳴った。出てきたのは小柄な男の子、マキビ・ハリ君。
「艦長、ターゲットが北極点から移動を開始しました」
「わかりました。私もすぐに向かいますから・・・・・ということなのでユリカさん、ボディーガード役にシュウさんとリアムさんを置いていくので、こき使ってください」
「りょうか〜い」
ユリカさん・・・俺に向けられた笑顔からにじみ出てくるオーラを感じるのは気のせいなのかな?俺はこの場合拒否権を発動すべきなのだろうか・・・・・
「艦長特権で拒否権は認めません」
恐るべし、電子の妖精・・・
「お願いね、シュウさん!」
俺には見えた・・・・ユリカさんのオーラが力を増したのが、そして・・・その色が蒼から紅に変わったのが・・・・・・・・
気が違わないうちに自己紹介をしようか。俺の名前はシュウ・タカマツ。ミスマル中将管轄の特殊白兵部隊隊員・・・・『疾風のシュウ』って呼ばれてた・・・・。
草壁の反乱時、俺達の部隊は草壁の拿捕に向かって、身柄をナデシコCに引き渡した。そっからだな。腐れ縁は。いいのか悪いのか知らんが。
残存部隊との白兵戦があるときはチョクチョク俺達が呼ばれた。
で、そのままナデシコCに乗艦することになったんだけど、なんだか、ああ、なんと言うか、
違ったな・・・・想像と。
メカマンは皆腕はいいけど、装備を勝手にいじってくれるし、医務室に行けば精神的にヤられて帰ってくるやつはいるし、一番違ったのは艦長だな。ホシノ・ルリ少佐。功績により現在は大佐。思い出すだけでも・・・・何も言い表せないか。
「ウリバタケ班長、艦長から伝言で〜す!」
整備班の一人が格納庫に走って来たんだよ。ちなみに、俺は装備の調整をしてたんだけどな。
「また目覚まし時計が壊れたんで修理してほしいそうです」
「ちょっとまてよおい」
・・ウリバタケの顔色が悪くなったのが脳裏に焼きついてるな。別に普通だと思ったよ
目覚ましが壊れるくらい。
「ルリルリの目覚ましはチタン製だろ、しかもナデシコの外装と同じくらいの強度があるタイプ!」
「気がついたら砕けていたそうです」
・・・・これからだな。いろいろな意味で電子の妖精は違うと思ったのは。
その三日後だったかな、艦長のベッドの下に5tと記されたハンマーが見つかったのは。
発見者の行方は、誰も知らない・・・・・・・。
風のうわさではU班長というらしいが・・・・・
考えないようにしよう。
P.Sあの後俺たちの装備が改造される回数は激減した。
ベッドに横になりながら雑誌を読んでいるのはテンカワ・ユリカ元中佐。もうすぐ復帰だけどあえて『元』。コロニー強襲犯であるテンカワ・アキトの妻にして火星の後継者の生体実験から生き延びた数少ない人々の中の一人。
護衛にはもう一人来ていて、リアム・ツェンドって言う奴が病室の外で待機している。木連時代からの友人だ。
護衛が必要なのは彼女が何らかの秘密を知ったらしい。・・・教えてくんないあたり、やっぱヤバ目の話なんだろうな。つーか俺達がかかわる仕事はそんなもんだよな。誰から護衛するのかって?それは極東以外の連合・統合軍から。秘密を知られるとまずいことがあるらしいからな、軍のお偉いさんは。
「シュウさん、私たちを誘拐した犯人はどうなったの?」
突然聞かれても・・・なんつーか・・・・。事実をいえば、死体を確認したあと爆破したからな・・・・機体ごと、中身を。DNA鑑定で本物と証明されたし、間違いはないぞ。だけど病み上がりにそんな事言っていい訳ないよな。
「テンカワ・アキトが決着をつけました。もうこの世にはいませんよ」
ま、本当のことだよな。
「あの極悪非道鬼畜軟弱風男は?」
「は?」
極悪非道・・・コードネーム『北辰』が当てはまるよな
鬼畜・・・・・やっぱり『北辰』
軟弱風・・・・・?
・・・・もしかして、山崎のことか?
「ヤマサキ博士は逃亡しました。現在捜索中です」
当り障りのない程度に言った。
その時、俺は建物に明らかな殺気が近づいてくるのを感じた。
・・・・・早速お仕事だな。
「俺は風にあたってくるんで、ユリカさんはゆっくりしててくださいよ」
「りょ〜かいっ!」
病院の中庭に俺は立っている。敷地面積は30×30メートルってところだな。結構広い。風が吹いて俺の華麗な銀髪がゆれた。相棒のリアムは黒髪だけどな。
「8人だな」
「ああ」
お互いに敵の数を確認しあう。全員銃を持ってると見ていいな。
・・・・いまだ!
俺と相棒は同時に動いた。まず右前方二メートルにいる奴のこめかみを蹴りで砕き、そいつを踏み台にして後ろで待機していた奴の脳天を銃で撃ち抜く。敵も慣れてるな。俺が二人を片付ける間に全員散って銃を構えた。
人差し指に力がこもっているのを確認した俺はすぐに横に飛ぶ。すれすれで銃撃を躱すと今度はバク宙して、回転している間に死体を三つ造る。見事だね、俺。不安定な姿勢からの銃撃でも全部眉間を撃ちぬいた。残り三人。
全員木の影、だな。
面倒だ、いろんな意味で、な。
俺たちの部隊のロゴ入りオートマチックに特殊な弾丸をセットした。そしてグラサンに仕込んであるサーモモニターを作動させる。
おお、見える見える。どういう原理か知らないけどヒトにはよく反応するらしい。こーゆうところはウリバタケも役に立つな。
そいつら目掛けて特殊弾を放った。そいつら、というよりも、そいつらの前にある木だな。命中すると、爆発し、木が真っ二つになった。驚いてる隙を突いてそいつらに弾を撃ち込む。見事に脳しょうがあたり一面に飛び散った。一人だけ残してな。その一人も右腕が肩から綺麗に弧を描いてすっ飛んだ。
相棒も片付け終わったようだ。
コミュニケで時間を確認してみると・・・一分経過していた。時間かかりすぎだな、雑魚相手に。
「さてと・・・・」
俺とリアムは腕を失ってもがいてる奴に近づくと、転がっている右腕を拾った。そして一気に骨を引き抜いた。自分の身体の一部が生々しく破壊される様に男の血の気が引く。
自分の死ぬ姿でも浮かんだか?ま、気にしてたらキリがないがな。おびえてる男の頭を引っつかむと、木に押し当て左肩に骨を突き刺した。木に磔にされ、いっそう苦痛に顔がゆがむ。
「質問です。貴方の所属する軍の名は?」
とびっきりの笑顔で聞く。
・・・・おかしいな、顔がさらにゆがんだぞ。
「黙秘権は認めんぞ」
釘さして置かないとな。
「ク・・・クソッタレ!」
何かむかつくな〜♪
「最後の質問だ。ここは幸運にも病院。集中治療室と霊安室、どっちが良い♪」
「クソッタレが!!」
ふう・・・どうして皆口を割らないのかね。
「ぶ〜、時間切れ。たのむわ」
「OK!」
相棒のコブシが男の頭と木を貫いた。顔の原型は、残ってないな。
「ねえシュウさん、何か大きな音がしたけど?」
「どこのバカでしょうね、昼間から花火打ち上げてる野郎は」
ま、目の前にいるとは思わないだろうけど。
死体を調べてたらご丁寧に名刺が入ってやがったんだよね。統合軍火星方面派遣第二師団所属。
「どう思います、艦長?」
「ユリカさんの記憶に関してはAAA級の極秘事項のはずですが。その他に情報は?」
首を横に振った。
「そうですか。それと元大関スケコマシの捕獲は成功しました。二日後にそちらへ迎えに向かいます。自供した映像を送りますので、今後の参考にどうぞ。心臓が弱いのでしたら見ないほうが身のためですけどね。フフフ」
「そ、そりゃどうも」
5tの艦長だからな。5tの・・・・
俺は心の中で手を合わせた。
誰にって?仕事の都合上この映像を見るしかない自分自身に、いろんな意味で。
「それでは、通信を切ります」
さて、見てみるか。
元大関スケコマシ、本業・ネルガル重工会長。俗称、ロン毛。その男が椅子にロープでぐるぐる巻きにされている。
あの椅子ってアレだよな。死刑囚を・・・・・。水の入ったバケツと湿らせたスポンジ、コードのつながってる帽子。
スイッチを握っているのは・・・ホシノ艦長だ・・・・・・・・・・・・・・・・笑顔の・・・・・・・・・・・・・・・。
俺は何も見ていない。
俺はこんなものを見ていない。
俺は艦長の幻影を見ただけだ。
オレハナニモミテイナインダ!
・・・で、ネルガルの会長を取り囲んでいるのは・・・・・・
定期検診ではまったくの健康体だったはずだよな、俺。幻覚が見える・・・マシンガンを構えたロボットの幻覚が・・・・・リモコンらしきものを握っているのは5tのハンマーを発見した某U班長だし・・・・
そうだよ!!
これは幻覚だ!
これは白昼夢だ!
これは幻だ!!
俺は決して何も見ていない!!
ナニモミテイナインダ!!
気を取り直して、ネルガル会長・アカツキの供述を聞いた。
「僕は何も知らないなぁ」
いいながらそっぽを向く会長。
「まずは初級レベルで」
ポチッ
「(‘&)(%’)(‘%)$$」“#=(!=”)!!!!」
「だから何にも知らないんだ―――」
「貴方に黙秘権はありません。中級♪」
ホシノ艦長が飛びっきりの笑顔でスイッチを押した・・・・気がしただけ。見てない。見てないよ、艦長。とびっきりの笑顔で十二万と書いてあるスイッチを押したなんて。
「‘%」%%()Q’」Q=%(GJMO+SA(‘U%T+Q#%(TTY`H!!!!」
「答える気になりましたか?」
「だから何も知らないんだ――――」
「上級ですね♪」
手元にある数字。なぜだろう、わざわざ拡大して映しているのは。健康診断でもしてもらおうかな。明らかに五百二十三万と読めるのだが・・・・。気のせいだよな。死んじゃうよな。
「何でも聞いてください」
「素直にそうすればよかったんですよ♪」
「で、要約するとアキトさんは月にあるネルガル廃棄ドックにいたわけですね」
「はい・・・」
「隔離された施設ですか。ネットワークに引っかからないわけですね」
「隠蔽工作もばっちりだしね」
「アキトさんが乗っている機体の名前は?」
「ブラックサレナ。昔リョーコ君がテストパイロットを勤めていた機体の後継機さ。といっても内部フレーム強度の問題、ジャンプフィールド生成ミスの危険性など様々な問題点が残・・・残・・・・」
「ほほう・・・そんな危ない機体に乗せてたわけですか」
オーラが見えた気がする。笑顔の奥から、禍々しいオーラ力が、ってそれは違うか。
でも艦長、俺には10tと彫ってあるハンマーを構えているように見えるのですが・・・・・
気のせいさ!!
自分に言い聞かせたとたん、画面が暗転した。赤文字テロップで「放送規制が入りました。しばらくお待ちください」って書いてあるのは気のせいじゃないだろう。
「ルリ君待ちたまえ!!これには訳が――」
「ゴキブリはスリッパで叩いたくらいじゃ死にませんよ♪」
「ちょ、それはスリッパじゃ―――」
ガスッ
ボガッ
バキッ
「ウリバタケさん」
「よっしゃー!」
ポチッ
ズバババババババババババッ!!!
「とどめで〜す♪」
メキョ
幻聴か。休暇届だそうかな・・・・・・・・
画面が回復した。そこに移っているのは血にまみれた14tと彫ってあるハンマーを構えた艦長(さっきは10tじゃなかったか?)とタンコブを12個ほど連ねているアカツキ会長だった。
「それで現在のアキトさんは?」
「ふ、ふきのニェルガルドックふぁらふぉびだしたっきり」
多分「月のネルガルドックから飛び出したっきり」っていってるんだろ。
「しゃきっとしてくださいよ、アカツキさん」
ポチッ
もう十分さ、ここまで見れば。俺式精神衛生管理条項(ナデシコにいる以上どうしても必要なんだ)によると、これ以上みてはいけない。見てはいけない。
見てちゃだめだ
見てちゃだめだ
見てちゃだめだ
見てちゃだめだ
ミテチャダメダ
アララギさん、後でじっくりと話して上げますよ。触らぬ神に祟り無しってことを。
翌日、俺の元に一通のメールが届いた。AAレベルで二重の暗号がかかっている。解凍した文書に書かれていたのは
『テンカワ・アキト、統合軍火星方面派遣第二師団を攻撃、それを壊滅させる。テンカワはそのままボソン・ジャンプによって逃亡したが、その時遺跡を強奪。
その後火星圏内すべてのコンピュータにクラッキングをかけ、遺跡に関するすべてのデータを消去』
という文章だった。差出人は諜報活動を行っているマリコ・オオタキだ。俺と同じE10部隊所属。・・・・・もう“E10”じゃないんだったな。ユリカさんが部隊名を父親に頼んで『イーグル』に変えたらしい。
正式な文書が届いた時はさすがに驚いたな。
テンカワ・アキトは奥さんの仕返し、かな・・・・?
そして約束の日、護衛対象のユリカさんの退院日にして、軍籍復帰の日だ。ついでにナデシコに戻る日でもある。
騒がしいけど、居心地がいいばしょなんだな、これが。
護衛していた間、ユリカさんの相手をしている時のことは思い出したくない。
それに・・
ナデシコから何か人型の物体がつるされてるようだが―――
どうでもいいや。
軍に復帰したユリカさんは予定通りホシノ・ルリ大佐の補佐役として乗艦。
思わず口から出てしまったのは謝る。だけど・・・・
見ないでくれ、そんな目で。
何はともあれ、俺たちは無事にナデシコに戻ることができた。
統合軍火星方面派遣第二師団を壊滅させた、『闇の王子様』。極秘事項だったはずだがな、襲撃した奴らの所属は。
誰かが情報をリークした・・・?
疑うのはよそう。仲間は、信じるものだ。
とてつもなく、嫌な予感がするな――――――――
代理人の感想
コワレてますね〜〜〜〜(笑)。
ひょっとしてシリアスに見せかけたスラップスティックコメディ?(爆)