第三話 『決意』の先には
今現在俺たちがすることは無い。隊の主任務であるユリカさんの護衛は隊長がやってるし、白兵戦なんてこの中じゃありえないだろう。
そうなると余計気になるのは、ユーチャリスが現れた時、ブリッジで何があったということだ。
俺たちがそれを知る術は基本的にはない。
一応、あそこでのことは最重要機密事項に含まれているからな。
だからこそ知りたいということもある。
あの時、何が起こっていたのかを。
俺とリアム、キュール、マリコさんは真相が知りたくなった。
だから、知っている人間に聞くことにした。
「あの時ブリッジで何があった?」
「・・・・・」
俺たちは一番気の弱そうな人間に声をかけた。
「ねぇお願い、ハーリー君!あの時何があったのか教えて!」
マリコさんのお願いにたじろぐハーリー君。だって涙目で言ってるもんな。
涙は女の武器さ。古今東西変わることなし!
「分かりました!話しますからそんな目で見ないでください!!」
「オッケー!」
「相変わらず変わり身が早いな」
彼女の演技はすごいぞ。0.01秒で表情を変えることができる。
「あの時艦長はラピス・ラズリにコンタクトを取りました。接続は成功し、会話をしていたようです」
「会話の内容は?」
リアムが興味深く聞く。でもあの艦長のことだから―――
「会話中はS級プロテクトを掛けられました。ログも同じくプロテクトが掛かっています」
「じゃあ、解除しちゃおっか?」
「だめですよ、マリコさん。僕一人じゃそこまでハックできません」
マリコさんの提案を一蹴する。このごろ自分の意見をちゃんと言うようになってきたな。
「じゃあ、俺も手伝おう」
キュールが提案した。キュールは電脳戦のエキスパートだ。もっともこの艦に着任してから出番がないと嘆いていたけどな。
「決定ね!」
「貴様に拒否権は無いぞ」
「艦長に怒られる役もお前な」
「火葬か?土葬か?それともアレな葬式か?」
順にマリコさん、リアム、俺、キュール。
そして俺はハーリーの後ろから肩を叩きながら、
「お前の財産は俺がもらっといてやるよ」
ってつぶやいてやった。
「ひどいですよーーーーーーーー!!」
ハーリーの絶叫が格納庫の隅に木霊するが
気にし〜〜ない!
事情をウリバタケに説明し、オモイカネにアクセスできる設備を借りた。
ナデシコA時代からあったものらしい。
俺たちはオモイカネにアクセスし、無数のフォルダの中から特異な物を探し出した。・・・オモイカネの性格なのか?フォルダ名が『ルリルリ専用 立ち入り禁止区画』ってなってるのは。
とりあえずそのフォルダを見ようとしたが、AAA規格のプロテクトが掛かっていた。
「ね、無理ですよ、こんなの」
「何でも屋を舐めるなよハーリー」
俺たちは意味ありげにハーリーに微笑みかけた。
自分達で何でも屋って言ってるのも悲しいかもな。
コンピューターにアクセスしているハーリーの顔が何故か見る見る引きつって言ってるのが。気にしたら始まらないよな。
「じゃ、バックアップ頼むわ」
キュールが言うと、接続した自分のコンピューターの操作をした。
カタカタとリズミカルにキーを叩く。
一秒ほど過ぎた時、突然あたりが真っ暗になった。
「ちょっと!何をしたんですか!!」
「オモイカネをシャットダウンさせた」
「何を平然と!ナデシコが無防備になるじゃないですか!!」
「だ〜か〜ら。バックアップ頼むって」
「ひどいですよーーーーーーーーーー!!」
泣きながらも仕事をするあたり一応プロだな。
ダミープログラムを流したキュールは二分ほどでデータの吸い上げに成功した。
その後俺たちはハーリーを置いて逃げたけど。
半年の無給で許されたのは幸運だったかな、あいつにしては。もちろん俺たちは御咎めなし。
逃げることも仕事のうちなんでね。
そんなことはどうでもいい。気になるのは会話の内容だ。
吸い上げたファイルのプロテクトを解除したキュールは再生を始めた。
「サウンドオンリーのようです」
良いながら端末を操作した。
でもなキュール。プレイヤーのアイコンが艦長なのは気のせいか?
「久しぶりね、ラピス」
『ルリ?』
「はい」
『何の用?』
「何故貴方達はそこにいるんですか?」
『貴方に答える必要は無い』
「ユリカさんと関係があるんですか?」
『答える必要なんて無いのよ!私は貴方が憎いの!!』
「何故です?」
『アキトは貴方を拒絶している!でも、心の底では貴方と会いたがっている!アキトの中では私よりも貴方の方が大きな存在になっているのよ!!』
「・・・・・」
『だから、私は貴方を殺します』
『止めろ、ラピス!』
三人目の声?テンカワ・アキトか。
グラビティブラスト発射にはこんなことがあったのか。
でもショックは大きくてもこれくらいじゃあそこまで落ち込まないだろ。
『ホシノ・ルリ、言ったはずだ。俺は貴様の知っているテンカワ・アキトじゃないと。だが、彼の遺言どおり、俺はユリカとルリにとって邪魔な存在を消し続ける』
「アキトさん!!」
『テンカワ・アキトは死んだ。ここにいるのはその亡霊だけだ』
「ずるいです!!そうやって私やユリカさんから逃げ出して!!」
『ユリカのことについて、知っているな。軍は邪魔なんだよ。だから、すべてを破壊する。草壁も殺った。ヤマサキも時間の問題だ。ユリカの力を知った軍人は誰一人とて生かしては置けない』
『こうやって話している間にも、アキトの中で私の姿は小さくなっていくんだ・・・・』
「アキトさん、ユリカさんが『助けて』って、言ってたんですよ!!」
『彼女が言ったのはあのころのテンカワ・アキトにだ。今の俺じゃない』
「アキトさん!」
『アカツキに済まなかったとだけ話しておいてくれ。もう二度と遭うことは無いだろう』
「アキトさ――」
ここで会話は終わった。
何かとショックだよな、これ。もう二度と遭うことは無いとかって。
直後、ユーチャリスが何かの箱をナデシコに撃ちこんで撤退した。
中身を確認したのは艦長だけど・・・・・
なんにせよ、艦長の復帰は望めず、か。
「三人対談かぁ。ラピスちゃんとテレパスみたいなので心がわかるんだっけ?」
「失った五感を補うために行った処理だそうですよ」
キュール、処理って言葉は好かないぞ。
「ホシノ艦長ちょっと話が―――」
「宇宙へ向かいます。アカツキさんを引き上げて置いてください」
待ち伏せしてやっと捕まえられたんだ。何とか話を聞いてもらいたいんだが・・・・・だめだった。
前なら聞いてくれたのにな。変わったな、艦長。
それにしても、アカツキって誰も助けてくれなかったのか。あの人型の物体がアカツキだよな。
「火星方面第一師団が襲撃を受けました。まだ付近にいると思われます」
「向こうはボソン・ジャンプができる。距離なんて意味が無い」
「そんなことはありません!あの人は必ず捕まえます!昔のアキトさんに戻して見せます!それにこちらもジャンプすれば問題ありません!」
冷静になれよ、艦長。ユリカさんの能力でキャンセルされたらそれこそ何処に跳ぶか分かったもんじゃないぞ。
「艦長、ユリカさんは俺たちの敵になるかも知れませんよ」
「・・・!?」
やっと話を聞いてくれる気になったか。動揺しながらも俺を艦長室へ案内した。
艦長室に入り、椅子に座らせてもらうと、俺はあの時ユリカさんがつぶやいたことを話した。
「そうですか。私たちを消すと・・・」
「はい。同時にボソン・ジャンプをする様子でしたので、気絶させました」
強制ジャンプ。俺は一応B級処理をされてるけど、クルーの大半はC級。つまりジャンプに耐えられない。
しばしの沈黙が俺達を包み込む。
『大変よ、艦長』
突然艦長のコミュニケが開いた。相手は医務室のイネスさんだ。
「なんですか?」
『ユリカさんが消えたわ。ボース粒子反応を残して』
マジかよ!
隊長は何をやってたんだ!?
「イネスさん、隊長は!!」
『一緒に消えていた。おそらく、無意識のうちに強制ジャンプが入ったんじゃないかしら』
何を落ち着いて!
一応隊長もB級ジャンパーだ。だから地球、月コロニー、火星、木星コロニーのどれかにジャンプされていれば生きてる可能性もある。死んだとは決まっていない。
それが隊長に関する希望だった。
だけど、ユリカさんはこれで恐らく俺たちの敵になっちまったな・・・・。
「ユリカさんが何処にジャンプアウトしたのか特定は・・・・無理ですよね」
『遺跡の“ログ”を見ようにもアキト君の手中じゃね』
「皆、敵ですか・・・・・」
また、一段暗い声で艦長がつぶやいた。
テンカワの敵は軍。ラピスの憎悪は艦長へ。ユリカさんの敵は俺たち。俺達のところからユリカさんが離れたことで、軍の矛先はユリカさん個人へ向く。
ナデシコの敵は居なくなったけど、ラピス・ラズリが動く危険性もある。ラピスとテンカワが共同で活動している以上、俺たちを攻撃することは無いと思うのは楽観視だろう。
それに、ユリカさんの能力を考えるとボソン・ジャンプを行うのは危険すぎる。
恐らくテンカワの方はユリカさんがフリーパスで通すだろうけど、俺達はそうはいかない。
ボソン・ジャンプが可能なのはユーチャリス一艦のみ。
テンカワの捕獲は難しくなるか。
「シュウさん、ボソン・ジャンプが不可能な以上、私たちにできることは――」
『待ち伏せ作戦でしょ?』
「はい。どこか規模の大きい派遣軍の近くで待ち伏せ、現れたところを拿捕します」
『それが一番効果的かもね』
「その間にシュウさん達特務部隊に行動してもらうことがあります」
やっと本業かな?
「ユリカさんの捜索とクリムゾンに保護されたヤマサキ博士の誘拐です」
ナゼニヤマサキ?
「これから先、ユリカさんによるジャンプの統制はいろいろな意味での脅威です。それ以上に軍に渡したくはありません」
いや、そこは分かるけど。
多分鏡で見たらマヌケな顔してたろうな、俺。
「ヤマサキ博士はイネスさん、ウリバタケさん達と協力させて“プレート”の解析をさせます。癪ですが、なりふりかまっては居られません。可能性には掛けます」
それは良いけどさ、ウリバタケって解析できるほど頭よかったっけ?
「一応ウリバタケさんはMITを受験しています。落ちましたが」
はい。そうですか。また口に出たようだな。
なんでだろ〜何でだろ〜
『説明しましょう』
「却下」
俺は作戦前に死にたくは無い。
「隊長不在のため特例としてリアム・ツェンドさんを臨時の隊長とします。異議は?」
「ありません」
その後すぐ俺は部屋を出た。
艦内放送で会話の内容や今の状況もすべて流された。
『降りたい方はすぐに降りられて結構です。この戦いを皆さんに強要はしません』
誰も降りなかったけどな。
まだまだ艦長は暗いままだけど、何とか持ち直してきたみたいだ。
当面の敵が居ないだけに精神的に楽になったんだろう。
やっぱりその辺は17歳の少女、不安に押しつぶされそうになることくらいあるさ。
そして俺達は任務を遂行すべく、艦を降りた――――
代理人の感想
大人って汚いよな(笑)。
つーか、さすがに子供に全部押し付けて逃げるのは大人としてどうよ? とも思いますが。