外伝2 鬼神目覚める


 医務室で、包帯をぐるぐる巻きにされて俺は寝かされている。艦内は修理する整備員があわただしく走り回っていた。

 被害はナデシコ艦内数区画、エステ一機、補給物資の一部だ。この被害、すべてあいつ一人で造り出した。


 全く、人生何が起こるか分かったもんじゃないな。

 少し、時間を遡ろう。


 自己紹介が必要なら、一応言っておく。タカスギ・サブロウタ。ミイラ男のごとき姿でベッドの上を蠢く物体。それが俺だ。.....なんか、自分でむなしくなってきた。




 謎の機体の襲撃で負傷した俺だったけど、二日で戦線復帰が可能になった。ドクターとマッドサイエンティストの合作だというヨウ素液にも似た液体を注射されたが、ここでは触れないことにしよう。
 と・に・か・く、何でだか知らないけど、リョーコちゃんも冷たいし、誰も見舞いに来なかったし..

「ハァ....」

 ため息をついたところで、如何しようも無いんだけどね。


 まぁ、そんなこんなで、今は倉庫の隅で整備班と酒を飲んでいるわけだ。


 後の惨劇も知らずに...



「やっと補給物資が届いたのか」

「おうよ!あのバカに脅迫状送りつけて補給を早くさせたんだ」

「なるほどね」

 アカツキ会長の不幸な姿を想像しながら二本目の缶を後ろに投げ捨てた。そんなことをするとウリバタケは怒るが、今はベロベロによっていて何も言わない。

「シュウ達が消えてからはや二日。ど〜こに行ったんだろうねぇ?」

「さぁな。そろそろ帰ってくるんじゃねぇのか?」

「まさかぁ!」

 と、振り向いた瞬間......“うわさをすれば影”っていう言葉をまじまじと実感した。


 いるんだもん。シュウが。

「よぉ!」

 しかも、妙に機嫌がいい

「おう!シュウ、何で妙に機嫌がいいんだ?」

「また髪が元に戻り始めたのに、染める前にパシらされて...まぁ、そのへんは別にいいですけどね」


 言いながら、ビールを一本イッキ飲みしやがった。

「仕事が意外に速く終わったから他の連中よりも先に帰って来たってわけデス!」

「そいつぁ良かったな。お前宛の荷物が届いてるから、適当に取ってけ」


「うぃ〜っすぅ!」


 もう赤いぞ、顔。意外と酒に弱いのか?


 俺はビール瓶をまた後ろに投げた。強化ガラスのビンだから割れることは無いだろう。




 ガッシャーーーーーーーーン!!!




「え?」



 まさか、割れたのか?だったら掃除させられるぞ、俺。

 後ろを振り返ると、見事に崩れた私物の山と割れてないビール瓶が転がっていた。一番下の荷物がグシャグシャになってたけど。まぁそれくらいならダイジョーブだろう!


「..............」


 のらりくらりとシュウが一番下の荷物に向かっていった。そしてそれを確認するや、俺をまじまじと見た後....懐に手を入れた。

 取り出したのは真っ黒い塊。え〜単刀直入に言えば銃ってやつでしょうか?

 ・・・・・・。

「お前の荷物だったのか?そりゃすまなかったな」

 酔った勢い。笑って済ませようとしたが、敵の目はマジだった。


「ウリバタケ、この前もらった強化弾、テストしたっけ?」

「まだやってねぇから、撃つんじゃねぇぞ」


........殺気だ。


「すまん、ウリバタケ。ちゃっかり♪撃っちゃったよ」

「あ、そ」



 ズキューーーーーーン!!






 お、おい!俺に狙いをつけたうえに、ちゃっかり♪ってなんだ!ちゃっかり♪って!!

 しかもなんだよウリバタケ、その反応は!!

「な、なぁシュウ。は、話し合おうぜ。何があったんだ?」

「ちょいちょい」

 なんか、手招きしてる。銃はしまったから、何とか大丈夫だろう。


 で、押しつぶされた荷物を見ると、銀色のジェルが入ったビンがすべて綺麗に割れている。髪を染める、アレ。

「も、もしかして、お前の?これ」

「もう持ち合わせが殆ど無くてな。ぎりぎり後一回・・注文していた追加分もようやく届いたと思ったら・・・・・ちなみにこれは俺の薄すぎる給料のほとんどを持って逝くシロモノ・・・・」

 少々の沈黙の後、普段からは想像も出来ない、ドスの聞いた声で...

「テメェの命で、償え」



 目が、血走ってる上に・・・浮き出てる....



 俺は、鬼神を召喚したらしい。



「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ハーリーダッシュのごときスピードで走った。一目散に、何処へとも無く、走った。




 とにかく、走った。


 死ぬ気で、走った。

  か ぜ
 疾風となって走った。



 振り切ったと思ったところで、ちょっと立ち止まってみた。

「タカマツさ〜ん」

「はい♪」

 切れ込みの入った妙な帽子をかぶり、黒のロングコートを着たシュウが、にっこり笑っていた。指にはキラリと輝くナイフが四本・・・・・・


 タカスギ・サブロウタの、生還へのドラマが今、始まる......


「ゆるせぇ、シュウ―――――ッ!!」








 最初に逃げた先はナデシコの中の遊戯室。

 鬼神は直ぐそこに迫ってる、隠れなアカン!!


 幸か不幸か相手は酔ってる。銃の精度は確実に落ちてる!後は距離さえとれば、助かる...ハズ!!


 飛び込み、あたりを見渡した。

 人影が三つ。イネスさんとヤマサキと監視の男だ。

「な、何してるんすか?」

 いやいや、聞いてる場合じゃないだろう。

 それでも己が命と興味。...勝ったのは、興味でした。

「何って、ゲームよ。...詰みね」

「いやはや。強いですなぁ」

 な、和んでるよ、お二人さん。そして、何故に将棋?

 シュウたちの代わりに監視に付いたSSの姿もあってここだけ空気の色が違う・・・

「不思議そうね?コンピューターの処理中は基本的にやることないし、いろいろ遊んでるのよ。ちなみに私の五十七連勝。あ、これで五十八連勝ね」


 ..........。と、やっぱそんな場合じゃない!!


「ちょ、ちょっと匿ってくれないですか!?」

「何かあったの?」

 不思議そうに首をかしげながら、ドクターはまた将棋のコマを並べている。

「い、いや黒魔術っていうか、鬼を召喚しちゃって...」

「はぁ?」

「と、とにかく、お願いします!!」


 とりあえず手ごろなビリヤード台の下に隠れた。台の下が何で空洞なのか?

 まぁ、気にするなよ。



 隠れた直後、


 バゴォォォーーン!!


 何かが蹴り砕かれた音。間違いない。奴だ。


「イネスさん、サブの野郎、ここに来ませんでした?」

「あそこ」

「どうも」



........おい!!


「ごめんね〜タカスギく〜ん。命には代えられないから〜!」


 んな、アホな!!


 ええい!とにかく、逃げるんだ!チャンスは一度...3・・・2・・・1・・・


 ドガッ!!



 ビリヤード台が蹴り上げられた。錐揉みしながら宙を舞い、壁に突き刺さる。ちょっと待て!そんなもん喰らったら俺死ぬぞ!!


「やっほ〜サブロウタく〜ん」

 素敵に笑うその顔。しかし、目は確実に物語っている。

『殺る』と。

「よ、よぉ」

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


 一目散に出入り口に向かう。出た瞬間に、扉の隣にある赤いスイッチを押した。防火扉が自動で閉まる仕組みだ。上と下から閉まるから、通常の開閉の二倍早くしまってくれる。



 ガスッガスッ!!

 ズキューーーーン!!


 蹴ってるんだか殴ってるんだか撃ってるん知らないが、とりあえず助かったな・・・・さすがにこの扉は破れねぇだろう!


 ガスガス・・・・・・・・・・・ズガァーーン!!!

「んなアホなぁぁーーーーーーー!!!」


 扉の横を突き破って、シュウは現れた。だがな、シュウ。こんな時に言うのも何だが、貴様の突っ込まれたがりは本能からくるらしいな。



 奴はどこで拾ったのか分からないような灰色のロングコートを着込んでいた。

「逃がすかよ」

 オープンフィンガーの手袋をはめ、ファイティングポーズをとった。甲に鉄板が仕込んである特注品だ。

「ひぃっ!」

 ヒュッと、風を斬る音。直後、耳を劈く爆砕音。

 人間、出来るもんだな。疾風のごとき速さで繰り出された拳を間一髪で避けた。後ろの壁にはひびが入り、内部の通気管を剥き出しにさせ、その威力を物語った。

「少しは・・・手加減してくれないの・・?」

「して欲しいか?」

「とっても」

 シュウは、それはもう涼風が吹いたかのような爽やかな笑みを浮かべて言った。

「ヤダ」


 ・・・・・・。



 拝啓、故月臣様。あなたの元へ逝く日は近いかもしれません



 って、そんなバヤイじゃないわぁ!!





<タカスギ・サブロウタは逃げ出した!>
<しかし敵に回りこまれた!>
<タカスギ・サブロウタは再度逃げ出した!!>

<タカスギ・サブロウタは逃げ切れた!三十余年の寿命を失った!>


 ・・・・誰だよ、こんなナレーション造ったの・・。




 とにかく、次に逃げ込んだ先は機関室。かくれんぼにはもってこいだな。エンジンルームの一番奥で息を潜める。間にある三つの部屋にはすべて内から鍵をかけておいた。さしものシュウでも、ここまでは・・・・・



 ガスガス




・・・・・

 ガスガスガスガスガス




「ふ、不協和音・・・・・・」

 滝のように出てくる冷や汗。悪寒が全身を走る。


 ドガガガガガガガスッ!!!




 ち、近付いている。悪魔が・・・鬼が・・・・・




 ズガンっ!ズガッ!!ズガズガッ!!



「ど、どこか隠れる場所を・・・」


 あたりを見回す...あああ、あったぁぁ!!

イエスよアラーよ仏陀よ如来よ神様仏様ご先祖様!!今この瞬間にあれが見つけられたことを感謝いたします!!」

 ちなみに俺は仏教徒だ。

 壁をよじ登り、上がった先にあるのは天井の作業路。


 俺が作業路に入ったのとシュウが部屋に入ってきたのは同時だった。


 いや、考えたくはないが、一瞬俺の方が・・・・・・・遅かった。



 それを頭の隅に圧縮し、厳重にロックをした後、高さが一メートルほどの隙間をぬって進む。




 カラン



 シュウウウ



 また、いやな予感が・・・

「げほっ!げほっ!!」


 催涙ガス!!?

<タカスギ・サブロウタは「START+SELECT+R1+R2+L1+L2」を入力した!!>

<しかし何も起きない!リセットに失敗した!!>

<タカスギ・サブロウタは目の前が真っ暗になった・・・・>


 誰だよ、こんな勝手なナレーション入れたの・・・







「うげぇ・・・・」


 どこをどうやったのか、記憶が飛んでるけど、酔ってる上にこの運動は・・・・

 格納庫の隅。いつの間にか俺は・・・・振り出しに戻っていた。


 ここからどうする・・・・


 私室は・・・だめだな。医務室は・・・・追いつめられたら逃げ場が・・・ない。

「どうする・・・・・」

 言いながら、見上げた視線の先にあったのは・・・・

「い、いける・・・あれなら、万一の事態でも・・・」


 目に入ったのはエステバリスだ。アレなら、さすがのシュウでも手出しできまい...



 コックピットに入り、起動させる。俺のエステは完璧に直っていた。さすがだな、ウリバタケ。

 ちょうど、格納庫にシュウが入ってきた。


 じっとエステを見上げ、イーグルの装備が置いてあるほうに向かっていった。戻ってきた時にあいつが担いでたのは、単装式ロケットランチャー。使い捨ての安価な奴だ。

 背中には例のハイパー・ショット。

 ....両方とも、威力は保証済み。


『サブ、今なら示談に乗ってやろう』

「ほ、本当か!?」

 俺の言葉を聞いたシュウは、それはもう女が見たらイチコロな笑顔を見せて言った。

『そうか。交渉は決裂だな』


 まだ何も言ってなーーーーーーーーーーーーーいい!!


 ズガァーーーン!!



「のあぁっ!」

 マ、マジギレだな...

 ロケットランチャーは見事にメインカメラをぶち壊した。ブラックアウトするコックピット。手元の端末を操作し、すべてサブカメラからの解析映像に切り替えた。

『修理代はアカツキが持つそうだ。好きなように壊して良いぞ、シュウ。ついでに改造できそうだしな。』

『そりゃ良かった』


 イクナイヨ。


 黒い皮のコート(!?)を着たシュウは肩にロケットランチャーを担ぎ、もう一度ぶっ放した。狭い格納庫の中で肩をひねって回避する。....避けた弾は後ろに積んであったエステの部品に直撃した....


「お、俺のせいじゃないぞ!!」

 崩れた資材が雪崩れのようにこっちに向かってきやがった!上手く避けようと前進するが、バランスを崩して地に倒れる。うつ伏せじゃなくて良かった....一秒後、それを後悔した。

 シュウはハッチの上に立ち、緊急用の強制排出レバーを引いた。内部の人間の意志に反し、それは開く。



「鬼さんみ〜つけた♪」

「テメェが鬼だろぉぉぉーーーーーーッ!!」







『やぁ、こっちに若い人がくるのは珍しいねぇ』

『そうなんスか?』

『それでもちょっと前までは川のこっち側にくる人、かなり居たよ』

『なるほど』






 ちょっとまてぇぇ!!走馬灯を飛び越して向こう岸をみてどうするよ!!





 バキッバキバキッ!

 ゆ、指鳴らしちゃってますよ、シュウさん。

「な、なぁ。今度の補給の時に俺がおごるからさ。勘弁し――――」



 メキョッ



「これから次の補給までは如何すんだゴルァ!


「う、腕!腕!!」

「外した位でガタガタ抜かすんじゃねぇよ♪」




「うおわぁぁぁーーーー!!」






 スペシャリストの拷問を一通り受け、逆さ釣りにされてから三十分。なんか、まだ用意してるよ....

「メインディッシュだよ・・・・ケケケケケ..」

 本当に角が生えそうな...


 ピーンポーンパーンポーン....

 そのとき、艦内放送が入った。


 瞬間、シュウの手が止まる。


『イーグル隊長・シュウ・タカマツさん。シュウ・タカマツさん。CODE:PSRが発令されました。直ちに艦橋までお越しください』


 血の気が引くシュウ。というか、涙目になる....。

「なぁ・・・・た、助けてくれよ....サブ」



 突然の出来事に、にんまりと笑う顔を隠そうともせずに俺は言った。


「ヤダ」


 刹那、俺を縛っていたロープが切れ、地面に落下を始めた。そして、それを待ち構えるシュウの姿。目が、燃えていた。



「ハァァァーーーーーーッ!!」

「ノォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」





 気付いたら、医務室だった。

 聞いたところ、四肢の関節全部外されたみたいで、キュールが止めなかったら首の骨まで外されてたとか・・・


 まぁ、そんなこんなでミイラ男をやってるわけです、ハイ。


 何もすることが無いから不貞寝でもしようとしたが、誰かが医務室に入ってきた。


「相変わらずだね、ここは」


「あんたは・・・」

 意外な訪問者に、言葉を失った。

 ということは、あいつの任務って・・・・



 ・・・・・・本当に、人生何が起こるか、分からないな......



あとがき
 今年から二学期制になって中間考査の回数が増えて嫌ですね、うちの学校。と、それはおいといて、とりあえず外伝2、タカスギ・サブロウタの不幸(その壱)をお届けします。人生何が起こるかわからないのが面白いですけれど、『セーブ&リセット』が出来る世界だったらいいなぁ・・・・・

 

 

代理人の感想

ストラ〜イク。(なげやりに)

つーか、割れ物を詰め物もせずに梱包して、しかも一番下に置いておくかね(爆)。

 

 

>のらりくらりと近づくと

「のらりくらりと」ってのは「のろのろと」って意味じゃありませんよ。

例えば相手の追及を婉曲的に反論したり誤魔化したり躱したりする時とか、

やるべきことをやらないでグズグズしている時に使うんであって、

こう言う使い方は間違っていると思います。