外伝3 捨てたプライド
「OKよ」
厳重にロックをかけられた扉のキーに端末を取り付け、キュールとリュウジに合図する。
『了解』
キュールの返事を聞くと直ぐに物陰に隠れた。二人は天井裏で電子キーの解除をしている。
クラッキング技術は超一流の二人が、共同作業するほどここのキーは厳重。何せここはクリムゾン・グループの本社。しかも200階近くある超高層ビルの上層。表に出せない最重要の機密がある。
『予想以上に時間がかかりそうですよ』
「何とかしなさい。男の子でしょ、二人とも!後三十秒でやりなさい!」
キュールの情けない返事を、一喝する。時間が、無いんだから。彼を助けるには。
「テメェら、十秒未満で片付けろ。出来なきゃ給料はカットだ!」
今日のシュウは、滅茶苦茶機嫌が悪い。
時間が無かったとはいえ、自慢の銀髪君を染め直す前にこの任務についたから。それを見て笑ってしまったハッカー二人組は半殺しのメにあったとか違うとか・・・・
この任務に就いた直接の理由は、あの謎の機体の襲撃。クリムゾンに奪われたコンドルと同じ機体らしい。
『きょ、脅迫はいけないですよ・・・』
「そうか。じゃあ後で艦長に直訴するんだな!」
きっかり9.9秒後、ロックは解除された。
「今いる142Fが研究区画。この調度上ッスね、彼がいるのは」
リュウジの状況説明を受けて、もう一度ルートを確認しなおした。さっきの五層ある電子ロックを抜けて、もう一度天井裏に入った私たち。
この丁度真上に彼が監禁されている。救出した後は、自力でトンズラこくしかない。
「とりあえず、キュールとリュウジでこのビルを停電させる。その後この壁を爆薬で吹っ飛ばす。キュール・リュウジペアは停電させたらトンズラ、俺とマリコさんは救出してトンズラ。それでいいな?」
シュウが大雑把に作戦を立てた。・・・作戦といえるかどうかは考えない。
「了解!」×2
「分かったわ」
てか、却下したら今のシュウならかまわず殺るだろうから。
「副・予備の電源も切れよ」
「抜かりなく!」
その間に、私は天井にプラスチック爆弾を仕掛ける。天井自体は厚さが一メートル近くあるから、彼が怪我をする心配は無いと思う。死んだらそのまま逃げればいいか。
「落としますよ、準備はいいですか?」
無言で、私とシュウはうなずいた。
瞬間、騒がしく動いていたクーラーの音が止まり、天井裏は静寂に包まれた。ナイトスコープを付け、オープンフィンガーのグローブをはめる。
取り付けた爆弾を爆発させ、爆破しきれなかった場所を蹴り砕く!
その間わずか三十秒程度。ちなみに、ハッカー二人組の姿はすでに無い。
床からぬっと現れた私たちを、彼は奇異の目で見つめていた。非常灯が薄暗く部屋を照らしていた。
そして、私とシュウは声をそろえて彼に行った。
『お待たせしました。脱走屋本舗です』
「・・・・ハァ?・・助け・・なの?」
どこか頼りなげな彼、アオイ・ジュンはジロジロと私たちのことを眺めた。・・・失敬ね。レディーを目の前に。
「正真正銘、ホシノ大佐から頼まれた迎えですよ。まぁ、ついでに近いですけど」
「・・・・・・・・ついで、ですか」
多分、『ついで』に助けられた自分をかわいそうに思っているだろう。目が、そう語っている。
「正真正銘、あんたはついで。本命はこっちのデータ」
中層でパクッたデータディスクをシュウが彼に突きつけた。
「・・・シクシクシク・・・・・ひどいよルリちゃん」
泣き入っちゃったよ。
「とにかく、逃げますよ!」
「その気が無いならここにいろ」
「いや、いくよ・・・そりゃ」
正面のドアを蹴り破り、シュウが出る。ガードマンの男をシュウの銃弾が沈黙させた。
私はアオイさんを外に出し、バッグの中を漁る。
残りは少なかったけど、多分大丈夫。
私は漁ったプラスチック爆弾を壁に仕掛けて爆破した。地上百数十メートルからの眺めは絶景!
約一分後の自分を悟ったアオイさんは文字通り青い顔をしてるけど。
「さっさと付ける!」
旧連合空軍が使っていたパラシュートをアオイさんに投げ渡した。士官学校で誰もが習うから、特に世話を焼く必要は無い。
そして付け終わったのを確認したシュウは、アオイさんに近づくと・・・・穴の外へ蹴り飛ばした。
「ちょ、ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その後無言で自身も飛び降りる。
・・・・・・・・・・・・そんなに早く帰りたいんだ。
とりあえず、私もダイビングした。
予定の時間ピッタリに、ハッカー二人組も現れた。
顔の青いアオイさん(言い難ッ!)はハッカーズ(仮)に任せ、シュウと私は別行動を開始した。
シュウが仕事をせずにトンズラこいたと知ったのは、ナデシコに帰ってからのことだった。
こいつに隊長としての自覚があるかどうか、判断に苦しむ。十中八九無いだろうけど。
私は、本社ビルとは離れた小さいビルに入った。
クリムゾンの全ての情報が蓄積されているマザーがある。それにウィルスとハッキング補助ソフトをインストールするため。
手っ取り早く、クリムゾンを潰す。時間が、無いから。
電源が落ちてセキュリティーが全く働いてないビルの中を堂々と歩いていく。
けど、おかしい・・・今いるのが地下五階。それまで一切の警備員がいない。
「お化け屋敷?それとも、先客・・・・?」
後者だったら、ヤヴァイかも。
とりあえず、ズイズイとおくに進んだ私は、とうとう誰一人として会わずにマザールームにたどり着いてしまった。
しかも、観音開きの扉が開きっぱなし。
静かに銃を構え、エクスプロード・ショットをはずして麻酔弾を装てんする。
この部屋は完全独立の電源を四つと、自家発電装置を五つ備えている。けど、そのほとんどが沈黙し、部屋には一番奥のディスプレイ以外の明かりは消えていた。
人が見える。
身長はハーリーくらいで・・・・・ピンク色の髪。頭には包帯を巻いていた。
ゆっくりと彼女に近づいていく。足音を立てないように歩くのは得意だ。息を潜め、気配を悟られないように。
一メートルくらい後ろの柱の影で、一度止まった。そして突撃すべく息を整える。
・・・・・今!
「動くな!!」
柱から飛び出して彼女に照準を合わせようと視線を上げた。だが、そこに小柄な身体は無かった。
「・・・・邪魔ね」
「!!?」
声は、後ろからした。声の主を、私は知っている。彼女、ラピス・ラズリだ。
飛び退き、空中で反転する。だが、すでにそこには彼女の姿は無かった。
「こ、これ!!」
ボソン・ジャンプ!!
「後ろよ」
ハッとして後ろを振り向く。腕や額に包帯を巻いているが、ピンク色の髪と色白の肌、右目は眼帯をしていたけど、右の金の瞳ははっきりと見えた。
「・・・・何しに来たの?」
「そっくり、そっちに返すわ」
「・・・・・・」
押し黙った後、マザーを指差しながら、言った。
「“管理者”の“能力”、知りたかった」
「管理者・・・能力?」
「S級ジャンパー、殺す方法、知りたくて」
「S級ジャンパーって、ユリカさんじゃない!!それを殺すって、どういうことよ!!」
「・・・・・今は、無意識」
「意味分からないわよ!!」
「彼女、能力に気づいたら・・・・みんな、消える」
「消えるとか、殺すとか!!意味分からないって!!」
「・・・・タイム・リミット」
瞬間、彼女は虹色の光に包まれ始めた。だけど、フィールドの生成が終わる前、光り始めてからコンマ一秒程度で、光が消えた。
同時に、彼女も倒れる。
「ちょっと、ラピちゃん!?」
彼女を抱き上げると、とりあえずアンプルを撃って寝かせた。早く帰って治療したいけど、任務もある。
スロットに光ディスクをいれ、インストールコマンドを入れる。五秒もたたないうちにインストールと起動が終わった。
確認すると、彼女を抱き起こした。その拍子に、彼女が腕に付けていたリングが外れて床に転がった。
直径が十五センチくらい。表裏に奇妙な文字が掘り込まれていて、ルビーのような紅い石がついていた。
その場を後にした私は、サブロウタがシュウにヤられてから遅れること三時間で帰還した。
「ドクター、この娘、どう?」
直ぐにラピちゃんを医務室に連れて行ってドクターに見せた。ヤマサキは研究室に強制連行。
「肉体的ダメージもさることながら、精神的なダメージも酷いわね」
「心身共に追い詰められてる状態・・・?」
「そういうこと。でも、彼女を手元においておけるのは幸運ね」
「テンカワのこと・・・ですよね、おそらく」
「ええ。それに、ユリカさん。テンカワ夫妻、どこへ行っても、いつになってもトラブルメーカーみたいね」
「・・・・・」
どこへ行っても、って断言できるくらいすごかったんだろうか・・・・ナデシコA時代・・・
「それと、彼女のリングはどうしますか?」
「あなたが持ってたら?拾ったんだし、気がついたら直接返すといいわ」
「・・・・なんか、気になるんですよね、このリング。妙に重いし」
自分の腕に付けて、鏡を見た。う〜ん、結構似合うかも。
「彼女に聞けば、ユリカさんとアキト君両方見つかるわね」
「・・・素直に留まっててくれれば、ね」
「留まらないさ」
「えっ!?」×2
医務室の入り口には、黒の王子様が立っていた。与えられた資料とは違う。頭部に付けていたユニットを装備していない。素顔のままの、彼がいた。
「アキトくん・・・ユリカさんは?」
「心配するな。火星だ」
「ラピスを取り戻しに来たの?」
私の嘲笑交じりの質問に、ふと、笑みを浮かべながら応えた。
「ああ。さびしい思いをさせてしまったから・・・・」
「自覚してるなら、おとなしくしろ!!」
飛び出した私は相手の懐に飛び込み、エルボーを繰り出す。それを敵は右にずれてかわした。そのまま裏拳を叩き込むが、右腕を上げてそれをいなした。
回し蹴りを食らわせるが、同じ方向に飛び退き、手ごたえは一切無かった。
分の悪さを悟った私は、ラピちゃんの方に飛び退き、銃を相手に向けた。手加減抜きに、エクスプロード・ショットが詰まっている。
「俺は、ユリカに救われた。だけど、俺はあの時、ユリカを救えなかった。だから・・・・今度は、俺が、救う番なんだ・・・」
テンカワは私をまっすぐ、眼を見ていった。
「無理を承知で頼む!俺を、同行させてくれ!!」
「・・・・・・・・・ハァ?何?ルリちゃん達のために連合軍殺りまくっといて、今頃こっち側に来ると?」
「なんでそれを・・・チッ・・プライドだけで生きても、どうしようもないって、な」
何か悟ったのか?
「ここにはヤマサキもいる。それにルリちゃんへの弁明はどうするつもり?」
「ヤマサキは後で殺るとして、問題は山積みだな」
「それに、あなたを逮捕するのも任務よ?」
「寝込みを襲ったところで、相打ちがせいぜいだろ」
「嫌味ね」
「ラピスは嫌がるだろうけど、説得する。ルリちゃんは、一生かかってでも、あやまる。一度死んだ人間として、出来ることをしてやりたいんだ」
「ラピスちゃんは殺す、アキトくんは救う。いったい、ユリカさんに何が起こっているの?」
すまん、ドクターのこと忘れてた。
「・・・・ブリッジに行こう」
「それにしても、ご都合主義だな、テンカワ」
「ナデシコAのときに身に付けた必殺技だ。意地をはれる状況じゃなくなったんでな」
「・・・・・コマンド難しそうね」
「→→↑↑×○R1L2←↓→タメ→R1+L1」
冗談を言うのはいいことだけど、真顔で言われても笑うに笑えないわ・・・・
「彼女が勝手に飛び出したの?」
「知らず知らずのうちに、ないがしろにしていたらしい・・・許してくれるかどうかは、分からない・・・・」
ブリッジに着いた彼は、私たちにすさまじい状況を話した。みんなにたこ殴りにされ、原型をとどめない顔で・・・・
あとがき
というわけで、次で外伝は終わります。語りはリュウジ。ラスボス・ユリカをラピス案で殺すか、アキト案で救うか。どっちのほうがいいかなぁ・・・・・話の方向的には殺したほうがいいかも。てか、殺すかと・・・
ご都合主義コマンドを入力したアキトを待っていたのはクルーの熱烈な歓迎。原型をとどめない顔で解説されても説得力は全く無い。
自分では救えないと思ってナデシコを頼ったのはいいとして、ラピス&ルリが仲直り(和解)することは不可能に近いと思われ。
代理人の感想
ん〜。
展開そのものはともかく、それがどう進行してるのか読者にはイマイチわかりにくいと思います。
会話の言い回しが断片的でわかりにくい上に、地の文での説明が殆ど無いので。