宇宙を彩るアオイ色
第一話 変わってしまった「彼」
























それは倉庫の一室、赤い夕日が換気扇の動きを影に落としサイレンの音が聞こえる怪しい探偵事務所の一室だった。

煙草の吸い殻が山となってテーブルの中央に陣取り、安そうな皮のソファーが周りを囲む。

ただし、吸い殻からはなんの匂いもしない。

良く出来たオブジェだった。

雰囲気作りの為に置かれているらしい。

「それでは、交渉成立ですな。」

「ええ、一年間は戦艦の設計概念に口出しすればいいことですし・・・

 安定した収入が出来るのはありがたいですよ。」

「それでは、契約書にサインをお願いします。」

テーブルを挟んで対峙するメガネの中年とサングラスの青年、少女と幼女。

幼女は青年の膝の上に陣取っていた。

「全く、シラトリさんと出逢えたのは幸運でした。

 ジュンさんとの出会いがユキナさんとシオンさんとも引き合わせてくれたのですから。

 ユキナさんは通信士、シオンさんは非常勤オペレーターとして契約して頂きますね。」

「ユキナ、契約ってどうするの?」

「あたし達が確認するからちょっと待ちなさい。」

シオンと呼ばれた薄紫色の長い髪の幼女が活発そうな印象の少女をユキナと呼び捨てる。

そのことがユキナは不満のようだ。

シオンが青年の膝を椅子にしていることも一役買っているようだが。

「契約するとパパと離れ離れにならなくても良いの?」

「まぁ・・・そうなるね。」

パパと呼ばれたのはジュン、サングラスを掛けたスタンドカラーのワイシャツを着た青年。

サングラスは細い金属フレームのオレンジだった。

プロスが持つ調査書には23歳・男性、火星からの避難民、その際に経歴は紛失とある。

23歳とあるが、調査書に貼り付けてある素顔の写真は童顔・女顔で十代に見えた。

プロスが観察した所では童顔を気にしてサングラスを掛けているようだ。

備考欄には軍事教育を受けた可能性大、軍の機密事項にも精通する怪しい私設探偵と記されていた。

「じゃあ、する。」

「わからなくても良いから契約書をよく読んでごらん。

 契約書におかしいことが書いてあっても気付かなかった所為で大変な目にあった人はたくさんいるんだからね。」

「は〜い。」

ジュンの膝の上で契約書と睨み合いを始めるシオン。

白い紙と向き合う金色の瞳、プロスが七歳の子供をスカウトしたい訳はここにあるのだ。

ネルガル所有でないマシン・チャイルド。

しかも、シラトリ・ジュンという青年はなんの確認もせずに契約に応じている。

彼はマシン・チャイルドという存在の価値を十分に理解しているのだろう。

「ねぇ、プロスさん。」

「なんでしょうか、ユキナさん?」

「この項目削除ね。」

一際細かい文字で書かれた項目を指差されてプロスが眉をひそめる。

「シオンみたいな年頃の子にはある程度のスキンシップは必要だし。

 ま、変なことさせる気はないけど。」

「ユキナ、それだと君の項目を削除する理由にはならないよ。」

「パパ、異性間ってナニ?」

顔を真っ赤にして何かを言いかけるユキナ、シオンの質問に口をつぐんでしまったが。

「男の人と女の人って事。」

それ以上は説明しなかった。

「プロスさん、私が人前でそういうことしたい人だと思ってる?」

「わかりました・・・この項目は削除と言うことで・・・」

聞こえないようにブツブツ呟きながら、契約書に赤線を引く。

"異性間の交際を禁じ、なお接触においても手をつなぐ以上のことは禁ずるものとする"という項目。

「同性間だったら良いってところが怖いですね、これ。」

「気味の悪いこと言わないで、ジュンくん。」

シオンは首を傾げていた。

それは知らない方が良い世界と思われる。

「パパ、ユキナがプロスに言った項目削除って凄いの?」

「うん、シオンも自分で出来るように勉強するんだよ。」

「は〜い。」

可愛い返事にジュンもプロスも頬がゆるむ。

「それでは、サインをお願いします。

 シラトリ・ジュンさんは保安部・軍事アドバイザー・パイロットとして。

 白鳥・ユキナさんは通信士。

 シラトリ・シオンさんはオペレーターです。」

ジュンはシオンを隣に下ろしペンを渡した。

「どうするの?」

「ここに名前を書くんだよ。」

ジュンは契約内容をもう一度確認しペンを滑らした。

ユキナはお誕生日席でサインしている。

「それでは一週間後に迎えをよこします。

 長い付き合いになりますがよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。」

プロスはサインされた契約書を仕舞うと、ジュンと握手した。

「お忙しいのですか?」

「ええ、これから本社に戻って報告と会議です。

 気が滅入りますよ。」

最後は冗談めかして言うと会釈して出て行った。

プロスを事務所の前で見送るとユキナは壁にもたれかかった。

「ほぼジュンくんの狙い通りだね・・・他のみんなも乗るのかな、ナデシコに・・・」

「ここに来たのは・・・後はテンカワだ。

 ジャンプ寸前でアイツに触れた僕と・・・その僕に触れたユキナ。

 出来る限り調べたけど黒ずくめの怪しい男なんて話のかけらにも出やしない。

 ネルガル近辺を探れば見つかると思ったんだけどね。」

「・・・ックシュン!!」

シオンが軽く鼻をすする。

「ここは寒いね・・・中に入ろう。」

ジュンはシオンを軽く押して中に入らせた。

「いつも通りにやれば良いさ・・・今度はお兄さんも助けられるんだから。」

ユキナに笑いかけるとユキナを事務所に引き入れ施錠した。

絶対に与えられることのない過去を変えるチャンス、活かさない手はない。

そのために年齢も鯖を読んだ。

これは関係ないが・・・




















一年が過ぎ、ナデシコが襲われた日。

これは前回の話だが今回も襲われるとは限らない。

ユキナはジュンから木星蜥蜴−木連の襲撃があったことは聞いていた。

今日襲撃されることも確信している。

曰く、"女の感は絶対当たるんだから"。

しかし彼女は心配など欠片もしていなかった。

「前回はなんだかんだいって上手く行ったでしょ?心配なんて、ナイナイ!!」

だ、そうだ。

通信士のユキナは同じく通信士のメグミ・レイナード、操舵士のハルカ・ミナト、オペレーターのホシノ・ルリと談笑している。

女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、話に乗らないルリを除いた三人はまさに言葉通りだった。

「あ〜あ、戦艦に乗れば格好いい男の人居ると思ったのになぁ!!」

「まあまあ、メグミちゃん。

 そんなに上手く行くものでもないわよ・・・あら、ユキナちゃんは余裕ね?」

「私は彼氏も乗ってるも〜ん♪」

恋人の居ない二人に対して優位を確信したユキナは勝者の笑顔を浮かべる。

「そんな・・・ユキナちゃん、ずるい!!」

「ユキナの言ってること、みんな嘘。」

「「「え?」」」

提督席にシオンが居た。

フクベ提督にお茶を御馳走になっていたらしい。

「一緒に住んでたのに・・・モグモグ・・・そんな感じじゃないもん・・・あれで恋人なの?」

どら焼きを飲み込む。

白いシャツに黒いネクタイ、黒いショートパンツに黒いタイツ、ルリとお揃いのベスト。

薄紫の髪はショートカットで見るからに活発そうな印象に様変わりしている。

最近、髪を短くしたのだ。

「シオンちゃん、パパって誰のことなの?」

「シラトリ・ジュンのことだ。

 彼はシラトリ・シオンの養父で白鳥ユキナとは同じ姓だ。」

話に加わることの出来ず(そもそも出来る筈もない)立ち尽くしていたゴートが解説する。

「あれあれ〜、ユキナちゃん本当はどうなのかな?」

ミナトがユキナをからかう。

「そんなことない〜!!」

顔を真っ赤にして叫ぶとふらふらとブリッジの隅にうずくまった。

「シオンちゃん、言い過ぎたんじゃないの?」

「子供だからわかんない♪」

シオンは無邪気に笑って誤魔化す。

「シオンちゃんのパパってどんな人なのかな?」

メグミがシオンに尋ねる。

「えっとね・・・優しくて・・・かっこよくて・・・」

実に子供らしい説明である。

熱心に聞き始めたミナトとメグミをよそにルリは一人呟いた。

「・・・馬鹿ばっか・・・」

話題の人物であるジュンは格納庫にいた。

自分のエステバリスをチェック中。

過去に戻ってから掛けているサングラスに走る文字が映っている。

「・・・さすが一流だね。」

「シラトリさんが乗ってるって聞いたから急いで整備したんすよ。

 班長が凄く張り切って、今までで最高の出来ッス。」

顔なじみのネルガル出向の整備員タナカだ。

「言った通りの色に仕上がってるし、満足だよ。」

「あれ?・・・そっちすか?!」

「冗談だよ、両方最高だ。」

藍色に塗装されオレンジの眼を持つジュン専用エステバリス。

これからは実戦に合わせてチューンしていくのでノーマルのままだ。

ノーマル状態の実戦データ取りも必要と判断されたのである。

『正義の熱い魂の迸りを諸君らにお見せしよう!!』

静かではないが、相応に騒がしい格納庫を切り裂く大声。

「なんだ?」

「あのエステバリスです!!」

タナカの指は奇妙な動きをするピンクのエステバリスを差していた。

「パイロットなのか?」

「その声はヤマダさんですね!! 何をしておられるのですか?!」

格納庫の出入り口からも大声。

プロスが格納庫に来たらしい。

「あれは・・・テンカワ・・・?」

プロスの隣には探していたはずのテンカワ・アキトの姿があった。

しかも当時の姿で。

その傍らには桃色の髪をした女の子もいる。

『ちっがぁ〜う!!俺の名前はダイゴウジ・ガイだ!!』

「しかし、名簿にはヤマダ・ジロウと・・・」

『ダイゴウジ・ガイだっ!!魂の名だ!!忘れるな!!』

大声で反論するヤマダ・ジロウ。

「整備班!! あのエステバリスの叛乱対策プログラムを起動しろ!!」

エステバリスには暴徒による不当搭乗、破壊行為を防ぐ為の強制緊急停止プログラムが組み込まれている。

開発者は私用で使う分別のないパイロットの所為で使用するとは思っていなかっただろう。

「了解!!」

格納庫内の管制室にいた整備員がパネルに飛びつく。

"01"と記されているボタンを押すとプラスチックのカバーに覆われているパネルに拳を叩き付ける。

ピンクのエステバリスは膝を突き姿勢を安定させる。

「よっしゃあ!! あの馬鹿を引きずり降ろせ!!」

整備員がアサルトピットに群がる。

「なんだなんだ?! 俺をどうするつもりだ!!さてはキョアック星人!!・・・」

「え〜い!!黙れ!! 大人しくお縄につけぃ!!」

ジュンには蓑虫の製作を見守る気は全くなかった。

雑魚を倒した勝者はいつも空しいのだ。

「シラトリさん、何処に行かれるんですか?」

「あそこにいる少年と話をする方が面白そうだよ。」

エステバリスをタナカに任せるとタラップを下り、アキトに近付いて行く。

「久しぶりだね、テンカワ。」

ジュンは戸惑うアキトに気安く声を掛ける。

「ジュン・・・なのか? どうして此処に?」

「見かけに依らずその場の勢いで突っ走ちゃうからね、僕は。

 IFS然り。」

その言葉はジュンがジャンパー処理をしていたことをほのめかしていた。

「君みたいな突発犯を相手にするにはあった方が安全だったからさ。

 気に掛ける必要はないよ、自分で決めたことだ。

 お名前、言えるかな?」

ジュンは笑顔を作ってアキトの腰にしがみついている女の子に声を掛けた。

「・・・ラピス・ラズリ・・・」

「後でお友達を紹介するから楽しみにしててね。」

「友達?」

意外に慣れた様子でラピスをあやすジュンの言葉にアキトは首を傾げる。

「それよりもテンカワ・・・君はどうやってナデシコに乗った?」

耳を指先で叩きながら話題を切り替える。

「町中でユリカに轢かれかけて・・・そのまま押し掛けてコック見習いだ。」

「なら都合が良い。」

先程から耳を指す等して言動に気を付けていたのは、オモイカネの監視を注意してのことだ。

「都合だと?」

「エステバリスには絶対に乗るな。」

「なに?」

「理由は今度説明してやる。

 全て僕に任せろ。」

呆然とジュンを見つめるアキト。

アキトはジュンを良い人過ぎて、押しに弱くて、みんなに気付かれなくて、ユキナに振り回される男だと思っていた。

そのアオイ・ジュンがどうしてこう変わってしまっているのだ。

ユキナとの痴話喧嘩の末に頭でも打ったかと本気で心配するアキトだった。































後書きです。

これは前から書きたかった話です。

劇場版をみてやっぱりちらちらとしか出てこなかったアオイ・ジュン。

アニメではひ弱な影の薄い男としか思えなかった彼。

冒頭でテロ対策でも施されてあると思われるお偉いさんのいるビルの壁を殴りヒビを入れるジュン。

やれば出来るんじゃないか!!

ならば目立たせて上げよう!!

恵まれない君に幸あれ!!

僕はユキナに手玉に取られる君が大好きだ!!

まあ、そんなわけで。

アオイ・ジュンの名前がシラトリ・ジュンになっているわけは次回以降でお話しします。

オリキャラのシオンも同様です。

文中にあるスタンド・カラーのワイシャツというのは襟が立ったワイシャツ、古畑○三郎が着ているようなワイシャツです。

軍人は立っている襟が忘れられないようです。

ではでは。

 

 

代理人の感想

最後の一行に爆笑。

そーか、やっぱりアキトもジュンをこう言う風に認識してたんだ(笑)。

 

まぁ、極めて妥当な評価だとは思いますが(爆)。

 

>壁にヒビ

塗装か表面のパネルにヒビが入っただけのような気もするんですけどね〜(笑)。

 

>鯖読み

・・・・上に? それとも下に?