宇宙を彩るアオイ色
第五話 あら「不思議」
「説教の後でいきなり大ボケかますとは・・・」
「ハハハ・・・ごめんなさい・・・」
ジュンの呟きに乾いた笑い声を立てながらユリカが答えた。
出航しようとした所、管制塔に慌てて止められたのだ。
ナデシコに出航する軍人の乗り込みが終了していない、と。
交渉の場で現役軍人の乗り込みを承諾させられてのことだった。
「こういうのを指摘するのも副長の仕事だけどな。」
「すいません。」
自身の落ち度を自覚していたためアオイ・ジュンも素直に謝る。
「オホン!・・・そろそろ良いかしら?」
「お前の自己紹介に僕の時間を割く権利があるのか?」
面の皮が厚いキノコだったが、ジュンの中傷に動きが止まる。
「・・・シラトリさん、それはいくら何でもあんまりだと思うわよ〜?」
ミナトが嗜めようとする。
一応、年上なので遠慮するようだ。
それとは別に面と向かって言いにくい理由もあるようだったが。
「でもでも、ミナトさん!!このキノコさん、マシンガン持った人たちとナデシコに乗ろうとしてたんだよ。」
ジュンの腰にしがみついて遊んでいたシオンがジュンを弁護する。
「シオン、それどういう事?」
「いやいや、多少行き違いがありまして・・・」
ユキナとシオンの間にプロスが割って入った。
彼としてはムネタケがナデシコを制圧しようとしたことを知られるのは不味いのだ。
これから始まる閉鎖された艦内生活で余計な波風を立てたくない。
その点は、シラトリ・ジュンに念押ししてある。
それでもこんな行動をとるのが現在の彼だったのだが。
「それよりも後ろのお嬢さんは?」
ブリッジのパイロットエリアに仁王立ちするジュンは視線の向きを変える。
視線を受けた少女は一歩進み出た。
「軍から出向しました、イツキ・カザマ軍曹です。
よろしくお願いします。」
「部署は?」
「パイロットです。
ネルガルが開発したエステバリスのレポートも兼ねています。」
可哀想なことにイツキは、ジュンに対して萎縮していた。
彼のことをきつい性格の偏屈者と捉えたようだ。
余り外れてはいない。
「エステの売り込みは成功したわけでもなかったみたいですね。
頑張ったのに。」
「そんなことはありませんよ、シラトリさん。
貴方の活躍があったからこそ、軍も興味を惹かれたのです。
初めはアニメの見過ぎ、道楽で作った人型兵器と馬鹿にしていましたから。」
ジュンとプロスは露骨に商売の話。
距離が離れているため、声が大きい。
軍の変わり身の早さを批判しているような物だった。
「ナデシコへようこそ、カザマ軍曹。
パイロットが少ないので忙しくなるとは思うが頑張ってください。
俺はシラトリ・ジュン、ネルガル所属のエステバリス隊隊長です。
保安部も兼部しているので、何かあったら遠慮せずに。」
『俺がダイゴウジ「彼はヤマダ・ジロウ、君の同僚になる。
適度に距離を取るように・・・馬鹿がうつるかも知れないからね。」
どこから聞きつけたのか、ウィンドウが開かれた。
ナデシコで最も濃い部類のヤマダ・ジロウだ。
「はぁ・・・」
当然イツキは生返事だった。
ユニークなナデシコの雰囲気に面食らっているようだ。
『新入りだな、俺がエース・パイロットのダイゴウジ・ガイ!!』
自己紹介を最後まで出来なかったため意地になっているようだ。
「撃墜数ゼロのエースがいるわけないだろう。
出撃数も当然ゼロ、ナデシコのエース・パイロットは自然に俺だ。
五月蠅いから黙ってろ、ヤマダ。」
撃墜数ゼロにショックを受けているガイは、数秒固まってしまった。
忘れていた現実にようやく気付いたのだ。
エース・パイロットは撃墜数で競われるという事実に。
「ルリちゃん、ヤマダのコミュニケ全面カット。」
「はい。」
ルリは指示通りにガイの通信をシャットアウトした。
ブリッジに殴り込まれると五月蠅い上に対処しようがないので、部屋のドアも封鎖した。
このような計算上の気配りは得意なルリだった。
そしてジュンはアキトと違い、前回も今回もガイを何とも思っていない。
飼い慣らす手段、損失の少ない見殺し方など一通り考えていた。
「貴方がサセボ軍ドックでの藍色のエステバリス・パイロットなのですか?」
「ああ。」
ジュンは長い髪をかき上げながら答えた。
「報告書読ませて頂きました。
色々教えて頂けると嬉しいです!!」
「まあ、それは仕事一緒にやる上では当然のことだよ。」
根は真面目なままのジュンだった。
それを聞いて眉間を険しくするブリッジの女性三人。
ミナト、ユキナ、ユリカだった。
職場を同じとする若い女性・・・危険な存在と認識したようだ。
「シラトリさん、随分親切ですね〜」
笑顔だが、声に棘のあるユリカ。
「新しい部下だしね・・・あくまでナデシコではだけど。
現部下は扱いづらい熱血馬鹿だけなんだから、尚更だよ。
最近、○人事に電話掛けるか悩んでいるんだ。」
「プロスおじさん、あのウルサイ人そんなにすごいの?」
「性格に問題はありましたが、以前の職場では確かにエースでしたよ。」
プロスは困ったように答えた。
ナデシコ搭乗初日に彼の我が儘を封じるために暴徒鎮圧プログラムを起動したのだ。
あそこまで破綻した性格だとは思っていなかった。
当然、彼のボーナス査定はゼロに近い。
「最近疲れてるもんね〜、パパ。」
「そうだな・・・腰も痛いし、頑張りすぎかな」
ジュンがポツリと漏らした一言にユリカとミナトの視線がユキナを刺す。
何を想像したのか、メグミは真っ赤になっていた。
「頑張り過ぎってな〜に?」
シオンが無邪気に尋ねる。
「シ、シオンちゃん!!」
慌てて止めに入ろうとするメグミだったが、ジュンの返事は別方向の物だった。
「ゲリラ戦とか、やたらと飛行機爆破するアクション映画みたいなことばっかりやってたから。
泥と油にまみれて汚い上に、危険、重労働、それは腰も痛くなるね。」
「いやいや、お疲れ様です。」
プロスが苦笑いしながら謝辞を述べる。
メグミは自身の想像したことに真っ赤にゆであがっていた。
「自己紹介終わったよね?
もう行こうよ、可愛いシオンちゃんにパパの作った御飯食べさせて?」
ジャケットの裾を引っ張るシオン。
ジュンはシオンがユキナに似てきたと思うのだが、本人はそれを否定するだろう。
そう考えると自然に頬が緩む。
「そう・・・なにが食べたい?」
「カレーライス!!」
ジュンは微笑みながら、シオンの頭を撫でた。
「ジュンく〜ん!!肉はチキンで中辛が良いな!!」
「君もか?」
「だってジュンくん、シオンの言うことはよく聞くのに。」
「子供の特権だよ!!」
不満そうなユキナを挑発するシオンだった。
「じゃ、カレーはチキンにするよ・・・良いよな、シオン?」
「ラピスも呼んで良い?」
「黒尽くめは一緒じゃないのかい?」
「今日は夜番なんだって。」
ジュンは頷くとシオンに手を引かれてブリッジを出て行った。
「ジュンくんのカレー、久しぶりだな〜♪」
ユキナ、ミナトとユリカに牽制球。
「「くっ・・・」」
「プロスさん、随分自由な雰囲気なんですね。」
「民間ならでは、ですよ。」
微笑んで答えるプロス。
「ハッ!・・・あ、あいつは何処に行ったのよ!!」
再起動したキノコは慌ててジュンの姿を探すが、既に手遅れだった。
「あんた、さっきから好き放題やってくれるわね!!」
「ムネタケ准将!!それは僕じゃありません!!」
アオイ・ジュンの胸座を掴むキノコ。
ブリッジは大荒れだった。
「はぁ・・・馬鹿ばっか・・・」
ルリの呟きは誰の耳にも届かなかった。
普通なら人目を惹く彼女だが、このナデシコでは影の薄い存在だった。
口数が多くないと目立たない状況なのだ。
「それではカザマさん、お部屋に案内しますよ。」
「お願いします。」
色に狂ったブリッジは今日も騒々しかった。
平穏なのは、無関係を決め込んでいる少女と老人だけである。
「ホウメイさん、食材分けてもらえませんか?」
「食材?どういう事だい?」
「えっとね!!パパのカレーが食べたいの!!」
シオンが元気よくホウメイに要旨を言い切った。
「ハハ・・・すいません、何とかなりませんか?」
ジュンは苦笑いしながら頭をかく。
子供の率直さ、時に大人を困らせる純情にまいってしまう。
「そういうことなら大丈夫だよ。
私たちプロがいくら美味い物作ったって家庭の味には勝てないときがあるさ。
それにしても、あんた料理できたんだね?」
「自炊歴が長いんですよ。
美味しいって言ってもらえるのは嬉しいですけど。」
照れ隠しにシオンの髪を乱暴に撫でた。
シオンは乱れた髪を手串で整えながら嬉しそうな顔をする。
「待ってな、材料包ませるから・・・しばらくしてから来てくれるかい?」
「鶏肉も一緒にお願いします。
我が儘なお嬢様方がたくさんいるものですから。」
「わかったよ。」
ホウメイは仕事中だが十分もすれば食材を受け取ることが出来るだろう。
そう考えたジュンはホウメイ・ガールズにコーヒーを頼んだ。
「ホウメイさん、ラピス見なかった?」
「なんだか妙なこと言ってたね・・・自動販売機から手が生えたとか、何とか。
自販機の所にいるんじゃないかい。」
「ありがとう!!パパ、ラピス連れてくるね!!」
シオンは元気よくお礼を言うと、自販機コーナーに向かって駆けだした。
「シオン!!ちゃんと部屋に帰って来いよ!!」
走り出したシオンは返事せずに自販機コーナーを目指す。
ショートカットの紫色の髪が勢いよく揺れる。
廊下を曲がること数回。
シオンは目的のラピスに会うことが出来た。
そのラピスは数多くある自販機の一つを首を傾げながら手を当てていた。
「ラ〜ピス!自動販売機から手が生えたって本当?」
「うん。」
ゆっくりと頷く。
「その赤いヤツ?」
「さっきジュースを買おうとしたら、足も出た。」
「へぇ〜」
シオンはカードを取り出し自販機に通す。
リンゴジュースのボタンを押すと手足が生えた。
「うわ〜、すご〜い・・・」
感心するシオンとラピス。
「何をしてるの?」
「あ、ルリお姉ちゃん。」
そのとき、自動販売機がシオンにリンゴジュースを差し出した。
「ありがと〜」
ルリは缶を受け取るシオンを無言で眺めていたが、何も見なかったことにした。
馬鹿馬鹿しいと思ったのだろう。
その通りである。
そしてハンバーガーの自販機にカードを入れようとした。
「ルリお姉ちゃんはハンバーガー好きなの?」
「ええ。」
「それじゃ、ホウメイさんに作ってもらおうよ!!
そんなのよりもホウメイさんに作ってもらった方が美味しいよ!!」
シオンは自分の思いつきをそのまま実行に移した。
「いえ、私は・・・」
人と関わるのが嫌で自販機コーナーの常連と化しているのだが、そんなことをシオンに言えるはずもなかった。
強引にルリを引っ張るシオンの手を振り解くことも出来ずに引っ張られていく。
年下の少女を邪険に扱えるはずもなく、おとなしくされるがままになった。
「そうだ!!今日はルリお姉ちゃんも一緒にパパのカレー食べよう!!」
「は?・・・」
「ラピスも一緒に食べよう!!」
「うん。」
こちらは素直に応じる。
「・・・なにを言っても無駄?」
シオンの行動論理をなんとなく悟ったルリは、溜息をついた。
ナデシコで最もカラフルな少女達は、初めて一緒に食事することになった。
「シオン、その客はなんだい?」
「すいません、シラトリさん。」
「俺が言っているのはルリちゃんの事じゃなくて、その後ろの自販機なんだけど。」
部屋で調理を始めていたジュンは、シオンの連れてきた物体を凝視していた。
鍋からは湯気が上がり、お玉片手に訝しんでいる。
ちなみに調理中なのでサングラスを外し、長い髪は束ねていた。
「こんなことするのは一人しかいないか。」
コミュニケを操作し、ウリバタケを呼び出す。
「ウリバタケさん。」
『お、シラトリ!!何だ?、エステちゃんの改造か?』
「違いますよ、こいつは何ですか?」
ジュンは"歩く自動販売機"がウリバタケに見えるようにウィンドウに動かした。
『何故、リリーちゃんがそこに!!』
「やっぱり、あなたの仕業ですか。
一応備品なんで、こんなことはしないでください。」
『なにを言う!!俺のロマンが・・・』
問答無用でコミュニケを切断した。
「ラピスちゃんもルリちゃんも座って。
まだまだ時間かかるから。」
「パパ、手伝おうか?」
「大丈夫だよ・・・シオン、それは部屋に入れないで。
元の場所に返してきなさい。」
リリーちゃんを部屋に入れようとしていたシオンに注意する。
「はぁ〜い・・・」
気に入っていたらしく、シオンは落胆して部屋を出て行った。
「ルリちゃん、どうかした?」
「何でもありません。」
仕草、表情には表れていないが落ち着かないようだ。
「緊張しなくても良いよ。
ジュースでも出そうか?」
「いえ、お構いなく。」
「私欲しい。」
ジュンはアクをすくっていた手を止め、冷蔵庫からジュースを出した。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
それぞれがお礼を言う。
「どうしたの、俺の顔をじろじろ見て。
何か付いてる?」
「いえ、サングラスをかけておられないので。」
「ああ、問題なのは付いてないからか。」
ジュンは軽く笑うと鍋の具合を確認した。
「・・・皆さんの言う通り、副長にそっくりですね。」
「そんなことないよ、俺の方がいい男だ。」
「そうですね、シラトリさんの方が男らしいと思います。」
きっぱりと言われ昔の自分が哀れになった。
お世辞を言わないルリにそう言われるのは、嬉しいのだが。
「惚れるなよ。」
しかし、これが今の彼だった。
「それはありません。
私、少女ですから。」
「それを聞いて安心した。」
冗談と真顔のやりとりはしばらく続く気配を見せたが、ジュンが調理に戻ったため終了。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
寡黙な少女二人だけだとこうなる。
グラスを両手で持つラピスに片手でもつルリ。
中身が無くなりストローが音を立てる。
「たっだいま〜!!」
「おかえり。」
マシン・チャイルドの中で最も元気の良いシオンの帰還である。
「ちゃんと戻してきたかい?」
「うん!!それでね、ウリバタケのオジサンにラジコンで動かせるようにして貰う約束して来ちゃった!!」
「なにそれ。」
年末って忙しい・・・
話に関して言えば、ルリが目立ってないなと思い登場時間を長めに。
初戦闘移行、目立っていなかったガイさんも登場。
他にだれかいたっけ?
この人を目立たせて欲しいという方、内密にご連絡を。
代理人の個人的な感想
ガチャコンガチャコンと歩き、吐き出した缶を手渡す自販機・・・・・シュールだな(笑)。
>カレー久しぶりだな
ミナトはともかくとしてナニゆえユリカに牽制球を?
そういう描写ありましたっけ?