宇宙を彩るアオイ色
第六話 ジュンの「航行計画」
草木も眠る丑三つ時。
木星蜥蜴による襲撃もないというのにナデシコには戦場特有の殺気が・・・
そうは言っても、修羅場ではない。
訓練場でジュンとアキトが格闘訓練をしているのだった。
結果は、アキトの勝利。
復讐のために鍛えられた身体は都合の良いことに過去に持ち越されている。
艦長を務めていたジュンに白兵戦の訓練を受ける必要などない。
それでも、努力家の彼は必要のない訓練も行っていた。
鍛え方の異なった二人の戦いは、身体能力と技術の争いになってしまったのだが。
「・・・お前って実は強かったんだな。」
「これでも軍人だったんだ、訓練は受けていたさ。
子供の頃から、やっていたしな。
尤も艦長が自ら銃を持って戦うのは無能の極みだ。
艦隊戦で決着を付けられなかったと言うことだからな。」
今回はアキトの辛勝。
過去に帰ってきてからアキトはコックと裏の仕事を半々という暮らしをしていた。
中途半端な生活で勘は鈍っていた。
ジュンに勝ったのも体力に物を言わせたからだった。
「前から気になっていたんだが、お前はどうしていくつもりだ?」
「・・・ナデシコには月と地球を行き来させようと思っている。」
「なんだと・・・」
火星に残されている人々を助けに行くと思っていたアキトはジュンを睨み付けた。
「未来を知っていても、どれだけ対策を考えたとしても・・・無駄さ。
火星はナデシコ級一隻だけで手に負える所じゃない。
ゲキガンガーじゃあるまいし、そう上手く行くわけないだろう。」
「火星の人々を見殺しにするのか!!」
「ナデシコ一隻で行く方が見殺しにする可能性は高いな。」
ジュンの返事にはとりつく島もない。
「物資が足りないとしても、俺たちが行くまでは生きていた。
連中は裏切り者の地球を頼らずに生きていきたいんだ・・・放っておけ。」
「・・・イネスはどうするつもりだ。」
「彼女が合流しない方が都合が良い。
天才科学者の存在はボソン・ジャンプ研究を進展させる。
君が平穏に暮らしたいのならば彼女が死ぬことを願った方が良い。」
こんな事を言われて黙っていられるアキトではなかった。
握りしめた拳をジュンの頬目掛けて振りかぶる。
ジュンはいくら自分が悪かったとしても殴られるつもりはない。
加えて、シンプルなアキトの行動原理も十分に理解している。
アキトの腕を取り投げ飛ばした。
「ガハッ・・・」
「いつまで悲劇のテロリストでいるつもりだ。
お前の犯罪は存在しない、あの頃親しかった人は別人だ。
ナデシコに乗り込んだというのに未だにユリカと出逢ってないだろう?
忘れろ、お前の未来を・・・悪夢は忘れるに限る。」
受け身を取れず無様に床に転がるアキトをジュンは冷たく見つめた。
「・・・そうだとしても、助けられる人は助けるべきだ。」
「いい加減に気づけよ。」
ようやく身を起こしたアキトに対するジュンが投げかけた言葉は残酷だった。
「君の決断は全て裏目に出るんだ。
写真一枚届けるためにナデシコに乗るはめになった。
火星では君が我が儘を言ってユートピア・コロニーを見に行った結果、火星の人々は全滅。
月にボソンジャンプし、結果的にボソン・ジャンプの秘密を明らかにし拉致された。
自分で行動を起こしたときに限って結果に裏切られる。
君ほど自分で不幸を呼ぶ人間はそうはいないね。」
「う゛・・・」
いじめっ子になったジュンがこれぐらいで止めるわけがなかった。
「不幸の一番星に惚れられたテンカワ・アキトくん。
君の協力は俺にとって足手纏いと言うより障害物です。
お願いだから俺を助けようと思わないでください。」
イヤミである。
「・・・って、此処でそんな重要なこと話して良いのか?
オモイカネの監視があるんだろう!!」
「切ってある、そんなことを考えないで話に付き合うはずないだろう。」
ジュンはサングラスを掛けると、タオルを首に掛け訓練場を出る準備をした。
「じゃ、お休み。
生憎俺は午前中に政府の利権屋共との通信会談に立ち会わないといけないんだ。」
「・・・軍に編入されないようにするだけだろう?」
「その通りだ。
君も誰か女の子に手を付けて普通な暮らしを志すことだ。
ナデシコに乗ってしまったからこそ、ラピス・ラズリの教育には年上の女性が必要だよ。
濃い色に染まる前に浸食から守ってくれる一般的な感覚を持つ女性がな。」
「軽く言ってくれるなよ・・・」
アキトの呟きはジュンに届くことなく返ってきた。
そして、寝たままで考える。
全てが正しいとは言えないが、説得力のある冷めた考え。
あの未来を否定するなら正しいのはジュンの方法だ。
少なくともアキトよりは正しかった。
アキトには状況を打開する術はなく、ぶつかり本番で事を進めようとしている。
指針を立てているジュンとは明確な差が出来ていた。
翌朝、ブリッジには会談に参加するメンバーが打ち合わせのためにブリッジに集まっていた。
「ネクタイか・・・久しぶりだな。」
グレーのスーツに赤いネクタイのジュンはネクタイを面倒くさそうにいじっていた。
礼儀を守るためにジュンがネクタイを締めているのだから、サングラスは不許可。
細い銀縁の眼鏡を掛けていた。
変装という意味合い以外にもアオイ・ジュンと同一視されるのが耐えられないらしい。
「シラトリさん、意外に似合いますね。」
いい加減な態度に先入観を抱いていたメグミが驚いていた。
「意外って言うのは気になるけど、ありがとう。」
ジュンは素直に応じる。
「ジュンくん、ホストみたいだよ♪」
そして、ユキナの揶揄。
一瞬顔をしかめたジュンだったがユキナに近付き顔を自分に向けさせた。
「ドンペリ入りま〜す♪」
「えぇ?!」
徐々にユキナの顔に近付いていくジュンの顔。
何を入れようとしているのか。
「ヤダ、シラトリさんったら♪
ネクタイ曲がってるわよ♪」
そのとき、いつの間にか近付いていたミナトが張り付いたような笑顔でジュンのネクタイを引っ張る。
ネクタイを引っ張れば、曲がっていなくてもネクタイは曲がる。
ブリッジスタッフはグキッ!と言う鈍い音が聞こえた気がしたのだが、ジュンが平気な顔をしているので気のせいだろう。
意外な強引さを披露したミナトは新婚夫婦のようにジュンのネクタイを直そうとした。
「パパ!ネクタイ、こっちにしようよ!!」
そのときブリッジにシオン乱入。
ジュンのスーツよりやや薄いグレーのネクタイを持っている。
「偉い人って見た目で人を判断するんだって、ウリバタケのおじさんが言ってたよ!!
だったら地味にしておいた方が良いよ!」
「そうなのかい?」
「うん!!」
子供ならではの素早さでジュンに近寄ると赤いネクタイをほどきグレーのネクタイに締め直す。
「これで大丈夫!!」
シオンは満足そうに頷く。
「ぷくく・・・」
呆気に取られているミナトを見てユキナは忍び笑いを漏らしていた。
ぎろりとミナトの視線がユキナに絡むが、優位に立つユキナが気にすることはない。
艦長席にいたユリカも密かに笑っていたが騒ぎに参入していなかったため、ミナトには気付かれなかった。
「なにやってんのよ、あんた達!!
ここは戦艦でしょうが!!」
ジュンを取り囲む騒動に呆気に取られていたムネタケ副提督が怒鳴り出す。
「オモイカネの処理が早すぎて仕事がないんですよ、大目に見たらどうです?」
「私が今までいた「民間人が運用する戦艦」なんですから。
初めてでしょう?」
ムネタケはジュンの言い分に反論することが出来なかったがある事実に気付いた。
「民間人が運用する戦艦なんて今までなかったわよ!!」
「だから大目に見ろって言ってるんです。」
ムネタケは頭が固かった。
「平和ですねぇ・・・」
「うむ。」
提督席でフクベの相手をしているアオイ・ジュン副長はのんびりと溜息をつく。
ヨモギ色の湯呑みを両手で包み、老人とお茶を共にする。
既に立派な窓際族である。
「シラトリさんは何でスーツなんですか?」
ユリカが疑問を提起する。
ナデシコの中ではスーツにネクタイを締めるような行事は予定にない。
艦長としては把握しておかなければならないと思ったのだ。
「連合政府と会談することになったのですよ、艦長。」
いつも通りの姿のプロスがユリカに答える。
「ふ〜ん、艦長はその会談に出なくても良いの?」
操舵席に戻ったミナトがプロスに尋ねる。
「出席者はネルガルの社員である私とゴートくん、シラトリさん。
フクベ提督です・・・昨晩急に決まったので艦長には連絡しなかったのですよ。」
「そういうのって艦長も出るんじゃないの?」
今度はユキナの質問だ。
「向こうからネルガル社員と提督と言われたからね。
それにナデシコはネルガルの所有物だから。
艦長とはいえ、そこまでの裁量は許されてないよ。」
「は〜・・・そうなんですか〜・・・」
ユリカが感心していた。
「契約の際、その説明もしましたよ。」
プロスがユリカにしか聞こえないようにささやく。
艦長の威厳を失墜させないためだが、渋い顔をしていた。
「アハハ・・・ごめんなさい。」
曖昧に笑うユリカに不思議そうなブリッジスタッフの視線が向かう。
「プロスおじさん!!早く着替えて!!」
「おや、シオンさん・・・何故です?」
「赤いベストは駄目!!」
シオンはかなりの仕切屋のようだ。
「確かに・・・地味に派手よね。」
少女の発言にユキナの曖昧な感想。
「ふむ、では着替えますか・・・」
女性の特性としてファッションを認識しているプロスは、女性陣に従うのが得策と考えた。
小綺麗にしていても他人が受ける印象はそれぞれだ。
「ところで私はどう見えるのでしょう?」
「うさんくさい。」
隣のジュンが即答した。
「そ、そうですか。」
あまりにも率直なのでプロスはショックを受けた。
「契約書にこだわる所なんて、詐欺師を思わせるね。」
「何を言いますか!!契約は営業の基本です!!」
「その契約が良心的であることを望みますよ。」
毒舌の応酬である。
「ミスター・・・着替えるなら早くしてくれ。
会談の前にミーティングを予定していただろう。」
ゴートが重い口を開く。
「そ、そうですな!!それでは先に会議室にお願いします。
私もすぐに行きます!!」
プロスが慌ててブリッジを退出。
「フクベ提督、参りましょう。」
「うむ・・・」
プロスを除く会談メンバーは会議室に向かう。
どのような会談が行われるのか、知らされていないスタッフは気になって仕方がない。
再就職先がいきなり反故にされることも考えられる。
そして連合政府とナデシコ搭乗ネルガル社員の会談の結果はそう悪いものではない。
「ナデシコはネルガルの所有物である。
民間人による運行については、連合政府・軍が正式に許可を出している。
この許可を先方の都合で却下することは認めない。」
ネルガル側の主張に対して、連合政府側は憤った。
現段階で木星蜥蜴に対する高い攻撃力を持つのはナデシコだからだ。
そして、連合政府が得ていた情報も拍車を掛けている。
「だが、君たちはその戦艦で火星に行くと言うではないか!!」
この情報は看過し得ないものだ。
地球、月付近で運行するのなら軍の犠牲を出すことをなく木星蜥蜴を殲滅してくれる義勇兵だ。
もっとも将来の目玉商品のプロモーションなのは間違いない。
「何処でそのような情報を得られたのかは存じませんが、ナデシコにそのつもりはありません。
我々の目的は、サツキ・ミドリで人員を補充し実験艦としてデータを採集することです。
これには木星蜥蜴の殲滅も含まれます。」
事務的にプロスが答える。
「軍との協力体制を視野に入れての判断です。」
そして、強調。
「わかった・・・ナデシコの月方面への運行を許可する。
近日中にネルガル本社へ書面を回す。」
礼をするネルガルの三人を無視し、連合政府の代表者は通信を切った。
「フクベ提督・・・申し訳ありません。」
契約交渉時にフクベの火星に対する執着を突いたプロスとしては、方針を変えることはプライドを傷付けることだった。
契約内容をプロス自身で変更するはめになったのだ。
「・・・ワシらは全滅するために火星に行くのではない。
シラトリくんの危惧は当然のことだ。
艦内の士気が異常すぎる。」
プロスは黙って礼をした。
ナデシコは木星蜥蜴に快勝したことで士気が高揚している。
軍が惨敗続きであったのに、民間人が未知の敵に勝利したのだから当然といえる。
自信過剰だった。
プロスとフクベを説得したジュンと言えば、物思いにふけっていた。
ナデシコのスカウトからネルガルの重役達の思惑、未来へと多岐にわたる。
当事者達の後ろ、第三者に近い立場を生きていたからこそ見えてきた現実。
ジュンは策士としての道を歩み始めた。
今回はシリアス風味でした。
アキトとジュンの仲が悪くなっているように見えますが、普通です。
ええ、普通ですとも。
ジュンはまだまだ言いたりないでしょうが、やっぱり普通です。
彼の態度はこれが普通です。
表ジュンと裏ジュンという見方は、ボクは忘れます。
ところで、お願いです。
メールで感想をくださる方、いつもありがとうございます。
返事が来ないという方、誰にメールを返したかわからなくなっている可能性大です。
愛想を尽かさずに感想を貰えるとありがたいです。
最後に、メールにはどの連載の感想か、はっきり書いて欲しいのです。
修羅場を書けと言われてもどれのことだか全然わかりません。(笑)
代理人の個人的な感想
性格悪いなぁ(笑)。
大人しい人が切れると怖いと言いますが、四六時中キレてる状態なんでしょうか(爆)。