揺れ動く未来と変わりゆく過去
第四話 忌々しい「歴史」
























食堂は騒がしかった。

それも食堂が、と言うよりはナデシコが、だ。

それも違うだろう。

ドック自体が襲撃されているのだから。

「どうも、テンカワ・アキトです。

 至らない所もありますが、これからよろしくお願いします。」

「ラピス・ラズリです。

 皆さん、よろしく。」

僅かに振動が伝わる中で二人は自己紹介する。

アキトはかしこまって、ラピスはいつものように言葉少なに。

「私はホウメイ。

 二人ともびしばし働いて貰うからね、よろしく頼むよ!!」

威勢の良い挨拶。

ホウメイは振り返って五人の女の子に声を掛ける。

「さ、あんたたちも自己紹介しな!!」

「テラサキ・サユリです。 よろしくね♪」

「ミズハラ・ジュンコと申します〜」

「ウエムラ・エリです!」

「タナカ・ハルミですぅ♪」

「サトウ・ミカコで〜す!! 五人揃って・・・」

ここでアイ・コンタクト。

「「「「「ホウメイ・ガールズで〜す♪」」」」」

可愛くポーズを決める五人の女の子。

「ホウメイ・ガールズって何ですか?」

「私は恥ずかしいんだけどねぇ・・・」

アキトのもっともな質問にホウメイは苦笑して答える。

だが、ホウメイは出会って間もない女の子たちに慕われているのがわかって嬉しいようだ。

そうでなければ、彼女の名前を使ったりはしないのだから。

「ね、ラピスちゃんもホウメイ・ガールズに入らない?」

「私はコックだから遠慮しておく・・・」

「え〜!!残念!! ラピスちゃん可愛いのに〜・・・入りたくなったら言ってね、大歓迎だから♪」

サユリとエリがラピスを勧誘していた。

残りの三人も身を乗り出してラピスを見つめている。

「楽しく働けそうですね。」

「そうだね、ところでテンカワとラピスは何が専門なんだい?

 腕前は後々見せて貰うけど、担当が変わってくるからね。」

戦闘が始まりそうな現在、食堂には食堂勤務の八人だけだ。

今できることは戦闘が無事に終わることを願ってお喋りする事である。

「一通り出来ますけど、中華が得意です。

 ラーメンには大分凝ってますよ。」

「私は、洋食とデザートが専門・・・それと和食は得意な方・・・」

「そうかい、楽しみにしてるよ。」

ホウメイはテーブルに着くように手を振り、アイス・ティーとクッキーを持ってきた。

「私たちは暇だしねぇ・・・仕事しようにも危ないからおとなしくしてよう。」

「あれ、ホウメイさんの手作りですよね?」

「いつの間に焼いたんですか?」

「さてね。」

ホウメイ・ガールズは首を捻っているウチにラピスが真っ先に手を伸ばした。

「美味しい♪」

「あ〜!! ラピスちゃん、ずる〜い!!」

「慌てなくたって無くなりゃしないよ。」

からかうホウメイ。

「・・・さっきよりも揺れが大きくなってませんか?」

「そうだねぇ・・・」

食堂のほのぼのした雰囲気とは逆に、戦局は激しくなっているらしい。

『テンカワさん、おられますか?!』

突然、アキトの前にウィンドウが現れた。

中空に浮かぶ平面にはプロスが映っている。

「プロスさん、どうしたんです?」

『実はお願いがありまして・・・コックの貴方に頼むのは心苦しいのですが至急エステバリスに乗って頂けませんか?』

アキトは一瞬何を言われたか、わからなかった。

前回はど素人の自分でも、危なげではあったが囮としてエステバリスに乗り任務を達成した。

今回はプロスがスカウトした一流のパイロットが一人いる。

それも素行に問題があるガイではなく、命令を確実に実行しそうなイツキ・カザマが。

一体、何が起きたのだろうか?

「イツキさんがいたじゃないですか・・・」

『申し訳ありません!! 説明している暇もない有様でして・・・このままではナデシコが沈んでしまいます!!』

相当拙いらしい。

「わかりました・・・相当切羽詰まっているようですし・・・」

『ありがとうございます!! それでは格納庫へお願いします!! こちらから話は通しておきますので!!』

ウィンドウが消える。

「それでは、行ってきます。」

「頑張ってね、アキト。」

「死ぬんじゃないよ、テンカワ・・・死んだらお終いなんだからね・・・」

ラピスはアキトの実力を知っている。

この時期の無人兵器相手では心配するはずもない。

ホウメイの言葉は、身に染みすぎていた・・・

実践したからこそ、凄惨な復讐劇の幕を上げたのだから・・・

「大丈夫ですよ・・・」

ホウメイとホウメイ・ガールズの不安を打ち消す為に穏やかに笑った。









「艦長はどうしたのよ!!」

軍人であるにも関わらず叫くムネタケ。

その有様を見て、操舵士のハルカ・ミナトは両手をあげた。

一見、馬鹿にするような仕草だが彼女は達観している。

「あの軍人さん、見苦しいですね・・・」

「まぁまぁ、メグミちゃん・・・軍人でも死ぬのは怖いわよ。」

うんざりしている通信士のメグミ・レイナードにも落ち着いて答える。

「反撃しなさいよ!!

 迅速に対空砲火!! 天井ごと敵を焼き払いなさい!!」

「無理です。 マスターキーなしではナデシコは起動できません。」

淡々と銀色の髪をしたオペレーター、ホシノ・ルリが答える。

ちなみに先程も同じ事を言われ、今回より詳細に説明した。

その際にミナトとメグミの両一般人に『非人道的』と非難されたというのにまだ懲りないようだ。

「でも、がっかりだなぁ・・・少しは格好良い人いると思ったのに。」

「このままじゃやられちゃうじゃないのよ!!」

「落ち着け、ムネタケ!!」

「副長はどうなの?」

「格好は良いんですけど・・・ムスッとしてて、なんだか怖いですよ?」

ヒスを起こし叫くムネタケを叱咤するフクベ・ジン提督。

一瞬大人しくなったがまた叫きだしたキノコを無視し、ミナトとメグミはその下の方に視線を向ける。

そこには整った女顔の男性士官が立っている。

明らかに苛々していた。

「アオイさん、艦長は何処に・・・?」

「知りませんよ・・・もう二十歳なんですよ? 僕が責任を持つことではありません。」

焦るプロスにつれない返事を返すアオイ・ジュン。

「艦長ってどんな人なんでしょうね?」

「ルリちゃんは知ってる?」

「格好良い人だと良いですね〜」

「それはありません・・・艦長、女ですから。」

ルリが素っ気なく答える。

青みがかかった銀色の髪をした金色の瞳の少女はパネルに手を載せた。

少女のIFSに光が走り、ミナトとメグミの前にウィンドウが現れる。

「士官学校主席卒業で副長の同期です。

 現在二十歳。」

「へぇ〜・・・凄いのね。」

ウィンドウを覗き込む二人を尻目に、背後では未だにディスカッションが行われている。

「どうして何もしないのよ!!」

「出来ないのですよ・・・艦長がいないと、この艦は動くことも出来ません。」

「先程、エステバリスが出撃した・・・時間稼ぎになる。」

「それも時間の問題です・・・やはり、僕もでます!!」

ゴートに反論するジュン。

「いけません、アオイさんがIFSをお持ちとはいえ・・・」

「しかし、このままでは!!」

「あの艦長を補佐できるのはアオイさんしかいないのですよ!!

 それに艦長が留守だからこそ出撃は許可できません。

 ここで貴方を失う訳にはいかないのですよ!!」

激論が展開されている。

「な〜んか」

「艦長って問題人物みたいですねぇ・・・」

ミナトとメグミは呆れてしまう。

これが艦内に放送されていたら大変なことになるだろう。

「お待たせしました〜♪

 私が艦長のミスマル・ユリカです、ぶい♪」

「「「「「「ぶい〜?」」」」」」

放心するブリッジ・スタッフ。

「艦長、遅刻した理由は後でじっくり聞かせて貰う。

 それではマスターキーを。」

「は〜い♪」

あくまでマイペースを貫くユリカを睨んでいるジュン。

ユリカはオモチャのゼンマイ巻きにしか見えないマスターキーを差し込む。

ナデシコの機動制止を意味していた表示が全て消え、準備中の表示と入れ変わる。

『プロスさん、指示は?』

プロスの目の前にアキトのウィンドウが現れた。

「艦長、彼を味方機の援護に向かわせます、よろしいですね?」

「はい!! よろしくお願いします!!」

「テンカワさん、イツキさんのエステバリスの援護に向かって下さい。」

『わかりました!!』

「あれ・・・テンカワ・・・どこかで聞いたような・・・?」

「ユリカ!! ナデシコをどうするつもりなんだ?!」

ジュンはアキトの姿を見て思案に暮れてしまうユリカを怒鳴る。

「あ、はい!! ナデシコは海中ゲートを通って木星蜥蜴の背面へ!!

 エステバリスを囮としてグラビティー・ブラストで一掃します!!」

「・・・妥当な作戦だな・・・」

若い艦長の提案を白髭の提督が評価する。

この軍ドックという限定された空間では、それが一番有効だろう。

もしくはグラビティー・ブラストで天井ごと無人兵器を一掃する。

味方を犠牲にする必要があるが、これも有効な手段の一つだ。

もっとも固定砲台一門のナデシコでは下策である。

天井が崩れ落ちてナデシコが生き埋めになる点も含まれるのだが。

「ミナトさん、ナデシコを海底ゲートへ!!

 ルリちゃんはグラビティー・ブラスト・チャージ!!」

「「了解」」

少女と美女の声が重なる。

「プロスさん、さっきのテンカワさんって方、パイロットにいましたっけ?」

「いえ、彼の本職はコックなのですがIFSをお持ちだったのでお願いしてでて頂きました。」

「ミスター・・・素人を戦場に出して大丈夫なのか?」

「そうは言ってられません、正規パイロットのイツキさんが錯乱しているんです・・・

 貴重な人材をここで失う訳には・・・」

要はパイロットの負担を減らす為にコックを犠牲にすると言うことだった。

『テンカワ・アキト、出るぞ!!』

「アキト・・・・アキト、アキト、アキト、アキト・・・あぁ〜!!」

「な、どうしたんだ、ユリカ?」

ジュンは怯えたようにユリカに尋ねる。

「エステバリス、地上に出ました。」

「アキト、アキト、アキト、アキト、アキト〜!!」

ルリの報告もジュンの疑問にも答えない。

そう、彼女は些細なことを気にする人ではなかった。









『アキト、アキト、アキト、アキト、アキト〜!!』

「ぬぉ!!」

エステバリスのコクピット内で仰け反るアキト。

馬鹿でかいウィンドウがアキトの視界を遮っている。

『アキト、アキト、久しぶりだね!!

 いつ火星から来たの?

 あ、アキト、そんな所にいたら危ないよ!!

 でもエステバリスに乗っているって事は、私を助けに来てくれたんだよね!!

 やっぱりアキトはユリカの王子様だよね!!』


「邪魔だ!!

 オペレーター聞こえるか?! このウィンドウを消せ、俺が撃墜される!!」

アキトが叫ぶ。

ユリカの言葉のマシンガンを喰らっている間に無人兵器に殺されるのは勘弁して貰いたい。

『アキ・・・』

『テンカワさん、聞こえますか?

 私はオペレーターのホシノ・ルリです。

 カザマ機は一時方向にある道路を移動中、直ちに合流して下さい。』

「了解。」

コクピットの幅を最大限に陣取っていたウィンドウが消え、小さなウィンドウが脇に現れた。

「そこか!!」

アキトの操るピンクのエステバリスは拳を振り、周りを飛ぶバッタを叩き落とす。

そして跳躍。

直前までエステバリスが立っていた射出口を銃撃が抉る。

止まらない銃撃はそのまま、エステバリスを追う。

アキトは無人兵器に構わず着陸、間を置かずにエステバリスを走らせミサイルを避けた。

爆発が暗闇を照らす中、エステバリスは足のホイールを回転させる。

「こんなタイヤがあるんだったら、足の意味あるのか?

 ガ○タンクみたいので良い気がするけど!」

上半身を前方に僅かに倒しエステバリスは疾走する。

ちなみに減らず口はナデシコの艦橋内にしっかり放送されている。

『それはですねぇ・・・IFSで動かすにはイメージが第一ですから。

 人型ならば自分の体を動かす感覚でイメージに無理がでませんからね。』

「ブースターとか足に付いているタイヤは人間には存在しない物だと思いますけど?」

背後から追いすがるバッタ達の銃撃を蛇行して避けながら、更にエステバリスを加速する。

「カザマ機を確認!!」

被弾を気にせず、無人兵器を狂ったように撃ち落とす紫のエステバリス。

(ディストーション・フィールドがなかったらとっくに死んでるな。)

「オイ、イツキさん!!」

『お前達が、お前達が!!』

格納庫で会ったときとは、180度違う憤怒の表情。

「怒りに我を忘れている・・・か。」

自分にもそんな時があった。

「"肉を斬らせて骨を断つ"なんてレベルじゃないな。

 ただの自暴自棄だ。

 イツキさんは、何に怒っているのかな?

 木星蜥蜴か・・・無力な自分か・・・もしくは両方。」

ブースターを最大限に噴かし上空から強襲、バッタ数体とカザマ機を薙ぎ倒す。

『カザマ機、小破』

『テ、テンカワさん!!味方ごと倒してどうするんですか!!』

ウィンドウにはプロスの狼狽えた様子。

「茶目っ気・・・じゃなくて荒療治です。」

スケートの要領で素早くターンし、無人兵器達と向き合う。

ピンクのエステバリスは、温存していたミサイルを全て吐き出した。

数瞬の後に暗闇に炎の花が咲く。

『う・・・テ、テンカワさん!!何故ここに?!』

「ピンチヒッターでね。 逃げるよ!!」

正気に戻ったイツキに先行し海に向かうアキト。

『でも、バッタが!!』

「俺はピンクの墓標なんてイヤだよ!!」

構わずに疾走。

「戦術的撤退だよ、戦術的撤退!!」

『くっ!!』

紫のエステバリスはアキトに続いた。

図らずもエステバリスの全力疾走は囮としての役割を十分に果たしている。

戦列が糸状に伸びた兵器達。

『やっほ〜♪ アキト、迎えに来たよ♪』

『海に向かって飛んで下さい。』

お気楽なユリカと冷静なルリ、ギャップに笑ってしまう。

一見すると水と油ではないかと思えたが、よく仲良くなった物だ。

アキトとイツキはためらわず海に跳んだ。

レーダーにはナデシコを示す点が表示されている。

『グラビティー・ブラスト、てぇ〜!!』

黒い重力波が目標を殲滅した。

「・・・終わったな・・・」

アキトはCCのネックレスを指先で弄ぶ。

『テンカワさん、ありがとうございました・・・』

「無事で良かったよ、手荒な真似してゴメンね。」

『いえ・・・・・・それは?!・・・』

イツキの目が驚きで見開かれる。

「なに?・・・」

アキトには何がイツキの関心を惹いたのかわからない。

『テンカワさん、そのネックレスは?』

「これ? 両親の形見だけど・・・どうかした?」

『私も・・・同じ物を持っていました・・・』

アキトの目が驚きに見開かれた。

「イツキさんは・・・火星出身なのかい?」

『ええ・・・私の両親はネルガルで働く科学者で・・・』

「俺の両親もさ・・・火星でクーデターに巻き込まれて死んだけどね。」

人の縁というのはなんと奇妙な物だろうか。

前回では一度会話した程度の関係だった。

『アキト!!お疲れ様!!』

「誰だ?」

わかっていてもお約束で素っ気なく返す。

今度は普通サイズのウィンドウ、音量も適度に抑えられていた。

気を利かせてくれたのだろう。

ホシノ・ルリ嬢が。

『アキト、ユリカのこと覚えてないの?! あ、照れ隠し『両エステバリス、格納庫に入って下さい。』

アキトとイツキは指示通りに格納庫に入った。

あのままでいたのではナデシコが出発できない、ユリカ以外の誰かがキレる前に指示に従う。

整備員の誘導通りに機体を戻す。

後はプログラムを設定すれば、自動的に作業は終了する。

「アキト!!」

「ラピス、ただいま!!」

アキトはコクピットから身を乗り出して格納庫の出入り口にいるラピスに叫んだ。

「待ってろ!! 今階段付けてやるから・・・って、オイ!!」

整備員の台詞を聞き流しアキトは装甲の段差を利用して下りてしまった。

木登りの要領だ。

アキトとしては飛び降りても構わなかったのだが、そんな身のこなしを見せつけると疑われることはわかっていた。

「お前は猿か!!」

メガネの整備員が慌てて走ってくる。

「えぇ・・と、どなたですか?」

「俺はウリバタケ・セイヤ、整備員班長やってる。

 それよりお前、なかなかやるじゃないか。」

アキトの胸を軽くどつくウリバタケ。

「機体が良かったんですよ。 俺はテンカワ・アキトです。」

「よろしくな。

 お前は、臨時でって言ってたよな。」

「ええ、俺はコックですから。」

「残念だな、結構良い腕してたぜ。」

「アキト!!」「テンカワさん!!」

アキトの側面から抱きつくラピス、タラップを駆け下りてきたイツキ。

「イツキちゃん、なにかあったのか? 酷い操縦だったぜ・・・」

「えぇ・・・ちょっと・・・」

言い辛そうなイツキにそれ以上の追求がされることはなかった。

「それじゃ、食堂に行って詳しい話をしようか、イツキさん。」

「何の話をしてたの?」

「身の上話だけどな、意外に共通点が多くて。」

ラピスに隠すようなことでもなかった。

「報告義務があるのでブリッジに行かないと・・・テンカワさんもですよ?」

「俺も?」

「臨時とは言えパイロットですから。」

溜息をついて、歩き出す。

背後では整備員がイツキのエステバリスに群がっていた。

初めての大仕事だろう。

損傷したエステバリスの整備というのは。









ブリッジに入ると、そこは異様な風景だった。

アキト、イツキ、ラピスは思わず室内を眺め回す。

間違いなくブリッジだ。

背を向けたオペレーター、操舵士、通信士・・・間違いない。

何が異様かと言えば、ドアの傍に簀巻きにされた若い女性が座らされお説教されていたことだ。

「「「・・・・・・」」」

黙り込む三人。

「あ、アキトだ〜♪」

「艦長!! 貴女は自分の立場を理解しておられるのですか!!」

こめかみに青筋を浮かべたプロス。

眉間に皺を寄せ人差し指を当てているジュン。

プロスの隣に立ちむっつりと黙っているゴート。

お構いなしに席でお茶を飲んでいるフクベ。

黙々と職務をこなす女性達。

騒がしかったムネタケは放心しているようだ。

キノコのことなどアキトとラピスは知る由もなかったが。

「あの〜・・・」

「おお、テンカワさんにカザマさん、お疲れ様でした。

 ラピスさんは何故ここに?」

「私は付き添い。

 食堂は出前もするそうだから、ついでに顔見せも。」

副コックのアキトとラピスが出前に来るかと言えば、状況によるのだが。

「テンカワさん、無理を言ってしまい申し訳ありません。

 カザマさんは・・・貴女のお気持ちはお察しします。

 ですが、だからこそ落ち着いて下さい。

 こんなところで死ぬ訳にはいかないはずです。」

「はい、申し訳ありません。」

イツキはうつむき拳を握りしめていた。

拳は強く握られ白くなっていた。

「テンカワさん、お願いがあるのですが・・・」

「なんです?」

アキトは話がきな臭くなってきたことを性格に嗅ぎ取っていた。

これは、ひょっとしてと言うヤツですかと内心で戯ける。

「先程の操縦、お見事でした。

 是非ともパイロットとしても契約して頂きたいのです。」

「俺は機動兵器の操縦は素人ですよ。」

「いえ、とてもそうとは思えません。

 見たところ銃器の扱いにも手慣れているようですし・・・」

どこから推測したのか戸惑ってしまう。

今回、アキトは銃器を使っていない。

ミサイルだけだ。

「実はパイロットが足りないのですよ・・・

 ナデシコの戦略上、エステバリスを扱える人材は貴重でして・・・」

「そのことは後でじっくり伺わせて頂きます。」

「ありがとうございます。」

「ところで、これは何をしているの?」

ラピスがユリカを指さす。

「遅刻してきた上に職務放棄しようとした艦長に心得というものを教えている。

 五体満足にしておくと逃亡するのでこうしている。」

ゴートが堅苦しく話す。

「艦長?・・・誰が?・・・」

「ユリカだよ!!えっへん!!」

アキトとラピス、イツキが溜息をついて首を振る。

恐ろしい程に気のあった動作だ。

「あの・・・ところで誰がどんな役職なのかわからないんですけど・・・」

「そうですな。

 まず、フクベ・ジン提督です。」

プロスはフクベの方を手で示した。

「私たちは面識があるのでアオイさん、お願いします。」

「僕は副長のアオイ・ジュンです。

 ところで、ユリカとはどんな関係なんですか?」

「普通に話して構わないよ。

 俺もそうさせて貰いたいから。

 ユリカとは彼女が火星に住んでいた時のお隣さんだ。」

「アキトは私の王子様なの!!」

とたんに打撃音が艦橋内に響いた。

「プギュ!!」

「ラ、ラピス?・・・」

「アキトと貴女の関係は幼少時にとっくに終わっているの。」

ラピスの左手には"お黙り!!"と書かれている全長30センチのピコピコハンマーが握られていた。

ユリカは目を回している。

「どこからそんなものを・・・」

「乙女の秘密。」

「いやいや、興味深いですなぁ。

 それでは皆さん、自己紹介の続きを。」

うってかわって笑顔を浮かべたプロスはハルカ・ミナトに視線を向ける。

「私は操舵士のハルカ・ミナト。

 コックさんでしょ? 楽しみにしてるわね。」

「メグミ・レイナードです。

 私、これでも声優だったんですよ。

 私も食事楽しみにしてます。」

二人とも眩しい笑顔を浮かべてくれた。

「それではルリさん・・・?」

プロスが怪訝そうにルリを見つめ、はっとしたような表情を浮かべた。

ルリの視線はラピスに注がれていたからだ。

「・・・オペレーターのホシノ・ルリです・・・」

「ルリ、私のことはお姉さんって呼んで良いよ。」

ラピスは全ての思惑を見透かした上で平然と言ってのけた。

アキトの目に戸惑いが見られたが、目はプロスの死角に入っていた為に疑われる心配はない。

「本当だ、目の色も同じだし・・・良かったね、ルリちゃん!!」

「はぁ・・・」

ミナトに話しかけられても、ルリは困惑していて正確な返事を返すことが出来なかった。

「仕事の準備があるのでそろそろ・・・」

「そうですね、時間を取らせてしまい申し訳ありません。

 荷物は部屋の方へ届いていますので・・・」

「案内は僕がしましょう。

 カザマさんは生活ブロックが違うのでわからないでしょうし。」

ジュンが名乗り出る。

艦長、副長には正確な艦内見取り図が渡されている。

真面目な彼は既に暗記しているのだろう。

「これが、テンカワさんとラピスさんの部屋の鍵です。

 お疲れ様でした。」

プロスはカードキーと書類の入った封筒を二人に手渡す。

「私も一緒に行きます。

 お話ししたいことがありますし。」

ジュンを含め、四人でブリッジを出た。

「君はユリカとは何の関係もないんだな?」

「ないね・・・ユリカとは十年くらい連絡取ってないし。」

「ミスマル提督とはよく会っていたけどね。」

アキトの説明にラピスが付け足す。

「どういうことだ?」

「子供の頃に両親を亡くしてさ、おじさんに後見人を頼んだんだ。」

「そうか・・・すまない。」

祖父母・両親が健在であり仲が良いジュンは、遠慮のない質問をしたと悔いているようだ。

「かまわないさ、それでジュンは何故ユリカと俺の関係を気にするんだ?」

「僕の苦労が減るからね。」

「は?」

あまりにも身勝手な理由だった。

「ユリカが火星から地球に来てから知り合ったんだけどね・・・

 ああ、百年の恋も冷めるとはよく言ったものだよ・・・とても付き合いきれなかったね。

 僕もIFSを持っているんだけど、これはユリカが起こす二次災害から身を守る為に付けたんだ。

 何度も役に立ってくれたよ・・・」

「お前もか・・・」

アキトはぐったりとしてジュンの肩に手を置いた。

「俺もさ・・・子供の頃、ユリカが勝手にショベルカー動かして・・・止めようとして出来なかった。

 一緒にいた俺が父さんに殴られてさ・・・痛かったなぁ・・・」

隣ではジュンが同志を見つけたと言わんばかりに暖かい眼差しをしていた。

「やっぱり苦労してたんだね、テンカワ・・・」

二人の間に熱い絆が生まれた。

連帯感とも言える。

「それよりも部屋ここで良いの?」

そんなことはどうでもいいと思っているラピスが二人を止める。

「あぁ、ここだよ。」

「案内ありがとうな。」

ジュンは笑って敬礼した。

イツキも敬礼を返し、アキトとラピスは軽く手を振った。

ジュンは踵を返し、ブリッジに戻っていった。

「まず、さっきの話をしようか?」

「ええ。」

「ラピスも一緒で構わないかな?」

「大丈夫です。」

はっきりした返答が帰ってきたのでアキトの部屋で話をすることに決まる。

本来二人部屋なのだが、コックはアキト一人なのでこの部屋は一人で使われることになる。

コック以外の生活班とは業務内容・生活時間帯の違い故に別部屋なのだ。

クローゼットから座布団を人数分取り出す。

ポットを発見したラピスはお茶を入れる準備を始めていた。

イツキも客とは言えされるがままというのは出来ないらしく近くにあったカップを持っていく。

後はラピスに任せるままとなったので封筒から部屋の注意書きを取り出し読み始めた。

部屋で使用する食器などの底にはマグネット・テープを貼るなどの注意が記されている。

戦闘時に振動が激しい戦艦ならではだ。

「イツキは砂糖とミルクいる? あ、呼び捨てでも良い?」

「ええ、私は呼び捨ては苦手なのでラピスさんと呼ばせて貰いますね。

 砂糖とミルク、頂きますね。」

トレーにコーヒーを載せると、テーブルに着く。

ラピスも砂糖とミルク両方を使う。

アキトはブラックだった。

「テンカワさんはさっきの私の戦闘を見てどう思いました?」

「怒りに我を忘れていたね。」

「ええ・・・私、火星大戦時、火星にいたんです。」

アキトは先程から考えていた通りの答えがイツキから返ってきたことに驚いていた。

まさかとは思っていたが、前回のアキトの歴史が今回はイツキによって起こされていることになる。

ネルガルの科学者の両親、CC、予想通りならシェルターにいたはずだ。

「よく地球に来られたね。」

「・・・わからないんです・・・」

時間を置いてポツリと呟く。

「私は火星にいたはずなのに!!

 アイちゃんとバッタに囲まれていたはずなのに、気が付いたら地球にいて!!」


たまらずに叫び出すイツキ。

イツキのコーヒーは卓上で冷めていた。

本人の憤りとは正反対に。

ラピスは無言でイツキを抱き寄せた。

ラピスに抱かれるイツキの口から嗚咽が漏れていた。

アキトは冷めたコーヒーを一思いに飲み干した。

彼がいなくなった火星ではキャストを置き換えて同じ事が繰り返されていた。

自らが歴史に干渉することを恐れ、火星を離れたにもかかわらず。

結局、歴史は変えられないのだろうか。

アキトが遺跡との関わりを放棄する為、ボソンジャンプを表に出さない為の行為は裏目に出てしまった。

ネルガルもボソンジャンプの秘密をイツキに求めるだろう。

アキトは自身の業の深さを思わずにはいられなかった。













後書きです。

あれ?何故か最後にシリアスになってしまった・・・

ほのぼのとした世界を描きたい僕の思惑は一体何処に行ってしまったんでしょう?

前半は軽いノリだったのに、何故?

個人的にはラピスのピコピコハンマーとホウメイ・ガールズを大切に書いていこうと思っています。

ガイも登場予定です。

姉ラピスに妹ルリってのも珍しいでしょう。

だらだらとほのぼのにしつつ・・・

は、まさかいつの間にかシリアスに呑まれてしまうのでは?!

 

 

代理人の感想

人間、何かに偏ると無意識に精神のバランスを取ろうとする物の様で、

某氏を例に出すまでもなくギャグばかり書いてるとシリアスを書きたくなったり、

シリアスの合間にどうしようもなくお馬鹿なものを書いてしまったり、

ほのぼのを書いてるとどうしてもダークに繋げたくなったり・・・って最後のは違うか。(爆)

 

ともあれ、書いてるとギャグの筈がどうしてもシリアスに偏ったりする事は案外あります。

もしそれが作品全体の雰囲気を損なって、あるいは浮いてしまっている様であれば思い切って排除し、

作品全体の雰囲気を統一する事も時には必要かと思います。

幸いこの作品はまだ始まったばかりですのでまだ軌道修正は利くでしょう。

ほのぼの一辺倒にしてシリアス欲求は別の作品で発散するか、あるいは混在させて書いてゆくのか。

一遍考えてみたほうがいいかもしれません。