揺れ動く未来と変わりゆく過去
第五話 コックとパイロットと「戦場」
























「アキト、イツキがどうかしたの?」

二人は荷解きの合間に先程の話の続きをしていた。

無論、未来を知っている二人だけの内緒のお話だ。

アキトが調理器具の荷物を解きながら考えに没頭していることがわかったからだ。

「盗聴の心配はないよ。

 オモイカネにハッキングしてダミーを流してあるから。

 あの子はまだ経験不足だから大丈夫。」

頭の中を整理してからアキトは慎重に言葉を紡いだ。

「歴史を変えたと思っていたのに・・・歴史は変わっていなかったんだ。

 むしろ、悪くなっているかも知れない。

 イツキちゃんの話は・・・前回の俺が生きてきた歴史だ。」

ラピスは作業の手を止めて聞いていた。

ちなみにラピスが整理していたのは下着だったりする。

アキトが正気に返ったときはさぞ凄まじいことになるだろう。

「前は・・・パイロットはイツキちゃんではなくダイゴウジ・ガイってヤツだった。

 アイツは出撃前に骨を折って、逃げようとしていた俺が代わりにエステに乗った。

 そして成り行きで囮をやった。

 問題は、イツキちゃんが言っていた火星のことだ。

 あの時、俺はシェルターにいてバッタに襲われ偶然ボソン・ジャンプした。

 そのジャンプに巻き込まれたアイちゃんが過去に跳び、イネスとして生きていたんだ。」

「・・・・・・」

「今回も、イネスは存在することになる。

 少しの変化はあるけど、ガイも雇われているだろうしそうは変わらないかもな・・・」

荷物から愛用の包丁を取り出し刃を確認する。

料理学校卒業記念のオーダー包丁だが、意外なことに業物だったので愛用している。

アキトの物は漢字で名前が刻まれており、ラピスはアルファベットである。

カタカナは故意に避けられたようだ。

「・・・勝手だけど・・・イネスは嫌いじゃなかったから・・・居てくれるのは嬉しいかな・・・」

「そうだな・・・俺達の我が儘かも知れないけど頼りになるからな。」

『整備班の方に連絡です。

 ナデシコは当初の予定を上回って就航しました。

 明朝九時、三日後合流予定だったヤマダ・ジロウさんがエステバリスで乗艦することになります。

 受け入れ準備をお願いします。

 連絡は以上です。』


メグミの艦内アナウンスだった。

「さて、改めてホウメイさんと話さないとな。」

「そうだね・・・アキト、私ってホウメイ・ガールズみたいな格好するのかな?」

「制服の上にあのエプロンって事か?」

アキトは愛用の中華鍋とお玉を確認する。

「コックは調理服が支給されるらしいから・・・ホウメイさんみたいのじゃないか?」

「そっか・・・ね、アキトはどっちが良かった?」

「料理にはそんなこと関係ないだろ。」

「関係あるよ。

 私の心構えが変わるんだもん・・・お客さんに出す料理の味が変わっちゃうよ。」

アキトの気のない返事にラピスは怒っていた。

"鈍感・・・"と呟きたい所だが、意味も通じないのでは空しくなるだけなので言わなかった。

そこまで行くと犯罪と言っても差し支えないとさえラピスは思う。

実際、料理学校時代は全寮制だった為気苦労が絶えることはなかったのだ。

「どっちでも、よく似合うと思うぞ。」

「うん♪」

打って変わって上機嫌になるラピス。

単純なものだが、微笑みながらも手に持っているのは下着である。

微妙な光景。

『テンカワさん、ラピスさん、お届け物です。』

チャイムと共にスピーカーを通してプロスの声が響く。

「プロスさん、俺がここにいるってなんで知ってるんです?」

『ルリさんに確認して貰いましたから、コミュニケにはそのような機能もあるのですよ。

 ところでお時間よろしいですか?』

「ええ・・・って、ラピス!! それしまって!!」

「ああ〜!!」

「男が居るのになんでそんな物を!!」

「アキトなら良いの!!」

赤面させて叫ぶアキトに慌てて下着をしまうラピス。

冷静な仮面を被った黒衣の王子とそれに従う表情を無くした妖精の姿は微塵もない。

ちなみに、通信を閉じてないのでドアの前のプロスに筒抜けである。

「もう大丈夫。」

「・・・お待たせしました、プロスさん。」

「お気になさらず。」

柔和な笑みを浮かべてプロスはワゴンを部屋に入れた。

「それはなんの荷物ですか?」

「テンカワさんとラピスさんの調理服ですよ。」

ラッピング済みの服を手渡す。

「ホウメイさんの調理服と殆ど同じ物です。

 スカーフはこちらからお好きな物をお選び下さい。

 これは念のためですが、くれぐれも清潔にお願いします。」

「「もちろんです。」」

戦艦の中という閉鎖された空間で食堂スタッフが清潔を心がけるのは当然のことだった。

「それとお二人のことですが・・・」

「大丈夫です、人前ではいちゃつきませんよ。

 あんな細かい字で書いてあるって事は、結構気付いていない人もいるんでしょう?」

「それもそうですが・・・私が言いたいのはパイロット契約の件です。」

プロスは少し悔しそうに本題を切り出す。

あの項目を含めて契約させることが目標だったのかも知れない。

「今、契約しているパイロットは総勢何名なんですか?」

「地球で合流するパイロットは後一名、アナウンスで言っていたヤマダさんです。

 そして宇宙で三名が補充されます。

 ですが、まだまだ足りないのです。」

「わかりました・・・イツキちゃんのことも心配ですし・・・契約します。」

プロスの顔がほころぶ。

だが、人生を延べ三十年以上のアキトでもプロスのような曲者の意図を見抜くことまでは出来なかった。

元々、パイロットの件は裏表があるかどうかすらわからないのだから。

どちらにせよ怪しまれているかも知れない。

「それでは、給料はパイロットの分も上乗せで。

 こちらの契約書にサインをお願いします。」

「良いですよ、上乗せなんて「駄目、アキト。」

アキトとプロスはラピスの顔を見つめる。

「それだけ危険なことなんだから。

 それにたくさん貰っておいた方が早くお店開けるよ。」

おそらく後者が本音だ。

ラピスはアキトが圧倒的な実力を持つことを知っている。

危険だとは思っていないし、アキトが戦死するとはかけらも思ってないだろう。

万が一という思考はないのかも知れない。

「そうだな・・・プロスさん、損害保険は?」

「そちらは問題ありません。

 パイロットとして契約した時点でこちらが手続きしますから。」

「・・・それなら、さっきの戦闘はどうなるんですか?」

会話の穴に気付いた。

コックとしての契約しかしていないと言うことは、先程の戦闘では保険金が下りないことになる。

「テンカワさんが出した損害は、主にイツキさんのエステバリスですね。」

「・・・どうなるんですか?」

アキトはビクビクしながら尋ねた。

エステバリスはネルガルに所有権がある。

前回、ガイが重装フレームを無駄にしたが、請求されていなかったようなので大丈夫だと思う。

もっとも、すぐに殺されたからという考えも出来る。

「他に手段があったとは思いますが、荒療治も仕方なかったでしょう。

 こちらの呼びかけに応じられなかったので、テンカワさんに無理を言ったのですから。

 幸い、部品の換装だけで済むとの話なので不問にいたします。」

「お願いします・・・一個人が払える額じゃないですから。」

「お任せ下さい。」

一応の念押しまでしたので引き下がり、パイロットの給料を上乗せしている条件で再契約した。

「それでは、お邪魔しました。」

契約書に不備がないかを確認し、書類の角を揃えて何処かに仕舞うプロス。

「いえ、なんの持て成しも出来なくて・・・」

「いえいえ・・・」

プロスは一礼して部屋から去っていった。

「さて、これからの計画を練り直さないとな。」

念のため、盗聴器の有無を確かめた。

今の段階ではまだ仕掛けられてはいない。

アキトは、エステバリスを派手に乗り回したので怪しまれている可能性を考えたのだ。

「次はどうするの?」

「ムネタケの叛乱だな。

 でも、ユリカ次第なんだよな・・・前は俺の両親のことについて訊きに行ったみたいだし。

 単純に提督に会いに行くって事も考えられなくもない。」

アキトは行き当たりばったりにならざるを得ない状況に嘆息した。

「どちらにしても、軍人を追い出すんでしょ?」

「前回はガイだけだったけど、今回はガイの代わりにイツキちゃんがいる。

 どうなるかわからないし、下手したら犠牲者が増えるんだよな・・・」

「その前に一つ聞いて良い?」

ラピスがコック帽をくるくる回しながら首を傾げていた。

「なんだ?」

「ガイって誰?」

面識のないラピスが知るはずもない。

ナデシコ時代の話はアキトもしなかったことも原因の一つだ。

「あ・・・と、さっきアナウンスがあったろ。

 ヤマダ・ジロウが本名で、魂の名がダイゴウジ・ガイ。」

「魂の名ってなに?」

「ペンネームみたいなものじゃないか?・・・プロスさんみたいな。」

この説明では二人から異論が出ることは間違いない。

もっとも、ガイとプロスのやっていることは客観的に見れば同じだ。

「軍人達は黙らせる?」

「・・・誰かが殺されそうになった場合を除いて、やめておいた方が良いだろうな。

 反抗しなければ、無闇に殺すこともない。

 目的は、軍の管理下におくことだからな。」

「アキト、誰か殺されたの?」

ラピスの呟きは、殺人が起きることを前提としたアキトの発言に対する疑問だった。

「前はガイが殺されたんだ・・・運悪く逃げ出す軍人達に出くわしてな。」

「早めに引き渡せば、大丈夫だよ・・・」

「そうだな。」

調理器具の整理が終わり、アキトは立ち上がる。

「俺は、食堂に行くけどラピスはどうする?」

「今なら、食堂の営業時間じゃないしあっちで整理する。」

ラピスは買い物用の小さなカートを取り出し、段ボールを乗せる。

「今日は疲れたし、道具を整理したら眠ろう。」

「そうだね、明日から仕事だし。」

「仕込みも手伝うか。」

仕事熱心な彼らは、こうして無料奉仕に向かった。

すれ違いに某艦長がアキトの部屋を訪れていたが、当然留守。

マスターキーを使い侵入した彼女は部屋の隅々まで探索した。

開けっ放しになっていたドアに気付いた通りすがりの副長がブリッジに連れ戻すまで騒ぎは治まらなかった。

アキトの下着が数点紛失していたことを記しておく。










翌朝。

「料理学校出てるって聞いてたけど、ここまで出来るとは思わなかったよ。」

「こちらこそ、ホウメイさんと働けて光栄ですよ。」

朝食を求める乗員のために役割を分担して注文をさばいている。

ホウメイが魚、アキトは卵料理、ラピスはサラダ、お浸しなどだ。

「そういや、新しいパイロットが来るのは九時だったね。」

「ええ、良い奴だと良いんですけど。」

「私は嫌なヤツの方が良いね。」

正反対の意見をいう料理長とコック。

「ホウメイさん、俺パイロットも兼任なんですよ。

 一緒に戦う身にもなってくださいよ。」

「ああ、そうだったね。

 嫌なヤツだったら死んでも悲しまなくて済むものだからね。」

ホウメイが溜息をつく。

「死ななきゃ良いんだよ。」

クールに理想論を口にするラピス。

「ラピスの言うとおりだね、それが一番だ。」

ホウメイは豪快に笑うと魚の切り身の焼き加減を確認した。

「ところでテンカワ、なんでパイロットもすることになったんだい?」

「人数不足が主な原因なんですけどね。

 イツキちゃんを放っておけなかったし、俺が戦うことでみんなが生き抜く可能性があがるなら・・・」

目玉焼きを皿に載せると、カウンターに置く。

「サユリちゃん、目玉焼きあがったよ!!」

「は〜い!!」

そして、ベーコンをフライパンに乗せ卵を落とす。

「ア〜キト!!」

「アキト!! 削り節ちょうだい!!」

「オウ!!」

カウンターにユリカが座っても全く気付かない。

コック達は今が戦場なのだ。

ラピスに削り節を渡し、フライパンに蓋をする。

「次は・・・オムレツ!!」

卵をほぐし、同時に卵焼きも焼く。

「ア〜キト!!アキト、アキト、アキトったら!!」

「なんだよ!!忙しいんだ、後にしろ!!」

料理を焦がさないうちに大量の皿を運ぶ。

大勢のクルーの食事を三人でさばくのだ。

客と話をしている暇などない。

コック同士で会話をしていたのは、現場の意思疎通だ。

前回はホウメイ一人で切り盛りしていたのだ。

共に働いていたアキトは知っていながらも舌を巻いていた。

もっとも、現場の苦労は上官には伝わらないものである。

「アキト、きの「アキトさん!!スクランブルエッグお願いします!!」

「了解!!」

ホウメイガールズの一人、ミカコがカウンターに飛びつき新しい注文を報告する。

彼女は小柄ながら、よく動いている。

小柄だから動いているように見えるのは別問題としてだが。

「アキト!!話を聞きな 「さっきから五月蠅い!!」

ユリカの大声にラピスの怒声が飛ぶ。

ちなみに客が大挙しているのは地球を航行中で、現在の時刻が朝。

徹夜でヤマダの受け入れ準備を済ませた整備班が集団で朝食を取りに来たからだ。

準備とは担当者を決めるための会議だった。

エステバリスが増えることに喜んだ整備班ならではの行動である。

当たりクジに喜んだ担当者が後に外れクジと悟るのは遠い未来のことではない。

今の段階で知るよしもないことだが。

その他に並んでいる客は、通常勤務に就くクルー達だ。

「エリちゃん、オムレツ出来たよ!!」

ラピスは出来上がったサラダやお浸しをカウンターに載せていく。

これらのトッピング、主にドレッシングなどはセルフサービスだからだ。

「ア〜キ「ユリカ、みんなの邪魔だよ。

 おとなしく御飯食べて、きりきり働け。」

ユリカの背後にジュンが現れていた。

そして、邪魔になるとは言わず邪魔と言い切るジュン。

その通りだったりする。

しかし、ジュンの態度は副長のあるべき姿ではない。

強制労働所の監督官の姿だった。

「あ〜ん・・・ジュンくんの鬼〜!!!」

「なんとでも言え。」

ユリカの襟首をつかみ引きずっていくジュン。

その姿を見送るアキト。

前回とのギャップに首を傾げた。

ジュンの性格が180度逆である。

「アキトさん、ラピスさん、おはようございます。

 御飯頂けますか?」

「和食と洋食があるよ?」

「洋食でお願いしますね。」

イツキは込み入るテーブル席を避け、先程までユリカが座っていたカウンターに腰を下ろす。

「よく眠れた?あ、卵料理は色々選べるよ。」

「はい・・・ベーコンエッグをお願いします。」

「ジュンコちゃん、カウンター洋食セット一つ!!」

「は〜い!!」

こちらは洋食をジュンコ、和食をハルミで分担している。

「アキトさんはパイロット・ミーティングに出られるんですか?」

「なにそれ?」

「パイロットのヤマダ・ジロウさんが到着してすぐに行うそうですけど・・・聞いてませんか?」

意外そうに尋ねるイツキだが、アキトの反応は簡潔なものだった。

「うん。」

「そうですか・・・」

「悪いけど、これが終わったら俺たち朝ご飯だからさ、今度で良いのかな?」

「顔見せだけで終わるそうですから、大丈夫だと思います。」

イツキとしてもコックを兼任するアキトに無理を言うつもりはなかった。

連絡が行ってないのなら、アキトに対する配慮だとも考えられる。

「はい、お待ちどう様。」

「早いですね。」

「まあね。」

続いてラピスもサラダを置く。

二人とも整備班の分を後回しにして、イツキの分を優先したのだった。

「頂きます。」

「「ごゆっくり。」」

再び、仕事に戻るアキトとラピス。

忙しい朝との戦いに舞い戻ったのだが、初日から運命は過酷だった。

『こちらブリッジのムネタケよ。

 ナデシコは軍の統制下に置く
『ユリカ〜!!!』

「お父様!!」

強制通信で開かれたコミュニケにはカイゼル髭の大声で卒倒するキノコが映っていた。

食堂では父に反応したユリカが場所もわきまえずに叫び、これまた犠牲者を出していた。

「あの人は本当に艦長で、ここは本当に戦艦ですか?」

「残念ながらね。」

「アキト、ここってリコールないの?」

生き残っていたアキト、ラピス、イツキの三人は実に辛辣だった。

「いい加減にしてくれよ、馬鹿親子・・・」

幼い頃から慣れているジュンは全滅している他人に脇目もふらず毒づく。

前回と比べての彼の変化は、父親に愛想を尽かしてのものかも知れない。

ふらふらと銃を構えて入り口に立つ兵士を気にすることなく、和食セットを食べていた。






















後書きです。

はぁ・・・アキトって難しい。

なんで、黒っぽく書こうとすると難しくなったんでしょう。

中途半端だからでしょうか。

それと、ジュンの性格は方向転換です。

放任主義のナデシコにも一人くらい厳しい人がいても良いのではと思いまして。

エリナさんがそうなんでしょうけど、まだ乗ってないし。

方向性の違う、厳しい老参謀のイメージで。

そんなわけで後書き終了です。

性格の違うキャラが一人や二人いたってねぇ?

 

 

代理人の個人的感想

・・・・多分、何か物凄く嫌なことがあったに違いないですね(笑)。

それでもミスマル親子に付合っているあたり、やっぱり人がいいのかなんなんだか。