揺れ動く未来と変わりゆく過去
第六話 戦争と感情
























軍の要職に就いているはずの髭親父の第一声は、愛娘の名前だった。

仮に親馬鹿という行為を絶対神と同じように崇める者がいたとしても、彼を非難するに違いない。

あくまでも親馬鹿至上主義という愚か者が存在したとしての話だが。

「ミスマル提督、どのような御用件でしょうか?」

「うっ!・・・アオイくん。」

アオイ・ジュンの冷え切った声にミスマル・コウイチロウが明らかに怯んだ。

「プライベートならお帰りください、職務中です。

 提督が公私混同なさるのでは部下達に示しが付かなくなります。」

「うぅ・・・すまん。」

ジュンに叱られコウイチロウの頭は自然に垂れていった。

「いい加減に子離れしてください。」

ジュンは話すことが面倒くさくなったのか味噌汁を啜る。

「本当に申し訳ない、アオイくん・・・ユリカ〜、お勤め頑張るんだぞ。」

「はい!!御父様もお体に気を付けて!!」

ミスマル親子は軍人らしく敬礼する。

「オイオイ・・・」

アキトは呆れて、小声で突っ込んだ。

コウイチロウがナデシコを徴収するために来たことを知っているのだ。

先程もブリッジのムネタケはナデシコを管制下に置いたことをクルーに告げようとしていたのだから。

もっとも、途中で遮られたために邪魔が入ったため全く伝わっていない。

「って、ちが〜う!!」

「御父様、なにが違うんですか?」

コウイチロウの魂の叫びにユリカは呆け呆けと尋ねた。

「アオイくん!!私がユリカに会うためだけに艦隊を動かすわけないだろう!!」

「貴男ならやります。」

「・・・・・・」

ジュンが即答したのでコウイチロウは泣きそうになっていた。

「ともかくだ!!ナデシコは極東方面軍に編入して貰う!!」

「オジサン、泣いてるよね。」

コウイチロウを観察していたラピスはボソッと呟く。

「軍とは既に話が付いているのですが・・・」

いつの間にかプロスペクターが現れていた。

手にナプキンを持っている所を見ると食事は済んだのだろう。

「軍としては、ナデシコの力を放ってはおけん。

 この力があれば地球を守れる。

 木星蜥蜴を全滅させることも夢ではない!!」

「おもちゃを取り上げるガキ大将の論理だな。」

アキトの呟きとは言えない声が食堂に響いた。

「なんだとっ・・・アキトくん?」

「お久しぶりです。」

呟きがアキトの物と理解したコウイチロウは威勢を削がれてしまった。

「提督、彼の言う通りです。

 こんな事を許すわけにはいかない。

 撤退しなければ、貴男を告発します。」

「な、なんだと、アオイくん!」

「ジ、ジュンくん?」

これには、コウイチロウもユリカも慌てた。

彼が幼い頃から一緒にいたユリカや成長を見守ってきたコウイチロウからすれば当然である。

「ア、アオイくん・・・そんなに私が嫌いかね。」

「いいえ、ユリカが絡まなければ軍人としては尊敬してます。」

「そうか、安心したよ・・・」

これは遠回しに尊敬していないと言っているのではないだろうか。

「貴男が嫌いなのではなく、貴男達親子が嫌いです。」

ここまではっきり言われればとりつく島もない。

今度こそ、本当にコウイチロウは泣いていた。

「アオイ副長ってきついですよね・・・」

「イツキちゃん、アオイくんと艦長親子は付き合いが長いみたいだから・・・

 やっぱり腹に据えかねる所があるんじゃないかしら。」

イツキの呟きにミナトが答えた。

彼女は今から食事らしく、トレーに和食セットを載せて立っていた。

「ミナトさん、ここどうぞ。」

「ありがと♪」

カウンター席は空いているので、ミナトはためらうことなくイツキの左隣に座った。

「今、ムネタケ准将の部下達が各部署を占拠しているそうですが、どういう事ですか?

 ナデシコを軍に編入したいのなら、公式に交渉するべきです。

 それとも搭乗員達を人質にとらなければ話すこともできないと?

 軍隊は民間人を盾にしなければ何も出来ないらしいですしね。」

相当虫の居所が悪いらしく、軍隊を痛烈に皮肉るジュン。

火星陥落時の軍の失態にまで言及していた。

「待て、アオイくん・・・ナデシコを制圧するなどという命令は出していないぞ。」

「現にムネタケ准将が制圧しています。

 どちらにしても監督不行届ですね。」

ここまで上司を糾弾する新人はそうはいない。

それが幼少の頃からの付き合いでも多少は遠慮するものだ。

「きついな・・・あれだけ好き放題言ってたら艦長と副長の信頼なんてあり得ないよなぁ・・・」

「でも間違ってはいないわよ?」

アキトに相槌を打つミナト。

「可愛い顔でも、あの性格じゃ恋人出来ないよね。」

ラピスがミナトに話を振る。

「そんなことはないんじゃない?多分真面目すぎるのよ、彼。」

「でも、これからどうなるんでしょうか・・・」

「さあ・・・軍人にされちゃうのかしら?」

今後の不安を口にするイツキに、ミナトは首を傾げて応じた。

「軍人にされたら、地球の激戦区を渡り歩くことになるだろうな。」

「それは駄目です!!」

アキトの素っ気ない指摘に声を荒げカウンターを叩くイツキ。

「イツキ、どうしたの?」

ラピスはイツキの火星へのこだわりを察したが、それを口にはしなかった。

「いえ・・・すいません。」

隣に座るミナトはイツキの行動について驚いたようだった。

「・・・自分だけ安全な所にいる政治家の道具なんて、ゴメンなんだけどな。」

「私は軍人の手先になんて絶対になりたくありません。」

冷たいイツキの声に驚く。

「我が身かわいさに民間人を見捨てた軍人なんて・・・」

掠れた呟きを残す。

彼女は予想以上の重傷だ。

アキトは自分の過去と比べざるを得ない。

無人兵器の襲撃に怯えていた自分と無人兵器への殺意に狂うイツキ。

性別も症状も正反対だ。

対処法が思い浮かばないだけに深刻になる。

復讐の執念はアキトも経験しているだけに為す術がない。

標的を消すまで止まることがないのだ。

「ミナトさん。」

「メグミちゃん・・・ルリちゃんも、とうとう追い出されちゃった?」

「はい、余計なことをされたら困るんだそうです。

 人に銃を突きつけておいて、それはないですよね!!」

憤慨するメグミを尻目にルリはイツキの右隣の席に座った。

まだ、何かと話し掛けるミナトを煙たく思っているのだろう。

メグミはミナトの隣に座った。

「二人は朝食まだ食べてないよね?」

「いえ、早番だったので自販機の物で済ませました。」

メグミは申し訳なさそうに答えた。

「ルリちゃんもかい?」

「はい。」

「駄目だよ、成長期は特にしっかり食べないと。

 今しっかり食べておかないと大きくなってから病気にかかりやすくなるんだからね。」

アキトは、ルリを軽く叱った。

早めの段階から食堂に来るようにしたかったのだ。

叱ると逆に来なくなるとは思うが、少女の健康を考えるとそうはいかない。

「お茶、飲む?」

アキトとは正反対でラピスは、そこまで深刻に捉えているようには見えない。

急須片手に人数分の湯呑みを取り出していた。

手際良くお茶を注いでいく。

「はぁ・・・おいしい。」

背後の喧噪とは大違いののんびりした声を出すメグミ。

さすがに緊張していたらしく、お茶を飲むことでいい具合にほぐれたようだ。

「ルリちゃんは栄養を取れれば済むと思っているのかも知れないけど、人工の栄養と天然の栄養は違うんだからね。

 食べに来てよ、サービスするから。」

だが、ルリはアキトが話し掛けてもどこか心ここにあらずという様子だった。

ルリの視線は厨房のラピスに集中していたから。

「ルリは私に何か聞きたそうな顔してるね。」

「そんなこと・・・」

ラピス自身ルリを観察していた。

気付かれないのは、ルリより長く生きている分だけ役者が上という所だ。

ルリは気まずく思ったのか視線をそらした。

「ルリちゃん、正直に言いなさい♪」

誤魔化そうとするルリだったが、ミナトの揶揄のせいで断念せざるを得なかった。

場の状況をふまえての演算をした結果、逃げ道がないことが予測できたのだ。

「・・・ラピスさんは何者なんですか?

 マシンチャイルドの成功例は私が初めての筈です。」

「お姉さん。」

「は?」

「お姉さん。」

ルリが呆けてもラピスは、態度を崩さない。

「ルリルリ、ラピスちゃんのこと、お姉さんって呼ばないと答えてもらえないわよ♪」

ミナトはこの状況を楽しんでいた。

他人の修羅場でもないのに楽しめるのはそうあることではない。

実に不謹慎だ。

「・・・ラピスお姉さんは、マシンチャイルドですね?」

「そうらしいよ、ルリ。」

ルリの刺すような視線を気にせず平然と答えるラピス。

初めての不可解な事象に戸惑ったルリの心情を察したアキトは微笑み、厨房に入っていった。

ちなみにラピスは、年齢的に妹の立場に甘んじるしかなかった状況を打破できたことに感激している。

「オペレータ用のIFSも持っていますね?」

「うん、でも何故かは知らないよ。

 私、アキトと出会う前の記憶がないもの。」

「そうですか・・・」

これはラピスの嘘だが、ルリは納得していない。

「ルリちゃんがマシン・チャイルドの初めての成功例だっていわれているから。

 それより年長のラピスが話題にならないはずがない、と。」

「はい。」

今まで傍観していたアキトが口を出した。

ルリは口に出せなかったことをアキトに言われ驚いていた。

希少性の問題もありマシン・チャイルドは情報が秘匿されている。

また、遺伝子操作に規制が掛かっている今では生産できない。

「ですが、テンカワさんもラピス・・・お姉さんもどうしてその事実を知っているのですか?

 一般に公開されている情報ではありません。」

ルリはラピスさんと言いかけたとき、ラピスが横を向くのに気付いて言い直す。

言い直すとラピスは話を聞いているような素振りを見せていた。

「火星にいたとき、自分のこと調べたの。

 あっちではIFS機器が充実しているから、こっちより楽に調べられた。

 このIFSの扱える情報量はパイロット用IFSよりはるかに多いから。」

「それで、どうでしたか?」

ルリは珍しく多弁に、しかも他人に対しての興味を露わにしていた。

「見つけられたのは、マシン・チャイルドの情報ぐらい。

 それでも私自身の情報は見つからなかったから、正規に管理されていたわけではないと思う。

 これで満足かな?」

「・・・はい・・・」

「わかった!!私がナデシコに行く!!」

「なんだ?!」

大声に驚いたミナトとメグミは、硬直していた。

ラピスとルリが一見反応ないのはさすがというか、何というか。

今までコウイチロウが映っていた大きなウィンドウが消えている所を見ると進展があったようだ。

「ジュン、何があったんだ?」

「御父様が来るの!!」

強引に会話を作ろうとするユリカ。

本人にはそのつもりはないのだろう。

言いたいことをそのまま口に出して、それが聞き入れられていると無意識に思っているのだから。

「ミスマル提督自らナデシコに乗艦するのさ。

 ナデシコはネルガル所属だから本社に交渉しろって言ったら、視察した上で協力要請するって答えてきた。」

「それでナデシコに行く、か。」

「アキト!! 改めて御父様に挨拶に行くから心の準備してね!!」

アキトはコウイチロウとジュンの会話を聞いておけば良かったと後悔した。

ラピスとルリの仲も大切だが、ナデシコという環境なら策を労さずして打ち解けるはずだ。

楽観的な思考だが、クルー達は善い人間だ。

大丈夫だろう。

少々破天荒なのは玉に瑕。

「報告を読んだだけでナデシコを編入しようとするんだから酷い話だ。

 直接、ナデシコに交渉しにくる当たり民間人と思って馬鹿にしてるよ。

 スサノオの主砲を向けて脅そうとしたんだろうね。

 ムネタケ准将はナデシコへの保険と不祥事の冷却期間を兼ねてるらしい。」

「民間人が運営する戦艦なんて軍は認めたくないだろ。

 軍は木星蜥蜴に惨敗続き、なのに民間が圧勝したんだから。」

「ア〜キ〜ト〜!!」

アキトとジュンの会話に割り込もうとするユリカだが、全く相手にされていなかった。

「五月蠅い!!」

そしてラピスのピコピコハンマーがまたもユリカの顔面に飛んだ。

床にキスするユリカを見下ろす一同。

「うぅ・・・」

苦しんでいるのか、解りづらい呻き声がユリカの口から漏れる。

「ルリ、これ欲しい?」

「いりません、何故それが私に必要なんですか?」

姉から妹に渡す初めてのプレゼントは、ピコピコハンマーでない方が良いと思われる。

「艦長が五月蠅いときとかあるんじゃない?」

「殴ったらそれはそれで五月蠅くなると思います。」

「遠慮しなくても善いよ、私もっと大きいの持ってるから。」

「いえ、結構です。」

断り続けるルリだったが、数瞬後笑みを浮かべて受け取った。

なんとか微笑んでいるように見えなくもない顔が引きつっているように見えたという。

無理矢理握らされたとも言う。

「私負けない!!アキト〜!!」

艦長復活。

「ユリカ、オジサン迎えに行ったら? 喜ぶぞ。」

「艦長としても迎えに行くべきだね。」

アキトとジュンの一言に動きが止まる。

「そうだね!!久しぶりだもんね!!アキト!!後で御父様、紹介するから!!」

爆走。

「・・・お前と違って年一回は会ってたよ。」

あっという間にいなくなったユリカに向かって呟いた。

「あれ、アキトくん?それどういう意味かな?」

アキトのぼやきをしっかりと聞いているミナト。

不用意な一言だったが、知られてもかまわなかったのでアキトは苦笑いしながら答えた。

「艦長の父親のミスマル・コウイチロウ提督は俺の保証人なんですよ。」

「へぇ〜・・・でも、艦長には会ってなかったんでしょ?」

「あいつは日本に置いて来たんでしょ、提督が出張の度に会いに来てくれたんですよ。」

「ユリカが絡まなければ立派な人なんだよなぁ・・・」

ジュンが疲れたように溜息をついた。

「苦労してきたみたいですね、副長。

 ところで、ミスマル提督を迎えに行かなくても良いんですか?」

「艦長が行ったんだったら、副長も行った方が良いと思います。」

先に苦労を労ったイツキに気遣うようにメグミがジュンに進言する。

彼が常にいらいらしている理由と苦労はようやく理解されてきたようだ。

「そうだね・・・それじゃ、また後で。」

ジュンは手を軽く手を挙げてドアに向かっていく。

会談の途中で、コウイチロウが制圧を命じていないと明言したとき、兵士達は武装を解除していた。

「どうなるんだろうな。」

「艦長はともかく副長がしっかりしているから大丈夫よ。」

「・・・そう願います。」

イツキは暗い表情で入り口を見つめていた。

心配そうな顔でジュンを見送り、静かな怒りを視線に込めて軍人を睨む。

「・・・イレギュラーだね。」

「え?」

「どういう事ですか?」

ラピスはその場で話していたミナト、メグミ、ルリ、イツキとアキトの視線も集めた。

「出る杭は打つ。

 ナデシコの存在が飛び出ちゃってるから、放っておけなくなったんだよ。」

「それは解るけど・・・」

「どちらにしても、軍と一緒に戦うことになるのは避けられなくなりますね。」

「軍人が許せないかも知れないけど、それは考えない方が良いかも知れない。

 手の打ちようがなければ、誰だって逃げ出すさ。

 それが軍人だったとしても人間なんだから。」

アキトが悩んだ末に落ち着いた結論の一つだった。

個々の感情論にしかならない考えの一つを主にイツキに聞かせる。

「アキトさんは解っていません!!」

「俺も火星の人間なんだよ。

 それもユートピア・コロニーの・・・」

それを聞いてイツキは黙って俯いた。

同じ火星市民の意見の一つは殻に隠ったイツキにはショックだったようだ。

故郷を奪われた被害者の心理が一つではないことを悟らざるを得なかったから。

「いつか、戦争は終わる。

 ナデシコはその中で重要な位置を占めるだろう。

 イツキちゃん、今のままでは駄目なんだよ。

 戦争を生き抜くためには、その後の未来に希望を持たなければいけないと思う。」

「未来・・・」

ミナトもメグミ、ルリでさえも真剣に聞き入っていた。

「そうですよね・・・戦艦に乗ったからには戦わないといけないんですよね。」

メグミが呟く。

今まで楽観的に見ていたのだろう。

前回も初めて人の死を目の当たりにしてから悩んだのだから。

「でも、善いことなのかも知れないわよ。

 自分で生き方を選べるんだから・・・私たちは木星蜥蜴に怯えるだけじゃないんだから。」

ミナトは真剣だった。

「・・・私にはよくわかりません。」

そして、ルリ。

「楽しい未来のために生き残ろうってこと。

 相手にどんな理由があっても、それが理不尽に私たちの幸せを奪って善いことにはならない。」

ラピスがイツキとルリに言い聞かせるように話した。

アキトの傍が良いというシンプル極まりない彼女だが。

「さて、お客さんのために仕込みを始めないとな。」

「頑張ってください・・・私たちは出来ることをするだけですよね。」

当面の結論を出した彼女たち。

だが、格納庫から響いてくる中年の叫び声と女性の叫び声が雰囲気を台無しにしていた。


















後書きです。

次回、「パパ、ナデシコに来た」をお送りいたします。

コウイチロウがナデシコに来る話は見たことないよな〜

でも、思ったよりも普通な感じかも。

そう言えば、自称ヒーローの到着はまだですねぇ・・・

 

 

 

代理人の個人的な感想

・・・・容赦ないなぁ、ジュン(笑)。

前回も言いましたがそれでもユリカに付合っているあたり、

人がいいのか弱みでも握られているのか(爆)。

 

 

>自称ヒーロー

ああっ、そー言えば!(爆)

ここまで来て気がつかない=違和感がないってことは、

いかに多くのSSで彼の出番が削られてるかって事ですかねぇ(爆)。