再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
プロローグ 名無きもの・未だ果たされぬ可能性
遺跡と、ブローディアと共に飛んだアキト。
彼が目を開けた時、そこにあったのは漆黒の空間であった。
無窮の空間に、自分だけがぽつんと浮いている。
「ここは……」
そう呟いた声も、虚空へと消えていく。
だがこの孤独は、そう長くは続かなかった。
時の概念すらない空間であったが、それが麻痺するほどのまもなく、虚空の一点に光がともった。
心臓がどきり、と跳ねる。アキトは自分の心臓が動いていることを感じ、そして鼓動によって『時』をはかることを思いついた。
そして鼓動が300を打った時、光は目の前に現れた。
15、6くらいの、全裸の少女の姿で。
「あ、いたいた」
そう語りかける少女に、アキトは問いかけた。
「君は……そしてここは」
少女は軽い笑みを浮かべ、そして語った。
「ここは狭間の空間。時も場所も存在しない、いわば零次元空間。でも、こういった方がわかりやすいかな。ここは遺跡の中。より正確に言えば、演算ユニットの中かな」
「遺跡の……中?」
「分かんなくって当然だよ。ここの構造を理解できるのって、あたしぐらいだから」
少女は、ちちち、と、指を振りながらいう。
「けどついにここまで来ちゃったか。今度はうまくいくかなって思ってたんだけど」
「今度は?」
その言葉にアキトは不穏なものを感じた。
「まあまあ怒らない。ここに存在できた以上、あなたにはあたしのことを知る権利があるもん。テンカワ アキト君」
少女が自分の名を知っていることを、なぜかアキトは当然と思った。
「……君の名は?」
お返しにアキトも尋ねる。だがその答えは、少々意外なものだった。
「名無き者」
「名無き、者?」
「そう。名無きもの、未だ果たされぬ可能性、永遠の番人、矛盾する意志……けど、これが一番わかりやすいかな? あえて名乗るなら、私は『遺跡の管理人』よ」
「なんだとっ!」
アキトの脳裏に、消えたはずの未来……遺跡と融合したユリカの姿が浮かぶ。
するとまるでその意志を読みとったかのように、少女は答える。
「全く山崎さんも困ったまねしてくれたものよね……あんなとんでもないことするから、私がここでこうして遺跡の管理をする羽目になったんだ」
とたんにアキトの顔から険が消えた。
「君も……山崎の犠牲者なのか」
「まあね」
少女は再び答える。
「いくらユリカに遺跡を操らせようとしたって無駄だったのに。真の遺跡の管理者はあたしだったんだから。ま、多少はどうにかなったと思うけど」
「そうだったのか……」
アキトは驚きを隠そうとはしなかった。
「でもね、あたしはこんな役目まっぴらなの。はっきりいって遺跡の管理者は全能の神様よ。その気になったら、ジャンプ可能な人の望みをすべて叶えることすら出来る。たとえばアキト君を、望むとおりの世界に送ってあげることだって出来る」
「……」
アキトは絶句することしかできなかった。
「びっくりしてるわね。まあ無理もないと思うけど。でも冷静に考えてみて。ボゾンジャンプは単なる空間跳躍技術じゃない。どっちかというと、タイムマシンに近い。そして過去に戻って、歴史を改変することすら可能……これが何を意味すると思う?」
アキトは少女の問いの意味をしばし考えた……やがてそれは、一つの恐るべき結論に達する。
「自分の、理想とする未来を手に入れる、か?」
「正解」
少女はにんまりと笑う。なぜかその笑顔はユリカそっくりの笑い方だった。
「でもね、それってある意味、幻想みたいなものなのよ。歴史って、世界って、別に一つきりじゃないから」
「それって、平行世界、ってやつか?」
少女はゆっくりとうなずく。
「世界は無数にある。どれが本物なんてこともない。すべての可能性は、実現されるためにある。いいことも、悪いことも。けどね、決してそれは無限じゃない。ね、アキトは、なぜ古代火星人が、このボゾンジャンプを生み出した文明が、跡形もなく消え去ってしまったと思う? だってこの技術があれば、ありとあらゆる災厄を回避することが可能なんだよ? まずいことがあったら一斉に元の場所へボゾンジャンプすればいいんだ。リセットできるゲーム機と一緒だよ」
「そう言えば……」
アキトにしたって、古代火星人の残したこの技術のことは知っていても、なぜ彼らが滅んだかなどということは考えたことはなかった。
「なぜだろうな」
「答えはね」
少女はふと、寂しげな笑いを浮かべた。それはとうてい、見た目通りの年の少女には出来ない、枯れて乾いた笑いであった。
「みんなが、夢を、理想を追い求めたから……」
「????」
首をひねるアキトに、少女は続けて言った。
「世界は無数にある……でもね、それは本当に無数にある訳じゃないんだ。世界はね、そこに生きる人の意志があって、初めて成立するんだ。我思う、故に我あり、っていうよね。それと同じ。我見る、故に世界あり、っていうわけ」
「俺がいるから、世界はあるっていうのか?」
「そう。でも世界にはアキトだけじゃなく、ユリカも、ルリも、ガイやアカツキや、ううん、人だけじゃない。動物、植物、鉱物、すべてが存在しようとして存在している。だから世界は自分の思うようにはならない。意志や存在がぶつかり合い、変化しながら、『存在』していく……難しいかな?」
「……さっぱりわからん」
「今は分かんなくってもいいよ。そのうち分かると思うから」
くすくすと笑いながら少女は語る。
「ボゾンジャンプはね、この世界から人の意志を切り離すことが出来る。そして改めて別の位置に配置することが出来る。空間の位置を変えれば瞬間移動になり、時間を動かせば過去や未来に行って、世界の存在の可能性を変化させることが出来る。ポイントを切り替えるようなものかな? これは分かるよね」
「ああ」
うなずいたアキトに向かって、少女は意地悪そうな笑みを向けた。
「では質問、同時に複数の人が、同時に過去に戻って歴史のポイントを切り替えたらどうなるでしょうか」
「それは……それぞれの因果が絡んで、予想外の結果になるんじゃないのか?」
「ぶー。はずれです」
少女はキャラキャラと笑う。
「正解は、『改変した分だけ次々と歴史の流れが生まれる』です」
「なんだって!」
さすがにアキトも驚いた。だが少女は平然と言葉を続けた。
「『親殺しのパラドックス』に近いんだけど、こういうことなんだ。Aが変えた未来をBが不服として変える、それを不服としたAが歴史を変え……ていう風に、改変が堂々巡りをすると、それぞれの歴史が同時に存在しちゃうようになる。棒の根本を持って振ると、残像で棒が複数に見えるよね。あれと同じ。一つのはずの時の流れが複数になっちゃうんだ。まあ感覚的にはパラドックスを起こすたびにどんどん分裂していくと思うとわかりやすいかな? 厳密には違うけど」
「それなら何となく分かる……」
全然分かってなさそうにアキトは答える。ルリちゃんか、案外ユリカあたりなら理解するかもしれない、などと思いつつ。ユリカは行動と思考形式が突飛なだけで、頭そのものはむしろかなりよい方に属するのだ。
「けどね、これをやりすぎると、存在がどんどん希薄になる。さっきの棒で言うなら、二つに分かれたら当然密度は半分になっちゃう。現実がどんどん現実感を失っていくんだ。人が認められる現実は一つきりだから、世界が分かれれば、どんどん世界の認識密度は薄くなっていく。そして古代火星人は、それをやりすぎてしまった……個人の理想をすべての人が追い求めた結果、世界は極限まで薄く……個人の『夢』になってしまった。己の思うとおりになる世界……それは個人の妄想と同じものでしかない。そして夢の中で世界を思うことが出来なくなると同時に、分裂した世界は認識する者を失って時の流れの中に消えていき……『我誰も思わず、故に我なし』……箴言の裏返しだね……そして最後に残ったのは、『誰もいなくなった世界』だった。アキト達が生きている世界は、その時の流れに繋がっているんだ」
それはとてつもない物語だった。
「そしてあたしは、ボゾンジャンプをコントロールすることにより、世界の流れを変えられる。だからあたしはあたしがあたしとして存在しない世界を望んだ。この中には時がない。過去も未来も、すべてが等価。でもあたしは神の力を持っていても決して神にはなれない……あくまでも一人の人でいたい。こんな遺跡に縛られてるなんて、まっぴらごめんなの。でも、どうしてもうまくいかなかった……見て、これを」
そう少女が言った瞬間、虚無の空間は、ある意味非常に見慣れた場所……ナデシコのブリッジに姿を変えた。アキトもパイロットスーツを着ており、少女はルリちゃんと同じ服を着てオペレーター席に座っていた。
そして彼女がコンソールを操作すると同時に、無数のウィンドウが空中に展開した。
そこに映っているものを見て、今度こそアキトは心底から驚いた。
そこには無数とも言える『物語』があった。想像も出来ない『可能性』があった。
自分に双子の兄がいる世界。自分と北斗が夫婦になっている世界、自分が100年前の火星に飛んだ世界、自分が自分を鍛えている世界……。
もちろんかつての『過去』も、自分がたどってきた『現在』もあった。
「あたしはあたしがあたしである可能性を求めて、無数の干渉をしてみた……でもだめ。どうしてもあたしをこの遺跡から解き放てる歴史を紡ぐことは出来なかった。今回のアキトさんの流れはかなりうまくいきそうだったんだけど、それでも力及ばなかった」
そう言う少女の横顔が、アキトにはまるで老婆のように見えた。そして思う。これだけの量の『時』を体験していると言うことが、どれほどの重みかと言うことを。
そして少女は言った。
「ね、アキトさん、あなたは、どうしたい? あたしにはあなたを、好きな世界に送ってあげることが出来る。どの世界も、ちゃんとあたしがバランスを取っているから、あなたが行っても大丈夫。お望みならどんな力でも上げられるし、逆によけいな記憶……あたしのこととか……は削除してあげることも出来る。ゲームの改造ツールみたいなものね。あなたの望むがままの姿で、年で、そこに降り立つことが出来るわ。あなたが女性になっている世界すらあるもの。さあ、どうしたいの」
「決まってる」
アキトはぶっきらぼうに答えた。いろいろなことがゆっくりと心に染みこんで来るにつれ、アキトにも分かってきた。
「責める訳じゃないが……君こそがすべての元凶だな。ならば俺の選択は、君をこの宿命から救い出すことだ。そうすれば世界はなるようになる、ということだろう。それなら苦しく、つらいかもしれんが、受け入れることは出来ると思う。だが山崎あたりに君を操られて、草壁が現人神として君臨する世界なんていうのはまっぴらごめんだ」
「よく言った。ならあたしも最後の賭に出られるわ」
「永遠の君が、最後?」
彼女はすっと立ち上がり、オペレーター席からアキトの隣へとやってきた。
「実はあたしは、一番高い可能性を持つ手段を、あえて封印していたの。なぜならそれは、ただ一度……本当に一度しか選択できない、やり直しのきかない手段だから。そしてその手段が失敗したなら、私は今度こそ永遠にここに囚われてしまう。過去も未来もないこの世界に、まさしく未来永劫……だから今までは、その決心が付かなかった。けど、ついに時は熟したみたい」
「それって?」
「あたしが解放される条件の鍵を握っているのは、あなただから。あなたが、真に幸せを見いだすことが、最大の鍵だから」
「それって……」
同じ言葉が、語調を変えてアキトの口から漏れる。
「つきつめれば、あたしがここにいるのはあなたを絶望の淵に落とした、あの忌まわしき実験がその原因。だからそこに至る因果をすべて断ち切らなければ、あたしはあたしを消すことは出来ない。あたしは今まで、人と人のつながりを操ってそれを成し遂げようとした。時には記憶を消し、時には肉体ごと、あなたを過去へと送り込んだこともあった。でも、もっともうまくいきそうだった今回の展開を見て、あたしは悟ったわ。あたしがここにいる限り、あたしはあたしを解放できないって。だからあたしも、あえてあの中に飛び込む」
「なんだって!」
驚くアキトを、少女は押しとどめる。
「もちろん、あたしはあくまでもあたし。本当にここから出られる訳じゃない。だから写し身を送り込むの。そしてアキト、あなたと共にあの歴史を変える。一人の犠牲者も出すことなく、手の届く限りの不幸をうち消す。メティちゃんも、カズシさんも死なない、理想の未来へ道をつなぐ。すべてが成功すれば、あたしは因果の輪を引きちぎれる。アキト、協力してくれる?」
アキトは不遇な少女の頼みを断れる男ではなかった。
「なら取りあえず聞いて。私は今からあなたをあの『時』へ送る。未来から過去へ帰ったあの『時』へ。だけどそこはほんの少しだけ違う世界。『あたし』という因子の紛れ込んでいる世界。あなたは最初、そのことを知らない。定められし時まで、ここのことは思い出せない。その状況の中で、あたし達は完全なる勝利を求めなければならないの」
「やってやろうじゃないか……幸せのために」
アキトの目に、光がともった。
「じゃあ、飛ぶわ。あの『時』へ」
そして2人は光となる。
アキトは幸せを掴むために。
少女はあるべき自分のために。
そして再び、時は流れ始める。
第1話 「お兄ちゃんらしく」でいこう……君、だれ? につづく
代理人の感想
そぉ〜か、アレらって「時の流れに」の「無数に分裂した並行世界」だったんだ(笑)!
そう言われてみれば思い当たる事も多々あるなぁ(笑)。
でもこういう並行世界の解釈ってのは新鮮ですね。
「人が世界を認識するから世界は在る」と言う考えそれ自体はわりとメジャーですが、
それを並行世界論に組みこむとは・・・ううむ、やられたぜ(笑)。
管理人の感想
ゴールドアームさんからの初投稿です!!
う〜ん、面白い解釈ですね。
私も自分なりに考えていますが・・・
こんな考え方もまた面白いと思います。
さてさて、再び過去に戻ったアキト君
今後はどうなるのでしょうか?
・・・もしかして、某代理人のGナデの世界の平行してあるのかな?(笑)