再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
第1話 「お兄ちゃんらしく」で行こう……君、だれ?
「!!!」
さぁぁぁぁー
風が草を揺らす音がする。
むっとする大地の匂いがする。
舌先に、かすかに塩辛いものを感じる。
そして、背中に感じる草の感触……
(五感が、戻っている……?)
そっと、瞼を明けると、まばゆいばかりの光が飛び込んでくる。
「ここは……」
一目見て、思い出した。あの、始まりの場所。傍らには、荷物を積んだ自転車が止めてある。
「過去に、戻ったのか……」
自分で自分に問いかける。と、まるでそれに答えるかのような声が響く。
(アキト!)
(ラピスか!)
なぜかは分からないが、ラピスとのリンクは繋がったままのようだ。
(ね、アキト、どうなっちゃったのかな? あたし、今研究施設の中にいるみたいなんだ。体もちっちゃくなっちゃってる)
(ラピスもか? 俺もだ。俺は今、昔の姿になっている。あたりの感じからすると、ちょうどナデシコに乗る少し前みたいなんだが、今の時間分かるか)
(ちょっと待ってて……えっと,2196年……)
間違いなかった。どうやら俺とラピスは、魂というか、記憶というか、とにかく精神だけが過去へと戻ってきてしまったらしい。
だがこれは考えようによっては……
チャンスかもしれない。
その場で軽く体を動かしてみる。どうやら技を忘れてはいないが、基礎体力が元に戻っているようだ。考えてみれば当たり前の話だ。となるとだいぶ鍛え直す必要がありそうだ。
そんなことを考えていると、ラピスから声が届いた。
(ね、どうする、これから……)
(そんなこと、決まってるさ)
俺は力強く答える。
(理由はこの際どうでもいい。俺たちはやり直せる機会を得たんだ。もう二度と、あんな思いはしたくない。ラピスはどう思う?)
(よく分かんない……でも、アキトと一緒にいたい。ここはやだ)
(しばらくは我慢してくれないか。今の俺には無理だが、必ずそこから助け出してみせる。それと、これから言うことをやってくれないか? ラピスになら、不可能じゃないと思う)
俺の説明を、ラピスはじっと聞いていた。
(……出来ると思う。やってみる、アキト)
(頼む……今の俺には五感が戻っているから、今までのようなサポートは無くても大丈夫だ。でも、やっぱり俺には、ラピスの助けが必要だ。再会するその日まで、がんばってくれ)
(……うん。これからもお話ししていい?)
(ああ、いいとも。それともう一つ、味覚が戻っているから、再会したらご飯つくってあげるよ)
そのとたん、ラピスから爆発的な歓喜の感情が流れ込んでくる。
そんなにうれしいのか、ラピス。
(ぜったい、ぜったいだよ! そのときまでがんばるから、絶対だよ!)
(ああ……今度こそ、みんなで幸せになろうな……あんな思いは、二度とごめんだ!)
そして俺は、自転車に乗ろうとした。このまま走っていけば、やがて自動車に追い抜かれ、そこにスーツケースが吹っ飛んでくる。
それがユリカとの再会になるのだ。
そう思った瞬間、胸の中であまりにも熱いものが暴れ狂った。思わず胸をかきむしる。
俺は必死になってそれを押さえた。こんな態度では、いきなり歴史をゆがめてしまうことになりかねない。ユリカのことだ。再会の時点で俺に気がついたら、仕事なんかほっぽり出してそのまま話し込もうとするだろう。ジュンでは止め切れまい。そして下手をすれば、ナデシコは発進できないままサセボのドックに沈むことになる。
そんなことを考えていたせいか、俺は誰かが近寄ってくる気配に気づくのが遅れた。
気がつくとすぐ近くに、走ってきたのか息を切らした、薄い色の髪の少女が俺のことを見ていた。両手で大きなスーツケースを下げている。何となくだが、長い旅をしてきた後みたいだった。
「テンカワ アキトさん、ですよね。食堂に行ったら、こっちに向かったって言うから、追いかけてきたんだけど……」
「そうだけど、君は……?」
俺は不思議に思った。前はこんな事無かったぞ? ここはあの時ではないのか?
そんな疑念が頭をよぎる。が、取りあえずそれは置いておいて、俺は改めて少女を見た。青みがかった淡い色の、腰まである豊かな長い髪に、金色に光る目、まるでルリちゃんそっくりの色調。でもスタイルは抜群に良く(胸などユリカ並みだ)、年ももう少し上に見える。顔は……どこかで見たような気がした。妙に見慣れた顔なのだ。
ちょっと待て、ルリちゃんそっくりの色合い……? まさか、マシンチャイルドか?
それがなんで、俺の名を……
だがそんな思考も、聞こえてきた彼女の台詞の前にすべてぶっ飛んでしまった。
「やっと見つけた……お兄ちゃん。初めまして、あたし、テンカワ ハルナ。あなたの妹です」
妹ぉぉぉっ!
俺はそのとき、彼女の顔をどこで見ているかを思い出した。
鏡の中だ。
「ちょっと待ってくれ、俺には妹なんぞいなかったぞ。しかも俺と君とでは大して年が違うとも思えない。いったい、どうなってるんだ」
「うん、そう言うと思った。あたしもお兄ちゃんがいるって知ったの、ついこの間だもん」
さすがに何かきな臭いものを感じた。と、彼女は俺の自転車を見ながら言った。
「どっか行くつもりだったんでしょ? 歩きながら話そうよ。ちょっと長くなるから」
そう言って彼女はスーツケースをぶら下げたまま歩き出す。俺もそれに会わせて自転車を押しながら歩いた。
「昔々あるところに、すてきな科学者の男の人と、その人が大好きな女の人がいました」
彼女の話は、そう始まった。
「女の人は男の人が大好きでしたけど、男の人にはすでに奥さんも、そしてその愛の結晶である子供もいました。そして男の人はとっても真面目な人で、決して浮気をするような人じゃありませんでした。つまり、自分が男の人にかりそめでも愛してもらえる可能性は、全然ありませんでした」
そこでなぜか彼女は俺の方を見、くすりと笑った。
「女の人は思いました。せめてあの人の子供が欲しい、と。そして女の人はその思いを実行に移しました。
女の人の研究は、遺伝子操作による強化体質人間の製造でした。彼女は男の人の職場の、その人の同僚の一人に、自分が製作した性病のウィルスを感染させ、検査のためと称して研究所の男の人全員の精液を採取しました。そうして手に入れた男の人の精子と自分の卵子を元に、一人の子供を作り上げました。本当は自分のおなかで育てたかったそうですが、仕事の関係でそれは出来ませんでした。その代わり、というには変ですが、生まれてくる子供が優秀になるようにと、愛をこめて実験にいそしみました。ありとあらゆる手管、政治力を駆使し、誕生した子供を自分の手で養育できるようにしました。そんなある日、火星が木星蜥蜴に襲われました。その混乱の中、私とお母さんは、なぜか地球にいました」
俺は内心の驚愕を押さえるのに必死になっていた。ということは彼女も間違いなく火星生まれのA級ジャンパー……妹かどうかはともかく、目を離すのはあまりにも危険かもしれない。
俺はもっと注意して彼女の話を聞くことにした。
「お母さんはこれ幸いとばかりに、どさくさ紛れに名前を変え、地球であたしと暮らしました。しかし火星で受けた傷が元で、ついにこの間亡くなりました。そしていまわの際の言葉が、ひょっとしたら兄に当たる人が、生きて地球にいるかもしれない、でした。
研究所の方で、お父さんにあたる人がそんな研究をしていたということ、そしてお母さんと私が地球に来られたのも、それと関係あるのかもしれない、だからお兄さんが生きているかどうか、それを調べなさい、そう言ってお母さんは息を引き取りました。
あたしはお兄さんを捜しました。手がかりはテンカワアキトという名前と、あたしと同じ頃に突然地球に現れたことだけ。そしてやっと、あたしはその人を見つけました」
そして彼女は俺をじっと見る。
「初めまして、お兄ちゃん。異母兄妹の、テンカワ ハルナです」
俺には彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
「それじゃ……本当に、俺の、妹なのか?」
何となく唇が乾いているのを感じる。
「はい……ちょっと変わった妹ですけど。なんか元々禁止された研究だから、言っちゃいけないって言われてたけど、お兄ちゃんにはいいよね。あたし、マシンチャイルド、っていうんだって。ほら、手とか目が光るの」
無邪気に笑う彼女の目や瞳、そして顔にIFSの文様が浮かび上がる。
「この力であちこちのデータを調べて、やっとお兄ちゃんを見つけたんだよ」
実力もルリちゃん並みか……!
「ところでお兄ちゃん、これからどうするの?」
その瞬間、俺は我に返った。マジでどうする……?
俺はこの後ナデシコに乗るんだぞ?
再会したばかりの妹を置いていくのか?
「あたしはお兄ちゃんのところに一緒に住もうと思って、全財産持ってきたんだけど、お兄ちゃんもなんか首になったって言うし」
ますますまずいというか……と、そのときだった。
大きな車が俺と彼女の脇をすり抜けていく。そして飛んでくるスーツケース……!
まずい、よけるのが遅れた! 歴史は繰り返されるのか!
そう思った時だった。
すっ、と彼女が動いた。足音のしない、達人級の動きだ。
そのまま俺の前に出ると、軽々とスーツケースの慣性を殺して受け止めた。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「おまえ……武道かなんかやってたのか?」
「ううん。これはずるしてるの」
意味は分からなかったが、それ以上聞いている暇はなかった。
キキーッ、バタン!
ばたばたばた。
「済みません!! 済みません!! ・・・怪我とか、ありませんでしたか?」
ユリカ……。
俺は必死になって自分を押さえた。
「ええ、大丈夫ですけど……あなたのですか、これ?」
ハルナが俺の代りにスーツケースをユリカに渡す。
「あ、どうもありがとうございます……あら?」
ユリカが俺の方を見る。
「・・・あの、ぶしつけな質問ですが。
何処かで、お会いした事ありませんか?」
俺の顔をのぞき込んで、そう聞いてくる。
「いえ……覚えがありませんけど」
何とかそう答える。
「そうですか?」
「ユリカ、急がないと遅刻するよ!!」
「解ったよ、ジュン君!!
では、ご協力感謝します!!」
そう言い残して去っていくユリカとジュン。
やがて、車が見えなくなった頃、ハルナがぽつりと言った。
「お兄ちゃん、あの人、ホントは知り合いだったんじゃないの?」
情けない話だが、俺は体がこわばるのを止められなかった。
必死になって言葉を紡ぐ。
「いや……ひょっとしたら、とは思った。俺の昔の知り合いも、ユリカって言う名前だったし。けど、彼女はあの時……火星で別れたっきりだ。こんなところにいるわけがない」
「だったらなおさら確かめなきゃ! ひょっとしたらあたしやお兄ちゃんみたいに、彼女も地球に来たのかもしれないじゃない!」
しまった……火に油を注いだか。
「追っかけよ、お兄ちゃん! 確かめてみなくっちゃ! ほら、乗って!」
荷台の荷物を抱えると、彼女はそのままあいた荷台に座った。あれだけの荷物を持って、器用なやつだ。
そして俺は2人乗りでナデシコAに向かうことになった。
まあ、何とかなるだろう……
「はてさて・・・
貴方は何処でユリカさんと、知り合いになられたんですかな?」
前回と同じように、俺はプロスペクターさんと話をしている。
違うのはおまけが一人いることだ。しかも彼女の髪と金色の瞳を見て、明らかに警戒している。
……無理もない。ルリちゃんと同じ色の目と髪……それはマシンチャイルドの証だからな。
「あの、ユリカさん、ひょっとしたらお兄ちゃんの幼なじみかもしれないんです。ユリカさんの方も、ひょっとしたらって思ってたみたいで。いったんはお兄ちゃん、違うって言っちゃったんだけど、もしかしたら、って……」
俺のかわりに、ハルナが熱弁をふるっている。さすがに暗い男より美少女に迫られる方がうれしいのか、俺の時より和やかな顔で話を聞いている。
遺伝子チェックもされた。今度は素直に腕を出す。ハルナも渋々と従った。そりゃそうだ。通常人と違うことが一発でばれる。
「ふむ・・・おや? 全滅した火星から、どうやってこの地球に来られたんですか? それにハルナさん、確かにご兄弟のようではありますが、やや遠い感じがしますね」
「はい。母が違いますので」
「おやおや……」
同情するような口調で言うプロスさん。しかし目が全然笑ってない。
「記憶にはないんですよ……気がついたら、地球にいました」
「あたしと母もです。母はもう亡くなりましたけど」
プロスさんは少し考え、俺たちに提案をしてくる。
「あいにくとユリカさんは重要人物ですから、簡単に部外者とお会いできません。……しかし、ネルガルの社員の一員としてならば、不都合はかなり軽減されます。
実は我が社のあるプロジェクトで、コックが不足していまして。
テンカワさん・・・貴方は今無職らしいですね、どうですこの際ネルガルに就職されませんか?
あとハルナさん、でしたね。あなたは何か得意なことはありますか? 何でも結構ですよ」
うまいな、と思う。ナデシコのことは口に出さずに、俺たちを取り込もうとしている。ハルナの答えも、予想がついているのだろう。
「はい。コンピューターの扱いには自信があります。それに限らず、機械全般に強いです。自動車くらいなら分解してまた組み立て直せますよ。資格はまだ取っていませんけど。後は、武術が少しくらいかな」
「結構結構、多芸なんですね。資格は十分です。ちょうどコンピューターのサブオペレーターや、整備士も募集中でしたから。今なら仕事をしながら資格を取れますよ」
きっとハルナはルリちゃんと同じことが出来る……思兼のオペレーターがつとまると踏んだのだろう。能力は彼女ほどではなくても。これは大きい。有事はともかく、平時のルリちゃんの負担を大きく減らせる。何しろルリちゃんはナデシコの要だ。それに『予備』が使えることの利点は計り知れない。素性など後から確かめればいいことだ。マシンチャイルドである以上、時間は掛からないはず。そう思っているに違いない。
もっともハルナはそんなことを気にしている様子はない。「ちょうどお兄さんと一緒の職場があいていますよ」とプロスさんに言われて、単純に喜んでいる。
こうして俺たちは、無事ナデシコに乗り込んだ。
ハルナの扱いには少々困ったが。
「こんにちわ、プロスさん」
「おやルリさん、どうしてデッキに?」
案内をしてもらっているところに、あまりにも懐かしい声が掛かった。
仲間であり、そして、娘でもあった子。
ホシノ ルリ。
「……こちらは?」
なんかずいぶん怪訝そうな顔をしている。特にハルナを見る目が厳しい。
なんというか、警戒しているのともちょっと違うような……
「ああ、こちらは……」
「お久しぶりですね、アキトさん」
一瞬心臓が止まるかと思った。そう言えば前回はブリッジにいたはずだ。それがここにいるということは……まさか!
「お知り合いだったのですか?」
「はい」
考えてみればあり得る話だ……俺はその可能性をすっかり失念していた。
「ルリちゃん、だよね、あの」
確認の言葉をかけてみる。
「ええ、そうですよ」
にっこりと微笑みながら言葉を返すルリちゃん。これは……間違いあるまい。
「おや、そんな顔も出来たんですね、ルリさん。これはおじゃまかな?」
「なんかあたしも邪魔みたい。プロスさん、お兄ちゃんは、えと、ルリさんに任せて、あたしだけで案内してもらえますか?」
「そうですね……そうしましょうか。ではこちらへ」
ハルナは気を利かせて、俺たちを2人きりにしてくれた。
結構気は回るようだ。
それはさておき、俺はルリちゃんに注意を戻した。
「驚いたよ……ルリちゃんも過去に戻っていたなんて」
「私も驚きました……気が付くとナデシコAのオペレーター席にいたのですから」
彼女は俺たちより先行してナデシコに乗っていたらしい。思兼の調整などの作業があったからだ。
目を覚ましたら、ちょうどその作業の真っ最中だったという。
そして俺を待っていたそうだ。
一縷の望みを抱いて。
「きっと、来ると思っていましたから。アキトさんは……」
「ああ、来たさ」
今度こそ俺は、ルリちゃんの期待に応えなければならない。
「ところで……さっきの人、誰ですか? アキトさんのこと、お兄ちゃんって呼んでいましたけど。それにあの髪と目……あたしと同じ。どういうことなんです? 以前はあんな人、いませんでしたよね」
「ああ、俺が一番とまどってるよ」
俺は彼女のことを簡単に話した。
「どうやら彼女は、親父の精を使って不正規に造られたマシンチャイルドらしい。彼女の母親という人が、その手の研究者だったみたいだな……まあたぶんネルガルの非公開部門だろう。その人が俺の親父に横恋慕したあげくに、自分も子供が欲しいと彼女を造った、と彼女は言っている。つまりそれがホントなら、彼女は俺の異母妹にあたる。おまけに彼女、火星生まれらしい。そのほかの話からしても、彼女がA級ジャンパーなのは間違いない。ちょっと不安だったが、そうなると目を離すわけにも行かないと思ってな」
「それは……重要ですね。アキトさん、ユリカさん、後イネスさん以外に、もう一人A級ジャンパーがいたとなると、アカツキさんあたりは大喜びですね。そして、あの人達も」
ルリちゃんも真剣になる。この要素はあまりにも大きいからだ。
「とにかくまだはっきりとはしないが、悪い人じゃないと思う。気になるようだったら調べてみればいい。ひょっとしたら前回は間に合わなかっただけかもしれないからね。そういえば、そろそろ敵が来る頃じゃないかい?」
「……そうですね。私はブリッジに戻ります」
そして俺は格納庫に向かった。
……そこで目が点になった。
なんでハルナがガイのエステに乗ってるんだ?
しかも整備員達の歓声、あれはなんだ?
「おい、何やってるんだ!」
俺はあわてた。もうすぐ敵が来るのだ。このままだと俺ではなく、ハルナがエステに乗って出ることになってしまう。
俺はあわててアサルトピットによじ登った。
「あいつ、器用だな……」
「妙になれてねえか?」
少し整備班のメンバーに疑いをもたれたが、そんな場合ではない。
「こら、危ないじゃないか、速く降りろ!」
「え、お兄ちゃん、これ操縦できるの?」
その疑問はもっともだ。けど取りあえず彼女を下ろす方が先だ。
「そのくらいIFSがあれば誰でも出来る」
「じゃあたしだっていいじゃない」
ううっ、まずい……。
はっきりいってアサルトピットは2人で乗るようには出来ていない。おかげでいやがるハルナと俺の体がちょっと怪しい密着関係になる。しかもハルナの胸はユリカ並みのせいか、ますますいかん状態になる。
そのとき、もっとも恐れていた音が俺の耳に入ってきた。
「俺はテンカワアキト、コックです」
「あたしは妹のハルナ えっと、サブオペレーター兼整備士見習い予定、です」
結局無理矢理2人乗りで出る羽目になってしまった……ルリちゃんとユリカの目が怖い。
「もしもし、危ないから降りた方がいいですよ」
降りたくても降りられないんだ、メグミちゃん……
「操縦の経験はあるのかね」
俺はあるんだけど、ハルナは……
「困りましたね……2人とも危険手当の出せる職種ではないんですが……」
今更そんなことどうでもいいです、プロスさん……
ハルナのおかげで、懐かしさにひたる余裕もなかった。
そしてとどめが……
「アキト、アキトなんでしょ! で、その女は誰!」
結構嫉妬深いんだな、ユリカ……
「やっぱりお兄ちゃんの幼なじみだったの! お兄ちゃんもひょっとしたらっていってたし……あ、あたしはテンカワ ハルナ、お兄ちゃんの母親違いの妹です。あ、でも、お兄ちゃんがこのことを知ったのって、ついさっきの話だから誤解しないでね。詳しいことは後でするけど、いろいろ複雑な事情があるの」
「え、お母さんの違う妹……きっといろいろあったのね。ごめんなさい」
意外と素直に頭を下げるユリカ。こういうのは珍しいな。
「あ、そう言えば大変、そのままだと2人とも戦闘に巻き込まれちゃうよ!」
おい……今、俺がいる場所を何処だと思っているんだ? ユリカ。
「パイロットがいないんだろ? 俺も一応IFSを持ってるからな……囮役くらい引き受けてやるよ」
「大丈夫だって。これ、思った通り動かせるんでしょ? ヤバくなったらあたしが何とかするって」
ハルナ……本気か? ついでにホントか?
「本当?……うん、解ったよアキト!!
私はアキトを信じる!!
やっぱりアキトは私の王子様だね!!」
そして俺は再び敵の中へ立つ。俺一人なら簡単に殲滅できるが……見ての通りの状況だ。
ここは素直に囮に徹しよう……と、思ったのだが。
「なーにヌルい動きしてるのよ、お兄ちゃん、ちょっとかして!」
いきなりハルナの目が輝き、全身に隈取りのような文様が浮かび上がる。
同時にエステの動きが、俺のコントロールを離れた。
まさか……エステの操縦系をハッキングしたのか!
そしてエステは信じられないような機動をした。俺の目で見てもなめらかな達人の動きで、バッタの弱点に的確な一撃を与える!
この動き……夜天光に乗っている北辰並みだぞ!
ハルナ……君はいったい……
「いったい何なの、あれ!」
ナデシコのブリッジでも、ユリカ達が騒いでいるのが聞こえる。
「信じられません! ハルナさんが、エステの操縦系を乗っ取っています!」
ルリちゃんも驚愕の叫びをあげている。
「そんなことが出来るんですか?」
「あたしが思兼とコンタクトするのと同じようなものです……きっとハルナさん、ちゃんと練習したら、あたし以上のオペレーターになれるかも……」
「だとすると……お給料、上げなきゃなりませんかね」
プロスさん、あんたって人は……
その間にもハルナは、瞬く間に10機ほどのバッタやジョロを落としていた。
と、いきなり文様が消える。
「どうした!」
「……しまった。燃料切れ。まだご飯食べてなかったから。後はお願い、お兄ちゃん」
とんだ弱点があったものだ。そう言えばルリちゃんもよく食べる割に全然太らない。マシンチャイルドは体内のエネルギー消費が激しいって聞いたことがあったような気もする。
ハルナはそのままくてっとなって寝てしまった。
「まあ、これで元通りって言うわけか」
俺は再び囮に専念し、そしてナデシコのグラビティーブラストによって、バッタ達は一掃された。
「今度こそ、うまくやってみせる……けどハルナ、君はいったい、何者なんだ?」
一抹の疑問を残しつつ、俺はナデシコに帰還した。
ハルナはそのまま医務室へ直行した。診察の結果は単なる疲労。目が覚めたらご飯を食べさせればいいとのことだった。
一人きりになると、ハルナの目がすっと開いた。
そしてその口から、かすかに声が漏れる。
「……ゲーム開始だよ、アキト。あたしがあたしになるための」
しかしその姿は、思兼のモニターにも捉えられることはなかった。
第2話 「醜いキノコは任せなさい」……おまえ、趣味悪いな に続く。
作者あとがき。
始まりました。
謎の乱入者、テンカワハルナの存在が、未来を少しずつ変えていきます。
彼女の狙いは、いったい何なのか。
それはこの先、少しずつ明らかになっていきます。
そしてすべての謎は、彼女の正体と共に明かされるでしょう。
「あっと驚く結末」だけは保証できると思います。
代理人の感想
さてさて。
記憶を失い、再び『序章』をやり直す事になったテンカワアキト!
言わば『ほんのちょっと強くなってニューゲーム』みたいな物ですが、
今度はこれっきり、コンティニュー無し!
これまでも各所でその技量を披露してらっしゃる(私が知ってるのは一、二個ですが)
ゴールドアームさんの緻密にして重厚な筆致は一体どのような結末を描き出すのでしょうかっ!
期待せずにはおられません!
そして次回、バッタ達を退けたアキトの次なる相手は・・・・キノコ!
サブタイトルがサブタイトルだけに、こちらも否が応でも期待が盛りあがります(笑)。
ちなみに重ねて注釈しておきますが、この世界はハルナがいる以外「時の流れに」とまったく同じです。
よって、ルリ、ラピス、そして恐らくハーリーとサブも劇場版の世界からの逆行者の筈です。
また、現段階ではアキトの記憶も「時の流れに」開始時点と差はありません。
文中でははっきりと述べられてはいませんでしたので確認までに。
管理人の感想
ゴールドアームさんからの投稿です!!
おお、アイちゃんでくると思っていたんですけどね(苦笑)
なんか、全然関係無いキャラが出てるよ(汗)
しかし、ハルナちゃん・・・良い性格してますね〜
今後の活躍に期待大、です。