再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
第2話 「醜いキノコ」は任せなさい……趣味悪いな、おまえ。
ハルナを医務室に送った後、心配しそうにしていたユリカと鉢合わせした。
「アキト、無事だったの、よかった〜〜〜」
「俺は無傷だ。ハルナのやつが腹減らして倒れただけだよ」
「なんだ、そっか。でさ、アキト、あのハルナちゃんって、どういう娘なの?」
この辺の展開は、前回無かったな……やっぱり彼女を乗せたせいで、歴史は変化を始めている……だが幸い、大きな変化はまだなさそうだ。だとするとこの後はムネタケが反乱を起こして、ユリカがマスターキーを抜いて、クロッカスとパンジーが消えてという展開になっていくのだろう。
となると気を付けなけりゃならないのは反乱の時か。見た目より強そうだが、彼女の行動だけは読めないからな。
「……ねえ、アキト、アキト、アキト!」
しまった。考え込んでしまった。こうなるとユリカはしつこいんだよな。こっちが無視すると返事をかえすまではどんな無茶でもやるし、前後の状況が頭から吹っ飛んでしまう。それが元で怒ったいくつもの失敗が頭をよぎり、懐かしさで頭がいっぱいになる。
……いかん、また思いがこみ上げてくる。胸のあたりが焼けるように熱くなる。体は戻っても、俺の心はまだナノマシンの暴走と共に熱く燃える体の痛みを覚えている。
俺は壁にうずくまって、必死で本能を押さえ込んだ。
「アキト……大丈夫っ!」
ユリカが何とか俺を抱え上げようとする。
おい、くっつかないでくれ、俺の本能が、お前をっ……
「先生! アキトの様子が変なんです!」
そうか……ここは医務室の前だったか……
何とか理性は持ちこたえたようだ。
「緊張が解けたせいで起こった一時的な自律神経の乱れじゃろう。何、心配ない、少し寝とりゃ直る」
「よかった〜〜」
結局俺はハルナの隣に寝かされてしまった。
ユリカは俺のそばにいたかったようだが、そこに非情にもルリちゃんからの連絡が入った。
「艦長、申し訳ないですけどブリッジに来てください。まだお見舞いしている暇はありません」
「そんな〜、アキトが……」
「……仕方ないですね。2時間+この書類の決裁、これが終わったら何とかなります……それでいいですか、プロスペクターさん」
奥の方から、「まあ〜仕方ないですね」という声が聞こえる。
「ということですから、すぐに来てください。書類が速く終わればそれだけ速くアキトさんに会えますよ」
「は〜い、ルリちゃんの意地悪……」
指を胸の前でつんつんしながら、ユリカは医務室から出ていってくれた。
ほっとして俺は、少し寝るのも悪くはないか、と思った。考えてみればこっちに戻って来てから動きっぱなしだ。昔の俺ならいざ知らず、今の俺には少々オーバーワークだ。少しずつでも鍛えていかなくてはな、と思った時だった。
「いいの? お兄ちゃん」
隣からハルナの声がした。
「大丈夫なのか?」
俺はハルナに声をかけた。まだキツかろうに。
だがハルナは力は抜けていたが、それでも笑っていった。
「おなかすいて目が回っただけだよ。なんか食べれば元気になるよ」
俺も少しほっとしてハルナの方を見た。
「悪いが俺も少しへばった。考えて見りゃあんだけの坂を2人乗りで上ってきて、その後であれだぞ。ちょっと休ませてくれ。起きたら飯つくってやるから」
「それもそっか。じゃ、あたしももう少し寝る」
「そうしろ……って、にわか兄貴の言うことじゃないか」
「ううん……ありがと、心配してくれて」
「実感はないけど、妹だからな」
なぜかこのとき俺は、素直に微笑むことが出来た。
考えてみれば、こんな風に笑ったのは……どれくらい前だ?
「その顔、ユリカさんにも見せてあげればいいのに」
が、せっかくの思いは、ハルナの一言でぶっ飛んでしまった。
「な……」
「バレバレだよ、お兄ちゃん。口ではなんのかんのって言ってるけど、どう見てもベタ惚れじゃん。しかもお互いに」
「ハルナ」
俺は思わず彼女がふるえるほど強い口調で言ってしまった。
「そのこと……絶対ユリカには言うな」
「……うん」
意外に素直にハルナはうなずいた。
もっともその後の反撃は、ことのほか痛かったが。
「今は言わない方がユリカさんのためみたいだから言わない。だけどお兄ちゃん、絶対黙ったままいなくなっちゃだめだよ」
「な……」
なぜそれを、と言いかけたのを必死で止める。と、
「お兄ちゃん」
一転して、ハルナの口調が寂しいものになる。
「覚えておいて。一人で生きるのは、時には死ぬよりつらいんだよ。特に希望という光がない時は」
「……」
俺には、何も答えられなかった。そっと、ハルナの方を伺うと、ハルナはすーすーと寝息を立てていた。
こいつ、何を言いたかったんだ……?
結局ナデシコ乗船初日は、医務室で寝ることとなった。
目が覚めたら、隣のベッドでユリカが寝ていたので思いっきりあわてた。
どうやら大車輪で仕事をかたづけて来たら、俺がすでに寝ていたのでおかんむりだったらしい。
さすがに同じベッドにはいるのはまずいと思ってくれたようだ。
本気で危ないところだった。
医務室を出たら、目の前にウィンドウが開いた。ハルナと一緒に、格納庫まで来て欲しいという話であった。
差出人は、プロスさん。たぶん俺をパイロットにという話だろう。
そう思ったところに、寝ぼけた目のハルナが起きてきた。
「おはよ〜、お兄ちゃん……何これ?」
「呼び出しだろ。仕方ない、一緒にいこう」
「ご飯〜」
「悪い、後だ」
「というわけでヤマダさんの怪我が治るまでの臨時でいいですから、パイロットをお願いできませんか?」
ちなみに前回ハルナに活躍……というか出番を奪われたガイは骨折でしばらくエステパリスの操縦が出来ない。前回と一緒だ。
俺も渋ってみせたものの、コック兼任と言うことで受け入れた。元々そのつもりだったが。
そして話はハルナの方に移っていった。
「ハルナちゃんよ〜、あの手品、なんなんだ?」
聞いてきたのはウリバタケさん。まあ無理もないだろう。俺ですら驚いた。手も触れずにIFSに干渉し、挙げ句の果てに操縦系を乗っ取るわ常識はずれの操縦テクニックを振るうわ、ルリちゃんやラピスにだってあんなこと出来ないぞ?
彼女のお母さん、いったいどんな改造をやらかしたんだ?
そして彼女の答えは、俺の想像以上にぶっ飛んだものだった。
「あれですか? あれ、『ずる』したんです」
「どんなずるだ〜っ!」
ウリバタケさんが叫んでいる。まあ、無理もない。
ハルナはにこにこしながら、こう答えた。
「システムを遠隔操作できるのは、単なるIFS用ナノマシンの性能の問題で、あたしにも出来るってことしか分かりません。お母さんが生きていたら説明してくれたと思うけど」
……イネスさんを思いだしてしまった。
「で、操縦の腕の方は、あれです」
ハルナはエステバリスの方を指さしていた。
「……?」
「エステバリスは、なぜずぶの素人でも動かせますか?」
ハルナは天使の微笑みを浮かべながら言った。今ので整備班の男が五人は落ちた……いや、『堕ちた』な。
一方その程度のさわやかな色香には惑わされず、ウリバタケさんは答えた。
「そりゃ……IFSが操縦者の意志を感知してエステに伝えるからだ。だからこいつは操縦者の意志通りに動く」
「で、実はあたしの体にもそう言う機能があるんです」
「な……」
ウリバタケさんの顎がかっくんと落ちた。俺の顎も危うく落ちるところだった。
生体制御IFSだと!
しかしハルナは俺たちの驚きなど意に介さず説明を続けた。こいつ、こういうところはユリカやイネスさんに似ているな……。
「つまりあたしは、自分の記憶にある動きを寸分違わず自分の体で再生することが出来るんです。だから、地球に来て格闘技のビデオを見てそのまねをしたら……」
彼女の瞳にナノマシンが起動するラインが走り、とうてい素人とは思えない、理想的な回し蹴りが繰り出された。
ふわり、とスカートの中が一瞬見えていた。
「体格の差や動きのぶれは、計算して排除できますし、いざとなったらいわゆる火事場の馬鹿力式に力を出すことも出来ますから、私結構強いですよ。まあ、あくまでも、『それなり』に、ですけど」
どこがそれなりだ。
俺はあきれながらハルナを見た。そんな真似が出来るって言うことは、一目見ただけで達人の技をコピーできるって言うことじゃないか。
と、そんな俺の心を見透かしたようにハルナは言った。
「だってあたしの格闘技って、所詮『まね』ですから、そこいらのスケベ男なら簡単にのせるんですけど、ちゃんと格闘技をやってる人には、逆に簡単に動きを読まれちゃうんですよね。だから昨日の敵も、計算で動いてる相手だから簡単に倒せたけど、お兄ちゃんやガイさんみたいなちゃんとしたパイロットの人を相手にしたら、全然勝てないと思う」
「ちょっと待て。俺は別にちゃんとしたパイロットじゃないぞ」
俺はあわてて言う。気づいたのか? まあ、こんな真似の出来る計算力があれば、不可能じゃないかもしれないが。
「そっかなー……かなりいけそうだったんだけど」
「まあまあ、それはともかく」
そこにしびれを切らしたプロスさんが話しかけてきた。
「お兄さんびいきは分かりましたから……しかしそこまでの能力があると、昨日の待遇じゃもったいないですね……ここをこうしますから、少し勉強して思兼のサブオペレーター専任になりませんか?」
プロスさん……気持ちは分かるが、今あんた整備班全員の恨みを買っているぞ?
「うーん、金額は魅力ですけど、整備の仕事もしたいです。ですからまだ今まで通りでいいです」
……良かったな。月のない夜に気をつかわずに済んで。
「……まあ、仕方ないですな。ご希望通りに今まで通りと言うことで」
「すみません」
小さく頭を下げる。
「それにあたしには重大な欠陥というか、欠点が、あって〜〜〜」
と、ハルナの動きが妙にスローモーになった。
「あたしの体内のナノマシン、こういう機能を起動するとめちゃくちゃエネルギーを使うんです。だからもうすぐにおなかが減って……この欠陥さえどうにかなれば、お母さんはあたしのシステムを身障者の人のために解放するつもりだったらしいですけど……能力の多寡にかかわらず、同じくらいエネルギーを使っちゃうみたいなんですよね〜〜〜〜もうだめ〜〜ご飯〜〜」
俺はあわててハルナを食堂に引きずっていった。
なるほど……自分のイメージ通りに肉体を動かせると言うことは、天然の神経系をナノマシンで肩代わりできると言うことに他ならない。最強の身障者対策になるな。だがこの効率の悪さでは、確かに実用にほど遠い。しかも同時にそれが超人化を引き起こすとなると、そうおおっぴらにも出来ない。
そんなことを考えているうちに、食堂に着いた。
俺は忙しく厨房の中で腕を振るうことになった。パイロットの腕と違って、こっちは別に隠す必要もない。そうしたらホウメイさんに思いっきり気に入られてしまった。
「どこで修業したのか知らないけどいい腕だね。ちょうどいい、存分に働いてもらうよ!」
そして朝のナデシコは大にぎわいになった。その中でも特に注目を集めているのが、何を隠そうハルナのテーブルだ。
「……まだ食べるの?」
メグミちゃんとミナトさんが隣であきれかえってハルナを見ている。目の前に特大の丼が7つも重なっていれば、あきれるのも当然だろう。
「まだまだ! けどお兄ちゃんもホウメイさんもさすがに料理上手だね。あたしこういうたちだから、味より量優先になっちゃって、なかなか味わってご飯食べられないんだよね」
そして厨房に向かって、明るい声が響いた。
「後火星丼とチキンライスとラーメン追加、全部特盛りね!」
……ひょっとして、消化器系も強化されてるのか? そうとでも考えなきゃ、物理的に胃の中に収まらんぞ?
「お疲れさん、少し休憩してきな」
ホウメイさんにいわれて俺は食堂を出た。中で休憩しなかったのは、ハルナがまだ食っているからだ。結局あの後カツ丼とカレーライスとチャーハンを全部2倍盛りで食っていた。今はとどめのスーパージャンボパフェをデザートに食っている。高さも幅も30センチ近くあるごてごてとしたパフェを平然と平らげている様は見ているだけで胸焼けがしてくる。なぜかミナトさんとメグミちゃんとホウメイガールズ全員が興味津々といった感じでその食いっぷりを見ていたようだった。どうやら驚愕が好奇心に取って代わられたらしい。
自販機コーナーへ行くと、小さなウィンドウが開いた。
「物凄い食べっぷりですね……」
「ああ、ぶったまげた」
ルリちゃんが、複雑な顔をして言った。
「あたしもああいう風に見られちゃうんでしょうか……あの人ほどじゃないにしても食べるのは事実だし……」
「気にすることはないさ」
世間話を装いつつ、俺は人気のないところに移動する。
「結局……ユリカさんにも事情は話さないんですね」
「ああ、そのつもりだ」
俺はそう返事をする。
「いろいろ考えたんだけど……ユリカとの関係を変えると、未来が大幅に変わってしまうような気がしてね。そうなると俺とユリカはともかく……ほかの誰がどうなるか全く分かんなくなってしまう。そこまで無責任なまねはしたくない」
「アキトさんらしいですね……」
ルリちゃんはそっとため息をついた。
「でも……この先死ぬと分かっている人を目の前にして、耐えられますか? それになんか思わぬイレギュラーがあって、すでにだいぶ変わっちゃってる見たいですけど……」
「……それもそうだな。それにやっぱり、見捨てられないような気がする」
「それでいいんですよ、それでこそ……アキトさんなんですから」
「ありがとう、ルリちゃん……」
俺たちは自然に笑い合う。
「て、申し訳ないんだが……こんな事を考えた」
俺はあるプランをルリちゃんに示す。と、彼女の瞳がまん丸になった。
「結構ずるがしこいんですね……アキトさんって」
すっと冷ややかな目で俺を見る。それが柔らかく溶けていくと、綿菓子のような、どことなくいたずらっぽい笑みに取って代わられた。
「もちろん協力させていただきます。でもラピスさんも戻ってきてたんですね……まだ、繋がっているんですか?」
「ああ」
俺の返事を聞いたルリちゃんは、ちょっと寂しそうだった。
……無理もないか。
「でも、となると一人補佐を付けた方がいいですね。今の体じゃ、ラピスも大変でしょう」
「補佐? 誰かいるのか? 俺たちの話を信じてくれて、しかも信用できる人物……あ、ハルナはやめておいた方がいいぞ。あいつ信頼はできそうだが、どうも信用できない所がありそうだ。能力はありそうなんだが」
俺は朝のプロスさんやウリバタケさんとの話をかいつまんでルリちゃんに説明した。
「生体制御IFS……凄い研究してたんですね、この人」
「何か分かったのか?」
「はい、一応彼女の身元を洗ってみました。ネルガルのシークレットコードを一部ハッキングして」
……おいおい、あんまり危ないまねはしない方が。
「そうしたら母親の該当者が一名いました。ミカサ サクヤ……とんでもない人ですよ、この人。天才ですけど変態です。そうすると少しおかしなことがあるんですけど、その他の状況を考えると、この人しかいません」
変態……何となく山崎のことが脳裏に浮かんでしまった。
「まず第一にこの人は戸籍上『男性』です」
「はあ?」
俺はあっけにとられていた。そこに次々と追い打ちが来る。
「ですが典型的な性同一性障害……精神的にはかなり『女性』だったようです。記録に残っている写真もすべて女装していますし。挙げ句の果てに遺伝子改造プロジェクトによって、自分の体を『女性体』に転換しているようです」
そりゃ公にはしたくないだろう……
「ただ、能力的にはその欠点を補って有り余るほど優秀だったようです。自分自身の改造作業によってマシンチャイルドの基礎理論に絶大な貢献をしていますし、CCやボゾンジャンプの研究にもいくつも有力な意見を出しています。正解を知っている私たちから見ても見事なもの……例の時に地球に逃げられたのも研究所からCCを持ち出していたせいでしょう。ほか当時のゴシップ記事の情報からしても、ハルナさん自身の語ったことに嘘は無いと思います。ただ一つの疑問を除いて」
そう言ってルリちゃんの見せてくれたデータは、ネルガル研究所の研究者の精子が、何者かによって精子バンクに売られていたというものだった。時期的にもハルナの話と合う。精子回収の手口も一緒だ。
「これが?」
「はい」
ルリちゃんは声を固くしていった。
「疑問というのは、この時点でのサクヤさんには、卵子製造能力はない……つまり卵子の提供者にはなれないと言うことです。少し調べてみたところ、彼……彼女はこのとき、精子と引き替えに何者かの卵子を入手したようです。つまり彼女の遺伝的な母親は、ハルナさんの知るお母さんではないということです。ここはもう少し追ってみるつもりです」
はあ……あいつの性格がぶっ飛んでるのは、そう言う親に育てられたせいか?
「あと彼は地球に跳んだ時どさくさで戸籍上の性別を「女性」に変更して、名前も「テンカワ サクヤ」に変えてたみたいです。参考までに」
「まあ、ハルナのことはこれくらいにしておこう。少なくとも妹なのは間違いなさそうだし」
「ですね。で、話を戻しますけど……補佐に付けるのは、ハーリー君ですよ」
「彼もか!」
俺……ラピス……ルリちゃん……となれば、十分考えられる話であった。
「ええ、覚醒してすぐ連絡してきましたから」
純粋だな……彼も。
「まあ、ラピスさんにも、いい話相手になるでしょうし……すぐに手配します。でも……」
「でも?」
「ハルナさんも、いずれは仲間に引き込んだ方がいいかもしれませんね」
「ハルナを?」
なぜ……と、俺は思う。が、ルリちゃんの意見は単純明快であった。
「彼女は、今のところ私たちの知らない、唯一の『イレギュラー』です。しかもどうやら半端じゃない力を持っています。となると、野放しにしておくのは危険でしょう」
「……考えておこう」
だが俺は、まだ甘かった。彼女が、『あんな奴』だったとは、さすがに予想外だったのだ。
お昼。
ルリちゃんにチキンライスの出前を持っていくと、ちょうどハルナがオペレーターの訓練をしているところだった。席を交代し、ルリちゃんの代わりにハルナがオペレーター席に座っている。
「どんな調子だい?」
皿を目の前に出してそっと聞くと、ルリちゃんは面白そうに小声で答えた。
「これ、彼女自身が言ったんですけど」
そう前置きして、
「普通の人が自転車なら、あたしはバイクに乗ってるF1レーサー、彼女はF1に乗ってる峠の走り屋だそうです」
俺が怪訝そうな顔をしていると、ルリちゃんは笑いながら言った。
「あたしの方がオペレーターとしての腕は上なんですけど、彼女はIFSその他のナノマシン自身が圧倒的に高性能なんです。ただ燃費もF1並ですけど。
もしあたしが彼女のナノマシンを使ったら無敵だって言ってました」
そのとき、俺たちの耳にハルナ達の話し声が聞こえてきた。どうやらコミュニケの対話モード設定のテストをしているようだ。
「ねーねーハルナ、あんた恋人いるの?」
これはメグミちゃんだ。声が抜群にきれいだからすぐ分かる。
「いませんよ」
とハルナ。そこにミナトさんが突っ込んだ。
「でも、いいと思う人はいるでしょう。お姉さんはお見通しだぞ」
「へっへっへっ、ばれたか」
ハルナはへらへらと笑っている。
「で、誰? 整備科の人? それとも、山田君あたりかな?」
「全然違います」
整備科の男ども、かわいそうに……。
ため息をつくと、なぜかルリちゃんも同じようにため息をついていた。
「あたし、心に傷のある人を見るとほっておけなくなる方なんですよね」
二人してため息が止まる。
「じゃあ誰?」
……ユリカまで乱入してきた……。
「まずお兄ちゃん」
俺は危うく吹き出しかけた。
「なんか結構でっかい傷を隠してそうなんだけど……さすがに半分だけど肉親とそんなことになるわけにはいかないよね。謹んで艦長に進呈します」
「アキトーっ! 妹さん公認だよ〜 ぶいっ!」
……勘弁してくれ。
「でね艦長」
「いやん、お・ね・え・さ・んって呼んで」
今度はルリちゃんの目が厳しくなった……なぜ?
「じゃお姉ちゃん、お兄ちゃんね、たぶん父さんのこと気にしてるんじゃないかなーっておもうんだ。母さん、よく酔っぱらうと言ってたよ。父さんは事故で死んだことになってるけど、ホントは殺されたんだ、犯人も見当はついてるけどお前に危機が降りかかるから言わないって。だから犯人は教えてくんなかったけどね。あたしが『ずる』出来るのもそのせいだよ。いざっていう時は自分で身を守れるようにって」
周り中のみんなが思いっきり引いていた。ユリカの目も少しマジになっている。
それでいて視線は俺に集中している。
プロスさんとゴートさん、どう思っているんだろう……
そんなことを考えて、何とか気を紛らわした。
しかしハルナはそんな雰囲気はどこ吹く風で、爆弾発言その2をぶちかました。
「でね、次に気になってるのがフクベ提督」
あ、提督がむせている……無理もないか。
娘どころか孫みたいな女の子に気になっているといわれて、しかもその理由が『心に傷がありそう』だ。これは効く。無慈悲なまでに効く。
「でもちょっと年上過ぎかな……で、もう一人が今んとこ本命」
その台詞に、引いていたみんなの注目がぐっとハルナに集まる。
「で、その人物とは!」
メグミちゃんが名調子で突っ込む。どっかでドラムロールがなっていそうだ。
そしてハルナは答えた。
「ムネタケ副提督」
みんなの意識が幽体離脱して宙に舞っていた。
「おとなしくしなさい、この船はあたしが……あら? まあいいわ」
「あ、通信だ。今つなぎます」
「ユリカーっ!」
「あ、お父様」
俺たちが正気に返った時には、みんな食堂に押し込められて、ユリカたちはマスターキーを抜いてミスマル提督のところに行った後だった。
あの衝撃の中、正気だったのは当のハルナとユリカだけだったらしい。
……不覚だ。
「不覚です……とんでもないイレギュラーですね、彼女」
「全くだ……アレのどこがいいんだ?」
俺はルリちゃんと2人でため息をついた。
「あ、一応報告しておきますね……ハーリー君、了解です。はあ……」
ちなみに今食堂の反対側では、ハルナが質問攻めになっている。
「アレのどこがいいのよ!」
「無能のくせにいばりんぼだし」
「あたし達を馬鹿にしまくってるし」
しかしそんな罵声を、奇妙なまでに冷静な表情で聞いている。
やがて罵声が一段落した時、ハルナはゆっくりと言い始めた。
「ムネタケさんは、決して無能でも、いばりんぼでも、卑怯者でも、ごますり男でもないよ」
その迫力に、みんなが息を呑む。
「まだそんなに深く知り合った訳じゃないけど、あの人はいつもおびえてる……みんなが全然気にしていない何かに。あの人の目、ロバの目をしてるんだ。とてもじゃないけど一人じゃ背負いきれない荷物を無理矢理載せられて、それでも何とか進もうとしてるロバの目。あの人が本当に無能なら、背中の重さに気がつかないし、本当に卑怯な人ならもっと楽なところに座ってる。不器用で、真面目で、逃げられないから、逃げ損ねたから、苦しくって、吠えてるだけ。それなのに誰も助けてはくれない。誰かが支えてあげれば、ずっと楽になれるのに、ほんのちょっとボタンがずれてて、その手を取れない。そんな、かわいそうな人だよ、ムネタケさんって……」
みんな何となく妙な雰囲気に呑まれていた。そこにそんな重い雰囲気をぶちこわすような暑苦しい声が響き渡った。
「どうした!! 皆、暗いぞ!!
俺が元気の出る物を見せてやる!!」
ハルナのショックウェーブ&シリアス攻撃に神経をやられていたみんなに、ゲキガンガーはことのほか効いた。
「……木連の人達の気持ちが分かった気がします」
俺はルリちゃんと一緒に、格納庫へ走っていた。
みんなは何か嫌なことから逃れたい一心で、ガイのアジテーションに乗っていたのだ。
今回もマニュアル発進のようだ。ちなみにちゃんと空戦フレームのエステに乗っている。前回のアレはさすがにこりごりだ。
なのだが……また何かウリバタケさんが騒いでいる。今回は間違いなく空戦フレームなんだが……
「馬鹿野郎、アキト! そのフレームは整備中なんだ! ハルナちゃんの研修用に!!」
……なにいいっ!
前回ほどひどくはないが、俺は片肺のエステバリスでチューリップの触手から逃げ回る羽目になった。
「アキト、聞こえるか!」
そこにガイからの通信が入る。
「今そっちに予備の空戦フレームを送った! いいか、かけ声は」
「うるさい、気が散る」
ハルナの一撃で、ガイが吹っ飛んだ。続いてハルナからの通信が入る。
「今あたしが遠隔操縦でエステ送ってるから、空中で換装して!」
結局またやることになるのか……
だが今度はハルナのおかげでフルオートだったので、格段に楽だった。こういう時には便利だな。
そして調子を取り戻した俺は、あっさりと触手を叩ききった。後はナデシコがチューリップに首を突っ込んでグラビティーブラスト発射。チューリップはあっけなく吹き飛んだ。
ムネタケは取り押さえられ、軟禁された。当然のことだろう。
だがその夜、ハルナがそこに行った時は驚いた。
念のために、と、ルリちゃんが見張っていたが、彼女は難なくムネタケの部屋のロックを解除した。
「どうします?」
ルリちゃんが俺に聞く。連絡を受けて俺はルリちゃんが開いてくれたウィンドウを見つめた。
「……取りあえず様子を見よう」
俺にはそう言うのが精一杯だった。
「誰?」
ムネタケの声がする。
「あの、テンカワ……ハルナです」
「テンカワ……? ああ、予備のオペレーターね。わざわざ何の用? あたしを逃がしてくれるとでもいうの? それとも、夜伽でもしてくれるっていうの? このあたしに」
ムネタケの台詞はいつもの嫌みだったことぐらい俺にもルリちゃんにも分かる。だが俺たちはまたもや驚愕させられることになった。
ハルナはためらうことなくすべての衣服を床に落とした。ムネタケの方がかえって唖然としている。
俺の方に伝わってくる映像に、思兼マークのマスクが入っていた。
「お望みとあれば、両方とも……でも、今逃げても追撃されて海の藻屑になるだけですよ」
ハルナは聖母のような優しい声でムネタケにそっと寄り添う。
「アンタ……何考えてるの? あたしは反逆者なのよ。ひょっとして、アンタ、連合軍の草……な訳はないわよね」
ハルナはくすりと笑う。
「あたしはあなたのことが気に入ってる、ただの女よ……あなたに、こんなところで挫折して欲しくないだけ」
そのまま、胸の間にムネタケの頭を抱きかかえる。この辺の映像は、奇妙にぼやけていた。
……気持ちは分かる、ルリちゃん・完全に消さないのは、最後の良心だろう。
「誰もあなたを認めてくれない……だから自分を認めさせようと躍起になってたんでしょう。だけどあわてないで……あたしはまだあなたのことは何にも知らない。だからなぜあなたがつらいのかは分かんない。でも今のあなたががんばって、がんばって、がんばっているのに、それが全部空回りしちゃってるってことだけは分かる。
だから、少し待って。
ゆっくりと、落ち着いて周りを見て。
少なくとも、ここに一人、ちゃんとあなたを見ている人がいるわ……」
ここでいきなり映像が出来の悪いアダルトビデオのようになってしまった。何となく見える映像では、肌色のものが何かを抱きしめて、頭と頭が重なったようにしか見えなかった。
……やっぱり、A、か?
そして映像が旧に復した時、ハルナは服を着て、部屋を出ていくところだった。
「チャンスがあったら逃がしてあげる。だから落ち着いて、周りを見て……少なくとも、ここに一人、あなたをちゃんと見ている人がいる……それを忘れないで、ね」
そして扉は閉じた。
部屋の中のムネタケは、ずっとぼけっとしたままだった。
「何なのよ……何なのよ……テンカワ、ハルナ……あなた、何者なの?」
そう小さく呟きながら。
そして映像は消えた。
ルリちゃんからのメッセージは、何もなかった。
俺はハルナという『イレギュラー』の大きさに、頭を抱えていた。
次回、早すぎる「さわりな」……何をいわせるんだ! へ続く。
あとがき
15禁かっ! ヒロイン大暴走。
少なくともナデシコ史上初かもしれません。ムネタケにくっつくヒロイン。
事件そのものは、時の流れにより『過去』に近いのに、経過が全然違う。
次はビッグバリア突破。『歴史』が書き変わる一瞬ですが、さて、犠牲者は誰か……
ハルナの好みは、『心に傷のある人』です。ちなみに。
いつのまにか付与されていた代理人の感想
無知無知無知無知、無知とは罪ィッ!
ってわけじゃありませんが「純粋無垢」あるいは「天衣無縫」過ぎるのも罪でんな(苦笑)。
・・・・全て承知の上でやってるなら底無しに怖いですが。
管理人の感想
ゴールドアームさんからの投稿です!!
・・・・
・・・・・
・・・・・・はっ!!
す、済みません!! 途中から何故か意識が(汗)
う〜ん、何か凄くインパクトがビッグでジェノサイドな気が(何がいいたい俺よ)
し、しかし凄い人すね、ハルナちゃんのお母さん(御幣は・・・ないか?)
そりゃあ、一風変わった性格にもなりますよ。
だから、か。
ムネタ―――(フリーズ中)