再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第6話 「運命の洗濯」みたいな……3つ目の道って結構あるんだよ、二者択一にも……



 

 

 

 俺をはじめとする5機のエステバリスは、火星上空に展開する敵の集団に突っ込んでいった。
 俺とガイが前衛、リョーコちゃん達女性陣が後衛になるツートップの隊形だ。
 ライフルが火を噴くたびに、無人兵器が次々と蹴散らされていく。

 「喰らえっ、ゲキガンライフル!!」

 ……おいおい、ゲキガンガーにそんな武器はなかったはずだが。
 だが意外なことに、叫びながらの射撃なのに、今まであった隙がかなり減っている。

 「ガイ君、ノってるね! こっちもゲキガンビームっ!」

 打てば響くようにヒカルちゃんも叫びながら戦闘している。
 それでいて腕前のほうは以前通り確かだ。
 ……ひょっとして例のシミュレーターのせいか? 火星に着くまでみんなかなりハマっていたらしいが。
 よく見るとイズミさんもリョーコちゃんも、前回の戦いに比べて腕前が上がっているような……。
 こりゃ一度俺も試してみた方がいいかもしれない。
 そんなことを考えながら、俺はバッタ達を蹴散らして、戦艦に迫っていった。

 「ルリちゃん、戦艦は?」

 『戦艦タイプは3隻を確認しています。後は、護衛艦タイプが30隻ですね』

 ふん、まあ何とかなるだろう。

 『現在ナデシコは戦艦からの集中砲火を受けています。そのためディストーションフィールドの出力を下げられませんので、グラビティブラストによる援護はありません。なお、フィールドが破られるまでの予想時間は約10分です』

 だいたい想像通りだな。この時点の戦艦なら、3つで5分くらいだろう。

 「了解した。5分で戦艦を撃滅する!」

 「おし、俺が直衛に回るぞ」

 頼もしいな、ガイ。でも無茶はしないでくれよ。

 「雑魚はあたし達に任せな!」

 「アキト君をしっかりフォローしなさいよ、ガイ君!」

 「宇宙にしっかりと華を咲かせてきなさい……」

 ……イズミさん、なんか違うよ、それ……

 ということはあったものの、俺はガイのアシストを受けて戦艦に突撃していった。



 俺は0Gフレームのスラスターをすべて前進のためにつぎ込む。
 弾切れになったライフルは片付け、手にはイミディエットナイフを握る。
 飛んで来るビームはぎりぎりで躱し、無人兵器の群れを時には闘牛士のように避け、時には容赦なく叩きのめす。
 俺に攻撃をかわされ、体勢を崩した無人兵器達はすべてガイの餌食になる。
 さすがナデシコにスカウトされただけのことはあったんだな、ガイ。
 そして俺とガイは戦艦にたどり着く!

 「ところでどうするんだ、アキト!」

 背後から向かってくるバッタをたたき落としながらガイが俺に向かって叫ぶ。
 それに俺は答える。

 「こうするのさ!」

 加速を付けて、ナイフを突きだしたまま敵艦に突っ込む!
 あわててフィールドを強化しているようだが、もう遅いっ!
 歪曲場と通常空間の干渉が、波紋のような光を虚空に放つ。その光の中心が、戦艦の装甲に接触する!
 その瞬間、鉄壁の守りを失った戦艦は、一気に俺の持つナイフによって切り裂かれていた。

 「おおっ、ゲキガンフレアかっ! やるな、アキト!」

 「アニメも時には参考になるって事だ!」

 俺はそう答える。

 「次にいくぞ、ガイ!」

 「おうっ!」

 そして二隻目の戦艦も、同じように落ちる!
 ここまでかかった時間は……4分!


 「まさか!! 本当に5分で終らせるつもりですかテンカワさんは!!」(プロス)

 「プロスさん……アキトさんの実力はまだまだ、こんな物じゃ無いですよ」(ルリ)

 「そうだよね、アキトは、アキトは私の王子様だもん!!」(ユリカ)

 「しかし、信じられん……いや、異様な程の戦闘能力だな」(ゴート)

 「良いじゃない? 味方なんだからさ」(ミナト)

 「……では、もしテンカワが敵にまわるとしたら?」(ジュン)

 「それは無いですよ」(メグミ)

 「何故、そんな事を断言出来る?」(フクベ)

 「「「ナデシコには私がいますからね」」」(ユリカ、ルリ、メグミ)

 「はいはい、ご馳走様」(ミナト)

 「「「……」」」(プロス、ゴート、フクベ)

 なんかブリッジが騒がしいようだが、そんな場合ではない。

 「ルリちゃん、どうやら残る一隻がターゲットを俺とガイに絞って、防御力を強化し始めた。チャンスだ。グラビティブラストのチャージを始めてくれ!」

 『了解』

 そして俺は残る一隻に挑む。だがこれが思うより難物であった。
 俺たちの攻撃パターンを学習してか、予想以上にフィールドが強化されている。
 ならばっ!
 俺は一旦距離をとり、フィールドをすべて拳に集める!

 「馬鹿野郎! 何する気だ!」

 「ちょっと、無茶よ!」

 「自分が華になる気なの……」
 みんなの忠告が入る。

 「大丈夫だ……無茶でも自殺願望でもない!」

 そのまま俺は全速で戦艦に突っ込む!
 全身の意識が外に広がり、俺の感覚は背後すら見通す。
 そのときの俺の意識は、あの血に狂った時のそれに重なる。
 五感なしですら感じ取った気配を、五感がそろっている今、見落とすことはない!

 そのビームは0.2秒遅い!

 そんなミサイルはあたらん!

 体当たりか! 無駄だ! その角度では俺の拳に貫かれて終わりだ!

 だが俺にも少々誤算があった。
 戦艦のフィールドに激突した瞬間、こちらの関節部分が悲鳴を上げる!
 いかん、過負荷か!
 俺の高機動に、フレームがついてこれないと言うのか!
 かといって今更止められん!
 が、そこに思わぬ援軍が来た。

 「ゲキガンスクリュー!」

 俺と違い、全身にフィールドを張ったまま……但し、その分の速度低下を補うように、全身を錐揉み状にスピンさせながら、ガイが突っ込んできた。

 おいおい、そんな事したらアサルトピット内はバレエの黒鳥だぞ!

 だがその一撃が、見事にだめ押しになってくれた。2人分の突撃を受け、戦艦のフィールドは一気に瓦解した。
 時間は……5分ちょうど。


 『敵戦力の80%を撃破。これより掃討戦に入ります。お疲れさまでした』

 ルリちゃんの声が聞こえてくる。

 「バッタ達はあたしらに任せな!」

 『護衛艦はナデシコが蹴散らすよ。ルリちゃん、グラビティブラストの発射準備は?』

 『出来てます、艦長』

 後で聞いた話だが、ブリッジではユリカとルリちゃん以外の人間が、全員あきれかえっていたそうだ。
 こうしてナデシコは、無事火星に突入した。
 ただ俺の乗っていた0Gフレームは、被弾0にもかかわらず全損となった。

 「も〜お兄ちゃん無茶しすぎだよ。フィールドなしてあんな高機動したら、フレームが持たないよ。それ以前によく平気だったね」

 「こりゃあながちアキトのせいとも言えねえな。アキトのせいって言えばせいだけど、本質的にはお前の操縦技術にフレームの強度がついていってないんだ。こりゃなんとかしねえとな」

 ハルナにもウリバタケさんにもあきれられてしまった。
 最後のほうは、ブラックサレナに乗っているつもりになってしまったしな……。







 そして俺の目の前に、火星の風景が広がり始めた。

 火星を覆い尽くすナノマシンの光が……

 俺が幼い頃から見続けた光景が……

 両親がいて、ユリカがいて、俺が俺らしくあった幸せな時代……

 もう……帰れない時代の象徴。

 俺はそのナノマシンの煌きに見惚れた……



 さて、そろそろ地上への攻撃が始まるはずだが……
 格納庫でエステの整備を手伝っていると、独特の振動が来た。グラビティーブラストの地上斉射だな。
 そのとたん、ぐらりと床が傾いた。

 あいつ! また重力制御忘れたな!

 と、その揺れが急速におさまった。

 「なんだぁ、今の揺れは」

 ウリバタケさんがスパナを振り上げ……ぎょっとした顔であらぬ方をみていた。
 ふと気がつくとリョーコちゃん達やガイも同じ方を見ている。
 俺もそちらに目をやって……唖然とすると共に納得した。
 ハルナの全身からまばゆい光が漏れ、入れ墨のように浮かび上がっている。
 それがおさまったかと思うと、いきなりコミュニケのウィンドウが開き、そこに向かって怒鳴り散らし始めた。

 「もうっ! 艦内の重力制御くらいしっかりやってよ、お姉ちゃん! ルリちゃんも気がつかないとはうかつだぞ!」

 ウィンドウの中でユリカとルリちゃんが下を向いている。

 「……ごめ〜ん」

 「……ひょっとして今の重力制御、ハルナさんがしてくれたんですか?」

 ユリカは素直に謝っているが、ルリちゃんは頭は下げても目が謝っていない。
 よく見るとルリちゃんの背後に『警告』だの『侵入』だのという文字が赤で書かれたウィンドウが浮いている。

 ハルナの奴……また思兼にハッキング掛けたのか? 端末も使わずに。

 いい加減俺でも怪しいと思うぞ? サクヤさん。

 本当にいったい、ハルナに何をしたんだ?
 思兼にインターフェイスなしで強制介入? どうやったらそんな真似が可能になるんだ? ラピスにだってそんなことできんぞ!

 (……)

 頭の片隅で、遙か彼方のラピスもうなずいているようだった。
 そんなことを思っていると、ハルナがまだ文句を言っていた。

 「あたしは戦いで流れ弾にあたって死んだって別になんにも言わないけど、こんなくだらないミスで頭を打って死にたくはないわ! 固定してあったからいいけど、今のショックでエステがこけたら無事じゃ済まないのよ!」

 「……はーい」

 「……はい」

 ルリちゃんもこの場は一旦引いたようだ。と、俺の周りにリョーコちゃん達がやってきた。

 「おい、テンカワ、今のアレ、なんだ?」

 「IFSみたいだったけど」

 「……」

 取りあえず俺は、答えられることだけ答えることにした。俺にもよく分からないんだから仕方ない。

 「ハルナはな、以前にプロスペクターさんも言ってた通り、ちょっとマッドなお袋さんがよくわからん改造をしたマシンチャイルドなんだ。そのせいか俺にも分からん技をいくつも持ってる。そのうちの一つだろ」

 「なんか……すごいね」

 ヒカルちゃんもあっけにとられてる。

 「それって正義の改造人間?」

 「……本人がどう思っているかは知らないけど、あんまりからかいの目で見て欲しくはないな」

 「……ごめん」

 「まあほかにも人間の動きを見ただけでトレースしたりとか、手も触れずにエステバリスを操縦したりとかも出来るらしい。ただな……」

 そこまで言って、俺は次に来る事態を思い出した。ハルナの方を見ると、案の定動きがスローになっている。

 「あちゃ〜、やっぱキツいわ〜」

 「ウリバタケさん! ハルナ食堂につれてきます!」

 くたくたと崩れ落ちるハルナを抱え、俺は格納庫を出ようとした。
 その背後から心配そうな、焦ったような声がかかる。

 「おい、その子大丈夫なのか!」

 「心配すんな、燃料切れだよ」

 俺に代って解説してくれたのはウリバタケさんだった。

 「ハルナの奴が言うには、ああいう真似をするとやたらに腹が減るらしい。テンカワは飯食わせに行ったんだよ。なに、飯さえ食えばすぐに元気になるって」

 「お、てことはテンカワの奴が飯作るのか?」

 俺の耳に聞こえたのはここまでだった。別に死ぬわけではないのだが、妹が具合悪そうにしているのは少々落ち着かない。
 取りあえず俺はハルナを食堂の定位置へ担ぎ込んだ。



 ……で、何故こうなる?



 轟然と飯をかっ込むハルナの隣に、パイロット3人組が仲良く座ってご飯を食べている。リョーコちゃんがチャーハン特盛り、ヒカルちゃんはカツカレー、イズミさんが中華丼。背後からは何故か殺気の籠もった視線が彼女たちの方に飛んでいるし……なんかやりにくい。

 「上がったよ、サユリちゃん、これお願い」

 俺は超大盛オムライスを手早く皿にのせると、カウンターへと差しだした。
 サユリちゃんがお皿をハルナのところへ持っていく。
 そして俺が次の料理の仕込みに入ろうとすると、ごく小さなウィンドウが開いた。

 「どうしたんだい? ルリちゃん」

 俺が小声でささやくと、やはり小さな声で返事が返ってきた。

 「今、大丈夫ですか?」

 「ああ、今ハルナの飯を作ってる」

 するとルリちゃんの目が、ちょっとキツくなった。

 「あんまりこういう事言いたくないですけど……やっぱり変です、ハルナさん」

 「さっきのハッキングか?」

 「はい」

 ルリちゃんの目がとてつもなく鋭くなった。

 「あの一瞬、ほんの僅かですが完全に思兼が押さえ込まれました。僅かな時間とは言え、あそこまで思兼を押さえ込むには、少なくとも思兼と同規模のコンピューターが必要なはずです。時間にして0.27ミリ秒の間に、自己診断ルーチンを起動し、重力制御のミスを発見するやいなや即座にそれを修正する……これを思兼のサポートなしに行ったんです、彼女。私がナデシコCに乗っていれば出来ることですけど……彼女はマシンチャイルドといえ生身の人間なんですよ? どこにそんなシステムがあるんです? 私、訳が分かりません」

 「……残念だが俺には何も言えないな」

 中華鍋を振りつつ、俺は答える。

 「ハルナに聞いてみようにも、ひょっとするとハルナ自身が知らない可能性もあるしな……かといってこれ以上ネルガルのルートからハルナのことを調べるのも無理だろ?」

 「そうです……」

 ルリちゃんの声が沈む。

 「全くサクヤさんって言うのはどんな人だったんだ? せめてそれだけでも……」

 そのとき俺の脳裏にひらめいたことがあった。
 鍋を揺すって一呼吸整え、声を落としてルリちゃんに言う。

 「イネスさんなら、何か知っているかもしれない」

 「!」

 ウィンドウが大きくなりかかるのをあわててルリちゃんが押さえる。このシステムも善し悪しだな。
 考えてみれば、サクヤさんがいたのはイネスさんと同時期のはずだ。親父のことも知ってたわけだし。となればあれだけ特異な研究をしていたらしいサクヤさんのことをイネスさんが知らないはずがない。

 「……彼女の合流を待ちましょう。その方がいいみたいですね」

 ルリちゃんはそういって通信を切った。
 俺はできあがった酢豚を皿に盛りながら、ハルナのことをじっと見ていた。

 お前……本当に何者なんだ?



 何はともあれ、ナデシコは火星に到着した。

 「これからナデシコは、オリンポス山へ向かいます」

 プロスさんが主要クルーを集めて説明をしている。

 「そこには何があるんですか?」

 ユリカの質問に、プロスさんは眼鏡をすり上げながら答えた。

 「そこにはネルガルの研究施設があるのですよ。
 我が社の研究施設は、一種のシェルターになっていまして。
 ですから一番生存者のいる確率が高いのですよ」

 「では、今から研究所突入のメンバーを発表する」

 ゴートさんがリストを読み上げる。しかしまずいな。今の状況でゴートさんやプロスさんが俺を手放すとは思えない。
 これは……過去と同じ現象を期待するしかないか。

 「すいません、俺にエステを一台貸してもらえませんか……ユートピアコロニーを見てきたいんです」

 そのとたん、ゴートさんの顔が引きつる。

 「おい、今更そんなことが認められるわけなかろう!」

 「いや、かまわん、行ってきたまえ」

 ゴートさんの台詞を止めたのは、フクベ提督であった。

 「一応優先権はワシにあったはずじゃな」

 そう言いきられ、ゴートさんも渋々うなずく。

 「故郷を見ようとする行為を止めることは……誰にもできん」

 「ありがとうございます、提督!」

 俺は頭を下げていた。
 今なら分かります。あなたの苦しみが。
 俺も……貴方と同じ事をしてきましたから。



 そして俺は陸戦用エステバリスで、ユートピアコロニーへと向かった。
 で、何故ここにいるんだ? ハルナ……。



 そのころ、格納庫脇の通路では……

 「ハルナーっ! 恨むからね〜っ! せっかくのチャンスを〜!」

 アキトのエステに飛び乗ろうとしたところを見事に邪魔され、置いてきぼりを食らったメグミがふくれていた。
 合掌……



 「うっわー、気持ちいい。ナノマシンもきれいだし。こういう風景は変わんないよね、お兄ちゃん」

 「ああ、そうだな」

 面識はなかったが、ハルナもユートピアコロニーにいた住民だ。そしてあの時……俺と同じように地球に飛んだ。
 そう考えれば、ついてこようとするのは当たり前か。

 「ユリカお姉ちゃんも連れてきたかったね」

 遠くを眺めつつ、どきりとした台詞を言うハルナ。胸の奥に、ここのところ感じなかった痛みが戻ってくる。

 「……ん、お兄ちゃん、何そんな暗い目してるのさ」

 「いいや、別に。ちょっと、親父のこととか、な」

 俺は当たり障りのない台詞で答えをごまかした。

 「全く、どう言いつくろったってお兄ちゃんがお姉ちゃん好きなのは事実なんでしょうが。ま、今のお姉ちゃんの前でそれ言うと、お姉ちゃんが役立たずになるのは見え見えだから、しばらくはつらくあたるのもいいけどさ。だからって、あんまり冷たくするのも考えもんだぞ! お姉ちゃんみたいな人は、旦那さんがうまく手綱を握らないと、どんどん暴走するんだから、もうちょっとよく考えなくっちゃ。あたしもフォローしてあげるからさ」

 俺は激しく咳き込んだ。エステもそれにつられて揺れようとするが、ハルナの目が軽く光って振動を押さえ込んだ。

 「い、いきなり何を!」

 「まーったく、これだから男って言う奴は」

 あきれ顔で言うハルナ。

 「今だってその曖昧な態度がどれだけ波紋を呼んでるか分かってないでしょ。その辺が曖昧だからメグミさんやリョーコさんに惚れ込まれちゃうんだよ!。遊びなら遊び、本気なら本気とはっきりしなって!」

 「……え、そう、なのか?」

 確かに過去の俺はメグミちゃんに迫られたり、リョーコちゃんに気を持たれていたような気はしたが……今度は別にそんな形跡はないと思うんだが……。

 「だからお兄ちゃんは鈍チンなのよ。女が男に惚れるのにそんなにややこしい理屈はいらないの。はっきりしとかないと、絶対もめるよ!」

 そのとたん、何故か俺の背筋にとてつもない恐怖が走った。
 前回の歴史で、木星蜥蜴におびえていた時のものを、数段上回る恐怖が。
 なんだ、いったい、これは……

 「……分かった。心する」

 俺はハルナに全面降伏した。所詮色恋沙汰で、男は女には勝てない。
 何故か俺は、そう悟っていた。



 そして俺とハルナは、懐かしきユートピアコロニーの跡地に到着した。
 さて、確かあの辺だったな、地面が抜けたのは。
 俺は今回、ナデシコがここに来る前にイネスさんを連れ出す気でいた。ここにナデシコが来れば、またあの悲劇が起こる。だったらナデシコをここに来させなければいい。単純な理屈であった。
 ただ、それは時間との勝負だ。メグミちゃんが来ていない以上、ユリカがムキになるとも思えないが、何せハルナの関わった歴史はことごとくが予想もつかない変貌を遂げている。
 天性のトリックスターとでも言うのだろうか。現に俺の見ている前で穴に落ちた……って、ちょっと待ていっ!
 俺はあわててハルナの落ちた穴に飛び込んだ。

 「あたたたた……」

 俺が着地すると、泥だらけになったハルナが頭を抱えていた。
 そこは見覚えのある空間だった。
 そしてそこに現れる、一人の人物。

 「あらあら、あなた達はどこから来たのかしら」

 かぶり物をとったその顔は、間違いなくイネス博士……アイちゃんだった。



 「あたし達は、ネルガル重工の救出作戦に従って、あなた達を救助しに来ました……で、いいんだよね、お兄ちゃん」

 「ああ」

 おれは軽くうなずいた。

 「そう……でも、その申し出は拒否させていただくわ」

 「えーっ!」

 ハルナが驚く。まあそうだろう。
 俺はここでイネスさんに提案をするつもりだった。代表として、プロスさんに事情を説明しに来て欲しいというのだ。
 この提案ならイネスさんなら受け入れる、そうすればナデシコがここに来る必要性はない。
 だが、ここで思わぬ邪魔が入ってしまった。

 「何でです? せっかく助けに来たのに。訳を説明してください!」

 いかん! それはイネスさんには禁句だ!

 だが、すでに手遅れだった。

 「説明しましょう!」

 ややトーンの上がった声と共に、どこからともなくホワイトボードが引っ張り出される。

 「私はイネス・フレサンジュ。火星においてナデシコの設計に関わった技術者よ。ディストーションフィールド、相転移エンジン……。だから私はナデシコのことをよく知っている。その上で言うわ。今のナデシコではこの火星圏からの脱出は不可能よ」

 ……始まってしまった。こうなったが最後、イネスさんはてこでも動かない。

 結局為す術もなく、ナデシコは到着してしまった。



 「失敗しましたね……」

 「すまん、ルリちゃん」



 そして打ち合わせのためにイネスさんがナデシコに乗った直後、しっかり敵が襲ってきた。
 先制のグラビティブラストが放たれるが、戦艦はしっかりと生き残っている。

 「うそっ! なんでグラビティブラストが効かないの!」

 「敵もディストーションフィールドを張っているようね。これでナデシコのグラビティブラストは一撃必殺の武器ではなくなった……というわけね」

 「そんな……ならここからフィールドを張りつつ後退! 体勢を立て直します!」

 「艦長、そうするとフィールドで地下部分が押しつぶされてしまいます」

 「ええっ!」

 そうなったら、地下の人達は全滅だ。

 「さあ、どうするの、艦長さん。フィールドを張って、地下の人達を押しつぶす? それともフィールドを張らずにすませる? そうした場合、ナデシコは沈むわね。どちらを選択するのかしら、あなたは」

 イネスさんの容赦のない言葉が、ユリカを押しつぶす。
 この歴史は、変えられなかったか……。
 俺もぐっと、奥歯を噛みしめた。






 「もう一つ、手はあるよ」






 みんなの視線の先に、ハルナが立っていた。



 「どういう事?」

 真っ先にイネスさんが、ハルナに聞く。

 「要するにさ、フィールドを張って、かつ、地下を潰さなきゃいいんでしょ?」

 「それはそうだけど、ナデシコのディストーションフィールドは、艦首両舷のブレードを媒体として、ラグビーボール状の回転楕円体型に形成されるわ。この位置でフィールドを張れば、どうしたって地下はぺちゃんこよ」

 その通りである。そして前回ユリカは、血の滲む思いでその決断をした。

 「でもディストーションフィールドって、結構融通が利くじゃない。エステバリスのフィールドは、一点集中して強度を上げたり出来るんだし」

 「それはパイロットがIFSを通じてフィールドを制御しているからでしょ。それにしたってフィールドの制御には物凄く高度なイメージ形成力がいるのよ。駆け出しのパイロットにはそんなことは出来ないわ」

 「そっかなー。お兄ちゃんは割と簡単にそれやってたけど」

 みんなの視線が俺に集まる。なんというか、凄く居心地が悪い。

 「でもって、同じフィールドなんだもん、エステに出来てナデシコに出来ないわけはないよ」

 「そんなわけないでしょ!」

 軽く言うハルナに、イネスさんがぶち切れた。まあ、無理もない。

 「エステとナデシコじゃフィールドの大きさが桁違いなのよ! それにエステにはフィールド制御の機構がちゃんと存在するけど、ナデシコにはそんなものはないのよ!」

 「百聞は一見に如かず、だよ。ルリちゃん、またアレやるから席空けて」

 「信じて……いいんですね」

 一抹の不信を滲ませながら、ルリちゃんが言う。ハルナは気づいた様子もなく、気前よく上着を脱ぎ捨てた。

 「男性陣は前を向く!」
 あわてたようなユリカの号令がかかる。だがそれじゃジュンには丸見えだぞ? お前の隣にいるんだから。ま、ジュンが覗くとも思えんが。
 そんな中でも、ハルナはマイペースで言う。

 「あ、お兄ちゃん、後出前、なるべく高カロリーな奴持ってきて! 今度ばかりは途中で燃料切れ起こすとまずいから!」

 「分かった、といいたいが、俺もこの場を外れるのはまずいだろ。ホウメイさんに頼んどく」

 「OK、じゃいくよ!」

 そして再びルリちゃんに胸を掴まれたハルナの全身が輝きだし、ナデシコの周辺にディストーションフィールドが形成された。
 しかしその形状は……

 「フィールド形成。ナデシコ下部のフィールド、完全に平面状。地下部分、異常ありません」

 ルリちゃんの声がブリッジに響く。イネスさんも、プロスさんも、声一つでない。

 「よし、今のうちに後退!」

 ナデシコはゆっくりとユートピアコロニーから撤退していった。
 そしていくばかの時間が過ぎ、ハルナの体の光が鈍くなってきた頃。

 「ほい、テンカワ、出前だよ!」

 ホウメイさんが差し入れてくれたのは濃厚なジュースのような冷製スープだった。
 太めのストローがさしてある。これなら手を離さずに飲めるはずだ。

 「はいっ、ハルナ!」

 メグミちゃんがハルナの前にジュースを置く。それをハルナは一気に吸い上げた。
 そのとたん、光がいっそう強くなる。
 するとフィールドはさらに変形し、敵の砲撃の反動を推進力に変えるという芸まで披露してみせた。
 無傷とはいかなかったが、こうしてナデシコは当座の危地を脱出した。



 そんな一連の奇跡を見ていたイネスさんの口から、ぽろりと言葉が漏れた。

 「トゥルー・マシン・チャイルド……まさか……成功してたの……サクヤ」

 俺の耳は、その言葉をしっかりと捕らえていた。







 あとがき。

 引き続き、6話です。
 イネスさん登場、そして、ついにハルナの謎がまた一つ明かされる!
 もう言語道断な破壊力ですね、ハルナ。
 何故こんな事が出来るのかって? それはこの後、イネスさんの謎解きをお待ちください。
 作者も『説明』は大好きですので。

 

 

 

 

代理人の感想

 

「トゥルー・マシン・チャイルド」・・・・

何か、時々ナデシコ系のSSに出てくる「S級ジャンパー」を連想させる単語ですな(笑)。

まあ、ココまで引っ張るだけ引っ張ってくれた事ですし、イネスさんと作者の方に期待しましょう。

 

 

次回は・・・・・・・・・説明だっ(笑)!

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

ゴールドアームさんからの投稿です!!

ううむ、遂にイネスさんの説明が始るのか。

・・・待ち望んでいた事だが、同時に恐怖でもある(爆)

私は一体何処までイネスさんの説明に耐えられ・・ゴホンゴホン

イネスさんの説明を理解出来るでしょうか?(汗)

 

 

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