再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜



第13話 「本筋」は一つじゃない……歴史って、当てにならないのね……<その3>



 「……とまあ、これが木連が成立した理由。こっちに攻めてくるまでの経緯には、まだ不明な点が多いんだけど、こっから先は、むしろ私なんかよりタケちゃんが自分で調べた方がはっきりした方がわかると思うの。ハッキングとかじゃ限界があるし、こういう話は」

 アタシは寝物語に、さっき聞いた話の説明を小娘から受けていた。
 小娘がどこからこんな話を仕込んできたのか、テンカワアキトが何故そこまでの裏事情を知っているのか、気にならない訳じゃなかったけど、アタシの直感は、このことであのテンカワは何一つ嘘を言っていない、それを確信していたわ。
 そして今小娘がした話も。
 私たちが戦っていた相手。あのユートピアコロニーの戦い。

 「フクベ提督は、知っていらしたのかしら」

 「……どっちとも、言えないと思う。たぶん……知らなかったんじゃないかな。せいぜい核攻撃までだと思う。あの人、こういう事を知っていて、黙っていられる人じゃないもん」

 「……同感ね。あの人は、そんなタヌキみたいなことが出来る人じゃないわ。もし知っていたとしても……一生墓の中まで持っていっちゃうでしょうし」

 ちょっとセンチメンタルな気分になりながら、隣に寝っ転がる小娘の髪の毛に指を絡める。
 この小娘は、腹の中にどれだけのものを抱えて、短い命を生き抜くつもりなのかしら。
 そう思うと、ちょっといとおしかったりした。
 情が移ったかしら、本格的に。

 「だけど……頭に来るわね、連合の腐敗っぷりには。自分が情けなくなるわ、本当に」

 「頑張って、改革していけばいいじゃない。戦時中はともかく、戦争が終われば、いくらでもチャンスはあるよ」

 「フフ、そうかもね」

 変な話だけど、今アタシは『燃えて』いるわ。
 最初呼び出されたときは何事かと思った。
 行ってみたらオオサキ副提督はじめの西欧組が待っていて。
 テンカワアキトの持つ秘密の一端が語られた。
 でも、一番びっくりしたのが『木連』の存在。
 西欧軍トップのグラシス中将ですら知らなかったとなると……下手をすると軍部ではガトル大将くらいしか知らない機密かも知れないわね。まあ、一部の企業と結びついた連中は知っていたらしいけど。
 でも、木星蜥蜴が謎の異星人でもなんでもない、人間同士だったとなると……世論は揺れるわ。
 今の段階では、まだ黙っていた方がいいわね。
 彼らは無人兵器による無差別攻撃を地球にかけた。この点だけを取り上げたネガティブキャンペーンを打たれたら、間違いなく殲滅戦になるわ。
 どっちにも莫大な被害が出るでしょうね。けど、一部の政治家と、抗戦派の軍人だけは、その権力を保てる……最悪のシナリオだわ、そんなの。
 公開するときは、一気に全てを明らかにするしかない。そして何より……木連側に開戦を決意させたという、最初の呼びかけを無視した経緯、これを明らかにする必要性が、絶対にある。
 あのクラウドとかいう参謀も、そういっていたわ。

 『テンカワさんの和平の意志は、確かに固い。そして彼にはいろいろな力がある。情報源も、少々不可解ではありますが、かなりの物を持っているようです。ですが、そんな彼にも手の届かないところがある。政治、軍事の中枢です。彼は意図的にそちらとの接触は取らない人みたいですし。ですが、最終的に和平を実行するために必要な情報は、おそらく、そこにあります。その辺のフォローが足りないと、思わぬところで足をすくわれるかも知れません』

 オオサキ副提督……西欧であれだけの戦果を上げ、また、軍人でありながらあのテンカワアキトが慕う人物。
 彼になら、このナデシコを……任せられるかも知れないわね。
 潮時かしら、これは。

 「ねえ、小娘」

 「何、タケちゃん」

 何気ない顔でアタシを見上げる。しかしこの小娘は、あのテンカワより不可解な何かを隠し持っている。
 そのくらいのことは私にもわかっていた。こうしてじゃれ合う仲になっても、そのことはあえて意識しようとはしなかった。
 でも……私は今、その封印を解こうとしている。

 「あなた……アタシをナデシコから下ろして、軍の中枢に潜り込ませることが出来る?」

 それは断罪の言葉。人事凍結令がある以上、昇進その他では私はナデシコからは降りられない。私がナデシコを離れられるのは、死亡したときと、不正規な手段を取ったときだけ。
 そして私は、それを小娘に依頼した。すなわち、私はそれがこの小娘に出来ることだと決めつけた。
 つまり私は……小娘をテンカワアキト以上の陰謀家であると断言したことになる。
 だから、断罪の言葉。
 そして、小娘は答えた。

 「うん。手段を選ばなければね。汚れる気はある?」

 「あるわ」

 私は悪魔との契約書にサインする。

 「通常の人事ではタケちゃんはナデシコからは降りられない……でもね、軍から召喚されたときは別だよ。
 タケちゃんに不正の疑いがかかる。ま、手頃なところで横領かな。ナデシコのアラを探していた狡い連中が、喜び勇んでタケちゃんを審問のために呼び出す。けどタケちゃんには身に覚えがない。当然徹底抗戦する。状況は限りなく黒に近い灰色。その間提督不在というわけにもいかず、タケちゃんはナデシコの提督を解任、オオサキ副提督が繰り上がって提督に就任する」

 「ふんふん」

 何というか、えげつない手ねぇ。どうせその横領、狂言なんでしょう? ナデシコを追い落とそうとしている人間にとって見れば、格好の餌っていうわけね。

 「ところが人事が確定してしまったあとで、横領の事実はどこにもなく、会計処理コンピューターのバグにより、たまたま提督が横領しているように見えただけだったという事実が判明する。さあ困ったのは提督の処遇。今更ナデシコの提督には戻せない。後任人事が決まっちゃっているものね。かといってこちらの誤解であったからには、提督の名誉は復帰されねばならない。これをごまかしたら連合軍は決定的に信用を失うわ。外部ではなく、内部のね。間違いなく全将兵の士気が激減する。結果、提督はそれまでの戦果、業績を考慮した上で、統合参謀本部あたりに迎え入れられるでしょうね。皮肉なことに、提督を堂々と追い詰めたがゆえに、連中はごまかせなくなる。こんなチャンスを、こそこそとやるとも思えないし」

 あきれた小娘ね。よくそんな悪辣な陰謀がすらすらと出て来るものよ。どうせそのバグも、全部あんたが仕込むんでしょ。軍の内部監察課、大恥を掻くことになるわね。

 「で、どうする? 本当にやるんなら、仕込んでおくよ」

 「お願いするわ。たぶんこの先、アタシはここにいても役に立たないもの」

 そういったら、いきなり抱きつかれてキスされちゃったわ。何よ、一体!

 「……ありがとう、タケちゃん。策とはいえ、思いっきり後ろ指さされるよ。マスコミにも取り上げられる。事実が判明しても、何かと陰口をたたかれると思う。それどころか横領提督の汚名は、たぶん生涯消えない……それでもいいの?」

 「いいわよ。なあに、以前のアタシみたいに、ヒステリックにキイキイと声を上げていれば、お馬鹿な奴らは『所詮あの程度、メッキがはげたか』とか何とか思って油断してくれるでしようね。『違う! アタシは何もしていないわ! アタシが悪いんじゃないんだから、そうよ、きっとコンピューターが悪いのよ! ていうかこれは陰謀だわ! 誰かが私に罪を着せようとしているのよ〜!!』なんて叫んでご覧なさい? 絶対油断して、コンピューターを調べたりなんかしないわ」

 「さっすが、タケちゃん! おぬしも悪よのう」

 「そっちこそ」

 ………………
 …………
 ……
 …

 「ありがとう」



 いい加減にしないと、腰を痛めそうね。私もそう若くはないんだし。







 >ERINA

 「どう、ドクター、実験の方は」

 「驚いたわ……このデータ、間違いなく本物よ。まあ、目の前で実例を見せられている以上、偽物の訳はないと思っていたけど、今までこの研究所で集めてきたデータ、ほぼ全部破棄ね。あたし達、どうやら全然見当違いの研究をしていたとしか言えないわ」

 あの衝撃の会談のあと、私とドクターはすぐにネルガルの研究所に駆け込んだ。
 ここでは鹵獲した小型チューリップを使い、様々な状態でのボソンジャンプの実験……特に生体ボソンジャンプの実験を行っていた。
 だが、テンカワ君のもたらしたデータによれば、それは全て無駄だったことになる。
 そして半日をかけて行われた検証、追実験は、全てこのデータが正しいことを示していた。

 「IFSによく似たイメージ伝達システム、特定の遺伝子パターン……。けど、このデータには記されていないけど、あたし達の一番の間違いは、古代火星人を、あたし達と同じ『人類』だと考えていたせいかもね」

 そう、このデータによれば、生体ボソンジャンプは特定の遺伝子構造……一見通常の人間とは変わらない、しかし、決定的に通常の人間とは違う部分を持った人間にしかできない。データにあった事例からドクターが計算したところによれば、この遺伝子改造は、受精後4週以内か、第一次成長期の間に十分な年月をかけて行われなければならない。遺伝子構造の微妙な差異が、脳神経系の発達に、ほんの僅かな『違い』を生じさせる。ただ生きていくだけなら、なんの差も出ない『違い』だ。
 けれども、ボソンジャンプに当たっては、その『わずかな違い』が、『決定的な違い』になるようなのだ。

 「ボソンジャンプは原理上、『中枢制御装置』を必要とするわ。あなた達が……ま、いいわ。とにかく、古代火星人は、このシステムをおそらく恒常的に使用していたはず。ならば当然、安全に生体を運ぶ方法があったはずよ。しかし今まで、どんな条件を設定しても、生体をジャンプさせれば、結果は悲惨なものになった……うかつだったわ。考えてみれば当然なんだけど」

 「中枢制御装置は、地球人類を『生体』だとは認識していなかった……っていう事ね」

 彼のデータでは、そこまでは言及していなかった。特定の条件を満たさない限り、生体ボソンジャンプは不可能、と記されているだけである。
 ドクターはそれを徹底的に分析した。その結果たどり着いたのが、この結論である。
 私たちは、人間用に設置された機械を、猿の分際で扱っていたということだ。

 「で、どう、今後の見通しは」

 「そうね……今度はこのデータのおかげで、無駄な人死にを出すことはなくなるわ。取りあえずディストーションフィールドの『場』で、空間を『固定化』すれば、その空間内はチューリップをくぐり抜けても大丈夫。そのためには最低限ナデシコクラスのフィールド強度がいるから、ここの実験室じゃ無理だけどね。個人のジャンプも、後天的な遺伝子及び神経系へのナノマシン手術によって、取りあえず『死ななく』することは可能みたい。ただ、それはあくまでも『ボソンジャンプに耐えられる』だけ。つまり、フィールド無しでチューリップに入っても大丈夫っていうだけで、肝心の行き先を決められないわ」

 「それじゃああんまり役には立たないわね」

 私はため息をついた。ボソンジャンプの要は、距離を無視して好きなところへと移動できる点にある。が、その行き先を制御するシステムを構築できなければまるで意味がない。
 だが、彼らには出来るのだ。テンカワアキト、そしてハルナには。
 彼らの協力を取り付けられたら。そう考えていた私の耳に、ドクターはそっとささやいた。

 「まあ、実は一気にこれを解決できるウルトラCも、あることはあるのよ」

 「えっ!」

 私は思わずドクターの胸ぐらを掴んでしまった。

 「なんなの、それって」

 そんな私を、ドクターはどことなくたしなめるような目で見て言った。

 「ハルナさんよ」

 その目がどこか遠くを見つめる目になる。

 「さすがに彼女、自分では言わなかったけど……彼女の神経系や情報処理系は、たぶん『中枢制御装置』とリンクしているわ」

 !!!

 瞬間、私の理性は飛んだ。

 「なによそれ!」

 食ってかかる私を、ドクターはやんわりと押さえる。

 「エリナ、あなたはあの子がどういう存在か知っているわよね。あのミカサ博士の実験の、唯一の成功例。脳細胞を含む神経系その他の生体組織が、あの『遺跡』原産の超ナノマシンによって構成されている存在。あの子が生体ジャンプを可能としている以上、彼女の置換された神経系は、アキト君と同じように、制御装置に対して、ナビゲーション情報を送れるはず。でもね、アキト君のそれが、生体特有の不安定さを伴うのに対して、彼女の思考体はいわば機械仕掛けよ。アナログ入力とデジタル入力くらい、その安定度には差があるはず。見方を変えれば……彼女はあなた方が密かに狙っている『遺跡』の端末そのもの……いいえ、明快なコンタクトが取れる以上、『遺跡』本体より、もっとあなた方が欲するもの、『そのもの』かも知れないわね」

 「それって……」

 私は言葉が継げなかった。そう、スキャパレリプロジェクトの真の目的は、あの『極冠遺跡』の確保。今なおあの地に眠る、謎の『ユニット』の確保にあった。
 そしてアキト君は、おそらくそれを知っていたのだろう。どこで知ったかはわからない。けれども、彼はおそらくこの戦いの裏に、あの『遺跡』の存在があることを感知している。そして、ネルガルがその独占を図ろうとしていたことも。
 何故かはわからない。父親の理想に殉じたとも思えない。けれど、たぶん彼は、それを防ぐために、非常の手段を使ってでも、ネルガルを止めようとしたのだ。
 今更、だった。
 あの話を聞く前にこの情報を手に入れていたら、私はテンカワ君を殺してでも、ハルナを手の内に収めていただろう。
 そして私は『企業の毒杯』を飲み干し、終点のない無限回廊を駆け上がっていたに違いない。
 そう、今更。今の私には、もはやその気はない。
 力を手に入れても、それを何のために振るうかを思いつけねば、そんなものは無意味だと気づいてしまった私には。
 まさしく、宝の持ち腐れである。
 むしろ、気になるのは。

 「彼女……そのことに気が付いているの?」

 テンカワハルナ、という少女の存在であった。

 「そんなこと私にだってわからないわよ。私は読心術が出来る訳じゃないんだから。今の話は、ただの論理的推論」

 淡々と言うドクター。しかし、論理的推論であるが故に、それが真実である可能性は高い。

 「この話は絶対のオフリミットね。ライバルだけじゃないわ。そう、もし木連側にこの情報が漏れたら……たぶん彼らは、何がなんでも彼女を狙う」

 「そうね……彼女がどこまで知っているか、どこまで気が付いているかは、私にだってわからない。けどね、何となくだけど……彼女は、『知っている』気がするわ。それに忘れないでね。彼女が残された生体組織を全て食いつぶし、今の『テンカワハルナ』という姿を維持している遺伝情報を保持できなくなったとき……彼女がどうなるのかは、全く予想不可能よ。かつて失敗した被験者のように『分解消滅』してしまうのか、その時点の遺伝情報を『デジタル化』して保持し、永遠にあの姿と意識を保ち続けるのか、あるいは遺伝情報を『シミュレート』して、ごく普通の人間のように生きていくのか、あるいは、得体の知れない『何か』になってしまうのか……『その時』が来るまで、全くわからないのよ」

 「そうだったのよね……」

 ほぼ5年というタイムリミットを抱えている彼女。勝手に与えられたその力を、兄のために使おうとしている少女。
 彼女が何を考えているのか……それは彼女にしかわからない。

 「でも、ボソンジャンプの研究には、いずれ彼女の協力が必要になるでしょうね。機会があったら改めて、裏表無しに、ちゃんと誠意を込めて説得してみるのね。案外そうすれば、協力してくれるかも知れないわよ、彼女」

 「そうね……情勢が落ち着いたら、それも考えましょう」

 今のこのややこしい状況では、そうのんびりもしていられまい。

 「ドクター、第7次実験、開始します」

 そんなことを考えていたら、彼女を呼ぶ声がする。

 「あら、もうそんな時間だった? ごめんなさい、すぐにいくわ」

 私に一礼して、ドクターは実験場の方に向かう。好きね、ホントに。今夜のナデシコのパーティーも、あの様子だと欠席ね。
 まあ、テンカワ君からもらったデータは、それだけ魅力的だったって言うことだけど。

 「まだ時間があるし、見学していこうかしら」

 今までの実験も見学していた私だけど、今までと現在とでは、心構えが全然違う。
 以前はいわば、賭け事のそれに近かった。私の野望と、人の命を的にしたギャンブル。
 私はそれに全敗していた。実験のあとは、酒量が増えた。
 けど今回の実験は違う。今のところ実験結果はデータの通り。この検証実験が終わったら、ネルガルは戦艦級の物体に対する実験を可能とする施設を建設することになるだろう。フィールドによる『固定化空間』のジャンプ実験には、相転移エンジンが必要になるからだ。
 そんなことを考えていると、設置されたチューリップが光り始めた。
 始まったみたいね……そう思っていた所に、突然緊急事態を告げるブザーが鳴り響いた。

 「何事っ!」

 あわててドクターの所に駆け寄った私の耳に、とんでもない言葉が飛び込んでくる。

 「ボース粒子増大! これは……何かがこのチューリップへ向けてジャンプしてきます!」

 「なんですって!」

 そんなもの、木星蜥蜴しかないじゃない!

 「総員直ちに避難! データなんか飛んでもいいわ! 人命優先よ!」

 ドクターの声が周囲に響く。
 そして退避する私の目に、チューリップから、何か巨大なものが出現するのが見えた。バッタでも、戦艦でもない。あれは……どっかで見たような……あああっ!

 「な、なんであんなものが?」







 >ITSUKI

 全く、頭が痛くなります。
 何故今の今まで、着任届けが届かなかったのでしょうか。
 着任届けは、これを部隊司令に提出して、初めてその部隊の一員として認められるという、大切な書類です。これ無しでは、どこにも行けません。
 なのに、それが届いたのが、着任予定日の午後だなんて、問題がありすぎますっ!
 とにかく私は、着任届けが届くと同時に、ヨコスカへ向かってぶっ飛ばしました。
 ネルガルΣ1100のエンジンが、時速130Kmで私をヨコスカまで連れて行ってくれます。
 それでも、到着したときにはすでに日は傾き始めていました。
 正当な理由があるとはいえ、遅刻は遅刻です。
 「ナデシコ寄港反対」のプラカードを横目で見ながら、私はドックに泊まる白亜の戦艦に見入っていました。
 さて、検問所はどこでしょう……見あたりませんね。中腹に開いている入り口がありますけど、まさか、あそこですか?

 「すみませ〜ん、誰かいませんか〜」

 ……いませんね。一応パスゲートがありますので、そこにカードを入れて……通れてしまいました。

 いいんでしょうか、仮にも戦艦がこんなに簡単に入れて。
 問題大ありです。

 「すみませ〜ん、誰かいませんか〜」

 あちこち覗いてみましたが、人が見当たりません。と、目に付いたのはたくさんのエステバリスが並んでいる場所でした。
 格納庫でしょうか。とりあえず誰かいないかと思って調べて見ましたが、整備の人すらいません。
 困りましたね〜。
 仕方ないので、少し並んでいるエステバリスを見てみました。
 やけに新品のフレームが多いですね。陸戦は割りと使い込んだ感じのものが多いですけど、空戦フレームは、二つを除いてほとんど納品したての新品に見えます。
 でも、私はその二つが、見慣れた青の空戦フレームとは違うことに気がつきました。
 ひとつは背中に槍を背負った白銀のフレーム、もうひとつは周辺に見たことのない強化パーツを並べた漆黒のフレーム。
 これは……ひょっとしなくてもひょっとします。

 西欧のエース、『白銀の戦乙女』アリサ・ファー・ハーテッドと、
 全世界最強と名高い、『漆黒の戦神』テンカワ アキトの機体……。

 そして、ちょうどその隣に、暗褐色の、私のエステバリスがおかれていました。
 なんかほっとして、私は人探しを継続しました。



 人に会えたのは、エレベーターで上層階に上がった後でした。

 「誰だね、君は」

 やたらガタイのいい人に、私は声を掛けられました。

 「はい、こ、このた、たび、極東ほ、方面軍よりは、派遣されました、い、イツキ カザマとい、言います……」

 何とか返事をしたものの、私は笑いをこらえるのに必死でした。
 だってその人、鹿みたいな茶色い毛皮にくるまれ、頭には角、そしてとどめに、

 鼻の頭が真っ赤っか

 だったんですもの。おまけにその手にはフライドチキン(骨付き)が。
 な、なぜ、トナカイの仮装なんでしょう、この人。
 しかし、その人は、格好に似合わないまじめな声で、私に言いました。

 「ああ、そういえば、極東軍から一人、追加で補充が来るといっていたな。私はゴート ホーリ。戦闘アドバイザーをしている。みんなはこちらだ。ただ」

 「ただ?」

 私の疑問に、ゴートさんは自分を軽く指差しました。

 「こういうことだ」



 意味はすぐにわかりました。

 「クリスマス&新人さん歓迎&アキト帰還記念大仮装パーティー」

 ……ここ、本当に軍艦なんですか?

 まだほとんどの方が、顔と名前が一致していません。わかるのは先輩位です。
 でも、まず私が会わなければならないのは、この艦の提督です。このナデシコの提督は、確か『遅咲きの花』と仇名されたムネタケ提督ですね。おととしから去年にかけては無能の代名詞だったのが、ナデシコでコケにされてから一念発起、ネルガルとの間の和解を取り持ってからは別人のような輝きを見せ始め、今では極東軍切っての良識派提督。復帰したナデシコでも、クルーに慕われているとか。ただ、特に一人の若いクルーと深い仲になっているっていう噂もありますね。
 さすがにあの人の顔くらいは知っています……!!!
 て、提督、似合いすぎです……その仮装。特大変形アフロのかつらをかぶったところは、どう見ても『マツタケ』です。隣にいるシメジの着ぐるみのお嬢さんが、噂の愛人さんでしょうか。かわいいですけど、なんかさっきからものすごい勢いで料理を食べてますね。

 「提督!」

 私がちょっと大きい声で呼びかけると、提督はこちらに気がつきました。

 「あら……見かけない顔ね。仮装もしていないし。あなたは?」

 「はい、本日付でナデシコ部隊に配属になりました、イツキ カザマ大尉です。提督。着任の手続きをお願いします」

 そういって、笑いを抑えつつ、着任届けを渡します。
 提督はそれをちらりと見ると、仮装の内側に納めました。

 「みんな、ちょっと注目ー」

 提督が、会場に声をかけます。
 いろいろな仮装をした方が、私のほうを見ます。

 「連絡が遅れていたけれど、この地で最後に加わる予定だった、パイロットのイツキ カザマさんが、今到着しました〜。皆さん、よろしくお願いしますね〜」

 ……な、なんかずいぶん軽いですね。おまけにそのとたん、「うおおおおおっ!」とか言う声が上がっていますし。

 「ほら、自己紹介して。あ、あたしはテンカワハルナ。このタケちゃんの愛人だよっ!」

 は……やっぱり噂は本当だったんですね。でも、とりあえず今は自己紹介でしょう。

 「はじめまして、イツキ カザマ大尉です。このたび新たに、このナデシコに着任いたしました。よろしくお願いします」

 最後に敬礼を決めましたが、なんかしーんとしてしまいました。

 ……これは、外してしまったでしょうか。と、思ったら……

 「おおおっ、これは純粋軍人系美女っ!」

 「い、意外にキツメのところがいいかもっ!」

 「み、ミリタリー系も、新鮮だ……」

 ……なんか変なツボに入っている方がいるようで。

 「そうそう、続いて艦長や副提督に紹介しなきゃならないんだけど、ちょうどみんな、これから始まるエキシビジョンマッチに入っちゃっているの。悪いけど少しそこで見ていてくれない?」

 「あ、あたしあっち行かなきゃ」

 エキシビジョンマッチ、ですか? 何でしょう。
 と、会場の上に、ちょっとした戦場のマップが浮かび上がりました。
 そこに赤軍と青軍の駒が配置されています。
 これは……士官学校で演習に使われるシミュレーションゲームですね。


 「レディース、アンド、ジェントルメン!」


 と、その下の壇上に、眼鏡のおじさんと、そばかすの女の子が、それぞれ仮装した姿で現れます。


 「さあさあお立ち会い、今宵思いがけなく実現したは、極東の天才艦長と、西欧の鬼人軍師の息詰まる対決!」


 バニーさんの女の子が、どっかで聞いたような声であおれば、


 「事の始まりは些細なこと。シミュレーションでは常勝不敗、連合軍士官学校主席のわれらが艦長と、西欧で見出されし記憶喪失の超天才軍師、どちらの采配が優れものか、ちょいと提督と副提督の間で意見が分かれちまった」


 眼鏡のおじさんがはやし立てます。


 「ええいめんどくさい、直接ぶつかりゃ判るだろうっていうのが、今回の一戦の趣旨だ!」



 「まずはコーナー、連合の美しき至宝、われらが艦長、ミスマル ユリカ〜!」



 盤のウィンドウの隣に、憧れの先輩が写りました……なぜ、エステバリスなんですか?



 「そしてコーナーは、正体不明、流浪の男、西欧の救世主、クラウド シノノメ〜!」



 そして反対のウィンドウに写ったのは、私と同じような黒髪黒目、スポーツ刈りのように短くした髪型がことのほか凛々しい、すっきりとした好青年でした……バッタの格好をしていなければ。
 こちらの方は……西欧のMoonNightに、学校を出ていないのに凄腕の参謀がいるといううわさがありましたね。その方でしょうか。
 でも、まあ、あの先輩の敵ではないでしょう。



 「さあ、いよいよ開戦、号令は、この人だあっ!」



 出てきたのは……子供っ?
 どう見てもまだ5、6歳くらいの女の子が、なぜか赤いタキシードに、つけひげアイパッチをして出てきました。宴会用のかつらからはみ出したピンク色の髪が、ぴょこぴょこと跳ねています。
 何でしょう、あれ……。



 「それでは皆さん!」



 女の子が、結構大きな声で叫びます。言葉と同時に、アイパッチをむしりとります。



 「ナデシコファイト! レディ〜〜〜〜〜」



 「「「ゴーっ!」」」




 なんかノっていますね。
 そして、対戦が始まりました。



 マップは見覚えのある士官学校のものでしたが、システムがものすごく改良されていますね。
 特に視覚効果に、無駄ともいえる過剰なエフェクトがついています。誰が作ったんでしょう。
 リアルタイムで指揮を出さなければならないこのタイプのシミュレーションは、結構指揮官にとってはせわしないゲームです。どうやらコマンド入力も改良されていて、実戦並みに音声で指揮を取れるようですね。

 「第2部隊はA−2からA−4へ、第3部隊は後退しつつ第2基地へ下がって! 第1はその穴を埋めて!」

 「第4部隊、側面へ回れ!」

 はたから見ている我々には、戦局が手に取るように見えていますが、プレイしている2人には、お互いの部隊と索敵範囲しか見えていません。
 ふと気がつくと、私はウィンドウ上の戦闘に没入していました。
 す、凄すぎます、お互い。
 そして、クラウドさん……私は、この手のシミュレーションで、先輩とここまで戦える人を初めて見ました。
 戦況は、完全に拮抗しました。まさに一進一退の攻防が繰り広げられます。
 ですが、ついに破局が訪れました。
 明らかに優勢だった先輩の部隊が、半分以下の数しかないクラウドさんの部隊に引き分けられてしまったのです。私の判断では、ランダム判定で1%くらいの確率でしか起こらないことのはずです。
 次のターンに先輩の部隊は無事突破しましたが、なまじ戦力が拮抗していただけに、この遅れが致命傷になりました。
 突破口が逆に敵に突破され、なすすべもなく全軍が崩れ去りました……。
 それは、私が初めて見た、ミスマル先輩が、戦略シミュレーションで敗退する姿でした。



 「ウィナー、青軍、クラウド シノノメ〜〜〜っ!」

 さっきの女の子が、高らかに勝利を宣言します。
 すると壇の裏のあたりから、先輩とクラウドさんが出てきました。

 「すばらしい戦いを見せてくれた、お二人に拍手〜〜〜っ!」

 同時に、会場中から、割れんばかりの拍手がします。

 「どっちもすごいぞー!」

 「惜しかったな艦長!」

 「クラウドさん、すごいぜ!」

 そんな中、眼鏡のおじさんとお下げバニーの女の子が、インタビューに出てきました。

 「いやはやすごかったですね。まずは残念ながら敗者になった艦長からコメントをどうぞ」

 バニーの人が、マイクを差し出します。ユリカ先輩はそれを受け取ると、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で、コメントを述べました。

 「本当にしてやられました。実際のところ、私がこの手のゲームで負けたのは生まれて初めてです。世の中には、こんなにすごい人がいるんだって思いました。これからも、ご指導よろしくお願いします」

 「うおおおおっ!!」

 にぎやかですね、何かにつけ。

 「さて、では続いて、栄光の勝利者である、クラウド参謀のコメントです」

 今度は眼鏡の方がマイクを差し出します。

 「今回は本当に運よく勝たせていただきました。今のうちに種明かしをしておきますと、今回の勝利は、純粋に『運』です。ハルナさん、ターン21の5を再生していただけますか?」

 その声とともに、再び宙にウィンドウが浮かびました。写っていたのは、さっきの戦いの天王山。ユリカ先輩の部隊が不覚を取ったシーンです。

 「実は今回のシミュレーター、戦況を見ているうちに、私はゲーム内にひとつの隠しパラメーターがあることに気がつきました」

 「ええっ、私、そこまでは気がつかなかった……」

 そ、そうだったんですか?

 「部隊の損耗率に、どうも計算外の要素がかかわっていたようなのです。それは、部隊のやる気……士気でした。それほど決定的な要素ではなく、ほんのわずかな差にしかならないのですが、明らかにやる気の高い部隊と低い部隊がゲーム内には混在していました。そしてそれは、戦況にあわせて刻々と変わっていったのです」

 ぜ、ぜんぜん判りませんでした。すごい人です、この人。

 「ですが、純粋な戦略レベルでは、残念ながら私のほうが劣っていました。これでも少しは自信があったのですが、彼女の戦略は常に私の一歩上を行っていました。このままでは、私の負けです。そこで私は、一つの賭けに出ました」

 私も、壇上の先輩も、そして会場のみんなも、いつしかクラウドさんの台詞に聞きほれていました。

 「自分の部隊のうち、最も士気が高く、そしてそれを維持できる部隊を、戦略の要のポイントに、集中して配備しました。ここを抜かれたら、こっちの負けです。そして艦長は、私の読みどおりに、そこに最大の戦力をぶつけて来ました。わが策なれり、というところですが、困ったことに、彼女がそこにぶつけて来た戦力は、私の予想の倍でした。士気の修正を得られたとしても、勝率は0%。ですが、引き分けに持ち込める可能性なら、何とか50%ありました。ここから先は、完全に運です。そして今回の勝利の女神は……私に微笑みました」

 そこで再び、彼は舞台裏に声をかけました。

 「すまないけど、あそこの戦いで僕が負けた場合の様子を見せてくれるかな?」

 先ほどの映像に、今度は内部パラメーターが表示されました。
 それによると……クラウドさんの部隊が持ちこたえる率は、50どころか、たったの28%でした。
 そして、データ処理によって、クラウドさんの部隊が敗退したことになりました。すると……
 先ほどとまったく逆の様子が、ウィンドウ上に展開されていきました。

 「見てのとおりです」

 彼はユリカさんの手をとると、それを掲げて言いました。

 「今回は、一か八かの策があたって、何とか私が勝てました。ですが、この勝利はあくまでも『運』です。そして私は、このすばらしい実力を持った艦長を、心からたたえます」

 会場中に拍手の嵐が巻き起こりました。
 と。

 「いえ、そんなことはありません」

 そう答えたのは、先輩でした。

 「恥ずかしながら私は、クラウドさんが見破った隠しパラメーターの存在に、ぜんぜん気がついていませんでした。私がこのことに気がついていれば、さっきのシーンで不覚を取ることはなかったはずです。現実に例えるなら、私は部隊の疲労を考えずに、作戦を強要してしまったようなものです。だとすれば、今回の敗北は、私に対する戒めなのでしょう。私はそれを、甘んじて受けるつもりです。皆さん、この偉大なる参謀さんに、もう一度拍手〜〜〜〜〜っ!

 そしてまたもや、会場は拍手の渦になりました。

 「しかし……すごいな、彼。あんな人がいたなんて……」

 「ああ、西欧では俺もだいぶ助けられた。本当にすごい人だよ」

 ふと気がつくと、隣でそんな会話が耳に入りました。
 ですが、そちらを見ても、そんな話をしていた人は見当たりません。変ですね……。
 隣にいるのは、とってもかわいらしい女性が二人きり……???

 「ジュン、何が言いたい?」

 「……いや、なんでもない。テンカワ、お前には関係ない」

 「ジュン……」

 走り去っていってしまった女の人を追って、もう一人の人も行ってしまいましたが……????

 あああああっ!

 い、今の女の人……ひょっとして、テンカワ アキト?
 声は……男の人でしたし。
 だとするとジュンって言うのは……あっ!
 ミスマル先輩の脇にいつもいた、次席の先輩!
 私は頭の中で、必死に容姿の引き算をした。
 うん、確かにアオイ先輩だ。
 女顔だとは思っていたけど、あそこまで女装がハマるとは……。声を聞いていなければ、絶対気がつきませんでしたね。
 けど、何かあったんでしょうか。
 気になった私が、後を追おうとしたときでした。

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……

 警報! 敵でも出たんですか?

 そのとき私は反射的に、格納庫のほうへと走っていました。
 漆黒の戦神の腕前……それが見られるかもしれないと期待しつつ。







 >AKITO

 警報が鳴ったとき、俺は内心ほっとした。
 やっとこの女装から逃れられると。
 認めたくないが、俺の女装は……似合っていた。それなりに。
 化粧をしたサユリちゃんたちの腕前だろうか……違和感がほとんどなかったのだ。
 黙っていれば、ハルナと勘違いされたかもしれない。よく見ると顔がそっくりだからな、俺たち兄妹は。
 まあ……似合いすぎたジュンよりはましといっておこう。ハルナ、あれはかわいそうだったぞ、本当に。
 それはさておき、俺は来るべきものが来たのを感じ取っていた。
 ジンシリーズの襲撃……白鳥たちが現れたということだろう。

 「アキトさん、どうしますか?」

 移動する俺の脇に、小さいウィンドウが開いた。ルリちゃんだ。

 「まあ、基本的に前回と一緒だな。ただ、月には行っておかないとまずいだろう。ナデシコの様子からすると、俺が二週間前に跳んだ事実はないみたいだが」

 「ですね。それならばエリナさんがあんなに驚くとは思えませんし」

 「月にも月臣が来るし、ほっておいたら甚大な被害が出る」

 「……でも、どうやってジャンプします?」

 ……しまった。ブラックサレナが使えないとなると、CCを大量に持ち込まないとならんしな……。

 と、そこに割り込んでくるウィンドウがあった。

 「まったく抜けてるんだから。ちゃんとジャンプフィールド発生器、お兄ちゃんのエステにマウントしておいたよ。ただ、無理につないだから一回使うと修理不能になるからね」

 「ハルナ!」

 「ハルナさん!」

 しかし驚く間もなく、ハルナは言った。

 「いいじゃない、ここまで来たら、お互いバレバレでしょ。あたしも出し惜しみはそろそろやめるわ。ていうか……どうも歴史の歪みは、シャレにならなくなってきたみたい」

 どういう意味だ?

 「ルリちゃん、現場をモニターしてみればわかるよ」

 「あ、はい」

 ルリちゃんが操作をすると、現場の様子が現れた。崩れ落ちるビル、避難する人々。その中に映る、3体の巨大なロボット……ん?

 「さ、3体いるぞ?」

 「そ、そういえば……テツジンとマジンは、前と同じみたいですね」

 「マジンは動きからすると、やっぱり自爆用の無人操縦だな」

 だが、その脇にいる、この機体はなんだ?

 「女性型で、フレキシブルワイヤーを利用した、鞭状の武器を使いますね。見ていると伸縮硬軟自在、鞭を棒のようにして使っている状況もあります」

 「こりゃスーパーアカラ……いや、26話のボンテージZか? しかしいくらアカラ王子の機体とはいえ、なぜ木連がキョアック星人型の機体をわざわざ……」

 「そういえばそうですね」

 そこまで言ったときに、格納庫についてしまった。

 「急げ、テンカワ! 街中でいままでとは違うやつらが暴れているらしい! 準備は出来ている!」

 俺たちはエステに乗り込むと、次々と出動して行った。ん、1機多いな。誰だ?

 「あ、アキトさん、それは連合軍から一人、補充で来たパイロットの方です。聞いていませんでしたか?」

 「そういえば……遠くでよく聞こえなかったんだ。やかましかったし」

 そうしたらルリちゃんがパーソナルデータを送ってくれた。

 「イツキ カザマ大尉。極東軍ではかなり腕利きだった方ですね。戦績評価からすると、大体ヒカルさんやイズミさんと同等くらいの腕前です」

 「わかった」

 そう答えつつも、俺の目は、脇の写真に釘付けだった。
 そこに写っていたのは、ほんのわずかにすれ違った、あの女性だった。
 前の歴史で、ナデシコを降りた俺の代わりに、パイロットとして着任してきた女性。
 ジンシリーズとの戦いで、ジャンプに巻き込まれ、その姿を消した人……。
 ふと、手の中に、あのときの柔らかな手の感触がよみがえってきた。
 今度はあの人を……死なせるわけにはいかないっ!
 俺は来るべき戦いに、意識を集中させた。

 「気をつけてください。3体目のジンシリーズ、性能は未知数です。グラビティブラストは装備していないようですが、伸縮自在の鞭状兵器による近接格闘能力は、かなり高いと推察されます。もともと機動力に欠けるジンシリーズの欠点を、あの兵器で補っているといえるでしょう。かなりの強敵です」

 「あとね……あてずっぽうだけど、あの機体がボンテージZな理由、ひとつだけ思い当たるよ」

 現場に向かう途中、ルリちゃんとハルナの通信が入る。

 「何ですか、ハルナさん」

 「うん……ジンシリーズって、基本的に『象徴』だよね、木連の」

 「そうともいえますね。ゲキガンガーを模しているのはそのためですし」

 木連にとっては、ジンシリーズは、まさしく兵器であると同時に、正義のシンボルでもある。

 「だとしたら……あれを作る理由は一つしかないよ。あの機体じゃないとシンボルに出来ない理由は」

 どういうことだ……ミーエ・ミーエを模した、女性型の機体をシンボルに……!
 出し抜けに頭の中にひとつの答えが閃いた。

 「女か!」

 「女性ですか!」

 俺とルリちゃんの答えが重なる。

 「うん……」

 ハルナも同意した。

 「あの機体のパイロット、多分女の人だよ。今回の木連の組織、前回とは違うみたいだね。まあ、さすがにユキナちゃんじゃないと思うけど」

 「ユキナさん……ゲキガンガー嫌いでしたからね、木連では珍しく」

 「まあいい。捕獲してみればわかるだろう」

 そうこうしているうちに、俺たちは現場に到着した。



 「なにあれ、ゲキガンガー?」

 「おまけにウミガンガーに、ボンテージZだとっ!」

 現場に着くなり、ヒカルちゃんとガイはそう叫んだ。
 現場はかなりひどい有様だった。死傷者も、かなり出ているだろうな……。
 俺たちは絶望的なまでにデカイ3体の敵に向かい合った。

 「連合軍は、全滅したみたいだね……」

 「おまけにこの破壊の後……普通の兵器とは違いますね」

 空戦フレームで上空から戦場を俯瞰している、アカツキとアリサちゃんが言った。

 「皆さん、どうやら敵のうち2体、ゲキガンガータイプのものは、小型のグラビティブラストを装備しているようです」

 ルリちゃんからの報告が入る。

 「それは強敵ね……」

 それを聞いて、ヒカルちゃんは、じっくりと距離をとりながら相手の動きに注目する。

 「……そうか! あれは偽ゲキガンガーだ! アカラ王子が、偽ゲキガンガーを率いて、地球を破壊しに来やがったな!」

 ……それは違うぞ、ガイ。

 「やいてめえら! 偽ゲキガンガーとは片腹痛いわ!」

 「待てヤマダ! 敵の動きに注意しろ!」

 しかしガイは、突出して敵に銃撃をかけた。
 だが、ジンシリーズの強固なディストーションフィールドには、傷一つつかない。

 「くそっ、偽物の癖に硬いやつだっ!」

 「下がれヤマダっ!」

 リョーコちゃんが叫ぶ。ガイもそれを聞いてしぶしぶ後ろに引いた。
 ほう、だいぶ成長したじゃないか、ガイ。
 そこにアカツキからの指示が入った。

 「とりあえず目標はゲキガンガータイプに絞る。相手がでかすぎて、おそらくテンカワ君かリョーコ君が、バーストモードでのDFSを使用しなければ、あいつのフィールドを破れまい。テンカワ君、とりあえずいったん囮になってくれないか? 相手の出方が見たい」

 「任せろ。その間あっちのウミガンガーのほうを牽制してくれ」

 俺はそう答えると、目の前のゲキガンガータイプ……テツジンに挑んでいった。
 DFSをミニマムモードで抜き放ち、やつに仕掛ける。
 だがやはり思ったとおり、テツジンはボソンジャンプで俺の攻撃を回避した。

 「ええっ! 何いまの!」

 「瞬間移動!」

 「あれは恥ずかしがっているミナト……照れ・ポート。なんちゃってギャハハハハ」

 「厄介な攻撃ですね」

 みんながあっけに取られている中、一人イツキさんだけは冷静に戦局を見ていた。

 「原理はわかりませんが……消えると言うのなら、逃がさないだけです!」

 牽制しつつ、マジンに迫るイツキ機。
 そしてグラビティブラストを発射しようとするマジンの前に立ちふさがる!

 「さすがに攻撃の一瞬は、フィールドを解きますか!」

 マジンの胸から、黒い光がほとばしり、すでに破壊しつくされた地面をえぐる。
 ただでさえ悲惨なことになっていた地面は、さらに深くえぐられ、破断した水道管からは水が滴り、ガス管からは小規模な爆発が起こった。
 そしてそれを回避したイツキ機は、回りこみながら大きくジャンプし、マジンの頭部に向けて、ワイヤーフィストを打ち出す!
 狙いは過たず、マジンの頭部に絡みついた。

 「よしっ!」

 ワイヤーを縮め、マジンの頭部に取り付こうとする。
 その瞬間マジンのボディを虹色の光が取り巻き始める!
 いかん! あれに巻き込まれたら、歴史は繰り返す!
 俺は反射的に、マジンへ向けてライフルを叩き込んだ。
 間に合えっ!
 祈りを込めた斉射は、何とかワイヤーを打ち抜き、イツキさんの機体は地面へと落下した。同時にマジンの姿が消え、30mほどずれた所に出現する。
 間に合った……。
 俺は一息ついて、戦場に注意を戻した。



 「テンカワ君、どうかしたのか?」

 「あいたたたた……何をするんですか。いったい!」

 俺のところに同時にウィンドウが2枚立ち上がる。アカツキと、イツキさんからだ。
 俺はイツキさんのほうのウィンドウを『保留』にして閉じると、アカツキとの会話を『秘話』にセットした。

 「内密の話か。どういうことだい? いまのは」

 「あれはボソンジャンプだ。昨日はいちいち説明しなかったが、あれに巻き込まれたら、俺以外は間違いなく死ぬ。詳しいことはイネスさんにでも聞いてくれ」

 「なるほど、あわてるわけだ。でもどうやってそのことを説明する? 僕だっていまは、ただのパイロットなんだよ?」

 「何……とりあえず無理やりでいい。すぐにジャンプのことは隠しておけなくなる」

 「テンカワ君! それはどういう!」

 「説明はまとめて後だ。とにかくこいつらを何とかするほうが先だ。頼む、その青いほうは任せた。よく見ればわかるが、あのジャンプには、明確なパターンがある。それを見切れば、何とかなる」

 アカツキは不服そうだったが、何かを感じてくれたのだろう。黙ってうなずいてくれた。

 「わかった。しかしさすがだな。あのわずかな時間でそれを見切るとは。けど貸しは高くつくよ。ネルガルの株2%ほどでどうだ」

 「悪いが冗談に付き合っている暇はない」

 実際、そんな暇はなかった。俺がイツキさんのほうに注意している隙に、あのボンテージZタイプが迫ってきて、2本の鞭で俺に猛攻をかけてきたのだ。
 さっきの会話は、それを回避しながらしている。
 とりあえず俺は保留にしていたイツキさんの回線を開いた。

 「テンカワさん! あなた、どういうつもりなんですか! せっかくのチャンスを!」

 怒るのも無理はないが、ゆっくり答えている暇はなかった。
 俺の動きに、テツジンが攻撃をあわせてきたからだ。
 さすがは白鳥……いいフォローだ。それにこのボンテージのパイロット、かなり木連式の心得があるぞ。動きのパターンからすると、月臣ではなさそうだ……それにこれは、柔でも剣術でもない。杖術か捕縛術みたいだな。さすがに鞭術はなかったはずだが。
 俺もそっちのほうの心得はないから、対応に苦労する。

 「すまんイツキさん、君は知らないだろうが……あれに巻き込まれたら、絶対に助からない。接近戦は危険だ」

 「え、何でそんなことを」

 知っているのですか、とでも言いかけたところを、俺は無理やり押さえ込んだ。

 「説明は後! いまは目の前の敵に集中してくれ!」

 「は、はいっ!」

 横目で戦況を確認すると、イツキさんのエステバリスは、何とか再起動をはたしていた。
 さて、どうやら遊んでいる暇はなさそうだ。ちょっと手荒だが、一気に片をつける!

 「みんな! こっちの2機は一気に俺が片をつける。ただ、そうするとオーバーヒートだ。残りの1機は任せる!」

 そうすると、まとめてみんなから返事が返ってきた。

 「やる気だな、アキト!」

 「こっちはまだ平気だぜ!」

 「お願いね、そっちは」

 「ふっ、案ずるよりウミガンガーは易し……いまいちね」

 「何とかいけそうです。そっちこそ援護なしで平気ですか?」

 「アカツキさん、私は指示のタイミングでランサーを打ち込めばいいんですね?」

 「そのとおり。フィールドランサーによって弱められたシールドを、集中砲火で打ち破る! ただし、最初のうちは敵が瞬間移動をした直後、攻撃をかけようとするところを狙う! 攻撃より回避を優先だ! あの移動に巻き込まれると危険だからな」

 ……これなら任せても大丈夫そうだな。よし、こっちも一気にいくか。

 「バーストモード、スタート!」

 掛け声とともにフィールド出力が、ぐんと跳ね上がる。その分のフィールドを、両手に持ったDFSに送り込む。
 これでDFSは、ジンシリーズの強力なディストーションフィールドに対抗できる威力になった。後は一気にいくのみ!



 「いざ送らん、汝に死出の舞を!

 秘剣、
旋風四方斬!



 この技は珍しくフィールド制御とは関係がない、純粋に木連式に伝わる剣技だ。
 回転の動きを多用した舞にも似た動作が、四方から来た敵を同時とも言えるタイミングで切り裂くことからつけられた。
 第一の舞で敵の懐に飛び込み、第二の舞で襲い掛かる鞭を左右同時に斬り飛ばす。第三の舞で右腕と左足を、第四の舞で右足と左腕を切り捨てる。
 この間、0.2秒!
 達磨になったボンテージZをその場に打ち捨て、続いてテツジンに向かう。
 狙いは胴体下部、相転移エンジンの下側!
 ボソンジャンプでこちらの狙いをかく乱しようとしても無駄だ!
 多分ラピスも見ていることだし、少しサービスしてやる!



 「唸れ竜巻、轟け雷鳴、

  奥義……
竜・巻・嵐・龍・斬!!



 叫び声とともに、俺はエステバリスを独楽のように激しくスピンさせた。この状態になると、エネルギーウェーブのアンテナが追尾できなくなり、エネルギーがバッテリーモードに切り替わる。本来はサレナの様な独立したエネルギー源のある機体で使う技だからな。
 そして体から水平に突き出された2本のDFSは、その動きによりまるで円盤のこぎりのように、テツジンのフィールドを食い破り、そのまま本体まで切り裂いていく。そして俺がテツジンのまわりを一周して技を解くと同時に、テツジンの上半身がずれ落ちた。
 DFSを長くして一刀両断にすると、間違って相転移エンジンを傷つける恐れがあったからな。見た目は荒っぽいが、実は結構細かい制御が効く技だったりするのだ。手元の剣を微妙に調整することによって、危険な箇所を避けて切れるからだ。
 しかし、さすがにエネルギー残量が少ない。この後の『仕上げ』に備えて、少しエネルギーをチャージしておかないとな。
 俺がマジンの戦いのほうに注意を向けると、なぜかガイのエステが半壊して地に伏していた。
 やられたのか、と思ったが、よく見ると脇にでっかいテツジンの装甲板が落ちている。

 「アキトさんがテツジンの装甲版を奥義で切り刻んだとき、弾け跳んだ破片が後ろから直撃したんです。衝撃でヤマダさんは外部に投げ出されたようですが、命に別状はなさそうです。自力で物陰に避難したところが、エステのモニターに映し出されていましたから」

 ルリちゃんの報告を聞いてほっとした。すまん、ガイ。

 (さっすが〜アキト。サービス満点だね!)

 ああ、ラピス。気に入ったか? なんか一度はやって見せろってせがまれていた技だからな。クリスマスプレゼントのひとつだ。でも、何であの技なんだ? 見た目は確かに派手だが。
 まあ、ちょっと休憩させてもらおう。







 >ALISA

 アキトさんがバーストモードを発動させて、一気に敵巨大兵器を粉砕してしまいました。しかし、さすがにエネルギーが厳しいようです。アキトさんの技は、一度に大量のエネルギーを消費しますからね。
 そして私は、上空でチャンスを狙います。
 最初は戸惑いましたが、敵の瞬間移動のパターンをアカツキさんが見切ってからは、出現と同時に攻撃をかけることによって、戦局を有利に運んでいます。
 しかしさすがは音に聞こえたナデシコ軍団。息がぴったり合っています。
 四方八方から攻撃を仕掛けられて、敵の青いロボットも、だいぶぼろぼろです。
 そろそろ……仕上げと言うわけです。
 次の予想出現地点は、私の真下。
 私は背中のフィールドランサーを構えました。
 何でもようやっと量産型のこれが製造ラインに乗ったとかで、もうじき新型が届くそうです。性能が2割増しだそうですから、楽しみな反面、ちょっと残念です。
 やがて真下の風景が歪み……敵ロボットが現れました。
 いまです!

 「たあああああっ!」

 気合を込めて……IFSの思考トリガーを加速するのに、結構これは有効なテクニックだったりします……私は手にしたフィールドランサーを、真下に投擲しました。
 槍が相手のフィールドを中和して、頭部に突き刺さります!

 「もらったあっ!」

 さらに下ではリョーコさんが、白い剣を閃かせて、弱ったフィールドを消し飛ばします!
 あの方……いまのところアキトさん以外に、限定的ながらDFSを使いこなすことのできる方なのですよね。あれは『居合』でしょうか。東洋の剣術にそういうのがあると聞いています。
 なるほど、確かにアキトさんが、私に匹敵すると言うだけのことはあります。
 その辺の陰に隠れて一見平凡そうに見えるほかの方々も、MoonNightの皆様と比べても、ぜんぜん見劣りがしません。イツキさんと言う方はまだ来たばかりとのことで、今ひとつ息があっていませんでしたが、何とかついてきているようです。
 途中で飛んできた瓦礫がヤマダさんという人にぶつかるという事故がなければ、私たちのパーフェクト勝ちだったでしょう。
 私とリョーコさんの連携攻撃ですべての鎧をはがされた敵のロボットは、みんなの銃撃によってぼろぼろになって行きました。私もリョーコさんも、武器をラピッドライフルに持ち替えて攻撃です。
 やがて敵のロボットは、崩れ落ちるように、ビルにもたれかかりました。
 やりました! 私たちの勝ちです!
 私はそっと近づいてランサーを回収すると、少し離れたところに着地しました。

 ヴウウウウン

 ん……? 何の音でしょう。
 そちらを見ると、なにやらお腹の辺りから光のようなものが見えています。

 「何だ、ありゃ」

 リョーコさんがそういったとき、突然眼前に大きなウィンドウが開きました。

 『説明しましょう!』

 あ、あなたは、確か、ドクター・イネス……。
 早朝、研究のためにナデシコを下りたと聞いていましたが、なぜいきなり?

 「はいはい、なんでしょうか」

 あ、リョーコさん、ずいぶん投げやりですね。

 「あれは相転移エンジンが暴走したときに発生する音よ。どうやら要するに、あいつは自爆しようとしているみたいね。単に爆発しただけでもちょっとした核兵器並み、もし相転移システムが暴走していたら、あたり一帯が消滅するわね。周辺の空間が相転移によるインフレーションを起こして、灼熱地獄と化すから。分子間力が維持できなくなってプラズマ化し、何も残らないわね」

 「何のんきなこと言ってんだ、おい! どうやったら止められるんだ!」

 「とめられないわよ。絶対に」

 「呑気にそんなこと言うな〜〜〜っ!」

 あーあ、切れちゃいました。でも、本当にそこまで危険なら、じっとしているわけがないと思うんですけど、アキトさん。

 「と、言うわけだ。どうにかなるかい? テンカワ君」

 あ、アカツキさんも同じことを考えていたようです。

 「心配ない。任せろ」

 アキトさんもそう答えます。
 そしてアキトさんは、エステバリスを例の機体の近くに持っていくと、なにかの操作を行いました。
 すると先ほどの戦いのときのように、虹色の光があたりを満たしていきます。

 「なるほど、それでさっきあんなことを言ったのか」

 「外れてくれればよかったんだろうけどな。これは予想の範疇だった」

 ……どういう意味でしょう。お二人の会話は。

 「おいちょっと待てロンゲ、確かそいつに触ると死ぬって言ってなかったか!」

 そういえばそういっていましたね、アカツキさん。でもたしかアキトさんは平気でしたよね。あの事件のとき、あの光とともに、アキトさんは移動していましたし。
 リョーコさんは、知らないのでしょうか。あの様子だと、アカツキさんは知っているみたいですけど。

 「じゃ、クリスマスの記念に、いまから取って置きのかくし芸を見せてあげるよ。タイトルは、敵巨大兵器、謎の大脱出だ!」

 その声とともに、虹色の光が揺らめき……それが消えたとき、アキトさんの姿は敵の兵器共々、きれいさっぱりと消えてしまいました。



 「テンカワ〜〜〜っ!」



 『呼んだ?』



 「……へっ?」



 ふふっ、絶妙のタイミングでした。

 「おいテンカワ、どこに行った!」

 リョーコさん、もう消えたりしませんよ。でも、どこに行ったのでしょう。
 通信が少し遠いようですが。

 『ああ、いま俺は月にいる』



 「「「「月いいいっ!」」」」



 あ、さすがに他の皆さんもびっくりしたようです。私もそれは予想外でした。
 ナデシコの人たちが開くウィンドウに前部パネルが埋め尽くされて、前が見えません。

 「おい、何でいきなり月にいるんだ、お前が!」

 「手品の種は、再会出来たときに教えるよ。みんな、悪いけど迎えの手筈は取れるかな? 実は手品の種が吹き飛んで、同じ手じゃ帰れないんだ」

 「わかった、何とかしよう。もともと月に行くつもりはあったからね」

 そう答えたのはアカツキさんでした。なぜ、彼なんでしょう。
 ま、いまはおいておきましょう。
 でも、今度は月ですか……。一歩、前進ですね、アキトさん。







 >RYOKO

 まったく、驚かせやがって、アキトのやつ。
 どういう手品かは知らないけど、本気で心配したぞ!
 おまけにヒカルのやつにはからかわれるし……。
 ま、いまはそれどころじゃないけどな。
 オレは格納庫に運び込まれた、巨大兵器の残骸を見ていた。
 本来なら軍かネルガルの研究所にでも持っていくところだったが、あいにく軍の研究所は近くになく、ネルガルの研究所はぶっ壊されちまっていた。
 そこで研究のため、残骸を軍の月面研究所へ運搬する仕事を、提督が請け負ってきた。これだけの巨大兵器となると、重力の弱い月面のほうが研究しやすいかららしい。
 もっともどうやらハルナあたりの入れ知恵っぽかったが。でも、この名目があれば、堂々とナデシコは月へアキトを迎えに行ける。艦長もニコニコしっぱなしだ。

 「さすがは提督。私たちのしたいことがよ〜くわかっていますねっ」

 「ふっ、こういう仕事なら任せなさい」

 あのな提督、こういうことに長けているっていうのは、あんまり自慢できることじゃねえと思うぞ、全く。
 そんなわけで、いま格納庫の中には、巨大な残骸がごろごろしている。こうしてみると本当に馬鹿でかいな、こりゃ。
 ちなみにネルガルやウリバタケの旦那が、こんなチャンスを黙ってみているわけがない。どうせ運ぶまでの間に、いろいろ調べつくすつもりだろう。
 ま、今回の任務、最後アキトのやつにびっくりさせられたけど、結果的にはあのでかいのの破片がぶつかって、地面に投げ出されていたヤマダと、背中を打った新人のイツキくらいしか怪我人は出なかったしな。ヤマダのやつ、怪我はしても治りも早いから、すぐに元気になるだろ。
 さて、見舞いにでも行ってくるか。



 ところが、医務室に行ってみると、とんでもない騒ぎになっていた。

 「何だ、いったい」

 見るとヒカルのやつが真っ青になっている。

 「あ、リョーコ〜〜〜〜っ!、ガイ君が! 大変なの!」

 「なぬっ! ヤマダの馬鹿、とうとうくたばったかっ!」

 「違うわよっ! 勝手に殺さないでっ!」

 あたたたた、本気で殴るなよ……でもお前、まさか?

 「ガイ君ね、さっきの戦闘で頭打ったらしくって、記憶喪失になっちゃったみたいなの〜〜〜〜」

 「何だと〜〜〜〜〜〜っ!」







 >GAI

 いやはや、まいったぜ。まさか身内の攻撃に巻き込まれるとは。
 俺はふらつく頭を抱えつつも、近くのビルの陰に避難した。

 「あーあ、こりゃひどいな」

 俺はぶち壊れたエステのひどさに目を覆う。
 しばらくすると、ナデシコがこちらに飛んできた。壊れた機体の回収だろう。俺は立ち上がろうとして……急にめまいを感じた。
 まずい、どっか打っていたか……頭とかは、油断していると来るときがあるからな。
 なんか……気が遠くなる……幻聴まで聞こえるぜ……



 「ガイさん大丈夫だったかな。あれ、相当やばそうだったけど……わ、なにこれ、後頭部に衝撃……ヤバい! このままだと全身が……まだみんなには見つかってないよね……仕方がない、裏技で……」







 「これで大丈夫だと思うけど……だれっ! って……ああっ、白鳥さん、何でここに……って、これもずれたせいか……でも、どうしよう。このままじゃミナトさんと……ええい、仕方ない! 無茶だけど、何とかするしかないか……さすがにこれだけゆがんじゃうと、本当に予想外のことばっかり……うまくやってね、白鳥さん……」



 「いたぞ、ヤマダだ! おい、結構怪我が酷いぞ! さすがにあいつも不死身とはいかなかったか!」








 「大丈夫? ガイさん」

 ……なんか妙に頭が痛いが、目が覚めたら、そこはオレの部屋だった。

 「ん、ハルナちゃんじゃないか。どうしてここに」

 オレはベッドに寝かされていた。特に体調は悪くない。

 「よかったー、心配したんだよ。戦場で倒れていたから。外傷はなさそうだから、ここで寝かされてたんだけど。あ、様子見でしばらくお仕事はお休みだって。でね、渡し忘れていたクリスマスプレゼント、持ってきたんだよ。はいこれ」

 ん、なんだこりゃ、ビデオディスク……こ、これは、ま、まさか!!

 「ま……幻のゲキガンガー劇場版!」

 これは……本当にすごいお宝だぞ! 何しろマスターテープが残っていないくらいなんだから。

 「へへへ、すごいだろ〜。西欧で発掘したんだよ。昔外国のファンが取り寄せたゲキガンガーがあるっていううわさを耳にして、物は試しと行ってみたら大当たり! まさか劇場版だったとは私も思っても見なかったわ。私は別にコレクター趣味はないから、ガイさんにあげる。こういうのは、一番望むべき人にあげないと」

 「おおっ、オレはいま猛烈に感動している! さあ見よう! 出来れば一緒に、この感動を分かち合おう!」

 ハルナちゃん、君はまさに女神だ!

 「ごめん、私もそうしたいんだけど、これから仕事。あと3時間早く起きてくれたらよかったんだけど。あ、気にしないでね。私に気兼ねして見ないなんていったら、ゲキガンガーがかわいそうだよ。どうせダビング保存とかするんでしょ。そういう作業を先にしておいたら? あとね、一見元気そうに見えても、まだ疲労が蓄積されているから、眠くなったら無理に起きていないですぐに寝たほうがいいって、お医者さん言ってたよ。感動して一気鑑賞なんかしちゃだめだからね」

 うーむ、自分をおさえ切れるかは疑問だが、忠告には従っておこう。まだ少し頭が痛いしな。

 「後、ベッドの脇にご飯置いてあるからね。お腹がすくようだったらそれ食べて。すいてなかったら無理に食べちゃだめだって。じゃ、またね〜」

 いわれてみると、ベッドの脇に、おにぎりとお茶が置いてあった。まあ、それほど腹は減っていない。
 先にビデオを見るか。



 「くううううううっ! 燃えるっ!

 30分の小品であったが、さすが幻の劇場版。燃えどころは抜群だ! 古代縄文人が、敵として出てきているし。
 あ、なんか腹が減ってきたな。それに眠気も。とりあえずハルナちゃんの心づくしをいただくか。作ったのはアキトあたりかも知れんが。

 ……ふう、腹がくちくなったら、マジに眠くなってきた。悪いが寝かせてもらうとするか。

 お休み……







 「ごめんなさい、ガイさん。うまくいってくれるといいけれど……あとは、白鳥さん、うまくやってくれるかな……全く、何で舞歌さんが殴りこんでくるわけ? 収まるところに収まってくれるといいんだけど。さて、どうなるんだろう、この先。さすがにあたしでも不安だわ」







 次回 サイドストーリー 『ロバートの夢』に続く。








 あとがき

 お待たせいたしました。
 総テキスト150Kにもなってしまったため、時間がかかりました。


 怒涛の展開となりました第13話。ラストシーンで唖然とした方も多いでしょう。
 ゆがんだ歴史は、ついにとんでもない事態を巻き起こしました。
 いままで順調に来ていたガイですが、それまでのツケを払うがごとくの災難!
 まあ、ハルナが埋めてくれたようですが……何かとんでもないことになっているような(笑)



 さて、何が起こっているかわかりますか? 皆さん。月に向かうナデシコに、ハルナの仕組んだ策略のせいで、とんでもない事態が巻き起こります。そして……次なる犠牲者は誰か!
 その前に、2話ほど番外編が挟まりますのでしばしのお待ちを。
 どっちもとんでもなくボリュームがありますので、本気で間が空く恐れがありますので。
 では、波乱のお話をお楽しみに。

 

 

 

代理人の感想

う〜む、ロボットアニメの血が騒ぐ(笑)。

ハルナの暗躍? 気にしない気にしない(爆)。

 

ま、それはそれとして・・・・・・・。

 

説明しようっ!

 

ラストでいきなり出てきた「ゲキガンガー劇場版」ですが、実はこれOVA(LD/VT)として実在します。

その名も「ゲキガンガー3 熱血決戦!!

(「大」がでかいのがワンポイント(笑))

 

天空ケン・・・熱血主人公。空中戦闘形態ゲキガンガー3のパイロット。

海燕ジョー・・・クールな美形キャラ。海中&高速戦闘形態ウミガンガーのパイロット。

大地アキラ・・・三枚目(爆)。陸上&重装戦闘形態リクガンガーのパイロット。

アカラ王子・・・美形悪役。正々堂々とゲキガンガーを打ち倒す事を望むキョアック星人の前線司令官。

 

 

今日こそ雌雄を決せんと都市の上空で対峙する、

ゲキガンガーチーム操るゲキガンガー3とアカラ王子操るグレートアカラロボ。

激しく数合を打ち合い、両雄が再び距離をとって対峙したその時、天が闇に閉ざされ無気味な声が響く!

 

「なるほど、地球とキョアック星のロボットの力とはその程度の物か・・・・!」

 

「「「「何ィッ!」」」」

 

四人の声に答えるかのようにギョロリ、と天空に見開かれる巨大な瞳。

 

「教えてやろう・・・我らは神なり!」

 

その言葉と共に現れた三体のジャシン軍団ロボ。

大都市を一瞬にして灰燼に帰する程の圧倒的な力でゲキガンガーとグレートアカラを苦しめる。

ゲキガンガーは辛勝するも機体に深刻なダメージを負い、一号機パイロットのケンが意識不明の重態。

そして、東京のみならず世界各国に現れた神を名乗る敵により、

ニューヨーク・パリ・ロンドン・モスクワは壊滅してしまうのであった・・・・・・。

 

 

その頃、ゲキガンガーチームとアカラ王子はほぼ同時にその敵の正体を突き止めていた。

その名は超古代縄文人。

数万年前に超文明を築き上げ、ゲキガンガーの設計図とキョアック星人来襲の予言を残して

何処へともなく消えた謎の古代人である。

そして、彼らはかつてキョアック星人を暗黒ひも宇宙へと追いやった悪魔の如き存在でもあった!

(実は彼らは元からのキョアック星人ではなく、超古代縄文人に敗れて「キョアック星人になった」のである)

 

世界各地を破壊の渦に落とし入れるも、ゲキガンガー3とグレートアカラロボに三体の部下を破壊された

超古代縄文人の支配者ジャシン大帝は遂に日本総攻撃を命令する。

今なお昏睡状態のケンを欠き、実力の半分ほどしか発揮できないゲキガンガー3。

死を覚悟して出撃するジョーとアキラ。

スピードで相手を翻弄し、ジャシンロボのうち四体の辛うじて一体を倒すも

動きを封じられ絶体絶命に陥るウミガンガー。

止めを刺そうと迫るジャシンロボが、だが次の瞬間真っ二つに裂けて爆発した!

そこにいたのは・・・・グレートアカラロボ!

 

ジョー「貴様一体!?」

アカラ「フ、何もお前たちの味方になろうというのではない。超古代縄文人は我らにとっても敵なのだ」

 

不敵に笑うアカラ王子に笑みで返すジョーとアキラ。

そしてまさにその時目覚めた天空ケンは国分寺博士から秘密兵器の存在を伝えられるのであった!

 

博士「こんな事もあろうかと密かに開発していた物がある。

    ジョー達が時間を稼いでくれたおかげで完成させる事が出来た!」

 

見よ! 大地が裂ける! その割れ目の底から限りない力を秘めてリフトアップされるその雄姿!

 

ケン「これが新たなる力! ゲキガンガーV!」

 

新たなるゲキガンガー、ゲキガンガーVとゲキガンガー3、そしてグレートアカラの

合体攻撃の前に一瞬にして砕け散るジャシンロボ軍団!

続いて現れた超古代縄文人の守護神ウラーガをも、

ゲキガンガーVと3、グレートアカラの熱血の力を合わせた必殺技が粉砕する!

 

「これがぁぁぁぁ! 熱血パワーかぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

 

絶叫と共にジャシン大帝は滅んだ。

夕日の中、並んで飛行する二体のゲキガンガーとグレートアカラ。

 

アカラ「ゲキガンガーよ、素晴らしい戦いであったぞ」

ケン「アカラ王子。お前にも熱血パワーがあるとは・・・・俺達は戦わずに済むのかもしれない」

アカラ「言うな。我らは命ある限り戦うが宿命・・・こんど会った時こそ雌雄を決するぞ」

ケン「・・・・そうだったな」

アカラ「また会おう」

 

そしてグレートアカラは飛び去り、ゲキガンガーVと3が並んで飛ぶシーンで幕となります。

 

 

 

 

ゲキガンガーとその敵であるはずのアカラ王子が手を取り合って強大な敵に立ち向かうという、

劇場版ならではのスペシャルな展開、ベタですがやっぱり燃えます。

なお、TV版とは「V」初登場の展開が違いますがよくある事ですので気にしないように(笑)。

 

 

この劇場版はTV版終了後、ナデシコ世界で公開されたゲキガンガーの劇場版を

ナデシコキャラたちが見ている、という舞台設定だったので

案外今回のハルナみたいにどこかのマニアが発掘した物を上映していたのかもしれませんね。