再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜


 第15話 遠い星から来た『彼女』……兄さん、なんでこんな所にいるの!?……<その3>



 目の前の敵は、幸運にも俺の攻撃を避けた。とつぜん強度を増した歪曲場が、私の必殺の一撃をそらしたからだ。

 「運のいい奴め……」

 小さくつぶやくと同時に、俺は体勢を立て直した。
 この月臣元一郎の攻撃をかわすとはな。ただのやられ役ではないという事か。



 我らが木連優人部隊は、いま大変な混乱に陥っている。
 東八雲総司令が地球で行方不明となり、敵の跳躍実験を逆利用して一気に地球圏への強襲を成し遂げた東舞歌副指令と、俺の親友である「ゆめみづき」艦長白鳥九十九も、現地の機動兵器に撃破された。未だ二人からの連絡はない。
 優れた人間が前線に立つ……優人部隊の弱点がさらされた形となってしまっていた。
 何とか得られたわずかな情報によれば、九十九と舞歌様を倒したのは、『漆黒の戦神』と呼ばれる地球圏最強の戦士、テンカワアキトという男らしい。

 「こうなるというのなら……俺も行くべきだった」

 そうではない事は理性ではわかっていたが、感情は納得してくれなかった。
 出撃まぎわ、ゆめみづきの元に、ある荷物が届いた。

 「これは……」

 「ジンタイプの最新型、ダイマジンだ」

 「これが……大きい」

 「強そうだな」

 舞歌様に見せられたダイマジンは、マジンをも上回る力強さだった。

 「同時に指令が来ている。月臣少佐、貴君はこのダイマジンを試験運用し、動作に不良がないかを報告するようにとの事だ。その結果を基に、ダイテツジンやダイデンジンの最終調整が行われる。重要な任務だぞ」

 「はっ」

 そういって敬礼した後、私は言った。

 「となると、今度の地球圏強襲が初任務となるわけですか……」

 「いや、その任務から貴君は外される」

 舞歌様の言葉は意外であった。

 「何故です!」

 「落ち着け、元一郎」

 九十九にたしなめられて、何とか私は落ち着いた。

 「冷静に考えてみろ、まだ試験も済んでいない機体で出撃する奴があるか。まあ、それは百歩譲ってもだ、もう一つ問題がある」

 「なんだ?」

 「ダイマジンでは大きすぎる。奇襲用の跳躍門は小型だ。テツジンですらぎりぎりなんだぞ」

 「そ、そういえば……」

 九十九の言うとおりであった。
 ただでさえ、容量ぎりぎりなのだ。ダイマジンでは、このサイズの跳躍門はくぐれない。

 「ならばマジンで……」

 「残念だけど、それはダメよ。あなたはダイマジンの試験を任じられたんだもの」

 舞歌様に指摘されて、私はぐうの音も出なかった。

 「まあ、マジンは攪乱と、最後の手段のために一応自動操縦で連れて行くわ。後の事をよろしくね。あと、この作戦の最中は、あなたが最高司令になるわ」

 ……そして未だ舞歌様も、九十九も帰らない。さらに追加の指令が来た。

 地球圏で異例とも言える活躍をしている、敵新型戦艦。その最新鋭艦が、月面の基地に存在しているらしい。それを拿捕、もしくは破壊せよ、との指示だ。
 私はたまった鬱憤を晴らすかのように、ダイマジンを起動した。



 出撃した私の前に立ちはだかったのは、何ともみすぼらしい、骨しかないような人型の、兵器と言うのもおこがましい代物であった。
 だが、その割にはなかなか使う。操縦者の腕がいいのだと、私は見た。
 そして私の予感は当たっていた。腕だけでなく、運にも恵まれている。故障でもしたのか、とつぜん見せた隙をついたはずの攻撃は、ぎりぎりのところで致命傷にならなかった。
 そして目の前の敵は、すぐさま体勢を立て直す。一度は消えた右手の中の剣が、再び復活している。
 その姿が消えた。あっ、と思ったときには、腕を落とされていた。
 その動きには、覚えがあった。木連式剣技、影一閃……
 私の得意技の一つだった。
 呆然とする私の元に、さらに追い打ちがかかる。

 『引け、月臣!』

 技の名を叫ぶために空けていた無線に、目の前の敵からの通信が入ったのだ。

 「きさまっ、何者だ! その技……そして、何故俺の名を知っている! 名を名乗れっ!」

 反射的に叫んだ俺に、奴は言った。

 「俺はテンカワアキト。今引かなければ……貴様を殺す!」

 すさまじい『鬼気』であった。
 テンカワアキト……噂に聞いた最強の戦士が、まさかそんなものに乗っていたとはな!
 だが、この一撃で、ダイマジンは決定的なダメージを受けていた。動けないわけではない。だが、大幅に崩れたバランスは、運用時間の短いこのダイマジンでは補いきれなかった。たとえ攻撃したところで、かすりもしないだろう。それに、部品も少ないダイマジンは、これ以上破壊されたら修理すら不可能になる。
 奴の言うとおり、引くしかなかった。

 「……いいだろう、この場は引いてやる。しかし……次は、俺が勝つ!!」

 その言葉とともに、俺はジャンプフィールドを展開した。
 テンカワアキト、その名、忘れん!







 >AKITO

 ダイマジンが、ジャンプフィールドを展開した。
 俺はこれを待っていた。今の俺には、フィールドを展開する手段がない。ならば、奴にフィールドを展開させればいい!
 ジンシリーズの機械制御より、A級ジャンパーである俺のイメージが優先されるはずだという読みもあった。
 だが。
 一歩踏み出そうとした瞬間、がくんという衝撃とともに、俺は激しい落下感を味わっていた。
 こんな時にっ!
 さすがに限界だったのだ。もしここで月臣が引かなかったら、負けていたのは俺の方だった。
 動かなくなったフレームの中で、町からの賞賛の声と、安否を確認する通信を聞きながら、俺は激しい無力感にとらわれていた。
 ラピス……そして、みんな……。
 無事でいてくれ……。







 >MINATO

 「準備、出来た?」

 夜……といっても、船内時間での事だけど、私は扉の外からヤマダ君に呼びかけた。
 もうすぐあたしは勤務時間になってしまう。騒ぎが一段落して、警戒体勢が収まったのはいいけど、そううかつに出歩けなくなってしまった。
 このままでは白鳥さんを脱出させる事などまるで無理。仕方がないので、奥の手を使う事にした。
 このまま白鳥さんを、ヤマダさんの振りをしたまま脱出させてしまうのだ。
 幸い出撃体制という事もあって、エステの準備だけは出来ている。記憶回復のためと偽って、そのまま白鳥さんをエステに乗せてしまう。
 後は私を人質代わりにして逃げるだけだ。ここが地上だとしたらかえって逃げられないけど、幸い周りは宇宙、墜落する心配がない。エネルギーが切れても、慣性で移動可能だ。
 フレームを切り離して、アサルトピットだけになれば、迎えが来るまで十分持つ。
 乗り込んでしまえばこっちのものなのだ。
 無事に回収されたら、そのまま私を帰してくれると、白鳥さんは約束してくれた。
 彼はこう言う事で嘘をつける人じゃない。
 意外だけど、ヤマダ君も納得してくれた。

 「九十九の旦那! 同じゲキガンガーを愛する者同士、たとえ敵味方になったとしても、俺たちは親友だ!」

 「おう、ヤマダ! いやガイ! 俺たちは天空ケンとアカラ王子のように、相容れない立場にある。だが、それとこれとは別だ! 彼らだって、個人の間では、友情と熱血を分かち合う事が出来た。だが、二人の立場が……地球を守るものと、地球を侵略せねばならないものであっただけだ!」

 「けど、意外だったよな……こうして改めて見直してみると、キョアック星人も、訳もなく地球を攻めていた訳じゃないんだな……」

 「ああ、どっちかというと木連の立場がキョアック星人みたいなのは、ちょっと悔しいが、確かにな」

 「26話のエピソードが、劇場版を見ると重くなるな……」

 「ああ、正義だと信じていた地球奪回が、実はこちらこそが悪の侵略者だったと明かされる話だよな……この戦争も、そんな事がなければいいが」

 「どっちが本当の正義なのか……約束するぜ、白鳥、いや、九十九。もしも地球側がキョアック星人みたいに、俺たちに正義だと信じさせて悪をなしていたとしたら、その時は俺はお前の味方になる!」

 「ガイ、無理を言うな。真実がどうであろうと、今更仲間を裏切ったりするな! その時は……せめてアカラ王子とケンたちのように、正々堂々決着を付けるだけだ。今まだ俺たちは、敵同士なんだからな」

 「ああ、わかったぜ! そのためにも、今は脱出しろ! ミナトさんのいうとおりになった日には、俺は恥ずかしくて生きていられん!」

 ……やたら暑苦しい話だけど、気持ちはわかった。

 どっかが間違っている。それだけは確か。
 だから今は、時間がほしい。変な話だけど、これは、あたしがはじめて見つけた、大切な事。やたらに資格を取ったあげく、何となく肩書きだけでしていた社長秘書。でも、何か物足りなかった。
 けど今あたしは、とても充実している。ナデシコに乗り込んだときよりも、さらにずっと。
 自分らしくある事……そういえば艦長がそんな事を言っていたっけ。今あたしは、その言葉を噛みしめていた。



 ヤマダ君の服を着ている白鳥さんは、本当にヤマダ君によく似ていた。
 私が手持ちの化粧道具でちょっと細工をすると、どう見てもうり二つになった。

 「こりゃ誰も気がつかないわけだぜ……」

 ヤマダ君はぼやいていた。
 これで準備万端、というわけね。となると、後は一つだけ……。
 あたしはこの件に関わっていると思われる、もう一人の人物を呼び出した。
 コミュニケを起動し、呼びかける。

 「さて、そろそろ白状して貰えないかしら、ハルナちゃん」

 そう、ハルナだ。このヤマダ君と白鳥君のすり替えを実現できたのは、どう考えても彼女しかいない。ヤマダ君のパイロットスーツを白鳥さんに着せ、怪我をしたヤマダ君を自室に運び込めるとは、どう考えても彼女だけなのだ。

 「正解よ、ミナトさん」

 果たして、彼女は開口一番そう言った。

 「名推理、ご苦労様……ありがとう、黙ってくれてて」

 「考えてみればバレバレよ。第一、なんでヤマダ君が自室にいたのがルリルリたちにバレていないわけ? そんな事出来るの、どう考えたってあなただけじゃない」

 「そういう事。いい加減、ネタばらしが過ぎてるものね。怪しまれても当たり前か」

 エステバリスを整備しながら、そう言う彼女。

 「というわけで、整備できてるよ。さっき交代で、アカツキさん、イツキさん、アリサの3人は仮眠を取りに行ったから、こっちにいるのはリョーコちゃんチームだけだよ。いつでもオッケイ!」

 あきれた。こっちの作戦なんか、お見通しって言うわけ?
 まあ、助かるけど。

 「じゃあ、行きましょうか、白鳥さん。ヤマダ君から貰ったディスクは?」

 「よろしくお願いします……ええ、しっかりと肌身離さず。これは我々にとっても宝ですから」

 そして私と白鳥さんは、ヤマダ君の部屋を出た。ハルナがこっちについたからには、多分障害はないはず。
 でも、そうそううまくいくとは限らないのが、世の中というものだった。



 あたしたちが部屋を出て、ほんの数歩歩いたときだった。

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……

 「非常警報?」

 あたしたちの事にしては変だった。と、考えるまでもなく、サラさんの声が艦内に響く。

 「敵接近、敵接近、パイロットおよびブリッジ要員は、直ちに配置についてください。繰り返します……」

 「どうしますか?」

 私に聞く白鳥さん。私は意を決して言った。

 「とりあえず格納庫に向かってみましょう。行けそうなら、どさくさで逃げ出すだけです」

 「わかりました」

 ちょっとほほえんで、白鳥さんは私の案内を促しました。







 >RURI

 「大変です、艦長!」

 「……ハーリー君?」

 私は寝ぼけ眼で、虚空に浮いたウィンドウを眺めていました。
 時間は23:00。寝入りばなだったみたいです。
 そろそろハルナさんとの交代の時間の筈ですね、ハーリー君。

 「艦長じゃないでしょう、ハーリー君」

 「そんな事言っている場合じゃありません! ラピスもつれてすぐブリッジへ来てください!」

 あら、これはずいぶんせっぱ詰まっていますね。
 私は慌てて飛び起き、3分で着替えをすませると、アキトさんの部屋へと向かいました。
 ラピスはここで寝泊まりしています。ちょっと妬けますけど、まあ、今はアキトさんが不在ですから、気にする事もないでしょう。
 走りながら髪をまとめ、部屋の前に行くと、ちょうどラピスも出てきたところでした。

 「あ、ルリ」

 「行きましょう」

 私たちは二人そろって走っていきます。と、ひょいっと後ろから誰かに抱えられてしまいました。

 「ハルナさん!」

 「ハルナ!」

 彼女はちょっと真面目な顔をしたまま、私たちに言いました。

 「これは……ちょっとマズいかも。いろいろ工作していたけど、裏目に出たかな?」

 さすがに彼女に抱えられていると、あたりの景色が飛びます。

 「ハルナさん、なんで……」

 「質問は後。この事態に対処する方が先だよ」

 私の質問は、止められてしまいました。
 でも、確かにこれは緊急事態です。

 「じゃ、これだけ答えて」

 反対側で、ラピスの声がします。

 「『ウィザード』なんでしょ、ハルナ……」

 私も、抱きかかえられたまま、はっきりと身を固くしてしまいました。
 そして、ハルナさんは答えます。

 「そうだよ……でも、それだけでもないよ」

 「???」

 私もラピスも、きっと不思議そうな顔をしていたと思います。
 けどハルナさんは、私たちを抱えたまま、はっきりとこう言いました。

 「時にはお兄ちゃんを裏切るように見える事もあるかもしれない……でもね、あたしはお兄ちゃんの味方だよ、最後の最後まで、ね」

 私はどう答えようかと思っていましたが、その前にブリッジに到着してしまいました。



 「……ルリさん! これを!」

 ハーリー君が立ち上げたウィンドウには、見た事もない機動兵器が映っていました。
 なんというか……たとえようがありません。

 「ボ○ル? ジ○?」

 ラピスが何か言っていましたが、私にはわかりません。きっと何かのアニメでしょう。
 素直に表現するなら……手足もない球体6つに、出来損ないのエステバリス……そんな感じです。
 でも、何かが勘に障ります。

 「とりあえず、どうします?」

 艦長がいないので、私は提督に聞きます。

 「様子を見ないといけないわね……エステバリスを出してちょうだい」

 ムネタケ提督は、無難なところを述べました。

 「ですな、とりあえずはそうしないと」

 オオサキ副提督もうなずいています。けど……艦長がいないだけで、ずいぶん軍艦っぽくなるんですね、ナデシコも。
 やっぱりユリカさんの影響は、それほど大きいという事でしょうか。
 けれども……これが悲劇の始まりでした。
 気づかなくてはいけなかったんです。
 敵の数が意味する事に。







 >RYOKO

 「よっしゃ、出番か!」

 「ずいぶん燃えてるね、リョーコ」

 ヒカルに突っ込まれたが、気になんかならない。
 はっきり言って、今回の騒ぎで鬱屈がたまってしょうがなかったんでい!

 「やかましい、すぐに出るぞ!」

 「はいはい」

 「学校の日々……スグーニ・デルゾ……スクール・デイズ……ふはははは」

 イズミがなんかわめいていたけど、気にしない!
 とにかくオレは今、暴れ足りないんだ!



 だがオレの勢いは、わずか1分で止まるハメになった。



 「なんだこいつら?」

 「なんか手応えがない〜〜〜」

 「……思ったより強敵よ」

 楽勝と思っていた変な玉っころと、不細工なエステモドキ。
 その動きぶりを見れば、性能はこっちの方が上なのは明らかだった。
 なのに、何故か攻撃が当たらない。
 なんというか、のらりくらりという感じに、攻撃が外される。
 だんだんとこっちにも、焦りが出てきた。

 「この、この、このっ!」

 だが、相手には当たらない……まるで、幽霊を相手にしているみたいだった。
 そして……その時が来た。
 今までのらりくらりと動いていた奴等の動きに、突如統一性が出た。
 あっ、と思ったときは、もう遅かった。
 ロクに武装もない6つの玉っころ……
 それがそれぞれにベクトルを合わせ、俺と、ヒカルと、イズミのエステを……
 見事に挟み込んでいた。
 アメリカンクラッカーか、お前たちは!
 だが、その結果は……俺たちの想像を超えていた。
 相反するベクトルに挟まれたエステのフィールドは、信じられないくらいあっけなく崩壊していた。
 DFSなんかより、遙かに簡単に。

 「な……!」

 そう思ったときは、もう遅かった。
 巨大な玉が、エステを押しつぶす。
 軽い反動とともに、アサルトピットが勝手に射出された。緊急回避プログラムだ。
 そして奴等は、3つのアサルトピットを尻目に、格納庫のハッチにとりついた。
 出撃後、わずか1分。記録的な敗北だった。

 「な、なんだよ、アレ……」

 あたしは、撃墜された悔しさ以上に、底知れない不気味さを、あいつらから感じていた。







 >YURIKA

 「大丈夫、ユリカ」

 「ん……ジュン君」

 あたしが目を覚ますと、そこにジュン君の顔があった。

 「あたし……」

 そう、なんかとつぜん倒れちゃったのよね。
 なんだったんだろう、あの、血まみれのアキト。
 あ、でもいまは。

 「ね、あれからどうなったの?」

 そう聞いたときだった。
 非常警報が鳴り響く。
 あたしは反射的に立ち上がっていた。

 「あ、ユリカさん! まだ急には!」

 あれ? なんでメグミちゃんが?
 けど、そう思った瞬間、くらっとして立っていられなくなった。

 「危ない!」

 「しっかりして!」

 二人に支えられる、あたしの体。

 ……参ったな、大変なときなのに。

 それでも何とか、ベッドに手をついて立ち上がる。

 「ダメだよユリカ、まだ体の調子が!」

 確かに、まだ本調子じゃない。
 でも、あたしはここで寝ている事は出来ない。
 だってあたしは、艦長だから。
 ここは、あたしの大切な場所だから。
 寝ている間に何かあったら、あたしは悔やんでも悔やみきれない。
 だから、二人に、言った。

 「お願い、ジュン君。それでも、あたしは行かなくちゃいけない」

 「でも……」

 「だから、無理するとは言わない」

 「「え?」」

 きょとんとした二人に、私はさらに言う。

 「お願い、肩を貸して。そうしてでも、今のあたしは、いるべき所にいないといけないの」

 だって……ここは、アキトの帰ってくるところ。
 私の大切な場所。
 そして……みんなの大切な場所。

 「あたしを……ブリッジに、連れて行って」

 「ユリカ……」

 ジュン君は、困った顔をしている。
 メグミちゃんは、あたしの額に手を当てている。

 「熱はないようですし……仕方ないですね」

 そういって、肩を支えてくれるメグミさん。

 「ありがとう……」

 私はお礼を言う。

 「全く……言い出したら聞かないんだから、ユリカは」

 ジュン君もそういって反対側を支えてくれる。
 そうして私は、ブリッジへと向かっていった。
 けど……私が何とかブリッジに付いたとき。
 その目に入ってきたのは。
 謎の敵に撃墜される、リョーコさんたちのエステバリスでした。







 >RURI

 「そんな……」

 自分の目が信じられませんでした。
 まさか、あんな攻撃方法があるなんて!
 ですが、事実は事実です。
 と、その時、背後から誰かが入ってくる気配がしました。

 「艦長、大丈夫なの!」

 ムネタケさんの驚いた声がします。

 「お姉ちゃん!」

 隣でハルナさんもビックリしていました。

 「ごめんなさい……遅くなって……リョーコさんたちは?」

 「無事です。撃破はされましたけど、ちゃんと脱出しています」

 「そう……よかった」

 つらそうですが、何とかユリカさんは立ち上がりました。

 「状況は?」

 「よくないよ……格納庫から侵入者。今、映すね」

 その瞬間、映ったのは、意外な光景でした。

 「ミナトさん! それに……ヤマダさん! なんでそこに?」

 メグミさんの驚きが、それを物語っています。
 ですが、私の目は、それ以上に、彼らが見つめている、侵入者に向いていました。
 編み笠をかぶった、変に時代がかった男達が7人。

 「アキト!!!」

 ラピスが、絶叫とも言える悲鳴を上げました。

 「あいつが……あいつが、来た! アキト!」

 「知ってるのか、ラピスちゃん!」

 カズシさんが慌ててラピスに駆け寄ります。

 「ナオさん、すぐに格納庫に……いえ、ブリッジに来て!」

 ハルナさんの声が艦内を切り裂きます。

 「おい、ハルナ君! ミナトさんは!」

 「……間に合いません、どうしたって」

 「確かにそうだが……けど、これは職務権限を」

 「待ってください、司令」

 問いただした副提督を、クラウドさんが止めます。焦っていたせいか、呼びかけ方が西欧時代に戻っていましたが。

 「ハルナ君……相手は、それほど危険なんだな」

 「はい……さっきの秘密にも、少し関係しますけど」

 それを聞くとクラウドさんは、副提督に言いました。

 「どうやら今はそんな事を言っている場合じゃなさそうです……あっ!」

 言い合っているうちに、格納庫の様子に、思わぬ変化が生じていました。
 そんな……それじゃ、あれって……
 この時はっきりと悟りました。
 ハルナさん……仕組みましたね、いろいろと。
 私はハルナさんの方を見ましたが、彼女は全身を光らせたまま、操作盤に向かっていました。







 >TSUKUMO

 私達が格納庫に着いた時であった。

 ガシィィン!!

 異様な音と共に、格納庫の扉が破られる。
 その影から現れたのは、見た事のない機動兵器。
 いや、見た事はある。ここにある、エステバリスという機動兵器によく似ている。ただ、かなりいろいろと無理を重ねて作り上げたような形跡が見受けられた。
 基本的に我々の技術ではない……だが、その中に一つだけ、ある人物の特徴を示すものがあった。
 手に握られた、わざわざこの大きさで作ったと思われる錫杖。
 それは、ある男の象徴であった。
 空気が抜けていく中、出入り口の緊急修復装置が働いて、流れ出る空気を食い止める。
 危うく二人とも窒息するところであった。
 そして、息をつく我々の前に、奴は現れた。



 四方天が北、不正規部隊が長、北辰……。



 「おとなしくしてもらおうか……ん、貴様、白鳥ではないか。こんなところで何をしている」

 「……今から脱出する予定だった」

 私はそう答える。ミナトさんには悪いが、こいつの前で軟弱な真似は危険だ。

 「この女を手なずけてな。だがかくなる上は……」

 心の中で謝りつつ、驚くミナトさんに一撃を入れる。
 私の当て身を食らって、ミナトさんはそのまま気絶した。

 「救出は感謝するが、手順が狂った」

 「何、ちょうどいい。人質代わりに連れて行け」

 ……? どういう事だ? 私の救出が目的ではないのか?

 「早くしろ、我々はほかにも任務がある」

 「どういう事だ」

 だが、北辰はそんな私を無視して言った。

 「閣下より受けし極秘任務。他言無用」

 そしてそのまま、二人をこの場に残して走り去る。

 「白鳥殿」

 私は困ったが、彼らに促されるまま、球状の機動兵器に乗り込んだ。

 「多少窮屈ですが、月面まで帰投は可能です。我々の事も心配なさらず。現在『ゆめみづき』の管制周波数暗号は、皐月の3です」

 一見親切そうな言葉であったが、その意味は、『さっさと行け』であった。
 私は内心唇をかみつつも、この珍妙な機動兵器を起動した。







 >GAI

 「九十九っ!」

 俺は思わず目の前の映像に叫んでいた。

 「落ち着いて、ガイさん」

 その傍らに、この映像を中継してくれたハルナちゃんのウィンドウが開く。

 「ごめん、こんな予想外な事が起こるなんて、思ってもいなかった。さっきの光景は……白鳥さんが、精一杯、ミナトさんをかばってくれたんだ。あいつは……」

 「解るぜ」

 俺はその先を言わせなかった。
 言われなくても、いやというほど感じていたからな……。

 「あいつは、『悪』だ。九十九とは、明らかに違う……九十九がアカラ王子なら、あいつはマッサカ将軍だ。ゲキガンガーを倒すために、どんな手でも使ってくる……そんな感じがびんびんするぜ」

 「さすが……その通りだよ」

 ハルナちゃんは俺に言った。

 「こんな事をしてるから、ガイさんにも解ってると思うけど……あたし、結構いろんな事を知っている。木連の事も、最初から知ってた。なんで白鳥さんたちを、ガイさんに迷惑を」

 「そんな事は後でいい」

 そう、あいつらは、今、俺の部屋の目の前を通ろうとしているのだ……
 入り口から不意をつけば、一人位は「だめ!」

 俺の目の前に、巨大なウィンドウが立ち上がった。

 「ハルナちゃん」

 「ミナトさんを悪役にするつもり!」

 「……え?」

 俺は一瞬あっけにとられた。

 「このままだと、ミナトさん、裏切り者扱いされちゃうよ。あいつらが来なければ、まだ言い訳できたけど、こうなった以上、少しの間だけ白鳥さんには、悪役になってもらわないと。せめて……お兄ちゃんが合流するまでは」

 「どういう事だ?」

 「ガイさんも、白鳥さんと入れ替わっていた事を追求されたら困るでしょ……私が説明するにしても、やっぱりお兄ちゃんと合流した後じゃないと……こんな状況じゃ、まともに話なんか出来ないし。だから……ごめん。事が終わるまで、部屋で隠れていて。責任は私が取るから。殴られて監禁されてたとでも、とりあえず言っといて!」

 ……確かに、ややこしい事になってしまうな。新たな侵入者で気が立っているときに、こんな話をしたらますます九十九の立場が悪くなっちまう。

 「……しばらくでいいんだな?」

 「うん、お兄ちゃんと、後、ルリちゃんが話しかけてきたら、本当の事を言ってもいいから」

 「わかった。九十九のためとあらば仕方がない」

 そして俺は、歯ぎしりをしながら、この場を耐えた。
 けど……あんな事になるとわかっているなら、耐えるんじゃなかったかもしれない。
 が……すべては、後の祭りだった。







 >MEGUMI

 私の目の前で、ヤマダさんがミナトさんを気絶させて、敵の機動兵器に乗っていってしまいました。
 一体……何が起こっているの?
 私も、ユリカさんも、ジュンさんも、提督たちも、みんな何も言えませんでした。
 ですが、その沈黙は、瞬時に破られました。
 緊急ロックされていたはずのブリッジの扉が、轟音と共にはじけ飛んだのです。
 かすかに臭う異臭は、爆発物を使用したという事でしょうか。
 非常識な方たちです。敵の艦だとしても、下手をすれば自分たちも巻き添えになるんですよ?

 「おとなしくしてもらおうか」

 編み笠をかぶった男達……その中の、リーダーらしい人が、私たちに声を掛けてきました。
 見た目は……私たちと変わりありません。ですが、その声は……まさに、『蜥蜴』といいたくなるくらい、爬虫類じみていました。
 そんな、冷たい、なんの暖かみもない声です。そして、彼と、背後の男達が構えた銃口が、私たちの自由を奪い取りました。プロスさんや、ゴートさんも、私たちに被害が出る事を恐れてか、身動きが出来ません。
 そして彼は私たちを見据え……片目が動きません。義眼なのでしょうか……そして、ふと気がついたように言いました。

 「何故、お前がここにいる、八雲」

 その瞬間、副提督、カズシさん、そして、サラさんの目が、クラウドさんに集中しました。

 「八雲……?」

 クラウドさんは、怪訝そうに侵入者を見ています。

 「どうした、八雲。我を見忘れたとでも言うのか……面白い冗談だな」

 私は背筋を伝わる汗を、押さえきる事が出来ませんでした。隣でユリカさんも、かすかに震えています。
 私は、何故か反射的に叫んでしまいました。

 「クラウドさんは、記憶喪失なのよ! 答えられるわけないじゃない!」

 「メグミさん!」

 私に向かって、心配そうに言うクラウドさん。その視線を感じた私は、恐れることなく、この蜥蜴男の目を見返しました。

 「ほう、記憶喪失、とな」

 ですが彼はそんな私を無視して、クラウドさんを見ます。

 「このような事があるとはな。四方天が東、木連優人部隊総司令、東八雲とあろうものが、記憶喪失となって敵の中にいるとは。これは傑作だ」

 総司令官!
 ブリッジのみんなの視線が、一斉に八雲さんに集まりました。
 その瞬間でした。

 「ぐはっ!」

 一足飛びに彼はブリッジから飛び、カズシさんに強力な跳び蹴りを当て、そのままブリッジ下段へと蹴り落としました。
 そして、カズシさんがかばっていたラピスちゃんを抱きかかえようとします。

 「ひっ!!」

 ラピスちゃんの口から、かすかに引きつった声がしました。
 ものすごい技です。まるで……アキトさんみたいな。
 と、その時、



 ズギュン、ズギュン、ズギュン!



 「その子に、手を出すな!!」



 黒眼鏡の男の人……ナオさんが、その銃口を、彼に向けていました。







 >NAO

 ちっ、出遅れたか。ハルナの判断は、正確だったって事だな。
 格納庫に向かっていたら、間に合わないところだった。
 俺は部屋に突入すると同時に、入り口付近で銃を構えていた男達に向けて、ためらうことなく弾丸をたたき込んだ。一人は外したが、残りの男の手からは銃が落ちる。
 けど……こいつら、とんでもない手練れだ。俺は今、全員を一撃で殺すつもりで銃を向けた。
 だが……当たったものの、誰一人として致命傷を負った奴はいない。
 連携してゴートが動いた。提督や艦長の間に割って入り、残った一人の射線をふさぐ。

 「不覚を取ったな……よい、お前たちは引け」

 と、蜥蜴野郎は、そう男達に命令した。
 編み笠たちは、返答することなくその指示に従う。たちどころに怪我を互いにかばいつつ、ブリッジから退出した。
 蜥蜴野郎は、そのままブリッジ下の、広い空間へと降り立った。

 「男、なかなかの腕だな。だが……まだ足りぬ」

 奴は、この俺を誘っていた。目を見ればわかる。誘いに乗らなければ、その場から艦長やルリたちを狙うつもりだろう。奴の目の前に出なければ、嫌でもそうなる。
 下に倒れていたカズシさんは、プロスさんがすでにカバーしていた。
 カズシさんも肩を押さえつつも、自力で起きあがっている。大丈夫そうだな。悲鳴が聞こえたから心配だったんだが。
 俺は銃口を合わせたまま、ブリッジを下に向かって降りていった。
 俺にもわかっていた。こんなものは、こいつには当たらない。
 アキトとよく似た雰囲気を、こいつは漂わせていた。
 アキトの方が、少し澄んだところがある。こいつは……遙かに濁った毒水の臭いしかしない。
 だが、その技量は……互角、かもしれなかった。
 俺は相手の目を見たまま、銃をプロスさんに投げる。驚いた様子を見せたものの、プロスさんはそれを受け取った。

 「ナオさん……」

 かすかに聞こえるプロスさんの声。

 「何、給料分の仕事はするさ」

 答えた俺は、もう一つの警告を飛ばした。

 「みんな、変な話だが、動くなよ……こいつは、アキト並みに強い! 下手に動けば、みんなの首が飛んじまう!」

 「……ほう、テンカワアキトは、それほど強いか」

 蜥蜴野郎は、はじめて興味深そうな光を、その目に宿した。



 「男、名を聞いておこう」

 蜥蜴野郎は、一見ぼうっと突っ立ったままのようなポーズで、俺にそう言った。

 「人に名前を聞くときは、自分から名乗るもんだぜ」

 「ふっ……テンカワアキトに、殺した男の名を告げるつもりだったのだがな。やむを得ん」

 「それはこっちの台詞だ!」

 俺は奴に襲いかかる! だが、案の定奴は軽々と俺の一撃をかわした。
 だがそれは予想済みよ!
 俺はその一撃をフェイントに、さらに仕掛ける。が、奴もあっさりとその攻撃を捌く。返しで仕掛けてきた攻撃を、何とか凌ぐ。が、そこに続けての一撃が来る!
 危ない危ない。アキトとの鍛錬がなければ、これで終わりだった。

 「なるほど……いい腕をしている。やはり名を聞いておこう」

 相変わらず醒めた声で、蜥蜴男は言った。言葉とともに、ゆらりとした動きで位置を変えてくる。これは幻惑の手だ。その手に乗りはしないぜ。

 「だからお前の名を名乗れって」

 「ふっ、いいだろう……我が名は北辰。冥土のみやげにしかと覚えよ!」

 同時に奴の押さえていた殺気がほとばしる!
 俺はそれを躱しながら、返しの一撃を入れた。

 「俺はヤガミ ナオだ!……なにっ!!」

 だが、その一撃は何もない虚空を薙いだだけだった。
 気がついたときは遅かった。
 奴は瞬時に、ラピスちゃんの脇へと飛んでいた。

 「ふふふ……正直な奴よ。皆の者、おとなしくしてもらおうか、この桃色の妖精の命が惜しくばな」

 しまった! 計られた! 殺気を読む力を、逆用されたか!
 奴に首根っこを押さえられたラピスちゃんは、そのまま硬直してしまった。







 >RURI

 やられました……さすがは北辰。ナオさんの腕でも、残念ながら及ばなかったようです。
 私のすぐ側で、ラピスは凍り付いたようになってしまいました。ハーリー君も、ものすごい目で北辰を睨んでいます。
 反対側では、ハルナさんが歯を食いしばっているみたいです。ぎりぎりという、嫌な音が耳に聞こえてきます。

 「放しなさい! みんなにはそれ以上乱暴はさせません!」

 ……ユリカさん……。

 倒れて真っ青だったのに、それでも立ち上がるんですね。
 艦長は、艦長だって言う事でしょうか。

 「話が早いな、娘。もしやと思うが……お前が代表か」

 「機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマルユリカ」

 ユリカさんは真っ向から、北辰の目を見つめます。

 「私がこの艦の代表です。要求はなんですか」

 対する北辰の視線は、あくまでも乾いていました。

 「我が要求は、この船と、機動兵器のデータよ。特にあの、黒い機動兵器のな。テンカワアキト……あの男が、それを操ると聞いた」

 さすがは北辰……すでにアキトさんの事を掴んでいたとは!

 「それと……その男をもらっていく。見逃すわけにはいかないのでな」

 そう言って、北辰はクラウドさんの事を見つめました。

 ……ちょっと、意外でした。優人部隊の司令官は、草壁中将だと思っていたのですが……違ったのでしょうか。

 ですが、納得できる面もありました。あのカリスマ性、指導力、戦略眼、そして、ユリカさんに匹敵する戦術指揮能力。
 白鳥さんたちの上司としてみると、実にぴったりとする人です。

 「艦長、私は投降します」

 やはり唇を噛みしめながら、クラウドさん……いえ、八雲さんは言いました。

 「まさか自分の本当の姿が、そんなものだとは思っていませんでしたが……この男が、ここで嘘偽りを言う理由がありません。ならば、きっとこれは真実なのでしょう……私の事は、気にしないでください」

 「いいえ……クラウドさんは、私たちの仲間です。そんな悲しい事言わないでください」

 ユリカさんは、きっぱりとそう言いきりました。

 「データは渡しましょう。あなたの退艦も認めます……止められないでしょうし。でも、クラウドさんはダメです。たとえ本当に……よくわかりませんけど、あなた達の仲間だとしても……記憶がない以上、彼は私たちの同志です。見捨てるわけには行きません」

 「ふむ……よく言うた。大した自信よの。交渉は決裂、というわけか」

 ブリッジ内に緊張が走ります……ナオさんも、じりじりと間合いを伺っていますが、隙がありません。
 と、北辰の気が、ほんのわずかにゆるみました。私は思わず深呼吸をしてしまいます。
 緊張、していたみたいですね。ふと気がつくと、ナオさん以外のみんなも深呼吸をしていました。
 そして北辰は言います。

 「……大した胆力よ、女。よかろう……とりあえずデータを渡せ。八雲は……また次の機会にもらい受けよう。記憶を失っている以上は、無理に連れ帰っても仕方あるまいし、この情報だけでも価値はある。だが、後悔するぞ」

 「この場で彼を見捨てる方が後悔します」

 ……ユリカさんらしい意見ですね。

 「交渉成立ですね。ルリちゃん、データを。偽物じゃダメよ。すでにミナトさんが連れ去られているって事、忘れないでね」

 「……ふっ、さすがだな。我が指摘するまでもなかったか。案ずるな、白鳥はそのような外道な真似の出来る男ではない。我とは違ってな……」

 「白鳥?」

 ユリカさんは首をひねっていましたが、この場で説明したらますますややこしい事になります。仕方がありません。本物のデータを出しましょう……悔しいですけど。
 再び緊張が高まる中、私の手元に、四角いケースに収まったデータディスクが排出されました。

 「これです」

 私がデータディスクを手に取ると、北辰は私を見て言いました。

 「女、それを持って我の所に来い」

 ……でしょうね。

 「ダメです!」

 と、ハーリー君が信じられない素早さで、私の手からディスクを奪い取りました。

 「……我は女、といったのだぞ」

 「関係ないだろ!」

 ハーリー君は恐れげも無く北辰をにらみつけます……あいつの恐ろしさは知っているでしょうに。
 ちょっと、見直しました。
 そしてハーリー君は、そのまますたすたと北辰のほうへ向かっていってしまいました。

 「ほら」

 そして、北辰の鼻先に、ディスクを突きつけます。

 「ふん……若人よ、気張るのはそこまでにしておけ」

 北辰は空いた手でディスクに手を伸ばします。
 その手がディスクにかかる瞬間でした。
 ハーリー君の手から、ディスクが滑り落ちました。



 「ラピス!」

 「ぬおっ!」

 「うまいぞ、ハーリー!」

 ザシュッ!!!



 一瞬のうちに、事態が動きました。
 絶妙のタイミングで彼の手から落ちたディスク。さすがの北辰も、一瞬、隙が出来ました。
 その気を逃さず、ラピスを北辰の手から奪い取るハーリー君。
 北辰に攻撃をしかけるナオさん。
 ディスクを掴もうとする北辰。
 すべてが、一瞬のうちに交叉しました。
 そして……



 「いやあああああああああああああああああっ! ハーリー!」

 「ハーリー!……くっ」

 「小賢しき若人よ。命を無駄に散らしたな」



 立ち上がったのは、データディスクを血に染めた北辰でした。







 「残念だな。小物なりの知恵はあった。惜しむらくは……未熟なり」

 北辰は、ディスクに付着した血を、ペロリとなめます。
 片手でラピスをぶら下げたまま。
 ラピスの瞳は、どこか虚ろでした。

 「ハーリー……ハーリー」

 小さくつぶやく声が、胸に響きます。
 北辰の実力は想像以上でした……いや、わかっていてしかるべきでした。
 確かに北辰といえども人間。あの一瞬、間違いなく隙が出来ました。
 とっさに落下するディスクを受け止めようとして、バランスが崩れました。
 ハーリー君の大殊勲です。
 ハーリー君はゆるんだ北辰の腕からラピスを抜き取ろうとし、ナオさんはバランスを崩した北辰に襲いかかりました。
 ですが、北辰は。
 つかみ取ったディスクを、瞬時に武器に変えました。硬質プラスチックの角が、彼の手によって、どんなナイフより鋭い刃物となりました。そしてそれによってバランスを崩した事の不利を補った奴の攻撃は……瞬時にハーリー君の首筋と、ナオさんの腕を深々と切り裂きました。
 そして……奴は倒れる事もなく、その手に又ラピスを抱え込みました。

 「てめえ……」

 燃えさかるような目で、ナオさんは北辰を睨みます。

 「外道が!」

 「ほほう、よく知っているな、我が褒め言葉を」

 ブリッジは完全に北辰の『気』に呑まれてしまいました。

 「貴様らと交わす約定なぞ無いが、まあ八雲は置いていってやろう。約束だからな」

 その台詞が、虚しく響きます。

 「代わりにこの娘を貰っていこう。地球の生み出せし電子の妖精……いい土産になる」

 ラピス……アキトさん!
 私の心に、絶望という文字が浮かんできました。
 アキトさん、あなたも……だったんですか。
 あなたが死んだと思っていたあの日……ユリカさんを目の前でさらわれた、あの運命の日に、あなたが感じた心は!
 ひどい話ですけど……今、はじめてわかりました。
 アキトさん……あなたの、心が。
 歴史は……変更される事を、許されないのですか……



 ぴちゃっ



 と、私の背後で、変な音がしました。
 私の視界の中に入っている顔が、一様に目を丸くしています。
 北辰すら、その細い目を見開いています。
 その視線は……私の背後に向かっていました。



 「ごめん、ルリちゃん、ラピスちゃん、お姉ちゃん、ナオさん……そして、お兄ちゃん」



 それは、ハルナさんの声でした。

 「……何とかなると思ってた。大丈夫だと、思ってた……でも、まさかだった」

 「……何者だ、娘」

 北辰の声に、明らかな緊張……まるで、前回のお墓参りの日、月臣さんやアキトさんと対峙したときのような、はっきりとした緊張が混じります。
 おそるおそる振り返った私は、心底息を呑みました。みんなの目が丸くなるわけです……
 ハルナさんの手首から、鮮血がしたたり落ちていました。そして、口の周りにも張り付く、赤。
 ハルナさん……自分の手首を、喰い千切ったんですか!!
 そして彼女は、そっとハーリー君の脇に立ちました。

 「外道のあなたがここに来るまでは予想していた。でも、まさかハーリー君の勇気が、こんな事を呼ぶなんて、私にだって想像できなかった」

 その瞬間、私はハルナさんに、得体の知れない気味悪さを感じました。
 今までの彼女が、まるで別人に思えるほどの、何かを。
 それはこの場にいるみんなが、感じているようでした。

 「あたしは償わなきゃ、応えなきゃいけない、あなたの勇気に。たとえ……なんと言われようと」

 そしてハルナさんは、手首をそのまま、倒れているハーリー君の上に差し出しました。
 かすかに開いた口の中に、鮮血がしたたり落ちていきます。
 そしてそのポーズを取ったまま、ハルナさんは顔を上げました。



 「もう……仲間とは、思って貰えないかもね。でも、これが私の……けじめ。みんなに隠し事をしてきた、私への、罰だね」



 その声と顔は、何故かとても寂しそうでした。
 そう、私が感じた時でした。ハルナさんの全身が、今までにないくらい激しく光ります。これは……ハルナさんの体内のナノマシンが、全力稼働している証。しかし、この光は、なんて、強い……ハルナさん自身が、まるで光の彫像と化してしまったかのようです。



 その光はすぐに収まりました。私も思わず目をぱちぱちさせてしまいます。ですが、まだハルナさんの全身には、まるでアキトさんがジャンプをするときの……いえ、黒の王子となったアキトさんのように、その光が残っていました。
 喰い千切った手首には、もはや傷一つありません。そして……

 「ん……あれ」

 「ハー……リー……」

 未だ北辰に抱えられていたままのラピスの瞳が、限界まで丸くなりました。

 「娘……お前は、一体……!」

 さすがに北辰の顔にも、驚きが張り付いています。
 ハーリー君は、むっくりと起きあがりました。
 切られたはずの首にも、傷一つありません。
 ただ……その瞳だけが、私や、ラピスや、ハルナさんとおそろいの……金色に染まっていました。



 「北辰」

 そして誰もが衝撃で動けない中、ハルナさんの声が、冷たく響きます。

 「許さないよ……ハーリー君をその手に掛けた事は」

 「ぬ、ぬううううっ!」

 瞬間、二人が風になりました。そして……

 「くっ……まさに鬼神か! 外道の我でも及ばぬ……」

 「さすがはお兄ちゃんと互角の男。あれをかわせるとは」

 私には何があったのかすらわかりません。ただ、北辰が片腕を押さえて顔をしかめています。

 「ハルナ!」

 ラピスの叫びが、耳に突き刺さりました。

 「……次は、仕留める」

 「うぬっ!」

 再びブリッジに、緊張が走ります。
 そして、ハルナさんが、私たちには想像もつかない、何かを放とうとしたときでした。

 「しまった……」

 「むうっ!」

 力強く踏み込んだハルナさんの瞳から、ふっと光が消えます。
 燃料切れ!
 多分私以外の人もみんな、同じ事を考えたのでしょう。
 あんな大技を振るったのです。これは予想されてしかるべき事でした。
 北辰はすかさず崩れ落ちる彼女を抱きとめました。

 「……理由は分からぬが、これは重畳。この娘に免じて、今は引かせていただこう。八雲。いずれ、迎えに参上する」

 そして奴はそのまま、怪我をしているとは思えない身のこなしで、ハルナさんを抱えたまま、ブリッジの外へ脱出していきました。

 「な……何が起こったんです? 北辰は……ルリさんは、ラピスは!」

 ……ただ一人、何が起きたかよくわかっていないハーリー君の叫びが、ブリッジにこだましていました。

 「しっかりしてください! ルリさん、ラピス! あれ、ハルナさんは……わっ!!」

 「ハーリー! ハーリー!!」

 「ら、ラピス! ちょっと、落ち着いてよ! 僕はテンカワさんじゃないって、わっ!」







 >ALISA

 「う……」

 痛む頭を抱えて私が目を覚ますと、目の前にリョーコさんの顔がありました。

 「大丈夫か、アリサ」

 あ、無事だったのですね……。
 あたりを見ると、イツキさんとアカツキさんも、ほかの二人に介護されています。
 私とイツキさん、そしてアカツキさんがここに駆けつけてくるときには、すでにリョーコたちのエステが、信じられない早さで落とされた後でした。

 「なんて事! まだ出たばっかりなのに!」

 イツキさんも、心底驚いた顔をしていました。私だって同感です。彼女たちのチームワークは、MoonNight時代の仲間を上回るほどなのです。その彼女たちが、もう?
 そして私たちが到着したときには。
 格納庫が突破され、侵入者はブリッジへと向かった後でした。

 「逃しはしませんよ……」

 イツキさんは私と同じく、軍出身です。民間だったアカツキさんと違って、ちゃんとした訓練を受けています。

 「アカツキさんは無理をしないでください。女性といえど、私もイツキさんも、正規の訓練を受けています」

 「やれやれ、みっともない話だけど……いうとおりだな。君たちの指示に従わせて貰う」

 ですが……結局、なんの意味もありませんでした。私たちはあっという間に叩き伏せられてしまったのですから。
 後で聞いた話なのですが……息があっただけ儲けものだったそうです。もし侵入者のリーダー……北辰というそうですが、彼が部下に『抹殺』の命令を出していたら、私たちはためらうことなく殺されていたそうです。たまたま、『押さえ』の命令だったために、いちいち殺さなかっただけとの事……そう聞かされたときは冷や汗が出ました。
 けど、そのことを知ったのはもう少し後の事。この時点では私たちは、ブリッジを襲っていた奇想天外な事件の事は、全く知らなかったのです。
 そして、そのさなかにミナトさんとハルナさんが連れ去られた事も、
 ハルナがついに、正真正銘の『奇跡』を行った事も……
 私達が知ったのは、もう少し、後の事だったのです。
 さらに同時刻、テンカワさんがネルガルのドックで、壁に額を打ち付けて慟哭していた事も……
 私は、何も知らなかったのです。



 そしてこの時より、私たちの戦いは、いままでとは、全く違う、『何か』になってしまったのです。










 第16話、『私達の戦争』が始まる……それでも、彼女は、私たちの、大切な、仲間なんです……につづく。










 あとがき。

 うわ……どうなっちゃうんだ、この話(汗)。
 自分で書いていて、ちょっと恐れおののいています。
 ハーリー君がラピスを助けようとして瀕死になって、それをハルナが助けてハイパーハーリーになる、という事は予定されていました。
 ガイも、まあ、同様です。
 ですが、15話の時点で、時ナデで起きていた事件をベースに、再びに翻訳していって見ると……まあ事件の様相が変わる変わる。ゲキガンガー騒ぎは起こらず、ユリカは倒れ(なんか誰かさんのせいの様でしたが)、舞歌さんは暴れてから再会し、ブローディアは着々とできあがる。そして……ついにハルナが、大きく仮面を脱ぎ捨てた……と思ったらこれです。
 ただ彼女、どこまで計算していたんでしょうね……あそこまで殊勝な事を言っていて、まだ信じ切れないのが彼女の恐ろしさですから。



 そして16話。舞台と展開は、完全に原作とも時ナデとも袂を分かちます。
 混迷する事態の中、木連の手に落ちたミナトとハルナ。北辰をも驚愕させたハルナの力。
 ミナトはともかく、ハルナはどんな扱いを受けるのか。
 そしてナデシコにも、深々と残る傷。ガイの心、ミナトの思い、ハルナの暗躍、クラウドの意外な正体、そして、未だ舞歌をかくまっているクラウド=八雲。交錯する思いは、いかなる事態を生むのか。
 そこに帰還するアキトと、それを迎えるクルーたち。ネルガルドックの襲撃と合わせて、もはやその存在を隠せなくなった木連に対して、アキトとナデシコのクルーたちが出す結論とは。
 再びネルガルのドックを、街を襲う月臣と白鳥。16話の事件の中、かつてはメグミが叫んだ問いは、誰から誰へと向かうのか。
 正義は、真実は、希望は、奈辺にあるのか。
 そう、この戦いは、もはやアキトのものではないのです。
 これは、『私達の戦い』。
 次回の物語を、お待ちください。
 もはや作者にすら、先は見えていません。




……ラストを書いたら、今回仕込んだギャグのネタ、頭から吹き飛んでしまいました。
やれやれ。

 

 

代理人の感想

・・・・本気でシリアスですしねぇ。

これでギャグを入れられるのはある意味底抜けのツワモノ(某氏とか)でしょう。(爆)

 

それはともかくハルナが捕らわれたのもひょっとしたら目論見通りだったりして・・・

いや、ハルナですし(苦笑)。

後、今後の話にかかわってくる最大のポイントはユリカでしょうか?

 

 

 

 

ちなみに今回の一件で九十九の知性をちょっぴり疑いました(爆)。

あれだけ口調が違えば誰が見たって一発でバレるでしょうに、

「見た目によらず聡明な女性だ」だもんなぁ。(苦笑)

一方の木連男児たる八雲はそういう所が無いので余計に目立つ目立つ。

もしかしなくても「ひょっ○こ仮面」の正体がわからない誰かさんと同レベル(核爆)。

まぁ、今回は動揺していたせいと言う事で勘弁してあげやう。←何様?

 

 

それとも木連では九十九の方が普通で、「ああいう」妹を持った八雲の方が例外なのでしょうか?(苦笑)