再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

 第16話、『私達の戦争』が始まる……それでも、彼女は、私たちの、大切な、仲間なんです……その5



 「ほう……さすがは舞歌様と八雲様と言うところか。よくこんな事が出来たものだ」

 「ですね……」

 俺は敬愛する上司に相槌を打ちながらも、内心の違和感を隠すのに必死だった。

 (艦長……ハーリー……どうやらここは、俺の元いたところとは、ちぃとばかし違うとこだったみたいっすね……)

 俺の名は高杉三郎太。木連優人部隊、秋山源八郎閣下の副官である……建前上は。
 しかし俺の心は、5年前よりの帰還者であった。



 気がついた時、俺は開戦後の木星にいた。肉体的にも、5年前のあの時に戻っていた。
 ランダムジャンプ……あの暴走事故が原因であることは、すぐに想像がついた。
 その気になれば、俺は出世でもなんでも自在に出来ただろう。
 少なくとも俺は、敵の出方や繰り出してくる兵器に対する知識がある。いきなりそんなことを言っても信用されないだろうが、優人部隊に配属になったあと、少しずつ意見を具申していけば、十分可能だった。
 しかし俺は何もしなかった。理由は二つあった。
 一つは……会いたかったからだ。あの艦長や、ハーリー達に。
 そして……怖かった。下手に歴史をねじ曲げることが。
 俺の提言によって、あのナデシコが落ちでもしたら、俺は自分で自分がいやになる。
 それはこの手で後の艦長やリョーコさんを殺すのと同じだ。
 それに俺は、草壁閣下の過ちにも気づいてしまっていた。
 閣下は、間違ってはいなかったが、間違っていた。
 自らの無謬性を信じたものは、その時から腐敗すると言うことに、閣下は気がつかなかったのだ。
 だが……俺の帰ってきた木連は、ほんの少しだけ違う場所だった。
 東八雲……先輩は事故で死んでいた筈だった。
 東舞歌……彼女も、ただの挺身隊所属の女性だった。
 だが、今の木連では彼は生きており、また、優人部隊に、女性の入隊が認められていた。さすがに風紀上の問題もあってか、同じ艦に所属することは一部の例外(現在は舞歌様ただ一人だ)以外なく、優華部隊という独立部隊になったようだが。
 そのせいか、木連内部の雰囲気も大分違っていた。
 八雲先輩は、基本的に非戦論者だった。
 現在の木連の国力では、地球人を絶滅させることは出来ても屈服させることは出来ないと、常々公言していた。
 だが、戦いは始まった。
 序盤は、俺の知るとおりになった。
 だが……ナデシコが火星から返ってきた頃から、何かがずれはじめたらしい。
 俺たちが跳躍実験に成功し、火星近傍まで跳躍してきた時、そこには生き残った人達がいた。
 前の歴史では、全員が崩落した天井の下敷きになって死亡していたはずだった。
 そして彼らによる小型機動兵器の製作。
 そう、元の時代では作られることの無かった小型機動兵器が、こちらでは研究されていた。今はまだエステモドキだが、どうもイヤな予感がする。特にあの『餓鬼』というまんまるの機体を、北辰の配下が使っているのを見てからは。
 このままで行くと、火星での最終決戦の時には、北辰達、『夜天光』に乗っているかもしれない。
 そんな予感がしていた。
 そして今彼らは、ある機動兵器を組み立てている。
 それを見た時、俺は心臓が止まりかけた。
 使ってあるパーツの一部、その色が、紛れもない、リョーコちゃんの愛用しているパーソナルカラーをしていたからだ。
 よく見たらアサルトピットがないことに気がつき、一安心だったが。
 けど……誰が乗るんだ、あれ……。
 何しろ、もはや俺の知ってる歴史とは別もんだしなあ。もうじき木星から、優華部隊第一陣も到着するし……お、出てきた出てきた。なんか懐かしいな、ヒサゴプランみたいで。
 ただ気になるのは、どうもその中の一人が、俺の許嫁って事になってるんだよなあ……覚えがないんだけど、俺。どうするかなあ……。







>GAI

 「よう……あれでよかったのか? ハルナちゃん」

 「うん。嘘つかせちゃってごめんね」

 「いや……時には本当より嘘が必要になることがあるって事くらい、俺だって分かってるさ。それに土下座して謝ったのは嘘でも演技でもない、俺の本心だ。迷惑と心配掛けたのは確かだしな」

 アキトが木連の真実をみんなにぶちまけ、そのあと俺たちがブリッジを退出した時、緊急の連絡が入ってきた。
 何者かによって、月の軌道上に集結していた連合軍艦隊の一分隊が全滅したらしい。アキトやイネスさん、そしてレイナちゃん達は帰還したばかりの『プロトB』の元へ、艦長やルリちゃん達はブリッジへと慌てて引き返していった。
 ふと気がつけば、残っていたのは俺とミナトさん、そしてハルナちゃんの3人だけだった。どうしようかと思った時、不意にハルナちゃんが俺に話しかけてきた。
 嘘をつかせちゃってごめんなさい、って。
 だが……結果的には丸く収まった。九十九と俺とのすり替えなんて言うことまで話したら、ただでさえややこしい話が、もっとややこしくなる。
 ただ、俺は一つだけ聞いた。

 「なあ、ハルナちゃん。なんで……あんなややこしいコトしたんだ? 無理にとは言わないが、出来れば教えて欲しいな」

 「う〜ん、まあ、いまさらか。でも、ちょっとショックな話だよ」

 ハルナちゃんは、そう前置きをしていった。

 「あんなコトしたのはね……ハーリー君を直しちゃったみたいな、あたしの力を隠しときたかったからなの。結果いまさらだったけどね。ガイさん、実は見た目よりずっと重傷だったから」

 「ええっ! そうなの、ハルナちゃん」

 隣でミナトさんも驚いていた。俺だって驚いたぜ。

 「ガイさんが倒れた時、なんかイヤな予感がしたんで、こっそり抜け出して見に行ったら、ガイさん死にかけてたし。ハーリー君のことで分かるとおり、あたしには助けられたけど、でもこの事はまだ秘密にしておきたかった。バレたらややこしいことになるのは想像つくでしょ?」

 俺とミナトさんはそろって首を縦に振った。

 「とりあえず直しはしたんだけど、傷の跡を見られたら、特にイネスさんあたりには一目瞭然だったのよね。普通じゃ助かんないはずだって言うの。そしたらたまたまそこに九十九さんがふらふらとさまよい歩いてきたの。あとはほとんどなりゆき。でまかせとハッタリとごまかしで何とかなったけど、よくおとなしくしてくれてたと思うよ、九十九さん」

 大したもんだよ、ホントに。いい度胸しているっていうかなんというか。

 「けど、まだ何か隠してるでしょう」

 と、ミナトさんがハルナのことを睨む。そりゃ同感だ。と、ハルナちゃんは手を合わせて頭を下げた。

 「ごめん! こっから先はあたし個人の事じゃなくなっちゃうから、まだ話せない。こっから先は……お兄ちゃんがなんで木連のことを知ってたのかっていうのとつながっちゃうんだ。でも、このことを秘密にしておけるのも、そう長くはないと思うから、話せる時が来たら、ちゃんと説明するのは約束する。だから今は勘弁して」

 「はいはい、分かったわよ」

 ミナトさんはやれやれという風に首をすくめた。

 「でもね、あたしもこれだけは教えて欲しいの。アキト君……そしてあなた達は、何をしたかったの? なんでこうして、ナデシコに乗り込んできたの? それも秘密?」

 「あ、それは俺も知りたいな」

 俺もミナトさんの尻馬に乗る。知りたいのは確かだしな。

 「それはもう秘密じゃなくなったよ」

 ハルナちゃんは、一転して明るく言い放った。

 「この戦争を止めること……それが、あたし達が今ここにいる理由。ただ、お兄ちゃんがものすごい腕前を持っていても、あたしがいろいろこういう『裏技』を持っていても、それで戦争を止められるものじゃないのは分かるでしょ? 何よりあたし達だけで戦争を止めようとしたって、止まるもんじゃないよ。だから、あたし達は、『仲間』が欲しかった……それが、『ナデシコ』だったの。無限に近い可能性の中、あたし達が選びうる、数少ない可能性……それが、今あたし達のしていること。でも……この戦い、まだまだややこしい『裏』がいっぱいある。あたし達はそれを一つ一つ解きほぐして、みんなに言い続けなきゃならないの。もうやめよう、って。そしてそれを、地球と木連、両方に届けなきゃならない。でも、あたしも、お兄ちゃんも、そして、ルリちゃん達も……絶対やり抜いてみせる、そう思ってるよ」

 それは、不思議な告白だった。『なぜ』の部分がすっぽり抜けているにもかかわらず、そこに込められている熱意は本物だった。俺の熱血する魂にも、びんびんと響いてくる。
 だから俺は聞いた。

 「なあ……どっからわいてくるんだい? その情熱は」

 その瞬間、彼女はとても不思議な……遠くを見つめるような目つきをしていった。

 「みんな、もう二度と、あんな思いはしたくないから……かな。意味分かんないと思うけど。じゃ、またあとで」

 そして彼女は、生活区の方へと走り去っていった。

 「なあ、ミナトさん……」

 小さくなる後ろ姿を見ながら、俺は何となくそうつぶやいた。

 「どういう意味だと思う、今の」

 「なんだかまるで……このまま戦争が続いたら、どうなるのか知っているみたいね、今の言い方からすると」

 「そんな感じだよな……アキト達、ひょっとして戦争が続いて悲惨なことになった未来から、歴史を変えるために過去に戻ってきた、とかだったりして」

 「なによそれ……SFドラマじゃあるまいし」

 冗談めかして言ったミナトさんだったが、なんかすっきりしないようだった。
 なぜか次の瞬間、俺と目が合ってしまう。
 何となく分かってしまった。
 そんなことが現実にあるはずはない……だが、もしあり得たとしたら、妙にすっきりと、いろいろなことが説明出来ないか?
 そんな思いだった。







 >AKITO

 俺は再びプロトBに乗り込み、襲撃地点を目指した。

 『追加情報が入ったそうです』

 『なんか、信じらんない話だけど』

 途中、ルリちゃんとラピスから通信が入った。

 「何か分かったのかい?」

 『襲撃者は、どうやら機動兵器ただ一機だったみたいです』

 『それも、エステバリスくらいの大きさの奴』

 その瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、夜天光の姿であった。いくらなんでもそれはないだろうが、俺が月にいる間、北辰達はエステバリスによく似た、小型の機動兵器で襲ってきたという。そして、六連のプロトタイプとも取れる、手足のない球形の機動兵器は、リョーコちゃん達3機を、武器も使わずに瞬殺しているのだ。
 歴史は明らかに変わっている……行く手に待つのは、あの男かもしれない……心の中に、あのどす黒い思いがわき上がってくるのを、俺は押さえきれなかった。
 じりじりとした思いを感じつつも……プロトBは襲撃地点に到着した。
 そこにあったのは、大破した戦艦の群れであった。それを見ていくうちに、俺はあることに気がついた。ある意味当然で、ある意味不可解なことに。
 どの艦も、細い棒状のもので打ち砕かれたような壊され方をしていた。
 俺の手に汗がにじみはじめる。

 「ルリちゃん、現場に到着した。破壊された戦艦の映像を送るから、それをイネスさんに転送して欲しい」

 『……? 分かりました』

 疑問に思いつつも、ルリちゃんは俺の言ったとおりにしてくれた。
 そして思った通り、すぐにイネスさんから返答があった。

 『用心して、アキト君……多分あなたの想像通りね。この戦艦は、DFSによって破壊されているわ』

 『ええ〜〜〜っ!』

 『本当ですか!』

 驚いたせいか、ユリカとサラちゃんまで乱入してきた。気持ちは分かるが前が見えにくいので二人のウィンドウを閉じる。

 (アキト……)

 ラピスが俺を心配する想いも伝わってくる。
 そして……それは姿を現した。
 エステバリスの標準通信帯域に、突然飛び込んでくる音声通信。

 『黒い機体……待ちかねたぞ、お前がテンカワアキトか?』

 『えっ、何今の?』『突然乱入されました!』『ただいま逆探知中です』

 同時に立ち上がったウィンドウをすべて最小化して、俺はこの『声』に集中した。
 来たっ!
 背後からの不意打ち……いや、わざと『殺気』を乗せた一撃が、俺の後ろ側から迫る。
 とっさにDFSを実体化させ、なぎ払うようにしながら振り返る。



 ギュウオオオオン!



 とてつもない衝撃を受け、俺の機体と、相手の機体がはじき飛ばされた。
 なんという衝撃だ。これが、DFS同士がぶつかり合った時の衝撃か!

 (DFSは特殊なエネルギーの剣だから、実体のあるものでは受けられないわ。ディストーションフィールドか、その集束場である同じDFS……それ以外では決して防げない。だから剣として使う時には、その点に気を付けてね)

 DFSの製作をイネスさんとウリバタケさんに頼んだ時、イネスさんに言われたことを、俺は今初めて実感出来た。
 かなりものすごい衝撃だったが、気を付けていればこういう風に大きく体勢を崩すことはないだろう。
 そしてそれは……おそらく『奴』も一緒だろう。
 俺は改めて敵に注目し……危うくずっこけかけた。
 なぜならそれは……







 >ITSUKI

 「ゲキカンフレーム?」

 ヒカルさんが、思わずそんな声を上げました。
 私達パイロット一同は……出撃中のアキトさんとなぜかこの場にいないアカツキさんとヤマダさんを除いた5人……女性陣全員ですね、ちょうど……アキトさんの機体から中継されてくる映像を見て、等しく同じ思いにとらわれました。
 一見したところ、その機体はエステバリスのように見えました。ですがアサルトピットに当たる部分が、見たことのないデザインの顔に付け替えられ、また、背中にあるはずの重力波ビーム受信アンテナが見あたりません。正面からしか見ていませんから、想像以上にコンパクトなのかもしれませんが、何となく『ついていない』ように見受けられます。
 そして、そのデザインといい色分けといい、まるでヤマダさんご愛好の、『ゲキガンガー3』というアニメのロボットにそっくりでした。両手両足が赤、胴体部分が青、そしてそれぞに補強パーツのように黄色い部品が使われています。その配色がまさしくあのアニメのロボットにそのままで……あら? なんかそれとは別に見覚えがあるような……気のせいでしょうか。

 「おいヒカル! ボケてる場合じゃねえ、よく見ろあれ……俺たちのエステの部品使ってやがるぞ!」

 リョーコさんの叫びを聞いて、私も「あっ」と思いました。言われてみると確かにその通りです。
 赤いところはリョーコの、黄色いところはヒカルさんの、そして青いところはイズミさんのエステのパーツを使っているみたいです。
 まさにエステの寄せ集め……似ていたのも当然でしょうか。
 でも、侮るわけには生きません。先ほどのイネスさんの報告が真実なら、あの機体は、DFSを操れるのですから。今のところ全エステバリスパイロットを集めたとしても、使いこなせるのはおそらくアキトさんだけ。あとは限定的にリョーコさんが使える程度です。ヤマダさんも刃は出せるそうですが、そうすると一歩も動けなくなるとか。ちなみに私は、一度シミュレーターで試してみましたけど、うんともすんとも言いませんでした。
 と、そうこうしているうちに、二人の機体が再び動き出しました。







 >AKITO

 何気ない機動であったが、一目見ただけでうなじの毛がそそげ立つのを俺は感じていた。
 隙が、全く、無い。
 はっきり言って木連に、ここまでの強者がいるとは思ってもいなかった。
 相手の一挙動に至るまで見逃さないように注意する……来たっ!
 静から動へ転じる一瞬が見えない、舞いのように美しく自然で優雅な動き。
 だがそれは死神の舞いだ。振るわれる剣を、俺は必死に受ける。



 ギイイイン!

           ギュワン!

 ガガガガガカ!



 宇宙空間で音はしないはずだが、俺はすさまじいまでの叫びを聞いていた。
 DFSの衝撃によって、フレームが歪む音だ。装甲は薄くとも、プロトBは俺の激しい機動に耐えられるように、芯は丈夫に作ってある。
 それが幸いしたようだ。
 俺は奴の話しかけてきたチャンネルに無線を合わせ、つぶやく。

 「……やるな、貴様」

 『貴様こそな。ふん、たまにはあの糞親父も本当のことを言う』

 まだ若い声。意外だが年下か? しかし、糞親父……? 誰だ?
 俺はふと疑問に思い、聞いてみた。その間も剣を振るう腕は休まない。

 「親父ね……誰だ一体」

 『そういえば名乗っていなかったな……』

 ゲキガンフレームの相手は俺の技をことごとくいなす。かなり木連式に通じているようだ。

 『我が名は北斗……糞親父の名は、北辰という』

 反射的に俺は、DFSに膨大なエネルギーをたたき込んでしまった。エンジンが過剰な出力を要求され、相転移室に振動が走る。一歩間違えば暴走、大爆発だ。
 それだけの代償を払い、出力を増したDFSの刃は、受け止めようとして差し出された相手のDFSすら断ち切り、一気にそのボディに迫った。
 だが、当たったかに見えた刃は、そのぎりぎりの線で躱されていた。それこそあと数センチというレベルで。
 奴のフレームには、DFSから発生される場によるラインが、くっきりと刻まれていた。DFSは接触しなければその効果を発揮しないが、それでもぎりぎりまで近づけば、漏れた波動の影響でこのような跡がつく。
 驚くべき見切りの技であった。
 そこに通信がまたはいる。

 『いい腕だな、確かに。思ったより機体の負担も激しいようだし……この場は引こう』

 そしてその次に出た言葉は、さすがに俺の度肝を抜いた。

 『初めて機動兵器とやらを操縦してみたが、それにしては、まあ上出来だろう。それと、テンカワアキト……簡単に殺すには惜しい。俺がお前の相手をしていれは、お前の腕はさらに上がるだろう。そして俺の操縦の腕も。そう、お互い、本気で殺し合わねばならんほどにな……それまでは殺さん。まあ、せいぜい腕を磨くのだな』

 は……初めてだと!
 俺は後を追うことすら忘れて、小さくなっていく機動兵器を見つめていた。
 北斗……恐るべき相手だ。
 もしお互いが全力を出したら……
 その時俺は、なぜか自分の精神が高揚しているのを感じた。
 前回も含めて、初めての体験だった。







 >AKATSUKI

 その光景を僕は、ドックの隣にある支社内の、会長特別室に中継された映像として見ていた。

 「これは……何ともはや。あのアキト君が手玉に取られるとはね」

 「相手がDFSを使えたのもびっくりですわ」

 エリナ君の持ってきてくれたコーヒーを味わいながら、僕は視線を事業計画書の方に戻す。
 シャクヤクの強奪によって、こちらの戦力は大幅に減退した。それに加えて、場合によっては連合軍に代替としてカキツバタを渡さねばならないかもしれない。
 こうなるとハルナ君あたりが仕掛けてくれたこの極秘プロジェクトが、僕の首を繋いでくれる命綱になっていた。これを以てすれば、シャクヤク強奪の責を埋め合わせるには十分だ。それどころか、シャクヤク自体を『旧型艦』に貶めてしまうことが出来る。このプロジェクトに沿って求められる母艦は、シャクヤクでは力不足だ……ナデシコでも、だが。
 まあ、この辺の工作はエリナ君が得意としている。任せておけば平気だろう。経済的な損失も、プロスさんに頼んでこの事実を有効に使うしかない。
 しかし……本気ですごいな、この新型フレームは。ウリバタケさんの提出した奴には、いろいろと専用新兵器がついていたが、それを除いたベースフレームがまたよくできている。早速というのも変だが、次期エステバリスの設計を担当しているグループにこの書類を送ったら本気で目の色が変わっていた。
 以前ハルナ君が使い、またクリスマス前のピンチを脱した、あの『フルバースト』を使用可能にする剛性を、材質の変更無しで実現させ、また蓄電池とフレームを組み合わせることにより、飛躍的な行動時間の延長を成し遂げている。
 その上で柔軟な拡張性と、構造の簡素化による量産の効率化が図られているのだから、まさにエステバリスにとって理想のベースフレームと言うよう。
 それに加えてこの携帯型ターミナル構想……完敗だよ、これは。成功したら、僕の立場と名声は安泰だね。今の重役連を全員首にしてもおつりが来そうだ。
 しかし、それは敵にも言えるのかもしれない。
 木連側も、ついに実戦に小型機動兵器を投入してきた。
 今のところまだエステのコピーのようだが、あちらにはあれだけの戦艦と無人兵器を製造出来る工業力がバックにある。距離の壁がなければ、こちらは遙かに不利だったはずだ。
 だが、その壁を無にするボソンジャンプ……テンカワ君のおかげで、どうやら一歩先んじられたようだが、あちら側も生体のジャンプを可能にしたようだ。
 もし、僕が何も知らなければ……ネルガルの会長として、純粋に企業を運営していたのだとしたら、テンカワ君から得たデータを元にした研究に力を注ぎ、戦争に企業の金をつぎ込むような真似はしない方が正しいはずだ。重役達の半数はそう言ってきている。
 だが……僕の目はその先を見ていた。
 木連……彼の地が持つ『遺跡』の潜在能力には、火星の極冠遺跡に匹敵する力があると見て間違いない。テンカワ君が『プラント』と呼んでいた現役の遺跡……僕の読みが当たっているなら、木連側もまだその能力を使いこなしているとは思えない。それでもあの莫大な生産を可能とする力が、彼らにはあるのだ。
 ただで戦争は出来ないが、手持ちの資料から推測される『木連』の規模では、どう考えても収支が合わない。あれだけの数の戦闘艦や無人兵器を作るための資源、そして工作過程……地球の全工業力を動員しても、10年や20年では生産は不可能だ。だが我々の分析では、木連側はあれだけの兵器群をほんの数年で立ち上げたと思われている。しかも事実上『ただ』でだ……我々の経済シミュレーションでは、あれだけの軍備を『製品』として、経済活動の元に作り上げるのは不可能だという結論が出てている。つまり敵の兵器群を経済サイクルに組み込むと、総流通通貨量が現在の地球経済の10倍以上になってしまうのだ。どう考えても地球より規模の小さい木連がそんな莫大な経済を維持出来るとは思えない。
 結論として木星の兵器群は『無料』……どこかからわいてくるものに違いないのだ。
 もし仮に『有料』なら、木連は現地球圏の100倍近い規模と人口を持つことになってしまう。
 テンカワ君から聞いた話を元に、スタッフが出した結論がそれであった。
 だとすると……ネルガルは企業体としての優位を得るためには、木連に対して対等以上の立場を維持しなければならない。ましてやクリムゾングループが、現状においてどうやら木連とのコネクションを持っているとなると、あまり平和的な手段では後れを取る可能性が大である。
 ひょっとしたら、本当に目の利く連合軍の将官は気がついているのかもしれない。
 今単純に木連を受け入れた場合、その潜在力によって地球の経済環境が激変する可能性を。だとすると二重三重に和平の成立は難しくなる。

 「ふう……テンカワ君も、大変な道を選んだものだね」

 「あら、考え事?」

 僕はエリナ君の方を見て言う。

 「ああ、僕なりに木連との和平がどういう結末を向かえるのかを想像していた」

 「テンカワ君の気持ちは分かるけど……難しいわね」

 彼女もそう言った。

 「一番の問題は、私達は木連の実態を何も知らないこと……アキト君はどうしてか知っているみたいだけど。相手の国力や規模が分からないと、簡単に和平には踏み切れないわ。相手がもし自分より強大だったら……和平の結果、そのまま飲まれることにもなりかねない。自分たちの既得権益が失われるくらいだったら、地球も木連も滅びてかまわないって考える人物が、今の地球の上層部には多いですし」

 「戦争が割に合わないと理解出来なければ、彼らは戦争をやめようとはしないということか」

 僕がため息混じりにいうと、彼女も同じようにため息をついた。

 「情けないけど平和ボケよね。この期に及んで、連中は自分の利益しか頭にないもの。和平への道は遠いわね」

 「確かに」

 僕がそう答えると、なぜかエリナ君は意味深な笑いを浮かべた。

 「まあ、一つだけ手がないわけじゃないわ。確実に木連と和平を結び、この戦争を終わらせる手段。お人好しのアキト君には、思いつきもしないでしょうけどね」

 「僕にだって分かるさ。彼の力があれば、成功させるのはそれほど難しくない。でも……」

 「彼は決してその道を選択しようとはしない」

 僕の言いたいことを、ぴたりとエリナ君は言った。

 「彼にそれが出来るのなら、話は手っ取り早いんですけどね」

 「全くだ。さて、仕事仕事。今のうちに片づけておかないと、ナデシコの出航に間に合わない」

 そういったとたん、エリナ君の顔色が変わった。

 「だめですよ会長。残念ながらしばらくはここか本社に缶詰です。そうしないと、あれとかあれとかが間に合いません」

 「あっちゃあ!」

 言われてみればその通りだった。

 「仕方ない……しばらくは真面目に仕事をするか」

 「私もおつきあいしますよ。こんな事をしていると彼を取られかねませんけど、まあ少しは敵も手強くなったみたいですし。ま、たまにはハンデを差し上げてもいいでしょう」

 僕はまじまじとエリナ君を見つめた。

 「君にしては珍しいね……敵に塩を送るとは。今までの君なら、敵に塩が不足していたら、近隣の商人から塩を買い占めるくらいのことは平然としていたと思うけど」

 「もう少し先が見えるようになっただけですわ」

 エリナ君は少し赤くなって言った。

 「どんなに優れた策略でライバルにダメージを与えても、かえって逆効果ですから。私の敵、というか目標は、あくまでもアキト君なんだから。彼に対する効果を忘れて短絡に走ったら、結果的に損ですもの」

 「い、言うねえ……」

 僕は恋する女性のパワーというものに、少したじたじとなった。

 「さ、それはそれ、これはこれです。今まで遊んでた分、みっちり仕事して貰いますからね」

 「……参ったなあ。今回ばかりは逃げたら君を本気で敵に回すことになりそうだ」

 「分かっていただければ宜しいです」



 忙しくもあったが、平和な時でもあった。
 それがどれほどつかの間のものだったのか。
 僕たちはすぐに知らされることになる。








 その第一声は、全地球圏を激震させることになる報道であった。







 >AKITO

 プロトBを再び研究所に戻し、俺はナデシコへと向かった。

 「ようアキト、俺たち整備班はお前に協力する方針で行くことになった」

 帰還そうそう、ウリバタケさんは俺にそういってくれた。

 「この先人殺しになりかねない……ってのはちょっと気にくわないけど、ほっときゃ死ぬのはなんにも知らない人となりゃ、見て見ぬふりは出来ねえからな。ま、腹をくくったって事だ」

 「ウリバタケさん……」

 俺には何も言えなかった。

 「その代わり……何がなんでもやり遂げろよ」

 「もちろんです」

 そう答えるのが精一杯だった。

 「あ、そうそう、もう一つ聞きたいんだがよ」

 「なんですか?」

 「ハルナちゃん……こっちには加わらんのか? 例の新型フレームの件とかがあるし、出来れば合流して欲しかったんだけどよ、まだナデシコの方にいるのか?」

 「そういえば、そうですね」

 俺は初めてそのことに気がついた。兄ながら情けない話だ。

 「ひょっとしたらよ……ハーリーの奴を直しちまった『アレ』のことを気にしてんのかもしてるのかもしれないけどよ……そりゃ最初はびっくりしたけど、要はハルナちゃんだろ? 変な話……その位やったっておかしくはねぇわな。そんだけに顔見せねえのが気になってな。いつでも来いって言っといてくれないか?」

 「分かりました」

 俺は改めてナデシコに向かった。
 その途中であった。



 「聞くがよい! 何も知らされておらぬ、地球圏に住む人民達よ!」



 突然、そんな大音響が、耳に飛び込んできた。
 今の声は……クラウドさん!!!
 そちらを見渡した俺の目に飛び込んできたのは、町中のあらゆるテレビ受像器に写っていた、優人部隊の制服……ただし、縁の部分が金色になっている、白い学ランを纏った、クラウドさんの姿であった。
 そしてその脇に控える、よく似た長い黒髪の女性。同じく優人部隊の、こちらは銀の縁取りの制服を着ている。
 何事だ、これは?
 俺はナデシコへと急いだ。







 >SHUN

 それは唐突に始まった。
 ナデシコ内の軍事用一般チャンネルに飛び込んできた放送。
 そこに写っていたのは、クラウドの奴だった。あいつ、いつの間に……。
 そして始まった謎の放送。
 それはいきなりとんでもないことをぶちかましてきた。



 「我々は地球圏のお前達が『木星蜥蜴』と呼んでいた存在である! だが、それは過ちなり! 我々は木星蜥蜴などという蔑称で呼ばれる存在ではない! 我らが正しき名称は、『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体』、略称を『木連』と言う! そう、我々は、お前達と同じ、地球人類の末裔である!」



 爆弾発言であった。それこそ文字通りの。

 「艦長! 提督! この放送……どうやら地球上のあらゆる公共通信メディアに割り込むような形で放送されています!」

 「なんだよこれ! どうやったらこんな大規模ハッキングが出来るんだ! 事実上地球中のネットワークがこれを流してますよ!」

 「思兼でも追いつかないよ……あたし達じゃ手に負えない!」

 ルリ君、ハーリー君、ラピス君が悲鳴を上げている。おい、それじゃあこの放送、地球全土に流れているのか?

 「……大変なことになるわよ、これは」

 提督もそうつぶやいていた。

 「地球の人が受ける衝撃は、さっきのあたし達の比じゃないわよ、これ。この放送一本で、おそらく地球圏の戦力は半減しちゃうわ……どんな優秀な軍人でも、いえ、優秀な軍人ほど、自分の任務に疑問を持ったら、その能力は激減しちゃう……しばらく地球は大混乱ね。どう言い訳する気かしら、連合軍と連合政府。敵は目の前に迫っているのにね」

 「同感ですね、提督」

 そして放送は続いていた。



 「我々の起源は、100年の昔、月面において起こった、月世界独立運動に端を発する。この戦いにおいて、我々は独立派として地球圏の支配者達と争った。君たちは我々のことを、残虐なテロリストとして教えられているであろう。だがそれは主観の相違であり、また意図的な情報操作の結果である! 我々は求め、戦い、そして敗れた。そのことについては否定をしない。勝者が敗者を悪として断罪するのは、歴史上当然の権利である。だが彼らは、驕るあまりにそれ以上の非道を行ったのである!
 敗れた我々は、当時まだ開発途中であった火星へと落ち延びた。敗者としての屈辱を受け入れ、静かに生きていくつもりであった。
 だが! 驕れる悪しき支配者達は、我らを根絶やしにするまで、その手をゆるめる気はなかったのだ!
 彼らは我々に対し、核の炎による洗礼を与えたのである!
 調べてみるがいい! 2098年、火星において、『極冠の氷を溶かすため』という名目で、火星において熱核兵器が使用されている。だが彼らが溶かしたのは、冷たい氷などではなく、熱き血潮の通う人間だったのだ!」



 「名演説だな」

 俺は思わずそうつぶやいていた。クラウド……いや、今の様子からすると、記憶が戻ったようだな。確か、東八雲とかいうのが本名だったか。
 北辰とかいう侵入者がいうには、優人部隊とかいう木連特殊部隊の総司令だということだが……これを聞くと納得出来るぜ。
 優秀なわけだ。

 「クラウドさん……」

 そんなつぶやきが聞こえたのでそっちを見ると、つぶやいたのはメグミ君であった。
 その一方で、オペレーター三人組は、なにやら大奮闘していた。

 「これは……なんて強力なウィルス!」

 「ルリさん、僕の手には負えません!」

 「ルリ、こうなったら、悔しいけどハルナを頼るしかないよ」

 「そうですね……」



 「みんな!」



 アキトの奴が飛び込んできたのは、ちょうどその時だった。







 >AKITO

 「アキト!」

 「アキトさん!」

 「アキト!」「テンカワ!」「アキト君!」

 ブリッジ中の人間が、俺に注目していた。だが、今俺に注目されても、何もならない。
 「ユリカ、ルリちゃん!」

 俺はその二人に呼びかけた。

 「何、アキト!」

 「アキトさん!」

 打てば響くように答える二人。俺はとりあえず今一番大事なことを告げた。

 「ユリカは提督達と考えてみてくれ! この放送が、地球にどんな影響を与えるかを! ルリちゃん達は、この放送がどこからきているかを逆探知出来ないか!」

 「うん!」

 ユリカはブリッジの後ろで、提督やジュン達とディスカッションを始めた。そしてルリちゃんは……なぜか落ち込んでいた。

 「ルリちゃん?」

 「アキト……さっきっからやってるんだけど、あたし達じゃ追いつかない」

 そういったのはラピスだった。唇を噛んで、泣きそうな顔で。

 「すみません、アキトさん」

 「……いや、それなら仕方ないんだけど……」

 何せ俺には何も出来ない。と、ハーリー君がルリちゃん達に代わって言った。

 「あの……多分、これに対抗しようと思ったら、ハルナさんの力がいります。もしハルナさんでも対抗出来なかったら……手の打ちようがありません」

 「そうか……で、ハルナの奴はどこに?」

 と、ルリちゃんが目をウィンドウに釘付けにしたまま答えた。

 「……自室に居るみたいです。呼び出しますか?」

 「いや、俺が呼んでくる。というか……いまさら手遅れのような気もするしな」

 「はい……今から止めても、多分間に合いません。そして、私達にも手が出せない以上、連合軍の情報部隊ぐらいでは、なんの対策も打てないはずです」

 そういうルリちゃんの姿は、とってもしおらしく見えた。



 「信じられないかもしれない。政府はこの放送を、敵の謀略、欺瞞、あるいは無関係のテロリストが勝手にでっち上げたものだと発表するかもしれない。だが、我々の真実はここにあり、そして何が真実であるのかを見極めるのは、あなた方一人一人に他ならない!
 宣言しておこう。我々はいきなり侵略を仕掛けるような行為はしていない。長い年月、離ればなれになった我々は、地球に対して対話を求めた。もちろん地球政府は否定するであろう……そんな事実はどこにもないと。だが、誓って事実である! 我々は地球から、事実上の絶縁状を叩きつけられた。会話は拒絶されたのだ! 故にここで改めて宣言する。我々は我らが同胞の生き延びる道を確保するため、地球政府の非道に対して、宣戦を布告することを!
 正式な外交がない故、これはいわゆる国際条約に基づいたものでないことはあらかじめ言っておく。この宣言は、我々の魂の叫びに他ならない! 貶められ、無視され、虐げられたものの、魂の叫びであると!
 なお、今からでも遅くはない。もしその気があるのなら、地球側にも反省の機会はある。我々を木星圏に成立した国家と認め、対等な交渉と対話の機会を持ちたいというのならば、我々はそれを受け入れるであろう。その結果がいかなるものになるかまでは、残念ながら我が領分を越える故確約は出来ぬが、これだけは宣誓しておく。我々は決して地球を略奪にきた賊ではない! 我々には木星というふるさとがあるのだ。そう、我々はあの地で生きている。しかし地球の政治家達は、それすら認めようとはしないのだ! だから我らは戦う! 我々の誇りに掛けて!
 人には人の生きる権利を、否定することは出来ないのだ!」



 演説は続いている。さぞや地球圏は大混乱であろう。
 俺はそれを後ろに聞きながら、ハルナの部屋の前に立った。インターホンを鳴らし、声を掛ける。

 「ハルナ、いるか?」

 「いいよ、入ってきて、鍵は開いてるから」

 言葉に従って、中にはいる。ハルナは端末の前に座っていた。
 宙に浮かぶウインドウの一枚に、クラウドさんの演説の様子が映っていた。

 「見ていたか」

 「まあね」

 ハルナはそう答える。

 「で、どうしたいの、お兄ちゃんは。止めたいの? もっともさすがに手遅れだと思うけど」

 やっぱりそうか……でも、止められるのか?
 俺がそれを聞くと、ハルナは言った。

 「まあ、止めようと思えばね……間に合わないけど。これって一種のウィルスだから、ワクチンをネットに流しても、たどり着く前に演説が終わっちゃうよ。それに、今止めたら、それこそ政府が何かしたと思われるんじゃない?」

 「それもそうか……」

 言われてみればその通りであった。

 「それにさ……変な言い方だけど、この方が好都合じゃない? お兄ちゃんにとっては」

 「好都合?」

 どういう事だ、それは。

 「だってさ、これで地球の人たちは疑うよ。木連が人類国家だとわかったなら、お兄ちゃんが言い出すまでもなく『和平を』って言う意見も出てくると思う。当然でしょ? 反戦主義者なんて、どこにでもいるもん。今までの木星蜥蜴は『侵略者』だったけど、これが『戦争』になれば、ものすごいパラダイムシフトだよ。当然人々の意識も変わらざるを得ない。そう思わない? お兄ちゃん」

 「む……」

 俺は黙るしかなかった。そこまで考えが至っていなかったからだ。
 その様子を見て、ハルナはあきれたように俺に言った。

 「……やっぱりね……そこまで考えていなかったでしょう、お兄ちゃん。大体、前回の、あの白鳥さんが撃たれた和平交渉だって、アレは正式な和平交渉とは、とうてい言えるものじゃなかったんだよ。元々あの和平交渉は、とりあえず既成事実をでっち上げて、それを無視したら地球圏が悪者になっちゃうようし向けるためのものだったんだから。いわば地球連合政府に、『こちら木連だけど、あんたらの代表と名乗る人物と、和平条約を締結したんやけど、あんたら、まさかこんなものは知らんとか言ってしらばっくれる気じゃないでしょうな』とかいうふうに、無理矢理押しつけちゃえ、ってでも言うような。ま、一種の詐欺よ」

 「そうだったっけ……」

 いや、冷静に考えてみればハルナの言うとおりだった。ナデシコはいわば脱走兵同然で、あの時点で連合政府の全権大使だったわけではないのである。

 「まあ今回はお兄ちゃん、偶然その他もあって、地球圏ではある程度の発言権を確保しているから、今度はまがい物じゃない、本当の大使として木連と和平交渉に当たれたかもしれないけど……一つ聞いていい?」

 「何をだ?」

 俺が逆に聞くと、ハルナは真面目な顔をしていった。

 「もし、連合政府が和平案を否決し、木連の殲滅を正式に決定したとしたら……お兄ちゃん、どうするつもり?」

 俺は言葉に詰まってしまった。そうなったら……俺にはどうすることも出来ない。
 そんな俺の顔色をうかがっていたハルナは、俺にその言葉を告げた。

 「……熱血クーデター。お兄ちゃんには、そこまでやる気概があるの?」

 俺の脳裏に、月臣と白鳥、そしてユキナちゃんの顔が浮かんだ。



 「故に我々は戦う! 我々はたとえ最後の一兵となっても、地球から過去の過ちを認め、謝罪の言葉が吐かれるまで、決してとどまることはない! 地球が我々の断絶を求めるならば、それに屈することだけは、誇りに掛けて出来ないからだ!
 考えよ、諸君! 君たちは何も知らされてはいない! 真実を求めよ! そして判断せよ! その上で君たちが、我々に対して死ねと言うならば、その時は互いに生存権を賭けて殺し合おう! 自らの過ちを認めるならば、こちらも過ちを認めよう。戦いの初期、地球の軍事力を削ぐために送り出した兵器群を完全に管理出来ず、無関係の人々を苦しめたのは、明らかにこちらの落ち度であろう。だがそれとて、あなた達一般市民が、我々の存在を認めると言うことならばである! そう、決してあなた方は『無関係』ではない! あなた方が我々を否定するならば、あなた方もまた、我々にとっては、生存権を賭けて争う敵に他ならないのだ! だからこそ知って欲しい。そして自らの立場を鮮明にして欲しい。我々と戦うのか、話し合うのか。我々がいくら寛容になっても、我々は我々を認めようとしないものと、同じテーブルに着くことは出来ない。重ねて言う。先に対話を拒絶したのは、ほかならぬあなた方だ。自分ではない、連合政府だという言い訳は通用しない。地球の政治形態が民主制である以上、政府の成した行為の最終責任は、その為政者を選んだ国民たるあなた方一人一人にもあるということを肝に銘じて欲しい。そしてその狭間において犠牲になるのは、本当になんの責任も持てない弱者であることも、また考えて欲しい。
 我々とて木石ではない。また、復讐の念に駆られた鬼でもない。我々はただ、対等なつきあいを欲しているだけなのだ。
 それでは我々は、地球からの言葉を待たせて貰う。だが、向かって来るものには容赦はしない。そして、いかなる引き延ばしにも、我々は応じない。言い訳無用。対話か、拒絶か、答えは二つに一つと言うことを、覚えておいて貰おう。そして我々は、それほど辛抱強くはないと言うことも。
 では、地球政府の、誠意ある言葉を期待する。以上、木連優人部隊総司令、東 八雲の言葉なり!!」



 その言葉とともに、クラウドさんの演説が終わったようだった。

 「あの人は和平に命を賭けたよ。草壁さんが前回のように和平を拒否する態度に出てきたら、あの人は独断専行、命令違反で死刑確定だね。それでもこうして、自らの存在意義を全世界に問うた。お兄ちゃんは、この人の思いに答えられる? 今の連合政府を打倒してでも、政権を奪取して、地球圏の人々、すべての人の命を背負ってでも、和平を成し遂げる意志はあるの……?」

 俺は答えを返せなかった。情けないことに。

 「……ま、無理だとは思ったけどね。その軟弱さが、短所でもあり、長所なんだから、お兄ちゃんの。無理にそんなことしろなんて言わないわよ、あたしも。やったところでプレッシャーに負けてつぶれるのは見え見えだし」

 キツい言葉だな……だが、文字通り返す言葉がない。
 そしてハルナは端末に向かって、何か操作した。

 「お兄ちゃん」

 そして俺に向き直って、ハルナは言う。

 「突き止めたよ、発信源。いまさらだけど、ここにアクセスすれば、八雲さんのところに直結回線をつなげるはず……あたしも行くわ」

 俺はちょっと落ち込みながらも、ハルナとともにブリッジへと戻った。
 でもこいつも、考えていたんだな……







 >RURI

 演説が終わってすぐ、アキトさんはハルナさんを伴って帰ってきました。
 ハルナさんは私の脇に来ると、コンソールに一連のアドレスを打ち込みます。すると、新しいウィンドウが、ブリッジ上部のメインウィンドウに開きました。

 「……あなた方でしたか」

 そこに映っていたのは、紛れもなく、さっきまで演説をしていたクラウドさん……いえ、八雲さんの姿でした。そしてその隣に立つ、黒髪の女性。
 多分彼女が、ナデシコに侵入していた、あの女性型ロボットのパイロットでしょう。

 「クラウド……いや、八雲だったな」

 口火を切ったのは、ほろ苦い、と形容できそうな表情を浮かべた副提督でした。

 「申し訳ございません、司令」

 意外なことに、八雲さんは副提督に頭を下げました。

 「あれだけお世話になっていながら、結果的にあなたを裏切ることになってしまいました。記憶が戻ったのは、実はナデシコに乗る直前のことです。ナデシコに乗ってからは、あなた方地球圏の人たちの意志を、じっくりと観察させていただきました」

 「とんだ獅子身中の虫だったのね……」

 提督がそうつぶやきます。

 「はい」

 聞こえたのか、八雲さんは丁寧な態度で答えました。

 「で、一つ聞きたいのですが、この回線は公開回線ですか? 秘匿回線ですか?」

 「秘匿だよ。ナデシコとそちら以外からは、盗聴するのは難しいと思う。少なくとも今現在は」

 ハルナさんがそう答えると、何かほっとしたような顔をして、八雲さんは言いました。

 「なら大丈夫ですね。司令、艦長、そして……アキトさん。私は出来る限り、あなた方とは和平を結びたいと思っています」

 アキトさんの目が、大きく見開かれました。
 それ以外の人も、皆。恥ずかしながら私もです。
 でも……ハルナさんだけは、そのままの顔をしていました。



 「アキトさんに強い和平の意志があることは、薄々ですが感じていました」

 八雲さんは言葉を続けます。

 「ここだけの話ですが、私がわざわざ地球に下りたったのも、密かに和平交渉が出来ないかと、いわば根回しをする予定だったのです」

 再びみんなの目がまんまるになりました。まさか木連に、こんな人がいたなんて……。

 「ですが……そうそううまくはいきませんでした」

 「兄さんは……暗殺されかかったのよ、地球の奴等に」

 隣の女性から、衝撃的な言葉が飛び出します。
 提督達の目が、更に大きくなりました。

 「なんと……」

 「おいおい、マジかよ……」

 シュンさんとカズシさんが、特に真面目な顔になります。

 「それは大変だったな……ところで彼女は?」

 「私は東舞歌……八雲の妹だ。ナデシコ内では迷惑を掛けたな」

 やはり、侵入者の方だったようですね。

 「なるほど……お兄さんがかくまっていたのね」

 ユリカさんが、納得という顔をしてうなずいていました。

 「そういうことです……それはさておき、その時の事故が元で、私は記憶を失い、そしてテアさん一家に保護されたのです。そのおかげで、私は偏見抜きで地球の現状をつぶさに観察することが出来ました。そして改めて決意しました。私はなんとしても、木連と地球を和解させたいと思っています」

 その言葉には、嘘は全くないようでした。もしこれが嘘なら、彼は天才的な詐欺師です。

 「それであんな放送を……」

 アキトさんのつぶやきに、やはり八雲さんは律儀に反応しました。

 「それもあります」

 そして少し遠い目になり、改めてアキトさんを見つめ直します。

 「それより何より、私は恐ろしかった。あなたが」

 「俺が?」

 アキトさんは不思議そうな顔をしています。

 「貴方が本気になって戦ったら……おそらく我々は殲滅させられていたでしょう。あなたにその自覚があったかどうかは分かりませんでしたが、私はそう思いました」

 「……」

 沈黙が、あたりに流れます。

 「ですから、私は動きました。幸運もありましたが、この『シャクヤク』を強奪し、私は木連に帰還しました。そして私は、この戦いを和平に導くために、あなた方と戦いたいと思います。これは私の予測ですが、連合政府は先ほどの私の放送を、テロリストの謀略だと強弁して、決して木連の存在を認めようとはしないでしょう。そして我々に対して、一気に攻勢に出る。ですが、それはおそらく、あなた方が協力しない限り、うまくいかないでしょう。木連は、とうとう危険な切り札を投入してきたようですし」

 「どういう事です?」

 私は、思わず聞いていました。切り札というのは、あの北斗と名乗った人のことでしょう。

 「北斗、と呼ばれる人物です。先ほどアキトさんが戦った」

 「やはり……すまん、こんな事を聞けた筋ではないが、教えてくれ……彼は、何者だ?」

 「いいですよ。今はこうして敵になっていますが、目的とするところは同じです」

 八雲さんは、微笑みすら浮かべながら答えてくれます。

 「詳しくは私も知りませんが、彼は北辰……四方天が北であり、木連の諜報その他、後ろ暗い面を司っている彼の息子、といわれています。彼の血を継ぐ天才的な武闘家であり、裏の世界では希代の暗殺者として、密かに語り継がれていますが……私が知る限り彼の逸話で最大のものは、北辰さんが片目なのは、彼に抉られたからだと言います」

 ……!!

 「それ以後は疎まれて、殺されたと言われていましたが、どうやら幽閉だったようですね。ちなみに情報に間違いがなければ、彼はアキトさん、あなたと同年代の筈です」

 ……本気で驚きました。そんなすごい人が、木連にいたなんて。

 「彼の実力は見たとおりです。私もあそこまでものすごいとは思ってもいませんでした。ですが、幸いにも、彼は私の指揮下にはいるはずです。何か分かったら、こちらの不利にならない程度にお知らせしましょう。ただし、そううまくいくかどうかは分かりませんが」

 「そうか……」

 なぜかアキトさんは、そういって手を強く握りしめました。

 「みなさん」

 と、八雲さんが、雰囲気を一変させてこちらに向き直りました。

 「私の意志は今言ったとおりです。ですが、地球との戦いにおいて、手を抜く気はありません。申し訳ありませんが、現在月軌道上に集結している連合艦隊には、全滅してもらうことになるでしょう。そこまで私は手を抜いたりはしません。この艦も遠慮無く活用させていただきます。そして、再び会う時までに、あなた方の和平方針を聞かせていただきたいものです。私は和平を望んでいますが、実現不可能な案に賭けるほど、酔狂ではないので。
 では、今度は戦場で会いましょう。後、宜しければこの回線は、いざというときのホットラインとして確保できませんか?」

 私は素直にうなずきました。大した手間ではありません。

 「では、最後に。みなさん、お世話になりました。特にオオサキ司令……西欧での日々、そしてナデシコの日々。私は幸せでした。出来れば再び、あんな日が持てる世界を、私は望んでいます」

 その一言とともに、通信は切れました。



 「……完敗、だな、これは」

 沈黙を破ったのは、副提督でした。

 「俺も幸運だったというのかな……あれだけの人物を、一時とは言え、部下に出来たというのは」

 「全くですね」

 カズシさんも相槌を打ちます。

 「アキト、負けてらんねえぞ。少なくとも木連側に、和平を求める気のある奴とのチャンネルがつながったんだ。これを生かせねえようなら……俺たちに和平を語る資格なんぞねえ」

 「そう……ですね」

 あ、何かアキトさんの内側にも、熾火のように燃える、静かな炎が見えた気がしました。

 「俺は戦いを終わらせ、みんなが笑って過ごせる世界が欲しい……迷っている暇はない。ただ、やり遂げるだけだ」

 そこには、力強い決意の意志がありました。

 「そうね……アキト、あたしも頑張る!」

 ユリカさんもノリノリです。
 そしてその意志は、いつしかナデシコ内に伝染していきました。

 「さて、こうなっちゃうと、いろいろ嘘ついてごまかしてたのも終わりかな……」

 そんな中、ハルナさんがぼそりと言いました。
 一斉にみんなが引きます。

 「といっても、いまさら改めて言うこともないんだけれど。ほとんどバレちゃってるし」

 そういってぺこりと頭を、なぜかプロスさんの方に下げます。

 「実はあたし、本当はスーパー改造人間みたいな能力があります。ご飯さえ食べてれば、コンピューターも、エステの操縦も、そして対人戦闘も、かなりのレベルでこなせます。体内のナノマシンの働きで、ちょっとやそっとの怪我は自己治癒しちゃいます。あ、ハーリー君、この間直したせいで、きっとあなたもちょっとした不死身性を獲得してるかも。なんかあったらごめん」

 「い、いえ、いいですよ! 助かったのはハルナさんのおかげなんですし!」

 あ、面食らってます。まだまだ子供ですね、ハーリー君。

 「ですけど、結局はそれだけですから、別段なんも代わりはありません。お給料もそのままでいいですから」

 みんなが一斉にこけました。そのせいだったんですか、プロスさんに頭を下げてたのは。

 「はいはい……見抜かれましたか。お手当増やすから、パイロットとかもやってみませんかって言おうとしたんですけどねえ」

 「ごめんなさい。いくらなんでも、そこまで忙しくなったらたまりませんから!」

 そういってみんなの方をぐるりと見渡します。

 「ただ、この間ハーリー君にやったみたいな技は、万が一がありますから、当てにしないでくださいね。人外の化け物になっても責任取れませんから」

 改めてみんなが引きます……ですが、よく見ると、みんなの目からは、かすかにあった恐れのようなものが消えていました。
 なんというか……どうやら艦の雰囲気が、元に戻ったみたいです。
 今までのような雰囲気が、還ってきそうな予感がします。
 ですが……こう言う時に水を差す人というのは、どこにでもいるようです。
 それはちょうどこのタイミングで届いた、一通の命令書でした。

 「あ、提督……連合軍本部から命令書が届いています」

 「あら、何かしら、今頃……まあ、多分、今の放送の件でしょうね。でもナデシコは、すぐに動けないのに……あらら〜〜〜っ! なによこれ!」

 なぜか提督の声が裏返りました。

 「どうしたんですか……」

 心配そうに聞く副提督に、提督は黙って命令書を差し出しました。

 「ん……なんですかこれは。念のために聞いておきますが、心当たりは」

 「あるわけないじゃない! 私はお金には困っていないわよ!」

 ???
 どういう事でしょう。と、シュンさんが、苦々しい顔で我々に宣言しました。

 「たった今、ナデシコ提督、ムネタケサダアキ氏が、公金横領の罪で告発された。これに伴い、彼は提督の役職を剥奪され、地球の連合本部へ送還されることになる。迎えは明日来るそうだ」

 な、なんですか、それは!

 「ふむ……私の目から見ても、そんな痕跡は見つからないのですが……」

 プロスさんもいぶかしげです。それはそうでしょう。ナデシコの会計は、すべてプロスさんが最終的に仕切っているんですから。

 「まあ、ひょっとしたら別件かもね。とにかく、無視も拒否も出来ないわ。みんなとは、明日でお別れね」

 提督……。
 前回とは違い、見違えるように溌剌となり、みんなからも信頼されていたのに……。
 全く、上層部は何を考えているんでしょうか。こんな時に。
 いや、こんな時だからでしょうか。八雲さんの報道から、みんなの目を逸らすために。

 ……クーデターでも起こしましょうか。全く。久々に言わせてください。
 連合軍って、連合政府って……



 馬鹿ばっか。







>MAIKA

 「兄さん……本当にこんな事していいの? 多分草壁閣下の耳に入ったら、責任問題じゃすまないわよ」

 「いいのさ……このことを理由に死刑に処せられても、私は本望だよ。これでもはや地球側は、我々のことを無視できない。無視してきたとしたら……相当根性を据えていると言うことだ。しかし、とんでもない置きみやげだったな、これは」

 そう、これはハルナさんが、このシャクヤク内に残したデータやツールの中の一つ。全地球上の公共ネットワークに、こちらの望む映像を配信できるウィルス。さっきの放送は、それを使って行われたのだ。まあこれは、一度しか使えないようだったが。
 実はほかにも、下手をすると戦局を一変しかねないデータが山ほどあった。もっともうかつに使えば、結局は戦況を混沌化させ、いつ果てることのない戦いを引き起こすだけの代物だ。よく考えて使えということなのだろう。

 「さて、こうなると連合軍も本気を出してくるだろうな……丁寧にお出迎えするとするか」

 「でも、大丈夫なの?」

 そう聞く私に、兄は答える。

 「はっきり言おう……ミスマルユリカとテンカワアキトのいない連合軍に、私の負ける可能性は万が一にもない。ハルナさんは計算外としてね」

 それは、滅多に見せない、覇気のある兄の姿であった。

 「そして気がつくだろう……私と、そして北斗君が合流した『シャクヤク』に、対抗できるのは『ナデシコ』だけだと言うことに。そしてその逆もまた同じであることに。秋山君には、一度泣いてもらうことになりそうだが」

 かわいそうに、源八郎……。

 「だがそうすれば、戦線は膠着する。私達とナデシコがにらみ合えば、ほかの戦線も止まる。草壁閣下も気がつくだろう。そうなれば、閣下も和平のことを考慮に入れるはずだ。というか、考えざるを得なくなる。私の狙いはそれだよ」

 さすがは兄だった。
 だが……その兄とて神でもなければあのテンカワハルナでもない。
 草壁閣下の……そして地球側の真の狙いを、この時点の我々は知らなかった。
 そしてそのことこそが、兄の計算を大きく狂わせることになる。
 そして私も、そんな未来のことを知る術はなかったのだ。







 >???

 「やはり、牙をむいたか……」

 全地球的な海賊放送を眺めていた彼は、ゆっくりとそうつぶやいた。

 「やむを得ん。『アレ』を使う時がきたようだな……」

 彼は、禁断の封印を解くべく、古式豊かな電話の受話器に手を掛けた。

 「ああ、私だ……」







 次回……それは『遅すぎた再開』……いまさら、ですか。それでは意味がないんですよ……につづく。







 あとがき。



 な、長かった……。
 本文総テキスト量255K。原稿用紙で400枚近く、文庫本なら約300ページ(爆)。シャレになりません。
 おまけに時ナデからもぶっ飛んだオリジナル展開。
 歯ごたえだけは十分ありそうですが。

 それでもやっと北斗も三郎太も顔を出せました。次は優華部隊かな?
 17話はまたまたストーリーが激変します。ムネタケ死にませんしね(笑)。
 八雲さん大活躍かなあ……。

 今回の話は、私にも途中で展開が読めなくなって、どうなるのか書いててはらはらし通しだったんですが、どうにか落ち着いてくれました。最初の予定では、全滅宣言をやるアキトにハルナが突っ込むはずだったんだけど、そのシーンなくなっちゃったし。
 なんかユリカも覚醒したみたいだし、変にいい雰囲気です。実はこの辺予想外。
 それにしても、舞歌さん……すっかり八雲氏に喰われています。ちとてこ入れするか。
 ただ、ブラコンだから、兄貴が生きているとこうなっちゃうんですよね〜〜〜。
 では、皆様の批評をお願いいたします。
 ゴールドアームでした。

 

 

 

 

代理人の感想

 この回、原作では最強の敵北斗初登場! アキトの単独最強崩れる!とゆー事で盛り上がったんですが、

 今回北斗がすっかり霞んでますね、八雲さんの演説その他で(爆)。

 まぁ、「再び」はタイマンバトルものでもなければ

 アキトが全ての中心として巨大なウェイトを持っていた時ナデとも違いますから、

 単機で一個艦隊に匹敵する戦闘力を持つとは言え、「一兵卒」である北斗が

 優人部隊=前線総司令かつ、現在地球人にとっては木連と言う存在の象徴ですらある八雲に

 存在感で勝つと言うのは至難の技なんですが(苦笑)。

 

 

 ま、そういうそこはかとなく悲しいお話や八雲さんの引っかかるセリフはこっちに置いといて。

 

 

 今回八雲さんと並んで目立っていた・・と言うか、一方の主役だったのがユリカ。

 その持ち味である恐ろしいまでの直感的知性で、事の本質と核心にズバズバ斬り込んできます。

 多くのナデシコSSでは作者によってスポイルされているのですが、

 実は本領を発揮しさえすればおそらく『ナデシコ』最強の切れ味を誇る名刀なんですよね、ユリカって。

 ・・・・ただ、簡単には鞘から抜けないわ、抜けても砥ぎに出さなきゃいけないわ、

 そもそも使いこなすのがえらく難しいわとイロイロ問題はあったりするんですが(笑)。

 

 

 追伸

 北辰の使っている機体「懸衣翁」(けんえおう)ですが、

 ネーミングの元は三途の川のほとりで死人の服をはぐ「奪衣婆」(だつえば)の相方である老爺です。

 奪衣婆がはいだ服を懸衣翁に渡すと懸衣翁はそれを「衣領樹」(えりょうじゅ)という不思議な樹に懸け、

 衣をかけられた枝は死者の生前の罪によって様々なしなり具合を見せるといいます。

 いわば、閻魔大王の行なう裁判の前準備をする存在な訳で、

 そこらへんがネーミングの理由かと思われます。