再び・時の流れに
 〜〜〜私が私であるために〜〜〜

 第17話 それは『遅すぎた再開』……いまさら、ですか。それでは意味がないんですよ……その1





 その艦は、我々の見たいかなる艦とも違っていた。
 必要なユニットを組み合わせただけの無骨なシルエットを持つ、我らが木連の艦とは違い、優美、とも言える姿をしていた。
 名前だけ聞いていた、敵の最強艦『ナデシコ』。その後継艦だという。

 「さすがは我らが司令。困難な状況にも負けず、敵の主力兵器の拿捕に成功するとは。まさにゲキガンガーの主人公達のようではないか」

 私は同時に着いた他の仲間から離され、なぜかここに呼ばれた。
 『芍薬』……そう号されたこの艦の内部では、現在内装工事が行われていた。現場の話だと、戦艦としての能力は完成していたが、居住区の工事が未完了だったと言うことである。これが完了次第、正式にこの艦は木連優人/優華部隊の艦として運用されるとのことである。

 「空 飛厘君ですね」

 今後木連の教科書に載ることが確実な偉人……木連優人部隊総司令、東 八雲司令は、私にそう話しかけてきた。

 「はっ」

 私は敬礼を以てそれに答える。

 「君は優華部隊の中でただ一人、専門科学者としての技能を持っていると聞きました。君は機械工学や電子工学、情報工学などの、どのような分野が得意ですか?」

 「私自身の専攻は化学です。ですが、あまりそれに意味はないですね。ご存じのように、今の科学者というのは専門馬鹿ではつとまりません。跳躍実験、戦艦の基礎設計、機動兵器設計助手、なんでもやりました。実質的には、総合科学者とでも言うべきかもしれません。ここしばらくは、本来専攻であったはずの化学の実験など、何もしていませんし」

 そう語った私を見て、司令はある物を見せた。

 「機動兵器の設計にも関わったことがあるのですか。なら話は早い。これを見てください」

 司令はブリッジ上の席に座ったまま、なにやら操作をした。
 すると空中に映像が浮かぶ。

 「こ、これは……」

 私は驚いた。敵の使う機動兵器の設計図、それが現れたからだ。

 「この艦の電脳はものすごく優秀でね。敵の使う兵器群に関しての、詳細な情報も持っていました。その中の一つです。まあ、さすがに一部の情報には鍵がかかっているから、すべてがわかったわけではないですけど。それでもずいぶんと参考になりました。
 これは現在敵が使用している兵器そのものではありません。敵側の開発者が現有の技術に、我々の持っている技術を組み合わせたらどうなるかを試算した設計図です。つまりこのまま組み立ててもただのゴミにしかなりません。だからこそ、機密扱いもされずに、こうしてデータが残っていたのだと思います。だが、これが我々の手に入ると、俄然その様相を変えることになります」

 私は興奮を抑えるのに必死であった。確かにこのままではこれはただのがらくたである。だが、私を始めとする木連の科学者が少し手を入れれば、これは十分実用になる。そう私はふんだ。

 「空 飛厘隊員」

 そういって司令は私を見つめる。

 「君は直ちに現在秋山君の保護下にいる地球側の研究者、及び木連技術工廠と連絡を取り、この設計思想を完全なものにして、直ちに運用可能な機体を製造してください。一次試作機の運用は、おそらく君たち優華部隊が担当することになるでしょう」

 なんと、試験運用の栄誉まで! といっても、これは当たり前かもしれない。我々にはまだこの手の機体を運用するためのノウハウがない。だとすれば私のような、機体そのものに精通した人物がいなければ、問題点を洗い出すことが出来ない。

 「宜しいですか?」

 「はっ!」

 私は誇りと期待を持って、この任務を受領した。







 >RURI

 「それじゃみんな、行ってくるわね。何、すぐ誤解は解けるわよ」

 提督はそういうと、待機していたシャトルへと乗り込んでいきました。
 さすがに外聞を慮んばかってか、拘束こそしていませんが、事実上はそういうことです。
 私のほか、艦長、副提督、カズシさん、そして……アキトさん。
 みなさん、どんな思いで提督を見守っているのでしょうか。
 そして……なぜかこの場に姿を現さなかったハルナさん。
 おそらく一番提督のことを心配している人でしょうに。
 彼女は自室に籠もったままです。
 ………………
 …………
 ……
 行って、見ましょうか。



 ナデシコの中には、いろいろな騒音が飛び交っています。
 改修作業が佳境に来ているため、その音が聞こえてくるのです。
 私は、『天河春奈』と書かれた表札の前で足を止めました。
 ここのところ入り浸っていた部屋ですが、ちょっと気が咎めます。
 少しためらって……私はインターホンのスイッチをを押しました。
 返事は、ありません。ですが、ほんのかすかな、電子ロックの外れる音がして、扉がすっと開きました。
 入ってこい、ということでしょうか。
 私が足を踏み入れると……絶句、です。
 何処から湧いてきたのか、タッチパネルやら電子回路用プリントシステムやらで部屋が埋め尽くされています。

 「ごめんね、今ちょっと手が放せないから。どうかしたの?」

 その真ん中で、ハルナさんはなにやら小型の加工機械のようなものに向かっています。

 「あの……提督が先ほど地球へ向かって飛び立ちました」

 「あ、もうそんな時間だったんだ」

 まるで人ごとのようにいいます。私はなんだかむっとしました。

 「……いいんですか、提督がこの先どうなるかわかんないというのに」

 「わかってるもん。大丈夫だよ。まあ……ナデシコには帰って来れないと思うけど」

 「ハルナさん!」

 私は思わず叫んでしまいました。

 「いいんですか! 提督が……その……」

 しかし彼女は、あっけらかんとした表情のまま、ニヤリ、という表情を浮かべました。

 ……はて。

 私が疑問に思うと、彼女は言いました。

 「細工は隆々、仕上げをご覧じろ、ってね。タケちゃんの逮捕、あれ、あたしが仕掛けたトラップだもん」

 「ええええっ!」

 こ、これすらも、ですか……。

 「タケちゃんも了承済みよ。ただ、どんな展開になるかまでは想像できないんだけどね。だから心配しないで大丈夫。それよりね」

 彼女はなにやらパーツを手に取ると、瞬く間に組み上げていきます。
 見事な手つきですね。
 そのまま見ていたら、5分ほどの間に、バラバラだったパーツが、いくつかのユニットになっていました。

 「さて、いこっか、ルリちゃん。丁度よかったわ」

 「……どこに、ですか?」

 「ブリッジ」



 で、今私はブリッジにいます。
 なんかブリッジ周りの配置が、少し変更されています。
 操舵席と通信席が少し外側に向けてずらされ、真ん中のオペレーター席の部分が拡張されています。
 椅子が3つになってますね。

 「一応3人までまとめてリンクできるようにしてもらったんだよ。本当はあたしも入れて4人リンクできた方がいいんだろうけど、さすがに場所が足んなかったわ。で、これをと」

 デスクの下に潜り込み、先ほどのパーツを取り付けています。

 「よしっと。ルリちゃん、これで端末のデータ回線速度、今までの約3倍になってるはずだよ」

 ……どうやったんですか、一体。

 「大したことはしてないわよ」

 ……顔に出てたんでしょうか。

 「……なんか知りたそうにしてたけど、違った?」

 「いえ、知りたいです」

 やっぱり顔に出てたみたいです。

 「データ転送ユニットに、ハードウェアレベルでの可逆圧縮を掛けてるのよ。効率はものすごいけど、この圧縮システム、圧縮と展開に時間とパワーを喰うのよね。オモイカネ側はソフトでいいんだけど、端末にソフト入れると、かえって遅くなるから」

 ……ひょっとしてその理論、それだけで特許取れませんか?

 まあ、いいですけど。

 「じゃ、ちょっと試してみて」

 「でも、大丈夫なんですか?」

 「さっきテストした感じだと、大丈夫みたいよ。シミュレーションエンジンは動くみたいだから、フィールドコントロールのシミュレートがおすすめかな」

 そう、今回ナデシコにYユニットが付くことにより、ナデシコのエネルギー容量は飛躍的に増大します。グラビティブラストも、宇宙空間でならわずかなインターバルで連射することが可能ですし、またチャージを使わずにグラビティラムを展開できるようになります。さすがに同時使用は無理ですけど。

 「ついでにね、グラビティラムのプログラム、少し改良しておいたよ。オプションモードでおまけを付けたり、より一層攻撃力と防御力を上げられるようにしてみた。もっともあたしでも単独だと燃料切れになるくらい制御がむずかしいから、最低3人いないとコントロールできないけどね」

 「……好きですね、そういうの」

 私はあきれ半分、期待半分でオモイカネにコンタクトを取ります……軽いです、とっても。
 嬉しくなった私は、Gラムの制御プログラムをシミュレーションモードで呼び出します。

 ……ハルナさん。

 なんですか、このオプションは。
 効果的ですけど、趣味に走っているのが見え見えです。


 ……まあいいでしょう。使うことがあったら、その時はその時です。

 「実感できた? 端末の感じ」

 と、ハルナさんが声を掛けてきます。そちらは大満足といえるでしょう。
 私の持っている技能を、フルに使っても端末側が負ける心配が無くなりました。

 「じゃ、ルリちゃんの部屋の端末にも、これつけてあげる。あたしのところくらいにはなるよ」

 「お願いします」

 こんな事はありましたが、着々とナデシコの改良は進んでいきました。
 そして一日後、工事は大半が無事に終了しました。
 それは、新生ナデシコの船出と、決断の時が来たことを意味します。
 みんなは、どんな決断を下したのでしょうか。







 >AKITO

 審判の時が来た。
 今日の夕方、ナデシコへのYユニット取り付け作業及び補修がすべて終了する。
 それは同時に、ナデシコが『軍艦』として木連と対峙することを意味する。
 その時は現地標準時で午後6時。この時間にナデシコ艦内にいたものは、戦うことを『了承』したものと見なす……改めて全乗組員には、そのことを通達してあった。
 午後6時に、格納庫を講堂代わりにして、ユリカやオオサキ副提督からの訓辞がある。

 …………
 ………
 ……
 …

 そして、午後6時。
 ナデシコ艦内には、ムネタケ提督を除く、すべての乗組員がそろっていた。



 ……不覚にも、涙が出た。







 約230人の乗組員は、各所属ごとにきちんと整列して並んでいる。人数の多い整備班などは、更に担当部門ごとに並んでいる。
 今ばかりはオレもただのパイロット兼コックだ。
 しかも軍人としてはとにかく、ネルガルとの契約上はコックが第一職務になっているため、建前上の所属部署は生活班調理部門だ。パイロットは担当部署への『出向』扱いになっている。

 「あんたがここにいるのって、喜ぶべきなのか笑うべきなのか複雑だねえ」

 俺の前に並ぶホウメイさんは、そういいつつしっかり笑っていた。

 「そういえばそうですね」

 俺の後ろでサユリちゃんがそんなことを言っている。

 「皆さ〜ん」

 そんなことをしているうちに、急ごしらえの壇上から、ユリカの声がした。

 「この先に待ち受ける苦難にもかかわらず、こうして一人の脱落者もなくみんなが顔を合わせたことを、艦長としてとっても嬉しく思います。で、ここでオオサキ副提督から一言戴く予定だったのですが、実は先ほど、連合軍から指令が届きました。実は私も副提督も中は見ていません。で、みんなの決意が新たになったこともありますので、ここでその内容を、機密を要さない限り発表したいと思います。
 本来の軍のあり方からは外れていますけれども、私達はこの先一心同体です。みんながなんのために戦い、そして、なんのために命のやりとりをするのか。そのことをしっかりと心に刻んで欲しいと思うからです。
 作戦の内容によっては、木連の人の命を奪わなければならないかもしれません。そしてそれは、私達の同胞、地上に住む人々の暮らしを守るためには、必要なことかもしれません。
 だとしたら、私達は忘れてはなりません。我々は家畜を、食べるために、生きるために殺します。そして今私達は、人の命を奪おうとしています……生きるために。ならばせめて、そのことを忘れてはならないと思います」

 ふむ……結構言うなあ。クラウドさん……八雲さんに負けてないぞ。
 おそらく作戦指示は、月面上空に集結している艦隊との合流。この間北斗と名乗る敵に破壊された分遣隊補充要員への参加要請であろう。
 木連軍が集結する動きをしていることは、すでに探知している。というか、隠すのはいくらなんでも無理だという規模で、木連軍が動いているのだ。
 意味することは一つ……決戦だ。
 木連は集結している連合艦隊を襲撃するつもりなのだ。
 そしてユリカや副提督も、それを予測しているからこそ、こうして作戦内容をみんなに公開すると言ったのだろう。公開できないような作戦指示が来ていたら、士気が下がるだけで、何の得にもならないしな。
 そして壇上で、副提督はそれでも一応手元で、指令ファイルを開くためのパスコードを入れた。
 みんながオオサキ副提督に注目する。ここそこから、ごくりと生唾を飲み込む音がする。
 そして提督の顔が……呆けた。

 「……どうしたんですか?」

 不思議そうに指令をのぞき込んだユリカ。
 彼女も……呆けた。

 「二人とも、しっかりしてください!」

 背後からカズシさんに背中を叩かれて、ようやく二人とも正気に戻ったようだった。
 一体……どんな指令が来たんだ。
 みんなも思うことは一緒だった。一瞬引いていた注目が、再び副提督に集中する。
 そして副提督は……投げやりな様子で、指令書をそのままウィンドウで大公開してしまった。



 細かいことはどうでもいい。問題はどんな命令がナデシコに下されたのかだ。
 そしてその部分には、こう、書かれていた。







 独立艦隊旗艦ナデシコに、追って指示あるまで

 『現状待機』

 を命ずる。







 ……は?







 「というわけで、私達は次の命令が下るまでお休みになります。但し、命令一下出動しなければならない時もありますので、休暇は認められません。というわけで……今日は解散です! ごめんなさ〜い」

 おいおい。何考えてるんだ、連合軍は。







 「手柄を、立てられたくないんだろうな」

 シュンさんは、そう、つぶやくように言った。

 「猫の手も借りたいこの時期に、ナデシコを留め置く理由はそれしか考えられん」

 今俺たちは、ナデシコのブリッジにいる。
 解散とユリカが言ったものの、部屋に戻った人はいなかった。
 それこそいつでも出発できるかのように、みんなが仕事をしている。
 といっても、半分はその必要がある業務だ。ウリバタケさんはみんなを引き連れて(ハルナもだ)Yユニット部分の増設に伴う整備のポイントをいろいろ調べているし、ホウメイさんは調理場に運び出されていたスパイスを戻す作業に没頭している。こればっかりは俺といえども手伝えない。
 他の生活班員も各種の補給に忙しい。プロスさんが監督のため出て行っている。
 結局のところ、手すきなのはブリッジ要員とパイロットと言うことになる。どちらも今は待機が仕事になるからだ。後は食堂要員。まだ閉鎖中だからな。ちなみにルリちゃんとラピスとハーリー君は、オモイカネ相手に増設されたオペレーター席でなにやらやっている。
 そして暇こいた俺たちは、何とはなしにブリッジでブリーフィングをしていた。

 「本気で腐りきってますね。いっそのこと木連にでも寝返りますか?」

 カズシさんが冗談とも本気とも付かない口調で言う。
 気分はわかるな。
 それにしても連合軍、なんか前回にもまして無能が多いぞ。

 「後、クラウド……八雲のぶちかました演説への対抗策が動き出すまで、俺たちにちょっかいを出して欲しくないんだろうな」

 それがシュンさんの意見だった。

 「これが現在の世論です」

 と、こっちの話を聞いていたのか、ルリちゃんがタイミングよく資料を表示してくれる。出所は緊急特集を組んだテレビのアンケートだ。

 ……意外なくらい和平派が少なく、徹底抗戦派が多いように見える……が、多分連合軍の介入があるんだろうな。

 「これはテレビで放映されたものですが、データが改竄された節があります。改竄手法から逆算すると、おそらくはこんなものかと」

 やっぱりそうか。結果として出てきたデータは、和平と徹底抗戦がほぼ半々であった。

 「まあ、マスコミに出てくるような一般人にゃあ、戦争の実体なんかわかってないだろうからな」

 リョーコちゃんがぼやくように言う。

 「同感ですわね。軍内部の兵士さん達の意見がわかるといいんでしょうけど」

 アリサちゃんもそう答える。

 「私達は戦うことが仕事ですけど、それだけに『なぜ戦うのか』に対するこだわりは結構あります。そうじゃない人もまあいますけど、そういう人はまず上に上がってくることはありません。軍に寄生している毒虫は別ですけど」

 「西欧にも居ました? そういう奴」

 「それなりに……極東にも?」

 「ええ。どこも一緒、って訳ですか」

 アリサちゃんとイツキさん、軍出身者同士、思うところがあるようだ。

 「全く、いつの間に連合軍は『正義』って言う言葉を忘れちまったんだろうな」

 「僕もそう思う……今にしてやっと、僕もムネタケ提督があそこまで追いつめられたわけがわかった気がする。あの人の最初の頃の姿は……僕の未来の姿だったかもしれないんだ」

 いつの間にかガイとジュンが意気投合していた。
 でも、あり得たかもしれないな……理想と現実の狭間に潰されて、ヒステリックになるジュンか……ユリカがおらず、連合大学の首席として連合軍入りしていたら、最終的にジュンを待っていたのは、そういう運命かもしれない。
 俺も少し、今の連合軍と政治家達について考えることがいろいろあった。
 俺はそういうものが嫌いだった。前回アカツキがやったことに対する反発などもあったのだろう。
 そしてヒサゴプラン。世間では火星の後継者が統合軍を隠れ蓑にしてプランを実行したかのように報道されたが、計画そのものは彼らの手の内にあったとしても、彼らにはそれを独力で立ち上げるほどの力はない。薄々感づいていても、得られる利益に乗ったのだ……地球の上層部は。
 一部の人間は利用されていたと言えるが、大半は同じ穴の狢だったような気がする……いや、両天秤という奴か。彼らの蜂起が成功しても失敗しても、利益が得られるような立場を取ったのは見え見えであった。
 そのせいだろうか、俺はそういうものを、意図的に目から外していた。
 だからか、ハルナに言われたことはちょっと堪えた。
 俺が本気で和平を実現させようとしたら、軍と政治家達を押さえ込み、納得させなければならない。言われてみれば自明の理だ。そして奴等があくまでも自分の利益にしがみつき、地球圏がどうなろうとも知ったことではないという態度をとり続け、そのためにナデシコや俺たちを犠牲にすることも厭わないとしたら……俺も覚悟を決めざるを得ない。
 そんなことはしたくないし、しちゃいけないとはわかっているが、もし真っ向から否定・対立されたら、そもそも選択肢がなくなってしまう。
 そういうことを考えていたら、一つ気がついたことがあった。
 草壁のことだ。
 俺は九十九に対する謀略を見て、あいつを悪だと決めつけた。そして後のA級ジャンパー誘拐より始まる、数々の悪行。
 俺と奴の思惑と利益はことごとく対立し、そして俺たちは相容れぬ存在となった。
 だが、今の俺は、奴とすら手を携えねばならぬ立場とも言える。
 その指摘は、やはりハルナの奴に、西欧で、あの時に指摘された。
 そして今回の指摘。俺はいやでも奴のことを考えねばならなくなった。
 そうして考えていくうちに、ふと気がついた。
 草壁は……俺なのだ。俺が九十九を、平和を、そしてユリカを奪われたと思うように、あいつは地球に第二の故郷を奪われると思った。俺が北辰を憎むべき仇だと思ったように、奴は地球を仇だと思った。
 奴は奴なりに木連のことを、人類のことを考えていたのだ。奴は冷酷非情で、自己の正義を絶対のものとする狂信者ではあっても、権力そのものに固執する独裁者ではない。
 そして奴は木連の国民に、熱狂的なまでに支持されていた。火星の後継者の元に集った人間を見ればわかる。奴は危険なカリスマではあるが、利己的な欲望のために彼らを利用したことはない。奴は『正義』に殉ずる男だったのだ。
 その正義がたまたま、ゲキガンガーによって刷り込まれた自己絶対正義だったがために、奴はためらうことなく己の正義を『盲信』し、それに従った。
 今の俺には、皮肉なことに、自分たちの味方であるはずの連合軍と連合政府の腐敗っぷりによって、奴の怒りが理解できてしまった。
 宗教的とさえ言える『正義』に対するこだわり。
 それがまだ純粋にゲキガンガーから得た『熱血正義』なら、俺とあいつは対立することはなかったかもしれない。
 だが草壁は、正義に殉じる男であると同時に、正義の遂行のためにあえて悪と呼ばれる行動を起こすことを厭わぬほど目の利く男でもあった。『真の正義』を正面切って成し遂げるには木連の力は不足しており、またそれだけでは狡猾な悪に対抗しえない事も理解していた男なのだ。やつはすべてを判った上で正義の名のもとに『悪』を行っていた。後に事が露見すれば、すべてを断罪されることを覚悟の上で。
 正義を貫くためには、己を悪へと堕とさねばならない。やつはそれをすべて理解していたのだろう。理解した上でその『矛盾』を、奴は飲み込んだ。
 ……だが、俺とユリカを誘拐するためにシャトルを爆破したり、ジャンプの秘密を探るために非道な人体実験を繰り返したことは決して許せない。草壁ほどの男なら、それが『やりすぎ』であることが理解できないはずはないのだ。たとえそれが必要な事であったとしても、やってしまえばもはや決して許されない事だという事を。今にして思えば、火星の最終決戦……北辰を倒したあの戦いの時、ルリちゃんにシステムを掌握された草壁があっさりと投降したのは、奴自身その矛盾に悩んでいたからかもしれない。
 自分の正義を信じ切れていた草壁なら徹底抗戦したはずだし、部下達もそれを否とは言わなかったであろう。
 投降は、その迷いの産物だったのかもしれない。彼の生き方からすれば、悪の元に投降するくらいなら死を選ぶ男なのだから。
 ……少なくとも自分は。部下は投降させたとしても、自分はすべてを明らかにしたあと、ためらうことなく自害する事の出来る男なのだ、草壁春樹という男は。
 もちろん、奴は単なる独裁者で、そのためにゲキガンガーの正義を利用した小悪党だという可能性もある。だが何となく俺は、そんなことはないと感じていた……
 ………………
 …………
 ……



 彼の最大の失敗は、九十九を暗殺したことかもしれない。
 あの時から奴は、取り返しの付かない底なしの泥沼に足を踏み入れてしまったのであろう。







 「おい、アキト、寝てるのか?」

 おっといかん、自分の考えに沈み込んでしまった。

 「すまん、ガイ。ちょっと考え事をしていた」

 「自分だけの考えに浸っていたって、答えは出ないぜ」

 ガイの顔には、迷いのようなものはなかった。
 木連のことを聞いて悩まなかったはずはないと思うのだが、すでに心の中では解決したというのであろうか。

 「なあテンカワ」

 と、シュンさんが俺に問いかけてきた。

 「お前は、どう思う? 木連が己の存在を誇示したため、この戦いはついに人対人のものになった。連合軍はこの期に及んでもそれを認めようとしていないがな。力ずくで木連を叩いて、奴等の宣言はでっち上げで、実体は単なるテロ集団に過ぎないと強弁するつもりらしい……テロリスト相手になら遠慮する必要性はないしな。だがそううまくいくかな」

 「まだ、わかりませんね」

 俺はそう答えた。

 「変な話ですが、クラウドさん……、じゃなくて八雲さんが優人部隊を率いて連合軍と当たる、次の戦いがその答えを持ってくると思います。連合軍がこれに勝利すれば、彼らは勢いづいて木連=テロリスト説を押し通してくるでしょう。互角でも粘ると思います。でも負けたら、一気にガタが来そうですね。責任の押し付け合いと派閥の分裂……抗戦派と和平派……といっても俺たちみたいな奴じゃなくって、単に手打ちをして自分の利益を確保しようとするせこい和平派ですが……そういった奴等が、軍や連合議会を舞台に喧々囂々侃々諤々、醜い争いを繰り広げるような気がします」

 「同感だな」

 カズシさんがそういって肩をすくめた。

 「言いたくないが、あのクラウド……ええい、そのまんまでいいか。あいつがまともに一軍を指揮したら、今の連合軍じゃ多分対抗できないぞ。手前味噌な話だが、あいつの打ち出す策を見抜けるのは、多分うちの艦長だけだ。百歩譲って極東のムネタケ参謀……親父さんの方な、提督じゃなくって……。けど、もしあいつがそれ以外の参謀でも見抜けるような平凡な手を打ってきたとすれば、百発百中、それで十分自分たちが勝てるっていう時しかないぞ。戦力差があるとかな」

 「え、そんなあ。そこまで言われると恥ずかしいです」

 ユリカの奴、柄にもなく照れている。
 けどそうなると……またたくさんの犠牲者が出そうだ。

 「何とかなりませんかね」

 「何ともならんよ」

 俺が言った言葉を、シュンさんは瞬時に否定した。

 「自業自得だ……悲しい話だが、一度連合軍は思い知らないといけない。自分たちが何に対してどういう喧嘩を売っているのかをな……。そうしなければ、自覚できまい」

 その横顔は、何となく寂しげであった。







 そしてその思いは、現実となった。それも最悪の形で。







 >RURI

 命令を受けてからかれこれ2週間以上。
 ナデシコは今日も禁足です。
 試験航行の申請すら握りつぶされています。
 よほど今度の決戦には、ナデシコがいて欲しくないみたいです。
 アキトさん達パイロットの方々は、さすがに暇をもてあましてシミュレーターにお籠もりです。
 以前見せてもらった新しいフレームがもうすぐ完成するそうなので、それのテストも兼ねているとか。

 ……自爆しなければいいんですけど、新型フレーム。作っているのがウリバタケさんですし。

 それはさておき。
 待機中でも私にはそれなりの仕事があります。
 思兼のメンテナンスや、アキトさん用の新型機体の制御プログラム作成、とにかくコンピューターがらみの仕事は、まず一度は私のところを通ります。
 思兼の統括オペレーターとしての義務とも言えますけど。
 実はそういう意味では、今回の待機、ありがたいとも言えるんですけど……空の上に、不安がなければ。
 そう、とっても不安です。
 イヤな予感がひしひしとします。



 連合軍がやたらに自信を持っているのは、ようやく主戦力となる戦艦群に、相転移エンジンとグラビティブラスト、そしてディストーションフィールドを搭載出来たからです。
 つまり建前上は、木連が使った戦艦と同等レベルの戦艦をこちらも用意できたと言うことです。相転移エンジンはナデシコに搭載されたものをデチューンして、その分生産性と安全性を高めたバージョンで、一艦当たりでみると大体ナデシコの80%くらいのパワーしかないようですけど、その分数と安定性が段違いです。
 相転移エンジンは今のところネルガルの独占商品ですから、ネルガル、相当儲けたでしょうね。
 それにディストーションフィールドの装備が出来たと言うことは、敵の部隊のうち、カトンボ……レーザー駆逐艦の攻撃がほぼ無効化されるということです。
 カトンボは木連兵器群の中でも比率が高めですから、これで大分相手の読みをはずせると思っているのでしょう。敵のグラビティブラストも、完全に無効化とはいかないでしょうが、今までのように当たったら終わりということはなくなりますし。
 そしてバッタ達には、やはりこれも大量に配備されたエステバリス量産型で対応するつもりでしょう。おかげでこちらへ0Gフレームが回ってきません。まあ、いまさらなんですけど。
 けど……その位八雲さんは計算済みだと思います。あの、ユリカさんに勝っただけの洞察力を持つ、八雲さんなら。
 何か、忘れている気がします。
 けれども、時は、無情に流れていきます。
 地球の世論も連日大騒ぎです。
 情報操作をして和平派を封じ込めようとした連合政府ですが、その事実が誰かにすっぱ抜かれて今大もめです。
 和平か、戦争か。
 それは木連を国家として認めるのか、テロリストとして断罪するのかの争いへと様変わりしていきました。
 200年ほど前、20世紀末から21世紀初頭に起こったグローバリズムと民族主義との戦いみたいです。あるいは事の発端となった、月独立闘争の再現か。
 200年前も、100年前も、そして今も。
 人間のやることは変わらないのでしょうか。



 ……馬鹿ばっか。







 そんな状態ですから、ムネタケ提督の横領疑惑に対する審議なんか、ろくすっぽ進んでいません。提督も大変でしょうに。
 審議関係のデータを覗いてみても、ほとんど進展がないことが読みとれます。
 ……これは戦いのけりが付くまで、動きませんね。
 こういうタイプの緊張感は、あんまり心地よくありません。
 だんだんとイライラが募ってきて、ケアレスミスが増えるんです。



 ……ですが、ついにその緊張が破れる時が来ました。

 『木連軍に動きあり。対応するように連合軍も動いている。始まるよ……ルリ』

 ナデシコにとってはほとんど初めての、ただ見ているだけの戦闘が始まりました。







 ナデシコのブリッジに、みんなが集合していました。
 会社のほうに詰めている、アカツキさんとエリナさん、プロスさんとゴートさんはいませんけど、それ以外のブリッジ要員は全員集合です。パイロットの方達も、ブリッジの前方に集合しています。
 そしてオペレーター席には、しこたまお弁当とスナック菓子を抱えたハルナさんが陣取っています。

 「おっしゃあ、旗艦のデータ回線ストリーム発見! 暗号化レベルは……大したことないね。思兼にも解けるわ……ヤバいかも」

 思兼に解けるということは、シャクヤク搭載の思兼級コンピューター……『ダッシュ』にも解けるということ。アキトさんの膝の上にちゃっかりと座り込んでいるラピスの手が、少し硬く握られたことに私は気がつきました。
 後になって判ったことですが、アカツキさんは出来うることならシャクヤクを連合軍に渡さず、ナデシコと艦隊を組んで使いたかったそうです。そのためにラピスの育てていたダッシュをシャクヤクに載せたそうなんですが、完全に裏目に出ました。
 まあ、いまさら仕方がないことです。

 「木連側は……うーん、シャクヤクにはつなげられるけどすぐにバレるわね。とりあえずは連合側だけで勘弁してね」

 彼女、いま敵と対峙している連合軍の戦闘データストリームに侵入しています。
 稼働中の軍艦となると、私でも付きっきりになっちゃいますけど……さすがというか、難なくハッキングに成功してしまいました。
 おかげでこうして、特等席で戦いの様子を見学できます。

 「もしこれで思兼の記憶容量が今の3倍くらいあったら、このまんま旗艦のふりして戦闘をコントロールできそうね。後でアカツキさんにでも教えてあげようか」

 ハルナさん……それ、ナデシコCです。



 「……ん、どうやら動き出したな」

 シュンさんが、敵軍の配置図を睨んでいます。
 敵が動き出したみたいです。それに対応して、連合軍も動き出します。
 敵の駆逐艦が、まず小手調べとばかりに掃射、その間に戦艦と小型のチューリップから、バッタ達がわいてきます。

 「……まずい」

 その様子を見ていたユリカさんが、珍しく顔をしかめました。

 「どういう事だ?」

 そう聞くアキトさんに、ユリカさんは答えます。
 アキトさんからの言葉なのに、顔色一つ、眉一筋動かさずに。

 「クラウドさん……八雲さんが、何も知らずに木連の兵を動かしたのだとしたら、この動きは理にかなった当然の策。そして、連合軍にとっては予想通りの、最高のパターンなの。でも……」

 そうです。
 あの八雲さんが、シャクヤクを手に入れて……つまり、ダッシュに入っていた情報を手に入れて、そのことに気がついていないはずはありません。

 「艦長、あいつが気がつかなかったって可能性は」

 「ありません」

 即座にユリカさんは断言します。

 「もし知らないのでしたら、彼はこの動きをするはずがありません。偵察を兼ねた策を、2つ3つ試してくるはずです。それも無しにいきなりこんな教科書通りの用兵をするということは、逆に言えば気づいている証拠です」

 「てことは……」

 「罠、というわけね」

 ヒカルさんとイズミさんが声を揃えていいます。

 「……なあハルナちゃん、連合軍の指揮、誰が取ってる?」

 「ちょっと待ってくださいね……あ、アズマ少将ですね」

 ハルナさんの答えを聞いたシュンさんの顔色が、一気に悪くなりました。

 「まずいぞ……カズシ」

 「よりによってですかい。せめてミスマル提督か、ムネタケ参謀が付いていれば……」

 「ムネタケ? 提督が?」

 「いえ、こちらはお父様の方ですよ」

 不思議そうなリョーコさんに、イツキさんが説明します。

 「ムネタケ提督のお父様は極東軍の参謀ですから。とっても優秀な方ですよ。だから提督、よく『七光り』っていわれていたんですけど」

 「あ、そうなのか」

 「でもアズマ少将ですか? よりによって」

 イツキさん、不安そうです。
 どういう人なんでしょうか……プロフィールはごく普通の、そこそこ優秀な経歴の持ち主ですけど。

 「なあ、どういう奴なんだ? そいつ」

 ヤマダさんがそう聞いた時、上のディスプレイに変化が起きました。
 多段横隊を組んだ連合軍の戦艦がグラビティブラストを斉射したようです。
 さすがにこれだけの数となると、ナデシコですら見劣りします。

 「お〜、派手だねこりゃ」

 ニュースなどに提供するための記録映像を見て、ヤマダさんはしゃいでいます。
 画面の中では無数の艦船や無人兵器が、重力場の嵐に引き裂かれています。

 「ヤマダさん、気持ちはわかりますけれども不謹慎ですよ。今映っていたのは無人兵器ばかりですけど、今度の戦いには、木星の人たちも参加している筈なんですから」

 メグミさんがちょっと怒った声で言います。

 ……彼女も思うところあったのでしょうか。ナデシコを降りはしませんでしたけれども、やはり戦争は嫌いみたいです。

 ミナトさんがそっと目を伏せています。今のところジンシリーズの姿は見えません。

 「……わりぃ」

 ヤマダさんも素直に頭を下げました。

 一方、艦長席のまわりにいる人はみんな苦虫を潰しています。

 「罠だ……」

 「罠ですね」

 「罠だな、こりゃ」

 「完璧に罠ですね」

 シュンさん、ユリカさん、カズシさん、ジュンさん。
 みんなの声が見事にハモっています。

 「これで連合軍は調子づくぞ。ましてや司令官がアズマ少将だろ?」

 「あの人は有名ですからね〜。絶対調子に乗りますよ」

 実際、木連軍の出鼻を砕いた連合軍の艦隊は、そのまま空いた穴に突入していきます。

 「突破作戦だと? おいおい、そりゃ無茶だぞ」

 「体勢を立て直されたら、包囲されてしまいますからね」

 シュンさんのぼやきに、ジュンさんが相槌を打ちます。

 「まあ、指揮しているのがうちの艦長ならこれもありだけどよ」

 カズシさんが、画面を眺めつつ、そうつぶやきます。
 と、ユリカさんがまた怪訝そうな顔をしました。

 「あれ? なんか予想外。この配置だと、突破作戦、成功しちゃいますよ」


 ???

 どういう事でしょう。

 「そりゃ一体……」

 シュンさんも不思議そうです。

 「このまま行くと突破から包囲……じゃないですね。分断した艦隊を各個撃破しようとして乱戦? 何にせよかなり無秩序な、ゴチャゴチャの状態になっちゃいますね」

 「それ、確か少将が一番得意としている状態だぞ。あの人は猪突猛進で、こういう力業にかけてだけは天下一品だ。所属違いの俺が知っているほどだからな」

 私はそれを聞いてもう一度少将の経歴を確認します……確かにそうですね。
 乱戦に持ち込んだ戦いではみんな勝利しています。無人兵器との戦闘は結構そういう状態になりますから、それで昇進できたんですね。
 普通なら損耗率が激しいので、そう戦果ばかり上げられることはないですから。
 要するに乱戦になって相手が同士討ちを避けようと攻撃を手控えても、この人はかまわず撃つんです。だから強いんですか、こういう状況に。
 でもそうなると、これは一体……

 「うーん、なんか知らないけど、クラウドさん、隠し球を持っていますね」

 戦況を眺めながら、ユリカさんはそうつぶやきました。

 「隠し球?」

 ミナトさんが思わず声を上げます。

 「秘密兵器でもあるっていうこと?」

 私は思わずアキトさんの方を見てしまいます。まさか……相転移砲。
 しかしアキトさんの目は否定的でした。
 さすがにそれはないですか。
 でもそうすると一体……。
 その時でした。

 「ああ〜〜〜っ! その手があったか!」

 突然ハルナさんが叫んだかと思うと、ウィンドウがめまぐるしく切り替わりました。

 「おい、何だ!」

 慌てるシュンさんに、ハルナさんは、

 「黙って見てて!」

 の一言。そして全身を光らせ、お弁当を二つほどまるで飲み込むように平らげて、やっと落ち着いたようでした。
 映っている光景は……木連側の戦艦、もしくは無人兵器からの映像みたいですね。

 「何とか潜り込めた。八雲さん……さすがだよ。白鳥さん達を、そしてゲキガンガーをここまで使うなんて」

 ???

 どういう意味でしょう、と思った矢先でした。
 連合軍の戦艦が、いきなり爆発しました。

 「うわっ!」

 「な、なにが」

 「あ、あれ見てください!」

 そこに見えたのは、戦艦からジャンプで飛び出してくるダイテツジンの姿でした。







 「すごい……」

 「なんか……かっこいいぜ」

 「こらヤマダ! やられたのは味方だぞ!」

 確かに映像的には格好良かったですけど……さすがに不謹慎です。ヤマダさん、リョーコさんにどつかれています。
 そしてユリカさんやシュンさん達は、逆に真っ青になっていました。

 「こんな手があったとは……」

 「あの大きなロボット、そういえば瞬間移動できましたよね」

 「そういえばリョーコちゃん達にはその辺のことあんまり説明していなかったな」

 アキトさんが立ち上がります。西欧の人たちやヤマダさんの話を聞いた人たちは一通り話を聞かされていますが、リョーコさん達やイツキさんなどにはそこまで話していませんでしたね。

 「あれがボソンジャンプ……俺やハルナも可能としている、瞬間移動の技術だ。以前ナデシコが火星から月へ戻ってきたり、ああやってジンシリーズが短距離跳躍をしているのは、みんなその技術の応用だ。以前自爆しようとしていた敵のメカを月まで移動させたのも同じ事をやったんだ」

 リョーコさんも、ああ、と納得した表情を浮かべました。

 「あんときのアレ、そういう手品だったのか」

 そこでアキトさんは、改めてみんなの方を見ていいました。

 「見ての通り、これは下手をすると人類社会を一変しかねない発見だ。そして木連側の狙いは……このボソンジャンプを完全に自分たちの支配下におくことなんだ」

 「そうだったんだ……それが木連の人達の勝利条件なのか……」

 ユリカさんがそんなことを言っています。
 と、ハルナさんが、ウィンドウを一枚拡大しました。

 「みんな、これ見てて」

 ブリッジ内のみんなの注目が、そのウィンドウに集まります。
 そこに映ったシーンは、ある意味度肝を抜くものでした。






 >TSUKUMO

 「ゲキガン・シュート!」

 魂の叫びとともに、胸部重力波砲を放射する。
 あたりはたちまち破壊しつくされ、ただの瓦礫と変わる。
 すぐさま脱出し、次の敵戦艦に向かう。
 その間、私は操縦席で思わずつぶやいていた。

 「圧倒的じゃないか……これがジンタイプの、正しい使い方なのか……」

 私は、出撃前に聞いた、八雲司令の言葉を思い出していた。



 「白鳥さん、月臣さん、そして高杉さん。これから出撃ですが……特に前のお二人は、今まで出撃されるたびに負けて帰ってきていましたね」

 「はい」

 「面目次第もござらぬ……テンカワアキトめ

 「いいえ、いいんですよ。あれは相手が悪かった……というか、ジンシリーズは本来、ああいう細かい敵を相手にする兵器ではないんです」

 そういって司令は、画面を敵戦艦のものに切り替えた。

 「ジンシリーズは強大な攻撃力と強固な防御、それに加えて跳躍による回避及び奇襲性を持った戦闘兵器です。ですが元々のモデルとなったゲキガンガーにこだわっていると、一番正しい使い方を見失います。ジンの一番の長所は、自分より大きな戦艦などに対してこそ発揮されるのです」

 そして伝授された対戦艦攻撃法。それは簡単なことだった。
 防御と回避に専念して敵機動兵器群を躱し、敵戦艦に肉薄。そこから跳躍によって歪曲空間境界面を突破。敵艦に密着した状態から攻撃を仕掛けて外壁に穴を開け(あるいは再び跳躍で外壁を飛び越し)、内部から艦を破壊して跳躍により脱出。ただそれだけだ。
 だがその結果は恐るべきものだった。
 歪曲空間境界面の内側に飛び込んでしまえば、重力波砲の破壊力に耐えられる物質はまず存在しない。そしてひとたび穴が空けば、もはややりたい放題である。敵の機動兵器が接近してくる頃には、戦艦は戦闘不能の瓦礫になっている。

 「重力波砲は、歪曲場で防がれない限り、事実上必殺兵器です」

 司令は、そうも言っていた。

 「そしてジンシリーズは、今現在我々木連が持つもっとも小さい、重力波砲を発射可能な存在です。だとしたら目標となるのは、性質上どうしても広大な歪曲空間を保持しなければならない大型艦です。あなた方がテンカワアキトに瞬殺と言ってもいい負け方をしたのは、相手がDFSと呼んでいる、歪曲場集束剣を使用できたからです。あれはいわば小型機動兵器が携帯できる重力波砲、それもものすごい威力のものですからね。威力の分、射程はほぼないに等しいですが、それだけに接近されたら終わりです。現在の木連及び地球圏において、あの武器を防御できるものは同じ集束剣しかありません。あれを自在に使える人が少ないのは僥倖ですよ」

 そこで一息つくと、司令は我々を見渡してから言葉を続けた。

 「ですから今度の戦いにナデシコが出てきていて、テンカワアキトの乗る黒い機体か、スバルリョーコの乗る赤い機体が出てきたら、戦わずにさっさと逃げてください。気に入らないかもしれませんが、正面から向かって勝てない相手に無策で挑むのは勇気ではなく蛮勇です。お正月スペシャルでも、すべての攻撃をその柔らかい体で受け流すメカ怪獣に対して、ゲキガンガーはお餅からヒントを得、相手を凍らせて勝利を収めました。しかしそのことを思いつかずに、ただ力任せに相手にぶつかっていったら、あの戦いはどうなっていたと思いますか? 今の段階においてテンカワアキトと戦うのは、それと同じです。時には引くことも大切だということを忘れないでください」

 「しかし!」

 元一朗が食ってかかったが、司令は別人のように鋭い目つきになっていった。

 「しかしもかかしもありません。これは命令です」

 元一朗も気圧されて引いた。
 そして今私は、こうして戦場で敵を撃破し続けている。
 こちらは全くの無傷。抵抗らしい抵抗もない。
 あっけなさ過ぎで申し訳ないくらいだ。

 「九十九、そっちは幾つ落とした?」

 と、元一朗からの通信が入る。

 「今、7隻目か?」

 「遅いぞ、三郎太ですら8隻、俺は今13隻目だ」

 「それはすごいな。こっちも頑張るか」

 「ああ、しかしとんでもない人だな、さすがは東先輩。惰弱な平和主義者かと思っていたが、やる時はやる人のようだ。見直したよ」

 「確かにな。頑張れよ」

 通信が切れる。
 さて、もう一息だ。この戦い、我々の勝利はもはや確定的だろう。
 その時だった。高出力重力波接近の警報が鳴り響く。

 「っ! 跳躍!」

 とっさに跳躍で脱出した私の目に映ったのは、味方の戦艦に対して砲撃をしたと思われる敵戦艦の姿であった。
 おそらく撃沈された戦艦ごと、私を葬り去ろうとしたのであろう。だがそこには、脱出途中の味方もいたはずなのだ。
 私は戦艦を破壊する時、出来るだけ時間をかけた。不幸にも攻撃地点にいた人には申し訳ないが、そうでない人は脱出できる猶予を残すように。
 だが、その努力も今無になった。どうやらこの敵は、あのナデシコと違って、ためらう必要のない『悪しき地球人』らしい。

 「ならば容赦はせん……次の標的は、お前だ!」

 私は砲撃を終えた艦に向かって、猛然と突撃していった。







 >RURI

 ハルナさんが見せたのは、敵のジンシリーズ……赤い色と頭部の形状からするとダイテツジン、白鳥さんですね……が、敵機動兵器の攻撃をかいくぐりながら戦艦に接近、近接対空砲火とディストーションフィールドを一気にジャンプで突破し、ゼロ距離から動力部に向かってグラビティブラストをたたき込むという一連の光景でした。

 「デ○ラー戦法!」

 ラピスが何か言っていますけど……何でしょう。どうせ古いアニメの話だと思いますけど。

 「これは……勝てんな」

 シュンさんも口調は穏やかですけど、顔面からは汗が流れています。

 「なあテンカワ、あれは確か、カワサキを襲ったメカだろう?」

 「正確にはその後継機です。木連ジンシリーズ……確かダイテツジンですね」

 「てことはグラビティーブラスト付きか。だとすると装甲では防げんぞ」

 地上建造物と違って、穴が空いたら宇宙船は終わりですからね。

 「でもね、それより問題なのは、こうしてあたし達がこの光景を見られるって言うことなのよ」

 その言葉に、みんなの注目がハルナさんに集まりました。

 「それってどういう……あああああっ!」

 代表するような形で聞いたユリカさんが、突然素っ頓狂な叫び声を上げます。

 「この光景、記録に取られているって事よね!」

 あっ! そういうことになります。
 そしてハルナさんも、みんなに説明するように言いました。

 「この映像ね、無人兵器に取り付けられたカメラのものなの。つまり八雲さんは、最初っからこの戦闘、ジンシリーズのプロモーションビデオを撮るつもりでいたっていうこと。いくらあたしだって、カメラも無しに中継は出来ないよ」

 「ゲキガンガーそっくりのジンシリーズの大活躍……木連側の士気は急上昇するな」

 「そしてこっちはたった3機の有人兵器によって全滅……次は戦闘にすらならんぞ」

 アキトさんとシュンさんのつぶやきが、やけに大きくブリッジ内に響き渡りました。
 そしてその沈黙を破ったのは、ユリカさんでした。

 「行きましょう」

 そのまなざしは、戦場の映像を見据えていました。

 「命令が何です! 今こうして目の前で、たくさんの人が死んでいるんですよ! それを助けないで、何が連合軍ですか! 何が和平ですか! 何が……」

 最後の方は涙声でした。

 「そうだな……ユリカ」

 アキトさんも、大きくうなずきました。

 「命令違反で処罰できるならしてみろだ」

 その瞬間、ブリッジの意志は一つにまとまりました。

 「ナデシコ、発進準備!」

 「ルリちゃん! オペレーター変わって! ウリバタケさんとレイナ、今降りたまんまだから、整備班の手が足りないの!」

 「判りました!」

 私はハルナさんと場所を交代します。ラピスとハーリー君も、隣のサブシートに着席します。
 そして、ナデシコは眠りから覚めました。
 ですが……



 その2へ