再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
サイドストーリー
アクア育成日記
「アクアー、一緒にシアターいかな〜い!」
「ごめんなさい。あたし、レポート書かなきゃいけないから」
「……なんか変わったね、アクア。そんなに勉強して、楽しい?」
私はあの事件の後すぐ、アメリカのカレッジに復学しました。
もっとも私がこの学校に入学できたのは、単に学歴をつけるため……いわゆる裏口入学です。このまま何もせずに遊んでいても、私はオールAAAの成績で卒業できたでしょう。父や祖父の手回しで。
でも私は、この与えられた環境を精一杯生かすことにしました。知ってしまった事実は取り消せません。この世界に、真の平和を取り戻すために。
……でも現実は、とっても重いです。
有り体に言って、私はあんまり勉強の出来る方ではありません。
もっとはっきりいえば、バカ、です。
こんな私が背伸びをしても、すぐに無理が来るのは当然です。その無理を何とか努力で通しているのですが、さすがにここのところ疲労困憊です。
友達にも心配されてしまいました。まあ、目の下に隈をつくってレポートに邁進していれば、何事かと思われてしまうでしょう。
相談できる方がいればいいのですが、ヤガミさんはあの事件の後、クリムゾンを退職してしまいました。本来懲戒免職だったそうですけど、私が何とか自主退社にしてもらいました。
でも、それが限度でした。それ以上のことは、ヤガミさん自身から止められてしまいました。
「お嬢さん……それ以上かばわれたら、逆にオレの命が危なくなります。お嬢さんと何かあったんじゃないかって勘ぐられてね」
そういわれては、私も何も出来ませんでした。
今のボディーガードの方は、何か信用できません。護衛ではなく、監視の匂いがするのです。
おかげであのブローチが手放せなくなりました。
今の私は、高級アパートで暮らしています。カレッジのみんなも多数住んでいる、女性専用の建物です。お友達も何人もいます。
そこに大きな荷物が届いていました。差出人は……偽名ですが、魔術師さんのようです。名前の脇に、あの三角帽子のシールが貼ってありました。
開けてみると……中から出てきたのはビデオディスクでした。それに混じってデータディスクが一枚。同封のプリントには、新しく発売されるドラマシリーズのモニター云々と書いてありました。これはダミーでしょう。
私はいつものようにブローチにお伺いを立ててから、端末を立ち上げました。ディスクを入れると、アニメーションで道化師の仮面をかぶった魔法使いのお姉さんが現れました。
「はあ〜い、こちら寂しい夜をお慰めする電子の魔法使いのおねーさんで〜す! 今日はお勉強で疲れていそうなアクアちゃんの夜を癒す、ストレス解消グッズをお送りしました。送ったビデオは、ゲキガンガー並にレアな、あるテレビドラマのシリーズです。全114話、2年間に渡って続いたドラマだから、ものすごい量になっちゃったけど勘弁ね。これは別に秘密じゃないから、お友達と見てもいいわよ。著作権も切れてるから、コピーもオッケイ。ただマイナーすぎて、今じゃ役者さんのデータとかもないのよね〜。主演の男の人、とってもハンサムなのに。名前しか分かってないの。ま、いい男のいい演技を見て、ゆっくり頭の疲れを癒してください。じゃまたね〜」
後は別に何も入っていませんでした。
ちょっと拍子抜けしましたが、取りあえずディスクを見ます。ちょっと古いタイプのビデオディスクが、全部で30枚もあります。レーベルを見ると、かなり粗いカラーコピーです。どうやらこれは、彼女が今のディスクに焼き直してくれたものみたいですね。
ちょっと見てみましょうか。
一話を見ただけで、思いっきり引き込まれてしまいました。100年くらい前と思われるアメリカを舞台にした、サスペンスドラマでした。主人公の青年の父親が経営していた会社が、ある日突然乗っ取られ、彼らは路頭に迷うことになります。会社はあっという間に解体され、消えていきました。M&AだのLBOだのといった、かなり専門的な用語が飛び交う経済ドラマとしての側面もあるみたいでしたが、演技や解説がうまく、すっと頭に入ってきてくれます。
主人公がかっこいいのと、ハラハラドキドキの展開に引き込まれ、一気に4話ほど見てしまいました。
……面白すぎます。大企業の陰謀に巻き込まれた主人公が、復讐のためにその大企業を倒すことを誓い、巨大な経済社会の中をありとあらゆる手段を使ってのし上がっていくストーリー。時には綺麗に、時にはダーティーな手段に手を染めて、一歩、また一歩とターゲットに近づいていく主人公。時には敗北し、すべてを失うこともあります。しかし彼は決してあきらめません。何度転落しても、時に名を変え、時には偽りの婚姻を結んででも、不死鳥のように立ち上がるのです。
20話ほど見たあたりで、あたしはこの面白さを独占することが出来なくなりました。
友人達も、みんなハマりにハマりました。興味を持った友人が来歴を調べたのですが、どうしても実体が見つかりません。それでも追跡した結果、このドラマはアメリカのほんの片隅で、ケーブルテレビとして放映されていたものらしいことが分かりました。資料も散逸しており、それ以上のことは何も分かりませんでした。
でも、そんなことはどうでもよくなっていました。私たちは、勉強のことなんか忘れて、このドラマにハマってしまったのです。
こうなると普通は成績も急降下……となるはずなのですが、なんと逆になってしまいました。
というのも、あのドラマは経済ドラマです。経済活動のダイナミズムや、普通の人が知らない契約上の危険などをテーマに、ドラマを盛り上げていきます。当然、ストーリーのバックグラウンドとして、とてつもなく緻密に経済活動のことを取材していました。それを巧みに織り込んであるからこそ、あのドラマは本当に面白かったのです。
当然ミーハーな私たちは、出てくる用語やら主人公のとった作戦やらを、逐一覚え込んでしまいました。一緒に見ていた先輩方は、ゼミの経済演習で、ドラマで主人公が使っていたテクニックを使い、遊び半分の男共を軒並み破産に追い込んでしまいました。
教授達も、
「今期の女子には出来る子が多いな」
と褒めてくださいました。
私も恥ずかしながら、今期の試験で満点を取ってしまいました。もっとも同期のみんなが揃って満点ですから、全然たいしたことじゃないんですけど。
それからしばらくしたら、また小包が届きました。
差出人も一緒です。
「ヤッホー、この間のビデオ、楽しかった? もういい加減見飽きたと思うので、やっとこさ発掘した作品送ります。この間の続編みたいなものです。このドラマ、元々コアなファンがついていたのでぎりぎり打ちきりにならなかったらしいんだけど、調子に乗って作った続編はあまりにもコアすぎて打ちきり食らったらしいです。そうとう濃いファンじゃないと、面白さが分かんないんで、新規の顧客を獲得できなかったらしいんだよね。でもハマっていてくれれば面白いと思うよ。じゃまたね〜」
相変わらずのアニメメールと共に、全26話のビデオディスクが入っていました。
もちろんみんなを呼んで鑑賞会です。
作品は期待に違わぬ面白さでした。でもこれは、確かに前作のファンじゃないと面白さが分かりません。前作を見ていれば、下敷きになっている用語とかの知識が身に付いているから、すんなり分かるんですけどね。
ただ今回の主人公は、前作ほどの切れ味がありませんでした。打つ手にも結構不備があります。
あたしならこうする、いや、こんな手はどうだと、みんなで盛り上がって話せたのはかえって収穫でしたけど。
なんだかじぶんが、OTAKUになっちゃったみたいです。カレッジでジャパニメーションにハマった人も、よく訳の分からない用語の飛び交う話を、人前で平然としていたのを覚えています。
我々も似たようなものですね。
今度の学園祭で、このビデオの紹介と上映会、そして同人誌の発売をするつもりです。
ビバ、マイナードラマ!
「学長、見ましたか、この本」
「何かね、教授」
教授が差しだしたのは手作りのパンフレットみたいな本。
学長はこの手のものが嫌いであった。
「ふん、汚らわしい。東洋の汚れた文化に染まった冊子など、見たくもない」
「そうですか……」
教授はあっさりとそれを引っ込めた。
「お嫌いなら無理にとは言いません。では失礼します」
去っていく教授を、学長は不思議そうに眺めていた。
「やれやれ、学長も頭の固い方だ。無能だな」
教授は手にした同人誌を眺める。
中身はあるドラマの紹介と、その続編の主人公の不手際を研究した記事である。
だがもしその記事部分だけを取り出してみたら、皆一様にこういうであろう。
「これはすばらしい論文ですな。書いたのは誰ですか?」と。
教授の目から見ても、このドラマは理想的な経済学のテキストであった。単なる学術論だけでなく、実際の企業の運用や、最新の経済理論などを巧みに織り込んだ、有機的なテキストになっている。
ただ言わせてもらえば、このドラマはあまりにも早すぎた。今なら理解される経済戦略も、100年も前ではただの妄想だったであろう。100年も前では、このドラマは荒唐無稽な夢物語でしかなかったといえる。
理解されない天才は馬鹿と同じである。教授はそのことをよく知っていた。
今度こっそりと学生達にこのドラマのことを教えるか、そう思って。
「……もっともこれだけ面白いドラマ、学生達のほうが放っておかんか」
この年から数年間の学生は、後に『経済界の至宝』と呼ばれることになる。
面白いことに、そのほとんどが女性だったという。
「あ、また届いてる。今度は何かな〜」
あとがき
アクア育成日記です。
頑張ろうにもお馬鹿なアクアに送った魔法使いの手段とは……
「まんが経済学入門(笑)」
まんがではなく、トレンディドラマですけど。
ナデシコファンの方がいつしかゲキガンガーに詳しくなるように。
好きなものに対する関心は、結構恐ろしいものがあります。
本来物理学上の難しい定義である「物質は光速を突破できない」。
ちょっとSF好きな人ならたいていは知っています。
面白い物語の力は、侮れないんですよね〜。
代理人の感想
あ〜・・・・つまり、「鬼平犯科帳を見た人が人足寄場について詳しくなる」ようなものですね。
ちと通用し辛い例えで申し訳ありませんが(苦笑)。
あるいはスーパーロボット大戦を遊ぶ人がいつのまにかロボットアニメに詳しくなるようなもの
・・って、これはまんま過ぎますか(笑)。
そう言えば代理人も歴史小説・時代小説に傾倒するようになったそもそものきっかけは
講談社の読みもの風「プルタァク英雄伝」(一般的にはプルタルコスの「対比列伝」)だったりしました。
世界史を習った時にはアレキサンダー大王とかジュリアス・シーザーの頃のローマ、
あるいはポエニ戦争の歴史関係が既に頭に入っていて驚いた記憶があります。
ん〜、懐かしい。
でも、件の本の前書きに「世界で一番読まれている本はなにか。それは聖書とプルタァク英雄伝である」
などと書いてあったのは完全に誇大広告だと今にして思ったり(中学の時まで信じていた(^^;)。