再び・時の流れに 
〜〜〜私が私であるために〜〜〜


サイドストーリー


























































……お〜い



……なんで空白なんだ〜




 「ふっ、それはね、この世界では同盟が成立していない! 故に、サイドストーリー、『ある同盟の一日』に対応したストーリーは、存在していないのよっ!」

 わっ、ハルナ!

 「何、作者」

 作者って……作品枠を飛び出すなよ……

 「そういう存在に設定したのはあんたじゃないの」

 ごもっともで。

 「でもまあ、ラピスとハーリーの代わりにムネタケ持ってきたあんただもんね。これ貸したげる」

 ん……こ、これは!



<<ここから本編です。お騒がせしました>>









サイドストーリー

 テツヤの日記



 ○月×日

 日記をつけることにした。
 今の俺は、とある事情により『私』になっている。
 俺を今の姿に変えた奴がいろいろ細工してくれたらしく、とりあえず俺はボロを出さずに溶け込んでいるが、一つだけ困ったことがある。
 違和感なく溶け込めるのはいいんだが、この疑似記憶が完璧すぎて、ほっておくと元々の『俺』が消えてしまいそうになるのだ。
 秘密のホットラインで相談してみたところ、意図的に『俺』としての思考を意識して、文章で自分の思考を記録するといいと言われた。これによって疑似記憶の方には影響を与えず、『俺』本来の記憶と思考法を補強できるとのことだ。
 出来るだけ自分の思考を自分で検証してみるのも効果的だといわれたので、それも実行することにする。
 こうして定期的に、自分のことを記録していこう。







 ○月×日

 自分の過去があやふやになったので、慌てて日記を再開する。
 危なく自分が生まれた時からカタギリテツコだと思いこむところだった。
 日記を書こうと思考を巡らせるうちに、だんだんと二つの過去が選別できてきた。
 確かに効き目があるようだ。サボらないようにしよう。
 現状。無事アクアマリンの主催するサークルに参加できた。とあるマイナードラマのファンクラブらしい。
 俺のほかにも数名新規参入者があったため、久々に鑑賞会を開くという。
 先輩達(俺から見ると年下なんだが)曰く、ムチャクチャ面白いとか。
 本当だろうか。







 ○月×日

 鑑賞会初日。
 ものすごい数があるため、順々に見ていくらしいのだが、なぜかアクアマリンを始めとして、先輩達が意味ありげな笑いを浮かべていた。
 その理由はすぐに分かった。
 なんだこのドラマは。これが100年前の作品だと?
 今でも十分通用する。どっかのチャンネルで流したら、あっという間にヒットチャートを駆け上がることは間違いない。
 あまりにも面白すぎた。今こうして、『俺』として思考しながらだからこうやって冷静かつ客観的に批評できるが、『私』の状態で日記を書いたら……



 きゃ〜〜〜〜! すっごいもの見ちゃった! さすがは先輩! ただ者じゃありませんね?
 も、サイコ〜! 私はこのドラマを知らない人は、人生の楽しみの1/4を放棄してると思う! 断言しちゃう!



 ……という頭の痛い状態になってしまう。
 『俺』の視点で見ると、我ながら自分が恥ずかしい。
 ふむ、やはりこうして文章を書くと、自分の中に『俺』と『私』を共存させることが出来そうだ。
 あいつの言ったことは、嘘ではないということか。
 実際、シビアな中年前の男と、浮かれる年頃の女、二つの意識を両立させるのは大変だ。特に今の自分の肉体が女性であるだけに、油断すると引きずられてしまう。
 ある程度はむしろ引きずらなければならないだけに、これからもこうやって自己を保つ努力をしなくては。
 だが、こうして『俺』に思考を切り替えると少し気になる。調べてみるか。







 ○月×日

 危ない危ない。またもや『俺』が消えかかった。
 半分はあのドラマのせいだ。『俺』の目で見ても面白すぎるぞ、畜生。
 『私』は完全にハマった。世の中の『オタク』や『ミーハー』って言う奴等は、ああいう心理状態になるんだな。貴重な体験だった。
 我慢できなくなって、休日に一気見したのが拙かったらしい。以前の先輩達の笑いはこれを意味していたらしい。
 改めて明記しておこう。明日はこのドラマの来歴を調査するぞ。先輩達の話では記録には残っていないと言っていたが、徹底的にやってやる。これを利用して『俺』を保とう。







 ○月×日

 調べた。結果は該当無し。
 ただの無しじゃない。このドラマは、どうやったのかは知らないが、完全なでっち上げらしい。製作スタジオも、役者も、放送チャンネルも、何もかもが実在していなかった。
 なんなんだ、このドラマは。



 ただ、マジで面白い。『私』だけでなく、『俺』の目にも適う傑作だ。
 是非とも真の制作者が知りたいものだ。
 ひょっとして……お前か?







 ○月×日

 ドラマ全編視聴完了。明日感想文提出&サークル内でちょっとしたイベントがあるらしい。
 感想文は『私』モードで書いた。こうして『俺』モードで読み返してみると、顔から火が出そうになる。
 『俺』を保つためにも、日記は続けよう。







 ○月×日

 イベントは経済学のゼミ&模擬テストだった。なんでこんな事を? と、最初は思った。
 テストは簡単だった。こんなもんだれでも満点だろうが。なんの意味があるんだ? と、新規参入者一同そう感じていたところで、採点(もちろん全員満点だ)の後、とんでもない爆弾発言があった。
 今のテストは、経済省その他、この国で最難関といわれる各種経済関連機関の採用試験問題や検定試験からの抜粋だというのだ。
 ……俺は名目上、アクアマリンに接触するためにこの学校の経済学部に潜入したのであって、元々そっちの方面には疎い。まあ『真紅の牙』で培った経験と物の見方はあるが、こういう理論面はからっきしだ。『私』の疑似記憶にも、こういう方面の知識は全く入っていなかった。
 なのに、なぜ……? と思っていたが、すぐに思い至った。
 これらの知識はすべて、俺が夢中になって見ていたあのドラマの中で使われ、解説されていたことばかりだったのだ。
 それが何を意味するかに気がついて、俺は今になって背筋が凍る思いをしている。
 このドラマにハマった人間は、ずぶの素人でも経済省の採用試験を満点で合格できるレベルの、経済学の知識を身につけてしまうのだ。
 究極の教育ビデオだな、こりゃ。やっぱあいつの作品か?



 そのあと、俺たちは先輩達とディベートやシミュレーションをやった。
 株式取引その他のエミュレートだが、『俺』に立ち返ってみると、マジで将来が恐ろしくなった。
 彼女たちは、あのドラマによって身につけた知識を、ごく自然に活用している。
 これは『生きた』知識だからこそ出来る芸当だ。
 彼女たちは皆、極めて優秀な成績で学園を卒業することになるだろう。
 そしておそらく、次世代の経済は、彼女たちによって牛耳られるに違いない。
 その中に、あのアクアマリンもいるのだ。それもグループのトップとして。
 ……悪魔だ、あの野郎。







 ○月×日

 続編を見る。『俺』の冷静な目で見ると、このビデオの仕掛けがうっすらと見えてきた。
 最初のアレは知識を与えるものだが、こちらはその知識を活用させる物だ。
 前作より未熟な主人公。稚拙で不手際の多い作戦。
 俺の目で見ても幾通りもの、よりうまい作戦が考えられた。
 先輩方の同人誌を、この時点で見ることを許される。
 俺は内心あきれかえった。『私』としては単純にミーハー気分に浸っていただけだったが。
 俺の何倍も見事な作戦が、いくつも発表されていた。後半だけ切り取ったら、まんま経済論文として通用する。
 趣味のサークル活動として、こんな高度な勉強をしていたのかい、お嬢さん。
 あんた、十分ロバートじじいの跡を継げるぜ。表の分野では。







 ○月×日

 続編視聴完了。化け物だ、この作品は。
 いつもの討論会があり、ついでに新人達にも、研究レポートの発表が義務づけられた。
 同人誌の新刊を出すのだそうだ(笑)。
 純粋な『私』としてだと、まあ通り一遍の物になりそうな気がするが、『俺』は気づいていた。
 この続編の構成には、『裏の仕事』を介在させることによって、情勢の変化を起こせる要素が隠されている。ある意味正統派の経済学なら遙かに『俺』より詳しくなってしまった『私』だが、『私』単独では発想しきれない手を活かすと、なかなか面白いことになる。
 『俺』と『私』を、うまく統合する必要があるな。







 ○月×日

 原稿が出来た。『俺』の所属していた『真紅の牙』的な、暴力的要素を考慮に入れたレポートが出来上がった。
 我ながらいい出来だと思う。
 お嬢から痛烈な皮肉と手放しの賞賛と真摯な叱咤を全部同時にもらった。
 アレはクリムゾンなどの、暗部を認めながらも、それに頼ることをよしとしないという、お嬢の苛烈なまでの意志が見て取れた。








 ○月×日

 年が明け、世間も大分騒がしい。大分時間がたったような気もしたが、実はまだ今の姿になって一月足らずだと気がついて唖然とする。
 こうして考えてみると、やっぱりあのドラマは異常だ。一月も経たないうちに、素人を経済学の達人にしてしまうドラマ。そんな物があり得るわけがない……普通なら。
 まあ、それは置いておこう。
 どうせあいつのやることだ。
 それより、明記しておかなくてはならない。自分を保つためにも。
 『男』と寝てしまった。
 気を付けよう。アレは癖になる。
 あのドラマ以上にハマったらやばい。
 だが、この方面もいろいろ体験、研究しておく必要がある。
 あの野郎、このボディにとんでもない細工をしてやがった。
 まず顔。まあ、美人だとは思うが、ただの美人じゃなかった。
 ものすごく化粧映えするのだ。すっぴんでもかなりの美人だが、メイク一つで自在に顔が変わる。そして俺はここにいたって初めて、最初の美人顔が、『整った美人顔』であることに気がついた。パーツがバランスよくきちんと収まっているので綺麗に見えるという、『特徴のない美人』だったのだ。
 いわばいくらでもタイプを変えられる、『変装名人』の顔なのである。メイクだけでというのもポイントだ。特殊な変装と違って、見破られる恐れがまず無い。
 更に俺の体は、『内面美人』だった。
 普通の人間より、随意になる筋肉が多いのだ。その気になったら、多分男を狂わせることも可能になる潜在能力がある。
 『俺』を保ちながら『私』を融和させることが出来れば、多分俺は伝説に名を残す女スパイになれるに違いない。お笑いだが。
 後これも仕掛けの一つなんだが、この体、太るもやせるも自在らしい。変身できるわけじゃあないが、胸のサイズまで時間を掛ければ変えられるらしい。
 まあ、こっちの研究は後にしよう。







 ○月×日

 俺の提言した『裏組織の存在とその対策』が、サークル内での研究テーマになった。
 これ言い換えれば、経済マフィアとの抗争法とその対策を、表の世界からアプローチするプランだ。
 これが完成したら、なかなか面白いことになりそうだ。
 じじい、慌てるだろうな。







 ○月×日

 全世界にとんでもない放送が流れた。
 さて、お嬢。どうやら時間の残りは少ないぞ。
 こちらも準備を始めよう。男を誑し込む練習も開始した方が良さそうだ。
 せっかく最強の『武器』をくれたんだからな、あの魔法使いは。有効に使わせてもらうよ。
 もう、この日記もいらないかも知らない。
 『俺』と『私』の間の境界は、徐々に薄くなってきている。男と寝たのがかなり効いたようだ。
 あと、この日記と対を成すように、サークル研究で、『私』の立場から『研究発表』という形で『俺』の人生を追体験したのも大きい。
 今では『私』でもこの日記を書けるだろう。
 それでも今はまだ、自分がかつて男だったという事実を記憶にとどめている。だが今の私は女の姿をしている。
 男と女……それは全くの別物でありながら、実は意外に近い物なのかもしれない。
 まあこの先、私が男に戻るとすれば、事が終わったあと、チハヤの奴に殺されてやるためくらいか。
 なんというか、満足できそうだからな、この仕事をやり遂げて、ついでにあの魔女にインタビューしたら。そうしたら、それもまた一興だろう。
 一つだけわかったことがあるよ。本物の英雄は……自分が英雄だなんて気がついてないっていうことだ。お嬢を始めとしたこのサークルの出身者は、間違いなくこの先、経済界の英雄になる。だがそれに自分で気づく奴は……この中にはいないだろうな。
 ここまでにしよう。明日からは……本番だ。
























あとがきはありません。


……野暮っていうもんです







代理人の感想

まぁ、たしかに野暮っちゃあ野暮ですが。

それにしたって・・・ねぇ(苦笑)?