再び・時の流れに
〜〜〜私が私であるために〜〜〜
第17話 After(?)
「けど、提督の冤罪が張れたのはよかったな」
「うん。まあね。信じてたし」
そういってにこにこ笑う妹を、俺はやはり微笑んで見ていた。一緒にいる新提督ことシュンさんや新副提督になったカズシさんも……なんか複雑そうだな。
俺の知らない裏でもあるのか?
まあいいか。この後オレたちを待っているのも、ある意味めでたい出来事だからな。
「あ、あたしはここで。また後でね、お兄ちゃん」
ハルナのやつは、そういうと先に駆け出していった。
一方、背後では。
「ようアキト、ついに出来たんだな、オレたちの新型」
「一応シミュレーターではさんざん乗ったけど、実物を見るのは初めてだもんね」
「楽しみですわ。あのシミュレーターは本当にすごいですけど、ある意味完璧すぎるのが唯一の欠点ですし。完璧というか、完全すぎるのが」
「そうねアリサ。実機にはこう、なんていうか、固有の癖とかがありますものね。かすかなうなりとか、バランスの悪さとか」
リョーコちゃん達も、思い思いのことを言っているが、その口元には期待の笑みが浮かんでいる。
けど何より喜んでいるのは……
「うぉ〜〜〜〜〜っ! ついに実物を拝めるのか! 俺の、俺の、『ガンガーフレーム』がっ!」
「うるさい、ヤマダ」
さっきからああして叫んではリョーコちゃんやアリサちゃんに殴られている。ガイ、気持ちはわかるが、少し静かにしてろよ……。
そう、ついに完成したのだ。
俺たちの新しい『翼』が。
……実は俺のだけ、まだなんだがな。革新的な機能を盛り込みすぎて、調整と仕上げが難航しているらしい。イネスさんとラピスが掛かりっきりになっているのだが。
今日はその、試験運用テストの日なのだ。
ただ、ネルガルにしても企業秘密満載の試作品な訳だし、ナデシコが直接動くといろいろ目立ちすぎる。特にサツキミドリを八雲さんに押さえられた今では、迂闊な場所で試験する事も出来ない。が、この宇宙空間での運用テストは、絶対に必要な事だ。いくらウリバタケさんやレイナちゃんの腕前が神業でも、一度も動かした事のない機体に命を預けられるパイロットはいない。
そこで今回の試験が計画された。
惜しむらくはさっきも言ったが、俺の専用機が間に合わなかった事か。
残念ながら俺は、この後ルリちゃんをエスコートしてピースランドへ行かねばならない。ま、いまさらなにを言っても意味がない。
そうこう言っているうちに、シャトルの発着場が見えてきた。おしゃべりはここまでだ。
そしてナデシコの主要クルーを乗せたシャトルは、月の裏側から更に離れた、虚空の一点へと飛んでいった。
「何で私はお留守番なの? みんなずるい、ぶう」
「艦長までいなくなるわけには行きませんので」
「でも私も見たかったよ〜。ねえ、ルリちゃん、こっそり見られない? ハッキングとかして。ほら、この間のハルナちゃんみたいに」
「無理です。今回はそのハルナさんが防諜に回っていますから」
「もう〜〜、アキトの馬鹿ぁ〜」
格納庫には、7体のエステバリスが並んでいた。
だがそれは、エステバリスでありながら、エステバリスではないものだった。
俺の目から見ると、エステにアルストロメリアを混ぜたような印象を受ける。
そしてその7体を従えるように立っている人物がいた。
「ようこそ、我がネルガルが誇る新型エステバリスのお披露目会へ」
おいアカツキ……仕事の方はいいのか?
「しっかり逃げられましたね、エリナさん」
「仕方ないでしょ? 新型のパイロットとして公試に参加すると言われたら、さすがに行かせないとまずいわよ」
「しばらくナデシコも、動きたくとも動かせませんからね。ムネタケ元提督の騒ぎが一段落して、連合軍の内部が固まらない事には」
「確かにね、ミスター。幸い生き残ったのは親ネルガル派のミスマル提督ラインだったから、問題はないけれど」
「そういえばあの騒動……少し気になる事が」
「なに、誰かが裏で画策したとでも?」
「ええ……提督の冤罪の原因となったプログラムのミスですが……誰かが仕掛けたものかもしれません。表向き証拠は残っていないんですけど、じつは廃棄されたプリントアウトの記録に、不審な点が……」
「……彼女かしら」
「……かもしれません」
「………………今度、本人に聞いてみましょう」
7体のエステは、2体を除いて元と同じ色をしていた。
リョーコちゃんが赤。
ヒカルちゃんがイエロー。
イズミさんがダークブルー。
アリサちゃんがシルバー。
アカツキがライトブルー。
イツキちゃんの機体は今までのブラウンからクリームホワイトに変わっていた。
ビスクドールの肌みたいな色合いだ。
そしてガイの機体は……
「おおっ、まさにこれぞ!」
あの北斗の機体に対抗したわけではないが、見事なまでのゲキガンカラーになっていた。
昔俺も使っていた、ピンクよりはましだが……。
「これが新型のベースフレーム、マーク3フレームだ」
アカツキはとうとうと語り出した。
「シミュレーターではみんなもさんざん試したと思うけど、これはいろいろな意味で画期的なフレームだ。まず構造材とバッテリーを一体化する事により、重量を増やすことなく、重力波ビーム無しにおける稼働時間を約5倍に引き上げ、また同時に今までは電力不足で使用できなかった、レールガン等の武装も使用可能になっている。更にエネルギーコンバーター及びフィールドジェネレーターの大幅な改良によって、単純な出力は今までの5倍近くになる」
「質問」
そこでリョーコちゃんからツッコミが入った。
「実際すごい技術革新だとは思うけどよ、何でまたいきなりそこまでパワーアップできたんだ? すごすぎるぞ」
「そ、それについては後にしてくれたまえ。それはドクターの担当だ」
そういうアカツキの顔には、なぜか一瞬おびえのようなものが走った。
「……悪かった。続けてくれ」
リョーコちゃんにも伝わったようだ。聞かない方がいいかもしれないな。
「では続きを。この出力余裕と、また同じ原理による重力コントロールユニットや重力場スラスターのパワー増大により、わずかな調整で有重力下、無重力下、どちらでもこのフレームは運用できる。その切り替えにも本格的な整備は要らない。あらかじめそれを見越していれば、スイッチ一つでの切り替えも可能だ。たださすがに、それぞれに特化した調整にした方が効率が上がるから、普段はどちらかに限定して運用する事になると思う」
「要するに空戦フレームとしても、0G戦フレームとしても使えるってことね」
ヒカルちゃんが、どこからかメモを取り出して要点を記録していた。漫画のネタにでもするのだろうか。
「まあ、そういう事だ」
アカツキもうなずきつつ言った。
「これによって製造ラインを集中化できるといった企業家的なメリットは置いとくとして、更に加えてこのフレームは、オプション機器の取り付けが非常に容易というメリットもある。その分通常時の整備に手間が掛かるというデメリットもあるんだけどね」
「まあ、俺がいる限り、そっちの方は心配するな」
「あたしもいるしね」
フレームの影から、ウリバタケさんとレイナちゃんの声がした。最終調整をしていたらしい。
「ただな、パイロットは全員、基本的な調整方法を覚えておいてくれ。こいつは今までのエステと、内部機構が全然違う。覚え直しとかないと、被弾して不時着でもしたらどうにもならなくなるぞ」
「だって、リョーコ」
「うるせぇ、俺はこう見えてもそっちの覚えは早いんだよ。そりゃ勉強は苦手だけどよ」
「好きな事には隙がない……今三」
ほっ、不発か。
だが実を言うと、一番大変なのは俺だったりする……欲張りすぎたかな。
一方ウリバタケさんは、みんなの言葉が一段落したのを見計らって、言葉を続けた。
「後このフレームは全部バーストモードが使用可能だ。しかも稼働時間が大幅に長くなっている。ナデシコとエネルギーラインがつながっていれば、30分は連続して使用可能だ。さすがにそれ以上は機体に掛かる負担と、何よりジェネレーターその他の冷却が追いつかなくなる。真空の宇宙空間にゃ、熱は逃げて行かねえからな。だが、それすらこいつには序の口だ」
「そりゃどういう事だ?」
リョーコちゃんがみんなを代表して聞く。
「ああ、シミュレーターには入れてなかったな。こいつにはバーストモードの更に上を行く『切り札』が搭載されているんだ」
「「「「「「まさか!」」」」」」
皆の声が綺麗にハモった。
俺も最終的にみんなのエステで使えるかどうかはは五分五分だとしか聞いていなかったが……そうか、使えるのか。
そしてウリバタケさんは、自慢げににやりと笑うと、みんなの顔を見回して言った。
「そう……以前ハルナちゃんが無理矢理使い、そしてナデシコの危機を救ったあのモード……『フルバースト』がついに使用可能になった。こいつを起動するとフィールド強度は通常時の約10倍! 現行のエステと比較すれば30〜50倍近い、とんでもない強度のフィールドを纏う事が出来る。更にその余波を利用して、各兵器に使えるエネルギー容量が5倍近くに跳ね上がる。その代わりバッテリー内のエネルギーすらも3分間で使い果たす上、この新型を以てしても一旦使ったら最低でも冷却30分、下手すりゃ一度分解整備しないと使えないくらいの負担が掛かる。おまけに制御プログラムがまたクソ重い。IFSを通じてみんなの頭にまで負担が掛かる。平たく言えば、ものすごくパイロットも消耗する。これはハルナの受け売りだけど、シミュレーターに組み込まなかったのはそのせいだとよ。ただでさえあのシミュレーターは、体感をよりリアルにするために、並のシミュレーターより精神的な負担が大きい。そこにフルバーストの負担を重ねると、さすがにパンクするってな」
「そうだったのですか……」
アリサちゃんがちょっと心配そうにうなずいた。
「ま、フレームそのものの説明はこんなもんだろ。もうちょっと詳しい話は、むしろアカツキから聞いた方がいい。細かい事なんざぁシミュレーターで練習していたお前さん方の方がわかっているとは思うしな。ただ、みんな他人の機体には乗ってないだろ?」
「ええ」
イツキちゃんが答える。
「なら聞いときな」
そしてそれを受けて、アカツキが再び話を引き継いだ。
「このフレーム、見た目は似ているが、実は3タイプに分かれている。リョーコ君のとアリサ君、そしてヤマダ君の機体がカテゴリー1、近接戦闘型。ヒカル君、イズミ君、イツキ君の機体はカテゴリー2、遠距離狙撃型。そして僕のはカテゴリー3、索敵支援型だ」
「どう違うんだ?」
そう問うリョーコちゃんに、アカツキは言った。
「カテゴリー1は装甲が厚く、またジェネレーターやエネルギーコンバーターも瞬発力に長けたハイピーク型を採用している。その分巡航速度や稼働時間は劣る。敵陣に切り込んで戦う事を目的とした、前衛型としての設計がなされている。カテゴリー2はその正反対。装甲も軽めで瞬間的な機動は苦手だ。だがそれ故に、長時間にわたって精密かつ安定した機動が可能になっている。
そして僕のカテゴリー3はそのどちらとも違う。機動力は無いに等しいが防御力は高く、何より索敵能力や通信能力、情報処理能力が桁違いに高い。攻撃は単体だと両者の中間で、どちらも一応こなせるがどちらにも及ばないと言う感じかな? いわば文字通りの指揮官機だ」
「そういう事か。だから練習の時も、おめぇさんの機体は結構オートで動かせたのか」
「僕は知らないけどね」
アカツキはそういって、小さく首を縦に振った。
「実は僕の機体は、本来僕が乗るより、ハルナ君が乗った方が能力を発揮できる。彼女は西欧出向時に、まさにこの機体が果たすべき任務をずっとしていたからね」
「あ、そういう事ですか」
アリサちゃんが『納得がいった』という顔をしていた。実は俺もだ。
純粋な戦術指揮ならアカツキの方が適任だろうが、あの機体には簡易型とはいえ、あのMoonNightで使っていた、指揮車のシステムが組み込まれているのだから。
「僕は立場上、いつまでこうやってエステバリスに乗っていられるかわからない。最悪ナデシコを降りなければならない時が来る可能性も高い。そのときは彼女に変わってもらう事もあるかもしれないからね。まあ僕としては手放したくはないが」
そういう事情もあると言う事か。
「さて、機体に関してはこれくらいにして、兵装の説明に行こう」
アカツキは俺たちを、隣の部屋へ案内した。
「おおっ!」
隣の部屋に置かれていた巨大な武器を見て、真っ先に声を上げたのはリョーコちゃんだった。
「これ……まんま『日本刀』じゃねえか。よくまあこんなものを……鞘まで付いてやがる」
「ていうか、むしろお前さんの場合、鞘が重要だろ?」
ウリバタケさんが彼女の後ろでにやにやしながらいう。
「こいつはただの刀じゃないぞ。他に並べてある槍やら銃やらもそうだけどよ」
改めて見直してみると、見慣れているのに違和感があるという、妙な気分になった。
と言うのも、エステバリス用の武器はほとんどが銃器で、白兵用の手持ち武器はイミディエットナイフとフィールドランサーくらいしかない。その二つもエステで扱う事を前提とした上、いろいろなシステムを組み込んであるため、縮尺のせいもあって無骨な機械の固まりに見えたものだった。
だがここにある物の大半は、見た目も人間の持つ武器とそれほど変わらない。ただエステ用に巨大化されただけという感じがする。
特にリョーコちゃんも言った『日本刀』と、その隣の槍……西洋の騎士が使うような、引き延ばされた円錐の根本から持つための柄が出ている、正真正銘の『ランス』……馬上槍は、見た目のシンプルさもあってどう見てもミニチュアならぬマスチュア……とでも言うような物にしか見えなかった。
だがこれらの武器が見た目そっくりなのには、実は重大な意味があると、俺はラピスから聞いていた。
『イメージ』である。
それがどういう意味かは……ウリバタケさんが説明してくれるだろう。
「さて、みんなよく聞けよ! ここにある武器は残念ながらデータ化が間に合わなかったんで、シミュレーターには載ってなかっただろう。これらはみんな、DFSに対抗できる事を目的として設計されているものが殆どだ。その基本となるのが、本家DFSには劣るものの、DFSと打ち合いが出来て、また普通の相手にはDFSとほぼ変わらない威力を発揮する『超高密度コーティング技術』だ。
まあ平たく言えば、以前からディストーションフィールドを拳に集束して殴るとかをよくやっていただろ? あれに補助を付けて、イメージングによる集束の限界を超越した高密度のフィールドを形成する事を可能にしたんだ。DFSと似たようなもんだが、理論上は自在に変形が可能なDFSと違って、こいつは媒質物質である特殊合金、『ディストーションメタル』の表面を覆うような形にしか展開できない。けど、それ故に制御も格段に楽になって、ちょっとしたコツがわかれば初乗りでも使えるくらいイージーだ。
ただ、DFSと同じで、コーティングを起動するとその分防御が薄くなるのは変わらん。まあ、ベースの防御力が格段に上がっているから、実質的にはそれでも以前のエステより丈夫だけどな」
そこで一息つくと、ウリバタケさんは展示されている武器の方へと歩いていった。
「まずは前衛組からだ。この日本刀と槍は、それぞれリョーコちゃんとアリサちゃん専用になっている。どっちも刀身はさっき言った特殊合金製。そして特にコードとかを繋がなくても、手に持つだけでフィールドを集束させる事が出来るんだぜ。すごいだろ」
「おい、そりゃマジか?」
「ど、どうやればそんな事が?」
俺もびっくりした。まさかそこまで便利な代物だとは想像していなかった。
まあ、よくよく考えてみれば、『あれ』が出来るという事はそういう真似も出来るんだろうけど。
「まあ、驚くのも無理はねえよな。それを可能にしたのがこの特殊合金のすごい所なんだ。
電磁誘導、って知ってるか? ほら、コイルに磁石を入れて動かすと電気が起こるとか、そういう奴。ある種の充電池なんかは、コードを繋がなくても充電できるだろ? あれに近いんだ。
この『ディストーションメタル』は、重力場の中に置くと、電磁誘導みたいに、重力場をため込んでゆがめるって言う特徴がある。で、二人の機体の手の部分に、局所的な場を発生させる機構を組み込んであるんだが、あの武器を握っていると、その手の部分から発生した場が流れ込むように武器にまとわりつく、っていうイメージが近いかな。厳密な理論とか計算とか制御とかは、さすがの俺にも付いていけん。イネスさんとラピスちゃんとハルナのやつが色々いじくっていやがったからな。まあともかく、手に持って意識を集中させると、刃にDFS並のフィールドがコーティングされるってわけだ」
リョーコちゃんもアリサちゃんも、何かを期待するようにその武器を見つめていた。
「あ、そうそう、後で武器に『命名』してくれってハルナのやつが言ってたぞ。モード切替や、オプション制御システムのキーワードにするらしい。何でも思考制御にはそれが一番効き目があるんだとよ」
「ん、わかった」
「わかりました」
なんか嬉しそうだな、二人とも。
「おいウリバタケ、俺のはないのか! 俺のは」
おっと、ガイが騒いでる。そりゃ期待したくもなるだろうな。
が、あっさりとウリバタケさんは言った。
「悪いな、残念ながらゲキガンソードは無しだ。この合金、まだ量が作れないんでな。今回の分ではそこまでの余裕はなかった」
「何とおっ!」
ムンクの絵みたいに頬を押さえてのけぞるガイ。気持ちはわかるが、確かお前用の機体には、オプションがやたらについていたような気がするんだが。
「大体お前の機体には十分すぎるぐらい固定武装が付いてるだろうが! わざわざお前のためだけにハルナのやつが作ったのが。それでも不足か!」
「いや、それは十分承知なのだが、ゲキガンソードにはそれなりの思い入れというやつが……」
「やかましい! ゲキガンカッターとゲキガンフレアで十分だろうが! おまけに『ガイ・スーパー・ナックル』まで使えるんだぞ、お前の機体は。それで我慢しとけ!」
「わかったよ……」
まだ不満そうだったが、一応ガイもおとなしくなった。
そう、ガイの機体にはそれを可能にする装備が付けられているのだ。我が妹ながら、よくあんなものを思いついたものだ。
ガイの機体の胸部には、ちょうどサスペンダーのような感じの配置で、DFS用のフィールド発生装置が取り付けられている。これに対してある形式のイメージングを行うと、ちょうど俺が飛燕翼斬を使った時のような、飛翔するDFSの刃が発生する。
そう、まさに文字通り、アニメ通りの『ゲキガンカッター』なのだ。
ちなみにこれを発生させるイメージを形成できるのはガイだけだ。俺でもさすがに無理だった。ハルナ曰く、
『頭の中でゲキガンカッターの発射プロセスを完璧に再生できれば可能だよ』
との事。九十九や月臣でも出来るんじやないかな、とも言っていた。
これに対してゲキガンフレアの方はそれほど大したものじゃない。例の合金を、ナックルの部分に埋め込んで、後ジェネレーターを少し改造してあるだけだ。ただこれだけの加工でも、今までとは桁違いに集束率が上がる。全体的な出力アップと合わせて、文字通り『ゲキガンフレア』なみの威力を示すのだ。ただ……
『それとね、このゲキガンフレアは拳の部分に斥力場じゃなくって、通常同様の重力場を発生させるから、これを前に突き出していると、自由落下よろしく加速していくんだよね。噴射の反動の代わりに、前方に重力場を発生させて、それに引かれる形で加速していくの。けど、ただそんな真似をしたら加速以前にフレームがバラバラになっちゃうけど、完璧にゲキガンフレアのポーズが決まればちょうどバランスが取れるように設計してあるんだよ、ガイさんのフレーム。バランスが崩れたら自己崩壊しかねないけどね』
さすがに俺もそれを聞いて冷や汗が出た。一歩間違うと自爆するような危険な物を作るな、と言ったのだが、ガイのやつはむしろそこが気に入ったらしい。
しかもハルナに言わせると、それだけの緊張感があればこそ、この自爆装置同然のシステムを制御する事が可能になるんだそうだ。
『まあ、さすがにあたしだって、ガイさんがあそこまでゲキガンガーのファンじゃなきゃ作ったりはしなかったけどね。けど逆に言えば、そこまでゲキガンガーに入れ込んで、その映像やイメージを強固に形成できれば、このくらいの芸は出来るってこと、かな?』
全く、世の中なにが役に立つか判らんな。
「さて、続いて後衛3人用の武器だ」
ウリバタケさんは続いて変わったデザインの銃が置いてある一角に行った。
「後衛用の武器は銃だからな。もちろんリョーコちゃん達の機体だって、武器があれだけって言う事はない。ちゃんと今までのライフルとかも用意してある。ただ全体的にコンパクトになってるけどな。これも例の合金のおかげで、発射機構その他を大幅に小型化できたせいだ。さらに、お約束通り、今までのラピッドライフルに変わって、必要十分な威力を持ったコンパクトレールガンが使用可能になった。ちなみにヒカルちゃん用のやつは短銃身で速射性を重視、イズミのは逆に長銃身で威力と正確さ重視にしてある。突撃銃と狙撃銃の違いだな……っていっても判りづらいか」
「ま、イメージ的になに言いたいかは判るよ」
ヒカルちゃんがうなずきながら言った。
「私のはこう『だだだだだ〜〜〜〜っ』ってな感じで、イズミのは『……タ−ン!』ていう感じでしょう?」
「まあ、そんな感じだな」
「あら、じゃあ私のはその中間ですか?」
そこにイツキさんが割って入った。けど、ウリバタケさんは首を振った。
「いいや、イツキちゃんのはこれだ」
ウリバタケさんが指さしたのは、俺には見覚えのあるものだった。
「これ……確か……そう! 私が初めてナデシコに乗った時に見た! あの黒い機体の脇に並べてあったパーツ!」
「その通り! これは元々アキトの乗ってきたあれに付いていた高集束型小型グラビティブラスト、通称グラビティキャノンだ! もちろんそのまんま使った訳じゃあない。相転移エンジンが載っていたあれと、高出力化したとはいえアンテナチャージのエステじゃ使えるエネルギー容量に差がありすぎる。
だからこいつは、こうナデシコみたいにどばーっと連続的に発射するんじゃなくって、コンデンサを使って瞬間的にグラビティブラストを発射する。さしずめネギを長目にぶつ切りにするような感じかな。それでも当たればヤワなディストーションフィールドはぶち破るし、フィールド無しで直撃食らわせれば戦艦の装甲にすら穴が空く。ただ単独でチューリップを落とすまではちと苦しいけどよ。
でもバーストモードを起動すれば、ブラックサレナやナデシコ同様の、ビーム型のグラビティブラストが発射可能になるし、フルバーストを起動した日には1発だけだが、文字通りナデシコなみの威力のグラビティブラストが撃てる。残念ながら砲が小さいんで射界が狭いが、その分貫通力は上だ。試算ではチューリップ3つぐらいはぶち抜けるって出ている」
「そ、それはすごいですね……」
イツキさんも驚きの顔で砲身を見つめていた。
「けど驚くのはまだ速いんだぜ。威力だけならもっととんでもないやつがある」
「「「「「「なにぃ〜〜〜〜っ!!」」」」」
アカツキ以外のみんなの顔が引きつっていた。
「それがこのオプションその1・『ガイア2ユニット』さ」
そして一人アカツキは、一番奥に置いてあった、双発型のジェットエンジンユニットみたいに見えるパーツを指さした。
「なんだい、ありゃ?」
そう聞くリョーコちゃんに対して、アカツキは答えた。
「アキト君が西欧から乗ってきた黒い追加装甲……サレナパーツは、みんな覚えているだろう?」
「ああ、そりゃ当然」
リョーコちゃんだけではなく、他のみんなもそろって首を縦に振った。
アカツキはそれを見ると、再び説明を続けた。
「あの仕組みをベースに、このマーク3フレームに装着できる、ポータブルエネルギー供給ユニット。それがこのガイア2だ。このサイズに最新型の小型相転移エンジンを2つ搭載し、みんなのエステに十分なエネルギーを供給する能力がある。さすがに全員そろってフルバーストとか言われると、こいつ単体では少し厳しいけどね。さらには独立した飛行ユニット及びガンユニットとしての運用も可能。もっとも扱いが難しい上、ものすごいGのかかる割に運動性能とかは悪いから、あくまでも補助にしかならないけどね。
ちなみにこれを装着すると事実上まともな機動は不可能になるから、運用上は索敵担当の僕の機体に取り付ける事が大半だと思う。けどこれを付けると機動力はほぼゼロになる代わりに、防御力はサイズ比率的にYユニット付きのナデシコなみになるからね。DFS以外じゃまず破れないよ。それも飛ばし技じゃ駄目だ。ほんの少し角度をずらすだけで、防ぐのは無理でも弾いて逸らす事は出来るからね。
そしてもし僕以外がこれを装着する必要があるとすれば……これを使う時くらいかな」
そこにはエステの全長なみに長い、バズーカ砲のような大型砲が置いてあった。
「わ〜、なんかごっつい。なに、これ」
指を顎に当てながら砲身を見つめるヒカルちゃんに、アカツキはちょっと目を落として答えた。
「これは『ラグナ・ランチャー』という。本来は今ここにはないアキト君専用機の武装なんだけどね。彼の専用機のオプション……この間ナデシコと月面都市を襲ってきた、あの赤い大型戦闘機みたいな、高機動型オプションユニット・ガイア1の武器だ。
で、どんなものかというと……平たく言えば、『ナナフシ』だ。みんな覚えているだろう?」
「おい、てことはこれ……」
リョーコちゃんの顔が少し青ざめていた。
「ああ、生成に時間が掛かるから一発限りだが、あのマイクロブラックホール弾を撃つ事が出来る。モードを切り替えればグラビティブラストの砲身としても使えるし、普段はそっち使いの方が多いだろうけどね。生成には12時間とは言わないものの、30分はかかるし。それもこれに接続した上でね。とにかくエネルギーを馬鹿食いするから、まさに切り札としてしか使えない代物さ。弾速も遅いから、機動兵器にはまず当たらないし」
「なるほど……こいつを使って、なんか大物を狙う時には、オレかヒカルかイズミか、そっちの方がいいからな」
「そういうこと」
アカツキはさわやかな笑みを浮かべた。おい、今歯が光ってなかったか?
「後もう一つ、とびっきりの切り札があるんだが、ちと材料不足で今は実物がない。ま、説明だけはしておく」
他の細々とした武装について説明した後、最後にウリバタケさんが言った。
「レールガンは電磁誘導を利用して、砲弾を火薬の反動とは桁違いの速度で撃ち出す武器だ。それを応用してな……ディストーションメタルを弾丸にして、ちょうどこのナナフシみたいな重力場加速システムを使って発射する、いわば『重力場レールガン』の用な武器を作れる筈なんだ。こいつはすごいぞ。DFSやマイクロブラックホールには負けるが、フィールドコーティングされた弾体がレールガンなみのスピードでかっ飛んでくるんだ。威力も並のレールガンを遙かに上回る。しかも加工の仕方を工夫すれば、IFSと連動して射撃可能……使い手によっては、弾道を曲げる事すら可能だぜ。さすがに飛んでる弾の軌道を変えられるわけじゃねえけどな」
「おいおい……なんだよそりゃ」
リョーコちゃんがあきれていた。
「ま、そいつは現在製作中だ。最終的にはお前さん達3人組の武器になる予定だから楽しみにしてろよ。と言ってもリョーコはこいつを持って前線に出ている場合の方が多そうだから、そしたらイツキに回るかもしれんけどな」
脇の日本刀を眺めながらウリバタケさんはそういった。と、そのときだった。
「皆さ〜ん、試験予定宙域に着きましたよ〜」
ハルナの声が格納庫内に響き渡った。
「おっ、着いたようだな。じゃ、こっちも試験準備するから、みんなも用意してくれ」
ウリバタケさんの言葉に、リョーコちゃん達は一斉に最初の部屋へと走っていった。
標的はハルナが遠隔操作する廃棄予定のエステバリス量産型だった。手足がもげていたり、アサルトピットに被弾痕があったりするが、動く事だけは動くという代物だ。ただし、人が乗っていないので木連の無人兵器なみに無茶な機動をする。それが全部で20機。
しかし……それでわざわざこんな大型輸送用シャトルを用意していたのか。運転名目もそういえば廃品輸送になっていたし。カーゴルームを見た時、思わず納得しちまったぞ。
けど、これを全部一度にまとめて動かすって言うのか? ハルナ。
「別に全部逐一私が動かす訳じゃないもん」
聞いてみたら、そういう答えが返ってきた。
「大半はシミュレーターとかでも使っている自動制御プログラムで動くよ。要所要所を、私がコントロールするだけ。ま、半分はまともに武器が発射できないから、くくりつけたペイント弾を撃ってくる程度だけどね。そもそも今回の実機試験は、機構に不備がないか、つまり性能試験じゃなくって、製品検査的な意味合いが強いからね。後フルバーストの実働試験。これだけはシミュレーションじゃテストできないし。機体と言うより、パイロットのみんなのテスト的な意味合いが強いから」
そういえば乗り手にも負担が掛かるっていってたな。
『みんな所定位置に着いた。始めてくれたまえ』
そこにアカツキからの通信が入った。傍らのウィンドウを見ると、宇宙空間に整然と並んだ7体の新型エステが映っている。ガンカメラユニットの調子も良さそうだ。
そして公試が始まった。
開始後5分、13体のターゲットが、あっさりと破壊された。
ハルナのコントロールは、無人兵器50体くらいなら壊れたエステで破壊できそうなくらい見事だったにもかかわらずだ。
……やっぱりハルナのやつ、燃料切れの問題さえなければ、十分みんなと組んでエステで戦闘できるぞ。アカツキが自分の代理にと見込むわけだ。
そしてそれに余裕で勝つみんなの腕前……機体の性能も桁違いだが、それを使いこなすみんなの腕も、前回より確実に上回っている。しかしそれでも『北斗』にはあっという間にひねられるそうだが。
それはさておき。
7体残った……いや、残したのは、フルバーストのチェックに使うためだ。
そして俺の目の前で、初めて実用に耐えるフルバーストの運用が行われた。
『うえ〜っ、出来ればあんまり使いたくな〜い』
『……頭が重い。お〜、も〜い〜……駄目』
『も、ものすごい負担ですね……本当に切り札としてしか使えませんわ』
まず入ってきたのは後衛3人の通信。ヒカルちゃんもイズミさんもイツキさんも、みんな顔色が悪かった。
『参ったな……威力はすごいけど、迂闊に使うと自爆するぞ、こりゃ』
『ですね……大抵の敵は一撃必殺、といけそうですけど、その後の隙が半端じゃありませんし』
続いてリョーコちゃんとアリサちゃん。後衛組よりは幾分ましな顔色だけど、やっぱり相当つらそうだ。
しかし……
『わはははは、みんなどうした? 鍛え方が足りないんじゃないのか?』
一人元気なのがガイだった。
『『『『『お前と一緒にするな!!!!!』』』』』
即座に女性陣全員からツッコミが入ってしょげていたが。
ちなみにアカツキは。
『……』
起動と同時に気絶していた。
「あっちゃ〜、さすがに負担が重すぎたか。指揮システムとフルバーストの同時起動は。これ、アカツキさんの鍛え方が足りないんじゃなくって、IFSの処理能力がオーバーフローしたせいだ。あたしのミスね。後でコントロールソフト、手直ししないと」
アカツキ……気の毒だったな。
ちなみに威力の方は……さすがの俺でも寒気がした。
シャレじゃなく、単機でもチューリップ(大)の2つや3つは落とせそうだ。ましてやきちんと連携して使いこなしたら……。
だが、それはまだいい。問題は現在製作中の俺専用機だ。
自分で言うのも何だが、最終調整中の俺専用機は、これらみんなの機体を上回る力を持つ事を、両者を比較したハルナは保証している。
自分で望んだ事とはいえ、冗談抜きに単機で木連全軍を殲滅できる力になりそうだ。
何しろ俺の機体には相転移エンジンが搭載されている。事実上エネルギー切れにならないのだ。
俺の気力が続く限り、果てしなく戦い続ける事が出来る。
そしてその俺を止められるのは……たぶん北辰と、あの『北斗』だけだ。
責任……重大だな。
前回は望んでも得られなかった力が、今の俺にはある。
ならば……今回みんなを守りきれなかったとしたら、もはや言い訳は出来ない、と言う事だ。
いや……やり遂げなくてはいけない。
俺は改めて、心の中でそう誓った。
帰還した俺は、ご機嫌伺いに行く事にした。停泊中のナデシコで出前用の料理を作ると、ナデシコマークの入った特製おか持ちに入れて艦を出る。
行き先は例の研究所……そこにはくだんの専用機が静かに佇んでいる。
ブラックサレナと対になる予定で設計されていた対北辰専用機を元に、ブラックサレナのデータと、こちらに来てやっと完成したDFSの運用を見込んで組み上げられた、俺の全力を受け止められる最強の機体。
こちらに来てハルナの手を借りたりもしたが、ベースを設計したのはラピスだ。
意外に思うかもしれないが、ラピスはこの手の事が得意だ。それにはある哀しい理由がある。
前の世界で、俺はネルガルの支援を受けつつも、基本的にはラピスと二人きりで目的を果たすべく活動していた。補給のためにネルガルの隠しドックに入港する時以外の、普段のメンテナンスなどは、当然俺とラピスの二人でやるしかない。そのせいで俺もかなりエステバリスのメンテナンスなどには詳しくなったが、それ以上だったのがラピスだった。元々ラピスはルリちゃん同様の遺伝子強化型実験体……それもある意味、第2のルリちゃんとなるべく生み出された存在だった。特にあちらの世界においても、ルリちゃんの活躍が広まった後は一層その傾向に拍車が掛かっていた。こっちの世界においては、まだその段階にまで達していなかったせいで、それほど酷い実験はされていなかったのは幸いだった。
だが、いずれにせよ、ラピスは人工的に天才を作り出す目的で生み出された命である事実は否定できない。そして俺と一緒に機動兵器のメンテナンスや無人兵器のコントロールと言った事をしているうちに、それらのシステムに関して誰よりも詳しくなってしまった
……下手をすればイネスさんよりも。
ただ、良くも悪くも天才でマッドな気質のイネスさんに対して、ラピスは秀才型だ。自分から枠をはみ出す事はないが、枠の外の世界を提示されたなら、たちどころにそれを実現化する方策を発見してしまう。俺がディストーションフィールドを圧縮・集束することで本来防御手段であるフィールドを攻撃に転用することは出来ないかとシミュレーターで研究していたら、彼女はDFSの基礎技術を数学的に導き出してきた。こちらに来てイネスさんとウリバタケさんに組んでもらったDFSは、ラピスが計算した結果を基に、あちらのイネスさんが設計したものだ。ただ、あちらの世界においては、製作にはいる前にことが終結してしまったし、イネスさんもあくまで研究者であって、それを具体的な形にするにはウリバタケさんの才能こそが必要だったため、現実に日の目を見る事はなかったのだ。
ブラックサレナの改良にしても、俺が上げた問題点に対して、イネスさんが具体性を持った改良案を示すと、それを現実の設計図に落とすのはイネスさんではなくラピスである事の方が多かったものだ。そんな彼女が最終案として提示した二体の機動兵器……それがこちらに戻った時、ハルナというある意味最強の助っ人の力を借りて、今俺の行く先にて眠る、『守護神』に生まれ変わった。
元々のデータに、こちらで学んだいくつかの技術やデータを付与し、ウリバタケさんの趣味の研究データなどもまぜこぜにして生まれた、まさに力の結晶。
その力は、空前絶後といえた。
「アキト!」
「ただいま、ラピス。イネスさんもどうぞ」
「ふっ、少しは気が利くようになったわね」
ここは例の研究所……プロトBを組んだところだ……のコンピュータールーム。
ラピスとイネスさんは、そこで今ソフトウェア方面の最終調整に掛かっている。
ハードウェア面は、ハルナがいろいろ手を回してくれたりしていたおかげで、ほぼ完成している。だが、結果としてあまりにも高性能になりすぎたが故に、さすがの俺を持ってしても完全には制御しきれないじゃじゃ馬の機動兵器になってしまった。シミュレーターでなく、実機でテストしていたら、今頃俺は全身打撲で入院中である。
かといって性能を落とせばいいと言うものでもなかった。困っていたところを助けてくれたのは、やっぱりハルナだった。
「性能やお兄ちゃんの問題じゃないのよ。これはモーションコントロールプログラムの不備が原因だわ」
開き直って能力全開にしてきたハルナは、苦労していた俺達に向かってはっきりとそういった。
「さすがにあたしといえども、なんでも判るって言う訳じゃないけど、シミュレーターのデータと、人型機械のコントロールという視点から見ると、お兄ちゃんの能力ならこの機体、ちゃんと制御しきれるはずだもん。ところがこの解析結果を見ると、IFSを介して受け取っているお兄ちゃんの意志を、この機体はきちんと再現していない。エステバリスやその発展型であるブラックサレナのモーションコントロールプログラムじゃ、処理が追いつかないんだ。いろんな面で桁違いに高性能だからね、この機体。
これだとたぶん、OSレベルから手を入れなきゃなんないよ。それでも、たぶん武器管制や索敵には手が回らなくなる。そもそも並のエステバリスの3倍は制御に手間が掛かるんだし、この機体。いくらお兄ちゃんでも、この機体でDFSを使ったら、その辺がお留守になるのは間違いないところだね」
「さすがね。でもそれは私達にも判っているわ。当然解決手段も講じてあります」
そう答えたのはイネスさんだった。
そしてハルナは、それを聞いて言った。
「……なるほど。それなら何とかなるか。そっちのプログラムは出来てるの?」
「一応。でも、まだ完全じゃない」
しかしそれこそ、ハルナにとっては独壇場の領域だった。ハルナのやつはラピスが苦心して調整していたプログラムに対して大胆な手を入れ、見事なブラッシュアップをわずか半日で成し遂げてしまった。
「とりあえずあたしに出来るのはここまで。後はちゃんとラピスちゃんが『教育』してね。単独ならともかく、こんな立派な『器』があるとなると、あたしじゃ最後まで出来ないから」
「ちょっと悔しいけど……ありがと」
珍しくラピスも素直に頭を下げた。
そして今……それはほぼ最終段階に来ている。
「そうそう、アキト……一つだけ聞いていい?」
食事を食べ終わった後、ラピスが改まって聞いてきた。
「本当に封印しちゃうの……この機体の最強モード」
「ああ、そのつもりだ。最初は必要だと思っていたけど……今の状況だと、この機体が相転移砲を撃てるのは大っぴらにしない方がいい。そもそも、相転移砲そのものを封印しておいた方が、現状では有益だしな」
相転移砲……それはYユニットの増設によって可能になった、ナデシコ最強の攻撃手段。
とは言っても、相転移砲は最初からきっちり計画されていた武器ではない。
これは前の世界での話だが、元々Yユニットの増設によって追加される兵器は、自在操作型グラビティブラストの予定だった。ナデシコから発射されるグラビティブラストを、Yユニットによって増強された相転移エンジンによって形成される歪曲空間で拡散させたり収束させたりするシステム、いわば空間レンズとでも言うシステムだった。Yユニットの先端が展開できるのは本来そのための機構である。
ところがその説明を受けていたユリカの一言が話の流れを変えた。
…………………………
「あの〜、今の説明からすると、複数の相転移エンジンを同期させる事によって、ナデシコ前方の空間を変質させ、グラビティブラストを直線上だけではなく、拡散させたり絞り込んだり、場合によっては曲折させたりする事が可能になるんですよね」
「そうよ。これによってナデシコの死角を大幅に減らすと同時に、グラビティブラストの破壊力を効率よく発揮できるようになるわ。もっともYユニット自身、本来シャクヤク用に調整されているから、今のままだとバグが出て大変な事になっちゃいますけどね。変質化した空間がナデシコ自身を飲み込んだしたら、なにが起こるか判らないもの」
そういうイネスさんの説明を聞いたユリカは、あの運命の一言を言ったのだ。
「危険なんですか? その変異空間って」
「ええ、グラビティブラストをねじ曲げる空間よ。これって言うなれば、相転移エンジン内の真空転移空間を外部に出すようなものですもの。空間内に、重力波に対する曲率の違う空間を現出させる事によって、重力波に対応したレンズや鏡のようなものを作るってこと。鏡面ならばディストーションフィールドでも再現可能だけど、レンズは無理ですからね。そもそもディストーションフィールドは……」
この後しばらくイネスさんがなぜなにナデシコモードになってしまったのだが、その部分は割愛する。とにかくそのやたらに長い説明が終わった後、ユリカはイネスさんに向かって言ったのだ。
「なら、そんな面倒くさいことしないで、その変異空間そのものをぶつけたらどうなるんですか?」
「ちょっと、それって、相手を相転移炉の中に放り込むようなものよ! それは大変に危険……だけど、確かに可能よね。今のナデシコには」
「それって、威力はあるのかな?」
そう聞いたアカツキに、イネスさんは幾分興奮気味に答えた。
「推測だけど、グラビティブラストとは比べものにならないわ。ディストーションフィールドでもそう簡単に防げない、大容量のエネルギーを叩きつける事になると思うから。その分危険性もあるけど、実現にはハードウェア的な改造は殆どいらないわ。制御ソフトをちょっと改良するだけでいい訳だし」
「なら、そっちを使ってみよう」
…………………………
シミュレーションでは、かなりの広範囲に、十分効果のある打撃を与える事が可能だと判った。このデータはアカツキ……ネルガルによって連合軍の作戦立案部に持ち込まれ、敵ボソン砲戦艦を殲滅する『あの』作戦が実行された。
そして初めて放たれた相転移砲の破壊力は……我々の予想を遙かに上回っていた。
最初のシミュレーションでは、設定された空間内に、相転移エンジンから生み出される莫大なエネルギーが、外部空間に転移してくると思われていた。すなわち、ボソン砲のように、フィールドを飛び越えて、高エネルギーが空間内に突如として現出する、そう思われていたのだ。
つまりボソン砲と同程度のものだと、俺たちは思っていた。あくまでもフィールドでは防御できない攻撃手段なのだと。
だが現実には、ナデシコによって相転移状態に移行させられた空間はそのまま崩壊し、範囲内の物質は破壊ではなく、『消滅』してしまった。
相転移現象は、あくまでも炉の内部で行われているからこそ、安全にエネルギーを取り出せるのだと、我々はいやと言うほど理解させられる羽目になった。
そして後、木連との和平が成立し、統合軍の設立などが行われるようになったあの時代、相転移砲はかつての核兵器と同様に、条約によって封印された。
もし地球に向けて相転移砲を撃てば、あのナナフシのそれを上回る大規模破壊が起こり、最悪地球そのものを消滅させかねない事が判明したせいもある。
そして、今。
シャクヤクは木連の手に落ち、Yユニット装備艦が、互いの手の中に1隻ずつという状況になった。
そして、調べてみたところ……どちらの艦も、相転移砲を発射可能だった。
今こちらにとって一番恐ろしい事は、相転移砲の原理を木連側に知られる事に他ならない。これがバレたら、彼我の戦力差は一気に逆転してしまう。戦いの初期、地球側が相転移エンジンを持っていなかった頃のバランスに戻ってしまう事は間違いがない。
理由は生産力の違いだ。総合的な生産力は地球側が上だが、こと相転移エンジンとそれを制御するためのシステムに関しては圧倒的に木連側が上だ。そして相転移砲は範囲内の物質をすべて消滅させてしまう。現行の防御は不可能……こうなると守るべきものの多い地球側の方が圧倒的に不利になる。こちらが勝とうと思ったら、木星まで出かけて行かねば無理だが、現行でそれが何とか可能なのはナデシコ1隻……対してあちらはチューリップ経由でいくらでも送ってこれるのだ。
結局、今相転移砲を世に出すのは損ばかりなのである。現状に置いてこちらが相転移砲の封印を解く必要があるとしたら……それは木連の超巨大艦・かぐらつきとれいげつを落とす必要が生じた時だけだろう。
……もっとも、そうなった時はなにもかもが破れて俺がすべてを破壊する修羅となった時だろうが。
「封印はいいとして、鍵はどうするの? アキト君」
イネスさんに言われた俺は、少し考えていった。
「俺の信頼する人間に託そうと思います……ユリカと、ルリちゃんと、ラピスに」
そして俺はラピスに向き直る。
「ラピス……この件だけは、絶対にお前の意志を優先させろ。どうしても、俺だけじゃなく、俺以外の人のためにも必要だと判断した時だけ、鍵を解いてもいい……わかるな」
ラピスはこくりとうなずいた。
判ってはいるのだ。彼女だって。見た目は幼女でも中身はそろそろ大人への階段を上り始める年頃だ。特にこの年代の子供は急激に大人になる。
「じゃ、プログラムしておく。相転移砲は完全封印、ガイアユニット内の第二相転移エンジンは、第一エンジン破損時以外のリンケージを禁止……フェザーツールとかはどうする?」
「その辺は俺の判断でやるからいい。DFSが実用化している今なら、他は大丈夫だろう」
「ん」
もっとも俺はうっかりしていた。
こっちに来てラピスはアニメにハマった事をすっかり忘れていたのだ。
そして彼女が情報を与えられればそれを発展させ、先の先まで理解してしまう秀才型の人物であった事も。
そのため封印作業はとっても恥ずかしいものになった。ユリカは結構ノっていたらしいが、ルリちゃんには睨まれる羽目になったし。
まあ……いいか。おっと、そろそろ行かないと。
俺は食器をまとめると、また来ると言って部屋を出た。
そして帰りがけに、未だ動かぬ愛機の姿を見つめる。
同じ百合でも、『呪い』ではなく、『守護』の名を与えられる黒き魔神は、ただ黙ってそこに佇んでいた。
(18話に続く)
たまには長いあとがき。
ゴールドアームです。
今回は趣味です。完璧に趣味です。ストーリー的には本編となんにも関係ないです。
某タイムスライダーとか、某裏側の勇者達とかを知っている人なら判るでしょうが、私は設定マニアです。ついでに補完マニアです。
そんな私の趣味丸出しなのが今回のお話です(爆)。というか、ウンチク書いているだけで全然『話』になっていませんが。
残念だったのは展開的にイネスさんの『なぜなにナデシコ・ディストーションフィールド編』を入れられなかった事。というか、『原作版』のイネスさんとユリカとルリちゃんでディストーションフィールドの理論的説明を文章にするのはちょっとむずかしかったです。
理論の方は何とか出来たんですけどね。
なお、今回の相転移砲に関する『元世界』の展開は私独自のものである事を断っておきます。こっちは某ロバート氏あたりと違って作品内での言い訳が効きませんからね。
この辺の話を書くために原作を見直したりしたんですけど、どうしてもこの相転移砲の扱いって不自然なんですよね、みんなの反応とかが。その辺に私なりの味を付けてみたものですので。
ちなみに25話とかの、『曲折して飛んでいくビーム状の相転移砲』、あれは無視です。無かった事にします。そもそも相転移砲は『ビーム兵器』じゃないんですし(笑)。
まあ、私自身はよく知りませんが、ナデシコのラストあたりは、本来綿密に設定されていたはずの科学的考証がかな〜りいい加減になっていて、単なる絵的なものを優先したものに成り下がっている面が多々あります。その辺を出来るだけきっちりと煮詰め直したいというのは、私の創作意欲の原点でもありますし。
ちなみにこの点は時ナデも同様です(爆)。設定の甘い事といったら、小一時間(以下略)
……それはともかく。
物語に新しい要素が入るという事は、その場限りで終わるとは限りません。特に有効で有益な事は、どこかに枷をかけておかないと際限なく暴走すると決まっています。
また、あってもなくてもいいようなものなら、ない方がいいのが物語の鉄則です。
そういう意味では、私が底本とさせていただいている『時ナデ』にもそういう要素は多々あります。優華部隊やブーステッドマン達は、『時ナデ』の物語を語るのにどこまで必要だったのかなんていう意見が、ここそこで語られていたりします。
私自身は、必要ではあると思いますが、同時に描写不足を感じている事も事実です。こうして自分でキャラを書こうとするとまあ苦労する苦労する。もっとも、苦労しないんなら最初っから物語自身を書く必要がないんですけどね(笑)。
私としては優華部隊のみんなも、きっちりと(私なりの解釈で)書き込んであげたいのですが、そうすると今度は話が際限なく延びる(爆)。どこで妥協するかがむずかしいです。
なんにせよ、こっちのカスタム機が大幅にリニューアルされている以上、対抗する優華部隊の『ジンオウシリーズ』も当然大幅リニューアルです。機体名等は継承する予定ですが、中身は全然別物になるでしょうね。私の趣味も入るでしょうし。
たぶん、どれか一機に『パイルバンカー』が装着されるのは間違いないでしょう。但しこれは単なる趣味ではなく、昔チャットでちょっと話題になったネタから来ています。それは『ディストーションフィールドに対抗するのにもっとも適した武器は何か』という議論で、私が上げていたのは槍系でした。その理由を説明したところ、ツッコミ返された武器が『パイルバンカー』だったのです。
いやほんと、フィールド中和とかをせずに、強引にフィールドを突破するのには最適の武器なんです、パイルバンカー。
しかし、ここまで話を振っておきながら、ブローディアを始めとする新メカのデビューは、たぶん早くて19話、下手すりゃ20話にずれ込みます。20話には確実に出てきますけどね。
ちなみに今後のタイトル予定は、
18話 水の音は『嵐』の音
19話 明日の『番長』は君だ
20話 深く静かに『占領』せよ
21話 いつか走った『永遠』
と続く予定です。但し19話は変更があるかも。他は確定ですが。
ちなみに20話までがサツキミドリ攻防戦、そして21話でかなりネタバレな大転回になる予定です。元々ハルナの正体(仮)などはこの辺でバレる予定でしたし。
さて、それでは私は18話の執筆に掛かります。
ネタ的にもストーリー的にも、この『再び』中盤のクライマックスだからなあ……どんだけの量になるか見当も付きません。まあ、それなりに多くなるのは間違いないでしょう。描写する人だけで10人以上いるし。
では今回はここまでで。
ゴールドアームでした。
代理人の個人的感想
ネルガル会長は歯が命! ・・・・・・・いや、なんとなく(笑)。
さて感想・・・・・・と行きたいのですが、
完全に解説話、設定話、紹介話なので感想を書く部分がないですね(笑)。
しからばちょいとジンオウシリーズに関する予想でも。
元々の設定・・と言うか構想では各機体の特性は以下の通り。
雷神皇(千沙)・・・火力支援型
風神皇(万葉)・・・高機動・強行偵察型
龍神皇(百華)・・・徒手格闘型
炎神皇(三姫)・・・白兵戦闘型
氷神皇(京子)・・・長距離砲戦型
闇神皇(飛厘)・・・隠密行動型
光神皇(零夜)・・・索敵・電子戦型
・・・・・なんつーか、見事にバラバラ(笑)。
尤もこれらの設定が時ナデ本編で活かされた事は一度としてないんですが(爆死)。
それはともかくこのバラバラさ加減は試作機の寄せ集めだからなのか、
それともある程度の戦術的構想のもとに集められた物なのか。
・・・・・・どう考えても前者ですな、多分。
フォーメーション的にはフォワード3、ミッドフィルダー1、バックス3の3−1−3シフトのナデシコサイドに対し、
FW2(龍炎)、MF3(風闇光)、BK2(雷氷)と2−3−2シフトの優華部隊側、と言うことになりますか。
で、これらの機体特性がある程度受継がれるとすると・・・・・
パイルバンカーを載せるのはやはり前衛の龍か炎のどちらか。
既に日本刀という固定武器を持っている炎よりは龍の方でしょうか?
#リボルビングステークを持つアルトアイゼンにはシシオウブレードはいらんのです(謎)。
大穴狙いで高機動戦用の風神皇というのもアリかもしれませんが。
また零夜の機体は索敵・電子戦用ですが今後アカツキ対千沙という展開になってくる事を考えると
千沙の機体との役割交換があるかもしれません。
あきらかに指揮官向けの機体ですしね。
まぁ、さすがに龍神皇をコアにした三体合体でそれぞれ超竜皇・撃龍皇・天竜皇になるとか、
雷神皇と龍神皇が合体して神雷神皇になるとか、
七体合体で真・火星神皇(某富士原センセの同人ネタ)になるとか、
エネルギーを直列に接続する事によって超兵器「雷撃破壊球」を使えるとか、
七体それぞれにこんな感じ(↓)の特性が与えられるとか。
雷神皇(千沙)・・・カリスマ指揮官型。「四拾四式超速銃」と「隕石砲」他数数の必殺技を装備。
風神皇(万葉)・・・高速突破型。激しい回転から繰り出す「音速旋転砲」と瞬間的な高速機動による回避能力を持つ。
龍神皇(百華)・・・撹乱型。バネ状の足による高い機動力に加え、胸部に音波兵器を装備。
炎神皇(三姫)・・・白兵戦闘型。精神エネルギーを切れ味に転化する機能が組み込まれている。
氷神皇(京子)・・・極地・氷上戦闘型。巨大爆裂弾を高速で撃ち出す「平手式打兵銃」を使用。
闇神皇(飛厘)・・・重装甲大火力型。角型コンデンサを回すことにより大出力を得ることが出来る。
光神皇(零夜)・・・格闘型。馬力と頑丈無比さが最大の売り。「怒形態」「心形態」という二種類のバーストモードがある。
・・・・まさかね(爆)。
>むしろそこが気に入ったらしい
元祖ゲキガンフレアーの更に元ネタ、ゲッターロボGの「シャインスパーク」がそーゆー必殺技でしたからね(笑)。
操縦している三人が全く同時にペダルを踏まないと、オーバーロードで自爆するんです、あれ(爆)。
>ビスクドール
いわゆるアンティークドール、その中でも頭部を陶器で作られた人形のことです。