再び・時の流れに。
外伝/漆黒の戦神
第二章 『戦神開始』
「え、父と、母が……!」
その報せを聞いた時、私は危うく倒れるところでした。
故郷の街が、敵の襲撃を受けたというのです。
そして、我が家は敵の攻撃により、燃え落ちたとのこと。
お父様とお母様は……すんでの所で救出されたとか。かなり危なかったそうですが。
さすがに無傷とはいかず、今は入院中だそうです。
「でも、よかったです。生きていてくれて……後、姉は? その言い方からすると無事みたいですけど」
知らせてくれた方は、ああ、と小さくいうと、姉のことを教えてくれました。
「君の姉さんは、その部隊へ入隊したよ」
ええっ!
あの、軍人嫌いの、姉さんが!
一体、何があったのですか!
しかもどうやら、怪我をしたお父様とお母様をほっぽり出して!
これは……何かありますね。
私は決心しました。
なんとしても、その謎を暴いてみせると。
白銀の戦乙女、アリサ・ファー・ハーテッドの名にかけて!
そのために私は、少々ずるい手段を使いました。
両親の見舞いにいくという名目で短期の休暇を取り……
その足でお祖父様の所へ向かいました。
お祖父様の名前はグラシス・ファー・ハーテッド。
連合軍中将で、西欧方面軍のトップといっても過言ではありません。
はっきりいって姉さんが軍に入れたとしたら、お祖父様のコネがあったはずです。
そしてお祖父様は、笑って私にいいました。
「確かにお前のいう通りだよ、アリサ。サラはそこで出会った男の人に、興味を持ったようだね。息子達が建物の中に置き去りにされ、自分も中に飛び込もうとした時、彼に止められたそうだ」
姉さん、怒ったんじゃないかしら。
「親を見捨てるのかって詰め寄ったら、逆にいわれたそうだよ。親にとっては子供が死ぬ方が何倍もつらいってね」
それはまた……ある意味過激な気がしますが……。
「お前にはまだ分からないかも知れないがな。彼のいったことは正しいよ。親というものはたとえ自分を犠牲にしてでも子供を助けようとするものだ。生命としての本能のようなものだな。その時点で自分が飛び込んだとしても、絶対助からないことは、サラにも分かってはいたしの」
なるほど……結構、強い方ですのね、その男の人。でも、それなら何故お父様達は助かったのでしょうか。
それを聞くと、お祖父様はちょっと真面目な顔をしていいました。
「よく分からないのだが、彼の妹さんとか言う人が、なにやら不思議な技を振るって、突破口を開いてくれたとか。そして彼と二人で、息子達を助けてくれたらしい。ワシからも感謝せんとな」
「不思議な、技、ですか?」
姉さんはあんまりオカルトとかは信じない人でしたが。
「ああ、何でも彼女が蹴り破った壁が、まるで計ったように崩れることのない穴を開けたとか。よく意味が分からんのだがな。まあ、助かったのだから気にすることもないと思うが」
結構アバウトですね、お祖父様。
「けど、それでお父様達をほっぽり出して入隊ですか?姉さんにしては過激な」
「まあ、無理もないと言えばない。その後その男は、たった一人で襲ってきた敵を全滅させてしまったのだからな。ちなみに敵はチューリップ4つと無人兵器約800だったそうだ」
「な……」
私は声も出ませんでした。私の持っていた西欧地区撃破数の記録を、その人はただ一回の戦闘で塗り替えたというのですか?
しかも……チューリップまで! 一体、どうやって?
「何者ですか、その人」
「聞いたことがないかな? 極東地区に伝わる冗談のような実力を持った男の名を」
極東の……まさか! あれは、本当だとでも!
「テンカワ アキト……実在の人物だったのですか?」
そう、それはエステバリスライダーの伝説。火星帰りといわれる最強の愚連隊、機動戦艦ナデシコ。
そこのエースはエステバリスで戦艦をたたき落とすとまでいわれる実力の持ち主。
しかし軍の広報には、いっさいそんな戦果は記されていません。
もし噂が事実なら、その戦艦はただ一艦で極東の敵の5割を粉砕していることになってしまいます。
てっきりフォークロアの類だと思っていましたが……。
「実のところ、ナデシコは民間の協力者という扱いだ。おまけにいろいろと軋轢があってな……ナデシコのあげた真の成果は彼ら自身の手によって隠匿されていた。その実力故に、軍が干渉してくることを嫌ったらしい。ところがついにそれが隠しきれなくなってな。いろいろあった末、ナデシコの中で一番戦闘力の高かった彼が、やはり民間の協力という形で苦戦中の最前線に派遣されたのだ」
「なるほど……それで姉さんは」
「ふふふ、興味がわいてきたのかな?」
当たり前です。エステバリスライダーで、興味を持たない人はいません!
「実はその部隊……消耗が激しくてな。一個大隊を維持出来ず、今規模を縮小して戦っている。最前線だけに早急な補充が必要なのだよ。だからサラにも入隊の許可が下りた」
お祖父様……人が悪いですね。そういうことですか。
私は当然のように、お祖父様の思惑に乗りました。
>SHUN
運命の出撃から二週間。あれから二度ほど俺たちは出撃した。
だが、たった二週間で、俺たちの戦場はまるで様変わりしてしまった。
強大なドラゴン相手に木槍で立ち向かっては蹴散らされていた俺たちの元に、ドラゴンの固い鱗すら断ち割る聖剣と、奴の吐く火炎を受け止める聖なる盾がもたらされたからだ。
聖剣は言うまでもなくテンカワアキトと、彼の駆る新型のエステバリスだ。
DFSと名付けられたその武器は、信じられないことに俺たちでは歯が立たなかったチューリップのフィールドを難なく切り裂き、本体まで輪切りにしてしまう。もっともこの武器、制御が極端に難しい上に、刃が出現している間は防御力が極端に落ちるというとんでもない武器だ。テンカワはたぐいまれなその腕で刃を維持したまま敵の攻撃をすべて回避するというとてつもないことをやってのけるが、俺の部下達ではそもそも刃すら出せない。
妹の持ってきたシミュレーター(これもまたとんでもない高性能の新型だった)で試してみたが、てんでお話にならなかった。DFSを使うどころか、新型の機動力についていけずに目を回す奴が続出という有様。敵のいない時もシミュレーターでテンカワ相手に特訓と相成った。
ただその甲斐はあり、二度目の出撃の時はテンカワが速攻で戦艦やチューリップを切り刻んでいる間、基地周辺をバッタ達からきっちりと守りきることが出来た。
その時思い知ったのが、盾……テンカワ妹の実力だった。ネルガル謹製の移動HQとも言える新型指揮車。ナデシコのオペレーティングシステムを小型化したというこの装置は、彼女の手にかかるとまさに魔法のようなツールと化す。千を越える敵の動きを分析し、戦局をわかりやすく俺の前に広げてくれる。俺が防衛指針を彼女に伝えると、彼女はそれを現場の動きに展開し、そしてその指示に従って動く部下のエステバリス6機は、まるで一枚の巨大な盾のようにバッタ達の侵攻をくい止めた。部下達も一様に口をそろえて言っていた。まるで吸い込まれるように敵が目の前に来た、と……。
彼女に言わせると、ナデシコではごく当たり前の光景であり、ホシノルリやミスマルユリカという人物が采配を振るえば、この10倍の敵を5機のエステバリスで押し返すと言うことだが、俺にはまるで信じられなかった。
だがひょっとしたらと思ったのは、この間の三度目の出撃の時だった。チューリップ5機に戦艦15隻。無人兵器約1500という大軍団。さすがに増援を要求しようとした俺に、彼女はこういったのだ。
「ナデシコで相手にしていた敵と違って、ここの敵はすれてないな〜。これならエステ6機と戦車20台、後基地の防衛システムで何とかなるよ。ま、お兄ちゃんがいるからだけど」
はっきり言って信じられない話だった。
だが現実はもっと信じられなかった。
基地周辺の地図にチャートを重ねた図を表示しつつ、妹曰く、
「この範囲内に敵を追い込めれば、お兄ちゃんが必殺技で片をつけてくれるよ」
とのこと。範囲は細長いコーン状だった。
俺は半ば意地になって作戦を計画し、カズシと二人で指示をとばしまくった。妹のオペレーションがそれを現実の動きに変換していく。新人のサラ君の声が6機のエステと20台の戦車隊、そして基地の防衛システムに次々と指示を出していく。
テンカワ以外のエステバリスも、たったこれだけの期間に動きが見違えていた。テンカワとシミュレータープログラムの特訓によってパイロットの技量が上がったことに加え、妹が一人一人に合わせて機体をチューニングした結果がこれであった。
そして彼らと、久々に活躍の場が与えられた戦車隊が基地の武装にシンクロして舞い踊り、ついには敵を範囲内に収めることに成功した。
そこにテンカワの、恐るべき必殺技が炸裂した。
「バーストモード、スタート! フィールド圧縮開始!」
その連絡と共に彼のエステは赤く発光し、高々と掲げられたDFSのグリップ部分にその光が集約されていく。最初赤かった刃が、短くなるにつれて黒色に染まり始めた。
そこに響き渡る、テンカワの肉声。
「狂える飢えし龍よ、今こそすべてを喰らい尽くせ、
必殺! 餓龍撃!」
声と共に放たれた黒い固まりは、まるで顎を開いた龍のような形になって敵に襲いかかった。そして黒い龍の通り過ぎた後には、鎮魂の花火が夜空を彩っていた。
「信じられない……」
サラ君もさすがに驚いている。俺だって同感だ。
「今のはね、DFSを介してディストーションフィールドを圧縮したの。あれを極限までやるとフィールドがブラックホール化するんだよね。それだと咆竜斬って言う技になるんだけど、咆竜斬って威力と貫通力は凄いかわりに、有効範囲が狭いから、この場じゃ意味がないのよね。で、その圧縮のバランスを極限直前で意図的に崩すと、今の餓竜撃になるんだよ。ま、いわば小型のグラビティブラストかな? ために時間がかかるし、苦労の割には威力もあの程度なのに、負担は咆竜斬より大きいと来ているから、あんまり使えないんだけどね」
「……それは嫌味か?」
あれを威力が弱いと言われたら、俺たちは何で戦ってたんだ? 豆鉄砲か?
だがテンカワ妹はあっさりとこういいやがった。
「ナデシコのグラビティブラストは、射界で5倍近く、威力も2倍以上あるよ。コスモスにいたってはそれを多連装で備え付けてるし。でもナデシコに向かってくる敵には通用しないんだよね。奴らもバカじゃないから、きっちりフィールドを強化してくる上、チューリップとナデシコの軸線上に戦艦をずらっと並べるフォーメーションを取るから、ナデシコが一発撃ってもせいぜい戦艦1、2隻しか落ちないんだもん。それに比べたらここの敵は全然ヌルいよ。ロクにフォーメーション組んでないし、フィールドは薄いままで明らかに攻撃力重視の体勢。戦艦も射線が重ならないような攻撃型の機動をしているし。はっきり言ってなめられてるよ」
……耳が痛いな。しかしナデシコは、そういうのを相手にして、とんでもない成果を上げているって言うのか?
……テンカワの腕が立つわけだ。
ちなみにこの戦いの勝利によって、航空機による補給が可能になった。
一時的なものだが、かなりありがたい。早速各地からの航空貨物便が、続々と到着し始めた。
基地用の司令設備、食料に弾薬、エステの交換部品、etc.etc.……
どうもテンカワのためにネルガルが後押しをしてくれているらしい。
そしてその中に、2人目と3人目の補充要員の姿もあった。
>ALISA
「ふっふっふっ、新型のエステが、あたしを待っている〜」
妙な人と一緒になっちゃいましたね。
今私は、西欧地区の最前線へと向かっています。
そう、今エステバリスライダーの間で噂されている、あの人がいる部隊です。
最初は陸路でいく予定だったのですが、出発直前に航空規制が解除になったため、補給機に同乗出来ました。
目の前で不気味なことを言ってるのは、ネルガルから『彼』のエステを調整するために出向してきた、レイナ・キンジョウ・ウォンさんです。ちょっとマッドっぽい人ですが、何となく腕は良さそうな感じがします。
一応彼専属という話らしいですが、現実にはまあそうもいかないでしょう。
『彼』の機体を任される以上腕は確かなのでしょうし、腕のいい整備士がそうそう遊んでいられるわけもありません。
ましてや最前線なんですから。
そしてだいたいお昼頃、私たちの乗った機体は、他の補給機と共に基地に到着いたしました。
「さ、どうぞ」
私とレイナさんは、パイロットの人に案内されて、機から降ります。
タラップを降りると、待っていたのは黒山の人だかりでした。
何でしょう、あれ。何か歓声まで上がっているみたいですけど。
「うっほー、美人!」
「サラさんそっくりだな、確かに」
「ああっ、今度こそ普通の人でありますように!」
「サラさんには期待したんだけど……」
「ハルナちゃんのガードが堅かったしな……」
……? 何を言っているのでしょう。よく聞こえませんが。
それはともかく。
私とレイナさんの前に、ちょっと渋い感じのおじさまが立っていました。そのすぐ脇にやたらに背が高くて恰幅のいい人が控えています。
あれがここの基地司令代行のオオサキ……中佐でしたね。ここの司令代行になると同時に昇進したとか。となると後ろの大きな方がタカバ大尉でしょう。オオサキさんは、お祖父様の話によればいずれ正式な司令に着任して、同時に大佐になるだろうとのことでしたけど。人望も厚く、司令としての才能にも長けた方とか。
上司が有能なのは、嬉しいことですね。
さて、問題の彼は、いるのでしょうか……黒を好み、また、漆黒のエステバリスを駆ることから『漆黒の戦鬼』という二つ名が付いたそうですが。
それらしい人は……見あたりませんね。まあ、いいでしょう。
そんなことを考えつつ、私はオオサキ中佐の前に立ちました。
「アリサ・ファー・ハーテッド中尉、ただいま第13大隊基地に着任しました!」
ぴしっと敬礼を決めます。オオサキ中佐……おっと、着任の挨拶をした後ですからオオサキ司令代行……言いにくいですね。どうせすぐ取れる代行です。オオサキ司令でいいでしょう……オオサキ司令は、嬉しいとも悲しいともつかない、不思議な顔で私を出迎えてくれました。
「ようこそ、アリサ中尉……この『天国の最前線』へ」
はあ?
ここは『地獄の最前線』と、他の部隊にも伝わる激戦区で、死亡率ダントツでNo.1の場所だと、資料にはありましたが?
私がそれを聞くと、司令は何とも形容のしがたい、不思議な顔になりました。
「何、つい2週間前まではその通りだったんだが、2人組の助っ人が来てからというもの、ここは何故か死亡者数0、敵撃破数3000を越すとんでもない部隊になっちまったんだ。で、いつしか隊員達の間から、こういう名前が広まってしまいましてね」
そういって司令は下を向いています……ひょっとして、笑いをこらえていませんか?
噂通りの、面白い人です。
けど、ちょっと意外でした。2人組の助っ人、ですか? てっきりテンカワアキト1人だと思っていましたが……何か引っかかりますね。
そういえば彼の妹さんも来ていて、うちの両親はその人のおかげで助かったとか。
ということは妹さんも腕利きなんでしょうか。話は聞いていませんが。
あ、そうしているうちに、今度はレイナさんが挨拶をしています。
「初めまして、レイナ・キンジョウ・ウォンです。ネルガルより、テンカワアキト搭乗のスーパーエステバリス専属の整備士として、ここ第13大隊基地に出向して参りました。よろしくお願いします」
「よろしく。待っていたよ。これで彼女も楽になれる」
はて……どういう意味でしょう。
ですがそれを聞いている暇はありませんでした。
「さ、お二人ともお疲れでしょう。宿舎に案内いたしますので、重たい荷物のほうをどうぞ。何しろここには力だけは有り余っている男が多いですからね。これがキーです」
そういって司令はカードキーを、あたしとレイナさんに差し出しました。ちらりとレイナさんの分も見たところ、お隣の部屋のようです。
そして逞しい男の方が二人、後ろの列から出てきました。そういえば先ほど、背後が騒がしかったようですが、何をしていたのでしょうか。
「整備班のサイトウです。お荷物はこちらでよろしいでしょうか」
「エステバリスライダー、フィリップ・ガンバーです。これからもよろしく」
整備班とパイロット代表みたいですね。でも何故あたしの前の人が整備班の人で、整備士であるレイナさんの前の人がパイロットなのでしょうか。
ちょっと疑問です。
ですが彼ら二人は、私たちでは持ちきれない荷物を、軽々と持ち上げてくださいました。さすがは男の方ですね。
そして二人に案内されて、私たちは宿舎へと向かいました。
「そういえば、姉さんがいなかったみたいでしたけど、どうしたのでしょうか。後、噂のテンカワさんはいらっしゃらなかったんですか?」
道すがらそんなことを、私は目の前を歩くサイトウさんに聞きます。
「お姉さんは管制で飛行機を捌いていたので、手が放せなかったんですよ。やはりお出迎えは女性の声のほうが、パイロット達も嬉しいですし」
ああ、それでですか。
姉さん、歌もうまかったですし。
「そういえばテンカワさんいませんでしたね。どうしたんです?」
そういったのはレイナさんでした。専属だけあって、顔はご存じのようです。
「彼なら今食堂だと思いますよ」
そういったのはフィリップさん。そういえばお昼時でしたっけ。後で私も食べに行きましょう。
おなかもすいていますし。
「そういえばフィリップさん、テンカワさんの腕前って、そんなに凄いんですか? 一応資料は見させていただきましたけど」
どうにも信じられない値でしたし。
しかしそのとたん、サイトウさんも、フィリップさんも、足が一瞬止まってしまいました。
そしてフィリップさんが、何故か弱々しく言います。
「あの人は……僕たちとは次元が違います。アリサさん……失礼ですが、『白銀の戦乙女』と称されたあなたと比べても、大人と子供以上の開きがあると思います」
現役のパイロットの方にそうまで言わせますか?
「俺もちょっとだけ遊んでみたけど、あの人、何であんなもんに乗れるんだ?」
あら……サイトウさんは整備士でしたよね。何故そういうことが言えるのですか?
私がそれを聞いてみると、サイトウさんは笑いながら言いました。
「いえ、ハルナちゃんが持ち込んだシミュレーターがあるんですよ。ゲームとしても遊べるんで、俺たちがいつも整備している機体はどういう乗り心地なのかって、一度整備班全員で試したら、いやー目が回りました。ノーマルの奴ならともかく、テンカワさんの機体、ありゃ化けもんです。よくああ乗りこなせるもんだと、一同感心しましたよ」
「あ、今それネルガルでも噂になってる。新バージョンのシミュレーターでしょ。今度発売される予定だって、本社でも評判だったよ。何か今までの奴とは段違いのリアリティーがあるって聞いてる。そっか……ここに現物があるのか……」
何か……そうとう凄いらしいみたいですね。パイロット用のシミュレーターなら、ま、いずれいやでもお世話になることでしょう。
「おっと、ここです」
話に夢中になっているうちに、宿舎にたどり着いたようです。
私が鍵を開けると、サイトウさん達は荷物を部屋の前に下ろしました。
「それでは我々はここで」
「えっ、荷物中に入れてくれないの?」
レイナさんが意外そうに聞いています。私も同感です。
「いや、それが……女性の部屋には許可なく男性は入れないんですよ」
「あ、口頭の許可じゃ無意味ですので」
二人とも揃って、何かにおびえているようです。どういう事でしょうか。
「何それ、どういう事?」
レイナさんがちょっと不思議そうに聞いています。
すると二人は何故か真っ赤になりながら、訳を説明してくれました。
「いえ、ちょっと身内の恥なのですが……」
「先日テンカワさんが妹さんとこちらに来た時……」
「妹さん目当ての夜這いが大量に発生しまして」
……それは災難でしたね。妹さん。見たところここはほとんど男性ばかりですし。
私の部隊は男女混合でしたから、それほど殺気立った男性はいませんでしたが。
「ところがこれが全員見事に撃退されまして」
「さすが漆黒の戦鬼の妹。こんな所に平気で来られるだけのことはあったようです」
……はあ、それは剛毅な。
「で、怒った彼女、部屋に物凄いセキュリティーを装備してしまいまして」
「先日入隊したサラちゃん……失礼、お姉さんに、やはり夜這いを掛けようとした不埒者は、未だに入院加療中です」
ちょっと聞き捨てならない台詞が入っていましたが……まあ無事だったみたいですから聞かなかったことにしてあげます。
「何か凄いみたいだね、そのセキュリティ」
レイナさんが技術者の性でしょうか、興味津々といった様子で二人に聞いています。
「ああ……あれは二度と見たくないな」
「本当にハルナちゃん、どうやったらあんな仕掛けが出来るんだ?」
……? 何かただのトラップではないようですね。
「どういう事?」
レイナさんも不思議がっています。
するとサイトウさんが、心底怖そうな表情をして私たちに言いました。
「その不埒者……どこに入院していると思いますか?」
「え……軍病院じゃないんですか?」
軍の人間は軍専属の病院に入るのが普通です。
するとフィリップさんが、怪談でも話すかのような口調で答えを言いました。
「……精神科です。何でも激烈な恐怖の発作が延々と起こり続けているとか。ああなったら人間、もう終わりですね」
私とレイナさんは、思わず顔を見合わせてしまいました。
「何にせよセキュリティーの解除方法は、ハルナさんとサラさんしか知らないんで、我々が入れるのはここまでです」
「申し訳ございませんが、これで失礼します」
そして二人は、何かから逃げ出すように行ってしまいました。
「……」
「……」
私たちは無言で、荷物を部屋の中に運び入れました。
どうやらここには、テンカワさんのほかに、もう一人とんでもない人がいるみたいです。
テンカワさんの妹さん……どうやらハルナというらしいですが。
どんな人なのでしょう。
荷物を片づけた後、私は食堂に行きました。レイナさんも誘おうと思ったのですが、既にお留守でした。
結構遅くなってしまいましたから、もうテンカワさんもいないでしょうが、おなかが減っているのは事実です。テンカワさんは後にしましょう。どうせすぐ会えるでしょうし。
不慣れな基地ゆえ、壁の案内図を見ながら食堂にたどり着くと、見知らぬ女の子と姉さんが食事を取っているところでした。これはちょうどいいタイミングですね。
「姉さん、今ご飯?」
私がそういうと、姉さんはちょっとびっくりしたように振り向きました。
「アリサ! そういえばさっき着いたって言ってたわね。いらっしゃい」
……何かすっかり馴染んでいますね、姉さん。それはそうと、先に注文を済ませてしまいましょう。厨房の中では、まだ若いコックさんが鍋を振るっています。
……何がずいぶん大量に作っていますね。食堂はまばらなのに。どっかから注文が入っているのでしょうか。
とにかく、私はメニューをちらりと見て、スパゲティーを注文することにしました。
けどここの食堂、ずいぶん品目が多いですね。特にライスを使ったメニューが豊富みたいです。東洋系のコックさんみたいでしたが、チャイニーズの方でしょうか。あの国では5千年近くも伝わる料理の伝統があると聞きますし。
「すみません、スパゲティーミートソースお願いします」
「はい、スパゲティーですね……あれ、初めての人ですね。どちら様ですか?」
こ、これは……鋭いのか、それとも大ボケなのか、どちらでしょうか。
私は髪の色以外、何もかも姉さんそっくりだといわれています。声も、顔も、スタイルも。知り合いからもこれで髪の色まで一緒だったらまるっきり区別が付かない、とよく言われます。まあ、性格は幸い大違いでしたけど。軍事を嫌うお父様に似た姉さんと、お祖父様に似てしまった私と。しかしその姉さんを軍隊に引き込むのですから、テンカワアキト、侮れません……。
ひょっとして私はその人を「義兄さん」と呼ぶことになるのでしょうか。
おっとっと、変な方に考えが行ってしまいました。
「あの、よく私が初めてだと分かりましたね」
私がそういうと、彼は鍋の中身を皿に移しながら言いました。
「あれ、そういえばサラちゃんと同じ声ですね。ということは、あなたがアリサさんですか? 今日ここに来たって言う」
……これはかなり鋭い方みたいです。
「ええ、髪の色以外はそっくりだって言われていますから、面と向かっていないと、よく間違われるんですけど」
「へぇ……全然違うのになあ。何で間違えられるんだろう」
な……!
私は思わず硬直してしまいました。私と姉さんを、初対面で『違う』と言ってのけた人は初めてです。
そうすると、後ろから声がかかりました。
「お兄ちゃん、普通は間違えるよ」
「そういうものか?」
男の人はさっきの大皿に乗った赤いソースに白い物が浮かぶスープ……にしてはやけにどろりとした物を皿に盛りつけ、大きなボウルに盛られた信じられないくらい大量のライスと共に、彼のことを『お兄ちゃん』と呼んだ女性の前に持っていきました。
その女性は淡いブルーの髪の毛に、猫のような金色がかった瞳を持つ、ちょっと不思議な雰囲気の女性でした。歳も私と同じくらいでしょうか。服装からするとレイナさんと同じ整備班の方のようですが……でもそれより驚いたのは、彼女の前に積まれた食器の山でした。どう見ても10……いえ、20人前はありそうです。
その皿を下げながら、コックさんは私に向かって言いました。
「これから茹でますから10分ちょっとかかりますけどいいですか?」
「あ、いいですけど。姉さんと話しもしたいですし……姉さんは時間大丈夫?」
姉さんは黙って自分の前を指さしました。オムレツのセットが、ほとんど手つかずで残っています。どうやら来たばっかりのようですね。なら遠慮はいりません。
セルフサービスの水を持ってくると、私は姉さんに話しかけました。
「……よく軍に入る気になったわね、姉さん。あれだけ軍嫌いだったのに」
「女は変わるのよ、アリサ」
私は思わず引いてしまいました。あの奥手だった姉さんが、そんな台詞を!
……やはりテンカワアキトを『義兄』と呼ぶ日は近いのでしょうか。
気を取り直して、私は話を続けます。
「で、お父様達は大丈夫なの?」
「あ、そういえばそうだったっけ。たいしたことないよ。もう退院出来るんじゃないかな」
そう答えたのは、何故か隣の女性でした。赤いソースを豪快なまでにライスに掛け、大きなスプーンのようなもので、かっ込む、という表現がぴったり来る食べ方で口の中に入れつつ、私にそう語りかけてきます。
……器用な方ですね。あれだけ食べながらよくしゃべれるものです。
でも、何故見知らぬ方が?
そう思っていたら、姉さんがあわてて言いました。
「あ、そうか。先に彼女を紹介しないといけなかったわね。アリサ、こちらがテンカワハルナさん。お父様とお母様の命を、アキトさんと一緒に救ってくれた恩人よ。あなたからもお礼を言っておいてね」
え……
一瞬時間が止まりました。この人が、お父様達の恩人?
何か頭が混乱しています。
あれ……ちょっと待ってくださいな?
この人がテンカワアキトの妹さんだとすると、この人がお兄ちゃんと呼んでいたのは……
視線が知らず知らずのうちに、スパゲティーをかき混ぜているコックさんに向かいます。
あの、
人畜無害そうなぽややんとした、
美味しそうな匂いを漂わせている料理を作った、
やせぎすの男性が、
「テンカワアキト〜〜〜〜〜!!」
あ、隣で姉さんがせっかくのオムレツを吹き出しています。
「アリサ! いきなり大声出さないでよ!」
「ね、姉さん、あ、あれが、噂の『漆黒の戦鬼』なの!」
「そ、そうだけど、それがどうかしたの?」
ちょっとむせつつ、姉さんが答えます。
「何で漆黒の戦鬼が台所でコックをしてるのよ! 彼は世界一のパイロットなんでしょ!」
「お兄ちゃんの本職はコックだよ。たまたま腕利きのパイロットも兼ねてるだけで」
ハルナさんがのんびりとした口調で言います……いつの間に食べちゃったんですか? あれだけのご飯。姉さんの料理はほんの少ししか減っていないと言うのに。
「どういうコックさんなのよ」
私がちょっとキツい目で睨むと、ハルナさんはいたずらっぽい微笑みを浮かべます。
「まあ理由なんてあってなきがごとし。別にいいでしょ、そんなことどうだって」
まあ……そう言われてしまったらそれまでなんですけど、何か納得がいきません。
何というか、思いっきり興が削がれてしまいました。
本当にどういう人なんでしょう。そして姉さんは、この人のどこがよかったのでしょう。
ぼんやりと考えていると、「お待たせ」という声と共に、私の前にいい匂いを漂わせているスパゲティーの皿がおかれました。
取りあえず漆黒の戦鬼お手製の料理、味わわせていただきましょう……
「美味しいっ!」
思わず声が出てしまいました。軍隊の食事、それも最前線ともなれば不味いのが当たり前ですし、私もそれに慣れきっていましたけど、このおいしさは反則です!
「気に入ってくれた? それはよかった。さすがはテアさん、いい食材を確保しているな、このご時世に」
ふと気がつくと私は夢中でスパゲティーを平らげてしまいました。
……男の人の前ではしたない。軍にいると、どうしても食べるのが早くなってしまいます。
「へへっ、美味しいでしょ。お兄ちゃんの料理」
「ええ、とっても」
……認めざるをえませんね。この料理の腕前は。
お祖父様、漆黒の戦鬼、テンカワアキトは、予想に違わぬ、いえ、予想以上の人物でした。
妹共々。
変過ぎますっ!
……でもまだ続きがありました。
「お兄ちゃん、次は特大盛り火星丼、よろしくっ!」
「ほい、火星丼の特ね」
……まだ食べるのですか?
私が食事を終えた姉さんに聞くと、姉さんは笑っていいました。
「あんなもんじゃないわよ。だいたい30人前くらい食べるから、ハルナさんは」
さ、さんじゅうにんまえ……。
人間の食べる量ですか、それ。象じゃあるまいし。
「なあに、アリサもすぐ見慣れるわよ、これくらい」
……見慣れたくないです。そんなこと。
そして信じられない大きさの器に見慣れない料理が盛られたものが出てきた時、表のほうから声がしました。
「こんにちわ〜。テア食料品ですけど〜」
「あ、すみませんクラウドさん、ちょっと待っててください」
アキトさんがぱたぱたと表に出ていきます。
何なんでしょう、一体。
そう思っていたら、ハルナさんが教えてくれました。
「あ、あれは今この基地に食材を収めてくれてる業者さんだよ。アリサさんやサラさんの故郷の街にあるんだけど、これがちょっと不思議なんだよね。このご時世に、どういう訳だか質のいい食材を、安く納品してくれるの。まあ半分は街を救ってくれたお礼だとしても、よく儲けが出てるなーとは思うんだけど」
あ、なるほど……。そう言えばテアさんっていう食料品店がありましたね……あら?
「姉さん、うろ覚えなんだけど、テアさんの所って、家族でやっている小さいお店でしたよね」
「そうよ。それがどうしたの?」
「確かあそこって、女の人しかいなかったと思ったんですけど。この男の人は?」
確か……テアさんの所には私たちより4、5歳年上の女の人と、ちっちゃな女の子しかいなかったはずですけど。いつの間に従業員を雇えるほど大きくなったのでしょうか。男やもめのご主人は、男性の従業員を『娘を狙っている不埒者』と言い放って、全然雇わないと思っていたのですが。
ああ、それで覚えがあったのですね。店の名前はとにかく、あのおじさまは有名人でしたから。
3年近くも故郷を離れていると、こういう事には疎くなるものです。
そんなことを姉さんと話していたら、声が大きくなってしまったのでしょうか……問題の男の人が、説明をしてくれました。
「いや、テアさん達は私の命の恩人なのです」
恩人、ですか? 最近多いですね。
「実は私……記憶喪失で、昔のことを覚えていないんです。名前も、生まれた土地も。ただ……何者かに追われていたようでした。テアさんが私を見つけてくれた時、私の胸には弾痕があったそうですから」
それって……ただ事じゃないですね。
「幸い弾は着ていた服が防弾仕様だったことと、胸のネームプレートに当たったせいで、致命傷にはならなかったようですが、衝撃で山の斜面を転げ落ちたらしくて……気がついた時には昔のことが思い出せなくなっていました。ただテアさんは、狙われているのならあまり表立って届けとかは出さない方がいいって言って、私を匿ってくれたんです。で、私はこうして恩返しに仕事を手伝わせていただいているということです」
そうだったのですか……でも、防弾仕様の服、ですか? ということはクラウドさん、本来それなりの地位にある方なのでは……。
「基地のみんなは知ってて黙っているんだよ。オオサキ司令も、こっそり調べてくれるって言ってたし。実際ただ事じゃないよね。何の陰謀か知らないけど、人1人殺そうって言うんだもん。クラウドさんが誰であっても、許される事じゃないよ」
ハルナさんの意見に、私も全面賛成です。
と、そこにテンカワさんが戻ってきました。
「チェック完了です。異常なし。いつもすみませんね」
「何、こっちだって商売です。大量のお買いあげ、ありがとうございます。こんだけ買っていただけるから、こちらもこの値段で出せるんですよ」
……何というか、いい方のようですね。
その時でした。
ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……
どこでも変わらない警報の音が鳴ります。
敵襲……ですか。
隣ではテンカワさんが、クラウドさんに避難を勧めています。
「クラウドさん、お一人ですか?」
「いえ、おじさんも来ています」
「なら至急基地内へ。安全な場所に避難してください」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って振り向いたテンカワさんは……
まさに『漆黒の戦鬼』にふさわしい気を纏っていました。
みんながあわただしく出ていく中、私はテンカワさんに連れられて格納庫へと向かいました。
私のエステバリスは、テンカワさんの、漆黒のエステバリスの隣にたたずんでいました。
こうしてみるとだいぶシルエットが違いますね。
おっと、そんな場合ではありませんでした。
敵はここの基地をめがけて襲ってくるようです。既にほかのみなさまは出動しているようでした。
私もすぐさまアサルトピットに駆け込みます。
乗り込んだ瞬間、通信ウィンドウが立ち上がりました。
「調子はどう? アリサ」
そう言えば通信管制は姉さんの仕事でしたね。
「今のところオールグリーン、エネルギーライン接続OK。いつでもいけるわ」
「了解。戦術コンピューターを立ち上げておいてね。敵の様子とかは、こちらから指示しますので、それを参考に戦ってください。ハルナさんのサポートは物凄く優秀ですから、大船に乗ったつもりで戦いなさい」
サポートって……ハルナさん、整備士じゃなかったんですか?
けどそんなことを聞いている暇はありませんでした。私は襲ってくる敵を倒すために、愛機を空へと飛び立たせました。
敵は……意外と少数のようです。基地のみなさんが、既に戦っています。
へえ……綺麗な連携ですね。かなり練度の高い方々のようです。
そうでなければこんなところで生き残れませんか。
私もその中に飛び込むように敵に襲いかかりました。
ふっ、この程度、軽いものです。
私がフィールドランサーを叩きつけるたびに、一機、また一機と、敵が落ちていきます。
しかし……テンカワさんが出てきませんね。どうしたのでしょう。
>SHUN
敵が来たものの、攻撃は散発的だった。これなら今の隊員で十分に対処出来る。
やはりこの間の戦闘で、敵も補給がつきたのだろうか。
「司令、この程度ならお兄ちゃんが出るまでもないと思うけどどうします? チューリップも見あたりませんし。基地のみんなだけでも軽く勝てますよ」
ほう、ハルナ君も同意見か。
「そうだな……テンカワは温存しておこう。伝えてくれるかな」
「了解しました。サラさん、連絡よろしく」
「了解。アキトさん、今回はあなたが出るまでもないそうです。万一に備えて待機していてください」
「了解した」
一連のやりとりが耳にはいる。しかし、何かが……俺の予感に引っかかっている。
この戦い……何となくやっかいになりそうな気がしてしょうがない。
ましてや今は、民間人が避難してきているのだ。
彼らは今、この司令室内にいる。司令室も例のトレーラーと同じ設備が導入されたおかげで、格段にオペレーション能力が上がっている。情けないがネルガル様々だ。
こちらは汎用性を高めたタイプとのことで、ハルナ君でなくてもオペレートが可能になっている。しかしやはり彼女がいた方が格段に能力が上がる。ということで彼女には引き続きオペレーター席に座ってもらっている。
ほんの5分足らずで、敵はあっけなく掃討された。
「取りあえず帰還してください。整備班はエステの点検と弾薬の補給を。現在特に傷を負っているエステはありません」
「分かりました」
整備班からの報告も勇ましい。だがそこに新たな展開が加わった。
「敵、第2陣、10時方向より」
「拙いな、今全機出したばかりか」
幸いそこでテンカワが出てくれることになった。
第2陣は2分足らずで、テンカワに叩き落とされた。妙な技抜き。DFS1本で、50機ばかりの敵を瞬く間に落としてしまった。
「お兄ちゃん、手抜きしてるな〜。ま、あんなヌルい敵に本気出す必要はないけど」
俺も同感だと、しみじみうなずいた。
だが、事態はまたもや変化した。
「ん……敵第3陣、6時方向より。加えて第4陣……あれ、何かジャミングが掛かってきた。これ……ちょっとヤバいかも」
そして俺たちは、本気で頭を抱える羽目になった。
>ALISA
「全く、うっとおしいですわね」
私はアサルトピットの中で、思わず悪態をついていました。
敵はこちらが小規模の敵を迎撃しているうちに、基地の周りに強力なジャミングを張り巡らせてしまいました。
そして間断なく襲ってくる敵。飛んでくる規模こそ小さいものの、こう絶え間なく飛んでこられると疲労もバカになりません。
隊員のみんなもかなり疲れているみたいです。
その中で1人テンカワさんだけは涼しい顔をしていました。
確かにかなりの使い手です。新兵器なのでしょうか、光る剣のような武器で、敵のフィールドを貫き、あっという間に倒してしまいます。しかし今のところは、噂に聞いたような超絶的な戦闘力は感じられません。あれなら熟練したパイロットになら、何とか出来そうな気がします。
今回も大した傷を負うことなく、私のエステバリスは帰還しました。
「お疲れさまー、チェック行きまーす」
本来テンカワさんのエステバリス専属のはずのレイナさんも、今はみんなと一緒に仕事をしています。
「ま、こうなったら仕方ないよ。仕事も大事だけど、生き残ることも大事だもんね」
そこにまた司令室からの放送が鳴り響きました。
「第25陣出現。規模同等。フィリップ小隊、迎撃頼む」
「へいへい。おい、サコン、アッシュ、出るぞ!」
オオサキ司令は、部隊をフィリップ隊、シェラフ隊、テンカワアキトの3隊に分けて波状運用することで、敵の出方に対処しています。私はまだ来たばかりですので、グループには加わらず、敵の数や分布によって遊撃しています。
けど……このままではじり貧のようです。おそらく近くにチューリップが潜んでいるのでしょうが……ジャミングのせいで発見出来ていません。捜索に行こうにも、基地の防衛をおろそかには出来ません。
それでも……今はやるべき時です。この場合、偵察任務に出られるのは私しかいません。
私は意を決して、司令室へ向かいました。
>SHUN
拙い。本格的に拙い。
俺はこの戦いで思いっきり後手を踏んだことを感じていた。どうしても敵の本体の位置が読めない。
「なあ隊長さん、だいぶ苦戦しとるようじゃの……」
民間人に慰められる有様だ。テアの旦那には基地全体がいろいろと世話になっている。何とかして無事に街へ返さなくてはな。
と、そこにアリサ君が駆け込んできた。
「司令、お願いがあります。私が出ます。なんとしても敵チューリップの位置を探索してきます!」
……やはりそう来たか。だが、実はあまりいい手ではない。通信がジャミングを受けている以上、たとえチューリップを発見出来ても、それを伝えられるかどうかが、ひどく怪しいのだ。テンカワなら落としてくるだろうが、問題はエネルギーラインがなければ、さしもの漆黒の戦鬼でも落とせるチューリップは1つだという事だ。
バッテリー容量の限界まで、あの技はエネルギーを使ってしまうという欠点があるのだ。テンカワ機がわざわざ専用の指向性エネルギービームを使っているのもそのためだ。通常のフィールドからエネルギーを取ると、テンカワ機がエネルギーをすべて喰ってしまい、ほかのエステバリスにエネルギーが行かなくなってしまう。それでは小隊として成り立たなくなってしまうのだ。
そしてそのビームとて無限に届くわけではない。敵が範囲外にいたら、テンカワとチューリップ1つを引き替えにする羽目になる。
いくらあいつが強くても、エネルギー切れのエステで勝てるわけはない。
だが、思わぬ所から援軍が来た。
「この辺と、この辺と、この辺ですね」
突然クラウド君が、大きく表示されていた周辺地図を指さしてそう言った。
司令室内にいた要員の視線が、彼に集まる。
「どうしてそう言えるんだ?」
カズシが俺に代わって聞く。こういう時に俺が動くと、部下が不安がるからな。さすがはカズシだ。
そしてクラウド君は、立て板に水といった調子で、今までの敵の侵入方向と時刻を述べ始めた。
……全部覚えていたのか?
そしてそれを元に、自分の考えを語り出した。
「一見ランダムに見える敵の出方ですが、よく見ると敵は3つのグループに分けられます。1陣、4陣、7陣、11陣、16陣……」
「ハルナ君、彼のいう通りに分類してくれないか?」
「もうやっています」
俺が頼むと、いい返事が返ってきた。やるな。
「……そして25陣です。これからすると……」
「こうなるんでしょ?」
彼の言葉をハルナ君が分析して図解する。
地図の上には、大きな3重の円が描かれていた。
「何で分かったの、クラウドさん。いわれた通りに分類すると、ぴったり当てはまるよ。距離を微妙に変えた3つのチューリップからの波状攻撃。チューリップ自体が基地の周囲を周回しているから、こっちには敵の位置がつかめない。敵ながらやるわね!」
「ああ、やはりそうなりましたか。3重の円になるとは気がついたんですけど」
おいおい、普通は気づかないぞ、そんなこと。
「しかしこれでどうにかなるな。さて、テンカワに頼むとするか」
「彼でないと落とせないんでしたっけ」
クラウド君がそう聞いてくる。まあ、別に機密でも何でもないからいいか。
「ああ、ただエネルギー的な問題でな。この距離と位置だと、バッテリーを使わねばならんのだが、基本的に一発でエネルギーが空になってしまう。半分の距離ならテンカワ機は特別製だから、エネルギーを送れるんだがな」
「半分ですか……ならいい手がありますよ」
「いい手だと?」
俺は不思議に思った。彼のことは調べさせているが、今のところ情報は入っていない。何となく軍人っぽいとは思うのだが、軍には彼のような人物はいなかった。
もしいたら……かなり目立ったはずだ。
しかしこの物腰……どこの組織かは知らないが、どうやらかなり優秀な参謀だったようだ。ひょっとしたら司令官かも知れない。どっちとも取れる態度の持ち主だ、これは。
「今までは守勢に甘んじてきましたが、逆に攻勢に出るんです。敵の動きに統一性がある以上、この3隊の中枢は連携しています。そして本来はやってはいけないとされている戦力の逐次投入を意図的に行っている……これは敵の目的が一気の殲滅ではなく、絶え間ない攻撃によりこちらの疲弊を誘うものであることを意味しています」
なるほど。筋は通っているな。
俺は最初の時に感じた、いやな予感の正体に気がついた。
戦力が少なすぎたのだ。
敵はこちらの戦力が侮りがたいものであることを悟っていたはずである。現に敵の規模はだんだんと大きくなってきていた。
だがそれでも負けた。だから敵は戦略を転換してきたというわけか。
無人兵器の癖して頭のいい奴らだ。人間が疲労することを知っていやがる。
そう言えばハルナ君も、ナデシコとテンカワにいじめられ続けてきた敵は、防御を極限まで厚くすることにより、ナデシコのグラビティブラストを封じたとかいっていたな。
だとすると、ここで攻勢に出るということは……
「敵は攪乱によって自らの位置を悟らせないようにし、絶え間ない攻撃でこちらの疲弊を狙ってきた。ならばそれ故に、こちらが相手の位置に気がついたという行動を取れば、奴らは作戦の失敗、もしくは状況の変化に気がつき、戦力を集中させるはずです。普通ならこういう時は各個撃破が基本ですが、この状況ならむしろ集中してもらった方がありがたい。敵もまさか集中させることがこちらの狙いとは思わないでしょうから、各個撃破を恐れる敵は間違いなく集結すると思います」
……満点の回答だ。この男、やはりかなり優秀な参謀だったようだ。
もちろん否定する要素は何もない。
「全員に通達! 敵の動きは見切った! 次陣の襲撃を待たず、こちらから打って出る! フィリップ! シェルフ! 準備が出来次第、こちらから指示する方向へ進撃! 敵と交戦し、これを撃破したらそのまま進め! そうすれば必ず敵の本体がいる! 敵本体を発見したら、これと軽く交戦した後、直ちに引いてこい! ジャミングが掛かっているからいつものサポートはできん。引き時を間違えるなよ!」
「「「「「「了解しました!」」」」」」
一斉に彼らのウィンドウが立ち上がる。かなり鬱屈していたらしい。
「そしてテンカワはこの行動によって集合するであろうチューリップを一気に叩いてくれ。アリサ君を直衛につける」
「了解した」
「分かりました!」
いつもの押さえたテンカワの声と、弾むようなアリサ君の声が重なる。
「テンカワ、最悪バッテリーでチューリップ3つという事になるが大丈夫か?」
念のために確認すると、テンカワは不敵に笑いながらいった。
「固まっているのなら何とかなる。ただ帰りは自力だとキツい。回収を頼むことになる」
「そのためにお姫様をつけてさし上げるんだ、安心しろ」
俺の言ったジョークに、テンカワは赤くなりつつも憮然とし、アリサ君は目を白黒。何故かサラ君の機嫌が悪くなったが……おいおい、やきもちかい?
「ま。とにかく作戦開始だ!」
>ALISA
作戦は順調に進みました。フィリップさんもシェルフさんも、見事にその任を果たして、敵を集結させることに成功しました。
残念だったのは、敵の集合地点が、テンカワさんのエネルギーラインの有効地点より、ほんの僅かに外側だったことです。
「残念だけど仕方ないね。お兄ちゃん、後は任せたよ。ここからは通信も出来ないからね」
ジャミングのため通常の無線は使えませんでしたが、テンカワさんに接続しているエネルギーラインを介して、何とか基地との通信が繋がっています。だから相手も姉さんではなく、オペレーターのハルナさんです。ちなみに私とテンカワさんの間の通信は問題ありません。さすがにこの距離ならジャミングより無線のほうが有効ですね。
「まあ何とかなるだろう。アリサ君、俺はチューリップを一気に落とせるポジションを取る。その間の直衛をお願い出来るかな?」
もちろんです。漆黒の戦鬼の秘技を間近に見れる上、彼に頼られる機会なぞ滅多にありません!
私は愛用のフィールドランサーを手に、彼の守りにつきました。
この武器もよくよく考えてみれば、ネルガルが次期の兵装として考えていた武器の試作品です。使いやすかったので愛用の武器にしてしまい、また効果が実証されたため主力兵装として採用されることは決まっているのですが、テンカワさんのDFSに比べれば、破壊力はかなり劣ります。
これでDFSがもう少し扱いやすい武器だったら、このランスともお別れかも知れませんね。
でも今はその使いやすさが望まれている状況です。
私は縦横無尽にランスを振るい、テンカワさんに近づくバッタ達を根こそぎ粉砕していきました。
「さすがですね。リョーコちゃんに匹敵する腕前だ」
リョーコちゃん? 誰でしょう……ナデシコのパイロットでしょうか。
テンカワさんのいい方からすると、私と同等の腕前と言うことですか。
一応、覚えておきましょう。
おっと、それより大事なことがあります。
テンカワさんが、バーストモードとか言う、強化システムを起動しました。
そして、その力をDFSに集束させ、叫びます。
「すべてを切り裂け!
必殺、飛燕翼斬!」
そして振るわれた剣の刃が、三日月か燕のような形になって飛翔し……何と一直線上に並んでいた3つのチューリップを、一気に切り裂いてしまいました。
ワンテンポ遅れて、すさまじい轟音と衝撃波が炸裂します。
「きゃあああああっ!」
情けない話ですが……私もそれに巻き込まれてしまいました。
バッタ達もこの衝撃波に巻き込まれてばたばたと落ちています。
そんな中を、テンカワさんの黒いエステバリスが飛んできました。
「大丈夫か?」
セルフチェックの結果は……私が目を回しただけみたいです。機体には異常ありません。
「はい、無傷のようですけど」
「それはよかった。じゃ、ちょっと頼まれてくれないかな。エネルギーラインの接続出来る距離まで、俺の機体を運んでほしい。後ちょっとしか飛んでいられないんだ」
もちろん即座に了承しました。そして今私はテンカワさんのエステを抱えて飛行中……
何か心がうきうきします。
どうやら……私と姉さん、男の人の好みが似ているようです。
私もなんだか、テンカワさんのことが気に入ってしまいました。
やがてテンカワさんのエステのエネルギーラインが再接続されました。
「もう大丈夫だよ、アリサ君。どうもありがとう」
「いえ、こちらこそ……」
そして私はここで、思い切って言いました。
「あの、そんなにかしこまって呼ばないでください。もっと気楽に……後、私もアキトさんって言っていいですか?」
「ああ、いいよ」
彼はそう言ってくれました。
「そうだな……俺もアリサちゃんって呼んでいいかな」
「ええ、もちろんいいですよ」
ちゃん付けですか……どうやら結構軽いところもある人なんですね。それとも天然なんでしょうか。
姉さんには悪いかも知れませんけど……負けませんよ。
でも、戦いはフェアに行きましょうね。抜け駆けして姉さんに勝っても、幸せな気持ちにはならないと思いますから。
そんなことを考えているうちに、基地が見えてきました。
「……ただいま」
何故かその言葉が、私の口から漏れました。
>SHUN
「こちらテンカワ。チューリップの殲滅に成功。これより帰還する」
報告と同時に、基地中がわいた。まあ、ジャミングが消えた時点で分かってはいた。だがこういうものは気分が大事だ。
今回も苦しかったが、何とか生き延びられた。死者もなし。いいことだ。
ただ、ちょっと気になることもあった。
クラウド君。テアの旦那に助けられた、謎の人物。
演技などではない正真正銘の記憶喪失だということと、何者かに命を狙われている節があるということで、警察などには届けずにテアさんが保護していた。俺もそれとなく情報を集めてみたが、該当者はなかった。
だが今日垣間見せた才能……彼は間違いなく軍事的な訓練を受けている。まあシミュレーションゲームマニアという可能性もあるが、俺の直感はそれを否定している。
彼の考え方は、何というか足が地に着いている。ゲーマー特有の浮いたところがない。
これで身元が確かなら、即現地徴用したいくらいだが、そうもいくまい。
……と思っていたら、意外なところから声が上がった。
「クラウド、お前は今日限りでクビだ」
「……テアさん?」
なんだなんだ、旦那。いきなりどうした。
「クラウド、おめぇ、昔のことは覚えていないっていったな。それでもあの妙ちきりんな服と弾の痕……軍がらみの人間じゃないかとは思っていた。頭も良さそうだったし、何かよけいなものでも見ちまったんで襲われたんじゃねえかと、俺は思っていた。
記憶喪失なんていうのは、心底忘れたいことがある人間がなるもんだって、昔見たテレビで言ってた覚えもあったしな。
けど、今のお前を見て俺は確信したね。クラウド、おめぇはやっぱり軍人だ。それもかなり『いい』軍人さんだね。記憶はなくっても、あんたの魂はそれを覚えてるんだ。だとしたら俺ん所みたいな店でくすぶってちゃいけねえよ。
軍人さんにはそれにふさわしい働き場所があるんだよ。特にあんたみたいな人には。何、ここなら大丈夫だ。なんかのきっかけで狙っている奴にばれたとしても、ここの隊長さんなら大丈夫。ちゃ〜んとかばってくださるさ」
そして旦那は俺の方を向いて頭を下げた。
「というわけで、こいつ使っちゃくれませんかね」
「おいおい旦那、あんまり勝手なことを言わないでくれないか。俺だって一応軍人なんですよ。上からの命令には逆らえませんけれども」
俺は苦笑いしながらそう言う……その上を私怨でブチ殺そうとした人間の言うことじゃないがな。
ん、何のことかって? まあそれは大人の事情って言う奴だ。
けど旦那はそんなことを聞いてはいなかった。
「またまた。隊長さんがそんな大人しい人の訳ないでしょうに。とにかく、お願いしますよ」
「テアさん……」
クラウド君は何か言いたそうだったが、テアさんの無言の気合いが、それを押し返していた。
「クラウド、人には居場所って言うものがあるんだよ。そしてお前の居場所は……ここだ。田舎の食料品店なんかじゃないんだ」
「……」
しばらくじっと見つめ合っていた二人であったが、やがてクラウド君が折れた。
「お世話に……なりました」
うっすらと涙さえ浮かべて、旦那に頭を下げていた。
「それで……いいんだ」
答える旦那も涙声だ。
そしてこの瞬間、俺たちの部隊に、後々まで伝説となる、天才作戦参謀が加わった。
……そのあまりにも皮肉な運命に俺たちが気づくのは、まだ先のことであったが。
「さてクラウド、今日限りでクビといったが、逆に言えばまだ今日はうちの従業員だ! とっとと帰るぞ! ミリアもメティも今頃心底心配してるだろうからな!」
「あ! すいません、電話借りられますか?」
……いきなり雰囲気がホームコメディにかわり、俺たちは思いっきりこけていた。
>FAR AWAY……
「何ですって! お兄さまが、部下共々、消息を絶ったですって!」
私はその報告を聞いた時、足下が崩れ落ちる思いというものを、初めて知った。
「だから、地球へ行くなど今の段階では無謀だと、あれほどお諫めしたのに……」
口の中で私は、そう小さく呟く。
兄はすばらしい人だ。
その理想には、とても共感出来た。
だけど……今の情勢では、つらい思いしか出来ない人だ。
兄は、マシュマロのように柔らかい人だ。
ずっと昔、お祝いの時に味わった、あの口当たりを思い出す。
唇で触れれば、すべての人が虜になり、幸せになる。
そんなところのある人だ。
けれども、今の世の中は……おろし金で相手の顔面をこすり合うような時だ。
そんな時の流れの中では、マシュマロのように柔らかい兄は、あっという間にすり減ってしまう。
今求められているのは、鋼の顔面なのだ。どんなに削られても、減ることのない強さなのだ。
それは私の属性であり、役目だった。
私はやはり兄と離れるべきではなかったのだ。
柔の兄と、剛の私。柔と剛には、2種類の組み合わせがある。
1つは外柔内剛。あたりは柔らかくとも芯は固い。だがこれは平和な時の特性だ。
脅威の迫る今は、外剛内柔……外の脅威を剛で防ぎ、その衝撃を柔が消し去る……これこそがふさわしかったのだ。
やはり……私も行くべきだったのだ。組織のトップが、正副共に抜けようとも。
兄は常々言っていた。
『戦いは、終わらせ方を考えてから始めるものだ。この戦い、終わり方はどう考えても2つしかない。お互いを認め合って和平が成立するか、我々が全滅するか……だ』
そこには我々が相手に勝利するという答えはなかった。私は兄に食ってかかった。
『何故私たちが勝つ、と言ってくださらないのですか!』
しかし兄の答えはいつも同じだった。
『物量が違いすぎるんだよ。我々の持つすべてをつぎ込んでも、敵を全滅させることは出来ない。もし出来たとしたら……それは母なる星が死滅する時だ。それでは戦う意味そのものが消えてしまう。間違ってはいけないよ。戦争はあくまでも『手段』に過ぎない。それが『目的』に取って変わられた時、悲劇は起こる。いついかなる時、いかなる場所でもね』
それは、遙か昔……子供の頃から、兄が言い続けてきた言葉。そう、あの時も……ちょうど同じ会話をしていた。我々は地球に勝てるのかと……
『でも……ゲキガンガーは勝ったよ! キョアック星人をやっつけたよ!』
『それは状況がゲキガンガーに味方していたからだ。だからゲキガンガーはキョアック星人に勝てたんだ。けど、僕たちは違うんだよ』
『……どういう事?』
『キョアック星人は、新たな天地をほしがっていた。つまり自分たちが将来住むことになる緑の地球を、出来るだけ壊したくなかったんだ。だから自分たちの持っている戦力を、小出しにしか使えなかった。彼らは最終回……月面の決戦まで、大量の敵で相手を殲滅するって言う方法を使わなかっただろう?』
『……うん、そういえばそうだね、何で?』
『彼らはね、地球側の戦力で自分たちと互角に戦えるのがゲキガンガーだけなのを知っていた。だからゲキガンガーを撃破すれば、地球全部を傷つけるようなことをしなくても、地球側の抵抗の意志を砕ける、そう思ったんだ。逆に言えば、ゲキガンガーある限り、同時に世界中を攻撃しても地球側は抵抗をやめないだろうと、彼らは考えたんだ。そしてその戦いの中で地球を傷つけることは、彼らにとってもタブーだった。勝てる見込みが無いのに士気だけは高い軍勢は、時に予想を超えた無茶な抵抗をすることがある。それこそ死なばもろとも、とばかりに、辺り一面を爆撃するとかね。それじゃ彼らにとっても意味がない』
『ふーん、敵もいろいろ考えてるんだね』
『当たり前だよ。キョアック星人だって目的があって地球を侵略したんだ。自分たちが生き残るために。残念ながら彼らはとうとう地球人の心を砕くことは出来なかったけれどね』
『ゲキガンガーは強いもん!』
『ふふふ、そうだね。戦争は難しいよ。本当に勝つためには、相手の心を砕かなきゃいけないんだ。何も力ずくとは限らない。お互いに理解し合って、戦う気持ちをなくしちゃうことも、立派な勝利だよ。でも人間は僕を含めて、みんなバカだからね。手元に強い武器があると、それだけで自分が偉いと思っちゃう。戦力は、それを統べる意志の、自信の源なんだ。だから戦争で相手の戦力を破壊するのは、相手の心の鎧をうち砕くためなんだよ。戦いに犠牲は付き物だけど、肝心要の大本であるこのことを忘れると、あっという間に戦いの狂気に呑まれて、戦いに狂ってしまう。そうなったら終わりだ。憎しみが憎しみを呼び、手段であった戦争が目的にすり替わってしまう。そうなったら戦いは終わらない。敵も味方も、すべてが壊れて無くなるまで、戦いは止まらなくなってしまうんだ』
『むずかしいよ……』
『ははは、お前にはまだ早かったかな。でも忘れてはいけないよ。人生のすべてにおいて、戦いは手段なんだ。目的じゃない。まあ、ごく例外的に、武道家みたいに戦いを目的にする人もいるけど、そう言う人は求道者であり、己の強さを極めるという目的でやっていることだから、間違えないでね』
『何かよけいにわかんない』
『ははは、ごめんごめん……』
……いかん、つい思い出に囚われてしまった。今はこんな場合ではない。
兄のことに対する対処が大事だ。
兄はおそらく、生きてはいないだろう。もし生きているなら必ず報せがあるはずだ。敵味方を問わず。
だが、死したとも限らない。万が一生きていたとしたら、私が軽率な行動を取れば、貴重なその万が一を潰すことになる。
となると答えは一つ。死したものとして行動を起こしつつ、情報を収集するよりほかはない。
心苦しいが、そして危険だが、『裏』を動かさねばならないだろう。
話を通しておく必要がある。
私はともすれば萎えがちな心を、何とか奮い立たせた。
「地球人達よ……万が一兄が生きていたならば、一片の慈悲を持って事に当たってやろう。だが死していたなら……いかなるものを持ってしても、この私は止められんぞ!」
乾いた、自分でも虚しくなるような宣言を高らかに掲げ、心の鎧にする。
もう、引き返すことは、できない……
我々は、立って、歩いてしまったのだから。
あとがき。
外伝2話です。
微妙にシチュエーションが変わりました。
クラウドさんも参戦です。
今回はハルナ、大人しかったですね。まあ、この先大暴れの予定ですが。
でもサイトウ、ちゃっかり補完されている気が。
今回彼はどうなるでしょう。
そしてラストのおまけ。もちろん『妹』です。
某所のイラストのおかげで、何かイメージが固まってしまいました。
壊れている事が多い中、真っ向上段どシリアス。
まあ兄貴が生きていますし。
実はこのシーン、この先北辰達が史実より早く出現することの伏線になっていたりして。
ちなみにポイントは、兄のことを回想する時、過去形を使っていません、彼女。
本当の回想は別ですが。
つまり、死んだなんて思っていないんですね。
ああ、このラスト部分に、一体何本伏線隠したんだろう。
全部使えるかな……TRPGのマスターやってた癖で、無数に伏線の罠を張り、プレイヤーが引っかかったものだけを使って、後はさらっと無かったことにするって言うのが、私の得意技になっているからな……。
掛け捨て保険ならぬ、掛け捨て伏線。
だからあんまりそれっぽくできないんだけど。
そうそう、今回ハルナが食べていたのは、麻婆豆腐です。
西欧にも豆腐、来てたんですね。それともテアさん?
代理人の感想
・・・・ひょっとしてアリサさんって日本のアニメとか漫画のファン(笑)?
まぁ、それは置いておいて。
舞歌さんがハイパー化(一歩手前)してます(爆)。
その様、例えて言うなら某赤い妹の乗り移ったハマーン様の如し(激爆)。
(「カーラの容貌を持ったインテグラ」でも可)
で、妹をハイパー化させてるお兄ちゃんですが・・・・・のほほんとしてますね(爆)。
のほほんとしたまま敵の作戦あっさりと見破ってるし。
色々な意味でこれからどうなるんだか。
木連に戻った時、舞歌が別の意味で殺気立つような予感もしないではないのですが(核爆)。
追伸
ネームプレートの「東 八雲」が銃弾で「● ●雲」になったので「クラウド」なんでしょうか(笑)?