再び・時の流れに。

 外伝/漆黒の戦神



 第三章 『戦神加速』



 「次に、第10〜第13大隊近辺の報告をいたします」

 報告会議に出るのは、いつも憂鬱だった。
 一度も会ったことすらない人の命を、ほんの一言二言の言葉ですり減らしていく行為。
 身近な人間の命を守りたい……そう思い続けて半世紀、いつしか私の『身近』は、西欧全域にまで広がってしまった。
 私はグラシス・ファー・ハーテッド。
 人は私のことを、連合軍西欧方面総司令官と呼ぶ。



 だがここのところ、この会議に出るのが憂鬱ではなくなってきていた。
 きわめて不謹慎なことであるが、心が躍ることすらある。
 極東の協力者……いわば義勇軍の一兵士が複雑な事情を経て、大企業ネルガルの支援の元に派遣されてきた。
 そしてその一兵士は……ただの1人で、この戦局を塗り替えつつある。
 そう、このように。



 「第13大隊が敵襲2回を撃破、また近隣の民間施設の護衛を3度成功させました。このため敵戦力が第13大隊側に集結。この隙をついて第10〜第12大隊が背後から急襲、いくばかの戦果を挙げました」

 「いくばか、かね?」

 参謀の1人から質問が出る。

 「ここ数回気にはなっているのだが、第13大隊の戦果が、他の周辺部隊に比べて高すぎる。敵情勢の変化を見る限り別段虚偽の報告ではないようだが、この落差はあまりにも激しくないかね?」

 「たしかにな。何か聞いてはおらんかね」

 「はっ、私が少々。何でも第13大隊……実は実質的に中隊規模なのだそうですが、現在この部隊では、ネルガルの開発した新型のエステバリスや武装の実戦試験が行われているそうです。現地からの報告書によると、この新型兵器をはじめとする新製品は、威力は抜群なれど扱いがきわめて困難であり、今の所ここのテストパイロットをはじめとする限られた人間にしか扱えないものらしいです。このシステムを汎用化させることに成功すれば、地球から木星蜥蜴を一掃することも可能、とのことですが」

 確かに、すさまじい戦果だ。私も何故ナデシコがあの火星から帰ってこれたのか、今になって理解出来たほどだ。

 テンカワ アキト。漆黒の戦鬼の二つ名を送られたエステバリスライダー。
 そして、テンカワ ハルナ。
 マシンチャイルドと言うことを考慮して表立った文書には出てこないが、孫娘達の手紙を見る限りでは、ナデシコの戦闘力の秘密は、ここにあるのではないかといっていた。
 だが、これは秘匿せねばならんじゃろうな。
 もしこの事実が明らかになったら……せっかく中止されたはずのこの研究が、戦時の名の下に復活しかねん。

 ……どうせネルガルやクリムゾンなどの大企業は、こっそりと研究を継続しているのであろうから、あまり意味はないのかも知れんが、それでもやはり公に人体改造が認められるのは問題だ。

 おっと、なにやら騒がしくなっておるぞ。



 「第13大隊は、実質中隊規模でこれだけの戦果をあげているだと!」

 「その新兵器とはそこまで凄いものなのか!」

 「あのネルガルに頭を下げるのは業腹だが、命と戦果には代えられん。本格的な導入を検討しないと」

 「ですが残念ながら、先ほども報告した通り、その兵器を扱える人は今現在現地でテストをしているパイロット1人なのだそうで。こちらも当然打診しましたが、今のままではエースパイロット専用、それもかなり改良した上でのことにしかならず、ネルガル側でも現状では商品にならないと言っています。技術そのものは応用が利くので、開発及び実験は続けるそうですが」

 「なんと……」

 「しかし……これだけの戦闘力を、一点に集中しておくのももったいないですな」

 「実質ただ一機のエステバリスが、ただでさえ巨大な戦果の、実に大半をあげただと? 信じられん話だが、事実は事実。認めようじゃないか」

 「西部方面統括司令、うちの東部方面軍にも噂のテストパイロットをレンタルしてくれんものかな」

 「おい東部の、それはずるいぞ! 南部も今苦しいんだ!」

 「それを言ったら北部もキツいんだ!」

 「バカを言うな! うちだってこれでやっとだぞ!」

 ……見苦しい。確かに『彼』は我々のような立場のものにとって、この上なく魅力的なものに映るがな。

 彼が来る前、極東地区で起きた混乱というものが、何となく分かる気がした。
 けど、ここで彼らの負荷を減らしておかないと、不埒なことを考える輩が出そうだな。
 将校の中にも、企業と結んで不正を働いている輩がおるのは、薄々とであるが感じている。

 「諸君、静かにしたまえ」

 私は意図的に声を高めて皆に言った。

 「確かに現在の第13大隊の戦力の突出は気になるかも知れん。だが情勢は今まだその戦力を要求している。今年の麦を刈り取る前から来年の収穫量を比べるような真似は慎みたまえ」

 さすがに静かになったか。さて、ここからが問題だ。

 「だがこのままで行けば、後1ヶ月もしないうちに、かの地区の負担は大幅に減ると予測される。そうなった時に彼らのような高練度の部隊を遊ばせておくのはもったいなかろう。また、かの部隊はきわめて結束が強く、バラバラにしてしまうにはあまりにも惜しいという報告もある。そこでだ。元々13大隊は今持って万全な補給が届かず、ネルガルや一部の地元民達による善意の供出でやりくりしているという。で、いっそのこと私は、第13大隊を廃用しようと思う」

 「何ですって!」

 まあ、驚くであろうな。
 そうやって関心を集めたところで、おもむろに言う。

 「そして浮いた人材を、新たに独立中隊として編成し直す。部隊は管区や指揮範囲に囚われない遊撃部隊とし、苦戦している部分や大規模作戦を敢行する際などに、場所を問わず振り分けられる。どうかな、この案は」

 「それなら……」

 参謀や方面軍司令官の間にも期待の表情が浮かび上がる。
 そしてこの提案は、時期を待って実行することが決まった。



 しかし、テンカワ アキト、それにテンカワ ハルナか……一度会ってみたいものだな。
 よし、息子達のお礼もあるし、孫にでも頼んでみるか。







 >SHUN

 ここのところうちの部隊は忙しい。アリサ君が加わって部隊に厚みが出たのはいいんだが、同時にだいぶ敵の目を引いたようで今までの倍以上のペースで敵が襲ってくる。
 ハルナ君とクラウド君の意見は一致していて、後一週間持ちこたえれば、しばらくこの辺は平穏になるだろうとのこと。あくまでも予測だが、テンカワがチューリップを破壊しまくっているせいで、この辺に敵が兵力を送れなくなるらしい。
 今日もみんなは出動し、先ほど無事に帰還した。チューリップ6、戦艦12、無人兵器2000近くの大部隊。以前なら絶望どころかさっさとケツを巻いて逃げ出している数の敵だ。途中に街や民間の施設があっても、守るなど不可能と言ってもいい。

 ところが今ではどうだ。

 攻撃の切り札、テンカワアキト。彼の持つ剣は難攻不落のチューリップや戦艦を、エステバリスで撃破してしまう。そしてテンカワハルナのオペレーション能力とクラウドの作戦立案能力が組み合わさった時、僅か7機のエステバリスが2000もの敵を粉砕することを可能とする。フィリップ、サコン、アッシュ、シュラフ、オリファー、ベン、そして……アリサ。
 連日の戦闘と、テンカワによる訓練、ハルナ君のカスタマイズとレイナ君の整備、そしてクラウドの部隊戦術。これらすべてが組み合わさり、彼らはアリサも含めて奇跡のような上達をしていた。単機での技術はやはりアリサが1番だが、フィリップ達は3機1組のフォーメーションによって単独の10倍以上の戦闘力をたたき出す。さらにアリサ−フィリップ隊−シュラフ隊の3単位によるフォーメーションが決まれば、冗談ではなくその戦闘力は一騎当千と化す。変幻自在融通無碍の戦いっぷりに、敵AIの思考が追いつかなくなるのだ。
 先の戦いでもまずアリサ達がやや先行、敵無人兵器を切り崩して戦線に穴を開け、それを敵がふさごうとしたところにテンカワの必殺技が炸裂、一気に敵陣を切り裂いてテンカワはチューリップにとりつく。敵はテンカワの急襲で崩れた戦線を立て直そうとするが、アリサ達はそこを狙いすまして攻撃する。敵無人兵器群は混乱に混乱を重ね、ついに敵は戦線を維持出来なくなった。こうなればいくら数がいようと有象無象である。連携を欠いた敵はハルナ君のオペレートに導かれ、効率よく抹殺されていった。

 結果は敵全滅、味方の被害0。できすぎである。

 クラウドの描いた絵図が、またぴたりと決まった。

 思えばこのクラウドもとんだ拾い物である。現地徴用の私的参謀として俺の部下になったが、その作戦立案能力は俺やカズシを遙かに上回る。戦況の2手3手先を読み、部隊の特性をきっちり把握して、適材適所の見本のような配置を行う。
 味方だからいいが、敵には絶対に回したくない人材である。ある意味「知恵のテンカワ」と言えるかも知れない。
 まあそれとて、ハルナ君のバックアップがなければ完全な実行はむずかしいし、部隊練度の低い兵では、そもそも彼の作戦を実行することすらおぼつかない。
 まあ、その時にはもっと平易な作戦を立てるのだろうが。

 とにかく今俺は実感していた。

 現在の第13大隊は、おそらく西欧方面軍最強の部隊になっていると。
 そしてそれを上が、黙って見てはいないと言うことを。






 >SARA

 今日はクラウドさんのお引っ越しです。例の日の後、本当はすぐに引っ越す予定だったそうですが、あの日より敵の攻撃が激しくなってきて、ゆっくりと引っ越しをしている暇が取れなかったのです。
 その間、彼は通いの軍人になっていました。
 お手伝いに来たのは基地の民間人ご一行と私です。アリサは待機番に入っていたためこちらには来られません。悪いけど……チャンスですね。
 車を運転しているのはハルナさん。なんとアキトさんは車の免許を持っていないそうです。
 正確には火星での免許は持っているのですが、なんとこれがIFS限定免許。あちらではこれ一枚で車から大型重機まで運転出来たそうなのでかえって便利だったそうですが、地球にはIFSで動かす車は普通ありません。
 ハルナさんは年齢のサバを読んでちゃんと地球の免許を取得したと言っていますが……それもちょっとヤバい気がします。ただ、運転そのものはとってもお上手で、担当の係員がごまかされたとしても分かる気がします。
 車は荷物が積めるという事で基地のトラックを借りました。私、アキトさん、ハルナさん、レイナさんの4人が乗るとかなりキツいのですが、大した距離ではありませんから我慢はできます。
 アキトさんと『密着』できますし。

 やがて車は故郷の街に着きました。あちこちで復旧の音が鳴り響いています。
 ちょっと嬉しくなってしまいました。
 そして車は『テア食料品店』と名付けられた、倉庫のような建物の前で止まります。ここは文字通り倉庫なのですが、中二階に当たるところに程良い広さのベッドルームがあったので、クラウドさんはそこで寝泊まりをしていたのです。
 さて、お引っ越しなんですが……一つ疑問です。
 元々拾われたクラウドさんに、運ぶ荷物なぞあるのでしょうか。
 家具の類は宿舎に揃っています。
 着替えも官給品があります。私服を持っていったところで、たかが知れています。
 しかしクラウドさんは、確かに『大きな車で来てくれ』と言いました。
 まあ、運び出す段になれば分かるでしょう。



 「いらっしゃい、みなさん」

 「あ、お兄ちゃん、いらっしゃい!」

 倉庫の前で、二人のレディが私たちを出迎えてくれました。
 年上の落ち着いた美人の女性はミリアさん。ここからちょっと離れた小売りの店では看板娘です。小さい女の子はメティちゃん。本名はメティスだけど、地元の人はみんなメティちゃんって呼ぶ。くるくる変わる表情のかわいい、元気な子。
 ただ……やたらアキトさんになついているんですよね。
 子供受けするんでしょうか、アキトさん。
 今もアキトさんに抱きかかえられています。ミリアさんがたしなめていますが、全然聞きません。

 「ほら、アキトさんに迷惑掛けちゃダメよ」

 「ふーんだ、迷惑じゃないも〜ん。あたしが大きくなったら、アキトとメティは『ふうふ』になるんだも〜ん」

 「まあっ、この子ったら……ごめんなさいね、アキトさん」

 「いや……子供の言うことだから……あいてててっ!」

 「子供じゃないもん!」

 あ〜あ、ほっぺたをつねられています。甘いですよ、アキトさん。10才の女の子は、もう子供じゃありません!

 ……おっと、いけません。今日はあくまでもお引っ越しの手伝いに来たのですから、冷静に、冷静に……。

 「やあ、ご苦労様。すみませんね、わがままを言ったせいで」

 そこへ時の氏神が登場です。相変わらずのほほんとしていますね、クラウドさん。

 「いえ、いいですけど、荷物というのは?」

 「そうそう、何でわざわざトラックで?」

 アキトさんとレイナさんが挨拶をしています。
 クラウドさんはちょっと照れくさそうに、みんなを部屋の中に招きました。



 納得しました。
 これは……トラックがいります。
 部屋はうずたかく積み上げられた本で埋まっていました。
 一体どうやって手に入れたのかと思うくらい。
 聞いてみると、ミリアさんが教えてくれました。

 「半分は父の蔵書です。ああ見えて父は意外と読書家なんですよ。ただ、ネットの文章は読んでいる気がしないって言って見向きもしないんですけど。残りの半分は、この間の襲撃の時に行き場を失った本なんです。引き取り手のいない本を、こつこつと集めてきたものです」

 「はあ〜っ、凄いね……」

 ハルナさんが感心したように見ています。

 「ジャンルはバラバラだけど、珍しい本がいっぱいある。それに……何かずいぶん正日本語の本が多いね。英語圏のど真ん中なのに。よっぽど好きなんだね、クラウドさん」

 「うん……本を見ていると落ち着くんだ。で、あっという間にこの有様。それに、日本語の本のほうがなんだか読みやすいんだ。やっぱり日本系なのかな」

 この飽くなき知的好奇心が、あのすばらしい作戦の源なのでしょうか。
 そして私たちは、手分けして本の山をトラックに積み込みました。



 積み込みが終わったのはお昼時。
 ミリアさんが心づくしの手料理を振る舞ってくれました。
 ハルナさんは足りないらしく、しきりにいつも口にしているスナック菓子をつまんでいましたが。

 「ねえお姉ちゃん、それ何?」

 珍しいのか、メティちゃんが聞いています。

 「これ? ウメェ棒って言って、極東の伝統的なお菓子。だけどね、これは特別製で、あたし向けに調節してあるから、メティちゃんにはあげられないの」

 「え〜、どうして〜」

 さすがにメティちゃん、ふくれています。でもハルナさん、そう言う意地悪はしない人ですから、何か訳があるのでしょう。

 「これね、1本で12000キロカロリーあるの。メティちゃんが毎日食べてるご飯の一週間分くらいかな? だからメティちゃんがこれ食べると……太るよ」

 「え〜っ! じゃあいらない!」

 現金ですね、子供って。でも……12000キロカロリーですか? 大人の3日分はありますよ。まあ、あれだけのご飯を毎日食べているハルナさんには、そのくらい栄養がないと持たないんでしょうけど。

 「今度普通のやつを持ってきてあげるから、それまで我慢してね」

 「うん」

 仲いいですね、お二人とも。

 「それじゃぼちぼち行きますか」

 さて、基地に戻りましょう。



 基地では手の空いている人総出でお手伝い。あっという間に終わってしまいました。
 アキトさんはそのまま食堂に直行です。
 私たちもついでに食堂に行きました。

 「おっ、やっと帰ってきたか!」

 「やっぱあんたの飯を食い慣れちまうと、ダメだわこりゃ。当番の奴の飯がまずくてくえねえ」

 「一気に行ってもいいか!」

 ……みなさん、ご飯食べずに待っていたのでしょうか。

 あ、アキトさんが真っ赤になって照れています。

 「悪かったな。今すぐ作る」

 そして厨房は大忙し。ハルナさんがいつの間にかエプロンをつけて注文を捌いています。

 「ラーメン2つにカツサンド12、チャーハンが8にカレーが15、カレーはあたしが盛っておくね。後ハンバーグ7枚とコーヒー45! ま、こっちは一気にやるか!」

 「了解!」

 そして厨房の中では鍋が踊り、油の中でフライがぴちぴちと音を立てて跳ねます。
 あれだけの注文を、実に手際よく捌いていくテンカワさんは、とっても生き生きしていました。

 ……戦いの、さなかよりも。



 嵐のような時間が過ぎると、食堂に残っているのはあたしとレイナさんとクラウドさん、そして厨房で後片づけをしているアキトさんとハルナさんだけになってしまいました。
 みんな休暇を取っているので、敵襲がない限り暇なんですね。

 「そうそう、テンカワさんやレイナさんは東洋系……それも日系でしたよね」

 「俺は火星だけど」

 「あたしは純粋な日系じゃないけど」

 あ、クラウドさんがこけています。珍しいですね。

 「それがどうかしたんですか?」

 私が聞くと、クラウドさんは何かを荷物から取り出しました。
 ネームプレートみたいですが、割れています。
 表面には東洋系の文字……漢字というのですか? それが書かれていました。
 私には読めませんけど。

 「取りあえず、これからとって名前を『クラウド』にしたんですけど」

 そのかけらには『雲』と書いてありました。これは『漢字』ですね。東洋方面語は会話用の簡易日本語なら何とか分かりますけど、正日本語までは読めません。何で日本や東洋の人はあの『漢字』とか言うむずかしい文字を使いこなせるのでしょうか。あっちの人は『英単語』などという『呪文』など覚えきれないと言いますけど、漢字のほうがよっぽど複雑です。

 「で、それがどうかしたの?」

 レイナさんが不思議そうに聞きます。

 「記憶のないクラウドさんの名前がそこからとられたのは分かったけど」

 「いえ、今度こちらに越して来るに当たって、正式に書類を作らないといけないんですけど、姓をどうしようかと。テアさんの名前を使うのは、僕が何者かに襲われていることを考慮すると、避けた方がいいでしょうから」

 なるほど、そう言うわけでしたか。

 「で、実はこういう物があるんです」

 そう言ってクラウドさんが出したのは、さっきのプレートの残りでした。
 『東』という文字が書かれています。なんと読むのでしょうか。

 「そのまま読めばイーストですが、何となくそのまま使うのは気に入らなくて。もう一捻りしておいた方がいいような気がするんです。何かないですかね」

 「うーん……」

 「うーん……」

 あ、アキトさんもレイナさんも考え込んでしまいました。でも何故クラウドさん、そのままイーストといわないんでしょう。頭のいい人の考えることはよく分かりません。
 そうするとハルナさんが言いました。

 「そだ。くっつけちゃったら?」

 「くっつけると言いますと?」

 聞き返すクラウドさんに、ハルナさんは言います。

 「ほら、東と雲でしょ。くっつけると東雲……『しののめ』って読むから。何となく語呂もいいし」

 むずかしいですね……正日本語。
 けどクラウドさんは気に入ったようでした。

 「クラウド・シノノメ、か……。いい響きですね、それにしておきましょう」

 あら、気に入ってしまいました。傍らに取り出した書類に、簡易日本語で『クラウド・シノノメ』と名前を記入しています。その脇に今度は英語で『Cloud Sinonome』と書き込んでいます。

 「うん、この名前は気に入ったぞ。クラウド・イーストだとどうもしっくり来なかったんです。ハルナさん、どうも」

 「いえ……別に……」

 あ、珍しい。ハルナさんが一歩引いています。
 何事にも積極的な人なのに。さすがにクラウドさんには付き合いきれないのでしょうか。



 そしてその日は、敵襲もなく一日が終わりました。
 こんな日もあるんですね。
 アキトさんも、ハルナさんも、レイナさんも、クラウドさんも、みんなが戦いなどなかったかのような日を過ごす……。
 アリサが「ずる〜い、私だけ仲間はずれ〜」とむくれていましたけど。
 でもアキトさん、なんだかいつもより機嫌が良さそうでした。
 やはりあなたほどの人でも、戦いはお嫌なのでしょうか。

 「そうそう、お祖父様に手紙を書かないと」

 おっと、忘れるところでした。こんな大事なことを知らせないのは申し訳ありません。
 端末を立ち上げると……メールですか? 誰でしよう……あ、お祖父様ですね。
 私宛ということは私信でしよう。えーと……。
 はい、分かりました。アリサとも相談しましょう。しかしそうすると……今度はアリサに譲らないと、アリサにも基地のみんなにも悪いですね。
 今日一日いい思いをしたから、事前のエスコートは譲ってあげます。私はお祖父様を案内して、お父様のお見舞いのほうを担当しましょう。
 不謹慎ですけど、こうなると敵の最終攻撃が待ち遠しいですね。司令もクラウドさんも、あと一回大規模な攻撃があれば、一月くらいは敵の動きが止まると断言していました。敵はチューリップを拠点として増援を呼び出しますが、肝心のチューリップがこのあたりからほぼ掃討されてしまうらしいのです。
 そうすれば一時的とはいえ、周り中の人々が一息つけます。
 嬉しいですね。



 そしてその敵の総攻撃は……翌日やってきました。







 >SHUN

 敵が動いた。
 チューリップ8、戦艦40、無人兵器約2500、しかもチューリップからぞろぞろと増援が出現中。
 さすがにこれは俺たちだけでは無理だった。近隣の第10大隊から第12大隊までに増援要請を出す。
 幸いそれだけではなく、中央から戦艦が4隻来てくれることになった。
 噂のナデシコ級とまでは行かないが、かなりの戦力になる。
 これなら五分に持っていけると俺は踏んだのだが、何故かハルナ君とクラウドの顔は曇っている。

 「どうした?」

 勝てないのか? と聞いた俺に、ハルナ君が上目遣いにこちらをみた。
 年頃で美人でグラマーなのに、何故か全然色気を感じない目つきである。

 「100%勝てるよ。クラウドさんと相談した結果」

 「ただ、どうしても一つだけまずいことがありまして……」

 はて、どういう事だ?
 するとハルナ君が、今度はずいぶんいたずらっぽい目つきになっていった。

 「戦艦4隻、落としちゃまずいですか? 全部残すとなると勝率が5%なんですけど」

 ……なんじゃそりゃ。

 「まあ、最終的な決断はおまかせします。要するに、戦艦持ってきても、チューリップを落とさなきゃ話にならないし、チューリップを落とせるのがお兄ちゃんと戦艦しかいないっていうのが問題なんですよね。せめて雑魚が1500までなら何とかなったんだけど、今のペースだと作戦開始時にはバッタ達たぶん4000越しますから。そうなったらこの辺のエステやら戦闘機やら全部集めてきても戦艦が守りきれないんですよ。だから戦艦が落ちるのは覚悟の上の戦闘しか出来ないんです」

 「残念ながら戦力や周辺部隊の練度を考慮に入れても、こちらが勝つためには戦艦4隻、落とす覚悟がいります。あるいはテンカワさんを落とすかのどちらかですね」

 ……なんてこった。敵さんも本気って言うわけか。

 「後ね、これは忠告。応援の大隊の人達に、こちらの指揮下にはいるようによく言い聞かせてね。無視したらその隊の安全は保証出来ないよ。無視しなけりゃ何とか命だけは助けられると思うから」

 ハルナ君……大した自信だな。

 「分かった。努力はしよう。今の予定だと作戦開始はこの後1200になるが大丈夫か」

 俺がそう言うと、二人は力強くうなずいた。

 「まっかせてっ」

 「努力します」

 やれやれ、この作戦、どう転ぶかな。







 >ALISA

 いよいよ、作戦開始の時間になりました。
 今回の私の任務は大任です。
 援軍その他のエステバリス隊は、私を要として行動するというのです。
 今回の作戦内容を聞いた時、私はとんでもなく驚きました。
 戦艦4隻でアキトさんを囲んで中央突破。エステバリス隊がその後ろから敵無人兵器群を撃破というのです。戦車や戦闘機は、部隊進行に合わせて移動するエネルギーフィールド発生装置を護衛。戦艦が完全に囮になっています。

 「まあ、戦艦は落ちるだろうな。だがそうしなきゃ勝てる見込みが全くないと来た。うちの参謀とオペレーターが揃ってそう言いやがるんでな。俺はもうちょっといけると思っていたんだが……」

 司令もちょっと不機嫌そうにそう言いました。私も実は同意見なんですけど……何故あのお二人はそう言いきったのでしょう。
 まあ今は、目の前の敵を撃破するだけです。
 時間が来ました。

 「テンカワ機、出ます!」

 私の隣の黒いエステバリスが、その身を宙に躍らせていきました。
 少し間をおいて、今度は私が宙へ飛び立ちます。
 私をエスコートするように、部隊のみなさんのエステバリスが後に続きます。
 合流地点には、大きな連合軍の戦艦が4隻、そして護衛部隊と、周辺の大隊の方のエステバリスが約40機。
 ちょっとした部隊ですが、敵は4桁です。本当に勝てるんでしょうか。
 しかしそうもいっていられません。敵が動きました。
 作戦通り、戦艦4隻がアキトさんを中心に、敵の大群に突っ込んでいきます。
 私は取りあえずライフルを構えます。愛用のフィールドランサーも背中にマウントされています。
 エネルギーフィールドもよし。
 さあ、戦いです。
 でも、さすがは司令ですね。よく戦艦の艦長さん達を説得出来たと思います。
 これも人徳でしょうか。







 >SHUN

 「おい、本気か? ばれたら軍法会議どころか即銃殺もあり得るぞ」

 「大丈夫。司令さえ黙っていてくれたら、絶対ばれないから」

 俺はその時、つくづくナデシコだけは敵に回したくないと、心底思った。
 いくらこちらが必勝の策を立てていたとしても、戦艦の艦長達が絶対納得しないと、俺は彼女とクラウドに忠告した。クラウドはそれを聞いて納得していたのだが、彼女は自信を持って言い切った。

 「心配ご無用。戦艦はこっちの指示通りに動いてくれるよ。出だしさえしくじらなきゃね」

 そしてどうやってそうするんだと聞いた俺は、心底後悔した。
 聞かなきゃよかったと。
 彼女は俺に、何でもいいから取りあえず戦艦を突っ込ませてくれと言った。そして俺は、何とかその通りに艦長達を誘導した。
 だが……心臓に悪いぞ。
 敵の攻撃のせいにして、どさくさ紛れに戦艦のコントロールをこちらから乗っ取ってしまうだなんて。

 「極端な話、戦艦は浮いて弾を撃ってりゃいいんだもん。乗組員なしでも何とかなるよ」

 ……無茶苦茶だ。ばれたら間違いなく身の破滅だ。

 だが彼女は言った。戦闘開始後3分で覚悟か決まると。
 そして3分後。
 本当に覚悟が決まってしまった。

 「て、敵のフィールドが強化されている模様!」

 「第一護衛部隊、全滅!」

 「第三護衛部隊、戦闘能力維持不能!」

 戦艦直属の護衛隊が、接敵と同時に、瞬時とも言える時間のうちに落とされてしまった。
 敵無人兵器の強さが桁違いであった。フィールドが強化されており、こちらの攻撃の大半が跳ね返される。また、ある程度個別に突っ込んできたバッタ達が、綺麗なフォーメーションアタックを仕掛けてくる。
 練度が桁違いと言ってよかった。

 「……どういう、事だ」

 驚きつつも俺が言うと、優秀すぎる参謀と無謀なオペレーターは、口をそろえて言った。

 「やはり……悪い予測が当たりましたね」

 「今度の敵の増援……極東から回ってきてるよ」

 俺はカズシと顔を見合わせていった。

 「「ナデシコと戦っていた奴らか!」」

 綺麗にハモってしまう。

 「ええ、ハルナさんから説明は受けていましたが、この状況で敵に増援があるとすれば、おそらく極東の部隊の一部が回ってくる可能性が高かったのです」

 「無人兵器は個別に学習をするけど、部隊が統合されると、それに合わせて戦術を変えてくるからね。前回の戦いあたりから、今までの攻撃重視型から防御重視型に行動基準を変えてくる奴らがいたから、そろそろだとは踏んでいたんだけど、大当たりだったね。だから言ったんだよ。戦艦潰さないと勝てないって。はっきり言って、まともに戦えるのはうちの部隊だけだよ。援軍連中は、私とクラウドさんがアシストしても、どこまでついてこれるか……何しろ今の奴らは、あのナデシコ相手に戦った戦闘データを元にしているから。お兄ちゃんはともかく、ただの兵隊さんにはキツいよ」

 なんて奴らだ。
 敵の動きを、ぴったりと読んでいる。
 俺の出番は、終わったのかな……。
 そう思っていたら、いきなりハルナ君に言われてしまった。

 「司令、あたし達にできるのはここまでだよ。もうすぐ増援の連中がパニックを起こすと思う。けど、あたしやクラウドさんじゃ、それをなだめるなんてできない。あたし達を信じて戦ってくれれば、絶対に死なせはしないんだけど、みんながそれを信じてくれるかは、司令にかかっているんだ。所詮あたし達は、ただの民間人と現地徴用の助っ人なんだ。司令が仕切ってくんないと、何にもできないんだから」

 「隊長……」

 カズシも俺のことをじっとみる。

 「俺たちは俺たちにできることをやりましょう。男の嫉妬は醜いですよ」

 そうだな。俺の仕事は、この危ない奴らをうまく使うことだ。はっきり言ってこんな危ない小娘や参謀、その辺のぼんくら上司に任せておいたら危険すぎる。今の軍で彼らを使いこなせる器量があるのは、グラシス中将と、義父殿……ガトル大将くらいのもんだろう。
 そしてある意味、悪夢とも言える光景が、俺の目の前で始まった。







 >ALISA

 ……強いっ!

 いつものようにバッタ達に対峙して感じたのは、この一言でした。
 今までのバッタ達とは桁が違います。
 フィールドはライフル弾をはじき返し、回避も的確です。
 ふと、以前ハルナさんが、「この辺の無人兵器はヌルい」と言っていたのを思いだしてしまいました。
 確かに、目の前の敵と比べたら、昨日までの敵は子供同然です。
 しかし、こっちだって負けてはいません!

 「みなさん! 行きますよ! フォーメーションはラピッドストリーム!」

 「「「「「「了解!!」」」」」」

 7機のエステバリスが一体となって、雪崩のように敵に襲いかかります。さしものバッタ達も、耐えきれずに次々と落ちていきます。
 しかし、増援のみなさんはそう巧くは行っていないようでした。
 私たちでも手強いと感じる敵に、完全に翻弄されています。
 このままでは前を走る戦艦を援護出来ません。
 その時、オオサキ司令の力強い声が、我々の、そしておそらくはみなさんのエステに届きました。

 「落ち着け! 今ここで取り乱したら、みすみす命を落とすだけだ! 続け! 第13大隊の精鋭が、君たちを導く! それに続け!」

 ……何というか、ずん、とおなかに堪える、迫力のある言葉でした。

 みなさんのエステに、落ち着きが戻っています。
 そこにハルナさんからのサポートが入りました。

 「なるほど……ドリルトップですね」

 我々がドリルの先端となって敵に穴を穿ち、増援のみなさんがそれを押し広げていく戦術です。先端の負担はかなり重たいのですが、その分周辺は楽ができます。
 元々は私が先端となり、ほかのみなさんがサポートをしてくださった戦術です。
 それを拡大してやるわけですね。
 さて、行きますか。
 白銀の戦乙女の力、見せてさし上げましょう!







 >SHUN

 「おっしゃ! 航法プログラム、ハッキング成功!」

 あーあ、ついにやっちまったか。
 俺の目の前では、ハルナ君が全身を光らせながらコンソールに向かっている。口には例のスナックバーをくわえたまま。
 彼女の手の届くところに、そのスナックが山のように積まれている。
 そしてそれは、俺の目の前でみるまに減っていった。

 「これでいけるよ、この戦い。なんて言うか、予想外にお兄ちゃんが頑張っているんで、戦艦、持つかもね」

 実際、大した物だ。4隻の戦艦を巧みに遮蔽物として使い、襲い来る無人兵器群を、DFSとライフルで無造作に落としていく。強化されているはずのフィールドを正確な三点射撃で貫き、近づく敵はすべて白い刃の元に叩き伏せられる。
 恐ろしいことに、テンカワの射撃には、無駄玉という物が全くなかった。
 俺は戦艦のことはテンカワに任せ、エステバリス隊と地上のサポート部隊の動きに注目した。

 「第7戦車隊! 第4フィールド車の前進に合わせて進撃! 第8は第3を援護! 航空機隊は今のうちに入れ替えを!」

 矢継ぎ早の指示がハルナ君の元に飛ぶ。彼女は同時にカズシやクラウドから入る指示まで受け取り、それを指揮板に投影すると同時に、サラ君をはじめとする通信士たちに指示を振り分けていく。一部は自分で通信をつなげている。顔が光るから身内のみだが。
 全員が八面六臂の活動をしていた。
 やがて戦局に少しずつ変化が現れた。
 無人兵器群に完全に包囲されていた自軍が、その包囲を食い破り始めたのだ。林檎の皮をむくように、包囲網が切り裂かれていく。
 その先頭に立つのは、白銀のエステバリス。
 無傷とは言えず、満身創痍だが、手にしたフィールドランサーの光は鈍っていない。
 そして4隻の戦艦を従えた黒騎士が、ついに防衛網を突破して戦艦群にとりついた。

 「翼よ! 広がりて敵を裂け!
 飛べ、
飛竜双翼斬!

 両の手に握られた2本のDFSから、巨大な刃が伸びる。それが交差するように振られた瞬間、二つの巨大な刃が戦艦の群れに飛びかかっていった。
 刃は片っ端から戦艦のフィールドを破壊していく。
 そしてその隙を逃すほど、こちらの戦艦も甘くない。
 生き残っている攻撃能力を総動員して、裸になった戦艦に攻撃を加えていく。こちらも2隻の戦艦が耐えきれずに轟沈したが、敵戦艦は全滅した。
 残るはチューリップ8つ。
 そこにテンカワから通信が入った。

 「さすがに機体が持ちそうにない。落とせる限りのチューリップは叩き落とす。残りは……任せた」

 ハルナ君がそれを何気なく味方全員に中継する。
 あの、漆黒の戦鬼が自分たちを頼る。
 味方の士気が一気に上がった。
 そして全軍の注目する中、テンカワの機体はあの赤光を纏い始めた。
 その光が、突き出された剣の前で漆黒に染まる。

 「持ってくれよ……さすがに苦しいからな……闇よ、神すら斬る、その力を見せよ!
 奥義、
疾風虎狼撃!!!

 テンカワの機体は、すさまじい速度でチューリップに突っ込んでいく。そのままフィールドを食い破り、チューリップそのものに体当たりをする。
 チューリップは紙のように裂けていった。
 そしてテンカワは止まらない。2つ、3つ……
 そして6つ目を突き抜けた時、光は消え、機体はバランスを崩して地上に落下していった。
 同時に入る通信。

 「心配するな、俺は無傷だ。後は頼む」

 歓声と共に、形勢が一気に逆転した。
 生き残っていた味方が、一斉に残りの敵に襲いかかる。
 そして今回、第13大隊所属のエステバリス隊は、ついにチューリップの撃破に成功した。アリサ君が捨て身で突き刺したフィールドランサーに向けて、残りの全員が一点集中射撃を仕掛ける。そしてついにチューリップのフィールドに穴があいた。
 こうなればこっちのものだ。チューリップ表面にとりついたエステバリスは、イミディエットナイフ片手に、チューリップの表面に攻撃を掛けまくった。
 いくらチューリップといえど、フィールドを破られれば破壊される。
 残る1つも、戦艦が2隻掛かりで何とか撃破した。
 闇の帳が落ちる頃、俺たちは確実な『勝利』の2文字を掴んだのだ。







 ……勝ったのはよかったが、後始末が大変だった。

 ハルナ君のハッキングのことではない。
 あれは彼女自身が言った通り完璧だった。現場でも『敵の攻撃により航法システムに異常発生。操艦不能になるも戦い続け、漆黒の戦鬼の加護もあってその任を果たす』という、なかなか感動的なシナリオが出来上がっていた。

 ……ほっとしたのは事実だが。

 だが問題は俺たち自身のことであった。
 悪く言えば、有名になりすぎた、と言うか。
 俺も最強部隊になっていたか、とは思っていた。
 だがまさか他の部隊との間にこれほどまでに開きがでていたとは想像もしていなかった。
 こうなった部隊の使い道は二つに一つ。バラバラにしてほかの部隊の底上げに使うか、完全な特殊部隊にするか……だ。
 突出した能力を持つ集団は、扱いにくいのだ。特に今日のような集団戦になるとそれがはっきりする。今回はクラウドの作戦やハルナ君のいたずらのおかげで、うちの部隊がちょうど教導部隊のようにほかのグループを引っ張れたから何とかなったが、次もこううまく行くとは思えない、と言うか上が放っておかないことは間違いない。
 幸い、俺たちの部隊には休暇が与えられた。実際は上が処分というか処遇を決めるまでの時間稼ぎだろう。
 そんなときに、サラ君とアリサ君からある申請が上がってきた。

 「そうか……今度の日曜に、グラシス中将が」

 「ええ、私的に会いたいと。そういうわけですから、テンカワさん達を連れ出しますので」

 ちなみに俺にそれを押しとどめるような権限はない。ましてや会いたがっているのは遥か上だ。サラ君達もいわば『筋を通しに来た』だけである。
 だが、ついでにおまけを頼むくらいはいいだろう。

 「そういうことなら、ちょっとおねだりをしていてくれると嬉しいんだがな」

 「何ですか?」

 アリサ君が聞いてくる。俺はその『おねだり』を口にした。
 何、たいしたことじゃあない。できれば俺たちをバラバラにしないでくれと依頼しただけだ。
 別段俺は優秀な部下が惜しいんじゃあない。こいつらはあまりにも使い方がむずかしいのだ。一歩間違えれば自分自身を吹き飛ばす爆弾みたいな奴らが勢揃いしている。はっきり言って政治的な思惑でこいつらを扱ったら、悲劇は目に見えている。
 たとえ飼い殺しの目に遭おうとも、こいつらから目を離すことはできない。
 俺はそう決意していた。そのことをグラシス中将の耳に入れてくれと頼んだのだ。
 もっともアリサ君の答えは、なかなか穿ったものであった。

 「お祖父様はそれほど愚かな方だとは思いませんけど」

 おっと、これは一本とられたな。ま、大丈夫だろう、これなら。







 >SARA

 「お久しぶりです、お祖父様」

 私は本当に久しぶりに、直接祖父の顔を見ました。
 グラシス中将の子供や孫ともあろう人間があんな辺境に住んでいたのも、軍を嫌った両親が、お祖父様から離れようとしたからです。
 必然的に、お祖父様との距離は遠くなりました。
 今ではこうして軍に入り、戦闘の一翼を担うようになったせいで、少しはお祖父様の気持ちも分かるようになりました。
 両親も自分たちが襲われ、そして救われたせいで、少し考え方が変わったみたいです。
 軍隊があるから戦争がある、と言う人がいます。人は理性的な存在なのだから、話し合いで解決するべきだと。
 ですが手段としての暴力がある以上、軍は決して無くならないのです。世の中には話も通じず、戦うことでしか身を守れない者が、こうして存在するのですから。
 今では両親も、そのことを実感しています。
 人が『自分らしく』生きようとしたら、時には暴力を振るうことを覚悟していなければいけません。実際に振るうかどうかはやはり自分次第ですが。



 そして私とお祖父様は、病院を出ました。
 そして落ち合う予定のホテルへ向かいます。



 アリサは、うまくやっているでしょうか。
 せっかく譲ったチャンスなんですからね。
 変ないい方ですが、この姉さんを出し抜くくらいの芸は見せて欲しいです。







 >ALISA

 「すみません、わざわざつきあわせちゃって」

 「いや、別にいいけど……」

 アキトさんは少し戸惑っています。

 「あたしも一緒って事は、デートってわけでもなさそうだし」

 ハルナさんもちょっと首をひねっています。そしてちょっとキツい目で私をみます。

 「将を射んとすればまずは馬から……なんて考えてたら、無駄だからね。今のお兄ちゃんは、詳しくは言えないけど好きな人がいるから」

 「ハルナっ!」

 あ……何か本当に珍しいですけど、アキトさんが本気で怒っています。けどハルナさんも負けてはいません。

 「怒るくらいだったらさっさと自分の気持ちに決着をつけときなよ。中途半端な気持ちは相手を一番傷つけるんだぞ」

 ふふっ、アキトさんの負けです。「でも失礼だろう……」とか言っていますが、迫力がありません。
 でも、好きな人がいる……ですか。ちょっと寂しいですね、それは。
 まあ、アキトさんほど素敵な方なら、思いを寄せる女性も多いでしょうし、アキトさんがそのうちの誰かを気に入っていても仕方ないことです。
 でもハルナさんの言い方からすると、まだ決定的な関係にはなっていないみたいですね。

 ……付け入る隙はありそうです。人は変わるものですから。

 おっと、怖い考えになってしまいました。気持ちを切り替えましょう。
 ちょっと変則的ですけど、デートみたいなものですし。
 私たち3人は、久しぶりに街へと繰り出しました。



 ちなみに私たちは、ただ遊びに来たわけではありません。アキトさんはテアさんの所では手に入らない食材や調理器具の仕入れに来ていますし、ハルナさんは途中で気を利かせてくれたのか、「一時間後に」と言って電気屋さんのある一角に消えていきました。
 本当に一時間後に戻ってきた時には、なにやら手荷物がいっぱい増えており、妙ににやついた表情を浮かべていましたが……何を手に入れてきたんでしょう。
 あ、そろそろ時間ですね。名残惜しいけど、待ち合わせのホテルへ行かなければいけません。
 私たちはホテルへと向かいました。



 「アリサちゃんのお爺さんか……どんな人なんだい?」

 エレベーターで上がっていくとき、アキトさんに聞かれて、私はちょっと驚きました。

 「知らなかったのですか?」

 どうも、そのようですが。

 「いや、このホテル、かなりの高級ホテルだろ。そこの最上階と言ったら、普通はスイートルームだ。ただの人が泊まる部屋じゃないからさ」

 ……本当に知らないみたいですね。軍の中では誰でも知っていることだから、つい説明を忘れていました。

 「お祖父様は……」

 そこまで言ったところで、エレベーターが到着してしまいました。
 扉から一歩出ると、ちょっとした別世界です。しかしその豪華な世界にちょっとそぐわない人達がいました。
 黒服とサングラスの人達……ボディガードの方達です。
 あ、テンカワさんの顔が少し険しくなりました。

 「失礼いたします。ボディチェックをしてもよろしいでしょうか」

 「何を言うんです!」

 私はテンカワさんが何か言うより早く叫んでいました。

 「あなた達はアキトさんが信用出来ないと言うのですか!」

 本気で頭に来ました。よりにもよってアキトさんを疑うなんて。
 ですがそこに水を差したのがハルナさんでした。

 「アリサさん、いいじゃない、そのくらい。今の世の中、そのくらい用心深くないと生きていけないよ。もしお兄ちゃんがアリサさんを誑し込んでお爺さんの暗殺を狙っている男だとしたらどうする気?」

 な……何を言うんですか。アキトさんがそんな人の訳はありません!……って、私が感情的になるからよけいに心配になるんでしょうね。ちょっと落ち着いて考えれば一理あります。肝心のアキトさんは……あ、ガードの人が緊張しています。

 「これは何だ!」

 「あ、そういえば持ったままだった」

 荷物の中から出てきたのは……包丁の山、でした。
 これは……誤解されかねませんね。

 「お兄ちゃんはコックだよ。新しい調理器具を持っていたとしても不思議じゃないと思うけど。元々その用事で町に出てきているんだし。危ないと思ったら預かっていてくれればいいんだから、別に問題ないでしょ」

 一瞬ガードの方は不審そうな目をしましたが……私のことをちらりと見ます。
 私は黙って首を縦に振りました。
 それでもガードの人は荷物をあさり……ヘラやらレードルやら菜箸が出てきたのを見て、やっと納得してくれました。

 「一応預からせてもらう」

 「まあ、当然ですね」

 そんなやりとりがあって、どうやら無事に通してもらえそうな雰囲気になりました。
 その時でした。

 「おいおい、何もめているんだ?」

 「あ、班長」

 何というか、ぴんと一本筋の通ったガードの人が奥から出てきました。

 「お……また会ったな、テンカワアキト」

 男の人はアキトさんを見たとたん、そういいます。

 「あんたは、確か……」

 アキトさんも知り合いのようです。

 「覚えていてくれたか。改めて名乗ろう。俺はヤガミ ナオ。あの後クリムゾンを退職して、今は軍要人のガードをしている。そちらが中将のお孫さんと……!」

 視線を私のほうに向けてきたヤガミさんの体が、信じられない速度で動きました。
 叫びながらの動きなのに、叫びが聞こえる前に体はハルナさんの前に詰め寄っています。
 そのままハルナさんの胸ぐらを掴みあげます。私は一瞬状況が読めなくなってしまいました。

 「貴様! 何故ここにいる!」

 何か……形相が変わっています。あ、アキトさんも……。
 つかみあげられたハルナさんは、ぽかんとしていますが。

 「なんのこと? えっと……ヤガミさん」

 「とぼけるな! お前、お嬢に何を言った!」

 あら……? アキトさんの動きが止まりました。ついさっきまで、ヤガミさんを殺さんばかりの目で見ていたのに。

 「変な仮装で屋敷に乗り込んできたのはお前だろうが! その体型と目、俺は忘れた日は一度もない!」

 「ね……だから何のことなの? ちょっと、さすがに苦しいんだけど」

 何というかその目は……嘘を言っているようには見えませんでした。
 ヤガミさんも困惑しています。

 「本当に、違うのか……?」

 一旦手を放し、今度はいきなり髪の毛を強く引っ張ります。

 「きゃあ、痛い痛い!」

 う……かなり痛そうです。それを見て何か納得したのか、ヤガミさんは手を放し、素直に頭を下げました。

 「すまん。俺の知っているあいつは黒髪の短髪だったんでな。かつらじゃないかと思ったんだが……地毛だったみたいだな」

 「もう……10年来切ってないんだよ、はげたらどうする気? まあいいけど。なんだか知らないけど、疑いは晴れた?」

 怒ってはいますが、根に持ってはいないみたいです。

 「全く、いきなり妹に何するんです」

 アキトさんも怒りを隠そうとはしていませんが、さっきの殺気は消えています。

 「妹……?」

 ヤガミさんはアキトさんとハルナさんをしげしげと見比べて、ぽんと手を叩きました。

 「お、雰囲気は全然違うが顔がそっくりだ」

 け……結構ひょうきんな方かも知れません。
 そしてヤガミさんは改めて頭を下げて言いました。

 「誤解して申し訳無い……中将とサラお嬢様は既に中でお待ちです。どうぞ」

 何というか、いきなり態度を用心棒から執事に変えて、ヤガミさんは私たちの前に立ちました。
 変に器用な方ですね。何というか……お祖父様が気に入りそうな人です。
 でも……アキトさんとヤガミさんの間に、一体何があったのでしょうか。
 そしてアキトさんは……何かまた不機嫌になってしまいました。どうしたのでしょう。
 そう思っていたら、ハルナさんがそっと耳打ちしてくださいました。

 「お兄ちゃん、軍人嫌いだから。特にお偉いさんは」

 ああ……なるほど。でも、私たちのお祖父様でもあるのですよ。
 そこの所を忘れないで欲しいです。
 そして、扉は開きました。







 >GRASIS

 なにやら少しもめたようだったが、私の目の前に、ついに噂の二人が現れた。
 テンカワアキト……漆黒の戦鬼。
 常軌を逸した兵器を使いこなす、最強のエステバリスライダー。
 テンカワハルナ……禁断の技術の産物。
 やはり常人とは桁違いのオペレーション能力を有するマシンチャイルド。
 この二人が、第13大隊を無敵の部隊に引き上げるきっかけとなった。
 これに加えて後二人……司令代理のオオサキ中佐と、彼に見いだされたシノノメ参謀。シノノメ参謀の作戦立案能力は1部隊においておくのがもったいないほどであったし、オオサキ中佐も、あの忌まわしき事件から立ち直り、眠らせておいたその指揮能力を全開にし始めていた。
 結果、今の第13大隊は、お世辞抜きに連合軍最強の部隊となってしまった。これに匹敵するのは、極東のナデシコとコスモスだけであろう。

 ……どちらも正規の軍ではなく、民間の協力者というのがお笑いだが。

 第13大隊も、きっかけは民間人の2人……いや、3人か。
 シノノメ参謀を除けば、皆ネルガルの関係者だ。
 今の連合軍は、単なる1民間企業に太刀打ち出来ないことになる。
 ところがそんな思いは、目の前にたたずむ二人の男女を見た瞬間消し飛んでしまった。
 サラやアリサには分からないであろう。だがこの二人は、間違いなく、深淵の修羅場を越えた者のみが持つ深みを、その瞳に宿らせていた。
 たとえが悪いが、人を直接その手で殺した者は、雰囲気が一変するという。それと同じような何かを、この二人は持っている。
 その瞳が、私のことをじっと見つめている。
 私は気圧されないように気を張りつめながら、まずは当たり障りのない挨拶を交わした。

 「初めまして。息子達の命を救っていただいたそうで。私はグラシス・ファー・ハーテッド。連合軍の将を努めている」

 「テンカワアキトです」

 「妹のハルナです」

 挨拶は……やや慇懃であったが、ごく当たり前に交わされた。
 サラも、アリサも、声一つ立てない。
 さすがにこの場に満ちている緊張感を分かっていると見える。
 だが……これは疲れるな、少し。
 と思っていたら、妹の方が口を開いた。

 「あ〜まったく、お兄ちゃん、グラシスのおじいちゃんが軍のお偉いさんだからって、何固くなってんのさ。ここにいるのは息子夫婦の命を救ったあたし達にお礼を言いに来た、ただの爺っ様じゃないの。お兄ちゃんはよけいなこと考えすぎ!」

 何か……一気に場の雰囲気が和んだ。

 「そうだな……私も少し緊張していたようだ。私の目の前にいるのは、軍の救世主などではなく、息子の命を救ってくれた、勇敢な若者なのだな」

 「まだ固いよ、おじいちゃん。もっと笑いなさいな。あるいは泣くか。
 『がっはっはっ! いや〜君のおかげで息子達は命を拾ったよ、すまないな、はっはっはっ!』
 とかいって豪快に笑うとか、
 『ううっ、君たちのおかげで息子達は救われた。ありがとう、ありがとう!』
 と言ってはらはらと泣くとか、いろいろあるでしょ。
 そんな四角四面な枠にはまっていると、人の心をなくしちゃうぞ」

 ハルナ君が巧みな物まねをして豪快に笑ったりしなしなと泣いたりするのは、何というか妙に面白かった。
 サラとアリサも笑いを必死になってこらえている。と、サラが耐えかねて吹き出した。

 「は、ハルナさん、やめてください。お祖父様がそんなことをするなんて……」

 と、その想像が脳裏に描かれてしまったのか、アリサがサラ以上に笑い出した。

 「ね、姉さんもやめてよ! 想像しちゃったじゃない!」

 ……ん? 何か笑い声が一つ多いな。あたりを見るとガードリーダーのヤガミという男もこらえきれずに笑っている。

 そして私もこらえられなくなってしまった。

 「ははははは、確かにそうかも知れんな」

 ……こんな風に笑ったのは何年ぶりであろうか。思えばもうずいぶん長いこと声を出して笑うと言うことをしていない気がする。何年……いや、何十年。

 そしてテンカワアキトは……うっすらとではあるが、何とも人好きのする微笑みを浮かべていた。
 ああ……あれを見れば分かる。うちの孫娘二人があの男を気に入ったわけが。

 「いや、すまんすまん、客人を前に笑うなど」

 「……いえ、どうやらあなたはまともな方のようだ」

 ふと、場が静まりかえった。

 「一つ聞いていいですか」

 ぴん、と空気がまた張りつめる。
 これは水面の静寂だ。波一つ立たない、綺麗な水平面を保つ水面。
 いつ風が吹き、さざ波が立つか分からない、ギリギリ直前の一瞬。

 「あなたは……なぜ、軍人になったのですか」

 風は突風であった。何気ない言葉に、千鈞の重みをこの少年は掛けてきた。
 普段の私なら、祖国を守るためなどと言う言葉を言っただろう。
 だが、そんな建前の言葉は彼には通じそうになかった。それは礼を失する言葉になる。
 彼は間違いなく、本気の本心を私にぶつけてきていた。胸襟を開き、さあ刺せと言わんばかりに無防備な態度で。
 そして私は、少し考えた後、言った。

 「隣に立つ者を……愛する者を、守りたかったからだ。いつしかそれが、故郷になり、部下になり、ついにはこの世界すべてにまでなってしまったが。もっとも私は、手を広げすぎて一番大事な妻を守り損なってしまった愚か者だがな」

 「そうか……あなたはその道を選んだのですね」

 そう答えた彼の言葉は、やはり重かった。

 「俺は……わがままなようですが、何が何でもまず隣に立つ者を守りたかった。自分の目に見える、自分にとって大切な者を守りたかった。だから俺は軍人にはなれません。失礼な言い方ですが、俺は他人の命令で自分の大切な者を捨てることはできない男ですから」

 ……そう、そういう考え方もある。どちらが正しいわけではない。

 世の中には、力ある者は力無き者のためにその力を使うべきだと言うことを真面目に語る者もいる。
 だがそれは、実は弱者の甘えでしかない。いや、力を持たない者が力ある者を利用して強くなろうとする詐術と言ってもいい。
 力ある者は、それ故に傲慢なのだ。人が自らの生き方を貫こうとすれば、いやでも強くなるしかない。正義も、理念も、すべては後からついた飾りに過ぎない。
 だが人はいつしか、そんな基本的なことを忘れてしまう。人は虚飾に酔える生き物なのだ。
 そう思っていた時、さらに彼は言った。

 「ですけど、一番俺が軍人を嫌いな理由は……」

 皆がごくりとつばを飲み込むのが、はっきりと分かった。

 「戦いに喜びを見いだし、すべてをたたきつぶして君臨し、血の海の中で歓喜の雄叫びをあげている自分が……自分の中にいることをいやでも分かってしまうからです」

 それはちょっとした衝撃であった。
 彼もまた、自分の中にある狂気を認めている。
 優れた戦いができる者には、つきものの感情だ。

 「命令されるまま戦うことに疑問を持てなくなったら、俺は間違いなく狂う……そして、それをいやがるどころか、歓喜してしまう自分が、俺の中には間違いなく存在しているんです。俺は……それが怖いんです」

 そういった彼は、漆黒の戦鬼と呼ばれる英雄ではなかった。
 ただの、まだ18の若者であった。
 軍ではまだ経験の浅い新兵でしかない少年なのだ、彼は。
 私はそんな彼が、急にいとおしくなった。
 彼は何かとてつもなく重い荷物を抱えている。それは間違いあるまい。
 彼はそれを、なんとしても目的地まで届けるつもりでいる。
 強くなるのは、強くなりたいからではない。
 強くならねばならないからだ。
 だから彼は強くなろうとした。己の内に、狂気の種を植えてまで。
 それが、漆黒の戦鬼の、強さの源であることを、私は理解した。
 同時に悟ることがあった。
 彼の守るべき場所……それは、あの戦艦なのではないだろうか。
 私は一つカマを掛けてみた。

 「テンカワ君、君は……ナデシコに戻りたいかね」

 私は、彼の一瞬の動揺を見逃さなかった。瞳をよぎった憧憬……それがすべてを物語っていた。

 「……できることなら」

 口に出た言葉には、怒りが感じられる。言外に、『あんた達が無理矢理ここにつれてきたんだろうが』という意味が読みとれる。
 私はその辺の詳しい事情は知らなかったが、たぶんそういうことだろうと思った。
 だから私は言った。

 「近々第13大隊は解体され、その人員は新たに遊撃中隊として再編成される予定がある。目的は西欧域における安全の確保……平たく言えば敵の掃討だ。君たちには西欧中を飛び回ってもらうことになると思う。君の力を持ってすれば、一時的にであっても、西欧に平和な時間を与えることは不可能ではあるまい。今のままでは、西欧は沈む。生きていくことはできても、活気のあったあの時代はしばらく戻っては来まい。
 時が、欲しい。
 たとえ今ネルガルから、大量の兵器を購入したとしても、今の西欧軍ではそれを完全に使いこなせないことは、はからずもこの間の戦いが証明してしまった。
 今の西欧には、戦力を立て直し、自らを守れるだけの力を取り戻す時間が何よりも必要なのだ。君に、その時間を生み出して欲しい」

 「だが、それだけの活躍をしてしまったら、ますます軍は俺を放したくはなくなるんじゃないか? 俺をナデシコから切り離したように」

 まあ、軍人というのはそう考えるものだ。特に兵士を駒として扱わねばならない上の人間は。
 だが、それは必要悪ではあっても間違っている。だから私は重ねて言った。

 「いや、確約しよう。その時が生まれたら……私の全能力を持って、君をナデシコに帰す。いや、君は事が終わった時、軍にいてはいけない……君がそう望んだのではない限り」

 「どういう事ですか?」

 アリサが一抹の不安を滲ませながらそう聞いてきた。

 「アリサ、そしてサラ、お前達もよく覚えておきなさい。
 この地は……誰の場所だ?」

 二人の顔に、あっと驚く様子が浮かんだ。分かってくれたみたいだな。

 「この地……西欧の地は、我らの住まう土地だ。そしてそこに住まう以上、そこを故郷とする以上、その地を守るのは我々の仕事だ。我々の地は、我々の手で守ろうとすることが、本当の誇りと言うものだ。もちろん力が足りない時、テンカワ君のような、力ある者の手助けを頼るのは。決して恥ではない。だが、いつまでもそれに甘え、彼にその重荷を押しつけることが、本当に正しいことなのかね?
 断じてそんなことはあり得ない。
 それは排他主義ではない。自分の居場所を自分の手で守る。それは当たり前のことだ。彼がこの地を気に入り、守りたいと言ってくれるのならば、もちろん喜んで受け入れる。だが、彼の真意を無視してこちらの要求を押しつけ、それに頼って自らの力を使うことをしないのは紛れもない悪だ。
 だから私は時が欲しい。彼に頼らずとも、この西欧の地を我々の手で守れるだけの力を手に入れるための時間が。違うかな、サラ、アリサ。そして……私の考えは間違っているかね、テンカワ君。私は君にそんな要求をするのは間違っているだろうか。
 ナデシコのことを持ち出したのは脅迫でもなければ報酬でもない。当然の義務だ。
 むしろできることなら、私は先に君をこの地に縛り付けている鎖を解いてから、改めて依頼したいくらいだ。ただ、残念ながら今の私にはまだそれを解く時間がない。
 強制で力を貸してもらっても、そこには何も残らない。いや、悪しきしこりが残るだけだ。
 だから頼む、テンカワ君。
 我々に、力を貸して欲しい」

 そこまで言って、私は椅子にもたれかかった。
 自分でも意識しないまま、かなり無茶なことを言ってしまった。
 自分でも言った通り、彼にこれを受ける義務など無い。
 ある意味彼を説得する泣き落としととられても無理はない。
 はたして、彼は言った。



 「ずいぶん勝手な言いぐさだな。俺はそこまで軍を信頼していない」



 そこにいるのは、先ほどの自らの狂気におびえる少年ではなかった。
 自らの狂気すら武器にする男であった。



 「だが……だまされてもいいかと思っている自分も、確かにここにいる」

 「お兄ちゃん、基本的にはお人好しだもんね」



 私は思わず顔を上げていた。



 「報酬は後払いでいい。ただし俺は軍を信用した気はない。
 俺が信じたくなったのは、グラシス中将ではなく、グラシス・ファー・ハーテッドという名の、やたら暑苦しい爺さんの情熱だ。
 あんたの情熱が本物なら、自分のいったことぐらい実現して見ろ。無理なら俺は出ていくだけだ」

 「かっこつけちゃって、お兄ちゃん」

 彼が自分の気持ちをはっきり言った後、妹はそういって微笑んだ。

 「あ、そうそう。私はお兄ちゃんと一緒だよ。お兄ちゃんがその気なら、私も全面的に協力するからね。こんな仕事、さっさと終わらせてナデシコに帰ろう。みんなも待ってるだろうし、何たってタケちゃんをほっぽりっぱなしだもん、そろそろ会いたいしね」

 何とも豪快な意見であった。

 「ちなみにね、なんだかんだ言っても、お兄ちゃんここの人達が気に入っているんだよ。だから大丈夫。軍のお偉方がバカやんなきゃ、西欧は平和になるよ……一時の夢かも知れないけど。それがどこまで続くかは中将次第、頑張ってね」

 ……きっちり釘を差されてしまったか。

 まあ、当然のことだ。
 私は内心で、決意を新たにした。







 孫達と連れだって彼が帰った後、私はガードリーダーのヤガミ君に声を掛けた。

 「ヤガミ君、君は彼と面識があったそうだね」

 「ほんの一時のすれ違いでしたが。ですが、いろいろな意味で体が震えましたよ……恐怖と、期待でね。できればもう少しつきあいたいですね、彼とは」

 私も彼とこのヤガミ君には、何というかいい意味での関係が成り立つような予感がしていた。
 そこで一計を案じた。
 半分は……まあ冗談混じりのいたずらだ。だがうまく行ったら、それはそれですばらしい計画だ。

 「例の部隊……正式に設立された暁には、欧州を転々とすることになる。今の部隊はまあ大丈夫だが、何しろ嫁入り前の若くて美人の女性が、気が立っている上に男所帯の軍の間を転々とするのだ。祖父としても、上官としても少々気になる。そこで、君に一つ仕事を依頼したいのだが……」

 「そういうことですか。こちらとしても願ったりかなったりですね。いいでしょう」

 我々は意味ありげに、にやりと笑った。







 そして彼らの休暇の終わりは、一通の命令書が告げた。
 西欧方面全域遊撃部隊。
 第13大隊は、一旦解体され、新たに編成し直された。
 オオサキ司令代理は、代理が取れて、ついでに大佐に昇進した。
 副官のタカバ大尉がタカバ少佐となって副司令に。
 アリサ中尉をはじめとする全員が、これに合わせて一階級昇進した。
 部隊名……「Moon Night」
 意味するところは明白であった。
 後に、テンカワアキトが去った後も連合軍切っての最精鋭部隊となる特殊部隊の、これが誕生であった。







 >SEACRET ROOM……

 「はいはい。これが今回のターゲットね……こりゃあやりがいがありそうだ」

 本当に大物だな、これは。
 漆黒の戦鬼と綽名される、連合軍のスペキュレイション(スペードのA)。
 だが実際は、ただの民間人だ。
 つまり、どこへ行くも自由の身、ってこと。
 上も欲張りだね。これが欲しいとは。
 まあ、俺は俺の仕事をやるだけだ。
 いつものように、こいつの仮面の裏を覗くだけ。
 さて、どんな素顔を見せてくれるんだい、今度の英雄さんは。
 なかなかおモテになるようだし。
 楽しみだねえ……ふっふっふっふっふっ……はっはっはっはっはっ!!








 あとがき

 長い。長すぎる。
 元は半分以下なのに。
 爺は何か熱いし。
 クラウドさんはのほほんとしているし。



 ちょっと困ったのが日本語の問題。
 西欧方面が英語圏なのは、番外編のナデひなで明言されちゃっているから、みんなのしゃべっている日本語は共通語を翻訳しているものだって言う訳にもいかないし。
 で、会話用の簡易日本語が、極東圏での共通語だって言うことにしちゃいました。
 この日本語は、いわばピジン英語。単語が並んでいれば通じるくらいにまで砕け散った日本語です。漢字無し、カタカナとひらがなだけ。カタカナはほぼ固有名詞&擬音専用。
 普通の漢字交じりの日本語は正日本語。ナデシコは基本的にこれです。ただ、日本でも会話は簡易化しているから、簡易日本語が混じっても違和感はないです。
 困るのは文章くらい。
 ちなみに英会話のほうも似たような経緯で砕けちゃっています。アキトでも割と簡単に覚えられるくらい。
 簡易系言語のバイリンガルは珍しくありません。教育が行き届いているところではほぼ常識。
 もっとも日本などでは、簡易言語同士が融合しかかっていますが。
 だからナデシコでは言葉が通じやすい(笑)。

 ちなみに木連言葉は古典日本語。正日本語のさらに格式高いもので、日本でも由緒ある家系の方々は、きっちりと言葉を維持しています。今現代の、崩れていない日本語だと思って間違いないです。
 旧かな系の言葉になると、既に『古語』扱いです。学者さんの研究対象。



 これは文章などはみんなカタカナなのに、時折出てくる看板やネームプレートは漢字で書いてあったことから想像しました。
 正式な設定ではないので、ほかのみなさんは気にしないでください。
 ただ、こうでもしないとサラちゃん達がナデシコに乗った時、言葉が通じなくなっちゃいますので。
 このままクラウドさんやら白鳥が来た時のことを考えると頭が痛くなりますし。



 さて、原作よりやや早く「Moon Night」誕生です。
 そしてついにあの人の影が……
 さあ、これでどう動くでしょうか。



 某氏よりのファンレターで、グラシス中将もハルナに取り込まれるのか、と言う心配がありましたが、どうもシュンさんのほうが危なそう。
 まあこの人なら大丈夫でしょうけど、今回何となく危なかったです。



 あと、アリサは別に日本のアニメファンではありません。
 あの台詞は単なる偶然です。

 けど……ハマーン様……似合うかも。赤い妹の元ネタが分からなかったが。



 人間模様も微妙に違えながら、お話は続きます。
 次回、『戦神飛翔』をお楽しみに。

 

 

代理人の感想

 

そうか、アキトとハルナって漫才コンビなんですね。(ぽん)

ボケツッコミが危ういバランスを保つが如く、

アキトとハルナの互いの性格が、コンビとしてバランスを取って成立してると。

二話くらいから漠然と感じ始めていた事ですが、こうして言葉にしてみるとはっきりと分かりますね。

ああ、スッキリした(笑)。

 

 

 

・・・アリサも策士?(謎爆)

 

 

 

 

追伸

「紅い妹」ですが、あーぱー吸血鬼やカレー神罰執行人、割烹着の悪魔や洗脳探偵の出てくるアレです、アレ。

ブラコンだし(爆)。