再び・時の流れに。
外伝/漆黒の戦神
第五章 『戦神休息』
ピッピッピッ
トウルルルル……
「はい、こちらテア食料品店です」
「あ、俺です」
「……はい、ヤガミさん。みなさんも、お変わりありませんか?」
「いえ、激戦続きですが、怪我人は相変わらずいませんよ。そうそう、今日はこんな事が……」
俺もまめだね。ヤガミナオ、この世に生を受けて28年、いきなり女に一目惚れするとは思わなかった。
まさに『雷撃の恋』って奴だな。
いや、正確には違うか。
ミリアは……いや、ミリアとしか思えない『心の女神』は、物心ついた時から、ずっと俺の心に住み着いていたんだから。
ある意味俺は、究極に不実な男かも知れない。
俺の『心の女神』の本物がいかなる人物であれ、その人が俺の心に焼き付いたのは、遙か昔だ。
年月を考えれば、それは絶対ミリアじゃない。なのに俺は、姿が似ているというだけで、ミリアに彼女を重ねた。
恋なんていうのは、そんなきっかけから始まるものかも知れない。
それはそれでいいのかも知れない。
だが……一抹の後ろめたさが消えないのは、紛れもない事実だった。
「それでですね、今ぐるりと西欧圏を一周して、元の駐屯地に近々戻るんですよ。敵もあらかた片づきましたから、時間的にもいくらか余裕ができます。何より、部隊発足以来初めて、まとまった休暇が取れそうなんです。よろしければみんなでどこかに出かけませんか? メティちゃんもアキトに会いたがってるんじゃないかと思いまして」
「ええ、それはとっても。メティもきっと喜ぶと思いますわ」
すまん、アキト、メティちゃんは任せるぞ。
ミリアさんだけを誘っても、メティちゃんの実質母親代わりであるミリアさんは、メティちゃんのことが気になって存分に楽しめないだろう。
だがこれなら大丈夫。細工は隆々、仕上げをご覧じろだ。
「それでは、正式に予定が決まったらまた電話します。こっちの正確な位置とかは一応軍機なんで。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ヤガミさん」
……まだナオさん、とは呼んでくれないんだよな、ミリア。しょっちゅうナオでいいとは言ってるんだけど。
ま、焦らずにいくさ。
しかしこの一月近く、アキトたちはとにかく戦い続けていた。
言いたかぁねぇが、軍はどこも、あまりにもだらしなかった。
戦争を知らない軍人、とでも言えばいいのか。
木星蜥蜴襲撃より一年、それなりに戦っているはずなのに、全然なっていない兵隊が多すぎる……と思ったもんだが、これは俺の考え違いだった。
いい兵隊、優秀な軍人ほど生き残れないのが、この西欧の現状だった。
爺さんの心配もむべなるかなだ。
戦う意志も、熱意も十分なのに、装備や補給が追いつかない。現場の下士官たちが分かっている戦場の現実を、トップの指揮官が把握していない。下手をすると把握どころか、この戦いのさなかに私腹を肥やして上に付け届けをしている奴まで居た。こんな場所から早くおさらばするために。
一つ気になるのは、この西欧の人事配置だ。上がなに考えているのかは知らないが、どうもここぞというポイントにばかり、無能な指揮官が配置されている。しかもその配下に、そう言うのが嫌いな硬骨の士官が多い。
ちょうど司令に聞いた昔の第13大隊のように。
これじゃ士気が上がるはずがない。軍の人事部は無能の固まりか?
……俺が口を挟むことじゃないがな。
だけどそのせいで、西欧戦線は絶望的な危機に陥っていた。
『Moon Night』の投入があと二月遅れたら、人類は西欧圏を半ば放棄しなければならないほどに。
ま、そのせいで敵が全然成長してなかったんで、アキトたちは苦労せずに敵を掃討出来たんだが。禍福はあざなえる縄のごとしってね。
おかげで俺たちはすっかり有名人だ。アキトなんかほとんど神様扱いである。
ただ……アキト、お前、その天然、何とかならんのか?
サラちゃんとは別の意味で天然な奴だぞ、お前。
ハルナちゃんがフォローしてくれなかったら、お前今頃、少なくとも10人の女にプロポーズされて、毎日5人は女が夜這いに来て、慕われるだけならその100倍ってことになってるぞ?
ちょっとはモテるってことを自覚しろ。
けどあの子もまめだねぇ。戦いと料理は抜群だが、女にある意味からっきしだらしがない馬鹿兄貴をきっちり支えてる。
テニシアン島の一件はまだ俺の中にくすぶっているが、なんだか悪いことはしていない、っていう気になってきた。
あの場では矛を収めたが、実はまだ俺は彼女が何か隠しているということを確信している。あの仮装した奴の正体も、どんなトリックがあるのかは知らないが、中身は彼女に間違いないだろう。噂によれば意外と強いらしいし。もっとも、今更それを突っ込んでも、彼女は口を割るまい。彼女自身の生まれの事情も絡んでいそうだからな。
ネルガルの研究者が非合法に生み出したマシンチャイルド。あのナデシコやコスモスにも、かつての実験の名残である少年少女が乗っているという。SS時代にちらりと聞いた話だと、ネルガルは火星の遺跡から得た技術によって、この方面で長足の進歩を遂げたという。IFSは事実上ネルガルの独占だ。クリムゾンのクーゲルシリーズがいまいち売れていないのもそのせいだし、デルフィニウムも今はみんなIFS操縦にシステムが置き換えられている。
マシンチャイルドは、いわばその究極点だ。IFSとの接合を強化するために、人間側の遺伝子を適合しやすいように改良する。ついでにいろいろといじくったらしいが。
どっちにしても非人道的な実験には違いない。今では全面禁止されている。
だが、この成果を見ると、禁断の果実をもぎたくなる奴が出てきてもおかしくはないだろう。Moon Nightの活躍は戦意高揚のためもあって公表されているが、そこにハルナちゃんの姿は一つもない。サポートの生活班や一般整備士ですら公開されているのにだ。
林檎をかじろうとする馬鹿を出さないように、との配慮なのは俺にでも分かる。みんなも分かっているから、何もいわない。
ただ……そろそろヤバいかも知れない、と、俺の本能が告げている。
ネルガル以外の大企業……明日香インダストリーや、クリムゾングループが、これだけの大戦果を上げている部隊に注目しないはずがない。Moon Nightがネルガルの後援で動いていることは誰でも知っている。エステバリスはともかく、あの移動指揮車にはネルガルのロゴがでかでかと入っているしな。そのせいで復興が始まった地域ではネルガル関連の商品が大人気だ。今にして思えば、これこそネルガルがアキトを支援した真の狙いなのだろう。バランスシートは抜群の利益を告げているに違いない。
このままでいったら、西欧圏の経済は、間違いなくネルガルに持って行かれる。政治的、経済的力学でなく、庶民の人気で全経済活動を持って行かれたら、ほかがどんなに努力しても絶対勝てない。お客様は神様と言われるが、ここではネルガルが御利益たっぷりの神様だ。経済が宗教になったら勝負になるわけがない。
だとすれば、いい加減何らかの動きがあるはずなのだ。それも、裏の領域で。
特にクリムゾンは黙っていないだろう。
1400年の歴史を誇るとかほざいている明日香インダストリーは基本的に策略もお上品で、ヤクザまがいの手はあまり好まない。狙った相手は好待遇と働き甲斐で引っ張り込むし、相手が真に忠義者なら、むしろ賞賛する。だがクリムゾンは規模はでかいが悪くいえば成り上がりだ。事実上、ロバート・クリムゾンが一代でここまでグループを大きくしたと言っていい。当然手段を選ばないところがある。先の例でいえば、そう言う忠義者はためらわずに殺してしまうのがクリムゾン流だ。
どっちかが、あるいは両方が確実に動くと思うのだが、先に動くとすればクリムゾンだと俺は思っている。
そして狙いは……テンカワ兄妹に間違いあるまい。Moon Nightの要はあの二人だ。アキトもハルナちゃんも、暇を見てはほかのパイロットやオペレーター助手を鍛えているみたいだが、あの二人の代わりは何処にも居ないだろう。
俺もやっと忙しくなりそうだ。デートをするなら今のうちだな。
>TADASHI
長かった。
とっても長かった、この1ヶ月。
サイトウタダシは、漢になります!
なんのことかって? いや、やっと時間が取れたんですよ。Moon Night結成前に約束してくれた、デートの時間が!
ぐるりと西欧を一回り、毎日レイナさんに怒鳴られつつ油まみれになり、エステの整備にいそしむ毎日。ハルナちゃんはずっとオペレーター業務に専念していて、こっちにもテンカワさんのエステの調整にしか顔を出さないし、食事時間に出会っても豪快にご飯を食べているばかり。会話一つロクにできなかった。
しかしやっと、休暇がもらえる。しかも……見よ、この古風な手紙!
古典的ラブレターの外観を模した封筒の中には、デートのお誘いが入っていた。
冗談でも、忘れてもいなかったんですね! ハルナちゃん、いや、ハルナさん!
とすれば、フルコースの話も……いかんいかん、気を引き締めねば。
あくまでも、「うまくエスコート出来て、その気にさせてくれれば」とハルナさんは言ったのだ。ハルナさんに食堂でとっちめられて以来、俺は大言壮語の悪い癖を改め、謙虚な態度を身につけたのだ!
実際、心がけてみれば、以前の俺がいかにいやな奴だったかがよく分かる。あれ以来、出先の基地の女の子たちも、何というか、優しく接してくれるようになったし、ベンさんあたりに、『おい、あの子、お前のこといいかもって言ってたぞ』なんてささやかれたこともある。フィリップさんやオリファーさんあたりだと冗談の種だろうけど、ベンさんはあんまりそう言うことで冗談を言わない。
ふっふっふっ、サイトウタダシmk2、少しは男を上げています!
……おっとっと、調子に乗るのが俺の悪い所なんだよな。反省、反省。
休暇が待ち遠しいな〜〜〜
>SHUN
そして俺たちは……この基地へと帰ってきた。
約一ヶ月に渡る転戦を終えて。
はっきり言って最初は期待と不安が半々だった。受け入れる基地の側も、いろいろなとまどいがあった。
だが……一度の戦いがすべてを吹き飛ばした。どこの基地でも、アキトと、アキトが鍛え上げたエステバリス隊の実力に驚嘆し、そしてそれが彼らの精神を打ち直していく。また、行く先々でハルナ君とレイナ君が残していったエステバリスの整備・調整法。それによって見違えるように、いや、本来の性能を取り戻していくエステバリス。
MoonNightが駆け抜けたあとは、既存の部隊すらそのあり方を変化させていた。
これは俺も予想だにしなかった影響だった。
アキトも、みんなも、ハルナ君やレイナ君も、ただなすべきことをなしていっただけだ。それによってああも各地の部隊が甦ると言うことは、それまでの部隊がいかに腐っていたかと言うことだ。
ナオの奴も言っていた。西欧軍の人事部は何を考えているんだと。
言われてみれば至極もっともなことだった。この人事配置は、西欧を腐らせるためのものとしか思えない。
クラウドにシミュレーションさせてみたら、ずばりこういわれた。
「西欧方面軍は自殺したいのですか?」
と。一通り西欧の基地を回り、各地の司令官や隊長たちの気質も見極められた今、越権行為ではあると分かっているが、俺とクラウドは理想的な人事配置を考えている。あくまで参考意見として、グラシス中将に提出するつもりだ。
それに関して、クラウドが気になることを言っていた。
「誰か、西欧が壊滅的な被害を受けて得をする人がいるんですか? そう言う人物が、意図的に西欧を見殺しにするためにこの人事配置をしたとしか思えませんよ? これ」
一つだけ、心当たりはある。あくまで非情に徹した場合の話だが。
クリムゾングループだ。
かの企業体はアメリカ及びオセアニアに基盤を置いている。極東はネルガル5割、明日香インダストリー5割、そして西欧は逆に明日香6割、ネルガル4割の比率で市場を支配している。ここのところアキトの活躍でネルガルが盛り返し、明日香インダストリーは少々苦境に陥っているという。
あとアフリカはクリムゾン4割、ネルガル・明日香が3割の激戦地帯だ。
ポイントは極東と西欧には、ほとんどクリムゾングループが食い込めていないと言う点だ。ここで西欧が弱体化すれば、彼らにも西欧に入り込む余地が生まれる。
だがそれは、人類そのものの存亡と引き替えの危険なバクチだ。勝てばでかいが、負ければ元も子もなくなる。クリムゾンの総帥たる会長、ロバート・クリムゾンは、そこまでのバクチを打つほど追いつめられてもいなければそれに気づかぬ馬鹿でもない。
いや、むしろその手の危険は避ける男だ。アレは100%勝てるバクチにしかチップを張らない男である。そのためのイカサマは遠慮無く行う男でもあるが。
そう考えると、結局の所思考は堂々巡りに陥ってしまう。
この考えは、クラウドにも話さなかった。あいつのことだ、このくらいとっくに推測しているだろう。
さ、早いところ仕事を上げるか。
明日からは久々の完全休暇だ。一月の激戦で、身も心も疲れ切っているからな、みんな。
俺もゆっくり骨休めをするとしよう。
>NAO
「ナオさん……そう言うことは、勝手に決めないでくださいよ」
アキトの奴に、そう苦笑いされてしまった。だが、断るとは言わない。
お前……いい奴だな。やっぱり。
ミリアたちを誘ったことを話すと、あいつはあっさりと「いいですよ」と言った。
ただ、気を利かせてくれたというのが丸分かりだが。
と、そこに女性軍がやってきた。
「アキトさん、休日のご予定は?」
サラちゃんがすかさず先制攻撃を放つ。出遅れたアリサちゃんが、鋭い目で実の姉をねめつける。
おお、怖い怖い。
レイナちゃんとハルナちゃんは、そのまんまアキトの出方をうかがっている。
「ん、ナオさんに誘われてね。メティちゃんとおつきあい」
おいアキト……お前、本当にこっちの方面には天然だな。
見ろ、サラちゃんとアリサちゃんの目が、一瞬すごく鋭くなったぞ?
「じゃ、あたしもご一緒していいですか? アキトさんだけじゃ、小さな女の子の相手は大変でしょう?」
お、アリサちゃん、返しの一撃。
「私もおつきあいしますよ」
……目が笑ってないよ、サラちゃん。
でもアキトの奴、相手が味方の女だと、とことん鈍くなるな……。同じことを俺がやったら、無意識レベルで反応するくせに。
「う〜ん、ま、いいか。メティちゃんもそのほうが嬉しいだろうし」
……ダメだこりゃ。メティちゃんだって女の子で、しかもお前が好きなんだぞ?
10歳だからって甘く見るな。あの年頃の女の子は背伸びをしたい盛りだし、男ってものを意識しはじめる歳でもあるんだぞ?
「アキトさん……本当にハルナの言う通りね。なんでこうも鈍いのかしら」
「仕方ないよ……これがお兄ちゃんのいいところでもあるんだもん。ナデシコでも12歳の女の子に本気で好かれてるなんて、全然気づいてないし」
ん、それはちょっと聞き捨てならないな。こいつ、ナデシコでも……おいおい、ちょっと待てよ……
「なあ、12歳って……ナデシコにはそんな子供まで乗っているのか?」
アキトがサラちゃん達に絡まれているのを確認した上でこっそりと聞くと、ハルナちゃんは舌を出して言った。
「おっとっと。まあいいか。パーソナルデータはまずいから内緒だけど、いるよ。それも重要なクルーで。あたしと同じ、マシンチャイルドの女の子だよ。ナデシコのメインオペレーター」
ああ……そう言うことか。
時期を考えれば、そうなるな。ハルナより年上と言うことは、まずないわけだし。
「でもね、実はナデシコって、民間とは言え軍艦のくせに、未成年が異常に多いんだよ。お兄ちゃんもそうだし、メインパイロットのリョーコさんたちもまだはたち前だよ。しかも見た目以上にハードな人生送っている人ばっかり」
「ほう、そうなのか?」
俺がそう言うと、ハルナちゃんは何とも意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「お兄ちゃんも知らないでしょ、このことは」
いきなり話題を振られて驚くアキト。
「ん? なんだ?」
「リョーコさん達のこと」
「リョーコちゃん達のこと? どうかしたのか?」
ほう、アキトも知らんのか。
「個人のプライバシーになるから言わないけど、ちょっと意外な話を。お兄ちゃん、リョーコさんとヒカルさんとイズミさんとレイナ、年齢が上の順に並べるとどうなると思う?」
ん、なんか考え込んでる。一方ハルナの脇では女性陣がハルナに「ねね、それってあのナデシコの?」とか聞いている。
と……アキトの答えが出たようだ。
「えーと、一番上がイズミさんで、リョーコちゃんとヒカルちゃんが同じくらい。で、レイナちゃんが一番下かな?」
「残念でした。みんな同い年だよ」
その瞬間、アキトの顎がかっくんと落ちた。なんか、相当意外な事実だったらしい。
「……い、イズミさんとヒカルちゃんが同い年……」
なんか相当ショックみたいだな。そんなに雰囲気違うのか?
「どういう人なんですか?」
そう聞くアリサちゃんに、
「会えば分かるよ」
と答えるハルナちゃん。
「ま、会えないと思うけど」
そりゃそうだ。
けど、ナデシコか……興味がわいてくるな。そんな風に言われると。
「そう、こんな話をしている場合じゃありませんでした!」
突然サラちゃんが叫ぶ。
「アキトさん、いつ出かけるんですか?」
「それはナオさんに聞かないと」
そのとたん、みんなの注目が俺に集まった。
「ナオさんに……ははあ、そういうことですか」
「ナオさん、やるう!」
アリサちゃんもレイナちゃんも、そういうにやついた目はやめて欲しい……
サラちゃんだけは分かってないみたいだな。さすが天然。
「ねね、どういう意味? アリサ」
「ナオさんはミリアさんを誘いたいのよ」
「けどミリアさんって面倒見がいいから、メティちゃんを置いてはいけないよね。だからお兄ちゃん、か。ナオさんの策士」
さすがに鋭いな、ハルナちゃん。
「まあ、いいじゃねえか。あさってだよ。あさっての日曜。どうせ明日は片づけや雑用も多いし、アキトは仕入れもあるんだろ?」
「ええ。そうしてもらえると助かりますけど」
「んじゃ頼んだぞ」
そう言い残して俺はこの場を立ち去った。
よし、これで準備は万端だ。
日曜が楽しみだな……
そして日曜日。
昨日レンタルしてきたワンボックスカーで、俺はミリアたちを迎えに行った。
一緒にアキト、サラちゃん、アリサちゃんも乗っている。
……結局逃げ切れなかったんだな、アキト。
ちょっと同情しつつも、俺は心に棚を作った。
「よ、アキト、そういえばハルナちゃんはどうした?」
一緒について来るかと思っていたんだが。メティちゃんの世話をするんなら、必要なのは彼女だ。言っちゃ悪いが、サラちゃんやアリサちゃんには手におえんぞ、メティちゃんは。
あの年頃の女の子は意外に鋭いからな。二人がアキトに向けている好意を見のがすはずはねえ。
そうしたら……きっと修羅場だぞ。アキト、トイレには行ったか? お祈りはすんでるのか? 今夜女の恐ろしさと自分の馬鹿さ加減を反省して、ベットでガタガタと震える覚悟はできてるか?
……古典的名台詞のパロディは、今ひとつ決まらんな。
「ハルナはデートらしいですよ、整備班の男と」
ああ、サイトウか。ここを出る前、約束してたしな。
けど、やっぱりお前も『兄』だな。デートに行く妹が気になるか。
「わ〜い、おひさしぶり〜」
テアさん家に着くと、メティちゃんが待ちきれないと言ったようにアキトに抱きついてきた。アキトの奴は鈍いから気がついていないようだが、このご時世でもできる精一杯のおめかしをしている。ミリアのほうは……うん、派手でもなく、かといって普段着でもなし、か。
ふっふっふっ、読み通りだ。こちらもそのレベルに合わせて、少しだけ上等のスーツと、知的に見えるダテ眼鏡に替えてある。元のまんまだとさすがにマフィアと間違えられかねないことくらい、ちゃんと俺だって自覚している。
「おはようございます、ミリアさん」
親しき仲にも礼儀あり。俺はきちんとした礼をした。
ところが、何故か返事が返ってこない。俺が顔を上げると……ミリアは何かぽかんとした顔をしていた。
「あ……あの……ヤガミさん、ですよね」
はぁ?
「い、いえ、その……サングラスをしていないところ、初めて見たので」
ずるっ
俺は往年のギャグマンガよろしく、盛大にずっこけかけた。
腰が抜ける、っていう経験は初めてだ。これは衝撃で一時的に背筋やなんかがゆるんで、上体を支えられなくなるんだな。
アキトと鍛練を積んでいなかったら、一張羅のスーツが台無しになるところだった。
……アキトとの鍛錬が最初に役立ったのがこれって言うのも、なんか情けないな。
し、しかし、それはそうと、そんなに俺っていつもサングラスしてたのか?
まあ、いい。俺は一応持っていた戦闘時用の、普段のよりややごつい、ゴーグルに近いタイプのサングラスを掛けた。
これ掛けるといつもより顔が怖くなるんだがな〜
けど、とたんにほっとした空気が目の前から流れてきた。この気配を感じる力も、アキトとの鍛錬で大幅に伸びた能力だ。
……これが出来て、何故お前ああも女性の扱いが下手なんだ? その気になれば相手の女性の感情くらい、これだけで読みとれるぞ? みんな特に開けっぴろげなんだし。
「うふふ、やっぱりそのほうがヤガミさんらしいですわ。ちょっと怖いですけど、強そうで」
何となく嬉しそうにいうミリア。
その瞬間、俺の脳裏に閃いたことがあった。
怖いけど強い。それって、テアの親爺さんのイメージじゃねえか。
以前アリサちゃんやサラちゃんが言ってたっけ。
『ミリアさん、なんでクラウドさんよりナオさんの方がいいんでしょう』
『ここだけの話、おじさまのせいで、ミリアさんに近づけた男の人は、クラウドさんだけだったんですよ。てっきりその気なのかと思っていたんですけど』
男が潜在的にマザコンなように、女は潜在的にファザコンだともいう。
そうか、ミリアがクラウドに持って行かれなかったのは、あいつが優男で、親爺さんとは全然タイプが違ったからなのか。
神様よ、俺は今初めて、この幸運をあんたに祈るぜ。
となるとこれからは戦略を少し変えた方がいいな。まめで真面目な方がやっぱり好みだろうから、いい加減なのはまずいが、お上品なのよりタフな方がいいらしい……って、そりゃ真面目に仕事してるときの俺じゃねえか。
普段の俺でいいってことか。
「こっちが好みならわざわざダテ眼鏡なんて持ってくる必要なんかなかったな」
そう言って俺は眼鏡をしまった。
「そうですよ。やっぱりヤガミさんは、サングラスをしている方が似合います」
さて、こっちは準備よし、と。アキトたちのほうは……。
「お姉ちゃんたちもいくの?」
「ええ、そうよ」
「みんなで楽しく遊びましょうね」
……笑ってない!
目が笑ってないぞ、メティちゃんまで!
……アキトの奴は、全然気づいてやがらんが。
俺は何も見なかったことにして、みんなを車に乗せた。
いつもの田舎町から、近くの大きな街まで車で1時間。以前はローカルだけど鉄道もあったが、この戦いで線路が破壊されたまま、復旧のめどは立っていない。
舗装も所々はげた道を、俺たちは走り抜けていく。
やがて見えてきた街は、すっかり復興していた。
ある意味アキトたちの恩恵を、一番受けた街だからな。
街外れの駐車場に車を止めると、俺たちは自然に二手に分かれた。
アキトの奴が、
「それじゃメティちゃんお借りします。サラちゃん、アリサちゃん、行こうか」
と、サッサとみんなを連れだしてしまったからだ。
あのやろう、人のことだと気が利くのに、どうして自分のことはわかんないんだ?
「……じゃ、俺たちも行きますか」
「……はい」
うん、いい雰囲気だ。
感謝するぞ、アキト。
>TADASHI
「へえっ、素敵な所ね」
よし、つかみはオッケイ。
作戦の合間に培った情報で、なんとしてもハルナさんを落とす!
あ、俺は真面目だぞ。
そんなわけでまず最初のスポットは、復興なった中央映画館。
ネルガルの資本が入ったらしく、前より綺麗になったと評判だ。
上映品目は、傑作恋愛物語三本立て。
まずはこれで雰囲気を……
……
……
……
うーん、いまいち面白くなかったな。甘いし、雰囲気はいいんだけど、どうも俺向きじゃないと言うか。
彼女は真面目に見ていたみたいだったけど。
さて、その前に、デートの定番、『映画の後の喫茶店!』
もちろん、下調べは完璧!
映画館のあるビルの、5階の店に入る。ここの窓際が、特に眺めがいいと評判なのだ。
……本当に眺めがよかった。
復興した街並みが、よく分かる。
これに俺も関わっているのかと思うと、感無量だ。
「ほんとに素敵ね」
やった! これは受けたみたいだぞ!
ハルナさんは、今日のために、いつもとは違う、ずっと女の子らしい服装をしてくれている。たいていいつも作業ズボンとジャケットなのに、今日はちゃんとスカートをはいている。女の子の服装はよく分からないけど、とってもかわいくって、いつまで見ていてても飽きない。
「ね、そういえば、映画、どうだった?」
「ええ、とっても……」
素敵だった、と、言いかけて、俺はそれをうち消した。
ここで偉ぶるのは、元の俺に戻るってことじゃないか。素直に、謙虚に、自分を偽らず……。ハルナさんに教えてもらったことを、ちゃんと思い出せ、俺!
「……いや、ちょっと失敗したかも。俺向きじゃなかったような。ハルナさんは?」
そういったら、彼女はくすくすと笑っていた。わ、なんて言うか……別人。
彼女、こんなにかわいい顔で笑えるんだ。
「実はあたしも。知ってた? あたし、実はゲキガンガーの大ファンなんだよ?」
な、何とおっ!
それはまたディープな趣味をお持ちで。
「いろいろ下調べしてくれたみたいだけど、残念ながら調べ方が甘かったみたいね、サイトウさん。あたし、あんまり普通の女の子みたいな感性してないわよ? でも、その努力に免じて教えてあげる。あたしはね、女の子の癖してレイナみたいに整備業やコンピューター操作を仕事にする趣味人なのよ? ある意味サイトウさんみたいな感性の持ち主、っていうこと。次、どこに行く?」
そういうことなら……ちょっとオタクな趣味だが、自動車のパーツでも見に行くか? ちょうど買いたいパーツもあるし。給料もがっちり、しこたま手当付きで入ってるから、予算も十分。けど、そうすると、今の彼女みたいな格好だと……そうだ!
「ちょっと変わったところへ。お買い物なぞ、いかがでしょうか。もちろん、僕がプレゼントいたします」
ちょっとおどけて言う。
「ふふふ、どこかな〜」
彼女も興味津々と言った顔になる。俺は自信を持って、ある場所を目指した。
ちょっとスラムっぽい一角。普通の女の子には危険だけど、彼女なら、まあ平気だろう。俺もちゃんとガードはするが、たぶん彼女のほうが強い。
それはさておき。
俺が彼女を連れて行ったのは、ワーカーズショップ。平たく言えば、作業着を扱う店だ。
「こ、これは意外だったわ」
おっ、掴んだかな? いやがってないみたいだ、彼女。
「いやあ……本命の場所に行くには、その、素敵な服だと、残念ながら場違いになりそうなんで。いつもの作業着みたいなほうが似合うんですよ。ここの商品は、安くて質のいい一級品の服を扱ってますし、何よりサイズが豊富ですから。ハルナさん、作業着、微妙に合ってないでしょ」
「よく気がついたわね」
あ、驚いてる。でも……本当のことは言えないな、こりゃ。ぱっつんぱっつんに張った胸元とお尻を注目してたから分かっただなんて。
「そこでここの店長の出番なんです。お〜い、店長〜」
「うるせえな……お、タダシ、久しぶりだな。ん? いっぱしの面になりやがって。今日は何の用だ?」
実はこの店、俺の先輩がやっている。腕のいい職人なんだけど、性格が災いして出世出来ないタイプの典型みたいな人だ。
でも、彼女なら大丈夫だろう。
「実はこの人にあった作業服を作って欲しいんだ。同僚なんだけど、服が合ってないみたいで」
「ん……ああ、胸と腰がつらそうだな。直しならすぐに出来るが、それでいいのか?」
「取りあえず一着、直しで。後、ぴったりの奴を替え混みで3……いや、5着くれ。後は任せた」
さすが先輩。デート衣装のハルナさんを見ただけで、そう来るか。
よけいなことも言わない。豪快な人だ。
「ね、さすがに5着もおごってもらうわけには行かないわよ」
「いえ、気にしないでください。ここ、俺の先輩の店ですから。安いですし、金ならあります」
そしたらぴしゃりと言われてしまった。
「お金は大切になさい。今日着る分、っていうのだけおごってもらうわ。後はちゃんと精算するから、領収書、もらっておいてね」
「ははは、そうしとけ」
くっ、先輩にまでいわれてしまった。
「じゃ、お嬢さん、サイズ測っていいかい?」
そういって別室に入る先輩。あ……まてよ? 先輩確か、サイズは昔気質にメジャー一本で……。
くうっ、うらやましいっ!
程なく先輩とハルナさんは出てきた。
「あの、変なコトされませんでしたかっ!」
思わず聞いた俺は一発殴られてしまった。
ハルナさんにだ。
「失礼なこと聞くなっ! この人、本物のプロよ。よくこんなイイ先輩がいたわね。あ、そうか。サイトウさん、先輩運はいいのよね〜」
実は俺もそう感じている。
「悪いが5分待ってくんな」
先輩はそういうと、機能的なジャケットとズボンを一枚持って、奥の作業場に入っていった。
ビリッ!
ビビビビビヒッ!
かなり豪快な音がする。先輩が直しを入れるときは、豪快に糸を切るからなあ。
程なくして先輩は出てきた。
「これでいいと思うぞ。ま、そこが試着室だ」
ハルナさんはいそいそとそこに入っていった。ちょっとして出てきたハルナさんは、おめかしした女性じゃなくって、気軽な女性の同僚のハルナちゃんになっていた。
「うん、さすが。着心地抜群! すいません、5着じゃなくって、10着ください。後、整備班のみんなにも勧めておきます」
「お、そりや気が利くな。助かるよ」
「そうそう、ジャケットの胸にこういうロゴを入れてください」
傍らに転がっていたスケッチブックに、彼女はさらさらと隊のロゴマークを書いた。へえ、絵もうまかったんだ、ハルナちゃん。
「ん……バックが黒で、満月に……黒抜きの竜?……『フルムーンナイト・ドラゴン』!……こりゃあ『Moon Night』の隊マークじゃねえか」
「ええ、私たち、そこの隊員ですから」
彼女がそういったとたん、俺は先輩にぶっ飛ばされた。
「てめぇ! 何でそんな大事なことを言わねぇ!」
「い……一応軍規なんですよ」
そういったら、納得してくれた。
「全く、今の西欧で『Moon Night』から金取る奴がいると思ってんのか?」
「いえ、お金はちゃんと受け取ってください」
そう言ったのはハルナちゃんだった。
「どんな恩義があると思っていただいていても、これは私たちの仕事であり、義務なんです。あなたの仕事を正統に評価して、代価を払わないのは、最低の行為ですし、あなたの腕に対する侮辱です」
うわ……なんて言うか、物凄いプライド溢れるお言葉。
そうしたら先輩は、豪快に笑っていった。
「はっはっはっ、おいサイトウ、このお嬢さん、お前にはもったいないぞ。それじゃこれでどうだい? 服の代金はいただくが、ロゴの取り付け代はおまけだ。これならサービスだし、俺の腕を安売りすることにもならん」
「それでしたら」
そうお礼をいうと彼女は、俺の所に来て言った。
「最高だよ! この贈り物。じゃ、本命に行こうっ!」
わっ、密着!
何か、最初のよそ行きより、ぐっと距離が縮んだみたいだ。
いけいけ!
パーツショップで、俺はハルナちゃんの魅力をまた一つ知った。
話が合うのだ。俺は思わず彼女が女であることすら忘れて、エンジンパワーとギアのセッティングについての議論を、パーツショップのオーナーまで交えて2時間近く語ってしまった。挙げ句の果てにオーナーは今度のレースで彼女の設定したギア比を試してみるとまで言った。
色気はなかったけど、無茶苦茶面白かった。
彼女もご満悦みたいだ。
「ああ、楽しかった」
汗がきらきら輝く彼女は、本当に女神様だった。
彼女はおまじないみたいに、上を見上げてVサインをすると、こちらを見ていった。
「最高だね! どっかで何か食べる? あ、安心して。いつもみたいには食べないから」
そういえば30人前は食べるんだっけ、彼女。おごるくらいはいいけど、まわりの反応が怖いな……。
取りあえず俺たちは並んで歩き始めた。
「そういえば、時々上向いてVサイン出してたけど、何?」
「あ、あれ? おまじないの一種。ある条件を満たしたときにあれをやると、いいことが起きるの。ちなみにサイトウさんがやっても意味無いよ。乙女のおまじないだから」
「女の子の呪文じゃなあ。なに願掛けてたの?」
「それは、お・と・め・の秘密」
とまあ、こんなたわいもない話をしてたんだけど。
突然、彼女の様子が激変した。
「サイトウ君」
何か、言葉遣いからして違う。
「悪いけどデート、ここでうち切って。そして、あたしに少しつきあってくれる? お返しは後でするから」
「な、何ですか、一体」
訳が分からない。
「ごめん、説明している暇はないの」
そういうと、俺の車のほうに向かっていった。
俺はあわてて彼女を追いかけた。
……何があったんだ? 一体。
俺の趣味が車なのは、さっきのことでも分かったと思う。はっきり言ってテクはあんまりないけど、いじった結果を自分の手で確かめられるのがいいのだ。趣味が高じて整備士になり、何の因果かこうして軍にまで来て整備の仕事をしている。
俺は自分の車を、半ば軍に供出する形で駐屯地に持ち込んでいた。自由にいじれて、休日勝手に乗り回す許可と引き替えに、それ以外の日は軍で使用してもいい、と言う契約にしたのだ。軍でも補給の厳しい中、日常業務に使える車があるのはありがたかったせいか、割と快く応じてくれた。実際、何かと便利に使われすぎて、肝心の休みの日に乗れないこともしばしばだったが、元々いじるための車だったから不満はなかった。
今日みたいな日にはデートにも使えるしな。
ハルナちゃんはその車の所に俺を引きずっていった。
「鍵、ある?」
そりや当然持ってるが……運転、出来たの?
俺がためらってると、ちょっと怖い顔になった後、それが懇願する顔つきになった。
「お願い、鍵貸してくれたら、一晩つきあってもいい。急ぐの。この車、相当いじってるでしょ」
「そりゃ……まあ」
ちょっとどころか大いにいじっている。本来オンロード用のこの車を、この戦時下のボコボコ道路を走れるようにセミオフロード化したりとか、その他細かいところをいろいろチューンして、オフロード化したのにオリジナルより早い。
けど、何かマジで訳がありそうだ。つまり、今車を借りるためなら、俺と寝てもいいと言うまで。
そんなことで彼女の体を要求するほど、俺は腐っちゃいないつもりだ。
「いいぜ、ほら。後一晩もいいよ。そういうのは自力で勝ち取ることにする」
おっと、ちょっと悪い癖が出たかな。けど、男として一度くらいはこんなかっこつけもしてみたいものだ。
そして俺の投げた鍵を器用に受け取ると、そのまま運転席側に乗って、シートベルトを装着しはじめた。
「へえ、6点支持ベルトか。改造、こったな?」
まあ、フルパワーで運転したらマジでこれが要ります。
「これならいけるかな……誤算だったよ、ちくしょう!」
何が誤算だったんだ? とは思ったけど、俺はそれを質問出来なかった。
なぜかって?
ぎゅおおおおおおんっっ!!!
俺の車は、正真正銘の全速力で、舗装のはげた道を突っ走っていた。
は、ハルナちゃん、こんな特技あったの!
スピードメーターが、振り切りっぱなしだぁぁぁぁぁっ!
急カーブでも……
うわぁぁぁぁっ!
血が、血が下がるうっ!
………………
…………
……
…
「調子いいよ〜、これ。間に合ったら、本当に一晩付き合ってあげるね〜。さっきの態度、格好良かったよ」
……きゅう。
>NAO
「今日はありがとうございました。楽しかったです。メティも楽しんできたみたいですし」
「またね〜」
ふふふふふ。
こぼれる笑みを押さえるのに、俺は必死だった。
いやあ、何というか、会心のデートだった。
こう、彼女の心を、ぐっと掴んだ手応えがあった。
俺の方も掴まれちまったが。
今日一日付き合ってみて、俺はますます彼女に引かれていった。
本当にいたんだな、女神様。
ちなみにアキトのほうは……何もいわないのが親友(とも)っていう奴だ。
メティちゃん、サラちゃん、アリサちゃんが出発前よりいきいきつやつやしているのに、アキトと来たら……。
男として、ああはなりたくはないな。せめてもの情けだ。何があったかは聞かんよ。
夕暮れの中、俺達はミリアとメティちゃんに見送られて、駐屯地へと向かっていった。
その途中。
「ん……なんだぁっ!」
どっかで見たような車が、とんでもないスピードですれ違っていった。おいおい、ありゃ200キロ以上は確実に出てるぞ?
危うくハンドルを切り損ねるところだった。と、
「ナオさん」
その一言で、俺はおろかアリサちゃんの意識まで、何かのスイッチが入ったかのように切りかわった。
「どうかしました? アキトさん」
サラちゃんだけはそこまで反応が早くないか。まあ、非戦闘員だしな、彼女は。
俺は車をUターンさせながらアキトに聞いた。
「どうした、今の車」
アキトの答えは簡潔だった。
「ハルナが運転してた」
「「えっ!」」
サラちゃんとアリサちゃんが口をそろえて驚く。その時既に俺は、元の道を引き返していた。
「どっかで見たことあるはずだ。ありゃサイトウの車じゃねえか」
趣味でいろいろいじっているらしい、あいつ自慢のスーパーカーだ。改造こそされているが、見た目は軍用車と違って、迷彩もされていないただの車だから、何かと便利に使われていた気がする。
けどまさか、あそこまでだったとはな。ちょっとは見直した方がいいかも知れん、あの男。
だが、気になるな。何故ハルナちゃんは、あんなぶっ飛ばし方をしてるんだ?
「おいアキト、何か心当たりあるか?」
「いや、理由は判らん」
アキトは戦闘モードの醒めた声でそういった。
「あいつがなに考えているのかは、俺にだってさっぱり分からない。ただ、少なくともあいつは、意味のないことをするやつじゃない。あいつがあそこまで急いでいるからには、急がなきゃならない理由があるっていうことだ」
「そりゃそうか」
もしあの娘の正体があの魔法使いなら、秘密の情報源の一つや二つ、持っていてもおかしくない。
取りあえず、追ってみよう。
ありゃただ事じゃなさそうだ。
そう思って車を走らせる俺たちの正面に、闇を裂くように一筋の煙が立ち上った。
「おい、あっちは……」
「街の方です!」
後は無言であった。皆、考えることは一緒だったであろう。
ハルナちゃんが向かった以上、あの煙は俺たちに無関係な訳はねぇ!
俺たちの車が街に入ったとき、真っ先に目に飛び込んできたのは、燃えさかるテア食料品店の店舗であった。
そしてその前に止まっている、サイトウの車。
「ミリア! メティちゃん!」
俺は声の限りに名前を呼んだ。
「ヤガミさん!」
その声は、燃えさかる炎の音と、人々の喧噪を切り裂いて俺の耳に飛び込んできた。
「ミリア、無事か!」
「私は……お父様も大丈夫。でも、メティが!」
「「何だって!!」」
期せずして俺とアキトの声がハモった。
「変な男の人達に連れ去られて……ハルナさんとサイトウさんが、追いかけていきました」
「どっちだ!」
俺より早くアキトが叫ぶ。すると近所のおばさんが街外れの方を指さしながら叫んだ。
「こっちだよ! 崖の方。夕方あの辺にヘリが飛んでたから、きっとそっちだよ!」
俺はこの辺の地図を素早く頭の中で開いた。街の周辺はほとんど森だが、敵の襲撃のせいで、崖っぷちの一部が広い空き地になっていたはずだ。ヘリが降りられるような所はそこしかない。
俺がそちらに向かったとき、既にアキトが走り出していた。
……とんでもない速さだな、あいつ。
「サラちゃん! アリサちゃん! ミリアと、街の人を!」
「「任せてください!」」
打てば響くように、答えが返ってきた。
そして俺も、アキトの後を追った。
「あっ、ナオさん!」
途中で俺は、ぜいぜいと息を切らしたサイトウを見つけた。
「アキトは! 後、ハルナもかっ!」
それだけで十分、サイトウにも通じた。
「あ、あちらへ……」
街からここまで結構距離があったからな。全身の汗を見れば、お前がどれだけ一生懸命走ってきたか分かるぜ。
だが、今は時が惜しい!
俺はサイトウの指し示した方へ全力で走っていった。
そこから少し行ったところで、きな臭い気配を感じて俺は足を止めた。
ひのふの……結構いるな。あ、一つ消えた。
アキトが襲っているな、これは。
俺は銃を引き抜きかけて、それを元に戻した。
ここで銃声を鳴らすのは馬鹿のやることだ。アキトも1人ずつ、音を立てずに相手を倒している。
もしメティちゃんが人質になっていたら、銃声一つで即逃げられてゲームオーバーだ。
はっきりいってメティちゃんを奪い返すには、奇襲しかない。
となると、やることは一つ!
俺は気配を断つと、1人目の犠牲者に襲いかかった。
「……ナオさんか?」
「アキトか」
ほんの数分後、俺とアキトは、静かになった森の中で顔を合わせていた。
無言のまま、問題の空き地を目指す。
やがて視界が開けたとき、その光景が目に入ってきた。
メティちゃんは無事だった。ハルナちゃんが彼女を背後にかばっている。
そしてあたりは、怪我人の山だった。10人ばかりの、SSと思われる男達が伸びている。
ただ、5人ほどの男がハルナとメティちゃんに、5メートルほどの間隔を空けて銃を突きつけている。
そしてヘリが一台と、その脇にいる1人の男。
その男を見た瞬間、俺のうなじがそそげ立った。
あいつは……テツヤ!
クリムゾンの奴、なんてヤバい奴を送り込んで来やがった!
「お嬢さん、そろそろあきらめた方がいいのでは? あなたがかなり使うことは分かりましたが、そのお嬢さんを背負ったままで、我々に立ち向かえますかな?」
へらへらとした嗤いを浮かべながら、そいつはハルナちゃんにいう。
「馬鹿いわないでよ。あなたの言うことを聞けば、メティちゃんを帰してくれるなんて、あたしは全然信じてないわよ」
俺はそれを聞いて少し安心した。ちゃんと分かっているな、ハルナちゃん。ここでメティちゃんから目を離したら、あの娘は絶対に助からない。あいつは……テツヤは、そういう奴だ。
「ナオさん……」
「ああ」
お互い思いは一つだ。あの5人を奇襲で落とせば、こっちの大逆転だ。
呼吸を計る俺たち。だが、それより早く、事態は動いた。
俺たちが、奴らとの距離を測った瞬間。
ハルナの手の中から、赤みを帯びたものがテツヤに向けて飛んだ。
それが何だったのかは分からない。だが、それは物凄い速度で飛び、テツヤの持っていた拳銃をはじき飛ばしていた。
「うぉっ!」
さすがのあいつもあわてる。
みんなの注目がテツヤに集まる。
しめた!
言葉は要らなかった。俺もアキトも、既に包囲をしている奴らに襲いかかって行った。
同時に巻き起こる銃声。しかし既にハルナはメティちゃんを抱えて位置を変えている。
そんな攻撃が……なにいぃっ!
まるで見当はずれな方に飛んでた一発の銃弾が、
偶然にも
メティちゃんを抱えて動いたハルナちゃんの
額を捉えていた。
血しぶきを上げながら、
ハルナの体は、
メティちゃんを抱いたまま
ゆっくりと
崖の下に、落下していった。
「ハルナぁぁぁぁぁぁぁっ!
メティちゃぁぁぁん!!!」
正常な思考が戻ったとき、テツヤの奴は既にヘリに乗り込むところだった。
「待て、テツヤ!」
「おっとっと、俺は今の事故で怒り心頭に発しそうな戦鬼様と同じ所に立つ気はないよ」
ローターのまわる騒音の中、テツヤは拡声器を通して俺たちにそう言った。
「事故だと!」
俺はそう叫ぶ。テツヤの声は、変な話だがひどく落ち込んでいた。
「そう……事故だよ。だってあの娘も、そこの戦鬼様と一緒に、確保すべきターゲットだったんだから」
「そうか……てめえ、アキトとハルナをクリムゾンに引き抜く気だったな!」
「正解」
あいつお得意の、すべてをからかうような斜めの口調で奴は言う。
「今や天下に名だたる西欧最精鋭部隊、『Moon Night』。その中核を担っているのが、実はただの民間人とはね。でも民間人なら、引っこ抜いたって文句は出ないだろ? 好待遇で迎えるつもりだったんだけど」
「お前達の考えそうなことだぜ」
俺が吐き捨てるように言った言葉に、奴は大仰にうなずいた。
「そういう君も、この間までは仲間だったくせに。そうそう、そこの正気を失いかけている戦鬼様に言っておいて。今回は事故だったけど、移籍を渋り続けていると、今度は事故じゃなくなるってね。そんじゃまた。いい返事待ってるよ」
「何だとオイ! ちょっと待てテツヤ!」
しかしもう俺の声は奴に届かなかった。代わりに返ってきたのは、こんな台詞であった。
「あ、そこのとんでもない失敗をした無能な部下は、お詫びに戦鬼様への生け贄として捧げていくからね〜。ちなみに尋問しても無駄だよ〜。アジトは別の所に移すから〜」
その一言で、俺は別の意味で正気に返った。
アキト……
そこにいたのは、文字通りの『漆黒の戦鬼』だった。
>SHUN
「何ぃ、テロだと!」
報せを受けて、俺たちは直ちに現地へ駆けつけた。
そこで俺たちが見たのは、燃え盛る炎と、消火活動にいそしむ人達。
俺は直ちに隊員に手伝いを命じると、同時に事情の判りそうな人間を捜した。
幸いそれはすぐに見つかった。
サラ君とアリサ君が近くにいたのだ。
「あ、司令!」
「クラウドさん!」
俺とクラウドがテア食料品店の近くにいたら、二人の方から声を掛けてきた。
「何が起こったんだ? それに、アキトとナオは?」
「詳しくは我々も……でも、メティちゃんが何者かにさらわれたそうで。アキトさん達はそれを追いました」
「ハルナさんとサイトウさんもです」
何か……相当ヤバそうだな。悪い予感がする。
「おい、カズシ!」
「何ですか!」
「アキト達が気になる。お前はここでみんなを手伝ってくれ! 俺はアキト達を捜してくる」
「私も行きます!」
まあ、そういうだろうな、アリサ君は。
それに……止めてもサラ君は付いてくるだろうな。
まあ、ここは、カズシとクラウドがいれば大丈夫だろう。そう考えた俺は、ほか数名の兵士を伴って、問題の空き地の方へと向かった。
ここの崖は、昔遠くにチューリップが落下した影響で出来た崖で、崖と言うより地割れに近い。幅もあまりないが、とにかく深い。こんなご時世だから詳しい調査もされていない場所だ。
そして、俺たちがそこに辿り着いたとき、その視界に入ったものは……
「殺してやる!! 殺してやる!!
テツヤァァァァァァァァ!!!」
鮮血にまみれて絶叫する、アキトの姿だった……
>FALLING DOWN……
おちる
おちる
おちる……
くらいやみのなかを、どこまでもおちていく。
うすいやみのなか、おねえちゃんのあたまからちがながれた。
そして、おちる……
あたし、おかあさんのところにいくのね
おかあさんのいるところって、どんなとこかな。
「……リミッター・オープン」
このままおちたら、じごくへいっちゃうのかもしれないけど
「……モード・フルバースト」
いいこにしてたから、きっとてんしさまがむかえにきてくれるよね。
あ、きた。
てんしさまのはねって、にじみたいにひかるんだね。
でも……なんでおねえちゃんとおんなじかおしてるんだろう。
………………
…………
……
…
あとがき
ははは……アキト、壊れちゃった。
おまけに、ヒロインまで……
でも、誰も死んだなんて思ってないんだろうな……ハルナ
アキトがどうなるかは、この後をお楽しみに。
代理人の感想
そりゃ思ってませんとも。
むしろハルナがどう誤魔化すかとか、
サイトウとの決着をどうつけるかとか、
そっちの方が気にかかりますねぇ(笑)。
後、人事配置ですけどこれは深読みすれば意外と簡単に謎は解ける・・・かも。