再び・時の流れに。
外伝/漆黒の戦神
第七章 『戦神待望』
みなさん、お久しぶり、ホシノ ルリです。
アキトさんとハルナさんさんがいなくなって、だいぶ経ちました。
ナデシコは何とかやっていますが、戦いはだいぶ苦しくなってきました。
やはり、アキトさんの抜けた穴は大きいです。
アキトさんたちが去ってから一週間目、最初の戦闘がありました。
ブリッジも、パイロットの人達も、みな、言いようのないプレッシャーを感じていました。
敵はチューリップ2つと戦艦5隻、駆逐艦20隻に無人兵器多数。
まあ、アキトさんならDFS一本で殲滅してくる敵です。
しかし、たったそれだけのはずの敵が、我々には非常に強く思えました。
戦いには……勝ちました、ちゃんと。ただ、思わぬ苦戦をしましたが。
いつもはアキトさんが先陣を切って敵陣深く切り込み、我々がそれを支えつつ防御と掃討を行うのが、ここのところの戦闘パターンでした。
しかし、いきなり私たちは出鼻で失敗をしてしまいました。
「まずっ! テンカワと一緒の癖が出ちまった!」
限定的とはいえ、DFSを使えるリョーコさんが今回からの要になるはずだったのですが……いつものフォーメーションで敵と接触してしまったのです。
当然真ん中がお留守になっています。そして敵だって、それを見のがすほど甘くはありません。
いきなりナデシコは、敵のバッタ達に包囲され、防戦一方になってしまいました。
「すまねぇ! そっちは大丈夫か!」
「うん、何とかね! 持ちこたえるだけなら、フィールドを全開にしていれば何とかなる。でも……援護は出来ないよ!」
ユリカさんが、おたおたしながらも、的確に状況を分析します。
その隣で……以前とは全然違う、泰然自若とした様子のまま、ムネタケ提督は沈黙を保っています。
以前なら真っ先に金切り声を上げていたでしょうに、この落ち着き……なんだかとっても頼もしく思えてしまいます。
何というか……本当にフクベ提督が帰ってきたみたいでした。あの方も、いるかいないか分からないほど影が薄かったのに、それでいてそこにいるだけでみんなが安心出来る……そんな不思議な方でした。
それが分かったのは、提督がいなくなった後のことでしたけど。
そして戦況は、何とか五分まで押し戻してこれました。
アカツキさんの指示の元、以前のアキトさんの位置にリョーコさんを置いた新フォーメーションが、何とか機能し始めたのです。このフォーメーションは、アキトさんがいなくなった後、その不安を紛らわすかのように、シミュレーターでさんざん特訓したフォーメーションです。出たがりのヤマダさんですら、きっちりと自分の役目を果たしています。
そして、無人兵器の囲みを破って、やっとリョーコさんが敵戦艦に接触しました。
「今こそ見せたる! いくぞ、スバル流抜刀術、『疾風!』」
アキトさんの真似、というわけではないのでしょうが、外部スピーカー全開でリョーコさんが叫びます。
そして、リョーコさんを守っているフィールドが、ほんの一瞬だけ、振るわれたDFSに集束します。
タイミングぴったり。
わずか0.2秒だけ実体化したDFSの刃は、見事に戦艦を食いちぎりました。
アキトさんみたいに真っ二つとはいきませんが、戦果としては十分すぎます。
「で、出来た……」
外部スピーカーONのまま、リョーコさんも呟いていました。
「やったね! 大成功だよ、リョーコ!」
「おめでとう、リョーコ君」
「ふふふ……(思兼による自動検閲)……ははははは」
みんなもリョーコさんを祝福しています。
「よくやった! ついにお前も、叫ぶに値する必殺技を身につけたな!」
……うるさいです、ヤマダさん。
ここから一気に戦況は変わりました。返す刀とばかりにリョーコさんは残りの戦艦を叩ききり、そしてチューリップにとりつくと、ここでバーストモードを発動。チューリップ2つを瞬殺しました。
チューリップが落ちて増援が止まればこっちのものです。後はいつものようにみんなで無人兵器を掃討し、落ち着いたところでグラビティブラスト一閃。残りを一掃しました。
ですが……ここで早くも問題が一つ生じてしまいました。
「おい、しっかりしろ! リョーコ!」
「はは……テンカワの野郎……よく涼しい顔してあんな技振るっていやがったな……」
ハルナさん謹製のスーパーシミュレーターといえども、完全に実戦と一緒とはいきません。感覚的に実戦と同じ状況を生み出せるあのシミュレーターでも、実戦時の個人的なプレッシャーまでは再現出来ませんでした。
実戦下でのDFSの使用は、さしものリョーコさんにも多大なストレスを掛けていたのです。
一目見るだけで極度に衰弱していることが分かりました。
この調子では……アキトさんの代わりに、とは言えません。リョーコさんのことですから、ギリギリまで頑張ってしまうでしょう。でもそうしたら……考えたくないことになってしまいそうです。
それでも私は心を鬼にして、イネスさんの所に担ぎ込まれるリョーコさんを見送りました。
私と……そして、ユリカさんがここで引いてしまったら、絶対にナデシコは持ちません。
アキトさんが帰ってくるこのナデシコが。
戦闘が終わっても、遊んでいるわけにはいきません。
私が通常任務に戻ると、思兼から報せがありました。
『ルリ、メールが来ているよ。ハルナからだ』
「えっ!」
ちょっと嬉しくなりました。早速開いてみます。
『はろはろ、ルリちゃん、こちらは無事に西欧に着きました』
書き出しを見ただけで、涙が出てしまいました。
『もちろんお兄ちゃん共々異常なし。ま、お兄ちゃんは筆無精というか、こういうところが抜けてるって言うか、みんなに手紙を書くなんて事は思いつきもしないだろうし、書こうとすれば緊張して何にも書けなくなるだろうから、あたしが代わって近況報告は入れることにします』
う……嬉しいです。これは。
今の私たちにとって、一番知りたい情報です。
『けどそれに先だって、ちょっと気になることがあったのでルリちゃん宛に私信。暗号化して添付しておきます。パスワードは、『C−思兼−起動』。これで解るよね。では、また後ほど。じゃねっ!』
……なんでしよう。確かに何かずいぶん巨大な添付ファイルがついていますが。
みんながいなくなったら開けてみましょう。
でも……このパスワード、確かに解りますけど……もう何でもありですね。
「それじゃ、後よろしくお願いします」
「うん、おやすみなさい」
今日の当直番であるジュンさんに挨拶をして、私は私室にいきます。プライベートの端末から、思兼を呼びだして、例のファイルを解凍します……ずいぶんと巨大になりましたね、これは。何なんですか、一体。
えーと、説明、説明……
…………………………
……………………
………………
…………
……
…
何ですかこれは〜〜〜〜っ!!
ハルナさん、なんて恐ろしいことを考えつくんですか!
そりゃ、理論上は可能かも知れませんよ?
ナデシコを改造する必要すらありませんよ?
このソフトを起動した状態で……私が……すれば……。
でも、そんな、むちゃな!
……そのためのシミュレータープログラムまで……
いつの間にこんなモノ作ったんですか?
……まあ、ものはためしです。やってみますか。
思兼、これ、インストールだけしておいてくださいね。
それから数日後、2度目の戦闘がありました。
何とか勝ちましたけど……全員がへろへろになりました。リョーコさんは、また入院です。
3回目の戦闘。
勝ちました。
でも……もうみんなぼろぼろです。
リョーコさんはとうとうドクターストップがかかり(危ない薬に手をかける寸前だったそうです)、ヒカルさんは無口になり、イズミさんもギャグを言わなくなりました。
アカツキさんはむっつりと不機嫌そうに黙り込み、ヤマダさんは……唯一全然変わらないのですが、何か言うたびに周囲から睨まれるので意気消沈気味です。
何か……嫌なものがひしひしと迫ってきている気がします。
ブリッジにも、沈黙の時間が多くなってきました。
ユリカさんも、メグミさんも、ミナトさんも、必要なこと以外口にしなくなりました。
こんな状況でまた戦闘が起こったら……今度こそ駄目かも知れません。
私はそんな不安を紛らわせるかのように、最近毎日通うようになった、あそこに行きました。
そこへ行った後は、リョーコさんのお見舞いです。
「ははは……情けねぇよな……自分が、こんなに弱いだなんて、思ってもいなかったぜ」
私には何も言えません。何を言っても、虚しい言葉にしかなりません。
「テンカワの奴……なんで平気なんだよ……一瞬、ほんの一瞬のはずなのに……もしその一瞬に敵の攻撃が来たらと思うと……怖い……怖いんだよ……」
そういって自分の両手を見るリョーコさんの瞳はどこかうつろで、そしてその手は細かく震えていました。
私に出来るのは、その手をそっと握りしめてあげることだけでした。
「本当はこういう心配は、艦長のミスマルさんの仕事のはずなんですけどね」
イネスさんは、リョーコさんの容態を聞きにいった私に、そう答えました。
「でも、今の彼女にそれを望むのは無理ね……彼女自身も、相当無理しているから」
「そうだったんですか?」
ちょっと驚きました。口数が少なくなったとは思っていましたが、あの、ユリカさんが?
いつでも、どんな苦難でも、明るさを失わなかった、ユリカさんが?
「あの人がカウンセリングを受けに来たときは、さすがにあたしもびっくりしたわ。何を相談に来たかは、守秘義務があるから言えないけどね。艦長は艦長なりに大変だって言うことよ。そういう意味で情けないのはジュン君ね。副官なら真っ先に艦長の異変には気づかなきゃならないのに、全然気がついていないんだから。そりゃ、疲れてるな、とぐらいは気づいているでしょうけど、アレじゃあ副長失格よ。今の彼女がどれだけの重圧を背負っているかに、全然気づかないようじゃね」
そ……そんなにストレスをためてるんですか、ユリカさん。見た目はちょっと疲れているぐらいにしか見えないのに。
「ルリちゃんにも気づかせないんだから大したものね。それがあの人のすごい所かしら。でもね、そろそろ危ないかも」
「どうしてそんなことを私に?」
びっくりした私の口から出たのは、その言葉でした。
「あの人がつぶれかけたとき、フォロー出来るのはあなただけだからよ」
イネスさんはそういいました。
「アキト君抜きの戦いを、今度はリョーコちゃんまで抜きでやらなきゃならないのよ? 並の戦術プログラムだったら、とっくにナデシコは落ちてるわ。のほほんとしているようでも、彼女の頭脳はフル回転しっぱなしよ。敵の布陣と攻撃意図を瞬時に見取り、エステバリス隊とナデシコの位置を的確な場所に持っていく。わいてくる無人兵器群をかいくぐり、チューリップまで辿り着くためのラインを、彼我の戦力を的確に判断して導き出す……思兼に聞いてみなさい? あのぽややん艦長の能力が、どれくらいのものか。伊達にプロスペクターさんが拾ってきた訳じゃないわ。ある意味冷徹なマシンに徹した彼女の能力は……冗談抜きで連合軍随一よ」
……全然気がついていませんでした。
「アキト君がいるときは、彼女がそこまで頑張らなくても、アキト君が勝手にやってくれてたものね。でも同じ事をリョーコちゃんに望むのは無理よ。だから彼女は己の能力をフル回転して、今までの戦闘をしのいできている……けどね、それって、今のリョーコちゃんと同じなのよ。たった一つのミスが命取りとなる状況。決して失敗の許されない状況。普通の人間は、そんな状況にいつまでも耐えられるものじゃないわ。しかも艦長の背負っているのは、自分どころかクルー全員の命よ。それだけに、彼女も必死。けどね、ぴんと張りつめた糸は、些細なことで切れてしまうわ。もし彼女が一回でも判断をミスったら……その瞬間に彼女は壊れるわ。ほぼ間違いなく」
そういうイネスさんの瞳には、全然ゆとりがありませんでした。それだけに……その言葉の重さが、嫌という程良く分かってしまいました。
「泣き出したり、騒いだり、仕事を放棄してくれれば、それはまだいいの。けどね、彼女のような人が本当に壊れる時って言うのは、そうはならないの。ああいう人はね、自分を殺しちゃうのよ。ルリちゃん、あのユリカさんが、眉一つ動かさずに、民間人を虐殺するような命令を出しているところ、想像出来る?」
私はぶんぶんと首を振りました。冗談じゃありません!
そんなのユリカさんじゃありません!
「己を殺すって言うのは、そういうこと。ユリカさんはね、普段はアキト君命で何にも考えていないように見えるけど、その実、このナデシコという居場所を誰よりもいとおしんでいるわ。かけがえのない居場所として。アキト君の帰る場所だからというだけじゃなく、自分が自分であり続けられる場所としてね。それだけに、その居場所を自分の失策で壊してしまうような事態には、彼女はまず耐えられない。人間、もっとも大事なものを失ってしまうと、自分も含めて、何がどうなってもいいという虚無にとりつかれてしまうものなのよ」
その時私の頭に浮かんだのは、黒の王子となったアキトさんの姿でした。
ユリカさんもまた、そうなってしまうというのでしょうか……。
「だからね、気を付けていて欲しいの。本格的にミスしたときは、さすがにあきらめなきゃなんないけど、今の彼女はちょっとしたケアレスミスにも耐えられないほど脆くなっているわ。もし彼女が指示をミスっていたとはっきり分かるようなときには、状況を見てやんわりと忠告出来るようじゃなきゃならないの。それが出来るのは……たぶんルリちゃんだけ。ミナトさんは性格的には適任なんだけど、残念ながら状況が分からないし、ジュン君はこういうところが分かっていないから、艦長がケアレスミスをしたとしたら、彼女を責めちゃうわ。それが彼女を追い込むことになるとも分からずにね。あの人は、こういう状況になると厳しくなるタイプの人だし……態度が逆よ。厳しくしなきゃいけないときにばかり優しくなって、優しくしなきゃいけないときに厳しい態度をとってしまう。絶対的に副長としての相性が悪いわ」
いつものような長い説明なのに、今日はあのエキセントリックなところが出ません。
延々と説明を聞いているうちに、何となく分かってしまいました。
イネスさんもやっぱり追いつめられているんですね。私に向けているこの説明が、ストレス解消の手段なんでしょう。
それに珍しく、学術的すぎて身にならないことではなく、有益な助言がいくつも入っています。私はイネスさんの精神衛生のためにも、もう少し付き合うことにしました。
……そのもう少しが4時間にも及んだのは誤算でしたけど。
ちょっと、腰が痛いです。
でも、みんな、追いつめられています。
それでなくてもネルガル本社から横領の疑いがかかったりして、いろいろ大変なんです。
アキトさん……やはりこのナデシコには、あなたが必要です。
早く帰ってきてください。
>IZUMI
嫌な雰囲気だ。
アタシの一番嫌いな雰囲気が、今の艦内には立ちこめている。
これは……お通夜の雰囲気だ。
大切な何かが、失われていくときの雰囲気。
昨日の戦闘で、リョーコがまた入院した。
苦労して身につけた技を振るうたびに、彼女の心が削り取られていく。
彼女が入院した後、ウリバタケさんの顔が物凄く曇っていた。
気になって聞いてみると、彼は黙ってパイロットシートの脇を指さした。
レスキューキットの蓋が開いている。
「アレ? 怪我は……してなかったよね」
アタシの隣でヒカルが不思議そうにしている。
子供ではないと思うのだけれど……ヒカルにはまだ分からないかも知れない。あるいは、分からない振りをしているのか。
ただ何となく……後者のような気がする。彼女は……見た目よりずっと大人の気配がする。アタシとヒカルとリョーコは同い年だ。だが、その中身はまるで違う。雰囲気や外見で判断すれば、アタシたち3人の年齢は、アタシ、リョーコ、ヒカルの順番に見えるだろう。大人っぽいアタシ、子供っぽいヒカル。
けど……中身は逆だ。一番子供っぽいヒカルが、アタシ達の中では一番精神的に大人だ。アタシは……まだ自分の心を整理し切れていない。そしてリョーコは……まだ子供の要素をふんだんに残している。
アタシはまだヒカルほど落ち着いた心は持っていない。戦いの最中くらいしか、自分の心を平静に保っておけない。
ヒカルはいろいろな意味で割り切った心の持ち主だ。子供の好奇心を失っていないが、同時に己の情動をしっかりと管理出来るしたたかさを兼ね備えている。アタシのように、自分の心に振り回されたりはしない。彼女が子供っぽく見えるのは、単に童顔なのと、趣味嗜好が子供っぽいだけだ。
リョーコは夢を追ってパイロットになった。アタシは……死んでもかまわないと思って、この世界に入ってきた。しかしヒカルは……アタシたちより遥かにしっかりした態度で、この世界に来ていた。アタシが自分の理由を話したことがないように、アタシも彼女がパイロットになった理由は知らない。たぶんその理由は、単にパイロットのことを知りたかった、その程度のことかも知れない。IFSを使用すれば、それほど複雑な訓練無しでもパイロットにはなれる。けど、そうして入ってきた世界を、ヒカルは素直に受け入れている。自分を保ったまま、客観的に、淡々と。
その辺が、とっても大人だ。
ついついギャグに走ってしまうアタシとは違って。
何か考えが変な方に行ってしまった。
今心配なのはリョーコだ。
怪我もないのに開かれたレスキューキット……その意味することは一つ。
ウリバタケは気がついていたみたいだ。さすがは年の功。
レスキューキットの中には、負傷時の鎮痛用に、モルヒネが収められている。負傷の痛みを取ってくれる薬としての効果は抜群だ。
だが、肉体ではなく、精神の苦痛からこの薬に手を出す奴は後を絶たない。
軍のような組織にいれば、ある意味必然とも言えることだ。
幸い彼女はギリギリで踏みとどまったようだ。けれども……もう限界なのだろう。
DFSは諸刃の剣だ。威力と引き替えに、己の命を危険にさらす。アタシのようなパイロットなら、それほど怖れることなくこの武器を使えただろう。
だけど、アタシにはこの刃は生み出せなかった。
アタシの脆弱な精神では、DFSを制することは出来なかったのだ。
刃を出せたのは、リョーコ、ヤマダ、ロン毛の3人。アタシとヒカル、そして試しにとシミュレーターに乗ってみた整備班の人間たちは、刃の形成さえ出来なかったのだ。
何故かは分からない。単に自分が不器用なだけかも知れない。
けど……何となく分かっていることがある。
いつ死んでもいい、と思っている自分には、アレは使いこなせない。
アレは、そんな武器のような気がする。
それでも敵はやってくる。
こちらの都合などお構いなしに。
そして、運命の4度目の戦いが来た。
>MEGUMI
ついに、敵が来た。ある意味、一番いやなタイミングで。
リョーコさんは絶対出動禁止をイネスさんから宣言されている。
肉体的なものではなく、精神的なものなので、リョーコさんが精神的に落ち着くまで、危険なことは出来ないんだそうだ。
アキトさんを欠き、そして今のところ唯一DFSを使えるリョーコさんもいない今、敵のチューリップを落とすには、ギリギリまで近づいた状態から最大威力でグラビティブラストをたたき込むしかない。
相手のフィールドが強化され、通常射程からのグラビティブラストが必殺兵器でなくなったナデシコには、相手にとどめを刺すための火力が絶対的に足りない。私はユリカさんみたいに戦場の状況を読みとる頭はないけれど、いつもユリカさんが艦長として何とかしようとしていることはよく分かる。アキトさんがいたときに比べて、各エステバリスにつなぐ通信量が倍加、いや、3倍加しているのだから。アカツキさんがその指示に従ってみんなのエステを巧みに誘導している様子も、みんな伝わってくる。
「敵、チューリップ2、戦艦6、駆逐艦15。無人兵器、約300。チューリップより、増援展開中」
……なんとかなる。そう私は思った。
「不幸中の幸いね。この量なら何とかいける……エステバリス隊、出動してください」
ユリカさんの声と共にパイロットの人達のウィンドウが開き、ナデシコを飛び立っていく。
「ヒカル機、出ます」
「イズミ機、いくよっ」
「ダイゴウジガイ、出撃するっ!」
「アカツキ機、出る」
……ヤマダさんだけは相変わらず元気ですけど、ほかのみんなのは、ほんの少しだけど、声が沈んでいます。
だけど、私たちは甘かったのです。敵だって、考えていたんですから。
「敵、グラビティブラストの射線に乗りました」
「各エステバリス、射界より離脱、同時にグラビティブラスト発射!」
ルリちゃんと艦長の声がユニゾンします。目の前で四方に散ったエステバリスに迎え入れられるように、グラビティブラストの黒い火線が、敵を一気に掃討していきます。
「残存敵、チューリップ2、戦艦4」
「やったぁ!」
あ、久々にユリカさんの明るい声を聞きました。ここのところ、こういうのも変なんですけど、低めの、落ち着いた声しか聞いていなかった気がします。
「ルリちゃん、グラビティブラスト、次弾急速チャージ、みんなはそれまでの間、戦艦とチューリップを牽制して!」
「はいはい、任せて〜」
「今のアタシは県知事宮本武蔵……剣聖が県政する……くくくくくく」
「おっしゃ! 戦艦の陽動は俺に任せろ!」
「うむ、それでは僕たちはチューリップからわいてくる雑魚を相手に射的としゃれ込もう。幸いまだ残弾は十分だ」
みんなの声にも、少し余裕が戻っていました。
と、そのとき。
ブリッジの目の前を、閃光がよぎりました。
「え、今のは?」
一瞬、私もぽかんとなります。
ですが、次の瞬間飛び込んできたのは。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
ヤマダさんの、悲鳴でした。
「今の光はっ!」
「下の森の中に……墜落したチューリップが存在します! 総数4、斜めに突き刺さっているため、自力航行は無理そうですが、増援を展開中! 先ほどのは、そこから出てきた戦艦が、下方向から主砲を発射したものです!」
「え、え、ええっ!」
艦長もあわてふためいています。
「下方のチューリップ……総数4より、戦艦、駆逐艦、無人兵器が多数出現中! このままでは、挟み撃ちになります!」
ルリちゃんの声も、少しあわてています。
「こちらアカツキ、ヤマダ機との連絡が途絶えた。現状は!」
そこにアカツキさんからの声が割り込んできます。
「ヤマダ機はまだ自力飛行しています。ただ、進路安定せず。自己診断機能使用不能。スラスターにかなりの損傷が予測されます。連絡が付かないのは、エネルギーウェーブ受信システムが損傷したため、通信が不能になっているものと思います」
ルリちゃんがいくらか落ち着いた声で報告を返しました。
「どどどどどどうしよう!」
対して艦長はまだ少しパニックしているみたいです。
「と、取りあえずヤマダさんを回収しないと!」
「ヤマダさんの現在位置は、現在正確な追尾が出来ません」
ルリちゃんがそういったとき、私の手は反射的に、普段は使っていない無線通信コンソールを立ち上げていました。
「ヤマダ君! 大丈夫!」
少しの間。
「……おお、生きてるぞ」
さすがにちょっと疲れたような声が帰ってきました。
「メインスラスターは生きているから飛んでられるが、腕と足を一本ずつ持ってかれちまった。戦闘は無理だな。バッテリーもあんまりは持たない。自力で不時着は出来るから、ヤバそうなら迎えはいらないぜ」
「よ、よかった〜〜」
ほっとしたユリカさんの声がします。
ですが、その気のゆるみが最悪の一瞬となりました。
ずしんっ!!!
重い衝撃が、ナデシコを揺さぶります。
「こちらウリバタケ! 一発抜けた! 幸い死傷者無し、一部通路及び装甲の破損ですんだが、このまま何発も喰らうとヤバい!」
その報告が入ったとき、私は背後で、しゃっくりのような、何か大きく息を吸い込む音を聞いた気がして、思わずそちらを振り向いてしまいました。
そこでは艦長……ユリカさんが、大きく目を見開き、顔を真っ青にして立ちすくんでいました。
いけない!
とっさにその思いが浮かびました。アレは、ショック症状です!
極度の緊張が、一時的な呼吸困難を引き起こしています。
過剰なストレスによって起こる症状なのですが、やはりユリカさんといえども、このプレッシャーはそんなにキツかったんですか!
「ユリカさん!」
私も、ルリちゃんも、ミナトさんも、プロスさんも、ゴートさんも、ジュン君も。
一斉にユリカさんに駆け寄ろうとしました。
その時でした。
「落ち着きなさい!」
あ、アレは……
>RURI
大きな声がブリッジ中に響き渡り、ブリッジを離れかけた私は、そのまますとんと元の席に座ってしまいました。
声の方を見ると……そこには、ムネタケ提督が仁王立ちをしていました。
ユリカさんは、びっくりしたのか、腰を抜かしてへたり込んでいました。ただ、顔色は元に戻っています。しゃっくりを止めるのに後ろから脅かすのと同じ事が起こったのでしょうか。
私の頭の中を、イネスさんの警告が通り過ぎていきました。
ひょっとしたら……危なかったのでしょうか。
ムネタケさんはじろりとユリカさんを睨むと、それから私の方を向いていいました。
「フィールドとグラビティーブラストのチャージ、どっちも支障はない?」
私はあわててそれをチェックしました。
「フィールド、回復しています。強度87%、グラビティーブラストチャージ時の最強強度を保っています。グラビティブラストも異常ありません」
「そう」
短く返事をすると、視線を再びユリカさんに戻して、提督は言いました。
「何をあわてているの、まるで昔のあたしを見ているみたいで見苦しいわ」
へっ? 何のことでしょう。
「みんな覚えてないの? このナデシコが初めて飛び立った日のサセボ。あの時、ドッグの中で敵の攻撃を知ったあたしは、やっぱりパニックになったわ……ちょうど今のあなたのようにね」
そういわれて初めて、私にも提督の言いたいことが分かりました。
ユリカさんもきょとんとした目で提督を見つめています。
「艦長、あなたは確かに天才よ……ここ3回の戦いぶりで、いやという程良く分かったわ。だけどね、たとえどんな天才でも、必要以上に気負っちゃったら、その能力は全く発揮出来なくなるわ。だから世の中の人間は、たいていそういうとき、何かにすがりつく……神様なんて、そんなものよ。私の場合は出世欲だった。失敗したら出世は出来無い……その思いを土台にして踏ん張ってきた。もっともそのせいで歪んじゃったんだけどね、あたしは。
だから艦長、そういうときは心の中で祈りなさい……あなたのもっとも大切なものに。そして考えなさい。自分のなすべき事を。そうそう、艦長はね、失敗の責任をとる必要はないって知ってた? なぜなら作戦が失敗したときは死んでいるから、後のことを考えても無意味なのよ」
私は、一瞬提督が何をいっているのか理解出来ませんでした。
冗談を言ったと気がついたのはたっぷり10秒後でした。
みんなも同じくらいかかったみたいです。
誰ともなく笑い声が響き……ブリッジ内に大爆笑が響いたのはすぐ後でした。
「な、何よ、私が冗談言ったらおかしい?」
せっかく格好良く決めていたのに、提督は笑い声に圧倒されてうろたえています。
「はははは……すみません、提督」
目に涙を浮かべながら、ユリカさんは立ち上がりました。
何か肩の力がすっかり抜けて、リラックスしています。
これでこそいつものユリカさんです。
「ルリちゃん、状況は!」
私はあわてて思兼とのリンクに注意を戻します。
「思兼、状況は?」
『変化なし、エステバリス隊はまだ前方を押さえているけど、後3分が限界。弾薬が持たないからね。ヤマダ機はまだ浮いてるけど、早く回収した方がいい。本人は強気なことをいってたけど、不時着したところを襲われたらひとたまりもない。後方からの攻撃は今のところ持ちこたえているけど、これ以上厳しくなると持たないかな』
「と、いうことです」
私が言うと、ユリカさんはじっと配置図を眺めて、そしてにっこり笑いました。
「責任、とる必要……確かにないよね、これじゃ。よ〜し、まずは全速前進! ヤマダさんを回収して!」
「艦長、そうすると後背を完全に敵援軍に晒すことになるが」
ゴートさんが意見を言います。それに対する艦長……ユリカさんの返答は、後々までの語りぐさになるような台詞でした。
「墜ちたらそれまで。だって、どんな手を使ったって、墜ちるときは墜ちちゃう状況なんだもん。だったら、取りあえず『墜ちない』っていう前提で作戦立てないと、何の意味もないもの」
「なるほど……今の状況は、全資産を特定銘柄に投資してしまっている状態、というわけですか。その銘柄が下がったら自動的に破産、となれば損したときのことは考える必要はない、と……さすがは艦長、思い切りがいいですな」
一見皮肉そうに聞こえるプロスさんの言葉。しかしその論調とは裏腹に、プロスさんの口調は、純粋にユリカさんを讃えるものでした。
「あ、艦長、苦しいでしょうけど、グラビティブラストのチャージは続けた方がいいわよ。この戦い、最後に相手を突き破る矛を持っていなければ、絶対に勝てないわ」
ムネタケ提督までアドバイスをしています。
「もっちろん、分かっていますって!」
ユリカさんは、意気揚々と言いながら、手をぐっと前に突き出しました。
「改めてもう一度。目標、ヤマダ機の回収! 機動戦艦ナデシコ、全速前進!」
ヤマダさんの回収……無事に成功してしまいました。向かう途中、二度ほど強力な攻撃が来ましたが、
「攻撃間隔が一定……そうか、こっちのフィールドを破るために、敵は全火器をシンクロさせているんだわ!」
ユリカさんがこれを見切ったのが功を奏しました。センサーを敵に向けると同時に、大胆にも攻撃の間の時間は、フィールドを最低ランクに落としてしまいました。逆に攻撃が来るときには、フィールドを最強にします。
そしてヤマダさんを回収するときも、あえて一発受けた後、すかさずフィールドを開いて回収作業を行ってしまいました。
コントロールが大変でしたが、読みはずばりでした。そして、そのコントロールのほう……まさか『アレ』がこんなところで役に立つとは思っても見ませんでした。
そして同時に感じました。今までシミュレーションでしかやっていなかった『アレ』……今ならうまくいくかも知れません。
「さ〜て、次はアカツキさんたちよ! フィールド強度維持、ナデシコ、最大船速!」
「どうする気? 艦長」
ミナトさんが聞いてきます。
「アクロバットをやるわよ! 目標、チューリップ正面! 入り口を横切る進路を維持して! そして……ルリちゃん、チューリップ手前でディストーションフィールド、完全解除! そのまま10秒後に復帰! 時間の方はルリちゃんの方で微調整してもいいわ!」
な……!
だ、大胆な事しますね、ユリカさん!
大気圏航行中、それも全速航行中にディストーションフィールドを完全解除したら……
すごいことになります(笑)。
そして……
「エステバリス隊! 今から20秒後にナデシコがそこを通ります! 進路前方に急速移動! ナデシコがチューリップを振り切ったら、そのまま合流して!」
「「「了解!!」」」
そして……
チューリップ入り口手前でフィールドが完全解除された瞬間、ナデシコはひっくり返りかけました。元々ディストーションフィールドには、大気圏航行には不向きな形状のナデシコを包んで、整流作用を持たせるという働きもあります。それをいきなり切ったため……最大船速で航行していたナデシコは、とてつもない乱流を発生させました。ナデシコ自身が制御不能になりかかるくらいめちゃめちゃに揺れました。
バッタ達もそれに巻き込まれて体勢を崩し、こちらに攻撃をする余裕などありません。
その隙にナデシコは、まんまと逃げ出すことに成功しました。
「取りあえず一息……でも、あんまり状況は変わっていないのよね……」
ユリカさんはそう呟きます。
そう……今のナデシコの火力では、チューリップ6つは落とせません。
いえ……実は、あります。
今のナデシコで、6つのチューリップを落とす方法が。
ただ……それとて6つのチューリップが宙に浮いていればです。
4つのチューリップは、地上に埋まっていますから……それでは駄目なんです。
地上のチューリップを破壊するには……どうしてもDFSがいります。
「上はどうにかするとしても……下の4つは、DFSでぶった切るしかないものね……グラビティブラストじゃ、周囲を大幅に巻き込んじゃうし……火星みたいにはいかないものね……」
ユリカさんも同じ事で悩んでいます。元々ナデシコは宇宙戦艦であり、地表近くで戦うようには出来ていません。
その時でした。
「地上のチューリップは俺がやる」
そこに現れたのは、ヤマダさんでした。
「ヤマダさん……出来るんですか?」
ユリカさんに聞かれたヤマダさんは、自信ありげにいいました。
「さすがにアキトの真似は無理だがな……幸いあのチューリップは動かねえ。いくら俺だって、陸戦フレームで、しかも相手がじっとしてるんなら、3分で4つ、ぶっ飛ばすぐらいは出来るぜ」
ヤマダさんはリョーコさんについでDFSの扱いが出来ます。ただ、どうやら性格的な問題で……つまり熱血、熱中するたちなせいか、DFSは出せるのですが、出している間ほかのことが出来ません。刃を出したら、それで斬りつけることは出来るのですけど、刃を出したまま敵の攻撃を回避したりすることは出来ないんです。
「それじゃ……お願いします。ヤマダさん」
「おうっ、まかせとけ!」
彼は大きな声でいうと、Vサインを出しました。
「けどよ……ひとついいかい?」
「はあ、何でしょう」
ユリカさんが答えると、ヤマダさんは大きく息を吸ってからいいました。
「俺はダイゴウジ・ガイだっ! そう呼んでくれ!」
「……はいはい、ガイさん、よろしくお願いします」
耳を押さえながら、ユリカさんはそう答えました。
「で、空中の敵はどうしましょうか」
「いいですか、艦長」
私はそっと手を挙げました。
「何、ルリちゃん」
「実は、これから言う条件を満たせれば、敵をまとめて葬り去れる可能性のある手段があります」
「え、ほんと?」
それがどんなものかを聞く前に、ユリカさんの目は輝いていました。
ユリカさんらしいというか……。
とにかく私は、その『手段』を説明しました。
みんなの反応は……。
『ひょえ〜、ハルナちゃん、よくそんなこと思いついたわね』(ユリカさん)
『う……嘘みたい』(メグミさん)
『本当に出来るの? そんなこと』(ミナトさん)
『……あきれた。よくそんな無茶苦茶思いつくわね。でも、本当に出来るのなら、私がいうことはないわ』(エリナさん)
『ムウ……』(ゴートさん)
『無改造でも可能なのは経済的ですね』(プロスさん)
『……(アゼン)』(ジュンさん)
『ははははは、そりゃ傑作だ。僕的には実に興味深いね』(アカツキさん)
『すっごーい!』(ヒカルさん)
『……(自動検閲済み・思兼)』(イズミさん)
『うむっ! ついにナデシコにも『必殺技』がっ! 艦長、ルリちゃん、外部スピーカーONにして叫んでくれよ! 名前は、『ナデシコ・クラッシュ』で決まりだっ!』
最後のが誰かはいいたくないです。まだ耳が痛いですし。
「そういうことなら……アカツキさん、アカツキさんは囮と牽制をかねて、敵の誘導をお願いします」
「テンカワ君の、初めての戦闘の役割だな。引き受けよう、ほかでもない、君のために」
……キザですね、アカツキさん。
「で、ヤマ……ガイさんは、ヒカルさんと共に地上のチューリップをお願いします」
「おうっ、任しとけ!」 「はいっ」
「そしてイズミさんは状況に応じてみんなのサポートを。取りあえず最初は空戦フレームでアカツキさんと出てください」
「……わかったわ」
そしてユリカさんは、久々に聞く明るい声で、高らかに宣言しました。
「さあみんな、逆襲よ! 作戦開始!」
「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」
「オラオラ、換装急げ! ヤマダ機へのDFS接続とプログラムインストール、忘れるな!」
「今やってます!」
「アカツキ機、補給完了、出るっ!」
「同じく、イズミ機、出ます」
「ナデシコ、所定位置待機。ヤマダ機、ヒカル機を下ろした後、直ちにフィールド展開! グラビティブラストのチャージは?」
「終わっています。現在チャージ率100%。作戦開始と共に120%までのリミッターを解除します」
「くう〜燃えるぜ! ダイゴウジガイ、出撃するっ!」
「同じく、アマノ ヒカル、出ます!」
そして……運命の一戦は始まりました。
>RYOKO
「ん……動いたらしいな」
オレはベッドの中で、そうひとりごちた。
ははは……情けない。
自分でも、情けなさに涙が出てくる。けど、心は思うようにはなってくれない。
どうしても、あの時の恐怖が、俺の背中にまとわりついて離れない。
なあ、テンカワ……お前は、どうして耐えられるんだ、この恐怖に。
DFSが、性能はともかく、他人に使えないのも当然だぜ。
敵の前で裸になる度胸……それは、生身で安全装置の外れた銃の前に立つようなものだ。そう簡単には当たらないと思っていても、のんびりと立ってなんかいられねぇ。
さっき、部屋がめちゃくちゃに揺れた。イネスさんによると、どうやら全速航行中に、ディストーションフィールドを解除したらしい。
「いきなりエアブレーキを展開するようなものよ。あたりの気流がめちゃくちゃになったんじゃないかしら」
そういうイネスさんの表情は複雑なものだった。何かを推し量るような……そんな表情。
しかしそれも、艦長が作戦を発表したら元に戻った。
「ふう……どうやら彼女は壁を乗り越えたようね。でも意外。まさか提督が説得してくれるなんて思わなかったわ」
ん……何のこった?
オレが不思議そうにしていると、イネスさんはオレに向かっていった。
「プレッシャーを受けているのはね、何もあなただけじゃないのよ。艦長だって、クルー全員の命を背負っているのよ。まあ、あなたとはちょっと意味が違うから、こんな事言っても仕方ないけどね。艦長の重圧は、そりゃあ物凄いけど、自分が直接命の危険にさらされる訳じゃないからね。人間の生存本能をねじ伏せるのは、それより大変よ。ま、もう少しゆっくりしていなさい」
それだけ言うとイネスさんはカーテンを閉じ、オレはまた孤独な仕切の中に取り残された。
「くそっ……なんで、何で動かねえんだ、オレはっ!」
オレに出来るのは、両手を握りしめることだけだった。
>RURI
作戦は、順調に展開しています。そして、最初の山場が、まず空の私たちの方に来ます。
こちらを先に叩かないと、ヤマダさんたちが地上のチューリップにたどり着けません。
2機のエステバリスが巧みに動き、敵を誘導していきます。
ナデシコのグラビティブラストの威力を知る敵は、こちらが射撃体勢に入ったとき、あえて一直線上に駆逐艦や戦艦を配することによって、背後のチューリップに重力波が届くことを防ごうとします。先端の艦数隻はつぶれますが、強化されたフィールドによって減衰させられた重力波には、それより後ろの敵を破壊する力がなくなってしまいます。
しかし……そこが今回の作戦の、最大の付け目です。ハルナさん……よく本当にこんな事思いつきましたね……今回の攻撃が成功すれば、敵は完全な2択を強いられることになります。
そう、今回の切り札は、敵が直線上に密集していてこそ、最大の威力を発揮する攻撃なのです。グラビティブラストを怖れて直線のフォーメーションをとれば、今回の必殺技で潰される。かといって散開しても、今度は個別にグラビティブラストに撃たれることになります。
このフォーメーションをとられなければ、まだまだナデシコの主砲は健在なのですから。
この先、戦術の幅が広がることは間違いありません。
しかし、その成功は全て、私の手に掛かっています。
ハルナさんと2人でなら、これは難なく出来ることです。
けど、私1人だと、どこまで持ちこたえられるか……ハルナさんはサポートプログラムを組んでくれましたけれども、そもそも私のIFSは、そういうことに使うものではありません。
『大丈夫だよ、ルリ。君は毎日、シミュレーターで懸命に練習していたじゃないか』
ありがとう、思兼。励ましてくれるのですね。
「敵戦艦及びチューリップ、指定範囲に入りました」
「ルリちゃん、いくわよ!」
さあ……戦闘開始です。
今回だけは、ヤマダさんに苦労をかけることもありますから、特別に外部スピーカーも全開にしてあげます。
近くに民家もありませんから、騒音公害で訴えられる心配もないですしね。
「ナデシコ、バーストモード、スタート!」
「フィールド、先端部に集束……『グラビティーラム』、形成します!!」
「ミナトさん、ナデシコ、最大船速!」
「おっしゃあ、いきますかあっ!」
私たちがそう叫んだ瞬間、ナデシコのディストーションフィールドが、鮮やかなオレンジに染まりました。
グラビティブラスト用にチャージされているエネルギーの流れを反転させ、蓄えられたエネルギーで一時的にナデシコのフィールドを強化する、戦艦版バーストモード。
そして、その分のフィールドを、簡易型フィールド制御プログラム……DFSの制御補助プログラムの親戚です……を介して私がコントロール、ナデシコの前部に集中させます。
結果……ナデシコの前方に、強大な破壊力を秘めた、重力の鏃……巨大な重力集束場が出現します。名付けて、『グラビティラム』。こんなものに直撃されたら、ナデシコ自身だって瞬時に破壊されてしまいます。当然、戦艦やチューリップも。
問題は、これを維持するためには、私がフィールドを制御し続けなければならないことです。また、コンデンサ容量の限界もあって、最大稼働時間は3分、しかし3分ギリギリまで使ってしまうと、その後30分ほどナデシコは無力化してしまいます。安全を保つには、2分しか使えません。2分を過ぎるごとに、その分ナデシコのシステム復帰が遅れます。
そして巨大な銛となったナデシコは、その鏃を突き立てるべく、一気に敵陣へ突っ込んでいきました。
当然激しい反撃があります。しかし……この重力の鏃は、刃であると同時に盾でもあります。敵のミサイルやレーザーをことごとく切り裂き、一気に敵の先頭に迫ります!
「くっ……」
私も必死です。別に苦痛がフィードバックされているわけではないのですが、フィールドに負荷が掛かると、そこからフィールドのバランスが乱れます。今の状態は、無理矢理フィールドのバランスを崩したまま維持しているわけですから、そこに負荷が掛かるとフィールドは自然な状態……全方位にバランスよく配置された状態に戻ろうとしてしまいます。それを押さえるのが私の役目なのですが……気分はモグラたたきです。仮想領域内に展開されたフィールドの乱れというモグラを、プログラムのハンマーで叩いて首を引っ込めさせる……これは精神に物凄い負担が掛かります。瞳の中をナノマシンの輝きがよぎり、私は持てる能力を全て、フィールド制御に突っ込みます。
「戦艦撃破! ひとつ……ふたつ……すごい、さわっただけで敵が崩壊していく……」
隣からかすかにメグミさんの声が聞こえます。
まあ、そうでしょうね。接近すれば、潮汐力だけで全ての物質が崩壊するほどの重力が集中しているのですから。
「敵撃破率70……75……80……チューリップに接触します……チューリップ撃破!」
敵は回避するいとまもなく、次々と撃破されていきました。まあ当然といえば当然です。一直線に並んでいるとこに特攻をかけられたのですから。
ただ……稼働時間が2分を少し越しそうです。2秒越すごとに約1分、ナデシコの能力は大幅に落ち込みます。今のペースだと、6秒……直後の3分が勝負の分け目になりそうです。大きな戦艦やチューリップと違って、無人兵器群はさっさとナデシコを回避していますから。威力はあっても、光速で飛んでくるグラビティブラストに比べればハエがとまっているような速度でしかありません。その間は……アカツキさんとイズミさんだけが頼りです。
そしてヤマダさん……魂の名にかけて、地上攻撃は成功させてくださいね。
残るは……後ひとつ!
これは、サービスです!
自分を奮い立たせるように、私は大きな声で叫びました。外部スピーカーを、意味がないけど全開にします。
「ラスト、ワン……必殺、
『ナデシコ・クラァァァァァッシュ!!』 」
私の声と共に、ナデシコはチューリップのどてっ腹をぶち抜いていきました。
……ちょっと癖になりそうです、叫ぶのって。おっと、冷静に、冷静に。
「チューリップ、2つ目撃破! 空中戦力残存、無人兵器、約120のみ」
「バーストモード解除! 復旧を急いで!」
大物をしとめた後でも浮かれてはいられません。直ちにシステムを常態に戻します……えっ!
フィールド形成システムに、あちこちワーニングランプがついています。さすがにシステム限界を超えた使い方をして、無理が掛かったのでしょうか。
幸い致命的なダメージを被ったところはありませんが、直ちに修理しなくてはいけません。
「整備班、以下に告げるポイントで異常発生、直ちにメンテナンスに向かってください……」
私はあわてず、ゆっくり、確実にポイントを告げていきます。
「おうっ、さすがにいきなりはキツかったか。直すついでに原因を調べて、今度はもっと安全に使えるように改修してやるからな! なに、たぶんエネルギー容量のオーバーだろうから、配線を高品位のものに取り替えればいいだけだろう。大した手間じゃねえし、予算だってそんなに掛からんと思うぞ! ようプロスさん、この予算は取れるかい!」
「まあ……大丈夫でしよう。費用対効果を考えれば、経費として請求しても承認されると思います、ハイ」
何か大人のやりとりがありましたが……さすがに私も疲れました。
でも、まだ戦闘は終わっていなかったのです。
>GAI
「おおっ、すごいぜ!」
俺は感動しながら、エステを進めた。
上空ではナデシコがオレンジに輝く鏃を、敵に突き立てている。触れるだけで敵を粉砕する必殺兵器……これを見て燃えぬ漢が居ようか!
いや、断じていない!
「急いで、ガイ君! 時間はあんまりないよ!」
「おっと、見とれている場合じゃない!」
俺は一気にスパートをかけた。ふふふ、いよいよダイゴウジ・ガイ、ヒーローになる時だ!
敵の目を盗んで俺たちは、巨大な壁に見えるチューリップのすぐ側までついた。地上に埋まっているせいで、奴らは十分な出力のフィールドを展開出来ていない。さすがに雑魚が気がついて飛んできたが、それはヒカルが牽制してくれる。
「いくぞ、ハイパーモード、スタート!」
大声を上げつつ、ハイパーモードを起動する。そして今回、初めて持たせてくれたDFSを、オレは高らかに掲げる。
「ゲキガンソード!」
掛け声と共に、DFSの先端から、全長200メートルの光の刃が立ち上る!
こいつを出したままで出来る機動は、ただこれを相手に叩きつけるのみ!それ以外のことをすると、すぐに刃は消えてしまう。
しかし今は十分だ!
「喰らえ、キョアック星人め!」
振り抜いた刃は、チューリップを一刀両断にする。一瞬の後、光と轟音を起こしつつ、チューリップは爆発した。
とっさに刃を解除し、フィールドを防御に回す。これは出来るんだよな。
強化されているフィールドは、その爆発に耐えた。
「時間がないからどんどんいくよ!」
そこにヒカルからの通信が入る。無事かとか聞かないあたり、わかっているじゃないか。
俺は次のチューリップへと向かった。
「2つ目!」
そして、3つ目に対して、俺が剣を振りかざした時だった。
一筋の光弾が、エステをかすめる!
「うおっ!」
普段なら何ともない至近弾が、とてつもない衝撃をエステにもたらした。
全身の血が一気に冷える。
「なるほど……リョーコの奴がおかしくなるわけだぜ……」
俺はどこか醒めた頭で、そんなことを考えていた。
DFSは諸刃の剣だ。ハイパーモード状態でも、不器用な俺はフィールドを攻撃と防御に割り振ることが出来ない。ゲキガンソードを抜いている間は、俺のエステは丸裸になる。
しかし、今更剣を解除することは出来ない。そんなことをしたら、時間が足りなくなってチューリップをふたつ残してしまうことになる。ここでこいつをぶった切れば、やられても残るチューリップはひとつだ。
「ふっ……マッサカ将軍と対峙した時の、海燕ジョーの気持ちが、嫌っていうほどよくわかるぜ!」
視界の片隅に、こちらに銃口を向けているバッタを捕らえながら……俺はあえてそれを無視し、チューリップに向き直った。
刃をチューリップに叩きつける!
そしてそのバッタは銃を……発射する前にヒカルに落とされた。
そうだよな……俺のことは、ヒカルが、仲間が守ってくれている。
リョーコの奴……こんな事にも気づかなかったのか?
戦場で戦っているのは、お前1人じゃないんだぞ?
仲間を信じていれば……あんな風に怖れるものなど、何もないっ!
「サンキュー、ヒカル。愛してるぜっ!」
「な、なによ、いきなりっ!」
ん……赤くなってやがる、ヒカルの奴。そんなに恥ずかしい台詞言ったか? 俺。
しかし、さすがに俺たちにも予想出来ない事っていうのはあった。
「ガイ君、チューリップが!」
な、なんてこったあっっっっ!
立て続けの爆発のせいで地盤がゆるんだのか、最後のチューリップは、大地の軛から解き放たれ、ゆっくりと宙に浮いていった。
「だ、だめだ、まにあわねえっ!」
あわててポジションを替えたが、そんな俺の目の前に、ひとつのウィンドウが立ち上がった。
『警告:バーストモード使用限界・緊急冷却開始』
俺とヒカルは為す術もなく、最後のチューリップの飛翔を見送っていた。
>IZUMI
なんてこと……。
アタシは頭の中で、小さく呟いた。
作戦はほとんど成功していた。
空中の敵も全部撃破。残るは雑魚のみ。
そして地上のチューリップも、立て続けに3つが破壊され、残るは1つだった。
だけど……その残る1つが、宙へと飛び立ってしまった。
増援をはき出しつつ、チューリップはナデシコに迫る。今のナデシコは、まだまともに動けない。
アタシとアカツキは、後一分はこの場を動けない。動いても、ナデシコにかかる危機が増えるだけだ。
「くっ……」
唇の端を思わず噛みしめてしまう。と、その時……
何かかすかな光が、ナデシコから飛び立った。アレは……
>RYOKO
いきなり警報が鳴った。
イネスさんがあわてて医務室から出ていく。
しんと静まりかえった医務室に、オレの独り言が虚しく響いた。
その時だった。
いきなりいくつものウィンドウが、目の前に開いた。
それはナデシコの様子と、地上で戦うヤマダとヒカルの映像だった。
そのうちオレの目は、一枚の映像に釘付けになった。
「危ない、ヤマダっ!」
3つ目のチューリップの前に、DFS全開で立つヤマダ。これはヒカルの視点だろうか。一機のバッタが、ヤマダを捉えている。
発射された攻撃は、幸い外れた。至近弾になったが、直撃はしなかった。
だが、それだけでヤマダのエステは大きくバランスを崩した。
オレの全身の血が凍る。あのタイミングなら……次弾は必中だ!
視点はそのままヤマダのエステを捉え続ける。ヤマダの奴は……そのままDFSを構えなおしていた。
馬鹿野郎! 差し違える気か!
オレは実体のないウィンドウにつかみかかろうとして……こけた。見上げた時、そこには……ヤマダに迫っている敵を、ヒカルのエステが打ち落としていた。
「やらせないよ……ガイ君のエステを、落とさせてなるもんですか」
そこにヒカルの声がかぶった。その声は、その台詞の内容に反して……低い、落ち着いた、それでいて思いの籠もった言葉だった。普段のヒカルからは想像も出来ないような。
『本当に、1人だと思っていたんですか?』
そこに別人の声がする。女の声だ。誰だ? と思ったが、声は続けて言った。
『仲間を信じていれば、怖れるものなど、何も無い……あなたのみんなに対する信頼は、そんなに薄っぺらいものなの?』
それを聞いたとたん、オレの手のひらに熱いものが生まれた。思わず拳を握り、目の前のウィンドウに叩きつける。
「ふざけるな! オレ達の思いが……そんなにちっぽけなものか!」
ウィンドウはちぎれるように消え……新たに一つの映像を映しだした。
地上に浮かぶチューリップ……そして、襲われるナデシコ。
「まずいな……こっちもあと1分、手が放せないぞ……持ちこたえてくれ、ナデシコ!」
そこに重なる、アカツキの声。
「ハハハハハ……」
笑うしかなかった。
涙が流れた。
オレは……何馬鹿なことで悩んでいたんだ。
両手の震えは、とまっていた。
そしてオレは、病室を抜け出した。
>IZUMI
アレは……あの光は……
「リョーコ!」
アタシは、思わず叫んでいた。
そしてワンテンポ置いて、リョーコのウィンドウが、アタシの前に開く。
「心配かけたな! もう大丈夫だ! イズミ! ロン毛! 手が空いたらフォローを頼む!」
その顔は……元のままのリョーコだった。
何があったか知らないけれど、完全に吹っ切れたみたいね。
「ふふふ……今のアタシは、怖いわよ……」
>RYOKO
体が、軽い。ライフルを撃ち、省エネモードのDFSを使い、確実に敵を粉砕していく。
ナデシコは……みんなの聖地だ! お前なんぞに、落させはしない!
「調子いいね、リョーコちゃん、大丈夫かい?」
「どうやら吹っ切れたみたいね」
アカツキは相変わらず軽いが、言葉の端から心配が伝わってくるし、イズミに至ってはまるで聖母に見える。よくは知らねぇけど、あいつ、昔知人を亡くしてるっていうしな……。
だが、となれば今のオレに、怖いものなど何もない!
二人のサポートを受けて、オレは最後のチューリップに迫っていった。
心が、なんだかとっても澄んでいる。
「バーストモード、発動!」
オレの叫びに、エステのフィールドが赤く染まる。
DFSを構え、『気』を集中する。
なぜだか、目の前のチューリップだけでなく、その背後にいる敵と味方の動きまでが、手に取るように感じられた。
攻撃可能範囲にある敵は3つ。しかし、そのうち2つは、アカツキとイズミが落としてくれる!
「スバル流抜刀術……『影月斬』!」
心の導くままに、オレは刃を振るう。それが実体のある剣のように。
刃は背後より迫る敵を切り捨て、返す刀で目前のチューリップを切り捨てていた。
刃を消し、衝撃に備える。
「出来た……」
この技は、習ってはいたものの、稽古では一度も成功しなかった技だ。囲まれた時、背後と正面の敵を一気に切り伏せる技。
それが、何の苦労も迷いもなく、成功した。
涙が止まらない中、目の前にナデシコが近づいてくる。
オレは、1人じゃ無い……。
ただそのことが、無性に嬉しかった。
>RURI
戦いは終わりました。
さすがにみんなへばっていますけど、今までとは、どこかが違います。
何というか、みんなの瞳に……光が戻っています。
ナデシコはいつものノリを取り戻していました。
これなら、大丈夫です。
そう思っていた矢先でした。
『ルリ……なんか知らないけど、エリナ宛に緊急通報が届いたよ。取りあえず彼女に内緒で、コピーをとった。見てみる? 発信者がレイナ・キンジョウ・ウォンだったから』
それは……確か西欧でハルナさんと友達になったという、エリナさんの妹さんです。2通目の手紙に書いてありました。
その人が、わざわざナデシコに、緊急通信、ですか?
『ちなみにね……この手紙、正規の回線じゃなくって、裏からまわってきている。よほど秘密にしたいことだと思うよ』
裏から、ですか? エリナさんは会長秘書です。正規でも秘匿回線など、いくらでも使えるでしょうに。
さすがに気になります。私はこっそり、その手紙を開いてみました。
そこには……
ハルナさんが、クリムゾンの襲撃に巻き込まれて、死亡したと書かれていました。
不思議と、声は出ませんでした。私はほとんど機械的に、その手紙を消去しました。
と、そこにリョーコさんがやってきて、私に声をかけました。
「よっ、ルリちゃん、ちょっといいかな」
「何ですか?」
そう答える自分が、まるで他人みたいです。
「あのさ……オレのことを励ましてくれたの、ルリちゃんか?」
そう小声で聞いてくるリョーコさん。けど、私には全く覚えがありません。
「何のことですか?」
私がそう答えると、リョーコさんは首をひねりながらいいました。
「いやさ、ベッドで落ち込んでたオレの所に、さっきの戦闘の様子を中継してくれたの、ルリちゃんかと思ってさ。おかげで、何とか立ち直れたんだけど……違ったのか? あんな事、ルリちゃんにしか出来ないと思ってたんだけど……」
どういう事でしょうか。
「思兼、記録は?」
『変だね……その時間に、医務室でウィンドウが開いた記録はないよ』
何ですって! そんな、馬鹿な……
『可能性があるとすれば、そのウィンドウは、僕を通さずに、ダイレクトにコミュニケプログラムを実行したとしか思えない。もしそれが可能だとしたら……相手はとてつもないハッカーか、あるいは……既に僕の内部に侵入しているかのどっちかだ。侵入しているとしたら……僕には絶対に見つけられない。少なくとも今は』
それは、大変ですね……
「どうかしたのか? そういえば……ハルナに似てたな、そいつの声。ちょっとしゃべり方が違う気がしたけど」
そのとたん、私は凍ってしまいました。まさか……亡霊とか……。
私の意識は、そのまま遠くなってしまいました。
幸い、私が倒れたのは、単なる疲労でした。負担の大きい操作のやりすぎだそうです。
私もリョーコさんよろしく、しばらくおやすみです。ただ、もし敵に襲われたら、出なければなりませんけど。
でも、ハルナさん。あなたは、本当に死んだのですか?
何故か私には、彼女が死んだなんて信じられませんでした。
エリナさんも、このことをいうつもりはなさそうです。
私も、この報せはそっと胸の奥にしまいました。
でも……アキトさんは、大丈夫でしょうか。
早く……会いたいです。
>???
『大丈夫でしたか? オリジナル』
『まあ。何とか。さすがに頭半分吹っ飛ぶと、ちょっとキツいわね』
『首切られても死なないくせに、何いっているんですか』
『ハイハイ、その話は後。みんな、現状は?』
『こちらウィズ。ラピスちゃんとハーリー君は、プランB……ブラックサレナBバージョンを、アキトの要請によって動かした』
『まあ、そっちはレイナもいるし、何とかなるかな? もしレイナが私の端末をいじろうとしたら、管理者権限、開けといてあげて』
『了解、オリジナル』
『こちらHRN。地球圏はそれほど変化なし。連合軍もそれなりに頑張っているわ』
『じゃ、引き続き監視よろしく』
『ただ、クリムゾンが動いているけど、どうも既に予測プログラムを大きく逸脱しているわ。しばらくはこっちの監視を強めてみる』
『お願い。クリムゾングループは、本来使わなかった遺産を動かすかも知れないし。ミリアさんも、あたしの干渉のせいで、本来起こりえなかった覚醒をしちゃったし。責任とらないとね』
『こちらプラス。ナデシコは何とか持ちこたえました。リョーコさんのフォローもしておいたよ。けど……あんな負担の大きいプログラム、ルリちゃんに扱わせるのはキツくないの?』
『でも、使いこなせたでしょ? ルリちゃんの能力は、彼女の想像以上だもの。そうでなければ、ナデシコCをあそこまで使いこなせるわけはないんだし。今は体力負けしてるからアレだけど、電子の妖精は本当に伊達じゃないんだよ? 実際マジに彼女があたしと同じナノマシンとプログラム持ってたら、絶対に追い抜かれるね』
『わかりました。これからも思兼の影で彼女のサポートに徹します』
『よろしくね。こっちもあたしの介入のせいで、想像以上に敵が強くなっちゃったから。ルリちゃんだって、寝ない訳にはいかないんだし』
『こちら輔星。木蓮の動きはまあ、それほど変化なし。ただ、八雲さんの生存が、優人・優華部隊の動きに大変動をもたらしているよ。舞歌さんは、『北』を動かした。あと、『キジン』の準備をしている』
『あっちゃ〜〜〜〜っ! そりゃまずいかも。いつまでも死んだ真似してらんないかもね、こりゃ』
『頑張ってください』
『ま、細かいことは統合した後で検索するわ。みんな、いい?』
『ウィズ、準備出来ています』
『HRN、いいよ』
『プラスは当然大丈夫。一番近いしね』
『こちら輔星。タイムラグの修正はよろしく』
『じゃ、統合・再分離スタート』
そこは仮想と現実の狭間。
そこに今、全く同じ容姿の、5人の少女がいた。
その姿が一つに重なり……そして再び5人に別れる。
そしてそのうち4人が、音もなく姿を消した。
そして残る1人が立ち上がると、狭間から現実に立ち戻る。
少女は虹色の光と共に、姿を消した。
「おーいルリルリ〜、バーチャルルームの鍵が開かないんだけど」
「あ、ウリバタケさん……変ですね、今開いてるはずですけど。鍵もかかってませんよ」
「ん? そうか……どれ。あれ? 開いたわ。すまんすまん、どっかが引っかかってただけかも。さっきの戦闘で歪んだかな……」
あとがき
久々のナデシコ編。新必殺技なんかも出たりして、燃えていただけたでしょうか。
この間GGGを見ていたり、OFFのカラオケで聞いたサイバスターアニメ版の主題歌に感涙したりしていたせいか、燃えが乗り移ってしまいました。久々に筆が走る走る。
ちなみにアニメ版のサイバスターは、オープニングの出来と中身とのギャップにおいて、あのヘルシングをも上回るといいます。実際、あの歌とガオガイガーを組み合わせたMADビデオの燃えること燃えること。こっちの方がよっぽど似合っています(爆)。
さしずめ今回の展開はGGGあたりにたとえると前後編2回分で、前半が、
これが勝利の鍵だ!:ムネタケ提督
で、後半が
これが勝利の鍵だ!:グラビティラム
なんて感じでしょうか。
しっかり影響されてるな〜。
♪戦い〜 忘れた〜 人々の代わりならば〜♪
♪勝利の〜 ほかには〜 選ぶ道は何もない〜♪
……この辺に魂がしびれます。
昔某所で書いた小説で、作中の勇者にこんな台詞を言わせたことがある私ですし。
ちなみにこれを書いたのはかなり昔、1996年の4月ごろ(笑)。
(みんなの代わりだからこそ、勇者は負けられない。みんなのために闘うものは、時には力及ばず倒れることもあるだろう。だが、みんなの代わりに闘うと言うことは、自分の敗北すなわち、自分に希望を託した全ての人の敗北になると言うことだ。故に、勇者に敗北は許されない)
こんなモノローグに続いて、
「我が敗北は、すなわち我に希望を託せし者全ての敗北なり」
「ゆえに我は、負けることあたわず!」
こー言う台詞を、登場人物に、臆面もなく吐かせていましたからね〜。
ああ懐かしい(笑)。
リョーコもいじめたし、イズミさんの一人称も出たし。
ガイもかっこいいし、ムネタケも決めたし。
エリナさんの台詞が一つしかなかったのは勘弁してもらうとして。
でも、やっぱり最後のおまけがアレかな……。
こういう娘なんです、あの子は(爆)。
何か気になる伏線がバキバキだった気もしますが……。
次回外伝第8話「戦神飛翔」を、お楽しみに。
これが勝利の鍵だ!
「メティス・テア」
改訂版の後書き。
見直してみたら、誤字や人称の間違いが無数に……
恥ずかしいので、こっそりなおしました。
代理人の感想
燃えましたねぇ、ええ。
何よりかにより
宇宙戦艦の体当たりは男の浪漫です。
あと、超少女明○香ばりの怪しいシーンやら伏線やらやらやらが展開してますが、
燃えるドラマと男の浪漫に比べれば
些細なことですとも、ええ(核爆)。
後、補足しておきますとアニメ版サイバスター(通称アニバスター)は
OPの出来と中身のギャップが凄いのではなく、
主題歌とそれ以外のギャップが凄まじいのです(笑)。