再び・時の流れに。
外伝/漆黒の戦神
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章 『魔女暗躍』
「お前、どういう気だ」
虹の光と共に、『漆黒の戦鬼』は姿を消した。
瓦礫の落ちてくる中、残された二人……俺と、戦鬼の妹……鉄砲で頭をぶち抜いても平然としている、変な女は、じっと見つめ合っていた。
「さて……兄貴もいなくなったことだし、大人の話をしない? テツヤさん」
その瞬間、マジで俺はビビった。
そして、はっきりと感じた。
謎の女は、戦鬼の妹という仮面を、今、脱ぎ捨てたことに。
そこにいたのは、英雄も裸足で逃げ出す、とんでもない化け物だった。
「お前……本当に何者だ」
彼女はそれに答えようとはせず、黙って手を、腰まである髪の先に延ばした。
「その前に……瓦礫が降ってくるのは、鬱陶しいでしょ」
そして俺には、彼女が髪の毛を引きちぎったように見えた。
現に髪の毛は肩口のあたりからちぎれ、ばさりと広がったのだ。
が、それは俺の目の錯覚だった。髪は引きちぎられたのではない。
自ら切れたのだ。
そして切り離された髪の毛は、自ら意志あるもののようにうごめき、三つ編み状に絡まると、先端部でハート形に丸まった。
あまりいいたくはないが、さっきまで髪の毛だったものは、どう見てもアニメの魔法少女が持っているようなバトンに姿を変えてしまった。
そして残された髪が、ゆっくりと漆黒に染まっていく。
そして彼女がそのバトンをまっすぐ頭上に掲げたとたん、バトンの先端から淡いオレンジの光が発生した。
光の幕は、信じられないことに瓦礫をことごとくはねのけていく。
「まさか……ディストーションフィールド、だと! それも……固形物をはじき飛ばすほどの!」
ディストーションフィールドは、空間を歪曲させることによって攻撃を『逸らす』防御システムだ。光学兵器・重力波兵器には大変有効だが、実弾兵器には案外効果が薄い。それでも、フィールドに対して力Fが斜めに当たれば、水切りのように実弾といえどもはじき飛ばされる。ただ、フィールド面に対して鉛直上に加えられる負荷には、純粋にエネルギー量勝負になる。高速徹鋼弾や、大質量弾がフィールドに対して直角に当たると、フィールドを破られる確率はかなり高くなる。
戦鬼様が強化されたフィールドを銃弾で破れるのは、この狙いがきわめて正確だからだ。普通はそううまくいくものじゃない。
ただ……それだけに、今のような上から大質量が降ってくる状況を支えられるというのは、見た目に寄らずとんでもなく強力なフィールドだということだ。
それが……なんでまた。
「ま、こんなものね」
手を放しても、杖はそのまま宙に浮いて、フィールドを支えていた。
黒髪短髪の美女になってしまった妹は、そこで指を鳴らした。
すると今度は着ていた服が別のものになっていく。まさか、分子合成か? それとも、転送?
原理はわからなかったが、気がつくとそこには、紫のローブを身に纏う、怪しい仮面の女がいた。
「さて……交渉の前に、改めて名乗り直すわ。今のあたしの名前は……『ウィザード』。電脳の世界では、少しは知られた名の持ち主よ」
「なんだとおっ!」
思わず叫んでしまった。正体不明、天下無敵、冗談では無しに稀代の大ハッカー。諜報戦を知るもので、その名を知らぬものがなき大ハッカーが、お前だと?
「おいおい、本物の魔法使いかよ」
それでも俺は、何とかジョークで返した。て言うか、真面目にやってられるか!
「ま、そうともいうかな。種も仕掛けもあるけど」
妹はマジにそう答えた。
確か入手した情報だと、この妹、すぐに腹を減らして倒れると聞いていたが、そんな様子もないな。
「じゃあ、せっかくの訪問者には、俺がランチをおごってあげよう」
「ふふっ、さすがは元ジャーナリスト。何気ない言葉の中に知りたいことを混ぜるのはうまいわね」
なんだ、ばれてるか。
「ま、遠慮しておくわ。この姿のあたしは、別に力をつかってもおなかすかないから」
「そうなのか?」
俺は思わず聞き返してしまった。
「このモードの時は、エステバリスでいうならエネルギーフィールドの中にいるようなものだから。普段はバッテリーだけどね。だから燃料切れの心配はないの」
……じゃ、報告にあったあれ、擬態か?
何かしちゃ腹を減らして倒れて、30人前近くもメシを食うっていうのは。
「何であんな目立つ真似してる、って思っているでしょう」
あら、見切られた。
「大した理由じゃないわ。ごまかす気なら、むしろ今のモードの方が楽よ。けどね、ちゃんとそうもいかない理由はあるの。今のモードは、ある種の探知機に引っかかるから隠密行動に向かないし、それに、あたしは目立たなきゃいけなかったから」
「目立たなきゃ、いけない、だと?」
「うん、この先、関係者が、あたしの名前を聞いて、『ああ、あの……』といわれるくらいには、名前を売っておく必要があるのよ。それもシリアスな能力面以外で。そっちで名前を売ったら、兄貴の二の舞だから」
「どうやら……お前ら兄妹、相当デカいネタを抱えているな?」
その時の俺は、人生に飽きた工作員じゃなかった。
あの、真実を知らしめることに命を燃やしていた、ガキのジャーナリストだった。
「抱えているわ」
妹は……ハルナは、はっきりと断言した。
「兄貴も私も、共通するある秘密を持っている。残念だけど、これはまだ教えられない。教えてもいい時が来たら教えてあげるけど、まだ、早い。今の時点でこれを知られたら、私はその人の口を封じなきゃならなくなる」
「はいはい。たとえ知ってもおくびにもださねえよ」
何というか、こいつに対しては、その手の仁義は守っていた方が得なような気がした。
往々にしてこういう態度をとる奴は、最初の一歩で信頼を取り付けると、後々に渡って良質のネタをくれるときがある。逆に裏切ると恐い。
「そしてね、目指すことは、この戦いを完全に終わらせること。テツヤさん、あなたは知っているでしょう? 木連の存在を」
「ああ、一応はな。その件に関しちゃクリムゾンの爺さんに突っ込んでみたかったけど、さすがに命が惜しかったからな」
こんな稼業で、何かと機密に関わる仕事をしていると、こういうことはいやでも知ってしまう。それを知らんぷり出来る男が出世できるのだ。
「兄貴は木連とのあいだに和平を締結させる気よ。この戦い、兄貴は木連の急進派と地球企業の一部が、ライバルに対抗してあるものを奪取するために仕組んだ戦いだと、馬鹿兄貴は思っているから」
「なんだ、そりゃ」
よく話が見えなかったが、企業、っていうのは、まあクリムゾンだろう。
けど、何故クリムゾンと木連の間に、そんな強い絆があるんだ?
「どういう意味だ? あるものっていうのは、なんなんだ?」
「木連では『街』、兄貴は『遺跡』って呼んでいる」
俺の質問に、ハルナはそう答えた。
「そしてそれは……ボソンジャンプ、木連では跳躍といわれる、瞬間転移技術の要。転移座標をコントロールするための中枢ユニットよ。これを支配できれば、武器だろうが兵士だろうが爆弾だろうが、距離の概念を無視して好きなところに配置・転送できる。実用化すれば究極の流通革命よ。この技術を狙ってネルガルは『ナデシコ』を建造し、木連は戦いを仕掛け、クリムゾンがその尻馬に乗った……」
それを聞いて、俺はやっと納得がいった。
ネルガルの不可解な動きに。
実に納得のいく動機だ。
「なるほどねえ。欲にまみれた宝探し。それをやめさせようっていう訳か、お前の兄さんは。まさに英雄だね」
揶揄と皮肉も混ぜて、俺はあの男のことをそう言った。そんなことをマジで考えているとしたら……あいつは熱血馬鹿の英雄だ。そしてそう言うことは、馬鹿になり切れなきゃできるものじゃあない。
「けど、それって、単なる兄貴の独りよがり。だから妹のあたしは苦労することになるのよ」
「……なんか違うのか?」
そう言うときだけ、あいつの妹に戻ったハルナに、俺は改めて尋ねた。
なんか茶化しちゃいけない話題のような気がしたからだ。
「兄貴が和平を実現させようとしたのは、この遺跡の争奪戦に、兄貴が巻き込まれたのが原因。納得いかないだろうけど、これは真実よ。どこでそんなことがあったんだ、とは言いたいだろうけどね。
だけど、そのせいで兄貴の目は曇っている。この戦い、決してそれだけのものじゃないのに。
ねえテツヤさん、ジャーナリストとして、そして工作員として働いてきた、あなたの感覚で答えてくれる?
100年弱も接触のなかった木連が、何故、今になってわざわざ地球と接触したと思う?
二つの人類社会は、距離を保ったまま、うまくやってきていた。それが何故、この時期になって。
少し補足しておくけどね。ことの発端は、木連側からの呼びかけだった。その辺のことは……あ、さすがに知らないか」
「ああ、知らん。知っているのか?」
そしてハルナは、俺に100年前の歴史を、簡単に語ってくれた。
100年前の独立戦争から、敗れた人間が木連をうち立てるまでの話を。
さすがに木星に向かったあたりの話は推測だったがな。
「おい、その話が真実なら、変じゃねえのか? はっきり言って、その『遺跡』か? それを狙うにしても、戦争をふっかけるより、こっそり俺みたいな工作員を送り込んで、詳しく調査してからじゃないと割にあわねえぞ」
そして俺は、素直に感想をもらした。
戦鬼様、その辺には気がついていなかったのかい?
そして彼女の答えも、俺の疑問を肯定していた。
「そう、木連が地球にコンタクトをとったのは、全然別の理由よ。彼らは、もう限界なの。流浪の民が、未知の文明テクノロジーを元に、何とか建立した生存圏。けど、時が経って、その規模、発展度その他が、ついに限界に達してしまったのよ。そして気づいた。これ以上ここにとどまっていても、自分たちは緩慢な滅びを迎えるだけだって。
解決手段は、基本的には一つはしかなかった……他世界への移住。けど、ここで彼らの意見も二つに分かれた。穏健派と、強硬派に。
再び地球と和議を結び、遺跡のテクノロジーの公開と引き替えに生存圏を確保するか。
あるいは、テクノロジーの優位を利用して、実力で生活圏を獲得するか。
基本的に穏健派の方が良識的なのは、彼ら全員が自覚している事実だった。だけど、同時に彼らは反逆者の子孫だった。彼らは政府という組織がどれほど当てにならないかを知り尽くしている。有能な人物、良識的な人物が率いている政府なら、自分たちを決してないがしろにはしないだろう。だが、愚かな、もしくは狡猾な政府なら、絶対に自分たちは消される……何も殺されるという訳じゃない。自分たちのアイデンティティを抹消し、過去の歴史を『なかったこと』にされてしまう。
それが……彼らの懸念だった。
だから彼らは、地球にコンタクトをとった。けれども返ってきたのは、拒絶の言葉だった」
「ちょっと待ってくれ」
俺は彼女の話を止めた。
「二つ聞いていいか」
「いいわ」
「まず一つ、あんた……知りすぎてるぜ。嘘を言っていないっていうのは、俺にもわかる。だが、どこでそれを知った? そしてもう一つ。その連絡を、何故政府は握りつぶせた。握りつぶした、じゃない。そんな連絡、送り込む木連側だって、簡単に握りつぶせないよう手は打っているはずだ。それに第一、電波通信なら機密にすらならないだろう。密使を送り込んだにしては、その形跡がなさ過ぎる。その辺は、どうなっているんだ?」
「さすが、鋭いところをついているわね。その二つの質問、答えは一つよ。彼らが最初に連絡したのは、政府関係機関でも、軍事組織でもなかったということ。
彼らが連絡を取ったのは、ある一人の人物だった。この地球上で、この連絡が来る前より、ただ一人、木連の存在を知っていたある男の元に、この連絡はもたらされた。
だからよ……この件の機密が、あまりにもしっかりと保たれていたのは。そして稀代のハッカーであるあたしが、その辺の情報を入手できたのかは」
「誰だ……そいつは」
そう尋ねながらも、頭の中では唸りをあげて推論コンピューターが作動していた。
話の流れ、現状からすると、どう考えても、当てはまる人物は一人しかいない。
そして彼女の口から出た人物名は、まさに俺の想像通りの人物であった。
「ロバート・クリムゾン。彼はね……たった一人、火星から木星ではなく、地球に逃げ延びた、かつての独立派の生き残りよ」
「なにいいい!」
いくらなんでも、そこまでは考えていなかったぞ。だいたい、年が合わない。
しかしそんな俺の疑問を封殺するかのように、ハルナは俺に向かって言った。
「と、今言えるのはここまで。後は、自分で調べてみなさいな、ジャーナリストさん。そして、この謎が解ければ、それに連動して、兄貴の秘密も、そして、あたしがまだ隠していたいことも、芋蔓式に全部わかるよ……。どう、知りたくない?」
知りたい。
無茶苦茶知りたい。
しかもそれが、あの戦鬼様や、目の前の魔女とも繋がっているとなれば!
だが……
「けど、どうやって調べる? まあ、ここを脱出するのは、あんたなら訳ないんだろう? だが、たとえ脱出しても、俺はもはやクリムゾンには近づけない。間違いなく、切られ、消される。ちくしょう、こんだけ美味しいネタを目の前にして、命運がつきるとはよ。お前、なんでもっと早く、俺の前に現れなかった。そうすればあいつみたいに、俺でも更生できたかも知れないぜ」
自嘲の意味も込めて、俺はへらへらと笑った。
だが……目の前の魔女は言った。
「できる、っていったら?」
「へっ?」
「交換条件よ……あなたの取材活動へのサポートにも連動した、ある仕事を受けてくれない? そうしたらあたしは、あなたに、絶対にばれない、新しい名前をあげる」
なるほど……今までの話は、全てこのための前振りか。したたかなもんだぜ。
こんだけ煽られて、俺が断ると思っていたのか?
「具体的に話が聞きたい。できない仕事を請け負うのは、俺のプライドに反する」
そう答えると、あいつは微笑みを浮かべた。
悪魔の微笑みだ。
「ここだけの話ね、あたしは今回の黒幕にクリムゾンがいることを知って、こっそりと株を集めたの。クリムゾングループ、総株式の51%をね。時が来れば、ただの一撃で、ロバートは会長の座を滑り落ちる」
「おい……そんな無茶な。だいたい爺さんと、血族の持ち株だけで60%を超えてるぜ。もし誰かが売ったとしても、そのとたん爺さんが買い戻すだろうが」
「ま、そこの所は企業秘密よ。ついでに仕事とも関係あるもの。その時、っていうのはね。会長の孫、アクア・クリムゾンが造反を起こすとき。既に布石は打ってあるわ。ロバート老の不正に憤った孫が、革命を起こすのよ。でも、今はまだ彼女の力は弱い。もし先に気づかれたら、間違いなく彼女は消されるわ。それに、彼女自身が、今革命を起こしても勝てないことにちゃんと気がついている。今の彼女には、まだクリムゾンを支えるだけの力が足りない。
おわかり? テツヤさん。私があなたに依頼する仕事は、ネルガルにプロスペクターとゴート・ホーリーがいるように、アクア・クリムゾンの影として、彼女のサポートに当たって欲しい、と言うことよ」
おいおいおいおい……そこまで仕掛け済みか?
けど……確かにそうなれば、その革命が成功すれば、俺は一気にクリムゾンの中核に近づける。そこまで行かなくても、諜報戦の過程で、かなりいろんなネタが手にはいるだろう。というか、そのネタを入手しなければ勝ち目はない。
全く、とんでもねえ化け物だぜ。ま、引き受けてもいいぜ、面白そうだし。
ただ……どうしてももう一つだけ、聞いておかねえとな。
「一つだけ、聞かせろ。それに答えてくれたら、この仕事、受けた。
あんた……なんでこんな手間の掛かることをする? はっきり言って、『ウィザード』の実力と、あんたのこの能力があれば、世界なんか簡単に手にはいるんじゃないか?」
そしたらこの女、あっさり頷きやがった。
「うん、その気になれば、世界なんか30秒で私のものになるよ。経済も、そして……軍事力でも、私は勝てる。気づいていたでしょう。私が頭を打ち抜かれても死ななかったって」
「ああ」
そう、あの時、こいつは確かに頭を吹き飛ばされていたのだ。なのに、こうして生きている。
信じられん話だ。強化人間だって、頭を吹き飛ばされれば死ぬぞ、普通。
「とんでもない女だな、お前……。ま、そんだけの力があって、なんでわざわざこんな回りくどいことをしているんだ? その訳を説明して見ろ」
「答えは簡単。私の目的は、兄貴に協力することだから」
そう答えたその時だけ、こいつは妙にガキっぽい顔になった。
「私にとって、世界なんてなんの価値もないもの。駄菓子と変わらないわ。所詮はうたかたの夢、虚空に浮かぶ幻……。でも、そんな中、あたしにはたった一つだけ、本当に欲しいものがある。そのために必要なことなのよ、私のしていることは。
こんなに力があってもね、それでもできないこと、難しいことはあるの。私の成し遂げようとすることは、様々な制約をかいくぐって、初めてできることだから。
たわいもない、個人的な望みなのに、それを成し遂げるには世界すら動かさなければならない。それがなんなのかは……全てがうまくいったときに教えてあげる。あなたのインタビューに、なんでも答えてあげるって、約束するわ」
その時俺は、何かとてつもないものを相手にしている気になった。
何というか……神様の人生相談を受けているような気になった。
でも、いいか。何というか……無茶苦茶おもしろそうだった。
ひどい目にも、つらい目にも遭うかも知れない。
だが、おそらく……退屈だけはすまい。
そして俺は、契約書にサインをした。
悪魔の契約書とも知らず。
「じゃ、いきますか……」
彼女はそう言うと、俺をいきなり抱きしめた。
「な、何する気だ」
「脱出よ。このジャンプっていう奴は、普通の人にはできないのよ。だからあたしがカバーしてあげる。いくよっ!」
彼女は宙に浮いていた杖を掴むと、それを一振りした。
とたんに視界が虹色に染まり……気がついたら見知らぬ部屋にいた。
落ち着いた感じの部屋で、どうも女性のベッドルームらしい。
隅に置かれた端末が、やや無骨だったが。
「どこだ……ここは」
「あたしの隠れ家の一つ。あなたに提供することになるわ」
なるほど。ここを基地にしろということか。
「この部屋は地下室なんで、ちょっと我慢してね。今はまだ、外に出してあげる訳にはいかないんで」
「どういう事だ?」
「あなたの新しい名前が、まだだから」
そりゃそうか。
「で、その前に、契約を締結しましょう」
何故かその声は、ぞくりとするほど色っぽかった。
そして俺の手を取ると、片隅のベッドに誘う。
「野暮はいいっこ無し。これが報酬の前渡し分かしら」
「……断る理由は、ないか」
俺は彼女をベッドに押し倒した。
頭痛がする。
あの女、若い顔してトンでもないタマだった。
ありゃあ死ぬほど男をコマしてるぞ。俺ともあろうものが、覚えたてのガキみたいに絞りつくされちまった。
「参ったな……」
そう言って起きあがったとき、俺は何とも言えない違和感を感じた。
まず声が違う。頭に響く声は、俺の覚えているものとは全然違う物だった。
そして、肩口に当たるさらさらとした感覚、胸のあたりに感じるかすかな重み……。
俺はあわてて鏡を見た。確かベッドの脇にドレッサーが置いてあったはずだ。
そしてそこに映ったのは。
見たこともない、若い女の姿だった。
「なんじゃこりゃーっっっつ!」
背格好は俺と大して変わらない。視点の高さがそれほど変わっていないから、女だとすればかなり背の高い方になる。
改めて見つめ直すとかなり美人だ。胸や腰の張りはやや控えめのスレンダータイプ。ただバランスが絶妙で、そのまんまモデルがつとまりそうだ。
股間のあたりの奇妙な頼りなさが、今の俺の姿を如実に現していた。
それと同時に、傍らの端末が勝手に立ち上がる。そして開いたウィンドウに、ビデオメールが映し出された。
もちろん映っているのは、仮面を付けた女だ。
「やっほー、テツコちゃん、目、醒めた? このメールは、あなたの声に反応して自動再生するようになってるからね。
まーびっくりしたと思うけど、それがあなたの新しい『顔』。見た目は女の子でも、中身はちょっくらいじってあるから、昔並みの戦闘力はあると思うよ。それから別段生でやっても妊娠しないから、そっちは安心してね。ま、詳しいことはいちいち説明するより、自分でわかってもらった方がいいと思うから、端末の脇にある、タブレットみたいなパネルに手をのっけてくれる? 両方とも」
俺は怒りつつも、ビデオに怒鳴ったところで意味がないので、取りあえずいわれるままに手を端末脇のパネルにのせた。
そのとたん、俺の両手の甲に、かすかな光の紋章が浮かんだ。
そして驚く間もなく、膨大なデータが頭の中に流れ込んでくる。
現在の俺のプロフィール、女性として振る舞うための常識と基礎知識、そして……この身体の使い方。
ダウンロードが終わったとき、俺は女の声でくつくつと笑っていた。
「なるほど……大した化け物、いや、魔法使いだよ、お前さんは! 人間一人、こうも簡単に生体改造してのけるか? けど、まあ、最悪元の姿には戻れるようだし、取りあえず、この前渡し金、存分に使わせてもらうぜ……おっとっと、使わせてもらうわ! だな」
今この時より、カタオカ テツヤは、この世から消えた。
今ここにいるのは、カタギリ テツコ、18歳。アメリカのカレッジに遅れて入学してきた極東出身の田舎者。将来の志望はジャーナリストという、ある意味どこにでも居そうな娘。
今の俺……いや、あたしを、チハヤが見たら何というかしらね。
「よーし、やるわよ! テンカワアキト、ロバート・クリムゾン、そして……テンカワハルナ! みんなこのあたしが、正体暴いてやるからね!」
後書き。
はははははははははははっ!
極悪非道作者です。
まあ……見ての通り。
サクヤさんの話は、実はこのための伏線だったのです!
……なんていうことはないんですが。
しおらしいことをいっておきながら、裏でこんな事をしているハルナ。
ダークサイドバージョンは、ちょっとアダルティです。
ああ、これでもう、表の純情そうな顔は、全然信じられないっ!
代理人の感想
いや、とっくの昔に信じてないし(核爆)。
しかし・・・・・独立派の直接の生き残り!?
ロバートが!?
てっきり「子孫」だと思ってたんですが・・・・・・ひょっとしてロバートもハルナの親戚?