深夜の食堂に、一人また一人と人が集まる。
食堂の明かりは、人を引き寄せる灯りでもあるのだろうか?
会話をしていた、アキト、バイツ、ホウメイ。その三人がいた静かな宴にガイが参加し、暫くたってからユリカが現れた。
ユリカはアキトに付き添うようにして隣の席に座るのだった。
こんな時はパワフルなキャラクターがいてくれた方が良いかもしれない。
ホウメイはそんな事を漠然と思い、アキトもこれで多少は元気を取り戻すなとバイツは思う。

「ほら、呑みな」

ホウメイが椅子に座り俯いているガイにウィスキーを差し出した。ガイは「すまねぇ」と言うと一気に飲み干すのだった。

「さて、と。俺はそろそろ戻るよ」

バイツはそう言い、席を立つとホウメイに「美味かったぜ」とグラスを持ち頬を弛め残っていたウィスキーを飲み干した。

「余り勤務中に呑むんじゃないよ」

「ふふ。善処するよ。ご馳走様」

バイツは入り口に向かいながら右手をひらひらさせ、紫煙をはき出す。
ぷしゅーっと扉が開くと、バイツはその場でびっくりしたかのような表情を見せた後、柔らかに微笑み何やら言葉を紡いでいた。

「君も眠れないのかい?ミス・ウエムラ」

「うん。昨日の今日だから、ミカコも眠れないみたいなんです」

「おやおや、夜更かしは美容の天敵だというのに」

バイツはそう言って頭を掻き苦笑した。

「バイツさん、ミス・ウエムラは止めて下さいって言いませんでしたか?」

エリがそう言って睨むようにしてバイツを見る。
別にミス・ウエムラと呼ばれて不快感を覚えるわけではないのだが、どうもそう呼ばれると”他人”だとバイツに距離感を置かれているようで不思議な苛立ちを覚えてしまう。

「なら何と呼べば良いのかな?」

バイツはそう言って苦笑する。エリに煙が当たらないように配慮しながら、紫煙をはき出すと携帯用の灰皿で煙草を揉み消した。
今までこんな物を持った事はなかったのだが、ラピスに使えと渡されたから使っている。
流石に廊下にポイ捨てするのにはラピスも怒ったようだ。因みに携帯灰皿の表面部分に「
ポイ捨て禁止」とラピスの字で書かれている。

バイツは灰皿を懐におさめるとエリを見た。

「エリ、で良いですよ」

「それは困った。俺が君の事を名前で呼ぶと君のファンに恨まれそうだな」

バイツはそう言って頭を掻きながら苦笑する。そしてふと、エリに聞く。

「そう言えばミス・ウエ…。おっと、エリーで良いのかな。食堂に何か用があったのか?」

バイツが「ミス・ウエムラ」と言いかけると、エリがむっとした表情で睨んだため、バイツは苦笑して「エリ」と言い直し、言葉を紡いだ。

「あ、そうそう。ちょっとお酒と、小料理を持ってこよーかなって」

そう言ってエリはあっと口を押さえた。自分が未成年だというのにアルコールを持ってこようとしていた事を暴露してしまったからである。
しかも相手は曲がりなりにもネルガルの社員だ。

「ふふ、正直だね。別に咎めなどしないさ」

バイツはそう言って可笑しそうに口元を押さえクックっと笑う。
憮然とした表情になるエリを見た後「悪い悪い」と笑いながら謝り、ここで待っているようにと告げた。

「暫く待ってなさい。つまみと酒を持ってこよう」

バイツはエリをその場に残し再び食堂にはいると、暫くたってから戻ってくる。戻ってきたバイツの手には手提げ袋が掛けられていた。

「お待たせ。セニョリータ」

随分と大量に持ってきた事だな、とエリは苦笑した。
手提げ袋に入れるほどの量を飲めるとは思えない。エリがそう言おうとすると、先手を打ったかのようにバイツが話し始めた。

「エリーの同僚の娘達を誘えばいいさ。どうせ彼女達も眠れなかろう」

そう言うとバイツは「部屋まで送ろう」と言葉を続け歩き始めた。そう言えば、朝から色々と世話になっているなとエリは思いながらバイツの背中を見る。
撃たれた肩の傷はもう癒えたのか、不自然なことなく動いていた。


驚異的な治癒能力が不思議に思え、エリがそのことを聞いた時バイツは笑いながら
「前に実験体にされてね。その時の副産物さ」
と事も無げに言った事を鮮明に覚えている。


酷く衝撃的だった。以前バイツが「悲痛な顔して言った所で何が変るわけでもない。これが事実なのだから」と言っていたのが思い出される。
あの言葉は他人に対してだけでなく自分自身に対しても適応されているのだ。酷くドライな人間だと印象を受けたが、そうでない時もある。
色々と謎に包まれた不可思議な人間だ。

「バイツさん。バイツさんは何処の生まれなんですか?」

「ポーランドのワルシャワって場所さ。…解らない、かな」

バイツはそう言ってふふっと笑った。エリは困ったような笑顔を浮かべ「解りません」と頭を掻く。
エリがどんな所なのかと聞くと、バイツは苦笑しながら「覚えてない」と言った。
何でもまだ幼かった頃に両親の仕事の都合でイタリアに移り住んだそうだ。
その後も世界各地を転々としたと、エリに言う。その為か、一つ一つの国の深い事柄や風習に馴染む事はなかったと笑った。

「ご両親は、今何処にいるんですか?」

「ここと、ここにいるさ」

バイツはそう言って、自分の頭と胸をとんとんっと叩いた。相も変わらず人を食ったような表情な為、真意かどうか計りかねる。
どう反応すればいいのかと困惑しているとバイツはそんなエリを見てフッと頬を揺るめた。

「両親はもう死んだよ。
 父は仕事でのトラブルでね、危ない事をしていたから殺されてしまった。
 母は妹を産んでから暫くして体を壊して、死んでしまった」

「ご、ご免なさい!わ、私…」

それを聞いたエリが慌てて謝ると、バイツは苦笑して「気にしなくても良い」と受け流した。
そして「この話はもう良いだろう?君が不快になるだけだ」と再び苦笑した。

そうこうしている内に、エリの部屋の前にさしかかる。
エリの帰りが遅く心配したのかミカコが部屋の前に立っており、バイツと一緒にいるエリを見て悪戯気に、にんまりと笑う。




「お〜!エリィ逢い引きですか〜?」




ばっ、ばかっ!な、何言ってんのよ!」




からかうミカコに対して顔を真っ赤にしたエリが大声を張り上げた。
因みに今は深夜のためそんな声でも出せば、他の者が何事かと部屋からひょっこりと顔を出す事も珍しくはない。
その事態を想像したのか、慌ててミカコがバイツとエリを部屋に引っ張り込んだ。



「お、おい!俺は送りに来ただけだぞっ?」



突然の行動に慌てたのかバイツが呆気にとられた表情をした後、扉を閉めて一息吐いているミカコにそう言ったが、ミカコは顔の前でチッチッチと舌打ちをして「解ってないなぁ」と呟いた。


「今は夜なんですよぉ?真夜中に、声を張り上げるエリィと、私とバイツさん。ゴシップ好きのナデシコクルーが見たらどう思うでしょうか?」

「…理解した。それは確かに由々しき事態だ」


と、バイツは言い頭を掻いた。
別に自分がどう思われようが気にもならないがその事でエリやミカコに被害を被らせてしまうのはしのびない。
しかし、かといってこのままこの部屋に居座るというのも酷く問題があるなと、バイツは考え、顎に手を当てる仕草をした後、徐に口を開いた。

「では、暫くの間邪魔させていただくよ。君がミス・ウエムラに頼んだ品物もここにあるから、他の娘達も呼んでくると良い」

バイツがそう言うと、ミカコは元気良く返事をして部屋から出て行った。
大方、残る三人のホウメイガールズを呼びに行ったのだろう。残されたエリはバイツを部屋に案内して座って貰い、グラスと皿を用意し始めた。

「ミス・ウエムラは止してくださいってあんなに言ったのに、まだ言うんですかぁ〜」

「ははっ失敬失敬。ミス・サトウがいたからね。妙に勘ぐられても君が嫌だろうと思って、ね」

バイツはそう言って煙草を取り出そうとしたが、思いとどまり止めた。
煙草の匂いも、汚れも付いていない女性の部屋を煙草で汚してしまうのは悪いと思ったからだ。因みにルリとラピスの部屋でも煙草を吸う事は避けている。彼女達がいる時には吸わない、と言うものではないが煙草を吸わない女性の部屋で煙草を吸う事は避けている。
もしも、相手が男だったらそんな事はお構いなしに吸うのだが。

「今更遅いと思うんですケド…」

「遅いも何も、アレは冗談だろう?」

バイツは苦笑し懐に伸ばした手を所在なげに動かしながら、エリにそう言った。
明らかにミカコはエリをからかっていたとバイツは思うのだが。

「ま、それは兎も角として準備を始めよう」

バイツはそう言って、エリに手提げ袋を渡した。中には酒とつまみの各種が入っている。エリがそれをさらに並べ始めるとバイツも手伝い、並べる。

「それにしても、なんでエリーって伸ばすんですか?」

エリが苦笑しながらバイツに言う。バイツもそれに合わせ苦笑すると「発音しにくいんだ」とこめかみを掻いた。そして、その後は当たり障りのない談笑をしながら支度をしていると、入り口あたりが騒がしくなってきた。

「あ、帰ってきたみたいです」

「そのようだね。華やかだねぇ。女性五人に男は俺一人、か」

他の男性クルーに知られたら、どんな噂が立てられるもだろうか。
などと何となしにバイツは思った。どうせ、百害あって一利なしを地でいくような噂に間違いはないだろうが。




「ただいま〜!」




「お帰り〜」

ぷしゅーっと扉が開き開口一番ミカコが元気良く言った。
その後から続くように、ハルミが入ってくる。普段は三つ編みにしてる髪を一本にくくっており、お下げの状態になっている。
三つ編みのため、お下げ髪に緩やかなカーブがかかっている。

「やほ。保護者同伴だよ〜」

ハルミはそう言ってサユリを見る。
ホウメイガールズの中で唯一未成年ではないのがサユリだからか、ハルミは悪戯っぽい笑顔を浮かべくすくす笑う。

「誰が保護者なのよ。失礼しちゃうわね」

サユリはそう言って苦笑した。
冗談と解っているから構わないが、それにしても保護者はないのでなかろうかと思ったりもする。
自分だってまだまだ若いつもりだ。第一ハルミとは一つしか違わないと言うのに。

「折角眠れかけてたのにぃ…。ふぁ…」

寝ぼけ眼をこすりながらジュンコが入ってくる。
後少しで夢の世界に旅立つという瞬間に、ミカコにたたき起こされたのだ。ジュンコは寝起きは比較的良い方なのでたたき起こされても別に暴れたりはしないが、覚醒するまで多大な時間を要す。また、気を抜くとすぐに夢の住人になってしまう。

「やぁ、お嬢さん方。邪魔してるよ」

バイツはそう言って、ひらひらっと手を振った。
それを見たサユリ、ハルミは目を丸くして驚いている。ジュンコはバイツがいる事を確認して完全に眠気が去ったようだ。どうやらミカコはバイツがいると言う事を伝えていなかったらしい。ほくそ笑むミカコを見ながらエリが呆れたと言った感じの苦笑で、ため息を吐いた。

「ドッキリじゃないんだからさぁ〜」

「にょほほほほ♪」

それに対して、ミカコは口元を押さえながら奇妙に笑う。流石のバイツも多少引きつった笑顔でミカコを見ている。
それから暫くたって酒宴が始まった。
各人思い思いの酒を持ち小料理を摘みながら会話に花を咲かせる。その会話には意識的なのだろう、ヨウスケの話はでてこない。バイツも自分からその話しに持って行く気は更々ないようである。因みにバイツはとても静かである。別に人見知りするだとか、女性の前だから黙っているという物ではなくただ単に、会話について行けないだけだったりする。そして若い女性のパワーに押されているのだ。



「やっぱりアキトさんって、艦長とつきあってんのかなぁ」



ジュンコがふぅっとため息をつきながら呟く。今回は割と本気なのか、いつもに比べて「飽きた」と言う事がない。
何故、アキトがユリカとつき合っているかとジュンコが思ったのかと言うと噂はさることながら、二人でいる現場が良く目撃されるからである。因みにルリも頻繁にアキトの側にいるのであるが、どちらかと言えば妹のような存在なのだろうと思うからアキトとルリ説はジュンコの頭の中にないのだ。



「アキトと艦長はつき合ってないよ。ミス・ミズハラ」



ウィスキーは飽きたのか、バイツはカクテルを飲んでいる。
因みにテキーラサンライズである。ようやく会話にはいる事の出来る話題をこれ幸いに割ってはいる。基本的に無言でいると言う事が苦手なのだ。



え!?本当ですかっ?」



「アキトはフリーだよ。アキトはああ見えて奥手だからな」

そう言ってバイツはククッと喉で笑う。
大方大部分の人間がアキトが遊んでいると思うかも知れないが、基本的にアキトは奥手だ。あの容姿と軽快な口調や物腰にそう思ってしまう人間も多くいるが、経験人数は数えるほどだろう。まぁ、それでも遊んでいる内にはいるかも知れないがバイツにしてみればそうでもないと言う事だ。裏を返せば、バイツこそ遊び人と言う事なのかも知れない。

「やったじゃん。まだチャンスはあるかもよ?」

ハルミがそう言って、ケーキを頬張りながらカルアミルクを飲む。酒にケーキというのは何やら不思議な感じだが、ハルミ的には問題ないようだ。ワインにあわすと言う人間もいる事だし祝い事でシャンペンとケーキがでる事もあるからそこまで不思議でもないかも知れない。

「うんー。頑張ってみる」

ジュンコはそう言って、チーズを頬張りワインを飲んだ。
因みにサユリは日本酒だ。日本酒に合わせて漬物をかじっている。年に似合わず渋い取り合わせである。ミカコは、そんなサユリを見ながらすでに酔っている。一番若いだけあってアルコールに対する耐性も低いと言う事なのだろうか。

「にょほほっ♪バイツさんはエリィとつき合ってるの〜?」






「げふっ!?」








途端に思わぬ場所から斬られたバイツは丁度飲み込もうとしたビーフジャーキーを喉に詰まらせてしまった。苦しそうなバイツの背中をエリがさすっているのだが、それを見てミカコは益々悪戯気に頬を緩めた。



「エリィ〜。
ダーリンの介護ですか〜?」


「な、何言ってんのよぉ!」



そう言ってエリは顔を真っ赤にしてミカコに詰め寄る。怒って赤いのかそれとも、照れたためか微妙な所だがそれでもバイツの背中をさする手を休ませる事はない。

「もう、ミカコったら。明日も仕事なんだから程々にしなさいよ」

「ふぁーい!リョーカイだよぉ。サユリさーん」

ミカコはそう言って満面の笑顔で手を挙げ、フライドポテトをぱくつき始めた。バイツの方も落ち着いたのか、エリに「もう平気だ」と笑いかけた。
その後も酒宴は続き、真っ先にミカコがダウンする。「もうダメ〜」と連呼しながら布団に潜り込みすぐに寝息を立て始めた。続いてミカコに誘われるまで眠りの世界に誘われかけていたジュンコがダウン。すでに部屋に帰る事すらおぼつかないのか、エリの布団に入り寝息を立て始める。続いて、女性陣の中では一番呑んでいたと思われるハルミがダウンする。


「んじゃ、アタシ、帰るね〜。お休み〜ふぁぁ…」


眠いのか目をこしこし擦りながら欠伸をかみ殺し部屋から出ていった。
エリとサユリもハルミにお休みを言うと、また談笑を始めた。会話のネタは料理の事に変わって行く。お互いの得意料理は何かとか、どんな料理が好きかなどと言ったものである。

「へ〜サユリさんって日本料理が専門なんだ」

「そ。とは言っても、まだ家庭料理の域から脱せないけど、ね」

サユリはそう言って謙遜したが、エリの目から見てもサユリのそれは家庭料理と言った類のレベルではない。
それだけ自分とは違い本気で料理に情熱を注いでいると言う事なのかも知れない。



「私なんて、せいぜい作れてお菓子類だよ」

「あら、良いじゃない。お菓子の作れる女性は男性に好かれるじゃないの」



エリがそう言ってため息をつくと、サユリはくすくす笑いながらエリとバイツを交互に見てまたくすくす笑った。

「な、何よ。その笑い方」

「別に深い意味はないよ。うふふ」

「まぁ、何にしても料理が作れると言うだけでも素晴らしい事じゃないのかね?
 昨今の若い娘はろくに魚もおろせなかったり米も洗えぬ女性がいるというしな」

バイツはそう言ってふふっと笑った。
全員が全員そうだとは言えないが、それでもそう言う女性がいるのは確かな事だ。
まぁ女性だけでなく男性でも同じ事が言えるのだが、何にしろ嘆かわしい物がある。


「さてと、私もそろそろ帰るわね。ご馳走様」


サユリはそう言って、軽く二人に手を振り部屋を出ていった。
エリもサユリに手を振った後、ふとハルミとサユリがジュンコをほったらかして帰っていった事に気付いた。しかも片づけは自分一人でやらなければならないのかと少し頭痛を覚える。何と言っても6人で飲み食いしたのだ。洗い物の量もゴミの量も半端な物ではない。



「エリー。手伝うよ」



そんなエリの表情から感情をくみ取ったのか、バイツが腰を上げテーブルの整理を始めた。
エリが慌てて「やりますから」と言うとバイツは「二人の方が早いから」と言いエリを止めた。やはり二人でやる方が早いらしく、物の数分としない内にゴミを整理する事が出来た。残るは洗い物だが、それだけでも量が多い。テーブルに乗った多量の洗い物を見て二人は顔を見合わせ苦笑する。



「ふぅ、一息つこうか」

「うん。そうしましょっか」



バイツにあわせ、エリも頷いた。何か飲み物を持ってこようかとエリは思ったが先程の飲みで冷蔵庫は空っぽと言って良いほどに何も入っていない事を思い出した。何気なくふぅっと息をついたエリはバイツにブランド物のハンカチを貰い面食らってしまってろくに礼を言っていなかった事に気付き、バイツに話しかけた。

「バイツさん、あの、ハンカチ有り難う御座いました」

畏まった感じでエリがバイツに頭を下げると、バイツは一瞬惚けたかのような、何の事だか解らないと言った感じの表情を浮かべたが、すぐに納得したかのように軽く相槌を打った。

「なんだ、その事か…。気にする事じゃないと言っただろう」

バイツはそう言って懐に手を入れ、財布をとりだした。
バイツも喉が渇いたのか、どうやら飲み物を買いに行くつもりのようだ。財布の中身を確認し、エリを見て言う。

「エリー。喉は渇いていないか?一つパシって来るが」

「あ、私も一緒に行きます」

エリもそう言って財布を取りに行こうと席を立つ。するとバイツは「いや、奢ろう」と言い席を立つと扉に向かって歩き始める。エリも慌ててその後を追い部屋を出た。バイツは懐から煙草を取り出すとそれをくわえ火をつけた。数時間ぶりに口を支配する煙草の香りが何とも言えず心地よい。




「艦内だからなぁ。夜風に当たる事も出来ん」




そう言ってバイツは廊下を見ながら苦笑した。
酔っていると言うほどではないにしろ、体がアルコールによって熱を帯びているのは事実だ。火照った体を夜風にさらして涼みたくもなる物だが生憎とここは戦艦の中だ。もしもここが宇宙でなければ外に出るのも良いが、宇宙空間でそんな事でもしよう物なら大事になってしまう。まぁ、実際強固なプロテクトがかけられているのでおいそれと扉を開けたりは出来ないが。

「コート羽織ってないで、脱いだら多少は涼しく感じますって」

エリはそう言ってクスクスと笑う。思い返してみれば、バイツはいつもコートを羽織っている。食堂でも先程の酒宴でもコートを脱いではいない。
艦内は丁度、体が心地よいと感じる温度や湿度に保たれているのに、不自然な事だ。



「ま、それもそうだが。このスタイルが気に入ってるんでね」



そうバイツは言ったが、エリは苦笑するほかない。見るからに暑そうだからだ。
くるぶしにまであろうかというロングコートに、首元のファー。ファー自体は脱着が可能だそうだが、それでも暑かろうと思う。
それに拳のレザーグローブ。いったい何の意味があるのか解らない。第一、そんな物をつけていると、作業が手間取って仕方がないと思うが。


「そう言えばバイツさん。洗い物はどうするんです?ソレつけたままじゃ出来ないじゃないですか」


エリはそう言って、バイツの拳を指さした。バイツは「これかい?」と手を差し出すと苦笑する。

「外すさ。勿論、その時はコートも脱ぐよ。水がかかってしまうからな」

会話をしている内に、自販機のある場所に到着した二人は思い思いの飲み物を購入した。
バイツは紅茶を、エリはスポーツドリンクを購入する。部屋まで戻って飲むと言う事が多少面倒に感じたバイツはその横にあるベンチに腰掛け缶のピンを引く。エリもバイツに続いてベンチに腰掛けると缶のピンを引く。アルコールも炭酸も入っていない清涼飲料水が喉を潤してくれる。よく冷えたコールドドリンクが火照った体に染み渡り何とも言えずに思わずため息をつく。


一息ついて、何時の間にやら新しい煙草をくわえ、火をつけたバイツがエリに問いかける。



「明日は遅出か?」

「だったら良いんですけどねぇ…。バイツさんは?」



エリはバイツの問いに、苦笑混じりのため息で返すと逆にバイツに問いかける。
バイツだって多量のアルコールを摂取しているのだ。早出だったらきついだろうと思う。

「明日は、朝からアキトとトレーニングする羽目になってね。むしゃくしゃしてる気分を体でも動かして何とか収めたいのだろうさ」

バイツはそう言って、紅茶をこくんっと飲む。
アキトはそう言う男だ。心に靄が出来れば体を動かす。そう思えばアキトは体育会系の人間なのかも知れない。対して自分はどうしているだろうか?



---何を馬鹿な事を。靄など出来よう筈もない。



思わず苦笑する。もう数えるのも億劫な程にそんな感覚に陥った事がない。
むしゃくしゃすると言った感覚すら忘れてしまっている。アキトは感情の起伏が激しいが、自分はそれ程感情の起伏が激しくもない。
何時かルリに「冷めた人間だ」と言われた事があったが自分でも実に的を射た的確な台詞だと感心する。ルリの方も冷めた人間と思われがちだし、本人もそう自覚しているだろうが本人や他人が思っているほど冷めた娘ではない。
ただ単に自己表現が下手な娘だ。それに、アキトと一緒にいる時など「冷めた」と言う言葉が当てはまらない。
アキトと一緒にいる時は満たされているのだろう。驚くほどに、表情が映える。

だが、バイツも自分自身がそこまで全部が全部冷めていると思っているわけではない。確かに人と比べれば随分と人間味のない冷めた人間に見られる事が大半を占めるが、アキトやルリ、ラピスといる時は時間をたつ事を忘れてしまう事も多々ある。


特にラピスといる時は、安らぎを感じる時すらある。


あの娘は見ていても痛々しい程に自分を押さえ込んでしまっている。
アキトやルリに嫌われたくないと思うからだろうか、自己表現がルリよりも下手な事だろうか。
表面上だけの感情表現だけを見たならそこまで痛々しさを感じないが、あの娘もまた自分と同じ感情を一部欠落させてしまっている。
そして何より、ラピスはバイツの大切な者だ。ルリよりもアキトよりも大切だ。
娘のようだ。と、バイツがラピスに言った事もある。
ラピスは一瞬きょとんとしたが、その後、はにかむような笑顔で「じゃあバイツはラピスのお父さんだね」と言ってくれた。
あの時、久しく忘れていた涙の感覚を思い出した。

バイツは何時の間にやら飲み干してしまった紅茶と、短くなった煙草を捨てるとベンチから立ち上がった。その表情には苦笑が浮かんでいる。



---やれやれ、らしくないね。多少アルコールが回ってきたか?
「さて、帰ろうか。洗い物が首を長くして待っている」



バイツがそう言うとエリは頷いてベンチから立ち上がる。空き缶をゴミ箱に捨てると二人は部屋へと戻っていった。部屋に戻るとバイツはコートを脱ぎグローブを外した。何気なくその動作をエリが見ていると、グローブを外したバイツの両拳には指を除く掌全体に包帯と言って良いのか布が巻き付けられていた。



「ど、どうしたんですか?ソレ」

「ん?…ああ、これか。疵があるのさ」



それでその話は終わった。どうせ聞いても笑ってはぐらかされる事だろう。
エリはそう思い、洗い物に手を伸ばした。それから二人は談笑しながら洗い物を台所に運ぶ。全部運び終わった所で、いったんため息をついた。なんだかんだ言って、量が多い。



「さて、洗うとするか」

「陶器ですから、割らないようにしてくださいね」





「…そんなに不器用ではない」





洗い物を始めてから20分程経過すると部屋と台所は酒宴が開かれる前の状態になっていた。残るエリの問題は自分の寝床である。床にそのまま寝そべるというのも何だがなと思うし、せめて掛け布団くらいは欲しい物だが占領されてしまっているためそれすらままならない。どうした物かとエリが悩んでいると、すでにコートを羽織り帰る支度をしていたバイツがエリに向かって言った。



「ミス・ミズハラの部屋で寝ればよいのではないかね?
 そこなら入れ替わりで寝床もあろう」

「う〜…。そうですね」



結局、バイツの言ったとおりジュンコの部屋で寝る事にしたエリは身支度を整え部屋の電気を落とした。ジュンコの部屋まではすぐ其処なのだがバイツが部屋の前まで送って行った。
カードロックがかかっているのだが、ジュンコの持ち物の中からキーを拝借してきたエリには問題ない。


「今日は色々有り難う御座いました。お休みなさいバイツさん」


エリはそう言ってぴょこんっと頭を下げる。
その動作がエリの年齢よりも幼く見えてしまい、バイツは思わず微笑ましそうに苦笑した。



---17と言えば本来は学生、か
「ああ、お休み」



部屋に入っていったエリを見送るとバイツは懐から煙草を取り出しゆったりとした動作でそれに火をつけた。ふぅっと紫煙を吹き出した後に踵を返し部屋に背を向けて歩き始めた。静寂が支配する廊下に靴音が鳴り響く。静寂を切り裂くその音は単調で乱れぬ歩調を刻む。





「曖昧よなぁ…。人の生き様も死に様も」





ふぅっと煙を吐き出せばもうもうと紫煙が立ちこめ空気にとけ込んでゆく。
空気に飲み込まれる煙はさながら人生のようだな、などとふと思ってみたりもする。こうも普段思いもしない事を思うあたり酔ってきているのだろう。

今日の自分はほとほとらしくない。
一体、何故に感傷的になっているのだろうか?
感傷的になるような事が、あったとでも言うのだろうか?

ふぅっ…

足を止め、中空に煙を吐き出す。ぼうっとしながら煙の行き先を眺めてみる。
無風状態の通路で何に流れるでもなく徐々に消えゆく紫煙。


「煙も人も、色に消え行く定め…か」


いずれは自分もまた、消え行く定めなのだろう。
一体、何の意味があってこのような人生の軌跡を歩ませるのか。
せめて、それだけでも見つけたいものだ。





「さて、風呂にでも入って床につくとするか」





そう言ってバイツは煙草の吸い殻をぴんっと指で弾き、歩いていった。
部屋に帰る途中アキトはまだ飲んでいるのだろうか?とふと思ってみたりする。相当煮詰まっているようだし、たまには吐くほど飲むのも良いだろう。
ガイもアキトと一緒にいる事だし、二人で浴びるほど酒を飲んでいるかも知れない。
ホウメイが苦笑しながら二人を宥めている場面を想像すると、多少ホウメイに同情してしまう。酔っぱらいの相手ほど疲れる物はないからだ。


部屋の前にたどり着き、プシューッと扉が開くと同時にバイツの行動が止まり、「あ…」と小さく呟いた。


「…煙草、捨ててしまったがよ…」


その後バイツはダッシュで吸い殻を拾いに行くのであった。

















後書き



う〜、文章書くのって本当に難しいデス。
一寸でも気を抜いたら変な方向に脱線してしまったりとか、気付いたら文章半分消去とかかなり痛いデス。
濃厚で緻密な文章を書けるように日々精進しなければダメですね。
削ったり、増やしたり、書き直したり。うむぅ!コレも修行だ!心も躯もマッソーにならねばイケナイ!



ハイル!マッソー!
ハイル!マッソー!



…ゴメンナサイ(汗) m( _ _;)m



ええと、気を取り直して今回の登場人物情景描写に参りたいと思います(滝汗)



主人公二人組


アキト君

精神的に参ってます。
ですが、色々考える事もある様子。人の生死しかり、料理しかり、大変です。
他作家様方の強いアキト君も好きなのですが、こー言うアキト君も好きなのであります。
成長過程を書いてみたいなーって思います。でも成長過程書くのって失敗すると目も当てられない凄惨な事に…。
がむばれ>わたすぃ


バイツ君

アルコール摂取により多少感慨深くなっている模様です。
因みに、ラピスちゃんが大切というのはアッチ系の愛情ではなく親愛の情からです。
エリさんの事は妹のような感覚で見ています。とは言え、思い切り距離が離れているのですが。
さて、これからどうなって行くのでショーか〜。

※実際は「エリ」と発音できると思いますが、それらしいので「エリー」にしてみました。


今回の主要人物


ホウメイさん

料理人の概念とでも言うのでしょうか。それを語っていただきました。
実際、とんでもない技術と修練。途方もない時間をかけて一般人が真似の出来ないような料理を作る人が料理人だと思います。
どちらかと言えば職人、かも知れないですが(苦笑)
でも、アキト君やホウメイさんが言う料理人は作中で語ったような物だと僕は思います。
「腹を満たすのであればジャンクフードでも良い」ですが、例え職人並みの技術を持っていようが僕的には「ハート」がこもっていなければ「腹を満たせても心を満たす事の出来ない」冷めた料理だと捉えたのでそう描写してみました。
と言うわけで、実際の料理人とは違うかも知れません。(全国の料理人の方に陳謝)


エリさん

唯今爆睡中。アルコール摂取のしすぎか翌日は頭痛がしていたそうです。
ミカコさん&ハルミさんは片割れが入れ替わっており朝目覚めた瞬間暫くの固まったようです。
因みにホウメイガールズの部屋振り分けはエリさん&ミカコさん、ハルミさん&ジュンコさん、サユリさん&ホウメイさんとなっております。


その他ホウメイガールズ

ミカコさん

アルコール耐性非常に低し


ジュンコさん

居眠り娘と判明。本人的にアキト君に対して結構マジっぽい様子デス。


ハルミさん。ホウメイガールズ一の酒豪と確認されました。


サユリさん

料理のレベルですが実はアキト君と非常によい勝負です。実力伯仲、拮抗しています。
…凄い渋い飲み方をする女性になってしまったデス。




う、うむむ…?
人を殺してしまったが故か、ギャグに転べないデスよぉ。
…でも、まだ死ぬキャラクターいたりして…


 

代理人の感想

重いですよねぇ、人の死って。

例えお話の中でもそれは同じなんですよね。

そりゃもちろん、個性も何もないような書割のモブの雑魚敵のその他大勢なら

死んだ所でそれは無味乾燥な「単なるデータ」として認識されてしまうわけですが、

「死」という実感を持ってそれを認識してしまうともうそれは「単なる事実」ではなくなります。

言い替えれば頭で考えるんじゃなくて心で感じてしまうと、ということでしょうか。

 

死と言うのが断絶だとすれば、その人間に対する認識の深さ、

言い替えればそれに対して抱く感情やら思い入れやらと言った「絆」は綱引きの綱です。

今まで引っ張っていた綱が突然ぶつり、と切れる。

それが、例えばTVのメグミや、今のアキト達が感じている「死の衝撃」なのでしょう。

物語のキャラクターが死ぬ前に妙に目立ったり、活躍したり、結婚話が持ち上がったり(笑)するのも

この絆と言う紐の太さを太くする為であり、その切れた時の衝撃を大きくする為なのだと思います。

ヨウスケがクローズアップされていたのも同様ですね。ごんべぇさんは死の見せ方を心得てらっしゃるようです。

 

それはさておき
閑話休題。

 

ありふれた、一人の人間の死に対してすら実際はその周辺で感情の渦が巻き起こる物。

クローズアップすれば、いくらでも重く描くことが出来るんですよね。

ギャグで笑い飛ばすのも一つの芸風ですが、ごんべぇさんのようにそれを丁寧に描くのも、

また一つの芸風であろうかと思います。