『お待たせ。リカルド君』
受話器を取れば、相手は案の定プロスだった。
お待たせと言うからには、イクマの件の事なのだろう。
「で、シラナミは乗せて貰えるのか?」
『結論から言わせて貰えれば、許可です。
ウチの会長がえらくアバウトですからね。使えるものは使ってしまえと』
受話器向こうのプロスは眼鏡をかけ直しながら苦笑でもしていることだろう。
クロサワも思わず頬を綻ばせた。
『ところで、このシラナミ君ですか。父親がえらく有名人ですよ』
「ん?俺は知らんが?」
『それは無理もない事ですよ。あくまで地球では、と言う事ですから』
プロスはそう言って、こう付け加える。「それも一部では、ですね」と。
地球の一部の人間には有名人、と言う事になる。
それでは自分が知る由もないなとクロサワは納得した。
『シラナミ・リュウゾウ[ 白波 龍造 ]37歳。
バーリ・トゥードのファイターです。前ミドル級チャンプでして、はい』
「はぁ?なんだ、バーリ何たらとは」
ファイターと言うからには格闘技の類だろうか。イクマ自身も父親から武道を習ったと言っていたし、想像に難くない。
どちらにせよ、自分は格闘技にあまり精通はしていないし解らない。
自分のファイトスタイルなど喧嘩の延長線上でしかないからだ。今思えば良くそれで生き残れたものだと、今更ながらに溜息が出る。
『格闘技の一種ですよ。人によっては喧嘩というかも知れませんが。
ま、それだけの話ですが。どうでも良かったですか?』
「いや、シラナミに伝えておくよ。家族の話を聞くのも良い事だろうしな」
『無駄にはならなかったようで安心しましたよ。
ああ、あとシラナミ君の待遇ですが、あくまで正規のパイロットではありません。
有事の際の予備パイロットですから』
「なんだ。ケチだな」
クロサワはそう言って笑った。
つられてプロスも笑う。これはクロサワなりの感謝の気持ちを表したのだろう。
昔から天の邪鬼な男だったし、素直に礼を述べた事など数えるほどしかない。
『参考がてらに現チャンプも聞いてみますか?』
「いや、いい。聞いた所で別にどうなるわけでもないし、シラナミには関係ないのだろう?」
『…父方に、関係があるのですよ』
プロスが語った事は概ねこんな物だった。
相手は新鋭の選手でまだ19歳の若者。
誰もが、リュウゾウの勝利を信じて疑わなかった。
事実、前半はリュウゾウが押していた。グロッキー状態になっていた青年に決めに入ったリュウゾウの拳が襲いかかった。
だが拳は目標を失い、大きく流れる。追い込まれたフリをしていたのだろう。
その瞬間、リュウゾウは固い地面に後頭部から危険な角度で叩き付けられた。
酷く綺麗なスープレックスが弧を描いてリュウゾウを巻き込んだのだ。
それで意識が飛んだのか、ぐったりとしているリュウゾウに青年の情け容赦ない拳が無数に叩き付けられた。
今は、病院で精密検査を受けており意識不明の重体だそうだ。
『百聞は一見にしかずと言いますし、後でその映像を送りますからシラナミ君と見て下さい』
プロスはそう言って電話を切った。
自分の親が血まみれになる所を見せろと言うのか、とクロサワは嘆息した。
しかし、一応は自分の願いを聞き入れられたのだ。
それと同時に気が重くなったのも事実だ。
クロサワはパソコンに届いた映像をディスクに映すと、それを持ってイクマを捜しに部屋を出た。
多分、今の時間ならリョウコ達と一緒にシミュレーターで戦っているだろう。
あれから幾度となくイクマの戦いを見たが、驚かされるのは貪欲な吸収力だ。
イクマとリョウコが初戦をしてから早、5日。
双方とも、見違えるほど強くなっている。
良き友は、お互いを成長させる起爆剤のようなものだなと、思いながらトレーニングルームに向った。
そして、二人はクロサワの予想通りシミュレーターから出てきた所だった。
丁度良いタイミングだ。
「へっへ〜。またオレの勝ち、だな」
シミュレーターから出ながらリョウコが破顔する。対してイクマは何処か釈然としない表情で小首を傾げていた。
自分の負けに納得がいかないのか、それとも何故勝てないのか頭を捻っているのか。
「なんだぁ?難しい顔しやがって」
イクマの表情を見て、リョウコが訝しげに眉をひそめた。
「あ、何で勝てないのかなって疑問が湧きまして」
イクマはそう言って、頭を情けなさそうに掻いた。
天狗になっていたわけではないが、それでも自分の実力はそこらの格闘家に引けはとらないと自負していた。
エステでの戦闘と言う枠限つきだが重火器を使用している訳ではない。
純粋な肉弾戦だ。
リョウコに勝てた回数など片手の指だけで足りる。
「んーと、リョーコの勝ちが17回。イクマ君の勝ちが3回。
でもさ〜、リョーコに3回勝てるだけでも凄くないかな?」
ヒカルはご丁寧にも勝敗数を数えていたようだ。
イクマはそんなに負けていたのかと、肩を落とした。何時も良い所まで追いつめはするものの寸での差で勝ちを持って行かれる。
「だからシラナミよ。ダーティーな戦いを学べと言っているだろうが」
突然、クロサワが会話に割り込んできた。その場にいたヒカル、リョウコ、イクマはびっくりしてクロサワを見る。
イズミはと言うと駄洒落の開発に余念がないそうである。よって今現在この場所にはいない。
「何時来たんだよ、教官」
頭を掻きながらリョウコが苦笑混じりに言う。
クロサワは、リョウコとイクマの戦闘を写したリプレイ映像を見ながら「丁度、貴様等が降りていた時だ」と言った。
---相も変わらず、綺麗な戦い方だな。
ふぅっと溜息をついた。
そして、自分の頭を撫でるとディスクをデッキに差し込む。気が重い。
自分の父親が血まみれになる所を見せるのだ。しかし、クロサワ自身興味もある。
イクマの父親がどんな戦い方をするのか。
イクマの父親を破った青年がどんな男なのか。
ディスクを読みとる音がして、画面が黒に変わった。
「何です?一体」
イクマがクロサワに問う。
リョウコも興味津々と言った感じで、画面とクロサワを交互に見る。ヒカルはと言うとにんまりと笑い「もしかして〜」と含み笑いをする。
「阿呆か、貴様。そんな下劣な物、公衆の面前で見る訳なかろうが」
「ふんふん、つまり一人でなら見ると」
ヒカルはそう言ってまたもにんまり笑う。
クロサワはそんなヒカルを一睨みした後、再生ボタンを押した。
「まあ、見ろ。シラナミよ。貴様の親父殿が映っている」
「え!?父さんが…!」
イクマが驚き、視線を画面に移す。
確かに父だ。
父が火星を離れた時に比べて、随分と精悍な体付きになっている。
父は3年前自分を祖父母に預け単身、地球に降りた。
傷心旅行のような物だったのかも知れない。母が死んでから暫くたってからの事だったからだ。
父が地球に降りた後は父の門下生だった人達に稽古を付けて貰っていた。
それが、一瞬で消えてなくなった。
故郷が焦土と化したのだ。
父は、その事を知らないだろう。いや、知ろう筈もない。
音信不通であったし、父は連絡をよこすのが嫌いな人だった。気紛れでフラリとまた帰ってくると祖父母は言っていた。
だが、その祖父母ももういない。
「へぇ〜。オメェとは違って女顔じゃねぇな。親父さん」
「僕は母方の血が濃かったみたいですから」
父が生きている事に安堵した。が、それと同時に怒りも覚えた。
例え父が連絡嫌いでも残された身にもなって欲しい。一度くらい連絡をくれても良いではないか。
リュウゾウの対戦者がコールされたその瞬間、クロサワの表情が険しく歪んだ。
見覚えがある顔だ。初めて見た時から成長しているが忘れはしない。
この男に、同僚が殺された。
ズキンッと太股が痛む。この男に撃たれた銃痕が久しく蠢いた。
自分と同僚がクリムゾンに新設された研究所に侵入した時だ。この男と出会ったのは。
そして、この男はロバート・クリムゾンの護衛をしていたあの若い男でもある。
クリフ・ディートリッヒ。
クロサワの眼光はいっそう険しさを増した。
クリフと名乗るこの男の笑顔が妙に気に障る。
「父さん…」
イクマが呟いた、その次の瞬間に試合が開始された。
大まかな試合内容はプロスが語った通りだ。
クロサワの個人的な思いを除けばこのクリフという男に対して感嘆の溜息すら漏らしてしまいそうになる。
イクマの父、リュウゾウも大した物だ。
イクマとは違い、えげつない攻撃を打つ事を躊躇していない。
だが、それよりも目を見張るのはクリフの”殺し方”だ。見ただけには派手に攻撃を食らっているように見えるが巧く芯を外している。
それもリュウゾウに全く手応えが感じられないと言ったものではなく微妙な手応えを感じさせているだろう。
その上、倒れない。
リュウゾウの顔にも焦りの色が見える。
「巧いな…」
そして、クリフの攻撃。
焦りで攻撃が雑になったのか、大振りのパンチを繰り出したリュウゾウ。避けられて当然のその攻撃をクリフが食らう。
明らかに、わざとだ。誘っている。
誘いに乗り、決めに入ったリュウゾウのパンチを流した直後、クリフの鋭いアッパーが腕の付け根、脇にめり込んだ。
その後は、弧を描いたまるで良く出来たCGのようなスープレックス。
危険な角度から叩き付けられている。
試合内容が終わり、映像が途切れた後は沈黙が支配した。
「…父と、連絡は取れるのですか」
その沈黙を破ったのはイクマだった。
イクマの問いに、クロサワは小さく首を横に振り「親父殿は、意識が戻っていない」と告げた。
集中治療室に移され面会謝絶の状態だそうである。
イクマはぎゅっと拳を握りしめ、下唇を噛み締めた。
あの父が、為す術もなく負けた。
悔しかった。何も出来ない自分が、情けなかった。
「…」
押し黙ったイクマを見てクロサワは乱暴に頭を掻いた。
やはり、見せるべきではなかった。
もう遅いが、見せるべきではなかった。プロスもプロスだ。
後で、文句を言ってやる。
「…う〜…」
流石のヒカルも茶化す事が出来ないのか視線をうろうろと泳がせ、しきりに唸る。
腕を組んだり、額に指を当てたり、自分の唇に指を当てたりと落ち着きがない。
だがそれは仕方がないだろう。この様な格闘技を見るのは初めてでもあるし、何よりイクマにかける言葉が見あたらない。
「…」
リョウコも同じ心境なのか、一言も話さない。
目を閉じて、腕を組み壁にもたれかかっている。そんなリョウコだったが、目を開けたかと思うとクロサワにむかって言った。
「何でこんなもん見せたんだ」
「…そうだ、な。何故見せたのか。解っていたんだが」
解っていた、と言うのはイクマが見た後の今の状況の事だろう。
プロスも何の意図があってイクマにこれを見せろと言ったのか。クロサワはその場を無言で立ち去った。
その場にいるのが苦痛だったと言う事も否定はしない。
リョウコの刺すような視線を背中に感じながらクロサワはトレーニングルームを後にした。
向う先は、電話だ。
プロスに文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。それに、イクマに見せろと言ったその理由も知りたい。
クロサワが部屋のドアに手をかけた瞬間、非常事態発生のアラームが鳴り響いた。
「この警報は…敵襲?…蜥蜴かッ!」
この警報がサツキミドリに災いをもたらした第一の鐘となった。
後書き
ああ、出番のなかったゴートさん、遂にスポットライトォ!
うむ病ゴートから、■リータ元帥の称号をえて漸く人っぽい役割…。
オメデトウ!ゴートさんっ!
さて、それでは今回の人物情景描写と参りませう。
イクマ君
ヘビーな気分です。
パイロット三人娘とはだいぶん仲良くなりました。既にヒカルさんはイクマ君になっています。
リョウコさんはシラナミのままです。イクマ君のパート(?)は戦闘描写の練習とレベルアップをかねて戦闘が多くなると思います。
と、言うわけで親父さんのお披露目でごじゃる。て言っても、いきなり意識不明の重体ですが。
クロサワ教官
今回はクロサワ教官とプロスさんを軸に書いてみました。
でも、なーんかおかしいのはまた真面目な方向に転がってしまった事デス。
もちょっと破天荒な親父に仕上げるつもりが、何故こんな事に…。まあ、自分の愚痴はさておきクロサワ教官ですが。
4年前までは地球にいた、と言う事です。
その時にゴートさんを見た、と言う事デス。そして同僚をクリフ青年に殺されると。
話は変わりますが、未だにイクマ君にナデシコ乗船を告げていましぇーん。ま、リョウコさん達もまだ知らないのでそこらはよいのですが。
問題は、イクマ君の意志を無視してクロサワ教官が突っ走っていると言う事ですね。
プロスさん
何故イクマ君にVTRを見せるように告げたのか。
作中に書かれてはないですが、要は覚悟が知りたかったのです。イクマ君の程度を知りたかった、と言う事ですね。
これは次回に取り上げる事でもありますので、この辺で止め!
クロサワ教官との関係は、友人であり同僚でもあると言う事です。20年来の友人でもあります。
ん〜、今回は女性陣の活躍がないです。
次回、予定ではリョウコさんの見せ場になる筈なのですンが果たして予定通りに進むのか…。
前にガイでとんでもない事になったしな。>俺よ
追記。
人物情景描写がちょっと辛くなってきたので、新登場キャラを除き暫くの間撤退しまする。
楽しみにしてくれていた方がいるのであれば申し訳ないです。m(_
_)m
代理人の感想
予定は未定にして決定にあらず・・・とはよく言われますが、
特にSSなんてのは電波次第ですからまさにそのもの(笑)。
面白ければいい、というのは暴論ですがある意味真実でしょう(爆)